2005年08月16日

桐野夏生『I'm sorry, mama』

アイムソーリーごめんね母ちゃんつうぐらいだからなんか悪いことした主人公が最後は悔い改める物語かな?とか、森山大道の写真のカッコいい装丁からスマートな犯罪ものを想像した人は見事に足下をすくわれるだろう。

桐野氏が繰り返し描いていたどこかいびつだがタフで毅然とした女主人公はここにはいない。『グロテスク』のOLにはおぞましさや憐憫と同時に、そこまで突き抜けたものへの賞賛に似た気持ちを半ば強制的に持たされてしまっていることに驚きもしたのだが、この主人公は殆どモンスターである。どんな読者もこの主人公に感情移入することは難しいだろう。だがこの主人公もこの社会が生み出したれっきとした人間であるということを証明するために桐野氏の筆力は冴え渡っている。だから、怖い。氏ほど女というものを俯瞰した位置から冷酷でなおかつ畏敬を込めた視線で描ける人を私は他に知らない。的確さを超えて、いやらしくさえあるその表現は時にはコミカルなほどだ。ハイスミスだって負けてると、思う。

桐野氏は今私が最も新作を待ちこがれている作家だ。全作を読破している唯一の作家・・・あ『ダーク』だけはまだ読んでないか。しかし桐野氏の作品の多くの、あのリアルで丹念な描写の積み木を、最後には派手に粉砕したり、積み上げたままにしていくようなアナーキーな展開はどうだろう。それも勿論周到に考えられた結末だとしても本当の意味での勇気と侠気のある作家だと思わずにいられない。桐野氏こそが現在の日本においてもっともジャンルを横断する知力と筆力を持った文学者だと私は思う。


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