2017年11月16日

市民権教育で社会が変わる!? イギリスの「クリックレポート」を読んでみた


■政治的無関心が社会を腐らせる

自分が選挙に出てみて痛感するのは、みなさんの政治への関心の薄さでした。

政治の話をする人は「変な人」で、選挙に出る人は「ちょっと信じられない人種」という目で見られてしまいます。
特に若い世代にとっては政治は身近ではなく、自分とは関係のない出来事のように思っているようです。

連日マスコミでは政治家のスキャンダルが報じられ、選挙となると政局ばかりが取りざたされ、結局どの人が何を言っているのか、どの党がどんな主張をしているのかではなく、パワーバランスの話に終始してしまっているので、一般の人からすると「うんざり」ということになってしまうのでしょう。

でも、他方で政治から目をそむけてしまっていることで、候補者をしっかりとみることなく投票するか、あるいは投票を棄権してしまうことが起きているように思います。

そうすると、当選してからその候補者のスキャンダルが取り沙汰されて「ああやっぱり政治家は云々」とさらにその傾向を増長させてしまいます。

候補者の発言や過去の経歴や実績をしっかりチェックするのはもちろんのこと、当選した後も自分が投票した候補者を見守り続けていれば、実はこうしたことは起きにくいように思います。

ところが、選挙が終わってしまうとまた無関心に戻ってしまうので、政治家側からすれば「当選してさえしまえば、こっちのもの」という感じ。本当はそれではだめなのでけれども。

一般市民が政治に関心を持ち続け、衆人環視のもとに政治が進められていれば、政治はもっとクリーンで力のあるものになっていくように思います。

■国は誰のもの?

国は誰のものでしょうか? それは国民のもののはずです。政治家も官僚も皆国民のために仕事をするということになっています。

では、国が国民のものというのは実際にはどんなことでしょうか?

それを学ぶのが「市民権教育」といわれるものだと私は思います。自分たちにどんな権利があるのか、どんな義務を担わなければならないのかを学ぶ機会が日本には本当に少ないので、私たちが国の主役であると思えず、それがやがて政治への無関心、そして政治の腐敗へとつながってしまっているようです。

■イギリスの「クリック・レポート」をみてみよう




イギリスでは市民権教育が2002年から中等教育に取り入れられています。その基本となったのが1998年にバーナード・クリックが提出した「クリック・レポート」と呼ばれるものです。

このレポートでは、
①社会的道徳責任 
②共同体への参加 
③政治的リテラシー 
が3つの核となっています。

中でもクリック氏が重要視したのが「政治的リテラシー」でした。それと大切なことは、国が教育を統制するのではなく、教師の「教育の自由」を最大限尊重すべきとしていることです。

どういう風に教えるべきかは教師のやり方を尊重しましょうね、大切なのは結果として何が身に着けられているべきかということですよ、ということです。

■ボランティア=市民権教育ではない

クリックの掲げる3つの柱のうち、①社会的道徳責任 と②共同体への参加 だけを見ると、あたかも市民権教育の根幹は「ボランティア」のように見えてしまうかもしれません。

日本でも災害時に積極的にボランティアに参加する方は多く、世界からも尊敬の目で見られていることはみなさんもご存じだと思います。

でも日本の政治的なリテラシーは決して高くない。では何が違うのでしょうか?

ボランティアという側面だけでは、ある課題への解決の助けにはなります。でも、継続的な課題解決まではできないのです。

一過性の高いボランティアだけではなく、政治の変革を担う積極的で行動的な市民を育てることが、クリック氏が提唱したことでした。

イギリス 教育 に対する画像結果

■多様性を認める社会づくりが、民主主義における政治

クリックは政治を「市民社会において異なった価値観がいかにして共存して、互いに刺激して修正していくことができるかの方法論である」としています。

別の言い方では「妥協を目的とする、あるいは妥協を伴う対立調停を旨とする公共的活動」が民主主義における政治であるといいます。

社会が独善的で、専制的なものにしないということが、民主主義の政治の在り方なのですね。

そしてそれは、今の日本では実は失われていることなのかもしれません。長期間にわたって「安倍1強体制」が保持されてしまい、自由民主党の政治は独善的になってしまっています。

それがいかに危険か・・・・。

■価値観の違いを知ることが、政治的解決の第一歩

クリック氏は構造的に政治的リテラシーについて述べているのですが、その最初にあるのは「争点を知る」ということ。

多様な価値観が存在することをまず認めるとすれば、価値観の違う者同士が妥協点を見つけるためにまず最初に必要なことが「争点」を明らかにするということであることは言うまでもないことですね。

でも、国会討論を見ていても、何が「争点」になっているのかがわかりにくいことが多いのが日本の政治の場です。あえて争点をわかりにくくすることで煙に巻いてしまっているということもあるのだと思います。

■対立的課題を解決する方法は?

政治的リテラシーの教育の中心は「対立する課題をどのように解決するか」ということです。

クリック氏はここにおいて3つのアプローチを提示しています。

①中立的議長によるアプローチ ②バランスをとるアプローチ ③自分の意見をはっきりと述べるアプローチ

課題解決にはこの3つをうまく組み合わせることが必要だといいます。

これを学びの場で行う時には、ファシリテイターはあえて反対意見を言ったり、悪魔の役割を演じることも必要でしょう。

■日本でも「政治教育」は必須のはずなのに・・・・

教育基本法第14条では政治教育について以下のように定められています。

 良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。

 2 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。

教師がその立場を使って政治活動をすることは禁じられています。しかし、政治的教養を教育すべしということはここで定められています。

今の日本の学校教育の現場での市民権教育は私にはとても不十分に見えます。政治的変革を担う積極的な市民を育てる環境にあるとは思えません。

もともと日本人は従順で、明治維新のもとに築き上げられたのは中央集権の国家でした。中央が強く、地方が弱く、政治を担うものが強く、委託している国民はそれに従順に従うという構図は高度成長期には非常に機能し、日本を強くしました。

しかし、価値観の多様化が日本においても広がり、富の分配が政治の役割ではなく、むしろリスクの分散をどうマネジメントするかが政治の中心課題になっている今、従順さはむしろ政治を堕落させ、国を多様な価値観の中で豊かにすることを遠ざけてしまっているのかもしれません。








2017年11月08日

国政選挙、戦ってみた③大臣経験者にロックオンされる!? 


■2017年10月22日投開票の衆議院議員選挙奮戦記■

■選挙戦の礼儀

何回当選していようと、大臣を経験していようと、衆議院議員選挙を戦う時は「ひとりの候補者」という同じ立場に立ちます。

報道も建前は「同じ扱い」をしなければならないことになっていますね。

なので候補者同士にはお互いに暗黙のルールとか礼儀というのが存在します。

例えば、選挙カー同志がすれ違う時には、お互いにエールを送りあうとか、相手の事務所前を選挙カーが通るときには

「前を通らせていただきます。○○候補もがんばってください」

と一言かけるとか・・・。

相手の陣営が演説をしているときには、邪魔をしないとかもそうです。

国の代表を選ぶという国政選挙では、より礼節を重んじることが要求されていることを感じました。


■さすが大御所

今回の選挙戦を勝ち抜いたのは大臣経験もある自民党のN氏でした。

私は選挙戦開始前に事務所にお邪魔して、事務局の方にご挨拶をさせていただきました。

とはいえ私は弱小候補ですから、当初全く存在すら気にしていただけない状況。そりゃそうですね。

ところが、候補者討論会で顔を合わせてからは、まったく様相が変わってきました。



まず、事務所前を選挙カーで通過すると、事務所から10人以上の方がどっと出ていらして、私の顔を確認しにいらっしゃいます。

また、私が行くところ行くところにN氏の選挙カーも現れるようになりました。

そして、こちらに対しても大変礼儀正しく、エールをお送りくださるようになりました。

時を同じくしてパトカーとの遭遇率も高まりましたけどね(笑)

候補者討論会を経て、私の存在を意識してくださったことにはとてもありがたく思います。

そして、町の方々の反応も、それまでは「どっかからきたお姉ちゃん」だったのが「もしかすると新風を巻き起こすかもしれない候補」という期待のこもったものに変わってきました。

百戦錬磨のN氏から徹底的にマークされた、選挙戦最後の3日間は私にとってもとても誇れる戦いだったように思います。

少なくとも、それまで全く選挙カーに乗っていなかった候補者ご本人が、選挙カーに乗り手を振ったり

私が辻立ちしていた場所でご本人が辻立ちしていらしたりという姿を見かけ、やっと背中が見えたような気になったものでした。

得票数でははるかに及ばなかったものの、選挙戦終盤で相手を本気にさせることができたことは大きな自信につながりました。


■品格が出てしまう選挙というイベント

他方、N氏とまったく異なる対応をされたのが、O氏でした。

選挙カーですれ違っても、こちらからはエールをお送りしているのに、完全に無視されます。

こちらが駅前で演説をしていても、お構いなしに横切り、邪魔をします。

駅前は事前予約制なのですが、予約もせずに割って入ってきます。

とはいえ、聞く方々からすれば、双方でがなりあっても全く内容が伝わらないので、私が事務局の方とお話して、時間を少しお譲りして調整をしてさしあげたこともありましたがそんな時ですら、お礼の言葉もありません。

こういう所に、人としての品格が滲んでしまうのだなあと思いました。

基礎自治体の選挙と違って、国政ともなれば選挙区も広く、人となりを理解していただくことは短い選挙戦の中ではなかなかできません。特に小選挙区の戦いでは、一人しか勝ち抜けませんから、組織票を多く持っている人のところに議席が転がり込むという構図を崩すのは容易ではありません。

それでもこうした人となりのようなものは、自然とにじみ出て行くものではないかと思います。

少なくとも、今回「公人」という責任を経験し、人としての徳を積むこと、研鑽を重ねることを自分に誓いました。


■もっと「人」が見える選挙を!

組織票という言葉があります。今回も組織という壁が私には大きく立ちはだかりました。

この「組織」こそがいわゆる「しがらみ」に他ならない。そのことに多くの人たちは気づいているのでしょうか。

票をまとめる組織側は、当然見返りを求めます。当選回数が多くなればなるほど、そのしがらみは強固になっていきます。

外国では、下記の図のように、首長に対しての多選を制限している国が多いのはそれ故でもあります。




現状の日本の首長の多選の状況ですが、2015年の数字では以下のとおりです。



日本が以下に多選天国かがわかりますね。

国会議員の場合は、諸外国でも多選制限を設けているところはあまりないのですが、地方議員はイタリアでは3選までとなっていたりします。

当選回数の多い候補者を輩出する地域は、対抗馬も出にくくなり、有権者の関心も薄くなっていきます。

私の今回の戦いの最大の敵は「政治への無関心」でした。

政治に対しあきらめ、無関心になっている人のなんと多いことか・・・。そして、そうした人々は棄権するか、これまでと同じ人に投票するという行動に出てしまうため、候補者本人が何を語っているか、どんな人なのかについてすら関心を持つことはありません。

候補者討論会はネット配信だったのですが、こうしたことが地上波でもなされ、また、リアルな討論会も催されるべきだと思いました。

選挙制度の問題や、有権者側の問題など一つの要因で今の状況が作られたわけではないと思います。

それでもあきらめずに、人々に選挙の意味や重要性を説き、政治に関心を持っていただけるような活動をすることが大切です。

お祭りに顔をだしたり、冠婚葬祭に顔を出したりということではなく、本当に人々の声を聴く、そして政治の役割をお伝えする。

そうしたことがあまりにもできていないのだなあと思いました。

日本の政治を変えられるのは、国民おひとりおひとりでしかない・・・・。それを政治家も有権者の側も忘れてしまっているようです。


■私の明日は?

今回選挙を戦ってみて、日本には、特に地方には、ちゃんとまともに政治を考えて実行できる人が必要だと思いました。さらには、もっと市民の中に入っていくような政治、ちゃんと声を聴き、反映する「代議士」の役割を果たす政治家が。

これまで私は「志」という言葉に違和感を感じてきました。

でも

私は本当に日本が幸せな国になるように、とりわけ地方が希望をもてる豊かな地域になるように、私のすべてを投じてゆきたいと思っています。






emmy28jp at 13:43|PermalinkComments(0)政治・政策 | 選挙

2017年11月07日

国政選挙、戦ってみた②街宣車がなくなった!?


■2017年10月22日投開票の衆議院議員選挙奮戦記

実際に選挙を戦って起きたいろいろな珍事の中でも一番の出来事が「街宣車誘拐!?」事件です。

候補者にとって「第一声」はマスコミ各社が集まり当日の夕方のニュース、そして翌日の新聞に掲載される大事なイベントです。
街宣車をバックに支援者の前で今回の選挙を戦うことを表明している様子を取材していただくのが当初の予定でした。

その出陣は10時。それまでに立候補届け出を済ませ、警察による街宣車の確認作業を済ませる必要があります。

立候補届出を済ませて、選挙管理委員会から「7つ道具」を受け取り事務所に戻ったのが9時少しすぎたころでした。

戻ってすぐに、選挙期間中選対の中心人物として活躍を期待していたN氏と、事務関連をお願いしようとN氏と一緒に来ていただいたK女史に警察署に行って街宣車の確認をしてきてもらうようお願いしました。

N氏もK女史も地元のS議員のご紹介でぜひとも彼らを選対にというお話のもと東京から来ていただいた方でした。

9時15分ごろには事務所を出て、車で5分ほどの警察署に行っていただきました。

立候補届出を済ませたばかりで、これから12日間の戦いのスタートの時。なぜかこの時N氏とK女史は前日までの経費精算を今すぐしてほしいと言い出しました。手持ちの現金がないので、後にしてほしいという私の願いは一切聞かず、見かねた母が領収書と引き換えに経費を精算してくれました。

10時からの出陣式に向けて、マスコミは新聞テレビあわせて10名を超える人たちが事務所に集まり、事務所前はちょっとした人だかり。


選挙カー に対する画像結果

■消えた街宣車

ところが、街宣車は10時を過ぎ、10時半を過ぎても一向に戻ってきません。
マスコミの方たちは明らかに苛立ちはじめ「まだですか?」と何度も何社からも聞かれます。

N氏も、ご紹介の労をとっていただいたS議員も、電話をしてもメールをしても全く連絡が取れません。

仕方なく、出陣式は、事務所前にビール箱を持ち出し、ご近所の方が持ってきてくださったカラオケセットのマイクを使ってと
本当に淋しいものになってしまいました。

完全に出鼻を挫かれたという状況ではありましたが、そんなことでめげてもいられませんから、出陣式を終えてすぐにスタッフの方々には選挙掲示用のポスター貼付にでていただき、事務スタッフに警察署に様子を見てもらいに行ってもらいました。

なんと! 警察署ではすでにだいぶ前に手続きを終えて戻したということ。街宣車は警察の駐車場にもない。
警察署から事務所までは大通り1本・・・。直近で出たならばすれ違うはずなのですが、スタッフは見かけなかったと言います。

N氏らが事務所を出てから2時間ですから、これは何かあったということで、まずは警察署に盗難届を出すようスタッフに指示を出しました。

警察にいるスタッフと盗難届の打ち合わせをしていた11時半になって、やっと街宣車が帰ってきました。

■私たちは、候補の命令は聞けません!・・・ええっ?どういうこと???。

出陣式にも間に合わず、2時間もかかり、しかもその間一切連絡もとれなかったわけですから、N氏に私はにこやかに(でもきっと目は笑っていなかったと思いますが)

「どうしてこんなに時間がかかったの?なんで連絡もとれなかったの?」

と聞きます。するとN氏

「それは・・・。自分たちはS議員の命を受けて動いているので・・・・。S議員が近くで待っているのでもう行かないといけないので。」

はあ? いやいや、連絡がつかなかった理由と、遅くなった理由を聞いているが説明しようともせず、S議員がを繰り返すN氏。
とはいえ、ポスター貼付も急ぐので、別の車を用意してあるからそれでまずはポスターを貼りに行ってもらうよう依頼すると

「自分たちはS議員から言われて動いているので、あなたの指示には従えないのです」

きょと~~~ん、です。私の選挙事務所で労務についていただくということで合意し、選管にも届け出をしているのに・・・・。
ついには
「もう行かなければならないので!」とN氏とK女史は連れだってぷいっと事務所を出て行ってしまったのです。

この時のやり取りは全て音声ファイルに録音しており、何度聞き返しても道理に合わない話しかN氏はしておらず、そしてN氏とK女史のために用意してあったホテルはすでにチェックアウトされていました。

最終日までお願いしていたお二人が、急いで前日までの経費を精算したこと、ホテルのチェックアウトが済んでいることと考え合わせると、う~んという状況です。

なによりも、ドライバーと事務スタッフとしてお願いしていた戦力がいきなり消えてしまったというのは、選対にとっては大きな痛手でした。


■隠れちゃった? S議員

N氏とK女史を紹介してくださったS議員は「近くにいる」とN氏が言ったにもかかわらず、結果的に一度も事務所に顔をお見せにならず、電話もメールも全く無視されていました。

この事件の一週間前、ちょうど私が記者会見を行った日、実はS議員から自宅によるようにとお誘いがありました。記者会見を終えて、地元の有識者数名にご紹介いただき、その帰り道のことです。

S議員のご自宅にうかがうと、その界隈では大物として名をはせている、引退された政治家W氏の秘書という方がおいでになり、

「君は今回の選挙から降りなさい」

と、突然おっしゃったのです。野党が乱立した今の状況では自民党に利するだけだから、私に降りろと。

政党の公認を得て、さらには記者会見まで行い、すでに夕方のニュースで一斉に報じられたのに、今更降りるということは私にはできません。するとその方はとある党の実力者であり公認関係を一手に握っているG氏(衆議院議員)の後援会長にその場から連絡をし、党に圧力をかけてこの女を下すようにと指示を出したのでした。

その後党本部からは何も連絡はなく、私は予定どおり出馬したわけですが、政治の世界の裏側を少し垣間見た瞬間でもありました。

こんな出来事があったので、S議員が私を応援しているといわれても、にわかには信じられません。

そして、今回のN氏K女史の二人が「S議員の指示」と繰り返し話し、結果的に私の事務所から逃げるように去ってから一度もS議員とは連絡が取れていないのも事実です。

■刑事さん2人が目撃者だった!

この消えた街宣車事件は、党本部にも報告し、非常に厳しい罪に問える事案なので、警察にしっかりと届け出をするようアドバイスを受けたため、その夜警察署に被害届の提出に参りました。

この時対応してくださったのは組織犯罪ご担当のI刑事と知能犯担当のY刑事。お二人とも朝から出勤していたため、N氏やK女史が持ち込んだ私の街宣車についても明確に覚えているということでした。

彼らの話を整理すると、

9時半ごろ街宣車は持ち込まれた。
その時、書類にハンコがなかったため、ハンコを持ってくるよう指示された二人は、その後40分ほど戻ってこなかった。
(ちなみにはんこ屋さんは警察署から2,3分のところにある)

10時10分ごろ再びN氏とK女史が警察署に戻り、書類に捺印した。

10時から出陣式という情報を警察でも知っていたので、急いで確認作業を進め、10分ほどで終わらせて10時20分ごろには警察署を送り出した。

つまり、10時半ごろには事務所に戻っていたはずなのにそこから1時間もかかったのは腑に落ちない。何らかの故意があったように思う。

・・・・ということでした。

ただ、選挙戦が始まってしまっているため、特定の候補に利するようなことはできないため、被害届は受理できない、選挙戦が終了後改めて告訴してほしいということでしたので、その日は事務所に戻りました。


■副署長が謝罪!?

選挙戦2日目。朝8時から夜19時ごろまでびっしりと街頭演説・辻立ちをし、終日市内をぐるぐるとまわって事務所に戻ると、警察署の交通課の方が2人お待ちになっていました。

このお二人曰く前日の事件は、実は警察の不手際が原因であり、謝罪に来たというのです。

不手際というのは、ハンコは実は必要なかったのに、持ってくるよう指示をしてしまったため、40分も時間をロスさせてしまったということでした。

そして、彼らの説明は前日の刑事さんお二人の目撃証言とは全く違うものでした。

曰く

10時少し前に街宣車は持ち込まれた。
ハンコがなかったので、ハンコを持参するように指示し、そこから40分ほど戻ってこなかった。
10時40分ごろ再び戻ってきたので、確認作業をした。
車そのものの確認は10分ぐらいだったが、書類の準備に時間がかかり、結果的に11時19分に街宣車は警察署を出た。

この件については、不要なハンコを持ってくるよう指示をした警察署のミスによるものであり、謝罪を受け入れてほしい。
これらの時間経緯は選挙戦2日目の午前中に防犯カメラなどを確認してわかったことであるが、映像については非公開なのでお見せすることはできない。


・・・・・・・。


この説明を信じるとすれば、うちのスタッフが警察署に行った11時5分ごろには街宣車は警察署の駐車場にあったはずなのです。
ところが彼女はそれを見ていません。

22時を回るという遅い時間であったにもかかわらず、副署長が直接謝罪したいので来署してほしいという話もあり、再び警察署に出向き、上記の説明をふたたび副署長から聞くことになりました。
明らかにつじつまが合わない話をされていたのですが、副署長に一つだけ質問をさせていただきました。

「副署長が、この事件の時間的経緯を知ったのはいつでしたか?」

副署長「昨日の夕方、マスコミに聞いて確認したら、盗難と騒いでいるがそんなことはなくて、警察のミスだったと答えた」


・・・・・・・。

事件が起きた日の夕方の時点では、私たちは被害届の提出にも伺っておらず、副署長の説明は明らかに辻褄がまったくあっていないのです。
つまり、副署長は「謝罪」のためだけに突然夜呼び出されて、経緯の説明もろくに聞かずに私たちの前に登場したということなのでしょう。


■マスコミ、かくありき。

警察署に出向く前に党本部にも相談したのですが、警察が「自分たちのミスとして納めてほしい」と言っているものを無理に騒ぐと、警察を敵に回してしまう。
そうなると選挙違反で微罪でも検挙されることになりかねないので、ここは謝罪を受け入れるほうが得策だといわれていました。

なので、この件はいったんはここまでにしてほしいという副署長の言葉を受け入れることにしました。
ただし、副署長が言ったのは「街宣車の盗難という事実はなかった。選挙妨害については後日選挙管理委員会を通じて改めて被害届を出してほしい」というもの。この言葉もかなり意味深です。

そしてマスコミ。選挙戦初日に街宣車が届かなかった様子を見ていた彼らは、その後党本部からの情報(街宣車が消えてしまって被害届を出す方向で検討していると党本部がマスコミに流した)で色めき立ち、一斉に私のところに取材が殺到しました。

事の経緯を説明すると一様に「明日の朝刊で書く」「明日のニュースにする」と口々に話していたのでした。

ところが、夜遅い時間にとある新聞社から「被害届が受理されないと記事にできない」と連絡があり、翌日以降この件がニュースになることはなかったのです。

被害届を提出に行くときには地元のテレビ局も同行していて、つまり、私が警察署に入る瞬間まではマスコミ各社は報道する気満々だったのです。そして私が警察を訪れた時間からの2時間ほどで、警察とマスコミ各社の態度は急変していったのでした。刑事さんたちは、何らかの意図があったと思うとは口にしたものの「被害届は受理しない」という姿勢を最初から明確に持っていました。
内容はともあれ受理しないということだけが決まっていたような言い方だったことが、妙に気になったのですが、マスコミの対応との関係性を見れば、不思議な力がそこにあったのかしらと思わざるを得ない状況でした。


■これはいったい何だったのか?

上記のやり取りのほとんどは音声ファイルとして残してあります。本当に何が起きて、何をされたのか。この後事実は明らかになっていくでしょう。

ただ、明確な事実は

私の大切な出陣式に車が間に合わなかったこと
そのことについて当事者は「S議員の指示」としか説明しなかったこと
車を持ち出してから戻るまで一切の連絡がつかなかったこと
事務所に戻るや否や、N氏もK女史もS議員のもとに行くといって去ってしまったこと

ということです。

そしてこの出来事によって、私と私のチームがとても迷惑をし、深く傷つき、マスコミの前で大恥をかかされたのも事実でした。

選挙を戦うということは本当に「戦争」なんだということがとても理解できた事件でもありました。







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