2006年08月13日

SCENE 9:諦観すること

で、8月6日。一周忌。誰の?君の。僕の。
朝、洗面台でぼんやり髭を剃りながら、ついでに髪も切ろうかななんて社交的な事を考えてみて、早くから開いてる美容室はないか電話帳をパラパラめくってみたが見つからない。いや、カットだけならしてくれる馴染みの店があるんだが、そこは絶対僕の望むヘアスタイルにしてくれないから絶対行きたくない。なんだってあの美容室は、僕がいくら「すくだけにしてください」って頼んでも「衛門君は営業だから絶対コレは似合う」とか「面接受けるんならコレがいい」とかで、何が何でも僕が希望している髪型にしてくれない。なんで僕がお前の主観に支配されて世渡りしなきゃいけないんだよと、思い出し怒りで頭がキリキリ痛む。金払って自分が望まない事される理由が分からないが、僕は、美容師と歯医者に関しては宿命的にそれを引き当てる。髭を剃り終え、久し振りに、本当に久し振りにとりあえず自分の髪にワックスをつけスタイリングしてみると、思いの他「…いいかもな、これで」と云う結論に落ち着く。不思議な事に僕の髪はある一定の長さまでは物凄い勢いで伸びるが、そこまで伸びるとそれ以上はあんまり伸びない。これはどういうことなんだろうか?髪型をあまり気にしなくていい今となっては有難いスキルの一つと思えばいいのかもしれないね。歯を磨き、ズボンをはき、シャツに袖を通し、香水を適量つけ、腕時計をつけ、ジャケットに袖を通し、シャツのボタンを留め、ネクタイを締め、靴下を履き、準備万端でぼんやりする。かつて君に「服を着る順番がおかしい」と指摘された事を思い出しながら、「こうやってスーツは着ないと、シャツやジャケットの感覚がおかしくなる」と反論した事を思い出しながら、でも何かの映画でブラピが僕と同じ順番でシャツとジャケットを纏っていたのを見た君の僕に対しての悔しいような賞賛するような表情を思い出しながら靴を履いた。さあ、出発しよう。ああ。
久し振りの車の運転は、なかなかに爽快だった。不愉快なまでに空は晴れ渡り、僕や君の好きな曲がステレオからは流れっ放しで、時折窓を開けると、熱い風がシャツの襟を揺らす。一周忌に一緒に行く君の親友との待ち合わせ時間に充分間に合う事を確認する。久し振りにおめかしして、ハンドル握って、タイムキーピングして、まるで、まるで、まるっきりデートみたいだ。約束の場所に君の親友はいた。何故、一緒に君に会いに行く事になったのかと言えば、僕は指輪を買いたいからだ。指輪を買いに行くのに1人で行く事は我慢できないからだ。指輪。1年前君が持って行った指輪。あれと同じものを同じ場所で買いたいんだ僕は。最早、1人で上手に嘘がつけないんだ。無事に君の親友を車に乗せ、指輪を買いに行く前に、君のために花を買いに行く。彼女を迎えに行く途中に見かけた花屋でとても綺麗な向日葵と目が合ったからで、そこの花屋の店先に思いっ切り車を突っ込んで向日葵の花を買い占める。毎年こうやって何処かの花屋の向日葵を買い占めてやる、軽い営業妨害をしてやる、とゲリラ的な決意を固める。実際去年もそうだったから本当に性質悪いよね僕。会計を済ませ僕の腕に飛び込んできた大輪の向日葵の束はとてもキュートだ。君の親友が絶賛する。さて、本題に向けて行動を移そう。
ティファニーに行くと、まだ店はがらがら。喪服を着た1組の男女が嫌が応にも目立つ。運が悪い事に担当の店員が僕の珍しい苗字と、昨年僕が指輪を買ったのを覚えていて、やたら馴れ馴れしく話しかけてくる。面倒臭い勘繰りをされるのが心底面倒臭く感じたので、とりあえず君の親友を店内からエスケープさせる。あはは、こんな事なら最初から1人で来てても何も問題無かったよと舌打ちしそうになる。自分の薬指から指輪を外し、「これと同じものの9号を」とお願いすると、程なくして僕の目の前に、僕の所持しているものより一回り小さな指輪が提示された。小さくて可愛いな、綺麗で可愛いな。というか、何で僕の指輪は何でこんなに真っ黒なんだ?え、嘘?最初買った時はこんな色してたの?本当に?ひとまず君の指輪のラッピングが終わるまで、自分の指輪の洗浄を頼む事にする。店内の椅子に腰掛けて、日光を反射して白く輝いたように見えるアスファルトを忌々しく見つめていると、例の担当店員が話しかけてきた。「今さっき一緒にいたのが彼女さんですか?以前購入されたのはどうしたんですか?」云々。答えて曰く「彼女じゃないです。以前嫁に買ってあげた指輪はなくしちゃったみたいです。ドジな奴ですよ本当に」。全くドジな奴ですよ本当に。くだらない会話とラッピングと洗浄がようやく終わり、支払いを済ませていると、再び店員が話しかけてきて言うには、「この指輪はもう生産中止になっちゃったんですよね。これも鹿児島にある最後の1個ですよ。お客様は本当に運がいいですよ」との事。ああ、運がいいよ。運がいい。バカヅキ。

それから、嫁の家に行った。
お経を聞いた。
お骨はもらえなかった。
知ってた。
考えたくなかったけど、知ってた。
知ってたから考えずに済んだのかもしれない。

車の中で酔いを醒ましながら月を見てゆっくり涙を流そうとしたが、できなかった。

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