2016年09月27日

祝事なので寛大な目でいただきたい

この後、家族で、家族の一員の誕生日のお祝いで、食事会が催される予定。

と、先週も全く同じ書き出しの記事を書いたが、本当にそうなのだから仕方がない。

帰宅してblogの更新をするとなると、きっと一つ前でUPした過去記事のようになることだろう。
だが、今何か書くことがあるかというと、特に何も思い付かない。
なので、今書いても、帰宅して書いても、内容がないことに変わりはない。
二者択一の二者がどちらとも「手抜き」なのだ。

更新を後に回すと、酔って忘れてしまうというリスクがあるという理由で、今こうやって、内容のない手抜き記事を書いている次第。

以上。  

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2016年09月26日

本当は飲み過ぎたから(再)

以下の過去記事は、blog記事の理想形の一つだと思う。
個人的には、だが。

手抜きの極みではあるが、これはこれでいいと思うのである。
毎日更新しているわけだし。
まあ、毎日このような記事だと問題はあるけど。
このような記事がどれだけかに一回あったって、それはそれで面白いのではないか、と思うのである。

ただ、以下の過去記事の内容はいただけない。
降雨、飲み過ぎをblogの手抜きの理由としていいのであれば、長期休載に陥りかねない。

主な理由は、、、(以下略)

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『本当は飲み過ぎたから』(2011/09/19)

雨が降っているので一回休み。  

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2016年09月25日

夏は終わらない、冬は来ない、肌寒いのは気のせい

一つ前の記事もそうだが、ここ数日、冬への恐怖、冬への抵抗、夏への執着についてばかり書いている。
頭の中がそのことでいっぱいなので、仕方がないのである。

しかし、現実は、確実に暑さが和らいでいる。
和らぐどころか、肌寒いときさえある。

が、しかし、それでも、冬への抵抗、夏への執着を続けるしかないのである。
僕にできることは、それだけ、心を強く持つだけなのである。

ほぼ冷房を使うことがなくなったとか、扇風機すら使わないとか、夏用の布団では少し心もとなくなったとか、いろいろと現実は厳しいことばかりだけど、それでも僕には、夏は終わらない、冬は来ないと、強く願い続けるしかないのである。  

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2016年09月24日

晩夏の挽歌(再)

一つ前の記事で、五年前の過去記事に勇気を分けてもらったと書いたが、不思議な偶然は続くもの。
今回も同様である。
以下の過去記事にも、勇気を分けてもらった。

というのも、先週、二、三度蚊に刺されたのである。

蚊に刺されるなんて、今が夏以外の何だというのだ。
そう、まだ夏なのだ。
まだまだ夏なのだ。

まだ大丈夫。
まだまだ大丈夫。

ただ、いつも他にも人がいるのに、僕だけ蚊に刺されることには納得がいっていないのだけれど。

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『晩夏の挽歌』(2011/09/14)

蚊に刺された。
痒い。
が、少し嬉しくもある。

何故嬉しいかというと、それは、要は一つ前の記事に書いたことと同じである。

蚊に刺されるということは、蚊がいるということである。
蚊がいるということは、夏ということである。
そう、今はまだ夏だということだ。

血を吸いたいならそれは許すが、何故痒くする。
何故、痒み成分を置いていく。

と、誰かが書いているのを読んだことがある。
さもありなん。

が、しかし。
秋が来て、そして忌み嫌うべき冬が来ないというのであれば、毎日蚊に刺されてもいいとさえ思う。  

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2016年09月23日

押し寄せる恐怖(再)

一つ前の記事でも冬への恐怖を吐露したが、以下の五年前の過去記事を読んで、少し勇気を分けてもらった気がする。

最高気温が25度以上であれば夏日なのだ。
であれば、まだまだ夏だ。
その上、30度以上であれば真夏日。

であれば、今は、まだまだ夏時々真夏である。

まだ大丈夫。
まだまだ大丈夫。

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『押し寄せる恐怖』(2011/09/13)

昨日、九月十二日は中秋の名月。
いわゆる十五夜。

そういえば、マクドナルドのCMで「月見バーガー」の宣伝をしてた。

一昨日の日曜日の『サザエさん』では、毎年の秋冬の定番「やきいも」ネタが早くも放送された。

コンビニに行ったら、中華まんの販売が始まっていた。

キリンビールの秋の定番「秋味」が、既に数週間前くらいから売られている。(もちろん、とうに飲んだ)

秋だ。
この世界を、僕らの住むこの世界を、秋が包み込もうとしている。

それは同時に、憎むべき冬が、確実にまた一歩近付いている証以外の何者でもない。

僕は認めない。
だけども、僕は認めない。

現に、連日のこの暑さはどうだ。
この気温は。
ここ数日はもちろん、まだしばらく、最高気温が30度以上の日が続きそうなのである。
30度以上といえば「真夏日」だ。
ということは、今はまだ真夏ということだ。

今後、気温が少々下がったとしても、まだ「夏日」だ。
ということは、まだしばらく夏だ。
秋はまだまだ先だということだ。

さんまをはじめ、秋から冬にかけて旬を迎える食材、秋冬に美味しい食べ物を挙げようと思うと、枚挙にいとまがない。
美味しい食べ物が多いのが、冬の唯一の救いといってもいい。

が、しかし。
それらを失ったとしても、このまま季節が進まないという選択肢を、選べることならば僕は迷わず選びたい。  

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2016年09月22日

秋分に思う 2016

春分と秋分に、毎度毎度書いている言葉。
暑さ寒さも彼岸まで。

そして、本当にそうだよね、と書くのが通例だったのだが、今年は違う。
残暑らしき残暑が感じられず、過ごし易い日が、八月後半から続いている。
こんなことは初めてだ。

と書くつもりだった。(書いたけど)
で、では、昨年の秋分はどうだったかと思い、見直してみると、ほぼ同じことが書いてあった

ここ一、二年、昨年と一昨年は、10月まで厳しい暑さが続いたと記憶していた。
で、近頃のblogにも、何度かそのように書いたと思う。
が、どうやら、実際に残暑が厳しかったのは、一昨年だけだったようだ。

非常に驚いた。
自分のポンコツぶりに。

しかし、それ以上に驚いたことがある。
いや、恐怖しているといったほうが正しいか。

それは、地球温暖化が問題視されるようになって久しいが、現実は、冬が力を付けてきているのではないのか。
温暖化どころか、寒冷化し始めているのではないのか。
ということである。

そうでも考えなければ、二年も続けて、早くから暑さが和らいだりするだろうか。
と書いている今現在も、何なら少し肌寒いくらいだし。

あーあ。
あーあ。
あーあ。  

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2016年09月21日

バックとバッグ その2

一つ前の記事をUPした後に思ったこと。
バックとバッグ問題、これは、そもそも、サッカーだけの問題ではないかもしれない、と。

で、調べてみた。
「ハンドバック」「旅行バック」「セカンドバック」等々で検索しても、当たり前のように検索結果がそれらのバッグの情報で溢れる。
もう、バックでもバッグでも、どちらでも問題ない、どちらでもあり、どちらも正しいと思い込んでしまいそうになる状況だ。

しかし、実際には、backとbagだ。
どう考えても、バックとバッグは違うと思うのだが。

一つ前の記事でも書いたが、検索エンジンの問題ではないと思われる。
日本人の多くが、それらを混同しているのが原因だと思われる。

ただ、似たような事例は他にもあるか。
雰囲気を「ふいんき」と発音したり、体育を「たいく」と発音したり。
で、パソコンや携帯電話で、「ふいんき」「たいく」と入力して、何故変換されないのだろうと不思議がったり。

が、他人の揚げ足を取るようなことばかり書いているが、そのようなことが、僕には全くないかというと、自信を持ってないとはいい切れない。

同様に間違い易い言葉は他にもあるだろうし、正しい意味で使われず、間違った意味での使われ方が一般化しつある言葉などもある。
それらを全て把握し、間違うことなく使っている自身はない。

結論。
日本語は難しい。  

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2016年09月20日

バックとバッグ

サッカーの話といえばサッカーの話。

サッカーは1チーム11人。
ポジションは、大きく分けると4つ。
キーパー。
ディフェンダー。
ミッドフィルダー。
フォワード。

ただし、これらのポジションの呼び名は、(詳細は省略するが)他にも違う呼称がある。
どう呼ぶかは、時代だったり、地域性だったり、チームにもよるだろう。

その中で、ディフェンダーは、主に守備を担うポジションだが、違う呼び方としては、バックという呼び方もある。

さてさて、ここからが本題。

妹が、何らかの理由があったのだろう、サッカーのポジションとしてのバックについて無知だったため、バックについて調べる必要に迫られたのだという。
で、インターネットで「サッカー バック」と検索したところ、サッカー用のバッグばかり出てきて困ったと愚痴っていた。
バックではなくバッグの情報。
バッグ、かばんである。

面白い、採用、といううのが、最初の感想。
で、当記事のネタとなることに。

ただ、書きながら、妹が「サッカー バッグ」と調べてしまった可能性もあると思い、正しく「サッカー バック」というキーフレーズで検索。
やはり、検索結果として、サッカーバッグの商品情報ばかりが出てくる。

バックはbackで、バッグはbag。
バックとバッグでは明らかに違うのに。
これは、検索エンジンが悪いというより、多くの人が、それらを混同しているからだと思われる。

僕が小学生の頃、国内でサッカーがまだマイナースポーツだった頃は、ディフェンダーという表現より、バックということのほうが一般的だったと思う。
少なくとも、僕の周りではそうだった。
それが、現在は、守備を担うポジションを一括りで表現する際は、ディフェンダーという呼称のほうが一般的だと思う。

これは、「バックとバッグ問題」がそうなった一つの要因だといっても、過言ではないかもしれない。  

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2016年09月19日

ヤフオクドームとかで

この後、家族で、家族の一員の誕生日のお祝いで、食事会が催される予定。
で、数日前、妹が、敬老の日なので母のお祝いも一緒に兼ねようかと母に提案したところ、「私は老人ではないので必要ない」と断ったらしい。

と、母から直接聞いた話である。
その心意気やよし、まだまだこれからも、その心意気でいていただきたいと思ったのだが、直後に、こんなことをいいだした。

やっぱり祝って欲しい。
断らなければよかった。
後悔している。

うーん、、、せっかくなので、最初の心意気を保っていただきたい。
記録的な長寿に恵まれた暁には、盛大なお祝いの宴を催したっていいので。

まあ、しかし、そのときには、僕らも老人と呼ばれる年齢だろうけど。  

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2016年09月18日

This is the Japanese joke.(再)

以下の過去記事は五年前の記事。
五年経った現在、今であれば、母は何というのだろうか。
ちょっと気になる。

それにしても、頭に浮かんでも、なかなか口にできるジョークではないと思う。
しかも、海外の方相手に。

母の勇気は賞賛に値すると思う。

真似したいとは思わないけど。

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『This is the Japanese joke.』(2011/09/12)

母が先日、外国の方と会って話をする機会に恵まれたのだという。
母はその際、こう自己紹介したのだという。

「自分はジャパニーズレディ・ガガだ」と。

た、高田純次がいうやつだ。
高田純次級のジョークだ。

ということは……

僕は今度から自己紹介するときは、「I'm Japanese Lady Gaga's son. My mother is Japanese Lady Gaga」ということにしようと思う。  

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2016年09月17日

健胃の権威(再)

読み直して思ったが、ゴーヤもさんまのわたも、どちらも苦い食べ物だ。

一応断っておくと、ゴーヤが苦手なわけではない。
美味しいと思うこともある。

が、決してさんまのわたほどではない。
さんまのわたのように、感動するほど、恋い焦がれるほど美味しいとは思わない。

どちらも苦味という点では同じなのに、不思議なものである。

以上、オチとかはない。
さんまが食べたくなった、という話である。

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『健胃の権威』(2011/09/08)

実家で夕食をいただいたら、料理の中にゴーヤの天ぷらがあった。

気が進まなかったので箸をつけなかったのだが、母と妹が食べろとうるさい。
すごく苦いから食べてみろ、というのだ。

元々気が進まなかったところに、非常に苦いのがわかった上で、どうして食べなければならないのかと、苦々しく思いながら、渋々口に運んだ。

とはいうものの、ゴーヤといえばつい先日、テレビで健胃作用がある、といっていた。
身体にいいのなら、ま、いいか。
と思いつつも食べた。

確かに苦かった。
しかし、まあ、それはいい。
ゴーヤなのだから。
苦いのは当たり前だ。

問題はその後だ。
数時間もしないうちに胃が痛くなった。
激しく痛くなった。
久しぶりに胃薬を飲んだ。
一回では全く治まらなかったので、二回も飲んだ。

健胃は?
健胃作用は?

初物のさんまの塩焼きがあんまり美味しかったので二匹半も食べたのをはじめ、他にもいろいろと食べ過ぎたのが胃痛の原因なのではなく、絶対にほんの半切れ食べたゴーヤのせいだ。

というわけで、しばらくゴーヤは遠慮したいと思う。  

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2016年09月16日

タダノグチ 2011晩夏(再)

今年も既に始まっていることだろう。
シチューと風邪薬のCMが。

が、今年はあまり気にならない。
まだ放送されていないわけではないだろう。

僕があまりテレビを見ていないからか。

あるいは、今年は残暑が厳しくなく、涼しい日々が続いているので、それらのCMに違和感を感じないからか。

またあるいは、冬を忌み嫌っている僕の深層心理が影響して、それらのCMを目にしても、無意識に見なかったことにしているのか。

仮に三番目なのだとしても、それは無駄な抵抗だ。
僕がどんなに願っても、冬は必ず来るのだ。

あーあ。
嫌だ。
いやだ。
イヤダ。

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『タダノグチ 2011晩夏』(2011/09/03)

九月になった。
テレビで、シチューと風邪薬のCMを目にするようになった。

確実に「奴」が近付いてきている。
忍び寄ってきている。

冬が。
憎むべき冬が。
忌み嫌う冬が。
招いてもいないのに。

CMはその証だ。

季節は、着実に冬へ向かって進んでいる。

僕は知っている。
これまでの経験から、それが避けられないことを知っている。

どれだけ忌み嫌おうとも、冬は必ずやって来るのだ。

嫌だ。
いやだ。
イヤダ。  

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2016年09月15日

守株という言葉があるらしい。耳が痛い

一つ前の記事をUPした後に思ったこと。
やはり、お金を拾った話。

かなり前の話になるが、とあるスーパーマーケットの前で、間を空けてではあるが、二度千円札を拾ったことがある。
近所のスーパーなので、今でも頻繁に利用しているが、それ以来、主に店を出るとき、ついついまた落ちていないか気にしてしまう。

同じ場所で二度拾うのはすごいことだとは思うが、そのお店には、数十回どころか、既に三桁には届いているだろうほど足を運んでいる。
特別高確率で拾っているわけでもない。
気にしたって、また拾う可能性は低いだろう。
いやいや、でも待て、二度あることは三度あるという言葉もあるではないか。
諦めたら終わりだ。

てなことを、考えたり、考えなかったりしていたのだが、更にこんなことを思った。
何か、同じような話が、童謡にあったような気がする。

北原白秋作詞、山田耕筰の『待ちぼうけ』である。
さながら僕は、切り株でうさぎを待つ農民のようでもある。

いやいや待てよ、逆だという考え方もある。
お金が落ちていないか気にして、下を見て歩いていて、柱だか何だかにでもぶつかって怪我でもしようものなら、完全にうさぎそのものではないか。

うーん、お金を拾ったことは忘れることにするかな。  

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2016年09月14日

The answer is blowin' in the wind.♪ 他(再)

改めて読み直しても、くだらないショートショートだと思う。
が、そのくだらなさがいいのだが。
まあ、自分で書いたのだから、いいと思って当然なのだが。

近頃は、この手のプチショートショート的なものを書いていない気がする。

書きたいという気持ちはある。
が、そのためには、書くための時間、余裕が欲しい。
それらが必要。

そしてそれ以上に、ネタが必要。

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『The answer is blowin' in the wind.♪』(2011/09/11)

風の強い夜だった。

ガソリンスタンドで給油をしていると、個性的な服装をし、個性的なバイクに乗った若者たちが、個性的かつ迷惑な騒音を轟かせながらガソリンスタンドに入ってきた。

給油が終わりスタンドを立ち去ろうとしたとき、僕の足元に折り畳まれた千円札が風に吹かれて飛んできた。
状況から考えて、個性的な服装をし、個性的なバイクに乗る若者たちの誰かのものだ。

ネコババするのも大人気ないので、それを拾い、若者たちに声をかけ、千円札を渡してあげた。

一言のお礼もなかった。
何割かの謝礼を寄こせという気はないが、謝意くらい伝えてろよ、と思った。

が、文句をいって絡まれても仕方がない。

そのまま風に吹かれるがままにしておけばよかったと思いながら、ガソリンスタンドをあとにした。

「答えは風の中にある」といったのは、ボブ・デュランだったか。

風の中に答えを探していたら千円札が飛んできて、それが個性的な服装をし、個性的なバイクに乗る若者のものだったとき、果たしてボブだったらどうしただろうか。

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『鶴じゃないけど恩返し』(2011/09/02)

風の強い夜だった。

インターホンが鳴ったので玄関のドアを開けると、そこには見知らぬ若者が立っていた。
個性的な服装をした若者だった。
両手に大きな荷物を提げていた。

「どちら様ですか?」

僕の問いに、若者が答えた。

「俺、何日か前の夜に、ガソリンスタンドで千円拾ってもらった者っす。あのときー、びしっとお礼がいえなかったつーか、忘れてたんでー、お礼参りに来たっす」
「お、お礼参り?」
「えー、そうっす。俺の金ー、拾ってくれって、ありがとうございましたっす」
「あー、いやー、別にそこまで気にしなくていいよ。うん、うん。えらいね。ちゃんとお礼がいえて」
「うぃーっす。で、入れてもらっていいすっかー。部屋」
「いやいや、今日はもう遅いから」
「いや、それじゃ俺の気が済まないっす。きちんとけじめつけさせてもらうっす」

そういって、彼は半ば強引に部屋に入ってきた。

「奥の部屋どこっすか? 貸してください」
「か、貸してくださいって、何するつもり?」
「お礼に服を作るっす」
「いやいやいやいや、鶴の恩返しじゃないんだから。それに、はた織り機とかないよ」
「俺、はたなんか織れないっすよ。縫うんすよ。材料もミシンも、ちゃんと持って来たっす。あ、それからー、覗くのとか、まじ勘弁でお願いっす。まじ、恥ずかしいから。あ、俺、鶴じゃないっすから」
「わかってるよ、そんなこと。それに、覗きもしないって。もう、わかったから、早く作って帰って」
「うぃーっす」

そういって、彼は部屋に入っていった。
部屋からはミシンの音が聞こえる。

果たして。

明け方になって、ようやく彼は出てきた。
手には服を持っていた。

「お待たせっす。これ、千円拾ってくれたお礼っす。特攻服っす。会心のできっす」

無理矢理受け取らされたそれには、背中に「夜露死苦」と刺繍がしてあった。(了)  

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2016年09月13日

ミミヲスマセバ

数時間前、所要があって外出したときのこと。

歩いていると、とんぼが飛んでいた。
一匹や二匹ではない。
それなりにまとまった数。
街中で。

ふと思い耳を澄ますと、つい先日まで聞こえていたはずの蝉の声が聞こえない。

僕は思った。
夏は終わったのか?
夏は完全に終わってしまったのか?
と。

ここ数年は、確か十月まで残暑が厳しかったと記憶している。
ところが今年は、九月に入るか入らないかぐらいから、暑さが和らいだ気がする。
どうせすぐまた暑くなるのだろうと思っていたが、残暑が厳しいというほどまでには暑くなっていない。

夏は終わったのか?
今年の夏は完全に終わってしまったのか?
暑さも寒さも彼岸までというけど、今年はそれが当てはまらないのか?

夏が終わるのは仕方がない。
秋が来るのも問題ではない。
秋も嫌いではないし。
問題はその後である。

耳を澄ませても、蝉の声は聞こえない。
更に耳を澄ませれば、秋の足音が聞こえるかもしれない。
それどころか、その向こうから来る、冬の足音まで聞こえてしまうかもしれない。

そう考えると、あまりの恐怖に、僕は耳を塞ぎたくなった。

あーあ。
あーあ。
あーあ。  

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2016年09月12日

ベル音にすべき

一つ前の記事の続き。
というのも、思い出したのである、忘れていたblogのネタを。
まあ、思い出してしまうと、大した話ではないのだが。。。

さて、本題。

日常的に利用しているわけではないのだが(だから、忘れてしまっていたのだが)、時折、目覚まし時計代わりに携帯電話のアラームを利用する。
その際の音を、携帯電話内にある音楽データを指定することができるので、お気に入りのとある楽曲がなかなかの音量で鳴るように設定している。

で、時折利用し続けてきたのだが、先日、ふと思ったのである。
この曲のことを、嫌いになりかけている、と。

個人差はあれど、寝ているところを起こされるのは、気持ちのいいものではない。
特に僕は、朝が弱いというか、目覚めが悪いほうだと思うので、なかなかの音量で叩き起こされる感じが、好印象なわけがないのだ。

で、結果、その曲が嫌いになりかけているのである。
お気に入りの曲だったはずなのに。

好きだった曲が、そのような理由で嫌いになるのは嫌だ。
アーティスト自体まで嫌いになってしまうのは、もっと嫌だ。

そうなってしまわないためにも、アラームの曲を変更したほうがいいのだろうか。
だが、そうしたとしても、次は、しばらくの後、その変更した曲に嫌悪感を感じ始めることだろう。

うーん、どうするべきか。

寝坊しても怒られない星に行きたい。  

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2016年09月11日

「の割には……」という意見はなしで(再)

つい最近も、いや、今現在もというべきか、似たような状況。
ただし、夢の話ではない。
現実の話。

つい先日、これはblogに書ける、ネタになる、ということがあったのだ。
正確には、あったというより気が付いた。
そのときの感情は、明確に覚えている。

ああ、何でこんなに目の前にあることなのに、今までblogのネタになるということに気が付かなかったのだろう。
という感情。

という感情だけは、明確に覚えているのだが、肝心の内容が何だったかは、ここ数日思い出そうと苦悩しているのだが、全く思い出せない。
どうしたものか。。。

あーあ。
あーあ。
あーあ。

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『「の割には……」という意見はなしで』(2011/08/31)

あ、今の話面白い。
blogに書こう。
忘れないようにメモしとかなきゃ。
あ、そういえば、さっきの話も面白い。
二つメモしよう。

と思った。
夢の中で。

しかも、「ああ、でも、これ夢だからなー。メモしてもなー。目が覚めても覚えてるかなー」とも思った。
夢の中で、夢だということまで自覚していたのだ。

目が覚めると、案の定、何が面白かったのかは忘れてしまっていた。
しかし、夢の中でもblogのことを思うという、涙ぐましい努力をしていたことはしっかりと覚えていた。

これほどまでに、僕は真剣にblogに取り組んでいるのである。
日々の更新に、全身全霊を傾けているのである。

ちなみに、非常に目覚めが悪かった。  

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2016年09月10日

ボクガタベタイダケ(再)

以下の過去記事を読み直して思ったこと。

家族で話をしている、弟もいる。
ということは、おそらく、実家で食事をしながら。
弟と飲みながら、だと思われる。

どうりでくだらない話をしているわけだ。

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『ボクガタベタイダケ』(2011/08/29)

実家で、母、弟一家と「世界陸上2011」の三日目をテレビ観戦したときの話をいくつか。

女子400mの決勝を観ていると、母が「この人たちの腕の筋肉すごいね。馬みたい。馬みたい」としつこい。
最後には、「この人たちのおおかたは、前世が馬だよね。馬だよね」といい出す始末。
面倒臭いので、「そうだね」と答えておいた。

室伏広治選手が金メダルという素晴らしい結果で終了したハンマー投や、女子砲丸投を観戦しながら、「この人たち、何て叫んでるんだろうね。飛べー! とか、いけー! とかかな」という話で盛り上がる。

砲丸投を観ていて思った。
(完全に素人考えだが、)砲丸投げに劇的な技術革新とか、そうはなさそうだ。
決勝に残っているような選手は、日々のトレーニングで、身体も精神も限界まで追い込んでいることだろう。

であれば、記録を伸ばすには、後は何をすべきなのだろうか。
どんな余地が残っているのだろうか。
たくさん腕立て伏せをすればいい、とかではないに決まっている。

そんなことを思った。
そして、それを弟に話した。

すると、弟が一言。
「何て言葉を叫ぶかじゃない?」

面白い。
座布団二枚。

日々のトレーニングで、辞書を一ページ一ページめくるのだ。
様々な言葉を叫びながら、最も記録が伸びるキーワードを見付け出すのだ。
そして最適な一言を見い出したら、そのキーワードで大会に臨むのだ。

「あん肝食べた〜い!」とか、「丸腸食べた〜い!」とか叫びながら投てきするのだ。

そんな選手が現れたら、僕は必ず応援する。
心の底から応援する。
力の限りに声援を送る。

そして優勝したら、一緒に祝杯を挙げるのだ。
あん肝で。
あるいは丸腸で。  

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2016年09月09日

練習用のバンカーを掘るとか?(再)

以下の過去記事と、直接関係あるようなないような話。

先日、知人と、コンビニの肉まんの話になった。
その際、什器ごと買いたいなどというような話になったのだが、知人の「什器」という言葉に対する反応がおかしい。
「ジュウキ???」というような反応。

聞くと、「重機」だと思ったのだという。

まあ、そもそも、コンビニの肉まんと重機は何の関係もないわけだが、それを置いといても、重機は無理。
重機ごとは無理。
安くたって数千万、高い物だと億とかするはず。

いやいや、什器だって買えないけど。
というか、買わないけど。

--------------------
『練習用のバンカーを掘るとか?』(2011/08/25)

日本の女子ゴルフの大会に、「CATレディースゴルフトーナメント」という大会がある。
キャタピラージャパン(旧・新キャタピラー三菱)という会社が主催する大会である。

その大会が先週に開催された。
以前から、blogに書こう書こうと思っていたことがあったのを、テレビで大会が放送されているのを見て思い出し、今こうやって書いている次第。

というのも、その大会、優勝すると副賞として、キャタピラージャパン製の小型建設機器がもらえるのだ。
パワーショベルとか。

女子選手がである。
いや、男子選手だったとしても、パワーショベルとかもらっても困ると思うけど。

2000年から副賞として小型建設機器が贈られるようになったらしいので、先週末の優勝選手も合わせて、12人が小型建設機器をもらったことになる。
皆、どうしているのだろうか。
非常に気になる。

もし僕がインタビュアーだったら、優勝インタビューは、きっとこんな感じになると思う。

僕 「●●選手、優勝おめでとうございます。まずは、今の率直なお気持ちをお聞かせください」

優勝選手 「はい、ありがとうございます。今日はショットがいまいちでしたけど、パットが安定していたので、我慢していればチャンスがあると自分にいい聞かせながらプレーしていました。16番で、ラフから……」

僕 「いやいやいやいや、そうじゃなくて、副賞のパワーショベルについての感想を。どうしますか? ご自分で使われますか? 何のために穴を掘られますか?」

みたいな。  

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2016年09月08日

本当に危なかった(再)

以下の過去記事の眼鏡屋さんでも、また別の眼鏡屋さんでも、これまでに何度か店員さんにこう質問したことがある。

「店員さんは、必ず眼鏡をかけないといけないのですか?」と。

今のところ、いつも、「いえいえ、そんなことはありません」という答え。

僕の知る限り、見た限り、どの眼鏡屋さんの、どの店員さんも、いつも眼鏡を着用している。
なのに、そんなことはないといわれても、、、

笑顔で「ええ、そうなんですよー」といわれたほうが、よっぽど好印象だろうにと思うのは僕だけだろうか。

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『本当に危なかった』(2011/08/24)

本日の「恥ずかしかったこと」。

眼鏡屋さんで眼鏡を見ていたら、店員さんに「今はコンタクトを着けていらっしゃるのですか?」といわれた。

その通りなので肯定したが、内心、非常に驚いていた。
「何でわかった? どうして? エスパー? もしかしてエスパー?」と。

あまりに不思議だったので、どうしてわかったのか店員さんに尋ねてみた。
すると、「いや、今、眼鏡をかけていらっしゃらないので」との答え。

答えの意味が理解できなかった。
「やっぱりエスパー?」と、心の中で動揺していた。

十秒くらい経ってようやく気が付いた。

眼鏡屋さんで眼鏡を選んでいるのだ。
伊達眼鏡を探している、などの特別な理由がない限り、目が悪い人なのだ。
で、その人が眼鏡をかけていなければ、高い確率でコンタクトを着けているということだ。

少し考えれば、というか、あまり考えなくてもわかることだ。
自明の理ってやつだ。

気が付くのがもう五秒遅かったら、「も、もしかしてエスパーですか?」と口にしていたところだ。
危なかった。

あはははははは。
もう、笑うしかない。

以上、本日の「恥ずかしかったこと」。  

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2016年09月07日

某有名カレーチェーン店の、十月から販売される牡蠣フライカレーも待ち遠しい

一つ前の記事の続き。
高校時代、地理のおじいちゃん先生から聞いて印象に残っている話の二つ目。

もったいぶってというか、実際は手抜きなのだが、記事を分けたものの、その二つ目の話も、数年前に書いた記事に既に書いている。
おじいちゃん先生が若い頃は、非常に牡蠣が安価だったので、学生時代、学食で牡蠣フライ定食ばかりでうんざりだった、いやいや、牡蠣好きからしたら、そんな羨ましい話はないよ、という話。

で、思ったこと。
九月になり、スーパー等の店頭で、牡蠣を見かけるようになった。
愛して止まない牡蠣フライを、既に二回食べた。

そんな中、つい先日の話。
既にほぼほぼ買い物を終えたタイミングで、惣菜売り場をまだ確認していなかったことに気が付いた。

僕は思った。
もし、惣菜売り場に牡蠣フライが売っていたらどうしようか、と。

というのも、物量的にも、予算的にも、もう十分に買っていた(かごに入って)のである。
これ以上、何かを買う余裕がない。
いや、それが牡蠣フライでもか?
牡蠣フライがあっても、買わないのか?
買わなくていいのか?
と。

結果、幸いなのか、不幸なのか、今となってもわからないが、牡蠣フライはなかった。
あったほうがよかったのか、なくて幸いだったのか、あったら僕はどうしていたのか。
牡蠣フライを購入するために、既にかごに入れた何かを、売り場に戻すのも、負けた感がして嫌だし。

という話を知人にしたら、だったら惣菜売り場を確認しなければいいのに、といわれた。

いやいや、それは違う。
愛して止まない牡蠣フライが、そこに並んでいるのかもしれないのだ。
それを、確認もしないなんてあり得ないことなのである。
そして、あったら、絶対欲しくなるのだけど。

で、思った。
ルールを決めよう、と。
新しい買い物のルール。
秋冬限定の買い物ルール。

それは、スーパー等に入ったら、いの一番に惣菜売り場で牡蠣フライを確認する、というルール。

売られていたら、まず確実に欲しくなってしまうはずだが、それはそれでいろいろと問題があるような気がしないでもないが。  

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2016年09月06日

おじいちゃん先生

結局、僕の住む地域に至る前に熱帯低気圧になった台風12号。
昨日、月曜日の話である。

今考えると不謹慎極まりないが、幼少の頃は、台風が来るとテンションが上がっていたと記憶している。
非日常感と、何よりも、学校が休校になる可能性があったからだと思う。

現在はというと、もう大人なので、さすがにテンションは上がらない。
ただただ煩わしいだけ。
被害が出たのをニュース等で見るのも、心が痛むし。
なので、何事もなかったのであれば、これ以上のことはないと思う。

非常に進行速度が遅く、上陸予想時間も、台風情報が更新される度に後ろにずれていたように思う。
やはり勢力も徐々に弱まっていき、結果、熱帯低気圧になったが、強い風が吹くわけでもなく、雨が激しく降るわけでもなく、多くの人が、そうなる気がしていたのではなかろうか。

が、そのような油断が大きな被害に繋がるとも思うので、安易な自己判断は禁物だとも思う。
実際、台風の進路自体は、僕の住む地域にとっては、決していい進路ではなかったと思う。

というのも、台風が発生すると、当然、予想進路を気にするのだが、同時に、高校生の頃に地理の先生に教わった話も思い出すのである。
福岡は、九州でありながら、実はそれほど台風で被害が出ることが少ない。
その理由は地理的要因によるものだが、唯一といってもいいほど、ある進路で台風が上陸した場合のみ、大きな被害が出る。
という話。

で、今回の12号が、比較的その進路に近かったのである。
繰り返しになるが、大きな被害は出なかったと思われるので、本当によかったけど。

この地理の先生の話は、数年前に一度書いているので詳細は省略。
その数年前にも書いたのだが、その先生で思い出すことは二つ。

一つは、今書いた台風の進路の話。
で、もう一つあるのだが、その話は次の記事で。

なので、当記事はオチがない。
オチは次の記事にて。
当記事は、台風が大したことなくてよかった、という話。  

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2016年09月05日

ソンナヒマハナイ

少々バタバタしているので一回休み。

うーん、、、バタバタというよりジタバタ?
アタフタ?
アクセク?
サボサボ?

いやいや、サボサボではないです、決して。  

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2016年09月04日

本当に降ったりして(再)

数日前、五年前の母と同じようことを弟がいっていた。

確かに、このところ雨続きということもあり、夏が完全に終わってしまったかのような涼しさだが、実際はまだ九月になったばかり。
このまま涼しくなるわけがない、、、そうなるとは、思えないのだが。。。

、、、、、、、、、本当に雪が降り出したりして。

--------------------
『本当に降ったりして』(2011/08/23)

気持ちはわかる。
確かにここ数日、比較的涼しかったので。

先日のこと。
母がしつこく聞いてくるのである。
「このまま涼しくなると? もう暑くならんと?」と。

本音をいえば「知らんくさ、そんなこと」であるが、僕は真摯に答えた。
「暑さのピークは過ぎたろうけど、まだまだ暑い日もあると思うよ。いってもまだ八月だからね」と。

気持ちはわかる。
ここ数日涼しかったので。

でも、それは、雨や曇りが続いていたというのもある。
晴れが続けば、まだまだ暑いだろう。
暑さが和らぐには、まだ早いだろう。

と、先日伝えたにもかかわらず、今日も聞かれた。
全く同じことを。
「このまま涼しくなると? もう暑くならんと?」と。

正直、もう面倒臭くなったので、こう答えておいた。

「うん、涼しくなるみたいよ。ニ、三日したら、雪も降るらしいよ」と。  

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2016年09月03日

ブルーレイレコーダーとかノートパソコンとかカメラとか……(以下略)(再)

五年経った今でも、ブルーレイレコーダーも欲しいし、ノートパソコンもカメラも欲しい。
中でも、近頃はノートパソコンの購入を真剣に検討中で、価格や性能の調査をしているところ。

が、そんなノートパソコンを差し置いて、今、最も欲しい物ランキング一位は、先日故障してしまった、温水洗浄便座

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『ブルーレイレコーダーとかノートパソコンとかカメラとか……(以下略)』(2011/08/22)

一つ前の記事を読み直して思った。

僕が本当に継息子だとしたら、継長男だとしたら、これはまるであれだ、シンデレラだ。

僕は思った。

であれば、そのうち魔女が現れて、ガラスの靴やらかぼちゃの馬車やら用意してくれるはずだ。
そうだ、そうに違いない。

大いに望むところだが、ガラスの靴はどうだろう。
痛そうだ。

なので、魔女にお願いしたい。

ガラスの靴ではなく、違う靴にしていただきたい。
例えば、各スポーツメーカーから、非常に軽いランニングシューズが発売されているので、それとか。

それから、馬車なんかいらない。
むしろ困る。

なので、馬車の代わりは車で、メーカーはあそこで、ドレスなんか着ないから、代わりに新しい服をあのブランドで、それからそれから……(以下略)  

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2016年09月02日

しばしば皆で僕をいじめるし(再)

名前の漢字を間違うのはどうかと思う。
が、キラキラネームやD●Nネームを付けられるよりかは、格段にましだといえるか。

幼少期、公園で名前を呼んだら、わらわらと同じ名前の子供が集まって来たと母がいっていた。
そんなありきたりの名前を付けてくれてありがとう。

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『しばしば皆で僕をいじめるし』(2011/08/21)

漢字の中には、点が付くのか付かないの迷い易く、結果、間違われ易い漢字がいくつかある。

例えば「専」など。
「専」は、間違って右肩に点を付けられることが多い字。

たった一画、点一つかもしれないが、「たかが一画、されど一画」、間違いは間違いである。

僕の名前にも、そんな漢字が一文字使われている。
これまでも、幾度となく間違われてきた。
僕の場合は、必要な点を付け忘れられるパターン。

さて、ここからが本題。

実家に行ったら、いただきもののお裾分けが用意されていた。
弟妹含めて人数分。
そして、そのお裾分けに、間違わないよう、それぞれの名前が記されていた。
母によるもの。

果たして。

字が間違っていた。
点がないのだ。
僕の名前の漢字のはずだが、一画抜けているのだ。

お母さん。
僕はあなたの息子ですよね?
長男ですよね?

何故、一画抜けたのか。
考えられる理由は、そういくつもない。

一、嫌がらせ。
ニ、僕の分と僕が勝手に思っただけで、実は僕の分ではない。
三、やっぱり実の息子ではない。

あ、そういうことか。

冷静になって考えると、僕だけ家族の中で一人だけ見た目も麗しいし、僕一人だけ優秀だ。

ああ、そういうことか。
そういうことか。  

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2016年09月01日

長月に思う 2016

九月になった。
長月である。

長月の由来は、夜が長いからという説が有力らしい。
が、本当に最も夜が長いのは、冬至のある十二月ですけど、といいたくはあるけど。

九月。
近年は残暑もかなり厳しい。
ここ数日は、台風等々の影響もあってか、ぐっと涼しくなったが、このまま過ごし易くなるとは思い難い。

が、厳しい残暑さえなければ、本来、九月、十月は、春から初夏にかけてと並んで、一年でも過ごし易い季節ではある。

長月といっても、実際に夜が長いのは十二月なのだから、いっそのこと、夜ではなく、九月自体が長い月になればいいのにとも思う。

僕が憎んで止まない、寒さ真っ盛りの十二月、一月、二月の日数を減らして、九月を九十日でも百二十日にでもすればいいのにと思う。  

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2016年08月31日

まだ無臭なはず(再)

カレーを食べているところや、あるいは食べたばかりのところに、後から部屋に入ってきた人に、「うわあ、カレー臭がすごい」といわれると、ドキッとするのは僕だけか。
というか、カレーシュウという言葉に反応してしまう歳になってしまったということか。

まだ無臭なはず。
まだ無臭なはず。
仮に何らかの臭いがするとしても、カレーを愛して止まない僕なので、カレー臭なはず。

--------------------
『まだ無臭なはず』(2011/08/20)

一つ前の記事を書いた後、新しいイタズラを思い付いた。

「人差し指で耳の裏を強くこすった後、その指の匂いを嗅いでみて。嫌な匂いがするから。それ、加齢臭」

というイタズラ。

というか、イタズラとはいえないな。
嫌がらせだ。
完全に。

ちなみに、僕自身、試したことはありません。
怖いので。  

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2016年08月30日

成功したはず(再)

以下の過去記事から五年。
イタズラから五年。

もう一度、同じイタズラを愛すべき甥っ子にしたら、どうなることやら。

さすがに覚えてはいないか。
読み返すまで、僕も覚えていなかったし。

覚えてはいないが、引っかからない可能性はある。
五年経ち、成長だってしているので。

ちなみに、母に試す予定はない。
あっさり成功すると思われるので。

--------------------
『成功したはず』(2011/08/19)

先日、愛すべき甥っ子にイタズラをしたときの話。

イタズラの内容は、「手のひらに●●したら、××の匂いがするよ」と目の前でやってみせ、相手が同じことをしたら、匂いを嗅ごうとしたタイミングで、その手のひらをぱちんと叩くという古典的なもの。

今回、具体的には、「手のひらに数字の1、2、3と書いて、手のひらを揉んだら、チョコレートの匂いがするとよ」という内容。

結論から書くと、イタズラは成功。

が、しかし。
一つ由々しき問題が。
隣で見ていた母が、こんなことを口にしたのだ。

「え? 本当? 本当に? 本当にチョコレートの匂いがすると?」

僕は思った。

母にもすればよかった、と。  

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2016年08月29日

健康法?(再)

以下の過去記事を読み直すまで、そのようなことがあったのを、すっかり忘れてしまっていた。
失念してしまっていた原因の一つとして、そのおじいちゃんと犬を、近年目にすることがなかったからだと思われる。

おじいちゃんが身体を壊されるなどして、散歩をされなくなったのだろうか。
あるいは、散歩はまだ続けていらっしゃるけれども、やはり健康上の理由など何らかの理由で、大声で唄いながら歩くことがなくなったので、目にはしていても、僕が気が付かなかっただけなのだろうか。

またまたあるいは、おじいちゃんは何ともないのだけれど、やはり何らかの理由で、犬が唄うのを止めたからわからなかったのか。

--------------------
『健康法?』(2011/08/18)

先日、夜、そこそこ遅い時間のこと。

近所の県営公園の周りを歩いていると、前を一人の老人が歩いていた。
男性。
唄を唄っている。
かなりの大声で。

長唄といえばいいのか、浪曲というのか、ちょっと僕にはよくわからないが、そんな感じの唄を。
結構な大声で。

民家がすぐそこにあるという場所ではないからいいようなものの、そうでなかったら、確実に怒られていると思う。
怒鳴られていると。
か、通報されるか。

それぐらいの大声なのである。
老人を追い抜き、ぐんぐん距離が開いていったのだが、しばらくは唄声が届いていたくらいである。

おじいちゃんの上手いのか下手なのかわからない唄声を聞いていて、僕は一つのことを思い出した。
そういえば、以前も、同じような唄を大声で唄いながら散歩しているご老人をちょくちょく見たな、と。

というか、かなりの確率で、同一人物だと思うけど。

以前よく見たご老人は、日中、住宅街を、やはりかなりの大声で唄いながら闊歩しておられた。
犬と一緒に、という姿も多かった。

冬場には、インフルエンザ予防のためだろうか、マスクを着用して散歩されていた。
もちろん、大声で唄いながら。

マスクをしたまま、あんな大声で唄えるなんて凄いなと、すれ違うたびに思ったのを記憶している。

実は唄っているのはおじいちゃんではなくて、犬のほうじゃないのかと、今でも少し疑っている。  

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2016年08月28日

ショーショードージョーノヨチアリ(再)

ちなみに、生チョコレートも加熱されていますよ。

--------------------
『ショーショードージョーノヨチアリ』(2011/08/17)

先日、母とパスタの話をした。

母が、美味しい生パスタを出す店に行ったという。
非常に美味なのだという。
そんな話。

そんな話なのは全然いいのだが、母と話していて、何だか話が噛み合わないというか、腑に落ちない思いをところどころに感じた。
しばらく話をしていて、はたとその理由に気が付いた。

僕は母に問うた。

僕 「もしかして、生パスタって、茹でていないと思ってる?」
母 「え、生パスタって生なんじゃないの?」

食べたのならわかりそうだけど。。。

でも、確かに、「生●●」といえば、加熱していない、火を通していないものを意味するのが一般的だ。
そう考えると、母が勘違いするのも、全くわからないでもない。

わからないでもないけど、決して人前では話さないでください。
お願いします。  

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2016年08月27日

リハーサルともいう

ついつい先日の話。

近年は毎年のように、この時期に書いていると思うが、KIRINの「秋味」という季節限定のビールに思い入れがある。
もちろん、毎年口にしている。

先日書いたが、お盆には早くも、秋限定のビールが店頭に並んでいた。
が、その時点では、まだ「秋味」は売られていなかった。

数日前、その「秋味」を店頭で発見。
購入しようか大いに迷ったが、夏の終わりを認め、秋になったこともまた認めてしまうことになりそうな気がして、とりあえずは見送り。

が、惣菜コーナーで、カキフライが売られているのを発見。
今シーズン初、約半年ぶりぐらいの再会といったところか。

こちらは我慢できなかった。
買ってしまった。
しかも、二パックも。

その上、流れで、これまで一度も買ったことのない、惣菜として売られているさんまの塩焼きまで買ってしまった。

帰宅しながら思ったこと。
うーん、やっぱり「秋味」も買えばよかった。。。

結論。
次は買おう。

夏の終わりを認めたけではない。
秋になったのを認めたわけでもない。

予習のようなものである。  

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2016年08月26日

答え、タイ

更に続けます。

トムヤムクンで思い出したこと。
トムヤム君ではない、スープの方である。

トムヤムクン。
世界三大スープの一つとして有名。

が、世界三大といっても、公的な何かが世界三大を決めているわけではないようで、そのようにいわれている、いわれることが多い、といった程度のようである。

で、ここからが本題。
世界三大、アジアの料理ということで、あることを思い出した。
それは、しばらく前に、世界一美味しい食べ物として、とあるカレーが選ばれたという話題。

そのカレーは、マッサマンという名のカレー。
トムヤムクン同様、タイの料理。

ちなみに、この記事を書くにあたり少し調べたところ、アメリカのCNNの企画「世界で最も美味な料理ランキング50」で、一位に選ばれたとのこと。
ただ、それは2011年のことのようだ。
毎年やっているのか否か等は不明だが、違う年の、内容の違うランキングもある様子。

が、数年前とはいえ、一度一位になったのは事実。
それもカレー。
カレーを愛して止まない僕としては、気にならないわけがない。

以上、オチとかはない。
これ以上話は広がらない。
ただただ、マッサマンカレーを食べてみたい、というだけ。

ぜひ食べたい。
食べてはみたい。

が、最初は、レトルトなどではなく、ちゃんとしたマッサマンカレーを食べてみたい。

しばらく前にその存在を知るまで、全く知らなかったカレー。
おそらく、これまでに一度も、お目にかかったことがないのだと思う。

だとすれば、どこでいただくことができるのでしょうか?  

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2016年08月25日

パクパクパクチー

一つ前の記事をUPした後に考えたこと。

一つ前の記事のタイトルにパクチーが出てくるが、これには理由がある。
それは、先日、パクチーを口にする機会に恵まれたからだ。

が、結局食べなかったけど。
というのも、かなり以前口にしたことがあって、口に合わなかったという記憶があったので。

が、が、パクチーに限った話ではないが、以前は食べられなかった物が、どういうわけか、ある日突然食べられるようになる、美味しいと感じるようになる、という話を時折耳にする。
であれば、もしかしたら、今食べたら美味しいと感じていたかもしれない。
一口ぐらいは口にするべきだったか。

更にしばらく前に、近頃、巷ではパクチーが大人気、本場タイでは、日本と違って数種類のパクチーがある、これまた日本と違って火を通して食べるのが一般的、生ではあまり食べない、などというパクチー話を耳にする機会があった。

と、パクチーを実際に目にしたり、話題を耳にする機会が続いていたのもあり、トムヤム君、タイ人、ならばパクチーとなったのである。

パクチーが、タイの方々にとって、本当にソウルフードといえるような食材なのか否かは全く不明。
僕が勝手にいっているだけである。
タイの方の中にも、パクチーが嫌いな人だっているだろうし。

で、タイトルにパクチーを使うことまでは決まったが、いつものことながら、タイトルを決めるのにとても苦労した。

他の選択肢としては、『パクチー大好き』と『パクパクパクチー』があった。
『パクチー大好き』とすると、僕がパクチーが好きだとの誤解を与える可能性があると思い却下。
『パクパクパクチー』は、何だかとてもバカっぽいので却下。

が、そのバカっぽさは嫌いではない。
世に出さないのはもったいないような気がしてきた。

で、当記事のタイトルに採用した次第。  

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2016年08月24日

ソウルフードはパクチー

先日、手書きで「トムヤムクン」とメモをする機会があった。

トムヤムクン。
世界三大スープの一つに数えらることもあるタイ料理。
一言でいってしまうと、エビのスープ。

さて、そのトムヤムクンを手書きしたのだが、実際には「トムヤムくん」と書いてしまった。
どういうわけだか、「トムヤム」まで片仮名で、「くん」だけ平仮名で書いてしまったのである。

トムヤムくん。
おそらく、タイからの留学生だと思われる。  

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2016年08月23日

シイタゲラレテイル(再)

以下の過去記事にあるように、僕の家族もそうだが、家族だけでなく、知人らも、何故だか僕に苦手な物を食べさせたがる傾向がある。

なので、本当に嫌いな物は、名言しないようにしている。
もちろん、blogにも書かない。
椎茸やブロッコリーより、もっと苦手な物があるのだが。

だが、これ以上書くこともないし、仕方がないので、もっと苦手な物を書いておくか。
家族や知人が、僕に無理やり食べさせようとするリスクはあるけど。

そうだな、これからの季節だと、さんまの刺身、さんまの塩焼き、特にわたの部分、牡蠣、あん肝とかだろうか。
これらは、僕だけでなく、苦手な人が多い食べ物なので、説得力が高いだろう。

さあ、いつでも無理やり食べさせるがいい。

--------------------
『シイタゲラレテイル』(2011/08/14)

一つ前の記事の続きといえば続き。

ある程度以上の大きさの椎茸が食べられない僕を、家族が全員でいじめる。
実家で食事をいただくときなど、わざと僕のにだけ大量の椎茸を入れようとしたりするのだ。

先日も、お吸い物に、僕が食べられないサイズの椎茸が大量に入っていた。

昨日の記事にも書いたように、味が駄目なわけでなく、食感が苦手なだけなので、お吸い物自体は非常に美味しくいただいた。
もちろん、椎茸以外。

すると、家族全員が、きちんと椎茸を食べろというのだ。
甥っ子や姪っ子の手前、示しがつかない、教育によくない、というのだ。

いっていることは正論だが、実はそんなことはどうでもよく、単に僕をいじめたいだけなのだ。
そう、僕は、家族から虐げられているのだ。

椎茸だけにね。

ダジャレは置いといて、本題。
いじめられながら僕は思った。

blogに、家族全員分の、1mmも笑えない、100%、純粋な、ピュア悪口を書いてやるぞ、と。  

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2016年08月22日

ブロッコリーと椎茸は食べないけど(再)

以下の過去記事は、五年前に書いたものだが、五年経とうが十年経とうが、僕の考えは変わらない。
この先も、決して変わることはないと思う。

極上だか何だか知らないが、椎茸と牛肉が似ていると思うなんて、絶対どうかしている。

二兆歩ほど譲って、仮に似ているのだとしても、僕は牛肉でいい。
似ているのであれば、どちらを口にしたっていいわけだ。
であれば、僕は、椎茸はいらないので、牛肉を食べたい。

--------------------
『ブロッコリーと椎茸は食べないけど』(2011/08/13)

このblogでも何度か書いたことがあるが、ブロッコリーが苦手だ。
他にもある。
書いたか否かは記憶にないが、椎茸も苦手だ。

とはいっても、どちらも決して食べられないわけではない。
苦手なだけだ。
どうしても食べられないというわけではない。

椎茸にしたってそうだ。
椎茸出汁のものも嫌いなわけではないし、和食を食せば椎茸なんていくらでも入っているが、それらも全然平気だ。

ブロッコリーにしても椎茸にしても、嫌いというのは、いわばネタのようなもの。

と、つい最近まで思っていたのだが、椎茸に関しては、新たな発見があった。
改めて自覚した。

ある程度以上の大きさの椎茸は食べられない。
僕は椎茸の食感が苦手だということが、改めてわかった。

味が嫌いというわけではない。
だから、出汁や、小さく刻んであるものは平気なのだ。
なので、ある程度以上の大きさのものは、「本当にごめんなさい」という感じ。

極上の椎茸は、味、食感ともにまるで牛肉のよう。

そんなことをいっているのを、何度かテレビで見たことがある。

そんなの絶対嘘だと思う。
極上だか何だか知らないが、椎茸と牛肉が似ていると思うなんて、絶対どうかしている。
頭がおかしいか、舌がおかしいかのどちらかだ。

本当に椎茸と牛肉が似ているのであれば、とうの昔に、僕はベジタリアンになっていると思う。  

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2016年08月21日

メロメロアマッテメラメラヒャクバイ

先日、知人と話をしていたときのこと。
知人が、「メロメロ」というべきところで、間違って「メラメラ」という言葉を口にした。

メロメロとメラメラ。
「ロ」と「ラ」が違うだけで、意味は大違いである。
真逆に位置するといってもいいだろう。
が、言葉としては、一つの文字が違うだけ。

そのことに気が付いたとき、僕は更にこう思った。

メロメロとメラメラは、一つの文字が違うだけで、言葉としては非常に似ているのに、真逆近いような意味。
意味は真逆なので、言葉としては紙一重。
これは、まるで、あの諺を暗示しているようではないか。

その諺とは。
そう、それは、可愛さ余って憎さ百倍。

以上。
オチとかはない。
気が付いたことを書いただけ。
大発見を書いただけ。

近いうちに、学会に発表しようかと思う。  

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2016年08月20日

それはそれで、何事にも代え難く喜ばしいことですので 他(再)

以下の過去記事を読み直して思った。

先日故障してしまった、温水洗浄便座。
未だ、誕生日プレゼントとして贈られてはいない。

ならば、僕も、お願いしてみるか。
頼んでみるか。
サンタさんに。

でも、それまで温水洗浄便座が故障したままだというのも嫌だな。

あーあ。
あーあ。
あーあ。

--------------------
『それはそれで、何事にも代え難く喜ばしいことですので』(2011/08/11)

誕生日といえば、という話を一つ。

もう何年も前から聞かされているのだが、母には欲しい車があるという。
運転免許も持っていないのに、である。

その車は外車。
高級外車。
いや、超高級外車というべきか。

欲しいものがあること、夢を持つこと、希望を抱くこと、目標を掲げることはいいことだと思うので、特に否定をする気はない。
免許がないのは気になるけど。

そんな母がつい先日、こんなことをいい出した。

これから先、一生、誕生日プレゼントも母の日の贈り物も、クリスマスプレゼントもいらないから、家族全員でその車を買ってくれ、と。
中古でもいいから、と。

僕は母にいいました。

母が今いくつだとか、あと何回誕生日プレゼントを貰えるかという問題ではない。
一般的な家庭に生まれた人であれば、一生分のプレゼントを合わせても、その車は買えないよ、と。
中古車だとしても、まともな車であれば無理だよ、と。

人生で受け取るプレゼント類を全て合わせてその車の購入が可能になるには、よほどのお金持ちの家に生まれる、あるいは、数え切れないくらい家族が多い、などの条件を満たす必要がある。
(ああ、親戚が多いというのも必要条件かも。お年玉が増えるので)

母に可能性があるとすれば、この先かなりの長生きをしていただけるのであれば、これからのプレゼントを合わせると、その車くらいにはなると思う。
なので、お母さま、あと200年くらい元気でいてください。

その見通しが立つようであれば、妹や弟に相談して、超高級外車の購入も前向きに検討するようにいたします。

--------------------
『早く頼まないと、先方にも予算などあるでしょうし』(2011/08/12)

一つ前の記事を読み直して思ったこと。

気になったのは母の言葉。
これから先、一生、誕生日プレゼントも母の日の贈り物も、クリスマスプレゼントもいらないから、家族全員でその車を買ってくれ、という母の言葉。

誕生日や母の日はわかる。
腑に落ちないのは、クリスマスである。
クリスマスプレゼント。

だって、クリスマスプレゼントはサンタさんがくれるものなので、それを僕らにいわれても困る。
お門違い、というやつである。

だから、お母さん。
サンタクロースに頼めばいいのですよ。
超高級外車が欲しい、と。
今年の冬あたりお願いします、と。

なので、お母さん。
今から用意したほうがいいかと思われます。
編み始めたほうがいいかと思われます。

靴下を。
超特別大きなやつをね。  

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2016年08月19日

吉日ではなかろう 他(再)

以下の過去記事にある、五年前に母から受けた傷は、今でもはっきりと残っている。

心の傷としてではない。
脛にはっきりと傷痕が残っているのである。

過去記事では、いつものように大仰に書いてはいるが、実際には、流血はしたものの、薬も塗っていないし、絆創膏的な物も使用しなかったと記憶している。
その程度の傷といえば、その程度の傷。

が、消えずに残っている。
きっと、この先も消えないのであろう。

以下の過去記事にもあるが、近頃は、机の角で引っ掻いた程度の、幼少の頃であれば、唾を付けていればそのうち消えてしまっていたような程度の傷でさえ、いつまでもいつまでも残っている。

若い女性ならまだしも、小さな脛の傷ぐらい何てことはない。
むしろ、思い出の一つだと考えたっていい。

が、極々小さな傷痕さえ、なかなか消えなくなってしまったほど、治癒能力、新陳代謝が衰えてしまっていることのほうが、よっぽど大きな心の傷である。

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『吉日ではなかろう』(2011/08/09)

一週間程前、母を車に乗せたときの話。

母の荷物がとても多く、母が持っている台車を利用することに。
車を止め、折り畳まれた台車を取り出し、それを開こうとしていると、「開き方わかる?」と母。

開き方はわかるので、「大丈夫。待っとって」といったにもかかわらず、「こうやって開くとよ」と、母が強引に折り畳まれている台車を開いた。

果たして。

僕が自分の足元で開こうとしていた台車を、母が無理矢理開いたものだから、台車が勢いよく開いてしまい、僕の脛を強打。

脛。
すね。
そう、弁慶の泣き所である。

弁慶の泣き所強打。
そして、流血。

あまりの激痛に、足が千切れてしまったのではないかと思った。
もう二度と歩けない身体になるかもしれないと思った。
もう二度とblogが書けない身体になるかもしれないと思った。

で、現在。
歩けるし、blogも書ける。
が、傷は癒えていない。
未だ生々しい。

が、しかし。
傷はいずれ癒える。
消える。

そうなると、母はきっと忘れるだろう。
自分が犯した罪を。
息子の身体に傷を付けたことを。

ならば、と思った。
僕は思った。

脛に入れ墨を入れるというのはどうだろうか。
「2011年8月吉日 母より受けた傷」みたいな。

と思ったけど、どう考えてもそっちのほうが痛そうなので却下。

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『そちらのほうがかなり貴重』(2011/08/10)

一つ前の記事で、一週間程前に怪我をしたことを書いた。
大怪我をしたことを。

それと、「傷はいつか癒える。消える」というようなことも書いた。

が、しかし。
書いたはいいが、少々不安にも感じている。

というのも、近頃、怪我などをした際、その跡が消えるのに、かなりの時間を費やすようになったからだ。
昨日今日の話ではないので、「近頃」というよりは「近年」というべきかもしれない。
幼少の頃は、毎日のように怪我をしても、あっという間に、跡形もなく完治していたというのに。。。

そう、それだけ歳をとったということに他ならないのである。

本日、誕生日。
また一つ歳をとった。

ああ、神さま。
ブルーレイレコーダーとかノートパソコンとかカメラとかを誕生日プレゼントにくださいとはいいません。
高望みはしません。

なので、怪我をしたら、傷がきちんと消える身体にしてください。(怪我しない身体になれるとなおよし)  

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2016年08月18日

飽きない可能性はあるけど その2

一つ前の記事をUPした後に思ったこと。
というのも、自分で付けておいて何だが、一つ前の記事のタイトルが、非常に縁起が悪いと思ったのである。

飽きない可能性。
音だけだと、アキナイ可能性。
秋ない可能性。

そう、秋がない可能性。
秋がなく、夏が終わるや否や、冬になってしまう可能性があると読めなくもない。
この世の中に、これ以上の不幸があるだろうか。
などなどと考えたのである。

それともう一つ。

一つ前の記事で、僕がさんまの塩焼きや刺身に飽きるまでが秋で、飽きたら春になるのが望ましい、と書いた。
で、それを受けてのタイトルが、『飽きない可能性はあるけど』である。

が、実際は、さんま以外にも、いくらでも秋の味覚はある。
さんまも含め、それらの秋の味覚の全てに、僕が飽きるまで秋だということにするのはどうだろうか。
きっと、永遠に秋が続くことになるだろうとは思うけど。

が、いつまでも秋のままだと、困る人もいるだろう。
僕自身、春も嫌いではないし。

それと、もう一つ気になることがある。
冬という季節自体は嫌いだが、より正確には、寒いのは嫌いだが、冬の味覚にも美味しい物が多い。

ならば、こういうのはどうだろうか。

夏が終わった後、数ヶ月間、元来の倍近くの間が秋。
その間に秋の味覚を満喫。
その後、僕が冬の味覚を堪能する間の、極々短い期間、十日から、どんなに長くとも二週間程度が冬。
少しくらいは冬の寒さを感じたほうが、その他の季節のありがたみも増すだろうし、冬の味覚も楽しめる。
そして、春。

これが理想的な、季節の移り変わりだと思う。  

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2016年08月17日

飽きない可能性はあるけど

数日前、お盆のとある一日、近所のスーパーやコンビニに並んでいた、ある商品が目に入り、とても気になった。

その商品とはビール。
それも、ただのビールではなく、期間限定、秋限定ビールである。

秋限定ビールといえば、僕は個人的に、KIRINの「秋味」に思い入れがあり、毎年口にしている。
その「秋味」ではないのだが、いくつかの秋限定ビールが、店頭に並んでいたのである。

確か「秋味」は、例年、お盆明けぐらいに店頭に並んでいたはず。
それでも早過ぎると思っていたのに、お盆に秋限定ビールの販売開始だなんて、早過ぎるにもほどがあると思う。

が、秋限定ビールだけではなかった。
スーパーの惣菜売り場に、さんまの塩焼きが売られていたのだ。

秋限定ビールにさんまの塩焼き。
まだ、お盆だというのに、早過ぎるにもほどがあると思う。
何度でも繰り返そう。
早過ぎるにもほどがあると思う。

これほどまでに苦言を呈しているのは、秋になるのが早過ぎると、同時に、僕の嫌って止まない、憎んで止まない冬も、早く来てしまうような気がするからである。

そう、冬が憎いだけで、秋が嫌いなわけではない。
むしろ、秋は好きだ。
その後に、冬が来てしまうのを、憂いているだけである。

ましてや、近年のような、ちょっと怖いぐらいの泥暑が長く続くよりは、早く秋になったほうが、多くの人も喜ぶだろうし。

秋限定ビールも気になる。
そろそろ店頭に並ぶであろう「秋味」は、もっと気になる。
今年も何度か口にするだろう。
何度も、か。

さんまも食べたい。
塩焼きも食べたいし、刺身も食べたい。

そう、秋は嫌いではない。
冬が嫌いなだけだ。
夏が終わるのは少々名残惜しいが、秋は嫌いではないのでよしとする。
そう、秋になるのはいい。
冬になりさえしなければいいのである。

毎日、さんまの塩焼きや刺身を肴に「秋味」を飲み、それらに飽きた頃、秋が終わり春になる。
これが理想的な、季節の移り変わりだと思う。  

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2016年08月16日

デイブログ(再)

以下の過去記事にもあるように、中国の古い書物に出てくる空想上の虫泥(でい)は、水がないと泥(どろ)のようになってしまうらしい。

だが、水のあるなしにかかわらず、これだけ暑いと、それだけで泥(でい)になってしまいそうである。

現在は、最高気温が35度以上の日を猛暑日と呼ぶようになった。
酷暑日ともいういい方もあるらしい。

猛暑、酷暑。
それらより、更に厳しい暑さのことを、今後は泥暑(でいしょ)と呼ぶのはどうだろうか。

泥暑、泥暑日。

全く笑えない話だけど、実際、熱中症の症状って、泥(でい)になってしまうようなものだともいえなくないし。

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『デイブログ』(2011/08/08)

一つ前の記事の文中で、「泥酔」という言葉を使った。
その際に初めて知ったのだが、「泥酔」の「泥」とは、「泥(でい)」という虫の名前なのだそうだ。

「泥(でい)」とは、中国の古い書物に出てくる空想上の虫で、南海の海底に住む骨のない生き物。
その「泥(でい)」は、水がないと泥(どろ)のようになってしまうらしい。

お酒にひどく酔った状態が、水がなく泥(どろ)のようになってしまった「泥(でい)」に似ているため、そのような状態を泥酔というようになったのだそうだ。
ちなみに日本でも、平安時代にその言葉が使われた記録が残っているのだそうだ。

ということは、例えば一つ前の記事のタイトルのような「ドロのように酔った」という表現は間違いで、「デイのように」が正しいということになる。

さて、泥(でい)。
水があれば元気だけど、水がないと泥(どろ)のようになる。
骨がない。

僕は思った。
ああ、僕のblogのようだ、と。

書くことがあるときは、きちんと書く。
が、書くことがないときは、再放送(記事の再掲載・再利用)でごまかしたり、謝って終わらせたりしてしまう体たらく。

正に今日もそうだ。
書くことがなくて雑学を書いてごまかそうとした。
で、ここまで書いた。
が、オチが浮かばない。

ま、仕方がない。
浮かばないものは仕方ない。
寝るとするか。
泥のように。  

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2016年08月15日

ドロノヨウニヨイ、ドロノヨウナモノヲ……(以下自粛)(再)

以下の過去記事にある、目薬を落とした件は、今でもはっきりと覚えている。
目薬を落としたのは、この一度だけのような気もする。

実際には、他にも何度かあるのだが、記憶にあるのが、この一度のことだけという可能性もあるが。

正確には、目薬を落としたことを記憶しているというより、目薬を落とすきっかけとなった痴態こそを、しっかりと覚えているからに他ならない。

その痴態についての詳細を、ここで書くつもりはない。
書かないも何も、書けないのである。
何故なら、その痴態の大半を、僕自身が記憶していないのだから。

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『ドロノヨウニヨイ、ドロノヨウナモノヲ……(以下自粛)』(2011/08/07)

一つ前の記事までの、「目薬」話の続きといえば続き。

かなり以前にも一度、目薬を落としたことがあるのを思い出した。
ちなみに、偶然にも、今回落とした目薬と同じ種類の目薬だ。

そして、そのときも目薬は出てきた。

落としたのは夜。
深夜。
泥酔して帰宅した深夜。

見付かったのは翌日。
家の前。
おそらく車に轢かれたのであろう、木っ端微塵になっていた。

具体的に何があったかというと……、いや、止めておこう、わざわざ全世界に向けて我が痴態を発信する必要はなかろう。

これまで散々、自分の恥も家族の恥も書いてきた僕が躊躇。
ということを踏まえて、ご自由に妄想を膨らませていただきたい。  

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2016年08月14日

メグスリガナイ 他(再)

今、僕の目の前に、池から女神が現れたとする。
女神の問いに対する答えは、もちろん、目薬やタンスではない。
ブルーレイレコーダーやノートパソコンでもない。(欲しいけど)

今、僕が答えるとしたら、これしかない。
これしかないに決まっているではないか。

温水洗浄便座。
もちろん、壊れていないやつで。

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『メグスリガナイ』(2011/08/05)

本当の問題発生。
「今日の雨、傘がない」ではない、本当の問題が。

目薬がない。

いや、使い切ったとかいう意味ではない。
なくなったのだ。

一つ前の記事を含め、二日続けて井上陽水大先生の『傘がない』の話を書いた呪いだろうか。

本日夕方、外出する際、確かにバッグに目薬を入れた。
で、帰宅してバッグの中を整理したら目薬がなかった。

可能性は車の中でバッグを開けたとき、お店で財布を出したとき、鍵を出し入れしたとき。
そのときに落としたか、気が付いていないだけで部屋の中のどこかにあるか、実はそもそも持って行っていなかったか。

目薬自体は数百円程度。
もちろん、なくなったら困る。
だが、目薬がないということよりも、モノがなくなったという状態が嫌なのだ。
気持ちが悪いのだ。

気が付いたのが深夜なので、室外を確かめるのは現実的ではない。
とりあえず室内を捜索。
隈なく捜索。

どこにもなかった。

こんな所にはあるはずもない、というような所まで探した。
タンスの中とか。

そしたらタンスが壊れた。
タンスの引き出しが。
まだ、買って数ヶ月しか経っていないタンスの引き出しが。

ああ、神さま。
僕が何か悪いことをしましたか?
何かしましたか?

井上大先生(or斉藤由貴)に、「探しものは何ですか?」と訊かれたら、今だったら即答できる。

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『他にもいろいろと』(2011/08/06)

目薬は出てきた。
車の中から。

日頃の行いがいいから。
といいたいところだが、実際は、問題が解決したというわけではない。
それどころか、正直、目薬とかもうどうでもいい。

何故なら、タンスが壊れたから。
タンスの引き出しが壊れたから。
買ってまだ数ヶ月しか経っていないタンスの引き出しが壊れたから。

一つ前の記事の最後で、「井上大先生(or斉藤由貴)に、「探しものは何ですか?」と訊かれたら即答できる」などと上手いことを書いたが、実際はそんなこといっている場合ではないのだ。
目薬とは比べものにならない金額のタンスが壊れたのだから。

ちなみに、「探しものは何か?」という問いに対する答えを、いうまでもないとは思うが一応書いておく。

もちろん、「目薬」ではない。(見付かる前だったとしても)
「タンス」だ。
あるいは、「タンスの引き出し」、より正確には「壊れていないタンスの引き出し」だ。
この状況では当然だ。

今僕が最も会いたい人物は、落としものをした湖の中から現れる女神だ。
「あなたが落としたのは、この金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?」の女神だ。

もし、「あなたが落としたのは、この新品の目薬ですか? それとも使いかけの目薬ですか?」と女神に問われたら、無視するか石を投げると思う。(見付かる前だったとしても)
そして、「この壊れたタンスの引き出しですか? それとも壊れていないタンスの引き出しですか?」と訊いてくれる女神が出るまで待つと思う。

その際の、僕の答えはこうだ。
「いえ、どちらでもありません。人間国宝が作った、超高級桐タンスです。いえ、引き出しだけじゃなく全部。ああ、それと、ブルーレイレコーダーとノートパソコンも」  

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2016年08月13日

ずぶ濡れ損のずぶ濡れ儲け

数日前の話。
トイレの話。

温水洗浄便座、本来は間違っているのだが、一般的に広く呼ばれている名前でいうところのウォシュレット。
そのシャワーというか、洗浄するための水が出なくなった。

あれこれやってみたが復旧せず。
更に調べてみて、水が通るノズル内にある、とある部品に問題がある可能性があると知った。

で、その部品を確認し、復旧を試みることに。

ノズル内には水が通っていて、そのままでは駄目なので、元栓を閉める必要がある。
で、閉めたつもりだったのだが、間違っていた様子。

そう、ノズル内の部品を取り出そうと、ふた的な部品を外すや否や、大量の水が勢いよく吹き出したのである。

当然といえば当然である。
元栓が閉まっていないのだから。

かなりの水圧のため、今外したふたを戻すのは不可能だった。
ので、すぐにそれは諦め、元栓を閉めた。
もちろん、かなり焦りながら。

水は止まった。
が、トイレ内には水が溢れていた。
トイレ内だけでなく、自分自身もずぶ濡れである。

が、自分のことはどうでもいい。
早く水をどうにかしないと、更なるトラブルに発展しかねない水の量なのである。
慌てて大量のタオル等々を投入し、どうにかこうにか水を拭き取り、大惨事だけは免れた。

いや、既に、なかなかの惨事ではあるのだが。。。

その上、結局故障は改善されず。。。。。。。。。

それが、誕生日の前日のこと。
前日でよかった。
これが誕生日当日だったら、我が身のあまりの哀れさに、きっと僕は泣き出していただろうと思う。
両の眼からも、大量の水を溢れ出させていたところだろう。

もう修理は諦めた。
おそらく寿命だろう。(と思い込むことにした)

ので、誕生日プレゼントがまだの方は、温水洗浄便座とかいかがでしょうか。
お待ちしております。  

Posted by emu_shi at 03:36Comments(0)TrackBack(0)

2016年08月12日

山の日に思う その2

一つ前の記事の続き。
というか、一つ前の記事で、元々書こうと思っていたこと。
何故だか涙が溢れ出してきたのだが、その前に書こうと思っていたこと。

同じような指摘をしている人は、きっと多数いると思われるが、山の日、新たな祝日が、八月十一日ってどうなのよ、という話。

一つ前の記事で夏休みの話を書いたように、夏休みという恩恵に預かることができる就学児童、学生らには、夏休み中に祝日が増えたって嬉しくも何ともないだろう。
ただ、家族、父親なり母親なりの仕事が休みになって、どこかに遊びに連れて行ってもらえる可能性が増えるので嬉しい、という例があるのも否定はしない。

しかし、大人の働いている人全てが、祝日だからというだけで単純に休めるわけではないのである。
十一日を祝日とすることで、結果、夏季休暇、いわゆるお盆休みを長くすることも目的の一つのようだが、お盆だからといって、全ての人が休めるわけではないのだ。
むしろ、お盆やゴールデンウィーク、日曜祝日こそ忙しい、決して休めない人もたくさんいるのである。

と考えると、経済効果については別として、単純に休みが増えて嬉しいという人が、全体の中でどれくらいいるのだろうか。

僕もそうなのだが、カレンダーの日付の赤い日が、単に一日増えただけという人が、かなりの数になるのではないのだろうか。

というわけで、今年から、カレンダーの赤い数字が一つ増えた。

が、別に何てことはない。
涙が溢れることなどないし、愚痴もため息ももう出ない。

慣れたので。  

Posted by emu_shi at 03:27Comments(0)TrackBack(0)

2016年08月11日

山の日に思う

八月十一日。
山の日。
今年から新たに加わった祝日である。

さて、話は少し変わるが、近年は、地域や学校によって、夏休み等の期間に、違いがあることが珍しくないらしい。
なので、現在がどうなっているかはわからないけど、僕が夏休みという恩恵に預かることが許された時代、僕の住む地域では、夏休みは八月末まで、期間は四十日間というのが、それなりに一般的だったように思う。

さてさて、一つ前の記事で書いたように、昨日八月十日は誕生日。
その日は、夏休みが四十日だとすると、ちょうど半分、折り返し地点なのである。

夏休み、誕生日が来ると、ああ、半分終わった、まだ半分もあるような、もう半分しかないような、毎年毎夏、そんな複雑な気分になっていたのを覚えている。

そして、そのことと同じくらい、夏休みのど真ん中過ぎて、自分の誕生日に、友達からほとんど祝ってもらうことのない寂しさを、毎年毎夏感じていた。
もちろん、同級生等友達を招いてのお誕生パーティーなどをしてもらった記憶もない。

そう、記憶にない。。。
記憶にないということは、経験がないのだろう。。。。。。
まあ、それは、あれから数十年経った今でも、何にも変わってはいないのだけどれも。。。。。。。。。

あれ、涙が溢れて前が見えない。
本当は、何か違うことを書くつもりだった気がするのだが、もうどうでもよくなってきた。  

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2016年08月10日

生誕祭に思う 2016

本日は、生誕祭である。
ええ、ええ、もちろん僕の。

ちなみに、昨夜は前夜祭、明日は後夜祭。

これらが、公式行事である。
ちなみにちなみに、例年、だいたい独りでの開催。

ちなみにちなみにちなみに、その他の行事としては、前夜祭より更に前に、計画概要検討会、計画概要発表会、予行演習、リハーサル、最終リハーサル等々、後夜祭の後にも、反省会、来年へ向けての課題等の報告会、来年の企画立案提案会、打ち上げ等々、多くの行事が取り決められおり、もちろん、全て独りで黙々と、淡々と、かつ盛大に開催するのであります。
宴を。  

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2016年08月09日

キタルベカラズ

数時間前の話。

ふと、あることが気になった。
気が付いたといってもいい。
より正確には、耳に入ったというべきか。

窓の外からの音についてである。
虫の声が耳に入ったのである。

蝉の声に交じって、明らかに秋の虫の声が響いていた。

秋の虫って、、、、、、、、、まだお盆前だというのに。

そして、こんなにも早くから、「秋」という字をblogに書くことになるなんて、、、、、、、、、まだお盆前だというのに。

秋ということは、その向うには、、、いや、その言葉は書きたくない。
考えたくもない。
僕にとっては、最大の忌み言葉だ。

まだお盆前だというのに。。。

あーあ。
あーあ。
あーあ。  

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