2017年02月20日

エア歳の数食べた(再)

以下の話は、これまでに何度か紹介した気がする。
今更詳しく書くまでもないと思うが、僕が作った新しい豆まきの方法、そう、「エア豆まき」がこの世に誕生した瞬間である。

特許なのか実用新案なのか、正しい申請先は不明だが、僕のこの画期的なアイデアを盗用されないためにも、然るべき機関に、早く申請すべきなのかもしれない。

と、書いていて思い出したが、つい先日も、非常に画期的なアイデアが浮かんだのだったことを、今思い出した。

では、その件については、次の記事にて。

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『エア歳の数食べた』(2012/02/04)

さて、立春。
昨日は節分。

豆まきもしたし、恵方巻もいただいた。
で、その豆まきのときの話。

例年、実家から豆まき用の豆をもらう。
いつも、少し余るくらい。

ところが今年は、いざまくぞと豆を見たら、どうやらとても足りそうにない様子。
困った。

最低限、全ての部屋で豆まきは実行したい。
が、足りなさそう。
かくなるうえは、「鬼は外」か「福は内」のどちらかを、省略しなければならないだろうという考えに至った。

省略といっても、全くしないわけではない。
振りはするのである。
「エア鬼は外」、あるいは「エア福は内」である。

豆まきの歴史などを考えると、「リアル鬼は外」「エア福は内」が望ましいのではないかと思われる。
でも、「福は内」を簡単には捨て難い。
というか、是非「福は内」、どうぞ「福は内」、どれだけでもお居座りください「福は内」である。

が、鬼に居てもらっては困る。
外に行ってもらわなければ。

非常に迷った。
迷いに迷った。

果たして……。

「エア鬼は外」を選択したか、「エア福は内」を選択したかを明らかにするのは、個人情報保護法に抵触するので、書くことはできません。
悪しからず。  

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2017年02月19日

節分に思う 2012(再)

もう何度も書いたことだが、元日、節分、立春、春分、秋分などはいうに及ばず、月の始め、週の始めなどでさえ、よし、そこからダイエットを始めよう、今度こそ、と強く思うのである。
そう、週に一度は思っているのである。
毎週。

この先、僕がダイエットに成功する日は来るのだろうか。
理想の体重に戻る日が来るのだろうか。
ああ、あの頃は太ってたなと、回想する日が来るのだろうか。

近頃は、そんなことをよく考える。

以上、オチとかない。
だって、僕自身が一番、全く面白くも何ともない話なのだから。

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『節分に思う 2012』(2012/02/03)

節分。
そして、明日は立春。

現実問題として、明日から春にならないのは理解はしているが、それにしても、暦の上とはいえ、明日から春というときに、この冬一番の寒さというのもどうかと思う。

が、節分は節分。
立春は立春。
季節の変わり目。
新しい一年。

一月から心機一転と思いはするも叶わなかったことを、ここからもう一度スタートといきたい。
ダイエットとか。

鬼は外、福は内。

個人的に出て行って欲しいものは体脂肪。(毎年のように書いている気がする)

が、今、世の中の多くの人、そして寒さが大の苦手の僕の望むことは、この寒気が早くどこかに行って欲しいということ。  

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2017年02月18日

気味が悪い(再)

自分で書いておいて何だが、以下の過去記事を読み直して、販売中止云々という話は本当なのかと思ってしまった。

嘘や妄想の類を書くときは、そうだとわかり易く書いているつもりなので、それらしく書いていないということは、本当、少なくとも五年前の僕は事実だという認識で書いているのだろう。

で、改めて思った。

可愛いそうなやぎ。。。

が、やはり思った。
思ってしまった。

不憫だと思う。
不憫だとは思うが、あの目のことを考えると、、、うーん、、、やっぱりキミが悪いよ。

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『気味が悪い』(2012/02/02)

本を読んでいたら、やぎに関する話が書かれていた。
三日連続(その1その2その3)でやぎの話を書いていたところのやぎ話。
偶然って面白い。

なので、当然それについても書く。
では。

「鼻セレブ」という、高級保湿ティシューがある。
使ったことはないが、店頭で見たことはある。

ちなみに、このblogでも何度も書いてきた(例えばこれ)が、保湿ティシューは甘い。

さて、ここからが本で読んだ内容。
その本によると「鼻セレブ」は、発売当初非常に売れ行きが悪かったのだそうだ。
で、パッケージデザインを現在の動物の鼻(顔)のものに変えたところ、大ヒット商品になったのだという。
「見た目が大事」というお話。

で、その新しいデザインの中に、やぎバージョンもあったらしい。
が、やぎだけ必ず売れ残るので、やぎは中止になったのだそうだ。

可愛いそうなやぎ。。。

メーカーも、そしてデザイナーも、当初、きっとこう思ったはず。

やぎは紙を食べる。
その上、「鼻セレブ」は甘くて美味い。(まだ口にしていないのでわからないけれど、きっと)
きっと、やぎは喜んで食べるはず、「鼻セレブ」を。
そんなこんなを考えると、そりゃあ、やぎは外せない。

と。

が、必ず売れ残るやぎ。。。
不遇なやぎ。。。

やぎの何が悪いのか。

きっと目だと思う。
あの横長の黒目。
あの目が怖いのだと思う。

やぎさんへ。
仕方ないよ。
そんな目だもん。
君が悪いよ。  

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2017年02月17日

『やぎさんゆうびん』に思う その3(再)

字の汚さを指摘され傷付いた白やぎさんは、すぐにパソコンを購入し、以降、印刷した手紙を送るようになったのだとか、ならないとか。

パソコンがあるのならばメールしろよ、とは思うけど。

ちなみに、プリンターのインクは、メーカー純正であれば、どのメーカーでも味がいい、純正ではないリサイクルインク、エコインクは、味も落ちるのだとか、落ちないのだとか。

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『『やぎさんゆうびん』に思う その3(2012/02/01)』

一つ前の記事で終わる予定だったのだけど、楽しくなってきたのでもう一回。
正直、もう、童謡『やぎさんゆうびん』とかあまり関係ないかも。

一つ前の記事で、白やぎさんが黒やぎさんへ書いた手紙の文面を書いたが、今度は、その手紙に対する黒やぎさんの返事の文面を想像。
というか創造。
という名の妄想。

では。

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DEAR  白やぎさん

お手紙ありがとう。
幸運なことに、たまたまお腹がいっぱいのときに白やぎさんからの手紙を受け取ったので、食べずに読むことができました。

確かに、白やぎさんのいう通りだと思います。
これからは、直接会って話すか、そうでなければ電話かメールでやり取りするようにしましょう。
FAXは駄目ということで。(笑)

こんないいアイデアを思い付くなんて、さすが白やぎさんですね。
だけど、手紙が駄目だってことを、手紙で書いて送っては駄目だと思いますよ。
僕が食べちゃってたらどうするつもりだったんですか?(笑)

それと、紙の件、ごめんなさい。
いい訳をすると、美味しい紙を置いておくと、思わず食べてしまうので、意識してあまり美味しくない紙を使っていました。
これからは気を付けますね。

では、また今度。
お薦めのペン、楽しみにしています。

FROM 黒やぎ

P.S.

こんなことあまり書くべきではないかもしれないけど、白やぎさんの手紙、紙質もいいし、ペンの雑味もしないけど、えと、、、えと、、、字が汚いです。
すごく。
とても読みづらいです。
最初、アラビア文字かと思って、右から左に読もうとしてしまったくらい。
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という内容の返信を、やっぱり手紙に書いて送ってしまう、黒やぎさん。
黒やぎさんも、というべきか。

この二人、なるべくして、無限ループから抜け出せずにいるのだと思う。

あと、字の汚さを最後に指摘し、そしてフォローもしないあたり、手紙の中では謝っているけど、実際は、紙とペンに駄目出しされたことに、腹を立てているのだと思う。  

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2017年02月16日

『やぎさんゆうびん』に思う その2(再)

黒やぎさんに、更に追伸。

フリクションには注意が必要だよ。
消したって、完全になくなってしまったわけではなくて、ただ見えなくなっているだけだよ。
しっかり味は残ってるよ。
やっぱり雑味がするよ。

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『『やぎさんゆうびん』に思う その2』(2012/01/31)

一つ前の記事の続き。
『やぎさんゆうびん』の歌詞について。

白やぎさんと黒やぎさんのその後も気になるが、今回は、そもそも最初の手紙の内容は何だったのか、ということを考えてみた。

もちろん、論理的に正解を導き出すのは無理だ。
判断材料が少な過ぎる。
なので、以下の文面は、あくまでも想像、というか創造、もっといえば妄想。

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親愛なる黒やぎさんへ

これまで何度かお手紙をくれたよね、ありがとう。
だけど、どれも食べてしまったんだ。

僕も返事を書いたけど、やっぱり君も食べてしまったよね。

ずっと考えていたんだけど、僕らに手紙は向かないと思うんだ。
食べてしまうからね。

だから今後、用事があるときは、手紙で知らせるのは駄目だと思うんだ。
あ、そうだ、FAXも駄目だ。
やっぱり、食べてしまうからね。

だから、直接会って話をするか、電話、それか電子メールだね。
これからは、紙媒体で連絡を取り合うのは止そうね。

では、また。
近いうちに遊びに行くね。

白やぎ

追伸

ちょっといいづらいんだけど、君の手紙は美味しくないよ。
紙がよくないと思うんだ。
紙はやっぱりコクヨがいいよ。
それと、ペンも駄目みたい。
何だか雑味がするよ。
今度行ったとき、お薦めのペンを教えるね。
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友達への駄目出しをさらっと書いてしまうのもどうかと思うが、白やぎさんの一番の失態は、やはり、「手紙は駄目だ」ということを、手紙に書いて送ってしまったということだろう。

あと、ペンはぺんてるで。  

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2017年02月15日

『やぎさんゆうびん』に思う(再)

五年経ち、読み直して、改めて思ったこと。

五年前は、通販みたいだとかどうとか書いてあるが、もっとシンプルに、単純に受け止めていいような気がする。

黒やぎさんも白やぎさんも、単に贈り物を贈り合っているだけなのだ。

贈る(送る)。
届く。
食べる。

それをお互い繰り返しているだけ。
手紙の内容など、どうでもいいのだ。
もしかしたら、書いてない可能性すら考えられる。
単に、お互いの好物を、贈り(送り)合っているだけなのだ。

白やぎさんも黒やぎさんも、実はこの状況を楽しんでいるじゃないかという点では、結論は五年前と変わらず。

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『『やぎさんゆうびん』に思う』(2012/01/30)

『やぎさんゆうびん』という歌がある。
先日、改めてしっかりと聞く機会があったのだが、突っ込みどころ満載だと思った。

まずは歌詞を。
(作詞:まど・みちお)

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白やぎさんからお手紙着いた
黒やぎさんたら読まずに食べた
仕方がないのでお手紙書いた
さっきの手紙のご用事なあに

黒やぎさんからお手紙着いた
白やぎさんたら読まずに食べた
仕方がないのでお手紙書いた
さっきの手紙のご用事なあに
--------------------

これが一番と二番だが、これで終わりというわけではなく、これらが永遠と続くのも特徴の一つ。
まさにエンドレス。
まさに無限ループ。

この後どうなるのか。
そもそも、白やぎさんの最初の手紙の内容はどのようなものだったのか。

歌詞を調べるときにわかったのだが、気になっているのは僕だけではない様子。
多くの人が、この歌が気になり、魅了されているようだ。

僕が今回思ったこと。
まるで通販のようだ。
通信販売。

注文する(手紙を書く)。
届く。
食べる。

お金こそ払っていないだけで、通販そのものではないか。

またあるいは、こんな解釈もある。

通販の中には、半年なり一年なりの期間、定期的に商品が届く形式の商品がある。
月々に旬の食品、花、あるいは洋服などが届くような感じ。

やぎさんの家に届くのも、ある意味それに近いともいえる。
注文する(手紙を書く)。
定期的に食品(手紙)が届く。
食べる。

どちらにしてもいえることは、白やぎさんも黒やぎさんも、実はこの状況を楽しんでいるじゃないかということ。  

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2017年02月14日

この程度の記事をUPしていては、シメジがつかない(再)

最後まで読んで、えっ? となった。
何のダジャレだか、わからなかったのである。

まあ、一瞬だけだけど。
すぐにわかったけど。

まあ、それにしても、毎度のことながら、相変わらずくだらないダジャレばかり書いているなと、改めて、シメジメと思った。

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『この程度の記事をUPしていては、シメジがつかない』(2012/01/28)

夕食にパスタを作った。

具材はシメジ。
ブナシメジ。
と、ツナ。
というシンプルなもの。

味はまあまあ。
お手軽さを考えれば、まあ、合格点。

しかし、特筆すべきは、食べている途中に浮かんだネーミングだ。
ネーミングには、満点を上げたい。

ずばり、ツナシメジのパスタ。

ええ、ダジャレですけど、何か問題でも?  

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2017年02月13日

死海とか(再)

以下の過去記事を読み直して思ったこと。

そのようなことがあったのは、何とはなしに覚えてはいるが、どれほどの塩辛さだったのかまでは記憶にない。

読み返すと、焼いた塩鮭をお湯で洗うなんてと思ってしまうけど、五年前の僕は納得しているので、それほどまでに塩辛かったのだろう。

もう一度だけ食べてみたいような、怖いような、怖くないような、怖いような。

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『死海とか』(2012/01/27)

先日、実家での話。
明日のお昼にでもどうぞと、塩鮭をいただいた。

母がいうには、その塩鮭は大辛なので、非常に、非常に塩辛いとのこと。
気を付けて食べるように、と。

「そんなに? 辛いっていっても限度があるでしょう」と僕。
「甘いよ、甘いよ、あんた」と母。

辛いのか甘いのかどっちだよと思ったが、とりあえず母の話を聞く。
母がいうには、あまりの塩辛さに、焼いた塩鮭をお湯で洗って食べたのだという。
それほどの塩辛さなのだと。

いくら辛いっていっても、焼き魚をお湯で洗うなんて聞いたことがない。
そんなことを考えながら、食べてみた。

果たして。

辛かった。
非常に塩辛かった。
洗いたいと思うほどに。

さすがに洗いはしなかったけど、ちびりちびりとしか口に入れられない。
酒の肴のような食べ方。
というか、酒の肴にした。
ちびり、ごくっ、ちびり、ごくってな具合に。

それはそうと、どうしたらあんなに辛くなるのだろうか。
塩鮭なんて作ったことがないから工程がわからないが、塩をしただけであんなに辛くなるものだろうか。

もしかしたら、そもそも、鮭自体が塩辛かったということは考えられないだろうか。
非常に塩分濃度の濃い海を泳いで育ったとか。  

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2017年02月12日

「SWEETS HOUSE DOKKA」とかだったりして(再)

ドッカ亭(北海道)とかだったりして。

、、、、、、、、、ないか、さすがに。

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『「SWEETS HOUSE DOKKA」とかだったりして』(2012/01/26)

実家に行ったら、食後にケーキを出していただいた。
その際の、母と僕の会話。

僕 「美味しいね、これ。そういえば、テレビで見たことがある気がするけど、もしかして、今話題になっている有名なケーキ?」

母 「いや、違うよ。でも、これはこれで、すごく有名なのよ」

僕 「有名? 何が?」

母 「お店が。すごく有名なところ」

僕 「へー。で、どこ?」

母 「ほら、あそこよ、あそこ。えーと…………」

僕 「………………」

母 「えーと、えーと…………」

僕 「………………」

母 「えーと、えーと、えーと…………」

僕 「………………」

母 「どっか」

うん、まあ、それは、どっかはどっかでしょうよ。  

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2017年02月11日

はらわただけに

二月十一日。
建国記念の日である。
祝日である。

まあ、日曜祝日があまり関係ない生活を送っている僕には、単にカレンダーの日付が赤い日なだけだけど。

祝日でもあるが、土曜日でもある。
一般的な会社員の方々だと、週休二日、土曜日も休みという方が多いのではなかろうか。
しかし、土曜日が祝日だと、当たり前ではあるが、振替休日はないのである。
結果、とても損した気分になるのではなかろうか。

事実、僕はなっていた。
非常に非常に損した気分に。

しばらく前に目にしたのだが、今年は、土曜日と祝日が重なる日が、例年に比べると多いのだそうだ。
以前の僕だったら、腹立たしくて腹立たしくて、はらわたが煮えくり返っていたことだろう。

が、幸か不幸か、現在は、そういうことはない。
ああ、青じゃなくて赤だなー、と思うだけである。

二月十一日、建国記念の日、祝日。
自家製もつ煮込みができ上がらなかっただけ、よしとしよう。  

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2017年02月10日

さすがの僕でも

日付が変わってしまったが、僕にとってはまだ今日、二月九日に、ちらりと目にしたのだが、二月九日は「服の日」だそうだ。
確かめてはいないが、いつもの語呂合わせだろう、きっと。

数日前、カレンダーを見つつ、二月九日か、肉の日だなーと、勝手に思っていたのだが、服の日だったとは。

ちなみに、肉の日は毎月二十九日。
といっても、公のものではなく、企業や組織、団体が謳っているものだけど。
二月九日を肉の日としているところも、きっとあることだろう。

で、服の日も同様だろう。
公のものではなかろうと思われる。

肉の日がそうなのだから、服の日だって、毎月二十九日でもいいはず。
一月二十九日が「衣服の日」でいいだろうし、十一月二十九日は「いい服の日」だ。

まあ、正直、本当はどうでもいいのだが。
で、どうでもいいと思うことで思うこと。

世の中には多くの、きっとまだ知らない数多くの「●●の日」がある。
各企業や組織、団体の、企業努力、組織努力の一つなのだろうが、どれほど意味があるのだろうか。
どれほど効果があるのだろうか。

だって、大半の「●●の日」が、ふーんで終わってしまうのである。
どうでもいいと感じてしまうのである。
あるいは、そう思うのは僕だけなのだろうか。

で、服の日。
いつものように、ふーんと思った。

そして、もう一つ思ったことが。

服、着ない日はないけどな、と。  

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2017年02月09日

全痴全NO

先日、とある飲食店での話。

その飲食店は、味は美味しい。
価格にも不満はないが、何はなくとも美味しい。
味だけは申し分ない。
そう、味だけは。

美味しいので時折足を運んでいるが、難点がないわけでもない。
が、美味しいので、今後も利用することだろうし、具体的なことは控える。

が、が、いろいろある難点の中で、一つだけ触れたい。
というのも、一人、どうしようもなく、お仕事がおできにならない店員さんがいらっしゃるのである。

これまでにもいろいろあったので、あれやこれや詳しく書きたいが、何かあってはいけないのでやはり控える。
が、が、が、先日あったことだけはどうしても書きたい。

何があったかというと、それは食事を終え、会計の際のこと。
どうしようもなくお仕事がおできにならない店員さんが、お会計をしてくれた。

金額は4170円。
僕は、5200円出した。
五千円札一枚と、百円玉二枚。

すぐに、とてつもなくお仕事に問題を抱えていらっしゃる店員さんが、あたふたしているのがわかった。
目に見えて挙動不審なのである。
そう、お釣りの計算ができなくて、お困りになられているのである。

レジがあるにはある。
が、とても古いレジ。
そういえば、レシートをもらった記憶がない。
というか、そのレジに、何か打ち込んでいるのを見たこともないように思う。
理由はわからないが、もう、レジとしては機能していないのだろうと思われる。
ただのお金を入れる箱なのだと思われる。

本来であれば、古いとはいえ、レジに入金額を打ち込めば、お釣りの金額も表示されるところだろう。
でも、レジは使えない(らしい)。
そして、レジが使えないこと自体は、その店員さんが悪いわけではないだろう。(、、、はず。その店員さんなら、原因を作っていそうな気もしないではないが)

が、そんなに難しい計算ではないし、レジが使えないのはいい訳にはならないだろう。
その店員さんがいるときは、いつもお会計をしてくれるのはその店員さんなので、お釣りの計算なんて、日々、かなりの数をこなしているはずだろうし。

いつ行ってもお仕事がおできにならない店員さんの手が震えている。
お釣りの金額を口にするのは簡単だが、それはそれで悪い気もするので、黙して待つ。

果たして。

まずは、お札からお釣りを手渡そうとされた。
金額は6000円。

5200円払って、お釣りが6000円。

駄目だろう。
受け取っては駄目だろう。
人として。

僕は、すぐに間違いを指摘した。

状況からいって、僕が出した五千円札を、一万円札と勘違いしたといえなくもないし、事実そうなのだろうが、原因は、明らかに僕が出した二百円だと思われる。
僕が二百円を出したことで、どう計算していいかわからなくなったご様子だったのである。

結局、正しいお釣りの金額を伝えて、というか教えて、正しいお釣りを受け取って店を出た。

僕が(少なくともそのときは)真人間だからよかったものの、受け取った金額以上のお釣りを渡すなんて論外だろう。
そのときだけではなく、普段の仕事ぶりからして、これまでに何度もやらかしていらっしゃるであろうことは、想像に難くない。
もちろん、多く渡すだけでなく、お釣りが足りなかったりもしているだろう。
客商売としては、それはそれで大きな問題である。

人間なのだから、誰だって間違うことはあるだろう。
が、その店員さんに関しては、いつもがいつもだから。。。

もったいないことをした、ちょろまかせばよかった、などとは思っていない。
が、その店員さんが店員さんだけに、またかーというか、何だかもやもやしてしまったのである。

が、が、もやもやを抱えながらの帰路、ふと思ったのである。

今も「人間なのだから」と書いたが、実は、その店員さんが人間ではなかったらどうか。
そう、もしかしたら神さまなのではないか、と思ったのである。

その、信じられないほど仕事がおできにならない店員さんは、実は神さまなのだ。
で、我々下々の者を、チェックしておられるのである。
で、で、天国に行かせるべきか、地獄に落とすのかの判断材料としていられるのだ。

そう考えると合点がいく。
納得できる。

あれほどまでの仕事のできなさぶりは、むしろ、神さまだからできるのだ。
全知全能だからこそ、あれほどまでの仕事のできなさぶりを演じることができるのだ。

ということは、その店員さん(神)のことを、悪くいうのは駄目だろう。
口にするだけでなく、心の中で思うのも、もちろんこうやってblogに書くのも、相手は神さまなのだ、筒抜けだろう。
今後は気を付けることにしよう。

ああ、でも、いつ行っても、いつ見ても、どうかしていらっしゃるんだよなー。  

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2017年02月08日

それは予報ではなくて占い(再)

冬だとか小雪が舞っているとか関係なく、下駄を履いている人を見ること自体が希少だと思う。
事実、この五年間、いやそれ以前を含めても、他に下駄を履いた人を目にした記憶がない。

あ、いや、一人いた。
かなり前の話になるが、友人の一人が、下駄を日常履きしていたな。

ま、まさか、五年前の男性は、髪が長くなっていたのでわからなかっただけで、実は友人だったとか?

いやあ、違うか。

それはそうと、今の若者たちは下駄を知っているだろうか。
下駄を飛ばして天気を占うことなど知っているだろうか。
そんなんより、精度の高いいいアプリがありますよ、とかいわれるのだろうか。

もっと若い、子供たちはどうだろうか。

今度、愛すべき甥姪たちに訊いてみるか。

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『それは予報ではなくて占い』(2012/01/25)

小雪舞い散る中、所用があり外出。

車を走らせていると、ブーツを履いた道行く女性とすれ違った。
ロングブーツ。
闊歩するといった感じの歩き方で、颯爽とした雰囲気だった。

ファッションとしてか、防寒としてかはわからないけど、女性はロングブーツが好きだよな。
冬になるとたくさん目にするよな。

そんなことを考えながら車を進める。

男性でブーツを履く人がいないわけではないけど、ロングブーツはあまり見かけないかな。

などと考えていると、信号が赤に。
車を停める。
信号待ち。

すると、目の前の横断歩道を渡る青年に目がいった。

長髪。
ダウンジャケット。
ジーンズ。
そして下駄。

げ、下駄!
雪降ってるのに?
素足に下駄?
ロングブーツ男子とは比較にならないほど珍しい奴が、こんな目の前にいたとは!

そんなことを考えていると信号が青に。
後ろ髪を全力で下駄男子に引かれながら発進。

小雪舞い散る中、下駄を履いて歩く青年。
何者だったのだろうか。

気象予報士だったりして。  

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2017年02月07日

黄色? 茶色?(再)

ここしばらくは、それほどカレーを食べていない。
ダイエットのためである。
カレーのカロリーが高いことにも問題はあるが、一番は、炭水化物、糖質、そう、お米をあまり食べないようにしているからである。

カレーのカロリーを下げるのは、できない相談ではない。
例えば、スープカレーにするのも一つの方法だろう。

が、何らかの方法でカレーのカロリーを下げても、カレーを口にすると、どうしたってお米が食べたくなるのである。
ご飯を欲してしまうのである。

カレーライスを少々食べるくらい、問題のない身体になることが、そう、早くダイエットに成功することが、一番の解決策だということは百も承知。

が、それが非常に難しいから、非常に困っているのである。

もう、何年も。。。

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『黄色? 茶色?』(2012/01/24)

一つ前の記事の続き。

実家に行ったら、夕食がカレーだった。
その上、明日のお昼の分までいただいて帰ってきたので、カレー三日連続確定。

別に全然嫌ではないけど。
むしろ望むところだけど。

こうなってくると、冗談ではなく本気で、365日中どれくらいがカレー記念日化しているか調べたくなってくる。
更にいえば、これまでの人生で、そしてこれからの人生で、どれくらいのカレーを食べてき、あとどれくらい食べるのかということも気になる。

きっと、人生で食べたものランキングを付けたら、ご飯やパンを除けば、カレーはかなり上位に位置すると思われる。

さて、本日は歌ではなく一句。

人生を 華麗に彩る カレーなり  

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2017年02月06日

もちろん今日も食べた(再)

節分の記事で、二月三日が乳酸菌の日であると記憶になかった、と書いた。

同様に、一月二十二日がカレーの日であるということも、blogにまで書いておきながら、全く記憶になかった。

なので、先月、一月二十二日、たまたま目にしていたテレビ番組で、その日がカレーの日であるということ、給食で云々という紹介がされていたのを、新鮮な気持ちで受け止めた。

で、その日の食事をどうしたかって?

もちろん、カレーを食べました。

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『もちろん今日も食べた』(2012/01/23)

日付は変わってしまったが、本日、一月二十二日はカレーの日。
実はTVCMで知ったのだけど。

調べたところ、学校給食開始三十五周年を記念して、この日、全国の小中学校の給食にカレーを出したことが由来なのだとか。

「カレーの日」も初めて知ったわけだが、この手の「●●の日」は、知らないだけで驚くほどたくさんある。
これらの「●●の日」は、自己申告制みたいなもので、いった者勝ちみたいな感じが拭えなくない。
実際、ダジャレや語呂合わせも多いし。

そうなると、俵万智先生の有名な代表作である一首の、「サラダ記念日」とあまり変わらないのではないかという気もしてくる。

さて、『サラダ記念日』。
「この味がいいね」といわれてできた記念日。

であれば、僕のこれまでの人生で、カレーを食べて「いいね」「美味しい」と口にした日を記念日化していくと、一年のほとんど、ほぼ毎日が「カレー記念日」になってしまうと思う。

というわけで一首。

美味しいね いつ食べたって美味しいね だから毎日 カレー記念日  

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2017年02月05日

鳥とかでは駄目ですか?(再)

五年経って読み直しても、同じ言葉しか出てこない。

な、なるっていわれても。。。

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『鳥とかでは駄目ですか?』(2012/01/22)

お笑い芸人のパターンの一つに、実際はして欲しいことを、「●●するなよ、絶対●●するなよ」と予め振っておくことで●●してもらう、というものがある。
例えば、熱湯風呂の前で、「押すなよ、絶対押すなよ」といって背中を押してもらい、熱湯風呂の中に落ちて笑いを取る、など。

母の言葉は、それと同じものだと僕は受け取った。
「書かんとよ。今の話、絶対blogに書かんとよ」という母の言葉を。

というわけで書く。
ここからが本題。

実家で、『ハッピーフライト』という映画がテレビで放映されているのを母と観た。
旅客機や空港で働く人々を、コミカルに描いた映画。

映画を観ながら母がこんなことを。
「空港で働きたかったー。今からでも働きたい」と。

母は無類の飛行機好き。
全く怖いなどとは思わないらしい。
むしろ、揺れるくらいがワクワクするらしい。

それほど飛行機が好きなので、空港で働きたいのだろうか。
母の真意はわからないが、別にそれは問題ではない。
この先についても、可能性はゼロではないので、思いを馳せるのは自由だ。

問題は、映画が終わったときの母の言葉である。

「やっぱり空港で働くのはいい。私、生まれ変わったら飛行機になる」

な、なるっていわれても。。。  

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2017年02月04日

立春に思う 2017

立春。
豆をまき、恵方巻を食し、ヨーグルトは食べずに立春。

昨年の立春の記事、昨冬は、冬が憎くて止まない僕ですら暖冬だと認めざるを得ない冬だと書いてある。

羨ましい。
この一言に尽きる。

読み直して思い出したが、確かにそうだったような気がする。
が、昨冬が、どれほどの暖冬だったかといわれたら、正確には記憶していない。

では、昨冬に比べ、あるいは例年に比べ、今年の冬はどうなのか。
これまたやはり、どうともいえそうにない。

ただ、寒いことには変わりない。
暖房は必要だし、外出の際には厚着する必要がある。
というか、そもそも、外に出たくない。

ああ、早く、暦の上だけではなく、本当に春になって欲しい。
冬が終わって欲しい。
できることこならば永遠に。

そんなことを思う立春。  

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2017年02月03日

節分に思う 2017

節分。

昨年の節分はどんな感じだったかと思い、昨年の節分の記事を読んでみた。

豆まきをした。
エア豆まきではない。
恵方巻を食べた。

と書いてあった。

今年も、豆まきをする予定。
エア豆まきでもない予定。
恵方巻もいただく予定。

昨年は、更に、ヨーグルトを食べたと書いてある。
二月三日が乳酸菌の日だからだそうだ。

乳酸菌の日。
完全に忘れていた。
多分、来年の節分にも、覚えていないと思う。

ヨーグルト。
今年は食べる予定はない。  

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2017年02月02日

正式な名前は、きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ(再)

以下の過去記事に出てくる愛すべき甥っ子は長甥。
ちなみに、長甥(ちょうせい)とは、僕が勝手に作った言葉である。

以下の過去記事から五年経ったので、きゃりーの正式名称以外であれば、もう長甥も正しい回答ができるはず。

では、愛すべき長姪、次甥、三甥はどうだろうか。
今度、確かめてみたい。

まあ、三甥はまだ無理か。
乳児を卒業しただか否か、ぐらいの歳だし。
まずは、昔話を聞かせるところからか。

が、三甥がきゃりーの曲を口ずさむ日が来るかといえば、難しいのではないかと思っている。

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『正式な名前は、きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ』(2012/01/21)

愛すべき甥っ子と遊んだ。

軽い気持ちでこんな問題を出してみた。
「にわにはにわ、うらにわにはにわ、にわとりがいます。さて、にわとりは何羽?」と。

何度説明しても六羽といいはるので、絵に描いてまで説明。

次に昔話について語りあった。

僕 「で、浦島太郎はそれからどうなると?」
甥 「お姫様から玉手箱をもらって帰ると」

僕 「で、鬼をやっつけた桃太郎はどうなると?」
甥 「えーと、玉手箱を持って帰ると」

僕 「で、おじいちゃんが枯れ木に花を咲かせると」
甥 「で、どうなると?」
僕 「お殿様に褒められるとよ」
甥 「ああ、思い出した。で、玉手箱をもらうとよね」

どうやら甥っ子は、昔話では最後に玉手箱を貰うものと思っているらしい。

もう一つ。
驚いたことに、甥っ子が最新のヒットチューンを口ずさんでいた。
まさかのきゃりーぱみゅぱみゅ。

が、さすがに「きゃりーぱみゅぱみゅ」とはいえないらしい。
紙に書いて見せても読めなかった。

まあ、大人でも正しくはっきりと口にするのは難しいし、僕だって、三回に二回は正しくいえないので、全く恥じる必要はない、甥っ子よ。  

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2017年02月01日

腹キャベツ目(再)

blogに書いたかどうかは記憶にないが、この前にも、そしてこの後も、このキャベツ入れ過ぎ問題には遭遇している。

遭遇も何も、自分が悪いのだが。
問題は、僕自身にこそあるのだが。

丁寧に火を通すと、意外と目分量が減ってどうにかなってしまうことが、何度もやらかしてしまっている一因なのではないかと思う。

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『腹キャベツ目』(2012/01/20)

焼きうどんを食べようと思い立つ。

調理開始。
健康的にしようと、野菜を多めに入れようと考える。

キャベツがあった。
中途半端に残っても仕方ないと思い、あるだけカット。
キャベツを。

そしてフライパンへ。

笑いました。
お腹が痛くなるほど笑いました。
こんなに笑ったのは久しぶりというくらいに。
フライパンの前、一人で。

野菜が、フライパンから溢れんばかり、、、いやいや、溢れていたから。
立錐の余地もないとは、今日この日のキャベツのために用意された言葉では、と思ったほどに。

うどんを投入するスペースなんてどこにもない。
あろうはずもない。

そんなフライパンを見て、もう笑うしかなかったのである。

いつまでもお腹を抱えて笑っているわけにもいかないので、どうにかこうにか焼きうどんを作った。

そして、どうにかこうにか食べたのでありました。
大量の、焼きう……、焼きうど…………、焼きキャベツ(うどん入り)を。  

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2017年01月31日

お客さんもスルー(再)

現在、密封パックは売るほどはない。
時折使用しているので。

テレビ用のケーブルは相変わらず。
売るほどある。
増えてこそいないが、減りもしないので。

束ねるほうの黒や白の針金状のやつはというと、やはり売るほどある。
時折増えるので。
極稀に使用する機会もあるけど、増えることのほうが多いし。

時々、本来は捨ててしまうような物などで、オブジェなどのアート作品を作る人の話題を目にすることがある。
束ねるケーブルが更に増えて大量になったら、僕も何か作ってみようか。
そんなことを考えたり、考えなかったり、考えたり。

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『お客さんもスルー』(2012/01/18)

以前に何度か書いたことがあるのだが、テレビ用のケーブルが売るほどある。(参考記事その1その2

だが、よく考えると、売るほどあるのはテレビ用のケーブルだけではなかった。

まずは、食品や料理などを保存するための密封パック。
最も有名な商品名は、「ジップロック」といったところか。

その密封パックが山ほどあるのだ。
売るほど。
実家などからおかずなどをいただいたものを捨てずに取っておいたら、結構な量になったのである。

そしてもう一つ。
正式名称がわからないのだが、新品の電化製品の電源コードやケーブルを束ねるための、黒や白の針金状のやつ。
それが山ほどあるのだ。
売るほど。

僕は思った。
もう少し早く気が付いていれば、と。

いいアイデアが浮かんだのだ。
そのアイデアに、もう少し早く気が付いていればよかった。
もう少し早く気が付いていれば、お正月に福袋として販売できたのに。

売るほどあるテレビ用のケーブルを綺麗にまとめる。
それを、売るほどある針金状のやつで束ねる。
それを、売るほどある密封パックに入れる。
福袋完成。
シースルー福袋。

この商品の長所は、中身をしっかりと確認することができるので、購入者から福袋の中身が納得できないというクレームが来ないこと。

最大の短所は、まあ、きっと売れないだろうよ、ということ。  

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2017年01月30日

その逆の要素であれば、枚挙にいとまがない(再)

以下の過去記事は五年前の記事。

おそらく、そのもっと以前から、そして現在まで、何にも変わっていない。
ずっと思っている。
ずっと口にしている。

今年こそ痩せよう。
今月こそ痩せよう。
この春(or 夏 or 秋 or 冬)こそは痩せよう。
等々と。

本気である。
いつだって、本気なのである。
心の底から、そう思っているのである。

うーん、、、明日から。
いや、月曜から。
もうすぐ月も替わるし、来月の頭から。

いつもそんなことばかりいっていることに、大きな問題があることも、心の底からわかっている。

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『その逆の要素であれば、枚挙にいとまがない』(2012/01/16)

新年を迎えて、今年の目標なるものを考えたりもしてみた。
最初に浮かんだのは「痩せる。今年こそ痩せる」だった。

が、上手く説明するのが難しいが、今年の目標といってしまうには、違和感というか、それでは駄目だろうという思いが拭えない。

今週の目標とはいわないまでも、今月の目標くらいにしておきたい。

が、しかし。
日々の自分の生活を省みるに、痩せる要素が全く見受けられないので困っている。  

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2017年01月29日

ビンボウジタ

時折足を運ぶ、とあるお茶屋さんがある。
ショッピングモール等に入っているお店ではなく、路面店のお茶の専門店。
雰囲気のいいお店である。

そのお茶屋さんに行くと、必ず、お茶を出してくれる。
ちょっとしたお茶菓子を添えて。

試飲といった言葉はそぐわない。
お茶を出していただいた、といった感じにである。

そして、そのお茶が、さすがお茶の専門店、非常に美味しいのである。
が、その美味しいお茶を口にする度、必ず思うことがあるのである。
思ってしまうことが。

このお茶、味の素か何か入っているのではないのか? と。

それほどまでに、旨味が感じられるのである。
美味しいのである。

さて、先日のこと。
母と、お茶の話になった。
その流れで、そのお茶屋さんの話にもなった。

聞くと、母も、そのお茶屋さんを知っているという。
何度か足を運んだこともあるという。
そして、更には、こう仰ったのである。

「あのお茶屋さんで出してくれるお茶、味の素か何か入っとうとかいなって思うよね」と。

僕は思った。
うーん、、、これが血の繋がりというやつか、と。  

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2017年01月28日

心は渇いたまま(再)

一つ前の記事の続きというわけではないのだけど、今度は、トマトジュースが飲みたくなってきた。
もし機会があれば、今度は間違えないように気を付けたい。

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『心は渇いたまま』(2012/01/15)

早朝、所用があり外出。
その際、普段はほとんど飲まないのだが、炭酸飲料が飲みたくなった。

コーラでも買おうと店に入ったのだが、そこで、トマトジュースが目に入った。
すると、今度は、無性にトマトジュースが飲みたくなった。

結局、トマトジュースを買うことに。
一つかごに入れ、他の買物もしてレジへ。

会計の際、僕はそこで、理由はわからないのだが、何か違和感のようなものを感じた。

車に戻り、早速トマトジュースを飲むことに。
そこで僕は、先ほどの違和感の正体を知らされた。

トマトジュースではなかったのだ。
ミックス野菜ジュースだった。
買い間違ったのだ。

トマトジュースが飲みたかったのに。。。

わざわざ交換しに戻るのも面倒臭い。
のども渇いている。

仕方ないので、飲んだ。
ミックス野菜ジュースを。
ミックス野菜の中の、トマトの存在を探しながら。。。

少ししょっぱいと感じたのは、涙のせいだったのかもしれない。  

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2017年01月27日

いってない(再)

以下の過去記事を読んで、思ったこと、三つ。

一つ目。
久しぶりに、『美味しんぼ』が読みたくなった。

二つ目。
久しぶりに、モスバーガーが食べたくなった。(あ、伏せるの忘れた。ま、いいか)

三つ目。
モスバーガー。
相変わらず、ファストフードにしては待たされるし、積載量もすごく、食べにくいのだろうな。
でも、美味しいのだろうな。
と。

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『いってない』(2012/01/14)

『美味しんぼ』という漫画がある。
アニメやドラマにもなった、人気漫画。
現在も連載中のようだが、初期の頃非常に好きで、よく読んでいた記憶がある。

『美味しんぼ』自体や、以下に書くエピソードについても、書き出したら際限なく書いてしまいそうなので、必要なことだけ、簡潔にまとめたいと思う。

作品の中に、海原雄山という希代の美食家が登場するのだが、その雄山がハンバーガーを食べるシーンがある。
味覚音痴のアメリカ人が作った食べ物なんて、と小馬鹿にしながら食べるのだが、非常に完成度の高いハンバーガーだったので、気が付くと一つ食べ終えてしまう。

そこで雄山が、小馬鹿にしていたのに食べ終えてしまったことに対する照れ隠しか、まさかの逆ギレをするのである。

「手が汚れたろーもん。こんなくさ、下品な食べ物ば出すけん、俺の手が汚れたろーもん。こげな下品な食べ物やら、二度と俺の食卓に出すんじゃなか!」と。

いや、もちろん博多弁ではない。
著作権の問題とかあるかもしれんけん、博多弁でくさ、書いてみたとよ。

さて、ここからが本題。
ようやく。

先日、モ●バーガーに行ったのである。
で、出てきたハンバーガーを見て、思ったのである。
思い出したのである。

海原雄山のことを。
海原雄山の言葉を。
これ食べたら、絶対手が汚れるだろうな、食べにくいだろうな、と思ったのである。

そう、食べてからではなく、食べる前に、見た時点で思ったのである。

●スバーガーは、どの商品も具材の量が多い。
積載量といいたくなるくらいの多さ。
ただでさえ多いのに、僕が注文したハンバーガーは、更に目玉焼きまで入った商品なので、本当に積んである感じだった。

食べた。
袋に入っているので、さすがに手が汚れることはなかったが、お世辞にも食べ易いとはいい難かった。

が、美味しいから許せる。

モス●ーガー。
ファストフードのハンバーガーの中では、味は別格だと思う。
ファストとはいい難いほど待たされるけど、それもあまり気にはならない。
美味しいし、覚悟もできているので。

でも、やっぱりちょっと高過ぎるかな。
値段が。

と、山岡さんがいっていたとか、いないとか。  

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2017年01月26日

探すのをやめた時、見つかる事もよくある話で♪(再)

以下の過去記事に書いたことと同じようなことは、今でも時折ある。
思い出せないと、非常に悲しい気持ちになる。
自分の駄目さ加減に。。。

で、blogのネタを思い付いた際は、極力すぐにメモとして残すように心がけている。

が、メモに残さなければという意識だけはしっかりあり、実際にメモを書こうとしたときには、既にメモすべき内容を忘れていることもある。
そういうときには、自分のポンコツぶりに、泣きたくなりさえする。

が、が、更にひどいときには、メモに残された内容を目にして、何のことだったかわからないときさえあるのである。

そこまでいくと、むしろ笑えてくるので不思議である。

--------------------
『探すのをやめた時、見つかる事もよくある話で♪』(2012/01/13)

お風呂に入った際、徒然なるままにいろいろと考えていたら、blogのネタを三つ思い付いた。
三つとも、頭の中で下書きまで済ませ、タイトルまで付けた。

で、お風呂から上がったら、その内の一つが、ものの見事に思い出せない。
あまりにも全く思い出せないので、もしかしたら、思い付いたネタは三つではなく、二つだったのだろうかと思ったほど。

必死になって思い出し作業を実行。
頭の中を引っ掻き回したが、思い出せず。

仕方がないのでもう諦めよう。
人間の脳って不思議なもので、思いもよらぬときに思い出したりすることもあるし、と考えた矢先、もう一つを思い出した。

人間の脳は、やはり不思議だった。
そして、井上陽水大先生も、こんなことがあって例の歌詞を書いたのだろうと思う。

以上、思い出せたことがあんまり嬉しかったので、これを四つ目の記事とした次第。

ええ、ああ、そうです。
一つ前の記事もその一つ。

残りの二つはおいおい。  

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2017年01月25日

スケジュール変更について

二つ前の記事一つ前の記事で、冬眠したいと書いた。
で、そのタイトルで、目覚めは春分の日とも書いた。

本来ならば、冬眠からの目覚めは啓蟄であろうと思う。
だが、啓蟄の三月五日頃は、どう考えてもまだ寒い。
で、暑さ寒さも彼岸までの、春分の日とした次第。

が、寒さも彼岸までといっても、寒さが厳しくなくなる、幾分和らぐといった程度で、すっかり暖かくなるとはいい難い。
せっかく冬眠するのであれば、しっかり暖かくなってから目覚めたい。

では、春分の日ではないとすればいつか?

桜の開花のタイミングも考えたが、桜の時期もまだまだ寒い。
特に、夜桜を観ようと夜に外出する際は、しっかり服を着込む必要があるという印象が強い。

となると、やはり、ゴールデンウィークか。
例年、ゴールデンウィーク頃から、明らかに着る服が変わる印象がある。

結論。
目覚めは昭和の日、ということで。  

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2017年01月24日

目覚めは春分の日 その2

まだ寒い。
ええ、一つ前の記事の続きである。

昨日、パソコンの調子がおかしかった。
幸いにも、再起動したら復旧したけど。

他にも、気が付くと掛け時計が止まっていた。
電池切れ。

更には、HDDレコーダーのリモコンの電池も切れていた。

ただの偶然だという可能性も否めないが、偶然だと考えるよりは、この寒さのせいだと考えたほうが腑には落ちる。
それほどの寒さだと思う。
少なくとも僕は、そう感じている。

部屋の換気のため窓を開けたら、湿度計の数値が、これまで見たことのない低い数値になった。
非常に乾燥しているようだ。

そういえば、しばらく前から、少々手荒れが気になる。
これまで、ほとんで手荒れなど気にしたことはなかったのだけど。
水仕事が原因なのだろうけど、一番の原因は、この寒さ、この乾燥だろう。

で、手荒れが原因なのではないかと思うのだが、近頃、携帯電話の指紋認証の失敗が多い。
面倒である。

全ては、冬のせいである。
寒いし、その上面倒だったり、何一ついいことがない。
早く終わればいいのにと思う。
というか、なくていいのにと思う、冬。

ああ、冬眠したい。
ああ、冬眠したい。
ああ、冬眠したい。  

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2017年01月23日

目覚めは春分の日

寒い。
この冬一番の寒さだと思う。

こんなに寒かったら、blogを真面目に書けるわけがない。
面白いことなんて、思い付くはずがない。

そう、全て寒いのが悪いのである。

この寒さの中、せめてもと望むのは、この数日の寒さが、この冬一番の寒さのまま終わること。
そう、この数日の寒さが、この冬のピークであって欲しいのである。

ああ、冬眠したい。
ああ、冬眠したい。
ああ、冬眠したい。  

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2017年01月22日

あるあるでなくて(再)

以下の過去記事を読んで思い出したこと。

人によっては、食事の際、特におかずの数が多いときなど、電子レンジで温めていた一品を出し忘れ、翌朝に気が付くというあるあるがあるらしい。

まあ、僕は一度もないけど。

当たり前か。
一人暮らしだしな。

もし、実際に起きたら、きっと全く笑えないだろうと思う。
悲しい気持ちになってしまいそうな気がする。

気を付けたい。

--------------------
『あるあるでなくて』(2012/01/12)

入浴剤を買ってきたのに、入れるのを忘れてお風呂に入ってしまうことってあるよね。

以上、「あった、あった。それ、今日あった」ネタでした。  

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2017年01月21日

暮れなずむ町の♪(再)

ウコンもいいよ。

飲酒前に飲む人もいれば、飲酒後に飲む人もいるよ。
ちなみに、僕は、春ウコン、秋ウコンという表現に倣って、飲酒前に飲むウコンを「前ウコン」や「先ウコン」、飲酒後に飲むウコンを「後ウコン」と呼んでいるよ。

正直、どれだけ効果があるかは、全くわからないけどね。

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『暮れなずむ町の♪』(2012/01/10)

日付は変わってしまったが、本日一月九日は成人の日。

そんな成人の日に、意味がわからないファミコンの話をされても、新成人たちも興醒めだろう。

そこで、人生の後輩でもある新成人の皆に、先輩から一つ、言葉を贈りたいと思う。

新成人の君たちへ。

君たちも大人の仲間入りだ。
お酒を飲むこともあるだろう。

だが、気を付けるのだよ。
お酒を飲み過ぎると、二日酔いになるよ。
二日酔いは、非常につらいよ。
苦しいよ。

そういうときは、しじみ汁がお薦めだよ。
しじみ汁も飲みたくないほどつらいときは、キャベツーや液キャベなどに頼るといいよ。

これが、本日まさに身をもって痛感した僕から新成人への、贈る言葉。  

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2017年01月20日

結局食べてはない(再)

ちなみに、今年は、鍋のしめにご飯と七草を入れて食べた。
七日の夜に。

ええ、ええ、わかってますとも、粥ではないです。

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『結局食べてはない』(2012/01/07)

一月七日。
本日思ったこと。

一月七日だ、七草粥を食べるべきところだろう。
だが、さすがに自分で作る気にはならない。
実家に行けば作ってくれるかもしれないが、この寒さの中、わざわざ行く気にもなれない。

では、せめてお粥ぐらい作って食べるか。
ああ、でも、具が何もない。

買いに行くか?

いやいや、寒いし、面倒臭い。
それに、買い出しに行くくらいなら、実家に行けばいいし。

ああ、もう、面倒臭い。
塩でもかけて食べるか。

命名。
ものぐさ粥。  

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2017年01月19日

限りなく透明に近いブルーマウンテン(再)

そもそも、ダジャレだということに気付かない人もいることだろう。
そして、僕以外にも同じダジャレを思い付いた人が、きっとどこかにいることだろう。
検索すればヒットするかもしれない。

とはわかっていても、かつ、手前味噌、自画自賛だと認めた上でなお、このダジャレは秀逸だと思う。

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『限りなく透明に近いブルーマウンテン』(2012/01/06)

先日、母と二人で知人を訪ねたときの話。

お土産にコーヒーをいただいた。
とても美味しいコーヒーなので、癒しのひとときを味わってください、とのこと。
非常にコーヒーがお好きな方なので、本当に美味しいコーヒーなのだろうと思われる。

ありがとうございますと、最敬礼でいただく。
母も喜んでいる。
もちろん、お礼もいっている。

それを横で見ていて、僕は思った。

母の淹れるコーヒーを単位で表現するとしたら、濃い、薄いの濃度ではない。
もはや、透明度という単位を使うべき。
母はそんなコーヒーが好きだ。

ということを、今、ここでは、とてもいえない、と。  

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2017年01月18日

一年の計は初ゴミ収集の日にあり(再)

五年経っても何も変わらない。
ゴミ袋の判断を誤ったら、とても悔しい。
とても損した気分になる。

更に書くと、ゴミを出したすぐ後にゴミが出ると(発生すると)、やはり、とても悔しい。
とても損した気分になる。

おそらく、この気質は、一生変わらないのだろうと思う。

--------------------
『一年の計は初ゴミ収集の日にあり』(2012/01/05)

ゴミの話。
家庭ゴミ収集の。

昨年末のこと。
年内最後のゴミ収集日。
できるだけ多くの部屋にあるゴミを捨てたくて、時間ぎりぎりまでゴミを集めていると、部屋の外で物音が。
窓から確認すると、ゴミ収集車が離れて行くところ。
収集場所を見てみると、一つもゴミがない。
年内最後のゴミ収集が終わっていたのだ。

走った。
必死に走った。
深夜、寒空の下を一人。
ゴミ袋を持って。

どうにか収集車に追い付き、事なきを得る。

ちなみに、僕の住む地域は、全国でも珍しいそうなのだが、深夜にゴミ収集が行われる。

そして新年。
正月ということで、一回の収集休みがあった上での、今年最初のゴミ収集日のこと。

さてゴミを出そうと、まずはゴミ袋の選択。
僕の住む地域の指定袋は、大、中、小の三種類。

いつもであれば「小」で十分。
しかし、収集休みがあったので、今回はこれだろうと「中」を選択。

ゴミを集める。
スペースが余った。
かなり。
「小」で十分だった。

悔しい。
すごく悔しい。
とても損した気分。

思った。
僕は思った。

今年の目標。
ゴミ袋の判断を誤らない。  

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2017年01月17日

アタマノオクスリダシトキマスネー

先日、少々体調が悪くなった。
風邪の引き始めのような感じがする。
で、本格的に風邪を引いてしまわないようにと、風邪薬を服用することに。

服用。

で、しばらくして気が付いた。
気が付いてしまった。

風邪薬ではなく、胃薬を飲んでしまっていたことに。
風邪薬を飲むつもりだったのに、何故だか間違って胃薬を飲んでしまい、その上、しばらくそのことに気が付かなかったのだ。

本来飲むつもりだった風邪薬を服用しながら、僕は思った。

僕が本当に飲むべきは、風邪薬ではなくて、もっと他の薬ではないのだろうか、と。  

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2017年01月16日

マヨネーズ入り(再)

正直に書くなら、一億円があったら何に使うかという妄想の結論は、いつも同じ。
一億円では足りない、となるのである。

これを、欲深いというか、夢が大きいというかは、人それぞれだろう。
が、何といわれようと、そう思ってしまうのだから仕方がない。

ああ、誰か、数億円のお年玉をくれないだろうか。
マヨネーズの入っていないやつを。

--------------------
『マヨネーズ入り』(2012/01/04)

OTOSHIDAMAお年玉をいただいた。

一億円。
一億円札である。
ゼロが八つである。

妄想してみた。
一億円があったら、何に使うか。
貯金、投資、投機はなしで、一億円を使い切るとしたら、何に使うか。

いろいろ考えて一つ思い付いたのが、アニメ『サザエさん』の全話を手に入れる。
四十数年分の全話。
一億円で。

テレビ局か姉妹社か、あるいは個人からでも、一億円もあれば入手できないだろうか。

いや、でも待て。
『サザエさん』の過去の全話だ。
国宝級、いや世界遺産級の代物だ。
人類の至宝だ。
将来、価値が上がらないわけがない。

となると、投資、投機にあたるので駄目だ。
うーん、残念。

てな妄想に、新年から耽っております。

ちなみに、一億円札の発行元は「珍味銀行」。  

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2017年01月15日

昇竜みたいで(再)

以下の過去記事を読んで思ったこと、二つ。

一つ目。
以前は、時折写真をUPしていたけど、この頃は全くなくなったな、と。

写真にもカメラにも、興味がなくなったわけではない。
写真を撮ったり、blogにUPしたりしたいという思いがないわけでもない。
再放送(記事の再掲載・再利用)をするぐらいなら、写真のほうがいいかもと思わないでもないし。

まあ、今後の課題としたい。

で、二つ目。
近年は、年末に大掃除をしないどころか、しなければとさえ思わなくなってしまった。

うーん、今年はするかな。
年末大掃除。
ほぼほぼ一年後の話だけど。

まあ、今年の年末の課題としよう。

--------------------
『昇竜みたいで』(2012/01/03)

TATSUここは年末の大掃除のときに綺麗にしよう。
ここも大掃除のときにがっつりと。
ここも大掃除のときに磨き上げよう。

てなことを、秋、いや夏くらいから思っていた。

で、気が付いたら年を越していた。

終わったことは仕方がない。
昨年の話だ。

と、ここまで書いて思った。

来年の話をしたら鬼が笑うというけど、では、昨年の話をしたら何が笑うのだろうか?

うーん、干支?
今年だったら龍?

龍が笑う。
笑う龍。
笑龍。

音の響きだけだったら、とても縁起がいい感じ。  

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2017年01月14日

「逆夢でありますように」と(再)

五年前の元日の夢。
もちろん、覚えてはいない。

そして、もう一つ。
最後に初詣に行ったのがいつかも、全く記憶にない。
一度も行ったことがない、ということはないと思うのだが。

初詣に一度も行ったことがない、ということはないはず。
が、現在、というか近年、いや、結構前からか、初詣に行きたいという気持ちになったことがないというのは、自信をもって断言できる。

まず、嫌になるほど人が多いのが、正直うんざりする。

そして、それほどの人が集まり、銘々、神さまに何かしらお願いをするのである。
人によっては、十円や二十円程度のお賽銭で。

神さまは、その程度の金額で納得しているのだろうか。
それ以上に、あんなに大勢の人が一度に押し寄せ、願いを告げて、神さまは本当にそれらの願いを正しく聞き分けているのだろうか。
ちゃんと、全て、正しく伝わっているのだろうか。
それらの願いを、全て叶える能力が神さまにあ、、、いやいや、ただで初詣にも行かない上に、毒ばかり吐いていたら、罰が当たりかねないので、これぐらいにしておこう。

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『「逆夢でありますように」と』(2012/01/02)

元日の早朝、あまりにも怖い夢を見て目が覚めた。
鼓動が収まらない。
まあ、でも、これは、初夢ではないから、と自分にいい聞かせる。

元日の夜。
そんなこともあり、今日見る夢が初夢か、と思いつつ就寝。

翌早朝。
ふと目が覚める。
記憶にないだけなのかもしれないが、夢を見た覚えがない。
そんなことを考えながら、再び眠りに就く。

や否や、立て続けに悪い夢を見る。
嫌な夢と、とてつもなく怖い夢。

新年早々、結構な嫌がらせである。
いい根性してるな、神さま、と思った。

もしかしたら、初詣に行く習慣のない僕への、あてつけなのかもしれない。

行くかなあ、初詣。
行きたくないなあ。
行かないだろうなあ。  

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2017年01月13日

テヌキセンゲン

お正月らしいお正月だったのは、元日ぐらいだったような気がする。
というのもあり、約一週間前、先週末にはこんなことを思った。

わあ、まだ、一月の第一週なんだ。
もう少し経っているかと思った。
ああ、もっと、お正月気分を味わいたかったな。
と。

で、第二週も終わろうとしているのだが、この先しばらくは、お正月気分なんて牧歌的なことはとてもいってられないくらい、やるべきことが山積している。
一言でいうには、好きな言葉ではないので使用しないようにしている言葉を使わないといけなくなるので、ここは英語で表現しよう。

そう、いわゆるbusyというやつである。

で、何がいいたいかというと、しばらくは手抜き記事が続くであろうということ。
普通に考えると、再放送(記事の再掲載・再利用)が続くことになるだろう。

まあ、よくあることだけど。

どうせ手抜き記事が続くのであれば、これまでしなかった、何か斬新な手抜きをしてみたいという思いもある。
うーん、あぶり出し(を装う)とかは、もう、やったしな。
何があるかな。

などと、そんなことを考えている時間などないのである、きっと、実際は。
そんな時間があるなら真面目に書け、という話である。

非常に寒さが厳しい日が続いておりますが、温かい目で見守っていただきたい。  

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2017年01月12日

他力本願 他(再)

以下の過去記事を読んで思ったこと、三つ。

一つ目。

今年はというべきか、今年もというべきかは迷うが、年始早々、母にお世話になった。
これとかこれとか。
感謝である。

二つ目。

五年前、せっかく誤解に気が付いたのに、失念してしまっていた。
他力本願という言葉の本来の意味を。
次は忘れないように気を付けたい。

三つ目。

他力本願の「他力」は、阿弥陀仏の力という意味なのだそうだ。
であれば、年始早々、ネタを提供してくださった母が、阿弥陀さまだということか?

いやー、違うな。
違う違う。
うん、違う。

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『他力本願』(2011/12/29)

今年も残り数日。
が、特に書くことはない。

だからといって、最後の数日を再放送(記事の再掲載・再利用)で埋めるのは少々躊躇われる。
ので、頑張って真面目に書こうと思うのだが、やはり特に書くことが思い浮かばない。

しかし、それ以上に、僕は大事なことを知っている。
大人だから。

それは、年が明けたとしても、別に書くことができるわけではないということ。
心のどこかで、あと数日乗り切ればと思ってしまっているが、年が変わったからといって、書くことがないという事実まで変わるわけではないということを。

毎年経験しているからね。

お正月には家族が集まることと思うので、そのとき誰かが面白い言動をしてくれることを、心の底から期待したいと思う。

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『他力本願に思う』(2011/12/30)

一つ前の記事を書いていたときの話。

タイトルを「他力本願」としようと思ったのだが、自分のことは自分が一番よくわかるではないけど、僕のことだ、これまでに、「他力本願」や「タリキホンガン」などというタイトルを、既に付けていそうな気がした。

調べてみると、他力本願的な内容の記事を数えられないくらい書いてきたけど、意外にも、タイトルには使っていなかった。
というわけで、「他力本願」を採用。

で、UPした後のこと。
何の気はなしに「他力本願」という言葉を辞書で調べたら、恥ずかしい事実が発覚。

「他力本願」という言葉を、自分では努力しないで人任せにする、というような意味の言葉だと思っていただのが、その使い方は、本来は誤用なのだという。

本来は誤用だけど、あまりにも皆が一般的に使ってしまうため、現在ではその使い方も半ば認められているという言葉は少なくない。
例えば「確信犯」という言葉など。

しかし、僕は、blogなどの文章を書くとき、本来は誤用だとわかっている言葉は、使わないようにしてきた。

そんな中、「他力本願」の誤用。
無知が恥ずかしい。
一つ前の記事のタイトルを変えるのは簡単だが、自戒のため、そのままにしておこうと思う。

ちなみに、「他力本願」の「他力」とは、阿弥陀仏の力という意味なのだとか。
なので、「他力本願」とは、本来、仏教用語だということ。

以上、オチとかない。

実をいうと、「他力本願」で、もう一つ記事を書こうと思っていた。
一つ前の記事を書きながら、面白い話を考えたのだ。

他力本願寺ってお寺ありそうだよね、って話を書こうと思ったのだ。
そして、時節柄、除夜の鐘に話を持っていく予定だった。

他力本願寺の除夜の鐘で鐘を108つ打つ理由は、人が持っている108つの煩悩を払うためではなく、108つの人任せな願いを込めて打つ、という話にしようと思っていたのに。
「家族の誰かが頑張って大金持ちになりますように」とか。

が、しかし、「他力本願」の「他力」が、阿弥陀仏の力を意味しているというのなら、他力本願寺ってお寺も、何だか本当にあってもおかしくなさそうだ。

誤用だし、そもそも仏教用語だし、せっかく考えた僕の話は、全くもって成立しないというわけだ。

阿弥陀如来めっ。  

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2017年01月11日

サケノサカナ(再)

浴槽をどうやって洗うか。
浴槽の中に身体を入れて洗うか、入らずに外から洗うか。

お酒を飲んでいなければ、盛り上がりはしないであろう、どうでもいい話だとは思う。
そう、それが、今の季節でなければ。

春、夏、秋であれば何ともないが、今の季節、この寒い時期には、どうでもいいとはいえない問題となるのである。

近頃は、スプレーするだけでこすらないでいいという洗剤もあるが、本当に綺麗になっているのか少々不安なのと、そのスプレーを使うにしたって、足の裏問題が残る。
足の裏が冷たい、寒い、濡れる問題。

と、浴槽をどうやって洗うかという、どうでもよさげな話でも、最後は冬への愚痴になってしまうのである。
それほど、冬が嫌いで嫌いで、憎くて憎くて止まないので。

などと書いていると、この先しばらくしたら、一年でも最も寒さが厳しい時期を迎えるという、避けては通れない現実を思い出し、更に憂鬱になるばかり。

あーあ。
あーあ。
あーあ。

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『サケノサカナ』(2011/12/21)

先日、実家で食事をしたときのこと。
お風呂の浴槽をどうやって洗うかという話になった。

浴槽の中に身体を入れて洗うか、入らずに外から洗うか。

母は中に入るのだという。
そうしないと、しっかり洗えないから。

腕の長さなどを考えると、確かにそうだろう。

一方、僕と弟は、夏は中から、冬は外からで意見が一致。
理由は、少しでも濡れたくないから。

更には、一番遠いところから洗う、最後に最も近いところを洗う。
やはり少しでも濡れたくないから。

という意見まで一致し、二人で非常に盛り上った。

さて、そして今。
そのときのことを思い出して思うこと。

お酒って怖い。
アルコールって本当に怖い。

だって、そんなつまらないことで盛り上れるのだ。
お酒を飲んでいなければ、話をしたとはしても、盛り上ったりはすまい。

と、今更こんなことを書かなくとも、今まで幾度となく酔っ払って更新した僕のblogの記事が、お酒の怖さをしっかりと証明しているんだけどね。  

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2017年01月10日

「お客さん、今日は活きのいいカメラが入ってるよ〜」(再)

五年経ちましたが、プロになれたでしょうか。
プロへの道は厳しいですか?

と、意地の悪いことを書きつつも、それとは真逆の話を一つ。

元日の早朝、とあるテレビ番組で、富士山からの日の出、いわゆるご来光を撮影していた番組があった。
自然が相手なのだから仕方がないが、日の出までの流れもぐだぐだだったし、映像も大したことなかった。

一方、同じ時間に、母も自宅から、日の出の写真を撮影されていた。
携帯電話のカメラで。

その写真を見せていただいたのだが、母の撮影した写真のほうが、よっぽど初日の出らしくてありがたさを感じた。

と、珍しく、媚を売ってみる。

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『「お客さん、今日は活きのいいカメラが入ってるよ〜」』(2011/12/20)

母が近頃カメラに凝っている。
将来、プロカメラマンになりたいらしい。

その心意気はよし。
大いに頑張っていただきたい。

さて、そんな母から、先日、こんなことを訊かれた。
「カメラのここに書いてある数字の意味わかる?」と。

誰に向かって? と思ったが、真摯に対応。
「●●メガピクセル」と書かれた部分のことなので、それは画素数だと答える。

どうやら母は、写真屋さんで説明を受けてきたらしい。
こういうのである。

「この数字が大きいと、鮮度がいいんでしょう?」

鮮度。。。

全然違うかというと、大きくは間違っていない気もするけど。。。
「鮮やか」という意味では、まあ確かに「鮮」だけど。。。

でもやはり、鮮度といわれると、魚や肉、野菜のことが浮かんでしまう。

せめて、鮮明度とでもいって欲しかったです。  

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2017年01月09日

贈る言葉 2017

成人の日である。
近年は、新成人に言葉を贈っているので、今年も贈りたい。

新成人の君たちへ。
生きていれば、残念ながら、悔しいこと、悲しいこと、やるせないこと、辛いこと、ネガティブなことが、この先いくらでも起こる。
それでも明日は来る。
誰も待ってはくれない。

大人になるということは、それらを胸に抱えながら、時には枕を涙で濡らしながら、それでも日々を、終わることなく繰り返される毎日を、生き抜いていかなければならないということに他ならない。

だが、自分だけがいないところで、家族が焼肉を食べるなどという、容易には耐え難い悔しさ、悲しみを味わわなければいけない日も来ることであろう。

が、しかし、大人は、それでも生きていかなければならないのである。
それが、大人になるということなのである。

門出の日に、このようなことをいわれて、さぞかし不安を感じていることだろう。
しかし、これが現実なのである。

君らにも、いつ、そのような日が訪れるかはわからない。
が、きっと来る。
なので、覚悟をしておく必要がある。
そして、その日が来てしまったら、耐えて欲しい。
僕もそうしているので。  

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2017年01月08日

と涎(再)

以下の過去記事を読み直して思ったこと。

夢を見るのは、脳内で記憶の整理をするためともいわれているらしい。

そうかもしれない。
そうなのかもしれない。
そういう側面もあるのかもしれない。

だが、いいたい。
僕は、いいたい。

夢を見たからといって、夢に見たからといって、全てが整理できるわけではないのである。
家族が、僕だけがいないところで、焼肉を食べたと知ったときに感じる、悔しさや悲しさなど、夢に見たくらいで整理できない思いだってあるのである。

夢を見るのは、記憶の整理をするためらしい。
が、心の整理までできるとは限らないらしい。

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『と涎』(2011/12/19)

先日見た夢の話。

愛すべき甥っ子と姪っ子のお遊戯会があるという話を聞いたからだろう。
その日の夜、幼稚園らしきところに行く夢を見た。

行くと、これからBBQ大会をするので、建物の中で待っていてください、といわれる。
しばらく待つがいっこうに声がかからない。
空腹感だけが増していく。

更に待つが音沙汰なし。
外は、既に日も落ちている様子。

空腹に耐え切れず、僕は外に出た。

果たして。

外では、盛大にBBQ大会が催されていた。

戸惑いを隠せずにいると、目の前に母が現れた。
両手に串を持ち、口いっぱいに肉を頬張っている。
そして僕にいうのだ。

「あら、あんた、何しよったと?」

いらいらいらっとして目が覚めた。
あまりの怒りに夢から覚めた。

そして思い出した。
こんな夢を見た理由を。

それは、家族が、僕のいないところで、皆で焼肉を食べたからだ。
僕だけ残して、焼肉を食べに行ったと聞いたからだ。

まだ夜も明け切らぬ頃、僕は独り、悔しさと悲しみに、枕を涙で濡らしたのでした。  

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2017年01月07日

七草粥に思う 2017

一月七日。
七草粥の日。
まあ、「の日」ではないけど。
「を食べる日」だけど。

昨年はどんなことを書いただろうと思い、読み直してみた。
すると、七つの草を、完璧にいえたことがない気がすると書いてあった

気がするというより、ないと断言してもいいような気がする。

昨年までの僕がいえないので、もちろん、今年の僕だっていえない。
きっと来年以降もそうだと思うけど。

で、今年もこんな感じである。

セリナズナ
なんとかかんとか ホトケノザ
なんとかかんとか これぞ七草

で、思ったこと。

今の時代、地方では例外もあるかもしれないが、ある程度の街中に住んでいれば、七草粥を作ろうと思ったら、スーパー等で売られている七草のセットを買ってくるのが一般的だろう。

であるから問題ないのだが、もし僕が、七つの草を、自分で集める必要がある時代に生きていたら、三つしか覚えていないので、残りの四つは適当な草を選ぶことになったと思われる。
そうなると、変な草、本来は口にしてはいけない草を粥にして、食べてしまったりしたかもしれない。

そう、身体のために七草粥を食べるはずなのに、逆効果になってしまう可能性が高かったであろうと思われる。

で、思ったのである。
現代人でよかった、と。

と、ここまで書いて更に思った。
いや、気が付いたというべきか。

三つは覚えていると書いたが、それは、セリ、ナズナ、ホトケノザという名前だけの話である。
どのような草なのかは、全くわからないといっていい。

ということは、結果、七つとも適当な草になるわけだ。
ものすごい確率で、お腹を壊したであろうと思われる。

結論。
本当に現代人でよかった。  

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2017年01月06日

意外と究極の選択(再)

そもそも、マヨネーズかケチャップ、わさびかからし、選択肢がそれらの二つでいいのか、という問題もあると思う。
が、酩酊中に考えていることなので、冷静に指摘するほどのことでもないか。

で、マヨネーズかケチャップ。
わさびかからし。

五年経った今でも、答えは出ていない。

うーん、、、仕方がない。
飲みながら考えるとするか。

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『意外と究極の選択』(2011/12/17)

近頃、脳がアルコールに侵されたときによく考えること。

マヨネーズかケチャップ。
世の中にどちらかしか残してはいけないとしたら、どちらを残すか。

同じように、わさびとからし。
どちらを残すか。

これが意外と難しい。
皆さんは如何でしょうか。

僕はというと、、、素面では答えが出そうにない。

仕方がない。
今度飲んだときに、また考えるとするか。

ただ問題は、そのときの酒の肴に、大きく影響を受けてしまうということ。  

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2017年01月05日

関さんの話を一つ

千に一つも仇がないお言葉をもう一つ。

家族でテレビを見ていたときのこと。
番組に関口メンディーという人が出演していた。
全く興味がないので、詳しくは知らないが、彼が、EXILEグループの一員だか何だかということぐらいは知っていた。

その関口メンディー氏をテレビで見た母が、こうおっしゃったのである。

「このロメンディーって人が云々」と。

文字ではわかり辛いと思うので、あえて平仮名で書こう。
こうおっしゃったのである。
「ろめんでぃーって人が」と。

ロメンディー。

いやいや、お母さま。
違います、違います。
それはロではなくて口です。
ロ(ろ)ではなく、口(くち)なのです。
せきぐちめんでぃーという人なのです。

これはあくまでも個人的見解だが、EXILEは別としても、関口メンディー氏個人は、まだ万人の知るところというほど有名ではないと思われる。

なので、僕は、関口メンディー氏にいいたい。
もっと頑張って有名になってください、と。

でないと、このネタを披露する際に、関口メンディーという人がいてね、EXILEの人でね、というところから話し始めないといけないので。

だし、有名になれば、僕の母から「ろめんでぃー」呼ばわりされることもなくなるだろうので、彼自身のためでもあるのである。  

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2017年01月04日

千に一つも仇はない?

一つ前の記事の続き。

いつもいつもネタを提供していただいているお礼も兼ねて、母のいい話を一つ。

一つ前の記事で書いた、新年早々母からのネタのご提供。
一姫二太郎三なすび。

初夢に見ると縁起がいいのは、(今更書くまでもないだろうが)正しくは、一富士二鷹三なすび。

富士はいうまでもない。
鷹は何となく雰囲気はある。
では、なすはどうしてだろう?
という話になった。

調べてみると、初物のなすは縁起がいいとか、どこそこの名産だからとか、あるいは、なすを「成す」と当て、やはり縁起がいいなど諸説ある様子。

その話のとき、母から、こんな言葉があるから、なすが縁起がいいということだろうかと意見が。

それは、親の意見となすの花は千に一つも仇がない、という諺。
なすの花は咲けば必ず実がなる、同様に、親の意見、言葉も、必ず役に立つ、というような意味なのだそうだ。

知らない諺だったので、非常に勉強になった。
ありがとうございます。
(ちなみに、いい話はここまで)

そう、勉強にはなった。
が、思った。
思ってしまった。

千に一つも仇はない?
本当に?
と。

うーん、、、本当だろうか。
新年早々、一姫二太郎三なすび、などという人の言葉でも?  

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2017年01月03日

ネタ初め

一つ前の記事で、年が明けたからといって、それだけで急に書くことができたりはしないと書いた。
が、新年早々、元日の夜、早速母がネタを提供してくれていたのを思い出した。

元日は、やはり一つ前の記事に書いたように、今年もまた、昼前からだらだらと飲んでいた。
ということもあり、母からのネタの提供を失念してしまっていた。

が、幸運にも思い出すことができたので、さて、本題。

元日の夜、初夢の話になった。
今日の夜見る夢が初夢だよね、と。

その流れで、母がこうおっしゃったのである。

一姫二太郎三なすびの夢が見られるといいね、と。

お母さま。
混ざってますよ。
何か違うのと混ざってしまっていますよ。
三人目の子供がなすびって、かなり大問題だと思いますよ。
というか、縁起のいい夢じゃないほうがメインになってますよ。

新年早々、ありがとうございました。  

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2017年01月02日

書き初め 2017

何年前からだろうか、元日の記事は、年始の挨拶にかこつけての手抜きが続いている。
なので、実質、本日、一月二日がblogの書き初め。

いわゆる書き初めも、一般的には二日に行うらしいので、それに倣っているともいえる。
正確には、倣っているといういい訳による元日の手抜き。

で、二日である。
書き初めである。
が、特に何もない。
年が明けたからといって、それだけで急に書くことができたりはしないのだ。

元日は、blogを手抜きするばかりではなく、お正月だというのをいいことに、昼前からお酒を飲んでいるのである。
お酒を飲んでいただけなのである。
昼前から。
昼前といえば、ぎりぎり元旦である。
ここ数年は、毎年だいたいそんな元日、元旦である。

で、今思ったこと。

一年の計は元旦にありという。
で、僕はといえば、その元旦からお酒を飲んでいるのである。
だいたい毎年。

で、思った。
一年の計画を立てるべき元旦からお酒を飲んでいるのと、年がら年中お酒を飲んでいるというのは、無関係ではないような気がする、と。

、、、、、、、、、ということは、今年もか。  

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