2017年04月29日

かちん、こちん、きちん(嘘雑学)

「かちんとくる」よりも怒りの度合いが少ない場合は、「こちんとくる」という。

そして、「かちん」とも「こちん」ともこないことを、しっかりしているという意で、「きちんと」しているという。

嘘です。
嘘雑学です。
ここからは嘘なしで。

「こちんとくる」は本当。
「きちんと」は、僕が勝手に付け足した嘘由来。

実は、以前に一度書いた話なのだが、これを栄えある、嘘雑学の第一号としたい。

  

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2017年04月28日

プレミアムテヌキ

時間がないときの新たなる手抜き、斬新な手抜き手法として、「嘘雑学」を書くというのはどうだろうかと思い至った。
で、一つ書いた。

といっても、僕が考えた嘘雑学ではなく、幼少の頃、母から吐かれた嘘なのだけど。

で、新作という表現もなんだが、新たな嘘雑学をずっと考えているのだが、これがなかなか難しい。
浮かばない。
というか、全然手抜きになっていない。

実は、嘘雑学のルーツともいえる、母が吐いた嘘の話とは別に、すぐに思い浮かんだ話が、あるにはあった。
が、それも新作とはいえないのである。
以前に書いたことのある話なのである。

が、が、その話は、まさに嘘雑学、これぞ嘘雑学と呼ぶにふさわしい内容なのである。

なので、その話を、嘘雑学の一つ目として、次の記事に書こうと思う。
ええ、ええ、次の記事で。

そういえば、今日は、プレミアムフライデーだというやつらしい。
一応。
まだ続いているのなら。
どれだけの人が、プレミアムになっているのかは別とするなら。

この記事は、再放送(記事の再掲載・再利用)ばかりに頼らないでいいよう、かつ斬新な手抜き手法としての嘘雑学だったはずなのだが、結果、「再放送」「本題は次の記事に回して予告のみ」という、二大手抜きを同時に繰り出すという、手抜きの極みのような記事になってしまった。
ある意味、手抜きの中の手抜き、プレミアム手抜きともいえる。  

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2017年04月27日

初志貫徹でお願いいたします(再)

以下の過去記事から五年。

ダイエットを意識して、カレーを口にする機会が激減したとはいえ、それでも愛して止まないカレー。
五年もあれば、それなりの数、カレーを食べた。
が、これまで食べたカレーの中でのワーストワン、最下位の一皿は、未だ更新されず。

それは、かなり以前に、とある飲食店で食べた、椎茸が大量に入ったカレー。
「椎茸カレー」や「きのこカレー」といったようなカレーだったのならば、文句をいうのは筋違いかもしれないが、普通にカレーライスを注文したら、大量の椎茸の入ったカレーが出てきた。
僕が椎茸が嫌いだからというのもあるだろうが、この先も、このカレーを超えるというか、下回るカレーに出会うことがあるだろうか、というほどのカレーだった。

で、二位は。
いや、二位というか、下から二番目、いわゆるブービーは。

それは、五年経った今でも、キンピ、、、(以下略)

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『初志貫徹でお願いいたします』(2012/04/13)

以前にも似たようなことがあったので、blogに書いたと思っていたのだが、調べてみると書いていない様子。

なので、先にここで書いてしまうが、以前は、「肉じゃがからの」だった。

何の話か?
それはこれから。

愛すべき甥っ子の好物はタコ。
愛すべき姪っ子の好物はニンジン。
愛すべき甥っ子の好物はコーン。

というのを受けて、母は、愛すべき孫のために、それらを使った料理をよくお作りになる。
先日は、タコとニンジンとコーンのかき揚げをお作りになっていらっしゃったが、なかなか美味しかった。

さて、先日、母が、姪っ子のために、ニンジンをたっぷり入れたキンピラゴボウを作ろうと思ったらしい。

ちなみに、余談だが、まさに本日聞いた話なのだが、母は近頃、ゴボウにはまっているらしい。
家にゴボウがないと不安になるほどだと。

ならば、キンピラゴボウを作ろうと思ったのも、姪っ子のためではなく、自らのためではないのですか? と思わないでもない。

真偽の程は別として、母は、ニンジンたっぷりキンピラゴボウの料理に取り掛かったわけである。

が、しかし、何が理由かは定かではないが、心境の変化が起こり、作っている途中で、キンピラゴボウの気分ではなくなってしまったのだという。

で、予定を変更し、急遽、違う料理へと舵を切ったのだそうだ。

という経緯があって完成した一品を、僕はいただいて帰ったのである。
もちろん、何も知らずに。

で、食べた。
そして、驚いた。

あまりの味に。
これまで経験したことのない衝撃の味に。
衝撃の味がするカレーに。

そう、カレーである。
カレーなのである。
ほぼキンピラゴボウだったものからカレーになったカレー。

冒頭にも書いたが、以前にも似たようなことがあった。
何だか変わったカレーだなと思いつつ食べ、母にそれを告げると、「実は肉じゃがを作るつもりで途中まで作ったけど、気が変わってカレーにした」カレーを食べたことが。

肉じゃがからのカレーは、変わった味ではあったが、食べられないことはなかった。

が、今回は違った。
今回の、キンピラゴボウからのカレーは、、、(以下略)

決して、ゴボウが嫌いというわけではない。
むしろ、好きなほうだ。
が、ほぼキンピラゴボウだったものからのカレーは、、、(以下略)

何というか、ゴボウの駄目なところが全て出ているというか、全面に出ているというか、スパイスに完全に打ち勝ってしまっているというか、まあ、一言でいってしまうと、、、(以下略)

お母さまへ。

ごめんなさい。
謝ります。
何も悪いことはしていないけど、謝ります。
謝りますので、今後は、あのような、、、(以下略)

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『初志貫徹でお願いいたします その2』(2012/04/14)

一つ前の記事の続き。

一つ前の記事に書いた、ほぼキンピラゴボウからのカレーを母がお作りになり、僕が食べたのは、しばらく前の話。

何の経緯も知らずに食べた僕は、すぐさま母に説明を求め、再発防止の徹底を訴えた。

ということがあって以来、近頃、ことある度に母がこう口にするのである。

カレーが作れなくなった。
カレーの作り方がわからなくなった。

と。

カレーが大好きというだけで、カレーのレシピにも、料理自体にも明るいわけではない。
が、しかし、自信をもっていえることが一つある。
母に助言できることがある。

それは、最初にカレーを作り始めて、最後までカレーを作ったらいいんではないですか、ということ。

カレーを作り始めて、カレーを作り終えたらいいんです。
終始、カレーを作っていればいいのです。

違うものを作り始めて、途中からカレーに変えてしまったりしなければ。。。

ちなみに、このことは、カレーに限った話ではございません。

お母さま。
上記の程、何卒、宜しくお願い申し上げます。  

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2017年04月26日

予告が本題。最後の一文はオマケ。(再)

一つ目の過去記事で触れている話(これ)も、二つ目の過去記事の話も、すっかり忘れてしまっていた。
なので、新鮮な気持ちで読め、そして、笑うことができた。
少し得した気分。

一つ目の過去記事にも書いているが、本当にどちらも傑作と呼べると思う。

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『予告が本題。最後の一文はオマケ。』(2012/04/11)

日々、少しでも笑える話を書ければと思いつつ更新している。
苦笑、失笑、嘲笑を誘うことが多いながらも、それはそれで。

そんな中、一つ前の記事は、数多く書いた記事の中でも、傑作と呼べる話の一つだと思う。
事実は小説よりも奇なりという点も、又聞きだという点も、少々悔しくはあるのだが。

さてさて。
今回の記事の本題は予告。
次の記事の。

次の記事も一つ前の記事同様、傑作間違いなしの一話。
ハードルを上げることに、何の不安も感じさせないほど完成度が高いエピソード。

そうそう、更にいうと、これまた弟から聞いた話でもある。

家族の中では、blogへの登場回数が少なめの弟ではあるが、たまに登場すると、なかなかの仕事ぶりである。

ああ、そうそう、追伸追伸。

という褒め言葉を、いくつになったかよくわからない弟への、誕生日祝いの言葉としておく。

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『咲かない話』(2012/04/12)

弟から聞いた話。

先日、弟が、幼稚園の見学をする機会があったのだという。
見学する内容は、小中学校でいうところのいわゆる授業参観。

その日の内容は、自己紹介だったのだそうだ。
手を挙げた園児を先生が指し、その子が名前、好きな歌をいって、その歌を歌う、というもの。

一人目の園児が、「わたしはハナザワハナコ(仮名)です。好きな歌は『手のひらを太陽に』です。歌います。ぼくらはみんないきている〜♪」と自己紹介と歌を披露。

すると、本当に流行っているのか、影響されたのかはわからないが、その後の園児が、どの子も、好きな歌に『手のひらを太陽に』を選んだのだという。

日常生活ではまずお目にかかることのないオケラだって、生きているんだということを繰り返し園児に教わりながら、「結局、皆この歌を歌うんだろうな」と弟が思っていると、最後の最後でタロウくん(仮名)が登場。

タロウくんは、「好きな歌はチューリップです」といったのだという。

「お、やっと違う歌が聞ける」と弟が思った次の瞬間、タロウくんが歌声を披露。

「ああ、だから今夜だけは、君を抱いていたい〜♪」と。

えーっ、チューリップってそっちの?
財津さんのほう?
「さいた、さいた♪」じゃなくて?

この話を聞いて最初に思ったことは、「幼稚園が仕組んだネタ? サプライズ?」だった。
が、どうやらそうではないとのこと。

そんなものが存在するかどうかはわからないが、お笑いの教科書、漫才やコントの教科書があったら、そこに書いてあってもおかしくないような内容だ。

それにしても、ネタではなく、事実だということは、何て高いポテンシャルだろう、タロウくん。

きっと、チューリップが咲く歌は歌えないけど、サボテンの花が咲く歌は歌えるということだろうね。  

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2017年04月25日

エコらしいし(再)

以下の過去記事から五年。
もう、旧タイプの信号機はどこにもないのだろうか。
全国津々浦々、LEDタイプの信号機になっているのだろうか。

やらなければならないことをやらなかったり、やっても無駄なことを一度決めたことだからと止めることができなかったりする組織の方々のお仕事だから、きっともう全部、とうに交換は完了していることだろう。

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『エコらしいし』(2012/04/09)

一つ前の記事を書いた後に思ったこと。
旧来の電球タイプの信号機が、LEDタイプのものに替わっている件について。

全国の状況は知らないが、少なくとも僕の行動範囲内では、ほぼ交換が終わっている様子。

交換工事が行われるのは、おそらく深夜だろう。
深夜に街を徘徊しているわけではないので、ほとんど交換作業を目にしなくて当然かもしれないが、それにしても、作業しているところを目にしたという話を全く聞かないことには違和感を感じる。

だって、信号機って、驚くほどの数のはずだ。
なのに、交換作業を誰も見たことがないなんてことがあるだろうか。

と、ここまで書いて思った。

これは、あれだ。
僕は、知らぬ間に、現在の世界に飛ばされて来たのに違いない。
今、僕が生きているこの世界は、いわゆるところのパラレルワールドなのだ。

僕が数年前まで生きていた世界は、信号機には元々電球が使われていて、それが近年、LEDのものに変わりつつある世界。
そして、僕が飛ばされて来てしまったこの世界は、LEDは数十年前から開発されていて、信号機が最初からLEDだった世界。

そう考えると、交換工事を目にしない理由が頷ける。
信号機は元々LEDなので(の世界なので)、交換作業自体が存在しないのだ。

僕は、本当はこの世界の住人ではない。
僕には、帰るべき世界がある。

このことを、信じてくれる人がいるだろうか。
理解してくれる人がいるだろうか。
そもそも、僕は、本来の世界に帰ることができるのだろうか。

とはいうものの、別にこの世界に不満はないし、特に問題も支障もないし、まあ、このままでもいいかな。  

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2017年04月24日

きりもいいし

暖かくなったどころか、少々暑い日さえあったりもする季節にもなってきたし、そろそろ本気で運動を始めようと考えていた。
で、本日、月曜日からと思っていた。
決めていた。
絶対、厳守、例外なし、待ったなし。

日が落ちたら走りに行こうかと思っていたのだが、日が落ちる直前に、家族から連絡が。
近所の美味しい店に食事に行くが一緒にどうか、と。

運動は大事。
ダイエットも大事。
一度決めたことを守るのも大事。

が、人付き合いも大事だろう。
せっかく誘ってくれたのだし。

運動の後、超絶面白い「嘘雑学」を考えよう、そしてUPしようと思っていた。
そうなるはずだった。
できるはずだった。

でも、誘われたのだから仕方がない。
僕が、誘ってくれと頼んだわけでもないし。

仕方ない。
ああ、仕方ない。
仕方ない。

うーーーん、、、来週からかな。
来週、月曜日からかな。
しかも、偶然にも一日だし。  

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2017年04月23日

嘘雑学のルーツともいえる

では、早速。

ネコヤナギのふわふわが成長し、大きくなって、それが猫になる。

嘘である。
嘘雑学である。

が、これは僕の嘘雑学ではない。
これは、幼少の際、母が僕たち兄弟に本当に吐いた嘘である。

嘘雑学。
いざ作ろうとすると難しい。
で、最初に浮かんだのがネコヤナギの話だった。
オリジナルではないが、これも何かの縁なので、書いてみた次第。  

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2017年04月22日

嘘雑学に思う

一つ前の記事でくだらない嘘を書いた。
が、久しぶりではあるが、くだらない嘘を書くのは、今に始まった話でもない。

ただ、タイトルに付けた「嘘雑学」と言葉が、少し面白いと感じている。
先日の記事で、手抜きをするにしても再放送(記事の再掲載・再利用)ばかりに頼らず、何か斬新な手抜きはないだろうかと書いたが、この「嘘雑学」はどうだろうかと思った。

長く続けたら、もしかしたら、川柳のように、「嘘雑学」という行為に、僕の名前が冠せられる日が来るかもしれない。

もし、本当に、僕が「嘘雑学」の始祖になるのだとしたら、「嘘雑学」を行うことは「吐く(はく)」と呼ぶように定めたい。
「吐く(つく)」ではなく。

「嘘」は「吐く(つく)」。
「嘘雑学」は「吐く(はく)」。

これは、始祖である僕が、「嘘雑学」を始めるに際、きっかけとなった川柳に敬意を表して。

と思ったのだが、ここで問題に気が付いた。
川柳を作ることを「吐く」と呼ぶのは、今回初めて知ったわけだが、よく考えると、「吐く(はく)」なのか「吐く(つく)」なのかがわからない。
少し調べてみたが、わからなかった。

うーん、、、どうしよう。
仕方がない、「嘘雑学」の吐く(はく)吐く(つく)問題は、僕が始祖になったときに決めることとしよう。  

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2017年04月21日

嘘雑学注意

ここ数日、川柳ネタが続いている。

が、川柳についての知識はほぼない。
一つ前二つ前の記事でも書いたが、川柳は「詠む」といわず「吐く」「ものす」というのも、全く知らなかったし。

更には、今回、「川柳」という言葉の由来も初めて知った。
江戸時代の柄井川柳という人物の名前が由来なのだそうだ。

何かの物、物質に人の名が冠せられるのは、まだわからなくもないが、そうでないものに人の名が冠せられるのは、なかなか珍しいのではないだろうか。

と思ったが、川柳と無関係でもない俳句もそういえばそうか。

「俳句」という名前の由来は、最も有名は俳人の一人といっても過言ではない、松尾芭蕉の師、河合俳句の名前が由来なのだそうだし。

ちなみに、『おくのほそ道』の度に同行した曾良は、姓が河合であり、芭蕉の師、河合俳句の孫でもある。

ちなみに、ちなみに、日本に初めてバレーボールというスポーツを持ち込み、普及に努めたのも河合俳句。
バレーボールを日本語で「排球」と呼ぶのも、河合俳句の名前が由来。

いやー、久しぶりに、どうでもいい嘘を書いた。
嘘です。
途中から。
どこからが嘘なのかは、各自の判断にお任せいたします。  

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2017年04月20日

ああ、呑んで吐く 今日も吐く

一つ前の記事でも書いたが、川柳は「詠む」とはいわず、「吐く」「ものす」というのだそうだ。
全く知らなかった。

ただ、その「吐く」「ものす」という表現がしっくりこない。
知らなかったのだから、違和感を感じるのもおかしな話だが。
そういうものなのだろうから。

「吐く」といわれると、どうしても違う「吐く」が浮かんでしまう。
考えてしまう。

で、一句。

川柳を
上手く吐けずに
呑んで吐く  

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2017年04月19日

経緯を書くに至りけり

三つ前の記事で、川柳でも作ってみるかと書いた。

で、二つ前の記事で、早速作ってみた。

作った後に知ったのだが、川柳は「詠む」とはいわないらしい。
正しくは、「吐く」「ものす」と表現するのだそうだ。

が、書き直しはせず。
それはそれでいい、と判断。

「みたものの」で終わると、下の句があってもよさそうな感じだ。
で、タイトルに下の句っぽい言葉を書いた。

まあ、下の句があると、もう川柳とは呼べないけど。
短歌と呼ぶべきだろうけど。

で、一つ前の記事
下の句候補がもう一つ浮かんだので、それもUPしてみた次第。

以上、これが、ここ三日の経緯。

川柳を
詠もうとしては
みたものの  

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2017年04月18日

それ見たことか 見たことか

川柳を
詠もうとしては
みたものの  

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2017年04月17日

ああ、みたものの みたものの

川柳を
詠もうとしては
みたものの  

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2017年04月16日

ザンシンとザンネン

こんな僕でも、所要等が立て込んで、あまり時間がないというときだってある。
それが数日続くということだって。

そして、そういうときには、どうしても、blogの更新も手抜きになりがち。
まあ、結局、お決まりの再放送(記事の再掲載・再利用)記事の連発ということになる。

ただ、再放送が続くのは、今に始まった話でもなく、所要が立て込んでいるときに限らず、よくよくある話なのである。

で、何でこんなことを書いているかというと、お察しの方もいるかもしれないが、しばらくそんな状況が続きそうなのである。
予告である。
手抜きの予告である。

「いい機会」という表現が正しいか否かはわからないが、時間がなくblogの更新に時間がかけられないという機会が続くのだから、いつものように再放送に頼らず、何か新しい手抜き、斬新な手抜きをしたいという思いがある。

斬新な手抜き。
実は、これまでに何度も、そのことについて考えたことがある。
が、これがなかなか見付からないのである。
斬新な手抜きが。

俳句も考えたことがある。
が、きちんと季語を入れるのは難しそうだ。
だとすれば、俳句というより川柳か。

が、冷静に考えたら、そう簡単に、かつ次から次へと、川柳が作れるわけがない。
それができたら、もう手抜きではないだろう。

となると、また再放送に頼ることになるのか。。。

もし、何か、斬新な手抜き記事のアイデアが浮かんだら、実践してみようとは思っている。
単に、残念な手抜きにならなければいいけど。  

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2017年04月15日

名誉会長はもちろん猪木(再)

以下の過去記事にもあるように、以前は、冬になると、喉の不調に悩まされてきた。
一冬に、いったいどれだけの喉飴を消費するのか、というぐらいに喉飴を口にしていた。
冬の必需品だった。

が、やはり以下の過去記事にあるように、加湿器の利用と就寝時マスクの着用で、劇的に改善された。
喉の不調に悩まされることはなくなったし、何かの機会に喉飴を買っても、一冬でなくならず、次の冬まで残るよ
うなことさえあった。

加湿器、マスクさまさまである、、、、、、、、、多分。

というのも、加湿器はまだいい。
貢献してくれていると思う。

が、問題はマスク。
以下の過去記事の本題でもあるが、起床時、必ず外れているのである。
現在でもそうである。

というかというか、起床時も何も、何らかの理由でほんの数分で目を覚ますと、もう外れているということが、これまでに何度もあった。
となると、睡眠時のマスク着用に、本当に意味があるのだろうかと思えてくる。

というかというかというか、意味があるも何も、睡眠時着用しているとは思えない。
着用しているとはいい難い。
実際のところ。

冬だけに限らず、一年中、毎日睡眠時にはマスクを着用、、、いや、寝入りばなのみ着用をしているのだが、この習慣を続ける価値があるか否か、非常に悩ましいところである。

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『名誉会長はもちろん猪木』(2012/04/07)

一つ前の記事で喉のことを書いたが、もう一つ、喉関連で、かなり前から非常に気になっていることがあることを思い出した。
ちなみに、『エーデルワイス』はまだ歌えない。

さて、本題。
喉の話。

以前はそうでもなかったのだが、この十年くらいか、、、と、ここまで書いて唖然としたのだが、「この十年」という表現が成立する歳になってしまった。。。

何だかもう書きたくなくなったが、話を戻そう。

この十年くらい、風邪の引き始めは、だいたい喉の痛みから。
更には、冬の間、喉の違和感が続いて、空咳が止まらず、のど飴なしでは生きていけない身体になってしまっていた。

そう考えると、今回、二週間近く喉の不調が続いたが、僕は喉が弱いのかも(弱くなったのかも)しれない。

ただ、冬の喉の不調に関しては、昨冬あたりから対処法を見い出した。

といっても、特別な方法ではなく、基本に忠実に、加湿器の利用、そして、就寝の際のマスクの着用である。

さて、ようやくここからが核心。

昨冬から、ずっと気になっていることがある。
それは、就寝時に着用しているマスクについてである。

起床時には、必ず外れているのである。
夜中にたまたま目が覚めたときでも、やはり必ず外れているのである。
目が覚めたときに、外れることなく、マスクが口と鼻をしっかりと覆っていたことが、未だに一度もないのである。

寝入った瞬間に、自ら外しているのではないかと疑いたくなるほどである。

こうなったら、ビデオカメラを回して眠り、どれくらいの時間で外れているか、確かめてみたいくらいである。
あるいは、『探偵ナイトスクープ』に依頼するか。

ただ、マスクをして眠るようになって、喉の不調に悩まされることがなくなったのも、また事実。

ということは、もしかしたら、口と鼻ではなく、一晩中、あごをマスクで覆っていることが、何らかの理由で功を奏しているのかもしれない。

それならばそれで、価値ある発見なのではないだろうか。
学会で発表したら、評価されるのではないだろうか。

となると次の悩みは、発表するべきは、果たして喉の学会か、あごの学会か、ということである。  

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2017年04月14日

いつまで待っても無理(再)

以下の過去記事を読み直して思い出したこと。

何年生だったかまでは記憶にないが小学生だったとは思う、声変わりの時期、音楽の授業などで歌を歌う際、声が出なかったのを思い出した。

で、思った。
五年前の声が出なくなるほどの喉の不調が、声変わりでなくてよかった。
と。

二つ前の記事でUPした過去記事には、声が出ない理由をデビューアルバムのレコーディングで声が潰れた云々と書いてある。
それはそれで面白いが、次、また声が出ないような事態に陥ったら、「声変わり中。二度目の」という理由も面白そうだ。

まあ、それを口に出そうとしても、声が出ないのが問題なのだが。

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『いつまで待っても無理』(2012/04/06)

何度か書いてきたが、十日ほど前から喉の調子が悪かった。
一番悪いときは、ほとんど声が出せなかった。

そんな中、残念ながらまだ完治とはいえないまでも、本日くらいから、かなり楽に声が出せるようになってきた。

安堵の息も楽に吐けた。

というのも、あまりによくならないので、少々不安に感じ始めていたところだったのだ。
このまま、ハスキーボイスになってしまうのではないか、と。

潔く現実を受け止めて、『翼の折れたエンジェル』か『ダンシング・オールナイト』、どちらをカラオケのレパートリーに加えようか検討していたくらいである。

まあ、カラオケなんて、最後にいつ行ったか記憶にないくらいだけど。

だが、上述したように、完治というわけではない。

『エーデルワイス』をソプラノで歌えるようになるには、もう少し待つ必要がありそうだ。  

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2017年04月13日

こりあ参った(再)

商品名などは記憶にないが、以下の過去記事を読んで、そのようなCMがあったのは思い出した。

「一緒に飲んだら怖くないよ」

今考えても、やっぱり絶対駄目なやつだと思う。
お酒はもちろんだが、それ以外でも、この言葉を口にして誘われたら、絶対飲んだら駄目なやつだと思う。

四月になり、新しい生活が始まり、このタイミングで初めてお酒を飲むという若者も少なからずいるのではなかろうか。
こんな言葉で誘われたら、絶対飲んだら駄目なやつなので、しっかり断るようにと、結構真面目に書いておく。

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『こりあ参った』(2012/04/03)

時事ネタは書かないようにしている。
特にTVCMネタ。

TVのCMネタは、特に風化が早いので。
数年後に再放送(記事の再掲載・再利用)なんてとてもとても、である。

が、先日、非常に印象に残ったCMがあった。
他に書くこともないし、本日は、さらりとそのCMについて書こうと思う。

それはとあるお酒のCM。
隣国のお酒。
隣国ではそれほど人気はないらしいけど、日本では非常に高い人気を誇っているらしい隣国の俳優と、日本人女性の二人が出演しているTVCM。

そのTVCMの新しいバージョンを先日目にしたのだけど、見た瞬間、思わず吹き出してしまったのである。

というのも、その隣国の俳優が、女性にこういいながら商品であるお酒を勧めるのである。

「一緒に飲んだら怖くないよ」と。

いやいやいやいや。
「怖くないよ」ってどういうこと?
飲むのが怖いお酒ってどんなお酒?
それ、本当に飲んでいいもの?

それだけ聞くと、身体に危険が及ぶもの、法に触れるもの、そんな印象が拭えないんですけど。。。

もし絶世の美女に、「一緒に飲んだら怖くないよ」と何かを勧められたとしても、丁重にお断りしますけど。
僕だったら。

こいつ、峰不二子だな、って思うと思う。  

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2017年04月12日

現在の主食は、エヘン虫の天敵、ヴィックスドロップのウメ味(再)

今でもエヘン虫はいるのだろうか。
というか、若い人たちも知っているのだろうか。

ヴィックスドロップは、スーパーやドラッグストアで目にする機会があるので、今でも販売されているようだ。
が、そのヴィックスドロップが倒すべき敵、エヘン虫は、今でも広く知られているだろうか。
僕が目にしないだけなのかもしれないが、近年は、テレビCM等でも目にしないような気がする。

エヘン虫を知らない人に、「エヘン虫のせいで喉の調子が悪い」といったら、本当にそんな虫がいると思ったりしないだろうか。

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『現在の主食は、エヘン虫の天敵、ヴィックスドロップのウメ味』(2012/04/02)

一週間ほど前に二度ほど書いたが、喉の調子が悪い。(その1その2

声が出ないのである。
いわゆるところの、喉が潰れた状態というやつである。

そんな中、本日、所用で知人に会うことに。

(既に日付は変わってしまったが)四月一日。
エイプリルフール。

怪我の功名というわけでもないが、せっかくの機会だ、有効利用しない手はない。

知人に、「どうして声が出なくなったの?」と尋ねられたら、「デビューアルバムのレコーディングで」と答えよう。
「デビューアルバム? CD出すの?」といわれたら、「エイプリルフ〜ル〜」といって、笑い者にしてやるのだ。
実際、本当に声が出ないのだ。
意外と引っかかるのではないのか。

と考えた。

果たして。

「どうして声が出なくなったの?」とは問われた。
が、返事ができなかった。
搾り出そうと思ったが、どうしても声が出ないのだ。

そんな僕を見て、「いいよ、いいよ。(返事は)無理しなくて。お大事に」といわれた。

策士、策に溺れる。
といいたいところだが、よく考えたら、溺れる以前の問題である。
大体、声が出ないのは始めからわかってたことではないか。

エイプリルフール。
四月馬鹿。

昨日も書いたけど、馬鹿なのは、他ならぬ…………(以下略)  

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2017年04月11日

四月馬鹿に思う(再)

以下の過去記事は、五年前の四月一日の記事。

読み直してみたが、内容は、ほぼ予想通りの内容だった。
まあ、ここ数年は、毎年同じようなことを書いているので、予想できて当然といえば当然なのだが。

が、四月一日、エイプリルフール、四月馬鹿の本当の意味は、年に一度、己の愚かさを思い知る日なのでは、という点については、いいえて妙だと思った。

が、が、よくよく考えたら、己の愚かさを思い知るという意味では、年に一度といわず、ダイエット関連の過去記事を目にする度、嫌というほど己の愚かさを思い知らされているけど。

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『四月馬鹿に思う』(2012/04/01)

四月一日。
エイプリルフール。

昨年は何を書いただろうかと思い確かめてみたら、二年連続でダイエットのためにランニングを始めると書いてあった。(2011年、2010年)

ランニング。
ダイエットのためのランニング。

実は、三月二十日の春分の日から始めるつもりだった。
公言さえしていた。

が、忙しかったり何だりかんだりで、走り始めることができなかった。
で、仕方がないので、では四月一日から、と思っていたところだった。

そしたら、冒頭に書いたように、昨年も一昨年もそのつもりだったわけだ。
本気半分、エイプリルフールネタ半分だったわけだが、走った記憶は全くない。

今年は本当に走り始めるつもりだったのに、何だか、三年連続で同じ結果になりそうな気がしてきた。

四月一日。
エイプリルフール。
四月馬鹿。

本当の意味は、年に一度、己の愚かさを思い知る日なのではないかと思えてきた。  

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2017年04月10日

「東京ドーム●個分」という表現に思う

一つ前でUPした過去記事を読んで思ったこと。

「東京ドーム●個分」という表現は、東京ドームができるまでは、「後楽園球場●個分」だった。
で、更に前には、具体的に何だかは失念してしまったが、やはり違う表現だったのだと、どこかで耳にした覚えがある。

後楽園球場や東京ドームが選ばれたのは、一昔前まで、プロ野球が現在よりも人気があり、しかもジャイアンツの人気が圧倒的で、シーズン中はほぼ欠かさずナイター中継があり、かつジャイアンツの本拠地が後楽園球場、東京ドームだったからだと思われる。

一方、現在は、野球の人気が全然なくなったとまではいわないが、嗜好の多様化が進んでいることは事実。
実際、ナイター中継は激減している。
あったとしても、昔のように、全国一律ジャイアンツ戦ということはなくなった。

で、思ったのである。
この状況が続くと、「東京ドーム●個分」といわれても、ピンとこない、しっくりこない人が増えるのではないか。
その結果、違う表現になるのではないのか。
と。

で、東京ドームに代わるのは何だろうかと、あれこれ考えた次第。

最初は、ここで、多くの人が共通して大きさが分かる物、スマホの画面、などというくだらないオチを考えていた。
が、そう遠くない将来、「東京ドーム●個分」という表現が変わる可能性は皆無ではないと思われるので、真面目に考えるほうが楽しいのではないかと思えてきた。

ので、しばらく、真面目に考えてみようと思う。
答え合わせの日が来るのも、そう遠くないかもしれないし。  

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2017年04月09日

エヘン虫の腰が重い様子(再)

東京ドーム一杯分ずつくらいのトローチとはちみつを口にしたが、東京ドーム二杯分くらいの鼻水を出したので、計算は合っている。
この表現は、なかなか面白い。
手前味噌、自画自賛ではあるけど。

それはそうと、以下の過去記事を読んで、「東京ドーム●個分」という表現について、改めて考えた。
で、いつものように、くだらないオチを書いて終わるつもりだったのだが、少々真面目な考察に入ってしまった。

ので、その件は改めて。
次の記事にて。

--------------------
『エヘン虫の腰が重い様子』(2012/03/28)

一昨日の記事で、喉の調子が悪いことを書いた。

一つ前の記事で、「東京ドーム●個分」という表現について思うことを書いた。

さて、本題。

喉の調子は、まだ本調子とはいえない。
鼻も。

今日も終日、トローチ、はちみつと共に過ごした。
おそらく、東京ドーム一杯分ずつくらいのトローチとはちみつを口にしたと思う。

その代わり、東京ドーム二杯分くらいの鼻水が出たので、計算は合っている。

正直に書くと、東京ドームに行ったことがないので、もしかしたら、少々的外れなのかもしれない。
いくらかは、話が大きくなってしまっているかもしれない。
東京ドーム、三、四個分くらいか。

本日は以上。

全く内容がないとかいわず、東京ドーム20個分くらいの広い心で受け止めていただきたい。  

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2017年04月08日

しません。してません。断固。(再)

以下の過去記事を読んで思ったのだが、この冬は、風邪らしい風邪を引いていないような気がする。
健康が一番。
ありがたいことである。

と書いて、今書いた文章に思ったこと。
「この冬」と書くと、まるで現在進行形のようだ。
正確には、「ようやく終わった冬」ということで。

、、、、、、、、、終わったといっていいよね、冬。

四月だし。
ここ数日は、天気が悪く湿度が高いのもあるけど、寒さは全く感じないし。
今後の予報を見ても、寒くなることはなさそうだし。

寒の戻りとか、本当にいいから。
戻らなくていいから。
戻って来なくていいから。

これ、芸人の例のパターン、「押すなよ、絶対に押すなよ」とは違うから。
本当に戻らなくていいから。

--------------------
『しません。してません。断固。』(2012/03/26)

今、現在、風邪なのか否か、判断できずにいる。

喉が痛い。
あと、鼻水が止まらない。
でも、熱はない。

症状はこのような感じ。

現在の主食はトローチとはちみつ。
もちろん、どちらも喉のため。

と書いて思ったこと。
止まらない鼻水の主成分も、トローチとはちみつかもしれない。
それくらい、トローチ漬け、はちみつ漬けなので。

ということは、、、その鼻水を、、、(以下略)  

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2017年04月07日

褒め言葉という認識ですけどね(再)

以下の過去記事から五年。
更に五年分、ちりが積もったということだ。

今、どれくらいの高さの山になっているだろうか。
そして、この先、どれだけ高くなるのか。
ちりが積もるのか。

そう、いつまで書いているのだろうか。
このblogを。

考えられないし、真面目に考えるとぞっとするので、考えないこととする。

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『褒め言葉という認識ですけどね』(2012/03/24)

五年ほど前の過去記事を読み直していたら、三日連続で、僕のこのblogに対していただいた感想について書いていた。(その1その2その3

どのような感想をいただいたか、以下に抜粋してみる。

「blogの中では、いい加減な人物を演じていられるのですよね?」

「よくも毎日、くだらないことばかり書けますね」

「よくもそんなに、意味のないことばかり書けますね」

「あのblogを読むとやる気がなくなります。真面目に仕事をしている自分がバカらしくなってきます」

「記事が短いと体調が悪いのかなと一瞬心配になるけど、どうせネタがなかったんだろうとすぐに思い直す」

「読もうと思って開いたら更新してないとムカツク。だけど、更新されていたらいたで、読んだ後ムカツク」

「お気に入りから消そうかと思った」

もうすぐ八年目突入である。
年内には、3000記事投稿も迎える予定。

それらを思ったら、こんな言葉が頭に浮かんだ。

ちりも積もれば山となる。

価値のあるちりならいいけど、価値のないちりが山になったら、、、それはただの粗大ごみなのでは? という考えも頭に浮かんだけど、気が付かなかったことにしておく。  

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2017年04月06日

より酒

先日、「花冷え」という言葉が嫌いだと書いた。

で、ふと思ったのだが、「花曇り」という言葉もある。
まあ、既に日付は変わってしまったが、本日、五日の天気が曇りだったので思い至ったのだが。

「花●●」という言葉は、情緒があるとは思う。
まあ、いくら情緒があろうとも、「花冷え」は嬉しくも何ともないけど。

が、今年は、「花●●」以前に、桜の咲き具合が芳しくない。
というか、芳しくなかった。
さすがに、ここ数日はいい感じに花が咲いているようである。
今週末あたりは、花見日和か。

と思い、調べてみると、この週末、僕の住む地域は天気が悪い様子。
「花雨」というやつか。
そんな言葉があるかどうかは知らないが。

でも、あまり知られていない、あまり使われていないが、言葉としてはあるということも珍しくない。
僕が浅学なだけで、本当にあるかもしれない。
花雨、花晴れ、花雪、花雷、花嵐などなど。

まあ、花雪とか、本当に勘弁して欲しいけど。

それにしても、こんなに「花」という文字を、一つの記事で書いたことがあったろうか。
で、思うこと。
ベタベタなオチだなと、少々の気恥ずかしを感じつつ。

個人的には、花より団子。  

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2017年04月05日

清明に思う 2017 その2

一つ前の記事の続き。

一つ前の記事の最後の文、「はなはだ疑問である」と書く際、一度、タイピングミスをしてしまった。
で、「はなはだ愚問である」となってしまった。

当然だが、打ち直し。
で、UP。

が、UPしながら思ったのである。

愚問。
そう、ある意味愚問かもしれない。

何故なら、僕に清明は訪れないから。
清新の気がみなぎり、よし走ろう、よし運動しよう、よしダイエットしよう、などという気持ちになる日は来ないのだから。

いやいやいやいや、それでは駄目だ。
それでは駄目だろう。
走らなければ、運動しなければ、ダイエットしなければ、そして痩せなければ。

だいたい、本当はというか、正確にはというか、走りたい、運動したいとは思っているのである。
いや、より正確には、走らなければ、運動しなければ、かもしれないけど。

そう、走らなければ、運動しなければ。
よし、走ろう、運動しよう。

うーん、、、、、、、、、五月一日からかな。
きりもいいし。

ああ、でも、正直全く関係ないが、世の中はゴールデンウィークというやつか。
だったら、それが明けてからかな。  

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2017年04月04日

清明に思う 2017

何の気なしにカレンダーを目にしたら、本日は、二十四節気の一つ、清明だとのこと。
が、清明のことをよく知らない。
もしかしたら、初耳というか初目というか、はじめましてかもしれない。

で、調べてみた。

清明。
せいめい。
万物が清々しく明るく美しい頃、万物に清新の気がみなぎる時節。

うーん、どうだろうか。
例年ならまだしも、今年は桜の開き具合も遅いのもあり、万物が清々しく明るく美しい頃とまではいい難いか。
まあ、暦が、実際の季節感とずれがあるのは、今に始まった話ではないけど。

それに、清新の気がみなぎるという点についても、どうかと思うのである。

新しい年になったら走ろう、運動しよう、ダイエットしよう、二月一日になったら、節分から、三月一日になったら、春分から、四月一日から、、、、、、、、、を繰り返してきたが、本日、四月四日、清明を迎えても、よし走ろう、よし運動しようという気持ちになれない。(やならければ、という思いはあるが。。。)

(僕の)こんな現状を、清新の気がみなぎっているといえるだろうか。
いや、いえないだろう。

というか、僕に、そんな日が来るのだろうか。
僕に、清明が訪れるのだろうか。
はなはだ疑問である。  

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2017年04月03日

王様、齢百十。(再)

以下の過去記事を読んで、冒頭のなぞなぞというかクイズの答えがわからなかった。
最後まで読んでも、答えは書いていないし。。。
くだらない嘘の答えしか書いていないし。。。

で、タイトルを目にして、ようやくわかった次第。
ただ、タイトルにも、くだらないことが書いてあるけど。

齢百十って、百十歳の王っていいたいんだよな、五年前の僕よ。

相変わらずくだらない、、、が、面白いじゃないか、何かの機会に使うとしよう。

--------------------
『王様、齢百十。』(2012/03/23)

問題。
英語ではロアー(roar)、フランス語ではリュジル(rugit)、スペイン語ではグルルルル(Grgrgrgr)、中国語ではアーオアーオ、イタリア語ではクアークア(qua-qua)、と鳴きます。

さて、日本語だと、誰が、何て鳴いていることになるでしょうか?

難しいと思われるので、ここでヒントを一つ。

一昨日昨日の記事でたべっ子どうぶつのことを書いた。
一昨日の記事にも書いたが、今、現在、部屋にたべっ子どうぶつが一つある。
この問題は、そのたべっ子どうぶつのパッケージの裏面に書かれていた問題である。

ここまで書けばわかったであろうか。
では、答えを。

答え。
「しくしくしくしく。。。バター味だと思って楽しみにしていたのに、しくしく。。。よく見たら、しくしくしく。。。メープルバター味だったよ、しくしくしくしく」と泣く、僕のすすり泣き。

数年前に書いた、たべっ子どうぶつはバター味に限る、メープルバター味はいかがなものかという記事を覚えていらっしゃった方には、簡単過ぎる問題だったのはないでしょうか。

ガオー。  

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2017年04月02日

トップブリーダー(再)

たべっ子どうぶつへの愛がなくなったわけでは決してないが、近頃、あまり口にしていない。

が、たべっ子どうぶつへの愛は変わらない。
たべっ子どうぶつに関しては、温めているアイデアがいくつかある。

その中の一つは、たべっ子どうぶつの中に入っている動物を、全て把握したいということ。
その際、せっかくなので、把握するだけでなく、目録というか、図鑑的なものを作りたい。

動物図鑑ならぬ、たべっ子どうぶつ図鑑。

体長とか体重とかも、しっかり記載したいと思う。

--------------------
『トップブリーダー』(2012/03/22)

一つ前の記事の続き。

UPした後に、疑問が浮かんだ。

たべっ子どうぶつをポケットに入れ、叩いて増やす。
最終的には動物園になると思われる。

と書いたが、本当にそうだろうか。

GIRAFFEをポケットに入れて叩いたら、叩く度に、BEARやDOGやCOCKが増えていくのではなく、続々とGIRAFFEが増えていくのではないだろうか。

だとしたら、動物園になるのではなく、キリン園、クマ牧場、ワンワンパーク、養鶏場だったりになってしまうのではないのか。

どうだろう。
よくわからない。

以上のことから、本日、改めて出した結論。

たべっ子どうぶつをポケットに入れて叩くと、決して割れたりはしない。
増える。
叩けば叩くほど増える。

が、ポケットの中が動物園になるか、クマ牧場やワンワンパークになってしまうかは、やってみないとわからない。  

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2017年04月01日

新年度の願い 2017

例年、四月一日には、運動する、走る、痩せる、ダイエットするというようなことを書いてきた。

成功したら成功したで、望むところ。
しなかったらしなかったで、エイプリルフールでした、嘘でした、という体。

が、何年もそんなことを続けているのはどうかと思い、昨年は、逆に、運動はしない、走らない、ダイエットしないと書いてみた。
新年度の誓い、ということで。

結果、本当にその通りになっただけだった。

僕は思った。
いつまでも、こんな子供の悪ふざけみたいなことをしていては駄目だ。
エイプリルフールとか、新年度の誓いとかいっている場合ではない。
こんなことばかりしてるから、いつまで経っても痩せないのだ。
と。

なので、もう、くだらない嘘とかは書かない。
誓いもしない。
願いだ。
願うのだ。
心から願い、祈るのだ。

ああ、誰か。
誰に願えばいいのかわからないので、誰か、どなたかか。
八百万の神の誰でもいいし、やはりたくさんいる仏さまの中のどなたかでもいい。

運動したいです。
走りたいです。
ちゃんとダイエットに取り組みたいです。

うーん、、、いや、待てよ。
仮に願いが本当に叶うのであれば、わざわざ運動したり走ったりする必要があるだろうか。
痩せたいです、でいいのではないか。

ああ、そうだ。
せっかく願いが叶うのであれば、他にもお願いしたいことがある。
早く暖かくなって欲しい、とか。

ああ、他にも、欲しい物がいろいろとある。
いくつもある。
いくらでもある。

ああ、でも、そんなにたくさん願うのは、やはり贅沢が過ぎるだろうか。
全部叶えてもらえるとは限らないか。

ああ、だったら、痩せたいという件はいいです。
自分で運動して痩せるので。
欲しい物あれやこれやを、最優先でお願いします。  

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2017年03月31日

君が本分を全うするのを待っとうよ

先日、「寒の戻り」や「三寒四温」という言葉が嫌いだと書いた。

同様に、「花冷え」という言葉も好きになれない。
言葉自体には、情緒があると思う。
が、実際には、嬉しくとも何ともない。
せっかく、桜の花が開くような季節を迎えたのに、寒いなんて勘弁していただきたいのである。

が、今年は、花冷え以前の問題である。
一つ前の記事でも書いたが、僕が目にする限り、まだほとんど桜の花が開いていないのである。

例年だと、満開だとはいわないまでも、もう、それなりに桜が咲き誇っている時期のはずである。

開花宣言はどうなっているのかと思い調べたところ、僕の住む地域は、二十五日に開花宣言がされていた。
が、実情は寂しいものである。

先日、世間話をした方は、週末に会社の花見の予定が入っているがどうなることやら、とおっしゃっていられた。
これが、現実である。

「花冷え」という言葉が嫌いだと書いたが、現状は、花が咲いていないので、単に「冷え」ているだけである。

昨日も書いたが、非常に重要なことなので、もう一度繰り返しておきたい。

明日からは四月である。
春には、その本分を、しっかりと全うしていただきたい。  

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2017年03月30日

春分に思う 2012(再)

以下の過去記事は、五年前の春分。
待ち焦がれた春分を迎えて浮かれてしまったか、おはぎがどうとか、『サザエさん』がどうとか、全く危機感がない。

春分を迎えたからといって、必ず暖かくなる保証はないのに。

いや、確かに、暑さ寒さも彼岸まで、例年、春分は大きな目安になる。
だからこそ、僕自身、一年で最も待ち焦がれているわけだし。

だが、必ずというわけではないのである。
事実、今年がそうだ。
寒さのピークは越えただろうが、肌寒い日が続いている。

例年だと、この時期には、それなりに桜の花も咲いているのだが、今年は、まだほとんど咲いていない。
昨夜、ようやく一分咲きといえるかどうかという桜の木を、今年初めて目にしたぐらいである。

もう、明後日は四月である。

冬などとはいうまでもなく、もう初春ともいってられない時期である。
春には、その本分を、しっかりと全うしていただきたい。

--------------------
『春分に思う 2012』(2012/03/20)

春分。

嬉しい。
心から嬉しい。

これでもう、名実ともに冬は去ったといってもいいだろう。

暑さ寒さも彼岸まで。
年に二回、blogに書いている気がする。
もう、限りなく座右の銘である。

さて、他に書くことがない。
で、昨年の春分に何を書いただろうかと、読み直してみた。

そこで僕は、おはぎとぼたもちは同じもので、呼び方が違うだけ、春がぼたもち(牡丹の花が咲く季節なので)、秋がおはぎ(萩の花が咲く季節なので)ということを、2011年の僕から教わった。(忘れていた)

ちなみに、2011年の僕は、波平さんに教わったのだそうだ。

そういえば、一昨日の日曜日、一話目の冒頭にぼたもちが出てきた。
失礼、もちろん、『サザエさん』の話である。

『サザエさん』といえば、更に前の週に、居間にこたつが出ていないことに気が付いた。
いつからだろうかと思い、調べてみたら、三月に入ったらこたつが円卓に変わっていた。

ああ、そういえば、先月、この冬は『サザエさん』に焼き芋が出てこないということを書いたのだが、三月に入って一度だけ出てきた。
焼き芋は『サザエさん』において、冬の風物詩の一つ。
制作サイドの方々も、このまま一度も出さないわけにはいかないと思ったに違いない。
もしかしたら、僕のblogを目にし、気が付いたのかもしれない。

以上。
「『サザエさん』に思う 2012春」でございました。  

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2017年03月29日

そこまでは沸き立ちません(再)

人は贅沢にできているもので、時間が経つと慣れてしまい、よりよい物、より便利なサービスを求めてしまいがち。

もし、今、五年前と同じ感動を感じていないのであれば、いい機会である、あのときの感動を思い出すべきではなかろうか。
お湯が沸くときに感じた、えもいわれぬ幸福感を。

さすれば、あって当たり前になっている電気ケトルにも、深い感謝を感じられるのではないのか。

母が。
ええ、ええ、僕ではないです、母が。

だって、僕は、沸き立ちませんでしたので。

--------------------
『そこまでは沸き立ちません』(2012/03/17)

電気ケトルの話。

かなり以前から、電気ケトルが欲しかった。
ずっと購入を検討していた。
が、もう一つ踏ん切りがつかず、購入を躊躇していた。

そんな中、しばらく前から電気ケトルを使用している母が、非常に便利だから早く買ったほうがいいと、強く購入を薦めてくれていた。

が、きっかけを見い出せないまま、購入に至らずにいた。
すると、そんな僕を見かねたのか、母が電気ケトルをプレゼントしてくれたのである。

便利。
快適。
満足。
感謝。
そう、母には大変感謝しているのである。

という、感想と謝意を母に伝えた。

すると、母が、「やろー。便利やろー。お湯が沸く度、えもいわれぬ幸せを感じるやろー。お湯が沸く度、この上ない幸せを感じるやろー」

うーん、、、いやあ、、、ごめんなさい、、、そこまではちょっと。。。  

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2017年03月28日

愛すべきぼんぼん(再)

愛すべき甥っ子。
五年前は、ウイスキーボンボンを食べさせるのは躊躇われる年齢だったが、今だったら、一つぐらいであれば問題ないだろう。

どんな反応をするだろうか。
やはり、美味しいとは思わないだろうか。

それにしても、五年経っても思う。

「ボンボン」って何だろう?

--------------------
『愛すべきぼんぼん』(2012/03/16)

ウイスキーボンボンを食べた。

と、このたった一文で思った。

「ボンボン」って何だろう?
ウイスキーボンボンが何であるか全く知らない人に、「ウイスキーボンボンってな〜んだ?」って問うたら、どんな答えが返ってくるだろうか。

「ウイスキー会社の息子? 二代目? 若社長?」ってな答えが返ってきやしないだろうか。
少なくとも、チョコレートを思い浮かべる人がいるとは、あまり想像ができない。

失礼。
話が逸れてしまった。
戻します。
ボンボンに。

ウイスキーボンボン。
最後に食べたのがいつか思い出せないくらいだ。
ただ、しっかりと記憶に残っているのは、ウイスキーボンボンは好きではない、ということ。

で、食べた。
ウイスキーボンボン。

別に食べられないことはなかった。
嫌いではない。
むしろ、美味しいくらい。

僕は思った。

ああ、そうか。
大人になるとは、こういうことをいうのだな。
と。

さてさて、ここまでは前置き。
ここからが本題。

甥っ子よ。
愛すべき甥っ子よ。
この春、新たな門出を迎える君に、言葉を一つ贈りたい。

甥っ子よ。
君と共に、「美味しいね、美味しいね」といって、ウイスキーボンボンを分かち合える日を、僕は楽しみに待っているよ。  

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2017年03月27日

ドラゴンの生活感は気にならないのでしょうか

一つ前の過去記事を読み直して思ったこと。

一つ前の記事でも少し触れたが、邦画よりは洋画のほうが好きだ。
近年でこそ、世の中では邦画のほうが人気が高いようだが、以前は、圧倒的に洋画人気のほうが高かったように思う。

だから、洋画のほうが好きだったというのもあると思うが、洋画好きの理由は、もう一つあるような気がする。
それは、母が洋画好きだったからだ。

そして、母は、洋画が好きなだけでなく、邦画があまりお好きではなかった。
特に印象に残っているのは、邦画(や日本のテレビドラマ)には食事のシーンが多く、その食事シーンに生活感を感じて嫌だとおっしゃっていた。
何故、せっかく映画を観ているのに、生活感を感じなければならないのか、と。

で、思った。
一つ前の過去記事を読んで。

邦画制作の関係者も、ファンタジー映画を観て、ドラゴンの食費を気にしたり、胃が大きいとか小さいとかいっている人に、生活感がどうとかいわれたくないだろうな、と。  

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2017年03月26日

機会があったら聞いておきます(再)

近頃、以前に比べ、映画を観る機会が激減してしまった。
観たいとは思っているのだが。

映画鑑賞から少々離れてしまっている間に、世の中は、洋画よりも邦画のほうが人気になってしまった感がある。
今でも、邦画よりも洋画のほうに興味が向くので、少々寂しい感じもするが。

などなど、他にもいくつか、以下の過去記事を読み直し、思ったことがあるのだが、残念ながら時間がないので、それらは次の記事にて。

こんな感じで、記事が完結せぬまま、次の記事でといわれるのは、腹が立つ方もいることでしょう。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』を劇場で観たとき、僕もそのような気持ちになったのを、思い出しました。

--------------------
『機会があったら聞いておきます』(2012/03/15)

一つ前の記事の続き。

母と二人でTVのファンタジー映画を観ていると、ドラゴンが出てきた。
龍。

真剣に観ていなかったので詳しくはわからないのだが、どうやら、幼い少年が魔法にかけられて、ドラゴンに姿を変えられたという展開の様子。

という物語の展開を受けての母の言葉。

「うわー、こんなに身体が大きくなったら、たくさん食べるやろーねー。食費もかかるやろーねー。ああ、でも、胃は小さいのかな?」

お母さま。
突っ込みどころが多過ぎて、何から突っ込んだらいいのか困ってしまいます。
ただ、一ついえるのは、ドラゴンに会ったことがないのでわかりません、ということ。

と、ここまで書いて気が付いた。
何故、急に、「胃が小さい」などといったのかと思っていたけど、もしかしたら、ドラゴンは魔法による仮の姿で、本当は幼い少年なのだから、胃は小さいかも、という論理なのかもしれない。

仮にそうだとして、お母さま。
姿をドラゴンに変えられた、幼い少年に会ったことがないのでわかりません。  

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2017年03月25日

ファンタジー感も25%減(再)

ファンタジー感は25%減だったかもしれないが、コメディ感は25%以上増えたと思われるので、まあ、よし。

--------------------
『ファンタジー感も25%減』(2012/03/14)

実家にて。

母と二人で、TVでとあるファンタジー映画を観ていると、洞窟の中に泉が出てきた。
その泉の水に触れたものは、何でも金になってしまうという泉だった。
辺りに落ちている石や木の枝を水に浸けると、黄金になってしまう泉。

きらきらと輝く、黄金に姿を変えた様々なものを見ながら母が一言。

「18金?」

いやいや、そこは純金でしょう。
24金。
どんなものでも18金に変えてしまう泉って、ファンタジー映画には出てこないでしょう。

更に母が一言。

「瓶に入れて持って帰ればいいのにね」

母の口ぶりからして、きっと、その瓶も金に変わってしまうことなど、全く念頭にないんだろうなと思った。  

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2017年03月24日

学校の階段(再)

とてつもなく恐ろしい話。

実態は、「学校の階段」でも「学校の怪談」でもなく、「我が家の怪談」である。

--------------------
『学校の階段』(2012/03/13)

とてつもなく恐ろしい話。

愛すべき甥っ子に、怖い話を聞かせてあげた。
怖いくせに聞きたがるのである。
ベタ中のベタ、学校の怪談話。

夜、誰もいない音楽室からピアノの音が……。
夜、誰もいない理科室の人体模型が……。
夜、誰もいない体育館でボールの音が……。

のような話。
そして、こんな話もしてあげた。

夜、誰もいない学校で、階段を上がると、昼間なら10段のはずの階段が、何故か11段に……、という話。

すると、少し離れたところで話を聞いていた母が口を挟んだ。
「何で? 何で11段に?」

母の顔を見ると真顔だった。

とても怖かった。

お母さま。
大人ですよね?  

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2017年03月23日

好きな言葉は「暖冬」

この世の中にある数多の言葉の中で、僕が最も忌み嫌う言葉の一つが「寒の戻り」である。

「冬」「寒い」らの言葉も、もちろん憎々しいが、一度暖かくなったのに、あるいはなりつつあったのに、また寒くなる感じが、憂鬱なる季節、冬に戻されたようで、憎々しさもいや増すのである。

同様の理由で、「三寒四温」という言葉も憎たらしい。
四も暖かいのなら、そのまま暖かいままではいいではないか。

まあ、ここまで書けば、これ以上書く必要もないかもしれないが、本日、少々寒かったのである。
天気もあまりよくなく、日中の気温も上がらなかった。
それもあってか、朝晩は更に冷えた。

春分に、今後の春の働きに注視すると書いたが、それがブラフではないことを証明する意味も込めて、この記事を書いている次第。

無事、春分を迎えたからといって、安心して気を抜いてもらっては困るのである。
これからこそが本番なので、抜くどころか、更に気を引き締めて、春の本分を全うしていただきたい。
寒の戻りを許してしまうなどという、春として最も恥ずかしい失態を何度も繰り返さないよう、精進していただきたい。  

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2017年03月22日

いませんよ(再)

頻繁にというと大げさかもしれないが、一般家庭の平均的な頻度よりは確実に多く、母は掃除機を買い替えたり、買い足したりしているように思う。

これまでは、理解はできないが、それほど掃除機が好きなのだろうと思っていた。
が、以下の過去記事を読む限りでは、頻繁に壊しているからというのが、その理由であるような気がしてきた。

真相はわからないが、真相はどうあれ、壊れている掃除機をもらってくれる人はいない。

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『いませんよ』(2012/03/12)

掃除機が壊れたので電気屋に連れて行って欲しい、と母。

今、実家で使っている掃除機は、スティック型といわれるもので、最も一般的なタイヤが付いているタイプのものではなく、モップみたいな形をしているもの、といえばわかっていただけるだろうか。
スティックというくらいだから棒状で、そこに吸引したゴミも溜めておくようにできているものだ。

で、どこが壊れたかというと、持ち手の棒状のところが折れたのだという。
立って掃除をすることができない状態で、使いものにならないといっても過言ではないだろう。

で、で、母が更に一言。

「あんた、この掃除機、いる? あげるよ。壊れとーけど」

いるか。

そして、お母さま。
以前にも全く同じことがあったことを、あなたは覚えておいででしょうか?

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『掃除機ラプソディ』(2007/01/18)

掃除機が壊れたので電気屋に連れて行って欲しい、と母。

「いいよ。俺も掃除機がないから欲しいっちゃんね」と僕がいうと、母が「この壊れた掃除機でよかったらあげるよ」とのこと。

いるか。

そう伝えると、「あら、そう。まだちゃんとグワーンって音は出るとよ。吸わんけど」。

なおさら、いるか。

再度そう伝えると、「あ、そう。この壊れた掃除機邪魔やねー。誰かもらってくれる人がおらんやろうか?」

いるか。  

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2017年03月21日

満腹になったので忘れたと思われる(再)

以前は知らなかったのだが、コンビニで肉まんを買うと酢醤油を付けてくれるのは、全国的なことではなく、地域によるらしい。

だとしたら、五年前、僕に酢醤油を付け忘れたコンビニのバイトの青年は、肉まんに酢醤油を付けない地域の出身だったのかもしれない。

が、だとしても、からしも付け忘れているので、やはりコンビニ店員失格だ。
やはり、画竜点睛を欠いている。

不誠実な対応なので、謝罪すべきだ。

肉まんに。
もちろん、僕にも。

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『満腹になったので忘れたと思われる』(2012/03/09)

一つ前の記事の続き。
補足ともいう。

調味料の「さしすせそ」は大丈夫だと思うけど、「日本の大気は醤油の匂いがする」というのは、信じてしまう人がいそうである。
心当たりがある。

母とか妹とか。。。

日本の大気、空気は、醤油の匂いがする、醤油の成分が含まれている、というのは、海外の人には有名なjoke。
似たようなものに、日本人は醤油の匂いがする、などもある様子。

海外の人から見ると、日本の料理には、そんなjokeができてしまうくらい、醤油が使われているというイメージなのだろう。

あと、和がらしで一つ思い出した。

先日、コンビニで愛すべき肉まんを買ったのだが、からしと酢醤油が付いていなかったのだ。
レジのバイトの青年が入れ忘れたのだ。

画竜点睛を欠くとは、まさにこのことではないか。
からしと酢醤油、両の眼である。

百円かそこらの肉まんの価格の中には、からしと酢醤油の価格も含まれているはずだ。
そう考えると、その二つを入れ忘れたということは、不良品を渡したのと同様といえるだろう。

車を買ったのに、タイヤが付いていなかったようなものだ。
十日で必ず痩せるというからダイエット器具を買ったのに、いつも以上に暴飲暴食していたら、痩せるどころか太ってしまったようなものだ。(少し違う)
サンタクロースにゲーム機をお願いしたのに、ブーツの中にお菓子が入っているやつで誤魔化されたようなものだ。(いろいろと違う)

契約不履行ともいえるだろう。
訴えてもいいくらいである。

という怒りを、必ず世界に向けて発信してやると(空腹時に)誓っていたのだが、書くのを忘れていたことに気が付いた。

ええ、ただの愚痴ですけど、何か問題でも?  

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2017年03月20日

春分に思う 2017

暑さ寒さも彼岸まで。

年に二回、春分と秋分には、必ず書いている言葉。
春分に関しては、もう半ば呪文化している。

冬よ終われ。
春になれ。
と。

春分。
待ちに待った春分。
待ち焦がれた春分である。

で、春分を迎え、今日はどうだったかというと、確かに日中は寒くなかった。
が、雨だったのもあり、春の暖かさというよりは、湿度が高いが故の生暖かさといった感じ。
その上、日が落ちるとまだ少し冷える。

春を、手放しで評価できるとはいい難い一日だといえよう。

まあ、今日一日だけの問題ではないので、これからしばらくは、春が手を抜かないよう、春の働きには注視しようと思う。  

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2017年03月19日

「優柔不断な僕が、そんな簡単に決められるわけがない」というのが真相(再)

読み直して、ついつい考えてしまった。
調味料、薬味を、一つだけ選ぶとしたら。

五年前同様、塩とわさびが有力。
が、五年前同様、決めることはできそうになかった。
まあ、決められるわけないよな、と思ったタイミングで、タイトルに気が付いた。

そう、タイトルに書いてあることが全てである。

五年経っても何も変わっていないし、多分、一生同様で、一つだけ選ぶことなどできないと思う。

まあ、選ぶ必要もないし。

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『「優柔不断な僕が、そんな簡単に決められるわけがない」というのが真相』(2012/03/08)

とある調味料の残量が少ない。

次、買い物に行ったとき、買わなければ。
と最初に思ってから、もう何度買い物に行っただろうか。

まあ、かろうじて、まだ残っているからいいようなものを。

で、思った。
調味料や薬味で、一つしか常備してはいけないとしたら、一つしか使ってはいけないとしたら、僕は何を選ぶだろうか。

全くしないわけではないが、日々必ず料理をするわけでもない僕にしたら、「さしすせそ」ではないな。
同様の理由で、みりんとかでもない。

ああ、でも、醤油は少し迷うかも。
大気中に、醤油の香りがする国の住人だからね。

大好きな蕎麦、あるいは刺身を食べるとき、わさびがないと画竜点睛に欠けるので、わさびはかなり上位かな。
画竜点睛という意味では、和がらしも捨て難い。

特別辛い料理が好きというわけでもないので、七味や一味はなくても大丈夫そう。

一昔前に「マヨラー」という言葉が流行ったが、それほどマヨネーズには依存していない。
しかし、マヨネーズが使い勝手がいいのもまた事実。
マヨネーズも捨て難い。

ケチャップを選ぶなら、マヨネーズかな。

うーん、一度外したけど、やっぱり塩かな。
わさびの代わりにもなるし、塩さえあればだいたい何とかなるような気がするし。

ああ、どうしよう、どうしよう。

あ、オチとかないですよ。
僕が何を選んだかも秘密です。

皆さんも、暇で暇で仕方がなくて、「暇だなー、一人でしりとりでもしようかなー」ってくらい暇なときにでも、考えてみてください。  

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2017年03月18日

喜んで純金製のものと交換いたします(再)

以下の過去記事を読み直して思ったこと、三つ。

一つ目。
くだらないことが書いてあるとは思う。
自覚している。
が、五年経った今でも、内容に異論はない。

二つ目。
以前はよく、料理のうんちくを語り、「と、山岡さんがいっていた」という展開の『美味しんぼ』ネタをやっていたが、近頃は全くしなくなった。
理由は、若い世代の人たちが、そもそも『美味しんぼ』自体を知らないことが多いから。
『美味しんぼ』、面白いのに。

三つ目。
久しぶりに、また読みたくなった。

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『喜んで純金製のものと交換いたします』(2012/03/07)

しばらく前に、人気漫画『美味しんぼ』のエピソードを一つ書いた
本日も、『美味しんぼ』からエピソードを一つ。

一代で会社を大きくした社長がいた。
いわゆる、成金社長。
その社長が、金にものをいわせて、純金の鍋を作ったのだという。
そして、作った当時は喜んでいたのだが、時間が経つと、何かが物足りない気がするのだという。

その話を聞いた主人公の山岡さんが、「それは、ただの成金から一つ成長した証拠ですよ」と、いつものように暴言を吐く。
当然、怒る社長。

「もっと価値のある鍋を見せてやる」と山岡さん。
「純金の鍋より価値があると、私が納得できる鍋を持って来なかったら、そのときは、覚悟しておけよ!」と、これまたいつものパターン。

翌日。
山岡さんが持ってきた鍋は、すすだらけの古びた鍋。
すっぽん料理店で、三十年使われ続けた鍋なのだという。

その鍋に、水と醤油、ご飯だけを入れて雑炊を作り始める山岡さん。
「ふざけるな!」と成金社長。

が、しかし。
出来上がった雑炊は、極上のすっぽん雑炊。

三十年間、毎日使い続けられたことで、すっぽんの味が鍋にしみ込んでいるからだという。
しかし、三十年間、壊れることなく残る鍋は、極々少数なのだという。
百の内、二つか三つあればいいほうなのだという。

その鍋の価値に感服し、「私の純金鍋と交換してくれ〜」といって、すっぽん料理店の店主を困らせるというオチ。

さて、いよいよここからが本題。

滅多にあることではないが、極々稀に、歯ブラシに歯磨き粉を付け忘れて歯を磨いてしまうことがある。
が、しかし、歯磨き粉が付いてないはずなのに、不思議なことに、普段と変わらず泡立つことがあるのだ。

そんなときに思うのである。

ああ、山岡さんがいっていたのは、このことか、と。  

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2017年03月17日

三日前に思う

一年で、僕が最も待ちわびている日といっても過言ではない日、春分の日。
その日まで、残すところ、本日も含めて三日。

待ちわびている理由を、今更詳しく書く必要もないだろう。
暑さ寒さも彼岸まで。
毎年、春分を迎えると、忌み嫌って止まない冬の終わりを実感することができるから。

だが、今年はどうだろうか。

というのも、ここ数日、ピーク時の寒さとまではもちろんいわないが、少し肌寒い日が続いていた。
曇り空が続き、陽が射していなかったのが原因だと思われる。

天気がよくなりさえすれば大丈夫、とは思うものの、冬への嫌悪感が強過ぎるからか、少々不安にもなってしまう。

で、本日。
久しぶりに好天に恵まれた。
所用があって外出したのだが、車の中だと暑いくらいだった。

が、風は少々冷たかった。
日陰に入ると、少し肌寒さを感じた。

春分までは三日。
本当に大丈夫なのだろうか。
今年も、暑さ寒さも彼岸まで、となってくれるのだろうか。

以上、オチなどない。
面白いことを書こうなどとは、全く考えてはいないのである。
ただ、今日現在の、切実な思いを吐露しただけなのである。

彼岸まで残りわずか。
春には、しっかりと頑張っていただきたい。
春としての本分を、しっかりと果たしていただきたい。
冬なんかに、負けないでいただきたい。

あと、このところ少し手抜きがち感じられる太陽には、もっと真剣にやるよう、苦言を呈しておきたい。  

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2017年03月16日

食べ過ぎたるは気持ちが悪くなるが如し(再)

以前は、何年もの間、全く食べることがなかった。
朝食を。

旅行などの際、年に一、二度あるかないか、といった感じだったと思う。
が、近頃は、時折だが、朝食を食べることがある。

食べてみて思ったのだが、朝食にのみ憧れていたわけではなく、ちょっと運動、朝食、ゆっくりコーヒーといった感じの、充実した朝に憧れていたのだと思う。
いや、今でも憧れている。

時折であれば、朝食のみなら実現可能なのだが、ちょっと運動、軽くランニングというのが、まず大きな壁になっている。
朝も何も、時間を問わず、やるやるいいながら、全く運動ができていないわけだし。

それに、ちょっと真面目に考えてみたのだが、僕が憧れを抱いている朝の過ごし方には、もっと大きい壁というか、問題があるような気がする。

というのも、軽く運動して、朝食を食べたら、きっと僕は、眠たくなってしまうような気がするのだ。
で、寝てしまうと思うのである。

五年前、夢は見ている間が美しいと書いているが、朝食を食べた後、すぐまた寝てしまい、夢は夢でも違う夢を見ているようでは、美しいも何も、大人としてどうかしてしまっていると思うのである。

などなど考えると、僕が憧れの朝を迎える日が来るのは、なかなかに難しいことだと思われる。

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『食べ過ぎたるは気持ちが悪くなるが如し』(2012/03/03)

昔から、朝食に憧れている。

朝起きて軽くランニング。
その後にシャワー。
朝食。
ゆくっりとコーヒー。
余裕を持って家を出る。

そんな朝を過ごすのが夢だ。

ということを人にいうと、「すればいいやん」といわれる。
いつも。

できないから憧れるのだ。
できないから夢なのだ。

健康のことを考えても、朝食をとったほうがいいのはわかっている。
ダイエット的にも、朝昼はたくさん、夜は少なめ、が理想だというし。

わかってる。
わかっているけど、できないから憧れるのだ。
わかっているけど、できないから夢なのだ。

そんな中、今朝、所用があって早朝に起きた。

こんな機会は滅多にないしと、喜び勇んで朝食を食べた。

ら、食べ過ぎた。
気分が悪くなった。

調子に乗ってはいけない。
慣れないことはしない。
夢は見ている間が美しい。

などなどの言葉が、次から次に浮かんできたが、最後に残った結論は、「しばらく朝食はいい」であった。  

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2017年03月15日

疑心暗鬼(再)

たかれて差まっつで…

読み直していて、当然思った。
何だこれ、と。

が、五年前は、どうにか解読している。

五年前の時点で、もう暗号メールは届かなくなっていたと書かれている。
それでも、いくらか残っていたのだろうと思う。
「慣れ」が。

五年経って、読み直して、全く解読不可能だった。
「慣れ」が、完全になくなってしまっているからだと思う。

たかれて差まっつで…

これが解読できるのである。

「慣れ」ってすごい。

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『疑心暗鬼』(2012/02/29)

母から携帯電話にメール。
実家に行く約束をしていたのだが、延期してくださいという、断りのメールだった。

そのメールに、こう書かれていた。

たかれて差まっつで…
と。

久しぶりの暗号メール。
メールを始めた当初は、入力、変換がおぼつかなく、頻繁に暗号メールが届いた。
が、近頃ではほとんどなかったのだが。

延期したいという状況をヒントに解読を試みた結果、「つかれてしまったので」と書きたかったのではないかと予想。

それにしても、そのメールに、興味がないので名称がわからないのだが、「デコメ」ってやつなのだろうか、メールの背景に可愛いイラストが付いていた。

入力、変換に四苦八苦し、スパイばりに暗号メールを送信しまっくていたことを考えると、大きく進歩したと思う。
とは思う。

が、しかし。
疲れているのなら、そんな余計な装飾は施さなくていい。
し、そんな余計な装飾を施すくらいなら、きちんとした日本語で送って欲しいと思う。

が、が、しかし。
それらのことは些事である。
僕は非常に心配しているのである。
心の底から心配しているのである。

明太子のことをである。
そう、一つ前の記事に書いた明太子のことである。

延期を申し渡されたのは、実は僕だけで、僕以外が全員集まっているのではなかろうか、と。
そして、高級百貨店で買ってきた、様々な味の明太子を、僕をのけ者にして、皆でぱくりぱくりと食べたんじゃないか、と。  

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2017年03月14日

誰かちごうとうよといっちゃってん

一つ前の記事をUPした後に思ったこと。

一つ前の記事に書いたように、福岡といえば明太子が有名ではあるが、それなりにお高いので、福岡のどの家庭でも常備されているわけではない。

と、思っている。
認識している。
間違っていないと思う。

が、思ったのである。

その僕の認識が間違っているということはないのか、と。
明太子がお高いので、一般家庭に常備されていないというのは僕の認識違いで、実際は、福岡のどの家庭にも、当たり前のように常備されていたりして。

だとしたら、家族が、明太子をちびりちびりと口にし、僕がぱくりと食べると怒り出すのも理解できる。
だとしたら、非は、僕にこそあると思う。

多分、大丈夫だとは思うのだが、仮に、もし本当にそうだったとしたならば、今後は、決してぱくりと食べることなく、ちびりちびりと食べるようにしたいと思う。

でも、きっと、味が変わってしまうと思う。
どんなに辛めの味付けの辛子明太子だったとしても、しょっぱく感じてしまうことだろう。

多分、泣いてしまうので。  

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2017年03月13日

しめしめ(再)

スナック菓子などで時折、ご当地限定味などが発売されることがある。
駅や観光地などで、お土産として売られていることも多い。

福岡は名物が多い気がする。
美味しい名物、知名度の高い名物が、他の都府県より多い気がする。

が、そのような限定味などのときは、明太子が採用されることが多い気がする。

明太子が比較的何にでも合うからという理由も大きいだろうが、福岡といえば明太子というイメージが大きいのも、明太子が選ばれる理由の一つだと思う。
かくして、更に、福岡といえば明太子とイメージが強くなっていくのだとも思う。

他県の人たちは、福岡といえば明太子、味に申し分なし、最高のご飯のお供でもあるし、福岡の家庭には、必ず冷蔵庫に明太子が常備されていることだろうと思ってはいないだろうか。
誤解だというのに。

明太子は安くないのである。
それなりの値段がするのである。
自宅用に買うことももちろんあるが、贈答品であることも多いのである。
常備されている家庭は、稀だと思われる。

だからこそ、である。
そう、だからこそ、なのである。

血を分けた家族が、諍いを起こす原因になってしまうのである。
ぱくりと食べるかちびちび食べるか、というような理由で。

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『しめしめ』(2012/02/28)

先日、明太子が原因の家族の諍いについて書いた。
その中でも書いたが、母が、妹一家や弟一家には明太子をお裾分けしたが、僕にはしなかった。
してくれなかった。

そんな中、実家へ行くと、後ろめたさを感じたのか否かはわからないが、母が、デパートで、そう百貨店で、高級百貨店で、様々な味の明太子をお土産に買ってきてくれていた。
いか明太などの定番もあれば、カルボナーラ明太などの珍しいものもある。

母が、「これとこれがあんた。これとこれは……」と分けていく。

そこで僕からの提案。
せっかくこれだけいろいろあるのだから、皆が集まったときに、皆で全てを食べよう、と。

そっちのほうが楽しそうでいいねと、母も提案に乗ってきた。

実家からの帰り際。
さっきの明太子の、母が僕の分と想定した明太子は、きっと僕以外はお気に召さない、だから持って帰るよと、言葉巧みに誘導し、自分の分だけ持って帰ってきた。
残りの明太子は、せっかくだから皆で食べようねと、念を押すのも忘れてはいない。

いうまでもないが、自分の分は、ちびりちびりと食べる予定。
残りはもちろん、ぱくりぱくりと食べてやる。  

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2017年03月12日

僕は常識人なので、ここで映画のタイトルを書いたりはしない(再)

以下の過去記事に出てくる映画。
まだ観ていない。
そして、タイトルが思い出せない。

では、タイトルを書かなかったのは、五年前の僕のファインプレーだったかといえば、そうともいえない。
パッケージなりを目にすると、あ、この映画だと、気が付くと思うのである。
そして、ってことは誰かが泥棒か、と思ってしまうはずである。

この件は、以下の過去記事を読み直すまでは、すっかり忘れてしまっていたように思う。
まあ、今となっては、本当に忘れてしまっていたのか否かを、確認することはできないけど。

どちらにしたって、今は、思い出してしまったのだ。
その事実が全てである。

タイトルは思い出せないけど、いつか、その映画を観る機会に恵まれたとき、これらのことをすっかり忘れてしまっていることを、今は願うばかりである。

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『僕は常識人なので、ここで映画のタイトルを書いたりはしない』(2012/02/24)

実家でのこと。
母が映画の話を始めた。
先日、観たかった映画をテレビで観たという。

それは、観たかった映画。
まだ観ていない。
いつか観たいと思っている。
と僕。

一緒にいた弟は劇場で観たのだという。

すると、母が弟にこういったのである。
「ねえ、ねえ。あの人が泥棒だって、いつからわかっとった?」

いやいやいやいや。
お母さま。
僕、たった今、観たかった映画、まだ観ていない、いつか観るっていいましたよね。
いったばかりですよね。

なのに、「あの人が泥棒って、いつからわかってたか?」ですか?
映画の内容は全く知りませんでしたが、そのほんの一言を聞いただけで、それが物語のラストのオチだと容易に想像がつきますよ。
それを聞いてしまった後では、物語の前半、かなり早い段階で、全貌が明らかになってしまいそうですよ。
劇場料金が1800円だとしたら、1600円分くらいがその一言に集約されていると思いますよ。

記憶を消す方法をご存知の方がいらしたら、ぜひとも教えていただきたいものである。  

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2017年03月11日

メーカーの希望は受け付けておりません(再)

この、明太子ぱくり問題は、かなり以前からいわれ続けてきた。
十年は確実に経っていると思う。

が、以下の過去記事を読み直していて、初めて気が付いた。

ぱくりと食べたらいけないのであれば、ぱくりと食べても問題ない大きさに切り分けて出してくれたらいいのに、と。

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『メーカーの希望は受け付けておりません』(2012/02/23)

以前にも書いたことがあるのだが、家族からよく、明太子の食べ方で怒られる。
大きな塊をぱくりぱくりと食べるのが、贅沢過ぎるというのだ。
ちびりちびりと食べろ、と。

ということを思い出したのは、つい先日も、同様のことがあったからだ。
実家で食事をしたときに。

食事の最後に、明太子が結構な塊で残ってしまった。
ご飯はあまり残っていない。
贅沢だとは思ったが、全部食べてしまっていいといわれていたので、一口でぱくり。

や否や、弟が声を挙げた。
「いやいやいやいや」と。
「ご飯がほとんど残ってないから、明太子を食べるのならおかわりすればいいと思ったけど、まあ、口に出すほどのことでもないかと思って黙っていたけど、まさか、一口で食べるとは!」と。

すると、母も加わり、やいのやいのと責め立てるのである。

「それだけの量があったら、ご飯が三杯は食べられる」
「ぱくりと一口で食べるのが許されるのは、賞味期限間近のものだけ」
「ぱくりと食べるときは、皆に断りを入れてから食べなければならない」
などなどと。

こんな歳になって、明太子の食べ方でここまで文句をいわれるとは。
明太子くらい、好きなように食べさせて欲しい。
誰に迷惑をかけているわけでないし。
だいたい、「本当はあんたにもお裾分けしようと思っていたけど、ついつい食べてしまったから、これだけしか残っていない。だから一人で全部食べていいよ」といわれた明太子、しかもほんの一塊。
何で文句をいわれなければならないのだ。

と、ここまで書いてはみたが、オチとかはない。
単に腹立たしさをぶつけているだけなので。

ああ、そうだ。
今後、彼らの誕生日などには、明太子を贈ることにしようと思う。
もちろん、賞味期限間近のやつを。

だって、そうじゃないと、ぱくりと食べることができないんでしょ?  

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