2016年05月25日

ノズルが鼻

先日、消火器の使い方についての話を耳にする機会があった。
そこで、消火器の使い方のキーワードとして、「ピノキオ」というものがあることを聞いた。

ピ。
(消火器の)ピンを抜く。

ノ。
(消火器の)ノズルを構える。

キ。
(火元との)距離を置く。

オ。
(レバーを)押す。

だそうだ。

耳にしてから思い出したのだが、この「ピノキオ」話を聞くのは、おそらく二度目か三度目だ。
が、いわれるまで、全く記憶になかった。
万が一、消火器を使用しなければならない事態に遭遇していたとしても、思い出すことはなかったであろうと思う。

ということは、今後、万が一そういう状況に陥っても、やはり「ピノキオ」を思い出す可能性は低いだろう。
これが、僕個人だけの問題であれば、単に僕が駄目なだけという話だが、もし、僕以外にも、同様のことが起こり得るのであれば、せっかくの「ピノキオ」というキーワードも、あまり意味がないということになる。

で、思ったのだが、であれば、消火器のデザインを、ピノキオにするというのはどうだろうか。
消火器は赤でなければ、という意見もあることだろう。
であれば、赤い服を着たピノキオにするなり、方法はいくらでもあるだろう。

消火器自体がピノキオになっていれば、さすがに誰でも、キーワードとしての「ピノキオ」を忘れることはないだろう。
消火器を使用しなければならない事態に遭遇したとしても、消火器を手にする際、見たからにピノキオなのだから、きっとキーワードも思い出し、正しい使い方ができるのではないのか。

また相変わらずくだらないことを、と思われるかもしれないが、実は、今回に限っては、結構真面目に考えているのだが。  

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2016年05月24日

ヒントは「僕が即答」 他(再)

実は、ここしばらく、『サザエさん』を観ることができていない。
もちろん、録画はきっちりしているけど。
複数の録画機器で。

『サザエさん』を肴に、サザエをではない、『サザエさん』を鑑賞しながら、深夜、独りでお酒を飲んでいた頃が少し懐かしい。

『サザエさん』を観ながら赤ワインを独りで飲んで、飲む過ぎて吐いたのは何年前のことだったか。

『サザエさん』を観ながら日本酒を独りで飲んで、飲む過ぎて吐いたのは何年前のことだったか。

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『ヒントは「僕が即答」』(2011/05/15)

先日、とあるお店に入ったときの話。

そのお店ではラジオが流れていて、ちょうどクイズコーナーの様子。
問題が耳に入ってきた。

「問題です。「子供は風の子」といいますが、では、フネの子供は誰でしょう?」

即答である。
いや、瞬答とさえいえる。
簡単過ぎる。
問題と呼ぶに値しない。

さて、答えは。。。

簡単過ぎるので引っ張るほどでもないですが、せっかくなので、正解は明日、次の記事で。

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『大甥、又甥、姪孫(てっそん)ともいうそうです』(2011/05/16)

解答編。

問題。
「子供は風の子」といいますが、では、フネの子供は誰でしょう?

一つ前にも書いたように、僕にはあまりにも簡単過ぎるのだが、一般人は腑抜けの集まりのようだ。
ラジオのリスナーが、続けて二人も間違っていた。

ラジオの人 「さて、お答えをどうぞ」
リスナーA 「えーと、ワカメちゃん」
ラジオの人 「と?」
リスナーA 「え? あ、カツオくん」
ラジオの人 「と?」
リスナーA 「え? え? イクラちゃん?」
ラジオの人 「ああ、残念。不正解です。イクラちゃんはあんまりですよー」

確かに。
あんまりだ。

ラジオの人 「では、次の方どうぞ!」
リスナーB 「カツオとワカメ」
ラジオの人 「と?」
リスナーB 「と……タラちゃん?」
ラジオの人 「うーん、残念」

って、どうしてそんなに間違えるんだ。
国民的アニメだぞ。

結局、ようやく三人目のリスナーで正解が出た。

書くまでもないだろうが、一応正解を。

磯野フネさんの子供は、サザエさん、カツオくん、ワカメちゃん。
タラちゃんは孫。
イクラちゃんは、義理の甥の息子。  

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2016年05月22日

季節柄冷製で

非常に気乗りしない予定というか、用事というか、ちょっとした集まりがあった。
許されることなら、不参加を決め込みたいところだった。

が、そういうわけにもいかず参加。
で、終了。

何だろう、この晴れ晴れしさは。
憂鬱な予定が終わった後の、この開放感たるや。

更にというか、比べるまでもなく優先順位の高い案件がまだまだ山積しているのだが、もうそれらも、どうでもよくなるかのような開放感だ。

まあ、どうでもいいわけないのだけど。
山を切り崩していかなければならないのだけど。

ああ、現実逃避がしたい。
直接的な表現だと、サボりたいといったところか。

ちなみに、サボるの語源はフランス語のサボタージュという言葉らしい。
破壊活動を意味するらしい。

別に、破壊活動をしたいわけではない。
そこまで、攻撃的な気分ではない。
ちょっと、逃げ出したいだけである。

うーん、そうだ、サボタージュではなく、新じゃがだかアスパラだかのポタージュを作るというのもありかも。
現実逃避として。  

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2016年05月21日

諸行無常の響きあり(再)

二万年も前の氷が、ものの数分で解けてなくなってしまうというのに、僕の身体に付いた余計な脂肪は、いっこうになくならない。
減りもしない。
簡単に増えるくせに。

だが、そんなことも、二万年という悠久の時の流れの前では、あまりにも些事だ。
気に病むことでもないか。
まあ、別にこのままでもいいか、、、、、、、、、いいのか?

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『諸行無常の響きあり』(2011/05/14)

本日、とある場所で、冷たいお茶をいただいた。
そこに入っていた氷がすごい。
二万年前の南極の氷なのだそうだ。
南極調査隊関連のお仕事をされている方から、お土産としていただいたそうなのである。

氷の中には無数の気泡が入っていた。
二万年前の空気というわけだ。
耳を澄ますと、氷が解けるとともに、ぷちぷちと二万年前の空気が弾ける音が聞こえるそうだ。

二万年。
あまりにも想像を絶する数字だ。

そんなはるか古代から存在したものが、目の前で、ものの数分で解けてなくなってしまう。(そして、僕のお腹の中に)

世の中はあまりにも儚い。
正に諸行無常。

blogに書く面白いことがない。
面白いも何も、そもそも何も書くことが思い浮かばない。
気が乗らない。

そんなちっぽけなことで、うだうだ思い悩むのは止めようと思った。
おやすみなさい。  

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2016年05月20日

そのためのアポストロフィのS

店舗等の名前、屋号に、人名を用いたり、そのまま人名ずばりだったりするお店もないわけではない。
特に、スナックなどによく見受けられる気がする。

ええ、一つ前の記事の続きです。

ふと、思ったのである。
「SNACK RIVER」と「SNACK RIVER'S SIDE」は、オーナーが一緒というわけでもなく、RIVERの隣だからSIDEを名に冠したわけでもないという可能性も、絶対にないわけではないよな。
と。

しかも、川が近くにあるわけでもない。
だとすれば、五年前も少し書いているが、オーナーなり店主なりの名前から命名された店名という可能性もあるだろう。

「SNACK RIVER」は、オーナーなり店主なりの姓が「川」、あるいは「河」。
川さんだか、河さんのお店。

「SNACK RIVER'S SIDE」は、オーナーなり店主なり、あるいはママさんの名前、しかもフルネームの推測ができる。
そう、「川野ほとり」か「河野ほとり」。
ほとりさんのお店なのである。

ほとりさんの両親が、姓が川野なり河野なのに、わざわざ「ほとり」などと名付けるだろうかと思わないでもない。
が、ほとりさんが、川野さんなり河野さんと結婚したのだと考えれば合点がいく。

うーん、全ての真相を、これまで以上に確かめたくなってきた。
が、川さんなり河さん、ほとりさんのお店なのかどうかなどは、外から見るだけでは確かめようがない。
少なくとも、どちらかのお店には入る必要があるだろう。

が、僕は、スナックに入ることがまずない。
以前は、付き合いで、時折入ることはあったが、もう何年も行っていない。
この先の人生で、再び入ることがあるだろうか、とさえ思うほどである。

なので、誰か僕の代わりに、それらのお店に行き、確認してきて欲しいと思う。
その場合、重要なことが二つ。

一つ目。
泥酔し、確認した内容を忘れてしまうような人選をしない。

二つ目。
自己負担でよろしく。

ああ、本当に、誰か行ってくれないだろうか。  

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2016年05月19日

川沿いリバーサイド♪(再)

以下の過去記事。
五年前は、アポストロフィのSに納得しているようだが、今読み返して考えると、どうも納得がいかない。
僕の英語力の低さが問題なのかもしれないが。。。

もしかしたら、五年前の僕の見間違いで、「SNACK RIVER'S SIDE」ではなく、「SNACK RIVER SIDE」だったのだろうか。

それほど遠方でもないので、次の機会にでも、確かめてみるか。
両店とも、まだあるだろうか。

もしまだ営業していたとして、再び目にしたとしたら、RIVER'SにしろRIVERだったにしろ、 「やっぱり川がないのに、何故RIVERなのか?」というもやもやが、再燃することになるのだろうけど。

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『川沿いリバーサイド♪』(2011/05/13)

本日、外出した際、信号待ちの車内から目にしたものの話。

信号待ちで車が止まったとき、とあるスナックの看板が目に入った。

「SNACK RIVER'S SIDE」

「スナックリバーサイド」と読めばいいのか。
しかし、川なんて全くない街の中。
何故リバーサイド?

理由として思い付いたのは、井上陽水先生のファンなのか、スナックのオーナーの苗字が「横川」とかか。

そんなことをあれこれ考えていると、ふと、隣のお店の看板が目に留まった。

「SNACK RIVER」

ああ、そういうことですか。
「スナックリバー」の横だから「スナックリバーサイド」。

よく考えれば、リバーサイドならスペルは「river side」だろう。
だが、看板は「river's side」。
なので、店名は「スナックリバーズサイド」が正しいのかもしれない。
アポストロフィのSが肝だったわけだ。

と、そこまで考えたところで信号が青に。
信号待ちの間に、(正解か否かはわからないまでも)納得のできる解答が見付かってよかったと思いながら車を発進。

と、ここまで書いて思った。
じゃあ川もないのに、何で「SNACK RIVER」?

ああ、すっきりしたと思ったのに。。。  

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2016年05月18日

オサケトモイウ(再)

副作用をより正確に書くと、ラーメンが食べたくなるではなく、ラーメンも食べたくなる。
ラーメンも、あれも、これも、どれも、食べたくなる。

この副作用がなくなると、ダイエット的にはかなりありがたい。
が、そこがまた魅力の一つでもあるので、非常に悩ましいのである。

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『オサケトモイウ』(2011/05/11)

所用があり、明日、早朝に起床しなければならない。
いや、朝が苦手な僕にとっては、まだ夜中といってもいい時間かも。

早く起きるには、早く寝なければならない。

が、いつも遅くまで起きている僕にとって、急に早く寝なければならなくなっても、それがなかなか難しいのだ。

しかし、起きないわけにはいかない。
寝坊は許されないのだ。
そのためには、早く寝なければならない。

世の中には、睡眠薬というものがあるらしい。
様々な種類のものがあるらしい。

そのようなものに頼るのは本当は不本意なのだが、場合が場合だけに仕方がない。
これから服用しようと思う。

効能の一つは眠くなること。
体質にもよるが、気分がよくなるという効能もある。

副作用は、場合によっては気分が悪くなること。
服用量が多過ぎた場合は特に。

他にもいろいろと副作用があるのだが、そのうち一つとても困った副作用があって、それは、ラーメンが食べたくなるというものである。

これらの副作用に気を付け、これから服用したいと思う。  

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2016年05月17日

抗うためにも

先日、午後の話。
椅子に普通に座っていて、うーんと背伸びをしたら、背中、正確には肩甲骨の辺りをつりそうになった。

痛かった。
しばらく動けなかった。
涙が出た。

今思うと、涙が出たのは、痛かったからばかりではないと思う。

必ず誰にでも忍び寄る、例の奴なのか?
そうなのか?

認めたくない。
認めたくはない、まだ。

忍び寄る例の奴を追い返すためにも、そして、また涙しないでいいようにも、もっと真面目に運動したいと思う。  

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2016年05月16日

ジコセキニンデヨロシク

一つ前の記事の続き。

インターネットが発達、普及し、もはや生活インフラ、ライフラインの一つとして数えてもいいのではないかともいえる現代。
知りたいこと、わからないことは、以前に比べると驚くほど簡単かつスピーディに、そのほとんどの答えを知ることができるようになった。

が、何でもすぐにわかってしまっては面白くないので、すぐに知る必要がないことは、疑問を感じてもあえて放置し、その正解、情報と巡り会える日を楽しみにしたりしている。

で、一つ前の記事に書いた、牛乳パック等のパックの開け口は、開け口でない側より、開封し易く作られているのかという疑問も、あえて調べないことに。

が、一つ前の記事をUPした後に思った。
ネットで検索し調べなくとも、その正解を調べる方法、確かめる方法があるではないか、と。

そう、自分の手で確かめるのである。
僕の考えた方法はこうだ。

未開封のパックを、目を閉じて開封。
自分の手で、開封し易かったか否かを感じる。
で、目を開け、今開けた開封口が、正しく開封口だったかそうでないか確認。

これを繰り返していけば、開封口が開封し易く作られているか、確かめることができるのではないのかと思うのである。

特に理由はないが、近頃は、パックの商品を購入していない。
が、欲しくなった。
買いたくなった。
中身に関係なく。

あ、中身に関係なくと書いて思ったのだが、何が入っているか、というよりメーカーによってだろうが、開封し易い、そうでもないもあるに違いない。
それも調べたくなってきた。

皆さんもいかがですか?

ただし、目を閉じて開封するので、中身をこぼしてしまう恐れもありますが。
あるいは、開封に失敗し、結局両側とも開けないとならなくなるリスクもありますが。
そして何より、検索するとあっさり答えがわかる可能性もありますが。  

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2016年05月15日

特に「折り込み線」という表現が伝わるかどうか。。。(再)

開封口の側は、開き易いよう、糊付けが甘くというか軽くというか、とにかく開き易いように作られている。
と、何かで目にした気がする。

以下の過去記事を読み進めながら、そのことが書いてあるかと思ったら、全く触れていなかった。
ということは、この記事を書いた後、そのことを知ったのかもしれない。

が、本当にそうか。
本当に、何らかの記事だかで目にしたのか。
単なる思い込みではないのか。
見たとはいっても、夢なのではないか。

調べるのは簡単。
正解は、すぐにわかることだろう。
が、それでは面白くない。

正解を知るその日を、楽しみに待ちたいと思う。

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『特に「折り込み線」という表現が伝わるかどうか。。。』(2011/05/10)

牛乳パックの話。

立方体のほうである。(まあ、今は三角錐のパックはなかなか見ないけど)
いわゆる、一般的な牛乳パック。

そのパックの開封口だが、どちらでもいいというわけではなく、片方に定められている。
「あけぐち」などと明記がしてあり、開きやすいように予めパックに折り込み線が入ってもいる。

さて、ここからが本題。

先日、パックの開封に失敗した。
一度目できちんと開かずに、強引に開いたところ、口は開くに開いたが、パックの内側の紙は閉じたままの状態になってしまった。(紙の薄皮が残ったような感じ)

仕方がないので、本来は開封口ではない反対側を開いた。(ちなみに、もう一つの対応策は、強引に指を突っ込んでの開封)
すると、とりあえず開封に成功はしたが、明らかにパックの強度が落ちた。
注ぐときに、不安は否めない感じ。

と、そんなことがあったとき、僕は二つのことを思った。

一つ目。

牛乳パックの開封口は、開封口と定められた側とそうでない側で、何か違いがあるのだろうか。
開封口のほうが、開封口として優秀にできているのだろうか、と。

「あけぐち」等の表示は、見た目の問題なので関係ない。
口を開きやすいように入れられた斜めの折り込み線は、無関係ということはないだろう。

では、それだけだろうか。
反対側との違いはそれだけなのであろうか。

それとも、開封口とされたほうは、パックの糊付けが特別で、開きやすいようになっているとかあるのだろうか。

二つ目。

昔は、そう幼少の頃は、もっと頻繁にパックの開封に失敗していた気がする。
仕方なく、反対側を開けていた気がする。

しかし、今や、最後に失敗したのがいつだったのかさえも思い出せない。
それほどまでに、現在では、パック開封に失敗することはなくなっている。
そんなことを、今回どれだけかぶりに失敗するまで、全く思い出すことがないほど、それほどまでにパック開封の失敗率は下がっていたのである。

技術革新だろうか。
それとも、単に僕個人が大人になったことで、牛乳開封に失敗しなくなったのだろうか。
もしかして、牛乳開封に失敗しなくなる、それが大人になるということなのだろうか。

以上。
オチとかはないです。

共感が得られるだろうか、いやそもそも、書いていることが伝わるだろうかと思いつつ、ここまで書き進めたのでした。  

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2016年05月14日

近年は丸腸がお気に入り(再)

「僕の日」の定番アイテム。
とても一つに絞れそうにない。

ということは、やはり、年に一日では駄目だということだ。
月に一日は「僕の日」を設ける必要があるだろう。

うーん、、、でも、定番アイテムを、たかだか十二に絞ることができるだろうか。
非常に困難な気がする。

うーん、、、、、、、、、週一か?

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『近年は丸腸がお気に入り』(2011/05/09)

一つ前の記事を書いた後も、「僕の日」制定の夢は広がるばかりだ。

日にちを考えるのはもちろんだが、それとは別にぜひとも決めたいことがある。
それは「定番アイテム」についてだ。

母の日であればカーネーション。
こどもの日であれば、こいのぼり、かぶと、ちまきや柏餅。
などなど。
具体例を挙げるときりがない。

であれば、「僕の日」にも、定番アイテムが必要だろう。

候補は、これまでblogでも散々書いてきたあん肝やかに味噌。
チーズや牡蠣に餅。
カレー、ラーメン、寿司、焼肉なども捨て難い。
それから、丸腸も外せない。

夢は広がるばかりである。  

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2016年05月13日

もちろん誕生日以外に(再)

まあ、現実には、誕生日はもちろん、それ以外の日も、気持ちの持ちようによっては、365日毎日が「僕の日」なのではあるが。

なので、毎日のように、おさ、、、(以下略)

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『もちろん誕生日以外に』(2011/05/08)

本日は母の日。
数日前はこどもの日。
その前日はみどりの日。

これだけいろいろな「日」があるのだから、「僕の日」があったっていいのではないかと思った。

みどりの日なんて、『サザエさん』のサザエさんの声優であられる加藤みどり様をはじめ、伊藤みどりさん、うつみ宮土里さん、辛島美登里さん、五月みどりさんなどなど、全国のみどりさんの日だ。

であれば、「僕の日」があったっていいと思うのは、それほど不遜なことではないと思うのだが、どうだろうか。  

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2016年05月12日

詭弁かつ矛盾に満ち溢れたblog(再)

以下の過去記事のような解釈もできるが、また違う解釈も思い付いた。

それは、子供たちに、大人になれば自己責任の元、好きなことを好きなように行動する自由があるということを、身を以て示す日。
早く立派な大人になれよ、というメッセージを送る日。
という解釈。

まあ、こどもの日に限らず、いつものことなのだが。

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『詭弁かつ矛盾に満ち溢れたblog』(2011/05/07)

先日、愛すべき甥っ子、姪っ子たちの、初節句やら誕生日やらこどもの日やらのお祝いを、家族で盛大に行った。
宴席は遅くまで盛り上った。

で、今になって思った。
いつまでもお酒を酌み交わす僕らを見て、子供らはきっとこう思ったのではないだろうか。
「どっちが主役だよ」と。

こういうのを、大人気ないというに違いない。

うん?
大人気ない?

大人気ないということは、子供っぽいということだ。
子供っぽいということは、子供ということだ。
子供ということは、こどもの日のお祝いの当事者になってもいいということだ。
ということは、飲んでもいいということだ、お酒を。(成人していれば)

なーんだ、何の問題もないじゃあないか。
成人してるし。  

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2016年05月11日

ナカッタコトニシテホシイゼイ

毎年、この時期に、招いてもいないのにやって来るもの。
そう、それは悪魔の通知。

五月になり、初夏の訪れの喜びをぶち壊し、多くの人から笑顔を奪うもの。
頼んでもいないのに、ポストに投函されるもの。
そう、それが悪魔の通知。

そう、自動車税納税通知書だ。

毎年思うこと。
払わなければならないのだろうか。
納めなければならないのだろうか。

毎年思うこと。
払わなければならないのだろうね。
納めなければならないのだろうね。

あーあ。
あーあ。
あーあ。

払わなくていいなら払いたくないゼイ。
納めなくていいなら納めたくないゼイ。  

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2016年05月10日

店内が綺麗だったら、更に星を増やしてもいいのだが

一つ前の記事の続き。
中毒になったかのように、ラーメンを食べるために足を運んでいる飲食店の。

幸いにも、その飲食店が特定されるようなことを何も書いていないので、先日、その店で目にしたことも、書いても差し支えないだろうと思う。

ということで、本題。
先日、そのお店で食事をしていたときのこと。

時間は昼過ぎ。
お昼のピークは終わったであろう頃合い。
店に入ると、それでも数組のお客さん。

その中の一組が、男女の二人組。
すぐ隣のテーブル。
正確には、僕の座った位置からは、背中側にあるテーブル。

なので、二人の年恰好などは、詳しくはわからない。
ただ、声の感じからは、それなりの年齢。
若い男女というよりは、中年以上。
女性については、それなりのご年配だと思われる。

そんな男女が、それほど広くもない店内、僕も含め他にもお客さんがいる中、声を落とすことなく、このような話をしていたのである。

女性は、四ヶ月前にご主人が他界。
そんな女性に、いい寄る男性がいる。
主人が亡くなってまだ四ヶ月しか経っていないから、とてもその男性の気持ちには応えられない。
が、しつこい。

というような話。
で、その女性よりは若いと思われる男性が、その話について意見するというか、アドバイスしているという感じ。

正直、他人のそのような話は、聞いていても全く面白くない。
むしろ、少々不快でさえある。
が、聞きたくなくとも、否応なく耳に入ってくるボリュームで話し続けているのである。

その二人が店を出るときわかったことではあるが、女性は七十代、男性は四十代といったところか。
話の内容も内容なら、組み合わせもよくわからない感じだった。

と、今書いたが、その二人は先に店を後にしたわけである。
が、それはたまたまなどではなく、お店の人に促されたのである。

どうやら、その二人は、常連さんだか、お店の人と親しいかだかのようだったが、お店の人から、言葉自体は柔らかながらも、確固たるトーンで、お店を出るように促されたのである。

確かめたわけでもないし、確かめようもないが、おそらくお店の人は、その二人の会話が、他のお客さんの迷惑になっていると判断し、退出を促したのだと思われる。
そう、追い出してくれたのだと思うのである。

中毒になっているほどの味なので、既にそれなりの数の星を付けていいという評価なのだが、そのときの対応だけでも、星一つは多過ぎだとしても、星半分ぐらいプラスしてもいいと思ったのである。

うーん、書いているうちに思い出してしまい、また食べたくなってきた。
やっぱり、中毒性の高い、法に触れるような、口にしてはいけない何かが入っているのではないかと思えてしまう。

ま、もし本当にそうだとしたら、あんな値段で提供できるわけがないけど。  

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2016年05月09日

タベタッタイッテイイヨウッタイ

一つ前の記事の続き。

果たして、僕はラーメンを食べたか。

食べた。
そう、食べた。

といっても、さすがに記事を書いてUPした深夜には食べていない。
いや、正確には、耐えた、耐え忍んだというべきだろう。

で、翌日というか、その日の午後、遅めの昼食として食べた。

もう、ちょっとした中毒症状だ。
もしかしたら、あのラーメンには、法に触れるような何か、本当は口にしてはいけない何かが入ってたりして、、、とさえ思えてきた。  

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2016年05月08日

タベタイッタイッテイイヨウッタイ

一つ前の記事の過去記事の前文としては、元々、違うことを書くつもりだった。
が、驚きの偶然があり、結局、そちらの話を書いた次第。

で、元々書こうと思っていたこと。

一つ前でUPした過去記事を読んで思い出したのだが、このところ、時折を足を運んでいる飲食店の店主の方も、ほとんどラーメンを口にしないといっていたのを思い出した。
友人知人とお酒を飲むに行き、この辺りでは半ば当然の流れとして、最後にラーメン店に入ったしても、自分だけは餃子を食べたり、ビールを飲んだりしているのだという。

聞くと、別にラーメンが嫌いなわけではないという。
だったら、食べたらいいのにと思う。
そして、それ以上に、福岡に住んでいてほとんどラーメンを口にしないということに、やはり驚きを感じてしまう。

もちろん、味、食べ物の好みは人それぞれ、他人がとやかくいうことではないとはわかっている。
しかし、ここ福岡では、ラーメンを食べないという人の話を聞くと、驚きを感じてしまうほど、ラーメンが市民権を得ていると思うのである。

さて、昨日、今日と、ラーメンの話を書いた。
断るまでもないかもしれないが、ここでいうラーメンとは、福岡でいうラーメンとは、いわずもがな、とんこつラーメンのことである。

僕自身にとっても、ラーメンといえばとんこつラーメンである。
当然である。

が、そんな僕に、近頃、ちょっとした異変が。
というのも、近所のとある飲食店のラーメンが、非常に美味しいのである。
が、が、そのラーメンは、とんこつラーメンではないのである。
が、が、が、あまりの美味しさに、このところ、週に一度は口にしているのである。

さて、昨日、今日と、ラーメンの話を書いた。
断るまでもないかもしれないが、ラーメンが食べたくて仕方がない。
今、食べたい。
今すぐ食べたい。

近頃お気に入りのラーメンでもいいし、王道とんこつでもいい。
今、食べたい。
今すぐ食べたい。

昨日、今日の記事で書いた彼らは、こんな気持ちにならないのだろうか。
驚きを通り過ぎて、不思議ですらある。

が、そんなことは、もうどうでもいい。
ラーメンが食べたい。
今、食べたい。
今すぐ食べたい。  

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2016年05月07日

昨日も食べた(再)

日付が変わってしまったので、昨日というべきか、本日というべきかは迷うところだが、午後、以下の過去記事を目にした。
過去記事に登場する青年が誰だか、正直、正確には覚えていなかった。

で、その後、夕方のこと、とある顔見知りの青年と話をする機会があったのだが、そこで思った。
もしかしたら、この青年のことだったかもしれない、と。

で、青年に質問。
ラーメンは年に一、二度しか口にしないという。
おそらく、以下の過去記事は、この青年のことで間違いないだろう。

その青年には、会わないときは、半年以上は会わないこともある。
会ったとしても、数ヶ月に一度程度である。
が、彼のことを書いた記事を読み直した日に、彼に会うことになるという偶然に驚きである。

まあ、福岡に住んでいて、ラーメンを年に数回しか食べないということのほうが、もっと驚きなのではあるが。

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『昨日も食べた』(2011/05/06)

一つ前の記事を書いていて(手抜きだけど)、(既に日付は変わったが)本日午後に会った青年のことを思い出した。

その青年とラーメンの話になったのだが、その青年がいうには、ラーメンを年に一度か二度しか食べないというのだ。
ラーメンが嫌いな訳ではないという。
地元は福岡だという。

僕は思った。
心から思った。

嘘だ。
そんなのは嘘だ。
と。

九州は博多、福岡に生を受け、そして福岡に住んでいて、ラーメンを年に一度か二度しか食べないなんて。
嫌いなわけでもないのに、年に一度か二度しか食べないなんて。

僕なんて、ラーメンとカレーだったら、毎日でも大丈夫だ。

僕はもちろん、健康で一般的な福岡人(あるいは日本人)でラーメンが嫌いでなければ、その青年が一生で食べるラーメンの数を、とうの昔に食べてしまっていると思う。

その青年は、生きていく上で、非常に大きな損をしていると思う。
今からでもまだ間に合う、更生できると思うので、今度会ったら、心を入れ替えるように強く説いてあげたいと思う。  

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2016年05月06日

猫よりはましでしょう、きっと

ゴールデンウィーク。
終わったのか、まだ継続中なのかは、そもそも関係ない身分としてはよくわからない。

数年前までは、宇宙人だか地底人だか海底人だかが、攻めてくればいいのにと思っていた。
が、昨年も書いたことだが、もう、あまり気にならなくなってきた。

今年は、気にならないとかの以前に、それどころではない。
気にしている余裕がないほど、やるべきことが山積。

ゴールデンウィークをぶち壊すために、攻めて来たりなどしなくていいので、僕の手伝いをしていただきたい。
手を貸していただきたい。

散らかり放題で片付けたい部屋があるのだが、全く手が付けられずいる。
まずは、そこから着手してもらおうと考えている。

宇宙人だか地底人だか海底人だかだとしても、それぐらいはできるだろう。
本を五十音順に並べることはできないかもしれないが、今回は目をつぶることにするし。  

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2016年05月05日

かつ立夏

誰も皆、誰かの子供である。

以前にも、同様なことを書いているとは思う。
確認する余裕はないけど。

こどもの日である。

別に祝って欲しいなどということはない。
ただ、せめて、せめて、今日ぐらいは休んでいいよといって欲しいかも、、、かも。  

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2016年05月04日

ホメテイルノデス(再)

おサイフケイタイは、現在でも、頻繁に利用している。

で、五年後の現在だが、セブンイレブンは相変わらず。
反応スピードが、怖いくらいに早い。

一方、以下の過去記事に出てくる大手チェーンは、エラーは出なくなった。
いや、今、思い出した。
エラーが出ないよう、こちらが設定を変えたのだった。

で、エラーこそ出なくなったが、反応が悪いというか、認識されて決済されるまでの時間が長い。
おサイフケイタイをかざして、待っている間のばつが悪い。
不安になる。
何だか、審査だか何だかを受けているようで、とても気分が悪い。

ウチで買い物するなら、決済の際、ワオーンって鳴るやつを使えよ、ってことだろうな。

以上、オチとかはない。
ただの愚痴である。

--------------------
『ホメテイルノデス』(2011/05/04)

近頃の携帯電話には、「おサイフケイタイ」という機能が付いているものが多い。
詳しく書くといろいろと種類があって長くなるので省略するが、要は携帯電話で買物ができるということだ。

使用している人がどれくらいの数かはわからないが、少なくとも、その存在は広く知られているのではないだろうか。

かくいう僕も、昨年辺りから使用している。
人それぞれだろうが、僕は便利だと思う。

そのおサイフケイタイ。
買物をする際に、レジの所定の場所に携帯電話を近付けて精算をするのだが、お店によって、携帯電話を認識する反応がまちまちなのである。

ある大手チェーンは、非常に反応が鈍い上に、コンスタントにエラーが起こり、使えないときさえある。
今のところは大丈夫だが、携帯電話だけ持って買物に行った際、エラーが起きて買物ができなかったらと思うとぞっとする。

そのお店は、僕にとって、最も利用頻度が高いお店の一つでもあるので、今後の改善に期待したい。

では逆に、反応が早いのはどこかというと、断然セブンイレブンである。
僕がこれまで利用した中で、飛び抜けて反応が早い。

どれくらい早いかといえば、レジの所定の位置にかざし切ってない、まだ近付け切ってないタイミングで携帯電話を認識して、チャラーンと決済してしまうのである。
携帯電話とレジが通信しているのではなく、誰かがカメラで見ていて、その人がボタンでも押して決済しているのではないか、と疑いたくなるくらいの反応スピードである。

そのうち、ポケットから出しただけでチャラーン、という事態が起こり得ないとも限らないので、セブンイレブンで買物をする際は気を付けたいと思う。  

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2016年05月03日

誰か一人だけなんて選べません

一つ前の記事の続き。

というのも、一つ前の記事で書いた、食品、食材、料理等と自分との関係を、人間関係に置き換える遊びが楽しくなってしまったのだ。

様々な食品、食材、料理等との関係を、どのような人間関係にするかの妄想を繰り広げたいところだが、いくら時間があっても足りそうにないので、余裕のある際に、また改めてじっくり妄想したいと思っている。
ので、本日は一つだけ。

僕とお酒。

友人といえば友人だが、悪友というべきか。
ずぶずぶの関係。
が、切っても切れない関係。
うーん、いや、向こうがどう思っているかはわからないけど。
ずぶずぶの関係と書いたが、そう考えると、友人関係というより、癒着に近いか。

お酒と一言でいっても、様々な種類、酒類があるわけで、ビール、日本酒、焼酎、ワイン等々、それぞれに応じて、また違った人間関係になるだろう。
それらのついても、また改めることにするか。

か、もういっそ、実際に飲みながら考えるのもいいかも。
うん、いいかも。

あー、癒着して〜。  

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2016年05月02日

どれも食べたくないけど(再)

高級食材、高級珍味と呼ばれる食品の類は、口にする機会に恵まれたとしても、極々少量などということも多いような気がする。

飲食店で、トリュフやキャビアが入っているというので注文してみると、薄いというより欠片のようなトリュフだったり、粒の数を数えることができそうなキャビアだったり、入っているという意味では入っているけど、、、というような残念な思いをしたことも何度か。

フォアグラは、しっかり味わえる程度に食したことは何度かある。
友達になったとはいえないまでも、顔見知り程度にはなれているような気がする。

トリュフは、しばらく前、初めてそれなりの量と邂逅する僥倖に恵まれ、好き嫌いはあるであろうが、重宝されている理由がわかった気がした。
こちらも、ようやく初めて、一度ゆっくり話ができた程度なので、知人になれた程度か。

先日、ポルチーニ茸とも、話をする機会に恵まれた。
初対面だったと思うのだが、お互い少しだけ時間があったので、彼の人となりが、少々とはいえわかった気がする。

そういう意味では、以下の過去記事に出てくる烏骨鶏も、トリュフと同程度の関係か。
これまで、一、二度会ったかなという程度。

フカヒレとの関係はいただけない。
面識がないわけでもないと記憶しているのだが、まだゆっくりと話をしたことはない。
それどころか、フカヒレを騙る全くの別人のほうが、幅を利かせているので困ったものである。
フカヒレが悪いわけではないのだが。
というわけで、フカヒレ風の何かとのほうが、フカヒレよりも縁が深い気がする。

キャビアもまだまだである。
顔を合わせた回数だけでいえば、それなりの数になると思うだが、いつも挨拶程度である。
声を聞くこともできず会釈だけとか、街で歩いているときにすれ違った程度、というようなことも多かった気がする。

うーん、、、本当は、高級珍味と呼ばれる物の中で、キャビアはまだしっかり食したことがない、きちんとキャビアを味わってみたい、と書きたいだけだったのだが。。。
食材との関係を、人間関係のように表現するのが楽しくなってきて、必要以上に長々と書いてしまった。

本日の結論。
どの食材とも、昵懇の仲になりたいのはいうまでもないが、まずは、キャビアと一度、膝を突き合わせて、ゆっくりと語り合いたい。

--------------------
『どれも食べたくないけど』(2011/05/02)

先日、いただきものの「烏骨鶏プリン」なるものを食した。

烏骨鶏。
うこっけい。

希少価値が高く、高価なことでも有名な鶏である。
その烏骨鶏の卵で作られたプリン。

何の気なしに、入っていた箱の裏面を見てみた。
すると、「販売者」の名称が「株式会社烏骨鶏」となっていた。

株式会社烏骨鶏。
が作ったプリンが「烏骨鶏プリン」。

僕は思った。
社名が「烏骨鶏」なのであれば、どんなプリンであろうと「烏骨鶏プリン」と名付けても「嘘」ではないのではないか、と。
そう、例え原材料に烏骨鶏の卵が使われていなくてもである。

商道徳的には大いに問題があるだろうが、法的にはぎりぎりセーフではないのだろうか、と。

であれば、「株式会社キャビア」「株式会社フォアグラ」「株式会社フカヒレ」のような会社を作れば、やりたい放題である。

キャビアプリン。
フォアグラアイス。
フカヒレ大福。

何でもありである。
もしかしたら、大きなビジネスチャンスかもしれない。

最後に大切なことを一つ。
「株式会社烏骨鶏」様の名誉のためにも、「烏骨鶏プリン」の原材料は烏骨鶏の卵だったことと、非常に美味だったことを書いておきたいと思う。  

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2016年05月01日

皐月の朔に思う 2016

五月一日。
ゴールデンウィーク真っ只中といったところか。

二十九日から連休という人も多いことだろう。
だが、五月の連休という呼び方もあるし、祝日が必ずしも休みとは限らない人もいるだろうし、そう意味では、本日は日曜日、最も休んでいる方が多い日かもしれない。

が、日曜日だからといって、誰もが皆休みだとは限らない。
むしろ、日曜日は休めないという人々も、それなりに多くいるはず。
日曜日だけでなく、祝日も休めない、ゴールデンでも何でもない、という人々も。

また、本来は休めるけど、仕事の都合、納期が近いやら何やらで、やはり休めない人々もいることだろう。

そのような人たちは、今、どんな気持ちか。
ゴールデンウィークだと浮かれる世の中を傍目に、どんな思いになるのか。

きっと、こんな気持ち、こんな思い、こんな言葉が口から漏れることだろう。

「ああ、もう、本当、気が滅入るで〜」

気が滅入るで〜。
滅入るでー。
めいるでー。
メイルデー。
メイデー。
メーデー。

そう、だから、本日五月一日はメーデー。  

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2016年04月30日

実は苦手(再)

以下の過去記事を読んで、今年も、もう、そんな時期になったことに気が付いた。
というか、明日だ。

毎年書いていることなので、今年も何か書こうとは思うが、何も思い付かない。
別に書かないと困るわけでもないし、誰かに求められているわけでもない。
が、続けていることなので、継続していきたいという思いはある。
が、何のアイデアもない。

ああ、もう、本当、気がめ、、、あ、これだ。

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『実は苦手』(2011/05/01)

家族で焼肉を食べた。

ここ数日、毎日走っている。
ランニング。
もちろんダイエットのためだ。

なのに焼肉。
なかなかの食べっぷり。

考えてみると、僕が真面目にダイエットに取り組み始めると、家族が僕を誘うのだ。
焼肉に。
断ったりすることなどできるわけがない甘い誘惑を、僕に提示するのだ。

わざとだ。
陰謀だ。

そんなことを考えながらblogを更新しようと思ったとき、僕はあることに気が付いた。
今日が「五月一日」だということに。

であれば、今日は焼肉は焼肉でも、ジンギスカン、そう羊を食べるべきだったのではないか。

だって、今日は五月一日。
羊の日。

メーデー。

以上、過去三年(2010年2008年2007年)書いているので、今年も惰性で書いた次第。  

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2016年04月29日

いっそ金色にしたらいいのではないですか

日付が変わって、二十九日。

金曜日だというのに、カレンダーの日付の色が赤い。
月が替わって、五月に入っても、しばらく赤い日が続いている。

ふーん。
ふーん。
ふーん。  

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2016年04月28日

2017年の冬の終わり頃の僕へ

以下、定例の業務連絡。(という名の備忘録(という名の手抜き(11年目)))

2017年の冬の終わり頃の僕へ。

灯油を最後に買ったのは、12月31日だったよ。
2015年は2/2。
2014年は12/26。
2013年は2/4。
2012年は1/26。
2011年は2/18。
2010年は3/1。
2009年は3/9。
2008年は3/26。
2007年は3/20。
2006年は3/18。

この冬に灯油を買った回数は、1回だったよ。(残りあり)
2015年は2回。(残りあり)
2014年は1回。(残りあり)
2013年は3回。(残りあり)
2012年は2回。(残りあり)
2011年は13回。
2010年は10回。
2009年は12回。
2008年は13.5回。
2007年は13回。

暖房使用の最終日は、正確には不明だが、三月上旬だったよ。
正直、正確には覚えていないよ。
ただ、この冬はかなりの暖冬だったのもあり、二月下旬頃には暖房がいらない日もあった。
三月上旬に使用したのは、寒さが戻った数日程度だったと記憶しているよ。
2015年は3月上旬。
2014年は3月上旬。
2013年は3月上旬。
2012年は3月末頃。
2011年は4月上旬。
2010年は4/12。
2009年は4/21。
2008年は4/24。
2007年は4/19。
2006年は4/16。

以上、オチとかない。
業務連絡なので。

この冬の総括をするならば、かなりの暖冬だったという一言に尽きる。
来年も、ぜひとも、引き続きの暖冬となっていただきたい。  

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2016年04月27日

四月は四苦八苦

一月は行く、二月は逃げる、三月は去る。
年が明けて一、二、三月は、あっという間に過ぎてしまう(ように感じられる)のを表現した言葉。

が、四月も十分過ぎるほどあっという間だった。
もう月末である。
そして、四月が終われば、今年も三分の一は終了である。

以上。
オチとかはない。

時間が過ぎるのが早い。
ので、時間がない。
が、やることはある、山積。
そして、blogに書くネタはない。
面白いことを書こうにも、ネタも時間もない。

と、いうことなのである。  

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2016年04月26日

そうねだいたいね♪(再)

改めて読み直しても、五年前と同じ感想。

わかった自分を褒めてやりたい。

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『そうねだいたいね♪』(2011/04/30)

ほんの少し前の、母と僕の会話。

母 「そういえば、今日見たテレビにあの人が出とった」

僕 「誰が?」

母 「えーと、、、何時? 何時やったっけ?」

僕 「……何をいいようと?」

母 「ほら、だから、何時かの人よ。八時? 九時?」

僕 「…………もしかして、江頭2:50?」

母 「そうそう、それそれ」

わかった自分を褒めてやりたい。  

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2016年04月25日

オハシヲモツノハコッチダカラ…… 他(再)

数ヶ月前に書いたが、身体のどちら側を下にして寝たほうが胃にいいのか、身体にいいのか、正解がわからなくなってしまった。

それまでは、胃の形から考えて、どちらかを下にしたほうがよかったのだけど、就寝時、胃の形が思い出せなくて困っていた。
が、このところは、そもそも、どちらが正解なのかわからない状態。

で、今気が付いたのだが、どちらが正解かわからなくなったことで、気にしていなかったというか、気にしても仕方がなかったことで、胃の出口が右だったか左だったか、正しい胃の形も忘れてしまった。

むしろ、この件を突き詰めていくことで、胃が痛くなりそうである。

--------------------
『オハシヲモツノハコッチダカラ……』(2011/04/26)

(前略)

「胃」に関する話。

が、本題に入る前に、一つ別の話を書きたいと思う。

それを目にしたのがいつだったか、何かで読んだのだったか、テレビで見たのだったか、その辺りは全く覚えていないのだが、しかし、非常に印象に残っている話がある。

それは、とある人が、いい歳の大人になった今も、右と左の判別に悩む、と語っていた話。
もちろん、ゆっくり冷静に考えれば間違わないそうなのだが、とっさの判断が必要なとき、例えば車を運転しているときに、急に左折や右折の指示を出されたときなど、わからなくて困るというのだ。

で、その人が考えたのが、左右どちらでもいいので、右手なら右手に、「右」という入れ墨を入れようか、ということだという。
まあ、それがオチである話。

右手に「右」の入れ墨。
とてもシュールで面白い。

誰が話したのかも覚えていないのだが、そう思ったことだけは鮮明に記憶しているのである。

さて、いよいよここからが本題。

と思ったが時間がない。
残念。

続きは次で。

--------------------
『と書きながらも、定かではない』(2011/04/27)

食べてすぐ寝ると牛になる。

そんな言葉があるが、身体のためには、むしろ少し横になったほうがいいという話を聞いたことがある。
冒頭の言葉は、礼儀作法としてふさわしくないので、戒めの言葉ということか。

本当に身体にいいのか、あるいは悪いのか、真偽の程はわからないが、少なくとも僕は前者を信じている。
であるからして、少々食べ過ぎたなというとき、時間が許せば、横になって少々休憩したりもする。

その際、胃の出口といえばいいのか、ようは腸と繋がっている部分の側を下に向けたほうが、更に胃に優しいとも聞いたことがある。
これも、真偽の程は不明だが。

僕はその話も信じているので、食後横になる際、いつも身体の向きを意識するようにしている。

そう、意識はする。
強く。

しかし。
が、しかし。

いつも悩むのである。
胃の出口が、身体の右側だったか左側だったか。

胃の形はイメージできるのだが、その左右があやふやなのだ。
なので、食後横になりながら、決まってどちらか迷い、胃薬のTVCMを思い出そうと試みたりするのである。

そして、僕は思うのである。
右手に「右」と入れ墨を入れるように、お腹に「胃」の形の入れ墨を入れようかと。  

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2016年04月24日

トロとロト

これまでに何度か書いたのだが(例えばこれ)、「備忘録」と「忘備録」と、どちらが正しいのだったか、すぐにわからなくなる。

それと同じことが、一つ前の記事中に書いた、「吐露」という字でも起こる。
「トロ」だったか「ロト」だったか、わからなくなるのである。

結局いつも、パソコンの変換任せである。
熟語が変換されたほうが正解。

以上。
という吐露。  

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2016年04月23日

サンセキ その2

一つ前の記事の続き。
いや、続きというよりは、更なる心情の吐露というべきか。

やるべきことが、僕の前から動かざること山の如し。
逃げ出したいよね、風のように。

許されるのであればね。
  

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2016年04月22日

サンセキ

やるべきことが多過ぎて、それが積み上がる様、山の如し。

といったのは、信玄だったか。
あるいは、鉄也だったか。

いやいや、孫子だったか。

ああ、いやいや、それも違うか。
僕か。
現在の僕の、心の叫びか。
  

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2016年04月21日

美味しいのは認めますが

本日、といっても日付が変わる前、夜のこと。

所用があり実家へ。
すると、小さな電気ストーブがリビングに出ていた。

聞くと、少し寒かったからとのこと。

確かに、ここ一日二日、朝晩は肌寒いような気がする。
暖房を出すほどかどうかは、何ともいえないが。

さて、その帰り道のこと。
街が寝静まるには、まだ少し早い時間。
どこからか、こんな声が聞こえてきた。

「いしや〜きいも〜♪ おいも〜♪」

そう、石焼芋屋さんである。
道の向こうに、軽トラックが走っているのも見えた。

不覚にも、そう不覚にも、僕ともあろう者が、一瞬だけ、ほんの一瞬だけではあるが、こんなことを考えてしまったのである。

ああ、もう、そんな季節か、と。

いやいやいやいや、違う違う。
決してそんな季節ではない。
僕が忌み嫌って止まない冬は、暖冬だったとはいえ、ようやく終わりを告げたばかりではないか。

母は、少し寒いとストーブを出した。
そして、石焼芋屋さんは、こんなことを思ったのかもしれない。

「最後のチャンスっ! 焼芋を売る最後のチャンスっっっ!!!」と。

追っかけて、売れましたかと訊けばよかった。
買わないけど。  

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2016年04月20日

フテネノリユウ

一つ前の記事の続き。
ふてくされた理由。
ふて寝の理由。

僕の住む地域では、この四月から、ゴミ収集の曜日や回数が少々変わった。
で、これまで月に二回あった瓶缶のゴミ出し日が、月に一度あった。
それが、本日だった。

で、瓶缶を抱えて収集場所に持って行くと、まさかのまさか、もう収集が終わってしまっていた。

ちなみに、僕の住む地域は、全国的にも珍しいらしいのだが、ゴミの収集が深夜に行われる。
深夜、瓶缶ゴミを手に提げ、独り立ちすくむ僕。

が、僕は歩き出した。
ただ立っていても、何も始まらないからだ。
何の解決にもならないからだ。

月に一度しかない収集日なので、今日捨てることができなければ、また一ヶ月待たなければならない。
近所のどこかに、まだ収集が終わっていないところがあるかもしれない。
もしかしたら、収集車とすれ違うかもしれない。
実際、ぎりぎり追い付いて、手渡ししたことも何度かあるし。

そんな淡い期待を胸に、僕は深夜の街を歩いた。
瓶缶ゴミを手に提げて。

果たして。

どこも収集は終わっていた。
仕方がないので、家に戻ることに。
生ゴミではないのが、せめてもの救いだなと考えつつ。

すると、道の向こうに、収集車が走っているのが見えた。
僕は走った。
瓶缶ゴミを手に提げて。

早く走れるわけがない。
瓶缶ゴミを手に提げているのだ。
追い付くわけがないのだ。
相手は車だし。

で、当然追い付かなかった。
で、で、瓶缶ゴミを手に提げたまま帰宅。

そういえば、収集車を追いかけているとき、飲み屋さんの前を通ったのだが、店の前に、店員さんらしき男性が立っていたのが目に入った。
収集車に追い付けず、家に戻る際にも、まだその男性は立っていた。

瓶缶ゴミを手に提げて走り、瓶缶ゴミを手に提げてとぼとぼと戻ってくる僕を見て、事態は一目瞭然だったことだろう。
そして、男性は店に戻り、僕のことを同僚に話したに違いない。
お客さんにも話したに違いない。
こんな間抜けな奴がいましたよ、と。

僕は、話の種にされたに違いない。
酒の肴にされたに違いない。

話の種、酒の肴。
そう、ちょっとしたナッツ系のおつまみ扱いされたに違いないのだ。

これが、ふてくされずにいられようか。
ふて寝せずにいられようか。

と、そんなことがあったのである。  

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2016年04月19日

アア、モウ、フテネフテネ

一つ前の記事に書いたのとはまた別の理由で、手と足が痛い。

何があったかを書くべきだが、今は書く気になれない。
何故なら、ふてくされているのである。

なので、もう寝ます。
ふて寝です。
詳細はまた明日。  

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2016年04月18日

クシャミシテモイタイ

一つ前の記事の続き。

日焼けした手足、顔が痛い。
それだけではなく、身体のあちこちが、また違う痛みに襲われている。

案の定というべきか、予定通りというべきか、筋肉痛である。

それにしても、筋肉痛になるほど身体を動かしたのに、全く体重が減らないのは、やはりおかしいと思う。  

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2016年04月17日

オオクヲノゾンデハイケナイ

日焼けしてしまった。
とても痛い。
特に、手と足。
もう、ちょっとした火傷ともいえる。

しかし、好きなことを日焼けするまでできるというのは、幸せこの上ないことなのだろう。
それができることに、感謝すべきなのだろうと思う。

が、日焼けするほど屋外で身体を動かしたのに、全く体重が減らないのは、どうにかならないものだろうか、と思わないでもないけど。  

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2016年04月16日

揺れのある地域の方は、くれぐれもご注意を その2

僕の住む地域では、一昨日夜の地震より、昨夜の地震のほうが大きかった。

余震も多く、ただただ不安。
ただただ怖い。  

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2016年04月15日

揺れのある地域の方は、くれぐれもご注意を

僕の住む地域でも、今現在も余震が続いている。
少し怖い。

が、熊本、震源地に近い方々は、もっともっと怖いことだろう。

被害が広がらないことを祈るばかりである。  

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2016年04月14日

存分に効果を発揮していた(再)

僕の●●や●●に無駄に詰まっているもの、とあるが、五年経った今でも、伏字の意味がすぐにわかった。

自分で書いたのだから当たり前という考え方もできるが、過去記事を読み直していて、記憶にないこともある。
なので、覚えていたというより、五年経った今も、何ら変わっていないということだろう。
実際、僕の●●や●●に、無駄に何かが詰まっているとしか思えないのである。

あ、もしかしたら、サナダムシか?

いや、やっぱり違うな。
そうだったら、体重が減っているはず。
そして、体温が異常に上がるなり、体内が薄っすら光るなりしているはず。

--------------------
『存分に効果を発揮していた』(2011/04/24)

有言実行である。
ランニング実行である。
いうまでもなく、痩せるためである。

かなり久しぶりに走ってみて、いくつかわかったこと。
痛感したといってもいい。

一つ。
夜はまだ寒い。

一つ。
僕の身体は、軽く走ることもままならない、ポンコツに成り果ててしまっていた。

一つ。
僕の●●や●●に無駄に詰まっているものは、どうやら「おもり」のようだ。  

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2016年04月13日

サナダムシに思う

サナダムシについて書きます。

が、正しい知識、詳細を把握しているわけではない。
が、調べもしない。

近年、検索すれば、ある程度のことは、いとも簡単にわかってしまう。
が、あまりにも簡単にわかり過ぎて興醒めすることもある。
知ることができたときの喜びがない。

ので、今回も、あえては調べない。
もし、ご興味があり、正確な情報をお求めの方は、ご自身でどうぞ。

で、本題。

サナダムシ。
寄生虫の類だと思う。
少なくとも、僕は、そう認識している。

そのサナダムシが体内にいると、サナダムシが栄養を横取りするので、太ることができないらしい。
痩せてしまうらしい。

で、本来であれば、決して健康と呼べる状態ではないのだろうが、ダイエットを目的に、あえてサナダムシを体内に入れるダイエット方法があるとかないとか。

そんなことをして、本当に身体に害はないのか。
そもそも、本当に痩せるのか。
というか、本当にそんなダイエット法があるのか。
だいたい、サナダムシってどんな奴なのか。

疑問はいろいろとあることだろう。
だが、僕には、それらの疑問より、もっと気になることがあるのだ。

体内にサナダムシがいる。
そいつが栄養を横取りする。

ここまではわかる。
理屈としては。

が、栄養を横取りしたのだから、サナダムシだって成長するだろう。
太るかどうかはわからないが、栄養を得た分は大きくなるだろう。

そのサナダムシが体内にいるのだから、体重は変わらないのではないのかと思うのである。
自分の栄養にはならかったしても、体内にいるサナダムシの栄養にはなっているのだから、プラスマイナスゼロなのではないかと思うのだ。

見た目、外見には影響が出るかもしれない。
が、体重は減らないと思うのである。
横取りされようが、その横取りしたサナダムシが体内にいるのだから。

もう少し真面目に、難しいことを考えると、人間だってそうだが、取得した栄養が、全て身体に付く、体重増加に繋がるわけではない。
なので、サナダムシだってそうだろう。

では、栄養が何に変わるか。
運動エネルギーや、熱エネルギーとかか。

ダイエットのために運動するのが嫌で、サナダムシを体内に入れるという荒業を選んだ人の体内で、宿主は全く運動しないけど、サナダムシは激しく運動し、カロリーを消費。

想像すると、少し面白い。
が、それ以上に気持ち悪い。

宿主は全く動かないけど、体内のサナダムシが、カロリーをガンガン熱エネルギーに変える。
なので、動いてもいないのに、その人の身体はいつもポッカポカ。

想像すると、少しだけ面白い。
が、それ以上になかなか気持ち悪い。

運動エネルギーや熱エネルギー以外にも、光エネルギーに変換されるという考え方もある。

体内のサナダムシが発光することで、身体が、内側から、薄っすらと光っている人。

想像すると、、、少しも面白くない。
相当に気持ちが悪い。
というか、怖い。  

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2016年04月12日

サナダムシ?(再)

以下の過去記事のタイトルは『サナダムシ?』。
このタイトルが何を意味するのかは、わかる人はわかるだろうが、わからない人には、全く意味不明なのに違いない。

ダイエットとサナダムシの関係とは何か。
そして、ダイエットにおけるサナダムシについて、以前から、個人的に疑問に思っていることがあった。

で、これらについては、既にこのblogのどこかで書いているだろうと思ったが、調べてみると、まだ書いてはいないようだ。

だったら書こう。
でも、次の記事で。

ええ、ちょっした手抜きですが、何か?

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『サナダムシ?』(2011/04/23)

我が家に新しい体重計がやってきた。

理由は、一つ前の記事に書いた通りである。

早速開封し、僕は恐る恐る足をのせた。
体重が如何ともし難い状況になっているのは自覚していたが、体脂肪率まであられもない数値が出てしまうのではないかと怖かったのだ。

果たして。

体脂肪率の数値に、特に問題はなかった。
極々標準的な数値。

もっといえば、体重に関しては、今とはとてつもない差がある五年前の体脂肪率とも、さほど変わりはなかった。

ここで、一つ大きな疑問が。

では、体重が増えた分は何?
筋肉?
まさか骨?
僕の●●や●●に、無駄に詰まっている物質はいったい何?

謎は深まるばかりである。  

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2016年04月11日

早くも諦観(再)

これまで、何度決意を固めたことか。

いくらかは運動するし、食事にも気を配る。
そして、いくらか減量しはするのだが、ダイエットに成功したとはいい難い。
目標体重までは落ちていないからだ。
それに、その状態を維持し続けてこそ、初めて成功といえるのだろうし。

僕は、この先生きている間に、目標体重を成し遂げ、ダイエットが成功したといえる日を迎えることができるのだろうか。
それは、最晩年だったりしないか。
だが、それだと、ダイエットというより、老衰、衰弱に過ぎないだろう。

そんなのは嫌だ。
絶対に嫌だ。

じゃあ、痩せよう。
痩せてやろう。
ダイエットを成功させよう。
よし、やるぞ。

と、これまで何度、決意を固めてきたことか。

あーあ。
あーあ。
あーあ。

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『早くも諦観』(2011/04/17)

今度こそ痩せると決意を固めたことと、一つ前の記事で書いた。

そんな中、昨夜のこと、所用があって外出した際、信号待ちをしながら思った。

このほんの短い時間でさえも、無駄にすべきではない。
有効利用しよう。
と。

で、信号待ちの間、ふくらはぎのトレーニングを実行。
かかとを上げて爪先立ち、元に戻す、爪先立ち、を繰り返す運動。

まあ、実際には信号待ちの間のほんの短い時間なので、運動と呼べるほどのものではないけど。

が、しかし。
異変が起きた。
異変に気が付いたのは、翌朝、目が覚めたとき。

ふくらはぎが痛いのである。
非常に。
歩行に支障をきたすほどに。

運動して痩せるつもりだったのだが、こんなことでは、痩せる前に身体が壊れるような気がしてきた。

僕は本当に痩せることができるのだろうか。
非常に不安である。  

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2016年04月10日

現状こそ、違う意味で病気だと思いたい(再)

以下の過去記事。
タイトルに書いてあることが、まさにその通りだと思う。

以下の過去記事から五年。
うーん、、、、、、、、、長患いだな。

完治する日が来るのであろうか。。。

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『現状こそ、違う意味で病気だと思いたい』(2011/04/16)

一つ前の記事で体重のことを書いた。
正確には、再放送だけど。

再放送(記事の再掲載・再利用)に使える記事を探していて気が付いたのだが、2006年の1月は体重のことばかり書いている。
新年明けて最初の記事から、体重のことを書いているほどの有様。

ここでふと思った。
そういえば、当時の体重の記録があるや、と。

で、確認してみた。

果たして。

愕然とした。
とてつもない差があった。
今と。

今の僕が、突然五年前の僕の体重に戻ったら、十人が十人、僕が病気になったと思うだろう。
それも、かなり大きな病気。

いやそれどころか、朝起きて鏡の前に立ち、五年前の体重に戻っていたら、その足で病院に向かうだろう。
僕自身が。

それほどまでの差があるのである。

痩せます。
ダイエットします。

オチとかないです。
それどころではないです。

今や、体重を落とすことしか頭にはありませんので。  

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2016年04月09日

この程度のことでは、僕の心は揺るがない

先日、夕食が焼肉だった。
その際、ホルモンの話になった。

ホルモン。
肉の部位の一種。
これまで、もう何度も書いた気がするが、どれだけか前、いつの頃からか、ホルモンには目がなくなってしまっていた。

そんなホルモンだが、苦手な人も多い様子。
一緒に食事をした一人も、特別嫌いなわけではないが、いつ飲み込んでいいかわからないところは苦手といっていた。

確かに、その理由は、ホルモンが苦手な理由としてよく耳にする。

では、ホルモンはいつ飲み込むか。

改めて問われると、特に飲み込むタイミングを意識してはいないので、明確に答えるのは難しい。
どうしても答えをといわれれば、来るべきときが来たら、といったところか。

うーん、あまり答えにはなっていないか。
まあ、味がしなくなったらというのが、一般的な答えだろうか。
情緒を込めて書くならば、名残惜しさがなくなったら、といえるだろうか。

さて、話は翌日の話に。
というのも、一つ前の記事でもつらつらと書いたが、翌日の昼食も焼肉だったのである。

とある焼肉店に入ったのだが、僕が選んだのは、肉をいくつか選べるランチ。
ホルモン好きとしては、当然のようにホルモンも選択。

で、ホルモン等々をいただいたのだが、困ったことが発生した。
あまり綺麗な話ではなくて恐縮なのだが、ホルモンを食べたところ、ホルモンの一部が、奥歯に挟まってしまったのである。

噛んでも噛んでも噛み切れない。
ホルモンなので。

噛んでも噛んでもなくならない。
ホルモンなので。

仕方がないので、えいやっと飲み込んでも、飲み込むことができないのである。
奥歯に挟まってしまっているので。
喉の途中まで入るが、引っ張られて戻ってきてしまうのである。

昨日の今日で、こんなことになるとは。
少しだけ、ホルモンが苦手な人の気持ちがわかった気がする。
まあ、実際には、いつ飲み込んでいいのかわからないのではなく、飲み込みたくても飲み込めないのだが。
と、そんなことを考えたりもした。

更には、必死に咀嚼しながら、こんなことも考えた。

もう、とうに味はない。
同様に、いくらホルモン好きな僕だといっても、名残惜しさも全くない。
が、ホルモンはある。
僕の口に中に。
いつまでも、いつまでも。
もしかしたら、この先一生、このホルモンと共に生きていかなければならないのかもしれない。
などと。

結論から書くと、その後、ホルモンは無事飲み込むことができた。
駄目元で、次の肉を口に入れ、一緒に咀嚼したら、奥歯に挟まっていたのが外れてくれたのである。

もう少しで、ホルモンと、この先の苦楽を、全て共にすることになるところだった。

まあ、でも、この先も食べるけどね。
ホルモン。
いくらでも。  

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2016年04月08日

正確には、今年の盆と来年の正月が一度に来たよう

先日、夕食が焼肉だった。
更には、翌日の昼食も焼肉だった。

前日の残りだとか、そういうわけではない。
焼肉店での焼肉ランチである。
というか、肉が残ったりしないし。

(褒められた話ではないが)あまり朝食を食べない僕にとっては、二食続けての焼肉である。

こんなことが、こんな僥倖が、これまでの人生で一度でもあったろうか。
盆と正月が一度に来るという言葉があるが、まさにそれといえよう。

上述したように、こんなことは初めてだと思う。
ということは、今後の人生で、同様の僥倖に再び恵まれるのは、非常に難しいという可能性もある。
だとすれば、今回のこの僥倖を、僕はもっとしっかりと噛み締めるべきなのかもしれない。

あ、「噛み締める」で思い出した。
本当は、もっと書くべきことがあったのだった。
なので、焼肉の話を書き始めたのだった。
二度目はないかもしれない僥倖に興奮し過ぎて、余計なことをつらつらと書いてしまった。
で、こんな時間になってしまった。

うーん、、、仕方がない。
本題は次の記事で。  

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2016年04月07日

来春世界同時公開予定(再)

以下、追記。

ハリウッド版は、丸眼鏡のジョニー・デップで。

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『来春世界同時公開予定』(2011/04/13)

一つ前の記事の続き。
コンタクトに優しくすると書いたばかりだけど、もう少し眼鏡の話。

メガネビト。
一つ前の記事でそう書いたけど、まるで映画のタイトルのようだ。

書きながら、ずっとそう思っていた。
主演は、もちろん本木雅弘で。

眼鏡をかけたまま顔を洗ったことでメガネビトの仲間入りをした青年が、様々な眼鏡経験を重ねながら、更なるメガネビトの極みを目指すという成長物語である。

以下、眼鏡経験の一例。

ラーメンを食べて眼鏡が曇る。
眼鏡を頭にのせているのに眼鏡を探す。
眼鏡をかけているのに眼鏡を探す。
眼鏡かけていないのに眼鏡の位置を直そうとする。

などなど。
もちろん、眼鏡を探すときのセリフは「メガネメガネ」で。

あ、そうそう。
ハリウッド版は、ジョニー・デップで。  

Posted by emu_shi at 04:13Comments(0)TrackBack(0)

2016年04月06日

meganebito(再)

僕の眼鏡人生の中で、眼鏡をしたまま顔を洗ったのは、以下の過去記事に書いたのと、それ以外にもう一度あったかないか。
三十年で一回か二回ということになる。

この先、その回数が増えることがあるのだろうか。
眼鏡人生かつ人生が終盤に差しかかったら、回数が増えるのだろうか。

そして、その頃には、未だかつて一度もやったことがない、眼鏡を頭にのせて「メガネメガネ」をやる日も訪れるのだろうか。

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『meganebito』(2011/04/12)

僕は非常に目が悪いので、寝ているとき以外は必ず眼鏡かコンタクトレンズを使用している。
最近は眼鏡率が高い。

初めて眼鏡をかけたのは、十歳くらいだったか。
あれから約四半世紀過ぎたつい先日、僕は眼鏡人生で初めての体験をすることとなった。

眼鏡をかけたまま顔を洗ってしまったのである。

最初は何が起きたかわからなくてとまどった。

事態を理解すると今度は、何故だか笑いがこみ上げてきた。
人間、理解できないことが起こると、笑うしかなくなるというのは本当だと思った。

しかししばらくすると、嬉しくなってきた。
嬉しくて笑みがこぼれた。

二十五年を経てようやく、僕は初めて本物のメガネビトになれた気がしたからだ。
メガネビトの仲間入りができたような気がしたからだ。

眼鏡とコンタクトレンズは、これまでも、そしてこれからも、僕の人生の伴侶といって差し支えないだろう。

四半世紀かけて、眼鏡とはようやく固い絆を結ぶことができたので、次は、近頃ないがしろにしているコンタクトレンズに優しくしてあげたいと思う。  

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2016年04月05日

あるいは主食ですか?(再)

あるいは、映画館の経営者やスタッフとか。

まあ、でも、近所に映画館などない、、、、、、、、、いやいや、あった、映画館。
でも、それなりの規模の映画館なので、深夜におばちゃんが、一人でポップコーンの補充には来ないだろう。
普通に考えて。

もし、本当におばちゃんが映画館の関係者で、ポップコーンの仕入れに来ているのであれば、それはそれで面白いけど。

食べないけど。

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『あるいは主食ですか?』(2011/04/11)

つい先日の話。

深夜、日付が変わる少し前くらいの時間に、近所のスーパーに行ったときのこと。
レジに並んだら、僕の前のお客さん(おばちゃん)が、大量のポップコーンをレジに通していた。

一袋でもかなり大きなポップコーンで、一般的なスナック類の倍はあった。
それが六袋あるように見えた。

どうやらそのお客さんと店員は顔見知りか何かのようで、店員がお客さんに「いつもより多いですね」と話しかけた。
するとおばちゃんが、「明日が休みだからね。二日分」というようなことをいっていた。

もちろん詳細は不明だが、どうやら、いつもは一日分だけ買うところを、今日は特別二日分、それも今日と明日の分を購入。
というようなことらしい。

そのびっくりするくらい大きなポップコーン三袋が一日分?
一人で?
それとも家族で食べるのですか?
大家族なのですか?
どちらにしても、今日ってもう幾らもしないうちに終わりますけど?
いつも買っているんですか?
もしかしておかずですか?

問いたいことは山ほどあったが、見ず知らずの他人に、しかも深夜に訊けるわけもなく、僕はおばちゃんの背中をただ見送るしかなかった。

ただ一ついえることは、ポップコーンが苦手な僕にとって、おばちゃんが両手に下げた大量のポップコーンは、僕がこれまでの人生で口に入れたポップコーンの総量の倍はあるだろうな、ということ。  

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