2016年07月01日

Time flies.(再)

以下の過去記事は、偶然にも、五年前の同日(既に日付が変わっているが、僕にとってはまだ今日)、六月末日の記事。

五年前は、あっという間に半年が経っていたというようなことを書いているが、五年後の今年は、十日ほど前に似たようなことを考えた。

ああ、もう、夏至か。
と。

で、この流れだと、結局最後は冬への愚痴を書き連ねてしまうと思うので、今日はここまで。

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『Time flies.』(2011/06/30)

六月三十日である。
六月末日。
イコール、上半期の最終日でもある。

つい最近年が明けた気がするし、憎むべき長い冬がようやく終わったのもほんの少し前だと思っていたが、もう明日からは下半期である。
きっと、こんな感じであっという間に年末が来て、あれよあれよと新しい年を迎えることになるのだろう。

光陰矢の如し。

時間は決して待ってくれない。
こんなに早いスピードで過ぎられたら、面白いことを書く余裕なんてないのである。

以上。
オチとかないです。
見苦しいいい訳だけです。

下半期は頑張ります。  

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2016年06月30日

かろうじて更新(再)

一つ前の過去記事のタイトルではないが、「人生ゲーム」ではなく、リアル人生では、こう連日飲み過ぎてばかりだなんて、駄目人間だと思う。

、、、いや、思うではなく、駄目人間だということか。

僕が。
五年前の僕が。

気を付けようとは思う。
とは。

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『かろうじて更新』(2011/06/29)

飲み過ぎたのでもう一回休み。  

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2016年06月29日

リアル人生ゲーム(再)

このblog、「一回休み」はほぼないが、「一回手抜き」なら時折ある。

時折、、、、、、しばしばかな、リアルにいうと。

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『リアル人生ゲーム』(2011/06/25)

飲み過ぎたので一回休み。  

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2016年06月28日

やっぱり、なかったことにしようか

各地に被害をもたらした、数日前の激しい雨も関係あるのかどうかはわからないが、ここ数日、非常に涼しい。
ちょっと肌寒いことさえあった。

ほんのしばらく前、日々のあまりの暑さに、こんなに早くから冷房を使い始めていいのかと自問自答し、悩み、苦しみ、悶々として辛かったというのに、今は冷房がいらない。
場合によっては、扇風機も必要なかったりする。

何だこの落差は。
僕のあの苦悩は何だったのだ。

まあ、過ごし易いのはいいことなのだが。  

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2016年06月27日

あと丸腸とかあん肝とかかに味噌とか牡蠣とかチーズとか餅とかとんこつラーメンとか……(以下略)(再)

ここしばらくは、ダイエットのため、炭水化物を控えている。
結果、以前はかなりの高水準だったカレー率も、著しく下がっている。
正確には、カレーライス率。

そう、カレーは食べたい。
が、カレーライスは食べられない。

ので、最近は、カレー粉を買ってきて、カレー味メニューが増えた。
これはこれで美味しい。

いつか、たくさんの調味料、スパイスを用意し、自分好みのオリジナルのカレー粉を作ってみたい。
そして、ダイエットに成功した暁には、それでカレーライスを作って食べたい。

、、、、、、、、、いつになることやら。

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『あと丸腸とかあん肝とかかに味噌とか牡蠣とかチーズとか餅とかとんこつラーメンとか……(以下略)』(2011/06/24)

九州の玄関口、博多駅がリニューアルされて、もう何ヶ月経ったであろうか。

一時期は毎日のように通っていた博多駅に、所用があり行ってきた。
どれだけ振りだろうか。
リニューアルされてからは、もちろん初めてである。

駅の外観やコンコースは当然ながら、よく利用していた地下の食堂街なども様変わりしていたのに驚いた。
せっかくなので、そこで夕食を済ませることに。

新しくできたホルモン屋さんに、とてつもなく惹かれた。
もっといえば、丸腸鉄板にだ。

が、しかし、丸腸を食べるのにビールを飲まないなんてあり得ない。
丸腸に悪い。
丸腸に申し訳ない。
丸腸に申し開きが立たない。

であれば、車で来ている以上、丸腸鉄板はなしだ。

僕は、泣く泣く、後ろ髪だけでなく、身体中の毛という毛を引かれながら、ホルモン屋さんを後にした。

では、何を食べたか?

果たして。

カレーを食べました。
ええ、またである

例え世界の果てに飛ばされようとも、カレーさえあれば生きていけるような気がする。  

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2016年06月26日

オオキクナレヨ〜

先日、机の上に一匹の虫がいた。

甲虫。
コガネムシのような虫と思っていただければいい。

が、その虫、非常に小さいのである。
全長、一ミリか二ミリといったところ。

おそらくではあるが、刺すわけでもないし、噛むわけでもないだろう。
毒もなさそう。
ぷちっと潰すのは容易いが、何の悪さもしていないし、これからもしないだろうから、潰す理由がない。

が、机の上にいられると、目障りではある。
それに、その気はないのに、不注意で潰してしまいそうである。

軽く息を吹きかけるだけで、飛んでいってしまうので、何度かそれで机の上から飛ばしたのだが、どういうわけか、すぐに机の上に戻ってくる。
気にし続けるのも面倒なので、もう部屋の外に出そうと決断。
繰り返すが、潰す理由がないので。

一ミリ程度の甲虫を、潰さぬよう注意しながら指に載せ、窓を開け、網戸も開き、いざ屋外へ。
無事解放に成功。

で、網戸を閉めようとしたそのとき、ぶわっと強い風が部屋に吹き込んだ。
と同時に、小さい何かが顔めがけて飛んできた。

うわっ、虫だ! と思った僕は、思わず、条件反射で両手でパチン。

パチンしてから思った、まさか今の虫ではないよな、、、と。

果たして。

今逃がしてあげた虫ではなかった。
が、また別の虫、小さな羽虫だった。

うーん、、、僕は、いいことをしたのだろうか。
それとも、悪いことをしたのだろうか。
プラスマイナスゼロなのだろうか。

もし、僕がいつか、地獄に落とされる日が来たとしたら、ガンダタの蜘蛛の糸よろしく、あの甲虫が助けてくれるだろうか。
いや、きっと助けてくれるだろう。
そう信じよう。

ただ、一ミリの虫が、僕をどうやって救い出してくれるかは、どう考えても想像ができないけど。  

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2016年06月25日

梅雨の中休みの中休み(再)

ここ数日、僕の住む地域もそうだが、各地で激しい雨が続き、大きな被害が出ているところもある様子。

以下の過去記事のような、半笑いできるような(あるいは、半笑いもできないような)雨のエピソードを書いていられるのは、とても幸せなことなのだと改めて思った。

地域によっては、まだ激しい雨が予想される地域もあり、引き続き警戒が必要だとのこと。
該当の皆様は、くれぐれもご注意を。
また、激しい雨が予想されていない地域だとしても、油断は禁物ということで。

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『梅雨の中休みの中休み』(2011/06/23)

梅雨の中休み、梅雨晴れとでも呼べばいいのか、青空が見えていたので洗濯物を外に干した。
もっというと、一度部屋干ししたものを、わざわざ外に干した。

すると、それほど間を置かず雨が降り出した。
しかも、正に今から外出しようとしていた矢先に。

空には晴れ間が覗いているが、雨はかなりの本降り。
ますます強くなりそうな勢い。
洗濯物をそのままにしておくわけにはいかず、急いで部屋の中に戻した。

ばたばたと作業をしながら僕は思った。

外出して数件所用があるので、できることなら雨は止んで欲しい。
しかし、せっかくわざわざ洗濯物を部屋に戻したのだから、雨は降り続けていて欲しいとも思う。
何か悔しいし。
でも、やはり外出先で雨に降られるのは億劫だ。

僕が導き出した結論。

僕の外出先では雨が降らず、自宅近辺だけ雨が降り続けていて欲しい。

人間は、本当にわがままで自分勝手な生き物である。

そんなことを考えながら部屋を出たのだが、車に乗り込む頃には、既に完全に雨が上がっていた。
その上、いくらも車を走らせないうちに、路面が全く濡れていないことに気が付いた。

僕の自宅近辺だけの、極々局地的かつ極々短時間の通り雨だったようだ。

人生とは、得てしてそういうものである。  

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2016年06月24日

梅雨前線が通るとどうりでどうりで(再)

ああ、そうか、どうりで体重が落ちないのか。
どうりでどうりで。

、、、どうりで?

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『梅雨前線が通るとどうりでどうりで』(2011/06/21)

「ナニヲイマサラ」といわれるかもしれないが、つい先日梅雨入りしていることに気が付いた。

どうりで毎日雨が降っているわけだ。
どうりで毎日蒸し蒸ししているわけだ。
どうりで毎日じめじめしているわけだ。
どうりで何も面白いことが浮かばないし、blogの更新に苦労するし、体重も落ちないわけだ。
どうりでどうりで。

仕方がない。
梅雨だもの。
自然現象だもの。

どうりでどうりで。  

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2016年06月23日

梅雨の吐露

梅雨の吐露。
決して、梅雨と露をかけたわけではない。
そんなダジャレなどどうでもいいのである。

実は、僕は、一つ前の記事で、嘘を書いてしまった。
嘘を吐いてしまった。
いや、正確には、嘘を吐いたというよりは、書くべきことを書かなかった、隠し事をした、というべきか。

では、何を書かなかったのか。
何を隠したのか。
当然、冷房のことである。

数日前に、このようなことを書いた
冷房開始日を一律にただの一日とするのではなく、雨のために窓を開けることができなかったために使用開始した日、来客のため使用開始した日、寝苦しかったため使用開始した日と、現在よりも詳細に、かつ柔軟に求めたほうがよいのではないのか。
と。

何がいいたかといえば、そう、既に冷房を使用開始しているということである。
雨のため窓を開くことができずに使用開始と、寝苦しい夜の就寝時の使用開始については、既に使用を開始しているのである。

過去に例のない早い時期だということもあり、僕は、それらを、なかったことにしようかと思った。
だが、周囲は、当たり前のように、もう冷房を使用している。
だから、僕の意志が弱いというわけではないのだ。
今年が、とりわけ暑いのが原因なのだ。

そして何よりも、本当は冷房を使っているのに、それをなかったことにするのは、過去の僕に、そして未来の僕に対しても、不誠実極まりないではないか。

なので、僕は、冷房を使い始めたことを、公式に認めることとしたのである。
条件付きとしてではあるが。

あー、非常にすっきりした。
冷房の使用開始を自分の中で認めるか、それともなかったことにするか、ここ数日ずっと悶々としていたので、晴れ晴れしい気持ちである。
梅雨だけど。
雨だけど。
日中は大雨警報が出たほどの。

これで今夜から、心身ともに、快適に眠ることができるはず。  

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2016年06月22日

夏至に思う 2016 その2

一つ前の記事の続き。

一つ前の記事では、昨日の夏至に、夏至について思うことを書いた。
書いたことに嘘はない。
本当に思っていることを書いただけ。

が、昨日書いたことが、今、最も頭の中を占めているかといえば違う。
最も頭を占めていることは他にある。
ここ数日、四六時中考えいること。

それは、暑い、ということ。
暑過ぎる、ということ。
暑過ぎて辛い、冷房使いたい、ということである。

そして、更には、一時間未満の冷房稼働、一時間未満の冷房稼働と次の一時間未満の冷房稼働までの間が一時間以上あれば、それは冷房稼働とはカウントせず、結果、冷房使用開始日としてもカウントしない、という新たなルールを設定しようかと、半ば真剣に考えているところである。  

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2016年06月21日

夏至に思う 2016

夏至。

以前は、夏至を楽しみにしていた気がする。
待ちわびていたといってもいい。
夏至は嬉しかった。

が、近年は、むしろ悲しい。
春分、夏至、秋分、冬至の中で、一番嫌な日かもしれない。

だって、今日を境に、一日一日と、日が短くなっていくのだから。
確実に、着々と、淡々と、冬に近付いていくのだから。

と、近年は、毎年同じことを書いている気がする。
ネガティブ思考ここに極まれり、という感じがする。
我ながら。

が、その理屈でいうと、最も好きな日は冬至ということになるが、本当にそうかといえば絶対に違う。
冬至が好きになれるわけがない。
最も寒い時期を、今から迎えようという時期なのに。

結局のところ、僕は、年がら年中、冬に振り回されている。

あーあ。
あーあ。
あーあ。  

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2016年06月20日

陸上競技の「追い風参考」みたいな感じ その2

一つ前の記事の続き。

ええ、そう、冷房の使用開始日についての話の。
だって、暑くて辛くて仕方ないのである。
部屋にいる間は、そのことで頭がいっぱいになるのである。

さて、本題。
暑いといえば、今年の夏の暑さについて、こんなニュースをしばらく前に目にした。

それは、NASA(アメリカ航空宇宙局)が、今年の夏は、99%の確率で、観測史上最も暑い夏になる、といっているというニュース。

ここでいっているのは、世界規模、地球規模での暑さをいっているのだろうから、日本の夏が、観測史上最も暑くなるとは限らないだろう。
が、だとしたって、かなりの暑い夏になる可能性は高いといえるだろう。

確か、気象庁が発表した長期予報でも、今年の夏は暑くなる傾向があるとか何とかいっていた気がする。

で、実際、既に暑い。

昨日の話の流れでいえば、「NASAが観測史上最も暑くなるだろうといった年の冷房の使用開始日」として、もう使い始めていいのではないかと思えてきた。
というか、そうしたい。  

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2016年06月19日

陸上競技の「追い風参考」みたいな感じ

一つ前の記事の続き。

というのも、ふと思ったのである。
ひらめいたのである。
何故、こんな簡単なことに、今まで気が付かなかったのだろうか、というようなことを。

もちろん、冷房をいつから使い始めるか、過去、そして未来の僕と、終わりなき戦いを続けている、冷房使用開始日についての話である。

ふと思ったのである。
冷房使用開始日を、一律で競っていることに問題があるのではないのか、と。

詳しくは、こういうことである。

日中はまだ耐えられるが、寝苦しくて耐え難い夜もある。
眠ることができないと、体調を壊し、日常生活に支障が出る。

あるいは、窓さえ開けることができればどうにかなるのだが、雨が強く、窓を開け放つことができない。
で、部屋に熱気が籠ってしまっている。

またあるいは、来客があって、冷房を使わざるを得ない、等々。

そう、公式冷房使用開始日を、一律にただの一日とするのではなく、寝苦しかったので使用した(使用開始した)日、雨天で窓を開けないために使用した(使用開始した)日など、それぞれの状況に応じて、使用開始日を記録していけばいいのだ。
そして、今後は、その状況に応じた使用開始日について、過去、そして未来の僕と、競い合っていけばいいのではないか。

何で今まで、こんな簡単なことに気が付かなかったのだろうか。

さて、早速、「梅雨の週末を快適に過ごすために仕方なく」使用開始した日として、冷房を使い始めようか、どうしようか。  

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2016年06月18日

十七日の金曜日。大安(だった)

六月に入ってすぐ梅雨入りしたが、それからこちら、それほどまでには雨が多い感じがしない。
もちろん、降るには降っている。
快晴続きというわけでもない。
曇天続きだ。
が、ほぼ毎日雨というわけでもない。
梅雨って、こんなんだったか。

が、連日、蒸し暑さはひどい。
一週間ほど前のことだったか、蒸し暑さが尋常ではない、非常に寝苦しい日があった。
家族や知人は、その日の夜はというか、その日の夜から、エアコンの冷房を使い始めた人がほとんどだった。

僕はといえば、もちろん耐えたのである。
何故なら、既に昨年の僕からのメッセージを確認していたから。
そう、六月上旬かそこらで冷房を使い始めるのは、僕の中ではありえないのである。

そして、その寝苦しい夜、多くの人が冷房を使い始めた夜、僕は夢を見た。
あまりの蒸し暑さに寝苦しい、という夢を。

が、夢の中の朝と、現実の朝は大きく違った。

その寝苦しかった日の日中、偶然にも、知人数人に、僕が過去の僕や未来の僕と、冷房を使い始める日について競っているという話をして、いつものように面倒臭がられたのである。
だからだと思うのだが、夢の中に、その知人らが出演していたのである。
僕の家という設定らしき一つの部屋で、一緒に寝ていたのである。

で、現実は一晩中寝苦しかったが、夢の中では、心地よい朝を迎えた。
何故なら、夢の中で、知人の一人が、勝手に冷房をつけたからである。

そんな夢を見るほどに寝苦しく、そんな夢を見るほどに、僕は冷房の使用開始日に縛られているのである。

過去の実績を確かめると、使用開始日は七月上旬が妥当だろう。
まだ、二週間以上先だ。
耐えられるだろうか。

とても暑くて耐え難い日もあるだろう。
蒸し暑くて、寝苦しい夜もあるだろう。
実際、既にある。
正直、気の向くままに冷房を使い始めることができる人々が羨ましい。
夢の中でのように、僕の気付かないうちに、勝手に誰かが使い始めてくれればとも思う。

今、過去の実績を見返して、あることに気が付いた。
ここ三年は、大安に冷房を使い始めている。

大安。
日付が変わってしまったが、日付が変わるまでの今日、十七日は大安だった。

ああ、僕は、大きなチャンスを逃してしまったのかもしれない。
いやいや、十七日に使用開始は、あまりに早過ぎるだろう。
観測史上、最も早い日になってしまう。

ああ、ああ、面倒臭い。
自分でも面倒臭い。

お願いなので、誰か勝手に、僕の部屋の冷房のリモコンのスイッチを押してください。  

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2016年06月17日

華麗なり 他(再)

ダイエットのため、しばらく前から、意識して炭水化物を減らしているので、結果、カレー率も下がっている。
泣く泣くだが。

なので、現在は、身体の半分がカレーというようなことはないと思う。

ならば、現在の、僕の身体の半分は何だろうか。

うん、きっと、あれだな、あれ。
そう、毎晩口にし、、、、、、、、、(以下略)

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『華麗なり』(2011/06/17)

一つ前の記事が三行だった理由。

それは、弟に誘われて一杯やったからだ。
正確には、四杯も五杯もやったからだ。

ただ、夕食の献立がカレーだとわかった時点で(予想はしてたけど)、「カレイの翌日にカレー」とblogに書こうと考えていた。

それもあり、飲んだ最後にカレーをちょっとだけ食べた。
ほんの一口程度。

その結果、これまた予想通りの状況を迎えることとなった。

実家で夕食を食べてきました。
カレーでした。

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『優しくなくていいから半額にして欲しい』(2011/06/18)

一つ前の記事をUPした後、しばらくして思い出した。

あ、そうだ、昼食はカレーパンだった。
と。

更に更に、本日の夕食も、外でカレーを食べた。

バファリンの半分が「優しさ」でできているというのなら、僕の身体の半分はカレーでできていると思う。  

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2016年06月16日

そして、ごちそうさま 他(再)

以前、「肉じゃがを作ろうとしていたが途中からカレー」や、「キンピラゴボウを作ろうとしていたが途中からカレー」を、お作りにになったことがある母。

「肉じゃががカレー」は、まだ食べることができた。
が、「キンピラゴボウがカレー」は、カレー史に残るカレーだったと思う。
迷作中の迷作だったと思う。

それに比べれば、カレーじゃなくてカレイは、結果、カレーは何の関係もなく、単なるカレイの煮付けなので、何ら問題はない。
何の不安もない。
心配もない。
安心して口にできる。

が、「キンピラゴボウがカレー」は、、、、、、、、、(以下略)

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『そして、ごちそうさま』(2011/06/15)

実家で夕食をいただいたときの話。

母曰く、カレーライスを作ろうと思い、その材料を求めてスーパーへ行ったのだという。
しかし、鮮魚コーナーにとてもいい魚があったので、結局カレーの材料は買わず、魚を買って帰ってきたのだという。

で、夕食のメニューはカレイの煮付け。
カレーじゃなくてカレイ。

カレーがカレイになったことを淡々と語る母。

ダジャレですか?
僕を笑わせようとしているのですか?
blogに書けってことですか?

ちょうど書くことがなくてどうしようかと思っていたところ。

いただきます。
ありがたくいただきます。

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『華麗なる』(2011/06/16)

続き。

実家に行ったらカレーでした。

オヤスミナサイ。  

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2016年06月15日

甘いけど(再)

パンもそうだが、揚げ物も侮れない。
特に、フライや天ぷら。

楽しみに最後にとっておいたのに、まさかの玉ねぎだったーっ、てなのを、既に何度か経験済み。

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『甘いけど』(2011/06/14)

クリームパンだと思って食べたらジャムパンだった。

カレーパンだと思って食べたらピロシキだった、ということは幾度となく経験してきたが、ジャムパンからこんな仕打ちを受けるとは思っていなかった。
それだけにダメージもひとしおである。

今後は、クリームパンやジャムパンを甘くみないよう気を付けたいと思う。  

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2016年06月14日

センサイスイッチ その2

一つ前の記事の続き。

仕方がないかもとは書いたが、やはりダイエットは成功させたい。
なので、僕の中にあるダイエットのスイッチ、『ピタゴラスイッチ』に出てくる「ピタゴラ装置」みたいに、複雑で繊細なスイッチ、名付けて「センサイスイッチ」について、もう少し考えてみた。

センサイスイッチが、複雑で繊細な機構のため、ちょっとしたずれでも、スイッチオンに失敗してしまう。
だとすれば、そのちょっとしたずれが、具体的には何なのか考えてみた。

ちょっとしたずれ。
今日から走ろうと思ったけど、雨が降ってるから仕方がない。
走ろうと思ったけど、寒いから仕方がない。
一日から走ろうと思ったけど、諸々あってできなかったから、うん、まあ、来月の月初から。
どうせ、もう、これだけ食べてしまったのだから、もう少し食べても大差ない、から食べよう、酔ってるし。
気が付いたら酒の肴をを買い足して来てしまった、仕方ないから食べよう、酔ってるし。
気が付いたらカップ麺にお湯が注がれている、仕方ないから食べよう、酔ってるし。
等々。

ちょっとしたずれ、こんな感じだと思う。

うーん、、、、、、、、、僕が目標としている●年前の体重に戻る日が、果たしてこの先、本当に訪れることがあるのだろうか。  

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2016年06月13日

センサイスイッチ

一つ前の記事でも書いたように、地上波だけでは、フランスで開催されているサッカーの大会、EURO2016を全て観戦することができない。

レベルの高いサッカーの試合を観戦できないのが残念なのは当然のことながら、もう一つ、とても残念なことがある。
それは、ダイエット効果を期待していたのに、目論見が外れてしまうのではないか、ということである。

というのも、これまでの経験上、サッカーワールドカップやオリンピックの開催中は、体重が減り、ダイエットに成功することが多いのである。
その理由は、サッカーの試合や五輪の競技は、飲酒して観戦しないようにしているので、酒量というか、飲酒自体が減るのと、アスリートの身体を目にして、触発されるのもあると思う。
理由はどうあれ、僕の中のダイエットスイッチが入るのだと思う。

EURO2016ではあまり期待できないが、リオ五輪では、そのダイエットスイッチが入ることを期待したい。

というか、実際には、常々、日々、ダイエットスイッチを入れようと努めてはいるのである。
が、なかなかスイッチが上手く入らないのである。

おそらく、僕の中のダイエットスイッチは、『ピタゴラスイッチ』に出てくる「ピタゴラ装置」と呼ばれるらしいあのからくり装置みたいに、繊細で複雑な機構のスイッチなのだと思う。
だから、ちょっとしたずれがあるだけでもスイッチが入らず、ダイエットが成功しないというか、ダイエット行動にすら至らないのかもしれない。

ぜひとも、簡単にスイッチが入る、単純な機構なスイッチと交換して欲しいところだけど、僕の性格、人格、感性、心根が繊細で複雑だから、仕方ないのかもしれないな。  

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2016年06月12日

フランス時間で生活? その2

一つ前の記事の続き。
サッカーの大きな大会、EURO2016話の。

一つ前の記事でも書いたが、今大会は、地上波では全試合放送されない。
それでも多くの試合が観戦できるだろうと思っていたのだが、確かめると、思っていた以上に放送される試合が少ない。
非常に残念である。
フランス時間で生活してもいいとまで思っていたのに。

というか、実際、これまでも、ワールドカップやオリンピック開催期間は、現地時間に合わせての生活になりがちだった。

が、地上波では、あまり放送されない様子。
WOWOWだと、全試合放送されるようだ。
WOWOWへの加入も考えないでもないが、それだけのためだと躊躇いもある。

そのような状況下、家族の中の一世帯に、WOWOWに加入している家があったのを思い出した。
であれば、一ヶ月間だけ、WOWOW居候をするのもありかもしれない。
そうすれば、フランス時間での生活ができるかもしれない。

そうなれば、せっかくなので、他のライフスタイルもフランスっぽくしたい。
まずは食生活からと考えたが、具体的な料理がぱっとは思い付かなかった。

唯一思い付いたのはフランスパン。
次に頭に浮かんだのは、料理でも何でもなく、トレビアンという言葉。

どうやら、僕には、フランス生活は難しいようだ。
EURO2016の観戦にとどめておくか。  

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2016年06月11日

フランス時間で生活?

本日、というか数時間後に、EURO2016というサッカーの大きな大会が開幕する。
開催期間は一ヶ月間。

世界各地から代表チームが集まるワールドカップよりも、レベルの高いヨーロッパの代表チームのみで争う大会なので、ワールドカップよりレベルが高く、見応えがあるともいわれている。

地上波では全試合放送されないのは非常に残念だが、可能な限り観戦したいと思う。
するだろうと思う。

そうそう、大事なことを書き忘れていた。
フランスで開催されるので、時間は深夜も深夜、試合終了時間が完全に朝、というような時間帯。

えー、何がいいたいかというと、なので一月の間は、blogのqualityが下がるかもしれませんがご了承を、ということである。

まあ、qualityが低いのは、今に始まったことではないですが。
それに、六月から七月にかけては、毎年何らかの大きなスポーツイベントがあるので、これまた今に始まったことではないのである。

うん、まあ、今年は八月に五輪もあるんだけどね。  

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2016年06月10日

それが問題だ(再)

薬味のような常備しておくことが多い食料品や、日用品の中で消耗品タイプの物などを、どのタイミングで購入するかは、人それぞれだと思う。
そして、人それぞれに、なくなってから買う物、完全になくなってしまう前に、予め買い足してストックしておく物もあるだろう。

以下の過去記事に出てくるわさびは、僕の中では、完全になくなってしまう前に買い足しておく物の一つだ。

以下の過去記事の話も、オチに書いたように、複雑な気分になったが、つい先日も、似たようなことがあった。

ああ、そろそろわさびを買い足しておかなければと思い、購入し帰宅すると、既にストックが一つあったのだ。
そのときも、とても複雑な気分になった。

まあ、その二つとも、とうに使ってしまったからいいのだが。
昨日、新たに、ストック用のわさびを買い足したくらいだし。

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『それが問題だ』(2011/06/10)

チューブのわさびが残り僅かだ。
残り1回分、、、いや、0.8回分くらいか。
あと一度使ったら、確実に使い切ってしまう量だ。

僕は思った。
これを今使い切って、この後、新しいものを買うより先に、どうしてもわさびがないと困る事態に陥ったら、きっと僕は後悔するだろう。
であれば、この残りは保険としてとっておいて、今は我慢しよう。
新しく買ってくるまで我慢しよう。
と。

という状況が、この二週間くらい続いていた。

そんな中、本日、わさびが出てきた。
新しいわさびが。
買い置きしていたわさびが、戸棚から出てきたのである。

喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。
得をしたと思うべきなのか、損をしたと思うべきなのか。

僕は、とても複雑な気分になったのでした。  

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2016年06月09日

最終手段は「昇りでは利用しない」 他(再)

以下の過去記事から五年経った現在でも、「失礼します」問題に悩まされている。

もう一つの「閉じるボタン」問題は、自分ではどうしようもないし、もう、受け入れるしかない。
が、「失礼します」問題については、他に方法が、そうもっといい挨拶があってもよさそうな気がするのである。

が、が、もっとよさそうな挨拶が、今現在も見付からずにいるのである。

で、現在も、基本は階段を利用。
で、で、たまにエレベーターを利用し、「失礼します」問題に直面したときは、やはり仕方なく、「失礼します」と返しているのである。
腑に落ちない思いを抱えつつ。

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『最終手段は「昇りでは利用しない」』(2011/06/08)

エレベーターを利用するときに思うこと。

同乗した他人が先に降りるとき、「失礼します」と会釈をして降りられる方がいる。
挨拶をされると非常に気持ちよく、とても素晴らしいことだと思う。

が、しかし。
が、しかしである。
そこで、一つ問題が。
一つ困ったことが。

いつも悩むのである。
いつも迷うのである。

「失礼します」といわれて、何と挨拶を返していいのかを。
こちらも「失礼します」と返すのは、何だかおかしい気がするのである。
違和感を感じるのである。
夜遅い時間なら「おやすみなさい」とかでもいいのだが、そうでない場合、何と挨拶するべきか悩むのである。

ここでの「失礼します」という挨拶は、「お先に失礼します」あるいは「ここで失礼します」が略されたものだと僕には思えるのである。
そう考えると、エレベーターに残ったままの僕が、「失礼します」というのは違うと思うのである。

これがエレベーターではなく、路上などで別れる際などであれば、双方「失礼します」でも違和感は感じないのだが。

等々、常々考えているのだが、だからといっていい返しの言葉も思い付かず、腑に落ちない思いを感じながら、仕方なく「失礼します」と会釈を返す僕なのである。

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『最終手段は「やはり昇りでは利用しない」』(2011/06/09)

一つ前の記事の続き。
エレベーターを利用するときにもう一つ思うこと。

時折、先にエレベーターを降りる際、挨拶や会釈だけではなく、わざわざ「閉じるボタン」を押して出て行かれる方がいらっしゃる。

意図はわかる。
自分が途中で降りることでタイムロスが生まれてしまっているから、それを少しでも減らすために「閉じるボタン」を自ら押そう、という意図は。

その気持ちはありがたいし、間違ってはいないのだが、個人的には「そこまでしなくても。。。」といつも思う。
「閉じるボタン」くらい自分で押すし。

それよりも何よりも僕がいいたいのは、「閉じるボタン押せてないよ」ということである。
正確には、「押せてるけど、意味をなしてないよ」ということ。

エレベーターを降りるときにわざわざ「閉じるボタン」を押す場合、自分は出て行くわけなので、身体は出しつつ、でも手だけ残してボタンを押して、という格好になる。
そのような場合、たいがいがまだドアは開き切っておらず、そのため、そのタイミングで「閉じるボタン」を押しても、安全のため「閉じるボタン」はまだ無効なのだ。

僕がこれまでに見た、わざわざ「閉じるボタン」を押す行為は、例外なくそれに当てはまるので、結果、何の意味もないのだ。
結局、エレベーターに残った僕が、自ら「閉じるボタン」を押してドアを閉じているのである。

その行為に意味を持たせるため、成功させるためには、ドアが開き切ってから「閉じるボタン」を押すというのが絶対条件なのである。
となると、ドアが開き切るまで待つ必要があるわけだ。

それはそれで困る。
きっと、エレベーター内が変な空気になると思う。
きっと、「何でこの人降りないなんだろう。。。」か、「何だこいつ、早く降りろよ」という空気になると思う。

等々、いろいろ考えた結果、エレベーターを途中で降りる際、わざわざ「閉じるボタン」を押す必要はない、という結論に達する。

繰り返しになるが、「閉じるボタン」くらい自分で押すのである。  

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2016年06月08日

カレーパンのパン生地の気持ちについて考える 他(再)

どうしたんだろう。
どうしてしまっていたんだろう。

ええ、五年前の僕の話である。

今読み直すと、何いってるのかよくわからない。
カレーパンのパン生地の気持ちって何だ。
カレーパンにまぶされているパン粉の気持ちって何だ。

ただ、カレーパンは食べたくなった。

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『カレーパンのパン生地の気持ちについて考える』(2011/06/06)

どうしてそんなことを考えたのかは思い出せないが、唐突にカレーパンについて考えた。
正確には、カレーパンの気持ちについて考えた。
より正確には、カレーパンのパン生地の気持ちについて考えた。

以下、カレーパンのパン生地の気持ち。

俺はカレーパンのパン生地。
俺には腑に落ちないことが一つある。

パン生地としてこの世に生を受けた俺だが、幸運なことに、カレーパンになることができた。
カレーパンは、数あるパンの中でも、花形の一つといって過言ではないだろう。
俺は、そんなカレーパンになることができた。
大いに喜ぶべきことだと思う。

が、しかし、その喜びも長くは続かなかった。
すぐに、あることが気になって仕方がなくなってしまったのである。

それは、パン粉だ。
俺の外側にまぶされているパン粉の存在に気が付いてからというもの、腹立たしくて仕方がないのである。

カレーとパン、そう俺のことだ、それだけで十分成立しているではないか。
パン粉がなくても、十分にカレーパン足り得ているではないか。
パン粉なんて不必要ではないか。

パン粉なんて所詮、パンの中では落ちこぼれ中の落ちこぼれだ。
そんな奴らは、コロッケやとんかつなんていう下品な食べ物に使われていればいいのだ。
それなのに、カレーパンという高尚な食べ物に出張ってきやがって、あまつさえ、俺のまわりにまぶされやがったのである。

だいたい、パンの外側にパンの粉ってどういうことだ。
完全にパン生地である俺を、バカにしてるとしか思えないじゃないか。

パン生地である俺のまわりにまぶされ、俺を覆い尽くしているパン粉。
その存在が、俺にはどうしても腑に落ちないのである。

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『カレーパンにまぶされているパン粉の気持ちについて考える』(2011/06/07)

一つ前の記事で、カレーパンのパン生地の気持ちについて考えたが、続いて、カレーパンにまぶされているパン粉の気持ちについて考えてみたいと思う。

以下、カレーパンにまぶされているパン粉の気持ち。

僕はパン粉。
哀れなパン粉。

パン生地としてこの世に生を受けた僕。
どんなパンになれるのか、夢は広がるばかりだった。
しかし、幸せな日々は長くは続かなかった。

はじめ、自分は食パンになれるのだと思った。
メロンパンやクロワッサンみたいな派手さはないけど、食パンなら恥ずかしくはない。
純粋にパンの味だけで勝負する食パンなら、胸を張って生きていける。

そう思った僕だったが、しかし、違った。
違ったのである。
食パンではなかったのである。
パン粉だったのだ。
僕はパン粉用の食パンにされ、すぐにパン粉にされたのだ。

悲しかった。
涙が止まらなかった。

どんなパンになれるのかと、イースト菌の力も借りつつ夢を膨らませていたのに、僕がなったのはパン粉。
パンではなくパン粉。

この後僕は、コロッケだがとんかつだかにまぶされ油で揚げられて、パンとは程遠い物になってしまうのだ。

と思っていたのだが、それもまた違った。
僕がなったのはカレーパン。
カレーパンにまぶされたのだ。

パンの中でも最低ランクに位置するパン粉になってしまった僕だったけど、最後の最後で、パンの中では花形の一つ、カレーパンになることができたのだ。

が、しかししかし。
その喜びも長くは続かなかった。

カレーパンのパン生地が、僕のことを疎ましく思っているようなのである。
僕みたいなパン粉風情がカレーパンになっているのが、もっというと彼の身体を覆い尽くしているのが、どうしても納得いかないらしいのだ。
その怒りを隠そうともせず、僕にぶつけてくるのである。

好きでカレーパンになったわけではないのに。
好きでパン粉になったわけでもないのに。
僕は何もしていないのに。
何も悪いことなどしていないのに。

僕はパン粉。
哀れなパン粉。  

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2016年06月07日

いつも困ってるけど。。。(再)

「ノンアルコール芋焼酎」は、今でも強く印象に残っている。
しかし、以下の過去記事に書いた際に目にして以来、その後は一度も見てはいない。

目にしたお店がどこだったか。
ここかあそかと、二つの店のどちらかだとは記憶している。

そして、現在、どちらのお店にも、時折足を運んでいる。
次の機会に、まだ販売しているかどうか確かめてみるか。

ノンアルコールビールは理解できる。
好きか嫌いかは別として、もう何度となく口にしている。

ノンアルコールカクテルやノンアルコール梅酒は、その存在価値が、今でもあまり理解できない。
ノンアルコールワインなどは、甘くないぶどうジュースなだけなのでは、と思わずにいられないし。

まあ、どれも口にしたことがないので、一度口にすれば、また考えが変わるのかもしれないが。

それにしても、それらと比べても、ノンアルコール芋焼酎はもっと理解できない。
ノンアルコールカクテルやノンアルコールワインは、ノンアルコールビールを飲むのと同様の理由で選ぶ人がいるだろうとは思うが、どうしても、ノンアルコール芋焼酎を同列に考えることには、大きな違和感を覚えるのである。

ノンアルコール芋焼。
やはり、一度飲んでみるべきだろうか。
そうすれば、少しは考えが変わるだろうか。
blogのネタにもなるし。
たかだか、二百数十円程度だし。

というか、まだ売っているだろうか。
そこが一番の問題である。

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『いつも困ってるけど。。。』(2011/06/01)

ここ一、二年、ノンアルコールビールが広く認知され、売上も好調なのだとか。
実際、様々な種類の商品が販売されている。

それを受けてだろう、近頃では、ノンアルコールカクテルやノンアルコール梅酒なども販売されている。

カクテルや梅酒にアルコールが入っていなかったら、それって正にジュース以外の何物でもないでしょう、と思うのは僕だけではないはず。

ノンアルコール梅酒に至っては、もう完全に名前が矛盾してしまっている。
「ノンライスカレーライス」「ノンカレールーカレーライス」「ノン麺とんこつラーメン」「ノンとんこつとんこつラーメン」などといっているようなものである。

そんな中、先日、更に凄い商品を店頭で見付けた。
思わず声に出して笑ってしまったほどである。

それは、ノンアルコール芋焼酎。

いったいどんな味なのだろうか。
美味しいのだろうか。
需要があるのだろうか。
誰がどんなときに買うのだろうか。
そもそも買った人はいるのだろうか。

ひとしきり笑った後に、次から次へと浮かぶ疑問。

価格は二百数十円。

買うか?
それくらいの金額でblogの記事が一つ書けるなら安いものだし。
買うか?
でも、飲むか?
飲みたいか?
いや、飲みたくはない。

などと自問自答を繰り返し、結局購入には至らず。
でも、こうやってblogの記事にはしたけど。

今後、書くことがなくて困ることがあったら、三百円を握ってお店に走りたいと思うが、販売が継続されるのか否かが、非常に気になるところではある。  

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2016年06月06日

入梅に思う 2016 その2

一つ前の記事の続き。

昨日の時点では、「その2」を書くつもりはなかったのだが、本日(日曜日)と、明日以降の天気予報を目にして、思ったのである。
毎年のように思うことを。
そして、これまでに何度も書いてきたことを。

昨日の土曜日に、多くの地域で梅雨入りしたが、他の地域がどうだかはわからないが、少なくとも僕の住む地域では、本日は、早い時間に小雨が降った程度で、それほど雨らしい雨は降らなかった。
もちろん、晴れていたとはいわないが。

で、明日以降の予報を見ると、現時点での予報では、土曜日がくもり一時雨となっているだけで、しらばく雨の予報はない。
晴れるというわけではなさそうだが、くもり続きのようだ。

どうして、こう、いつもいつも、梅雨入りが発表されると、雨が降らなくなるのだろうか。
梅雨入りを見極め、発表をする気象台の担当者の方々も、頭も胃も痛いことだろう。

いや、きっと、手や腕も痛いに違いない。
肩や腰にもきているだろう。
大量の照る照る坊主を作り、逆さまに吊るす作業をされていることだろうから。

気象台関係者が大量に作り、逆さに吊るされた照る照る坊主の数よりも、世の中の人々が作り、雨が降らぬようにとの思いを託され吊られている照る照る坊主の数のほうが、多いからこういう現象が毎年のように起こるのだろう。

jokeとして書いたのだが、書きながら思った。
梅雨入りが発表される、多くの人々が晴天を望む、結果、大量の照る照る坊主が作られるというところまでは、あながち間違っていないような気がしてきた。  

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2016年06月05日

入梅に思う 2016

本日、といっても日付が変わる前の四日に、僕の住む地域も含め、複数の地域での梅雨入りが発表された。

気象台が公式にそう発表しているのか、報道機関の言葉使いに問題があるのか、どちらかなのかはわからないが、梅雨入りを伝える言葉がとても気になる。
きょう四日午前、どこそこが梅雨入りしたとみられる、という表現にである。
ちなみに、本日梅雨入りが発表された地域は、午前の梅雨入りと、午後の梅雨入りに分かれている。

もう何度も書いているが、気象台の発表は、あくまでも「梅雨入りしたとみられる」という曖昧なもの。
そして、公式記録としても、「●月●日頃」と記録されている様子。

自然現象であり、完全に明確にするのが難しいというのはわからないでもない。
だが、「きょう四日午前」になどといわれると、全体的に曖昧なくせして、午前午後については断定するのか、と突っ込みたくなるのである。

まあ、別に迷惑を被っているわけでもないし、心底腹立たしいというわけでもない。
毎年毎年梅雨入りの日に思うこと、考えることであって、ちょっとした定例行事である。
季節に関することなので、季節の行事ともいえるだろう。

ちなみに、話は変わるが、このところまた、体重が恐ろしいことになっている。
正確には、きっと恐ろしいことになっているだろうから、量ってはいない。
とても体重を量る勇気が出ないのである。

で、そろそろ真面目に運動しようと思っていた矢先の梅雨入り。

という、痩せなければ、運動しなければ、ああでも雨、ああでも寒い、ああでも明日から、ああでも来月一日から、等々の一連の流れは、定例行事というよりは最早、僕の日常といえるかもしれない。  

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2016年06月04日

離したことはないけど(再)

先日も書いたが、ここしばらく『サザエさん』を観ることができていない。

以下の過去記事のタイトルで、目を離したことはないと書いているが、目を離してしまっている自分が恥ずかしい。

五年前に書いた予想の、磯野家の居間のテレビがデジタルテレビになるは当たらなかった。
もう一つの予想、アナログ放送の完全停波が見送られることもなかった。

そう、磯野家のテレビがデジタルテレビにならなかったのだから、当然、東芝レグザにもなっていない。
それどころか、東芝の不正会計問題で、『サザエさん』のスポンサードがどうなるかという話が出ているぐらいだ。

フクヤママサハルさんは結婚し、久しぶりのドラマは惨敗。
そして、僕は、『サザエさん』から目を離してしまっている。

予想したことは当たらず、思ってもみなかったことが起こる。
未来予想は難しい。

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『離したことはないけど』(2011/05/29)

珍しく時事ネタ。

本日は日曜日。
日曜日といえば『サザエさん』。

とはいっても、『サザエさん』が時事ネタというわけではない。
『サザエさん』は時事というレベルのものではないのだ。
『サザエさん』は国民的アニメであり、いわば国民の財産。

さて、ここからが本題。

残り二ヶ月足らずで、アナログテレビ放送が終了する。
いわゆる「地デジ化」である。

地デジ化に関して、しばらく前から思うところがあった。
そう、『サザエさん』と地デジ化の関係についてである。

と、この後長々と書いたのだが消しました。
一度書いたものを、全て消しました。

というのも、非常に長い文章になってしまったのである。
考えていることを全部書くと、論文みたいになりそうなのである。

長々と書くのは本意ではないので、思い切って要点だけ書くことにする。

まずは結論から。

近いうちに、磯野家の居間のテレビがデジタルテレビになると思う。

そう、地デジ対応テレビに。
もっとえいば、おそらく東芝レグザであろうと思われる。
フクヤママサハルもびっくりである。

と、しばらく前から思っていた。
もちろん、今でも思っている。
タイトルは、「わが家にテレビがやってきた」か「デジタルテレビがやってきた」だと思っている。

が、しかし。
かなり前から、2011年7月24日までの地デジ化は非現実的、無謀、問題が多過ぎる、完全停波は無理、等々の声が挙がっていた中での、現在の国内情勢。
あくまでも個人的見解、私見ではあるが、7月24日にアナログ放送の完全停波は見送られるのではないかと思う。

そんな現在の国内情勢が、磯野家地デジ化計画に、全く無関係とは思えない。

果たして、磯野家の録画機器の一つも付いていないアナログブラウン管テレビが、デジタルテレビになる日が来るのか。
レグザが訪れる日が来るのか。

しばらく磯野家から目が離せそうにない。  

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2016年06月03日

シリメツレツ(再)

以下の五年前の過去記事。
内容はない。
手抜きのいい訳を、ぐだぐだ書いているだけである。

ただ、一点、大きく共感ができるところがある。
それは、連日の再放送(記事の再掲載・再利用)はよくない、と書いてあるところだ。

そう、連日の再放送はよくない。
何故なら、五年後の現在の僕が、再放送に使うための記事が少なくなるからだ。

以上。
五年経っても、内容はないのでした。

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『シリメツレツ』(2011/05/28)

何気なく確認してみたら、ここのところ、連日の再放送(記事の再掲載・再利用)。
いかんですばい、と博多弁で思った。

書くことがないわけではない。
むしろ、ある。
面白い話がいくつか。

より正確に書くと、面白くなりそうな「話の素」がいくつか。
ネタといってもいい。

それらは、いわば原石。
丁寧に研磨しないと、面白いものもそうでなくなる。

ちなみに、短いからといって、簡単に書けたというわけでもない。

そうだそうだ、そう簡単に面白い話なんて書けないのだ。
特に、家族が面白いことをしてくれたり、自分で体験したりしたならまだしも、ここ数日の「ドナルド話」(再放送)のようなものは、そうそう簡単には書けないのだ。

と、ここまで書いて読み直したら、始めは面白い話があると書いておきながら、途中から面白いことなんて書けないという話になっている。

それに、面白い話があるなんて書いたら、自分でハードルを上げているようなものだ。

やっぱり面白い話とかないです。
何にも書くことないです。
なので、寝ます。

神さまも、博多弁で、「そげんときは寝たがよか」といって下さっているので寝ます。

おやすみなさい。  

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2016年06月02日

全然違う

一つ前の記事の続き。

一つ前の記事で、五年前に見た、首に鎖を巻いた青年が、近頃テレビで目にすることのある、やはり首に鎖を巻いたプロレスラー当人ではなかったのかと思えてきた、と書いた。

が、冷静になると、そんなことはないだろう。
仮にそうだったとしたら、弟もその話をするだろう。
友人がプロレスラーで、バラエティ番組にも出てる、とか。

弟の友人が有名プロレスラーかもという疑念は、自分の中では晴れたが、その代わりではないが、また別の考えが浮かんだ。
それは、そのテレビでも目にするプロレスラーが首に巻いている鎖も、弟の友人同様に鍵なのではないか、という考えである。

今思うと、弟の友人よりも、多くというか、長めの鎖を巻いていた気がする。
きっと、昨今人気の高級ロードバイク(自転車)だか、バイクだかの盗難防止のための鍵なのではなかろうか。

ああ、でも、そうだったら、テレビに出演しているときは、鎖を巻いていたらおかしいか。
テレビに出演したりしているときこそ、自転車なりバイクなりの盗難防止のために、頑丈な鎖が必要だもんな。

うーん、残念、違ったかー。  

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2016年06月01日

全力で(再)

テレビのバラエティ番組で、何度か目にしたことがあるのだが、鎖を首に巻いているプロレスラーがいる。

以下の過去記事に出てくる青年だが、五年経った現在、さすがに顔までは覚えていない。
というか、以下の話も、読み直すまで忘れていたぐらいだし。

で、五年経って読み直した今、僕の頭に浮かぶ青年の顔は、あの鎖を首に巻いたプロレスラーの顔だ。

いや、もしかしたら、本当にそうだったのかもしれない。
そうとしか思えなくなってきた。

今度、弟に、確認してみようと思う。

--------------------
『全力で』(2011/05/24)

先日の話。

深夜に弟と実家の前に出たところ、前から自転車に乗った青年が近付いてきた。
その青年は、ひときわ目立つものを身に着けていた。

鎖だ。
くさり。

そう、チェーンというよりは鎖。
かなりの大きさ。
そして長さ。

その鎖を、たすきがけにして身に着けているのだ。
とてもファッションという感じには見えなかった。

瞬時に僕は悟った。
「あ、これはあれだ。目を合わせては駄目なタイプのヒトだ」と。

が、しかし。
あろうことか、「よお」と、向こうから声をかけてきたのだ。

僕は、心の中で言葉にはならない奇声を上げた。
助けを求める叫びだったのかもしれない。

と思ったら、「おお、久しぶり」と弟。

弟の友人だったのだ。
同級生なのだそうだ。
話しをすると、感じのいい好青年だった。

談笑を交わす中、弟が青年に質問。
「で、ところでその鎖は何?」

聞くと、自転車用の鍵なのだという。
よく見ると、確かに鎖の端に南京錠が付いている。

話してみれば好青年。
聞いてみれば何てない答え。
よくあることだ。

が、僕がもし一人だったら、青年に気が付いた時点で、きっと走って逃げていたと思う。  

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2016年05月31日

転んでもただでは起きぬ

変更しようと思えば簡単に変更できるので、現時点での話にはなるが、当blogをパソコンで表示すると、ページの左側にカレンダーがある。
そして、記事を更新(UP)すると、そのカレンダーの日付の数字に下線が引かれるようになっている。

さて、ここからが本題。

先日、ふと目に入ったそのカレンダーに、僕は違和感を覚えた。
下線が引かれていない日がある。
毎日更新しているのに、である。

五月二十三日。
確かめると、確かに記事がUPされていなかった。
前日まで、そして翌日以降は、いつも通りに記事がUPされている。

当日、前日、翌日のことを思い出してみたが、よく思い出せない。
予定がいろいろあって、ばたばたしていたのは確か。
そのばたばたの中で、失念してしまったか、勘違いしてしまったか、原因はそんなところだろう。

十年以上、記事を更新しなかった日は、ほんの数回。
それ以外は、内容のクオリティは別としても、必ず毎日更新してきた。
それが、こんな凡ミスと呼べるような未更新は初めてである。

もちろん、ショックだった。
気が付いたのが翌日とかだったら、日付を編集するなり、記事を追加するなりして、体裁を整えていたかもしれない。
だが、もう数日経っていたのもあり、それは断念。

ショックはショックだったが、それ以上に驚いた。
こんなミスを犯したことに。
自分が優秀だとは思わないし、日々UPはしていても、あっぷあっぷの更新だったが、それでも、今までこんなことは一度もなかったからだ。

まあ、でも、起こったしまったことを、いつまでも悔やんでも仕方がない。
万人に賞賛されたり、歴史に残るような記録に挑戦していたわけでもないし。
長く続けていれば、こんなことがあってもおかしくないだろう、ぐらいに受け止めるとするか。

うーん、もしかしたら、今回のことがきっかけで、今後、「長く続けていれば、更新を忘れる日ぐらいあるだろう」という名の手抜き(未更新)が、時折発動されるかもしれないけど。  

Posted by emu_shi at 16:50Comments(0)TrackBack(0)

2016年05月30日

ヒント、一週間前

とあることに気が付いて驚いた。
少なからずショックも受けた。

が、もっとショックを感じてもよさそうなものだが、それほど特別大きな悲壮感も感じていないので、それにもまた驚いている自分がいる。

ただ、今、詳細を書く気にはなれない。
今、詳細を書く気にはなれないほどには、落ち込んでいるのである。

ええ、ええ、手抜きだといわれても否定はしません。
でも、抜けてしまったのは、「手」よりも「やる気」かもしれない。

詳細は明日書きます。  

Posted by emu_shi at 21:41Comments(0)TrackBack(0)

2016年05月29日

東京で見る「梅雨」はこれが最後ねと♪

一つ前の記事の続き。

というのも、驚くべき偶然だが、一つ前の記事をUPした後に、「走り梅雨」という言葉を耳にしたのである。

走り梅雨。
梅雨に先立って、ぐずつく天候のことをそう呼ぶのだそうだ。

一つ前の記事に書いたくだらない「●●梅雨」は僕の悪ふざけだが、本当に他にもありそうだという思いが、更に強くなった。

「名残梅雨」とかありそうだと思う。
興が醒めるので、確認はしないけど。  

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2016年05月28日

じきにオリジナルが来ますが

恥ずかしながら近頃知ったことなのだが、たけのこ梅雨という言葉があるらしい。
一言でいえば、たけのこの季節に続く長雨のことをいうとのこと。

菜種梅雨という言葉があるのは知っていた。
しかし、たけのこ梅雨まであるとは。

となると、他にもまだあってよさそうだ。

菜種、たけのこと、季節の植物が冠せられてはいるのだが、菜種は油になるし、たけのこも美味しい。
季節の植物というより、旬の食材が冠せられいるように感じてしまう。

となるとなると、他の梅雨はこんな名前だろうか。

初がつお梅雨。
すいか梅雨。
寒ブリ梅雨。
うなぎのかば焼き梅雨。
さんまの塩焼き梅雨。
新そばの香りと味を引き立たせる絶妙な麺つゆ。

まあ、途中から食材というか料理だけど。
最後は、もう梅雨じゃなくなってるけど。  

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2016年05月27日

そこまで出たのに、何故?(再)

それに、冷えてないですよね?

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『そこまで出たのに、何故?』(2011/05/19)

実家での母と僕の会話。

母 「冷たいのあるよ。飲む?」

僕 「もらおうかな。ところで何?」

母 「えーとねー、えーと、えーと……」

僕 「…………」

母 「えーと、オロナ……、オロナ……、オロナミ……、オロナミ…………、オロナイン軟膏?」

お母さん。
そんなもの飲んだら、もしかしたら死ぬかも。  

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2016年05月26日

芳一さんもびっくり(再)

耐荷重8キロはあんまりだろう。
和製英語らしいが、いわゆるところのオーバースペックというやつだろう。

だったら、どれくらいが、適当、適正な値だろうか。

1キロでも、まだ過剰だと思うのだが。
1キロでも、耳ちぎれそうだし。

500グラムでも、まだまだなような気もする。
500ミリリットルのペットボトル、もちろん中身が入っている物を、耳にぶら下げるのを想像したけど、それでもまだちぎれそうな気がするし。

--------------------
『芳一さんもびっくり』(2011/05/17)

つい先日のこと。
とても印象に残った、とある商品の広告が一つ。

それは、ピアスのキャッチ。
耳の裏側でピアスを止める部品のことだ。

広告のいうところによると、ピアスを落として失くしてしまわないための、非常に固定力の強い商品なのだそうだ。
特許も取得しているという。
耐荷重は8キロなのだという。

8キロ。。。

きっと、多くの人が抱いたであろう感想を、僕も同じように抱きました。

耐荷重8キロ。
確かにその耐荷重だったら、ピアスが外れることはないだろう。

が、しかし、8キロのピアス。
十中八九、耳がちぎれる。  

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2016年05月25日

ノズルが鼻

先日、消火器の使い方についての話を耳にする機会があった。
そこで、消火器の使い方のキーワードとして、「ピノキオ」というものがあることを聞いた。

ピ。
(消火器の)ピンを抜く。

ノ。
(消火器の)ノズルを構える。

キ。
(火元との)距離を置く。

オ。
(レバーを)押す。

だそうだ。

耳にしてから思い出したのだが、この「ピノキオ」話を聞くのは、おそらく二度目か三度目だ。
が、いわれるまで、全く記憶になかった。
万が一、消火器を使用しなければならない事態に遭遇していたとしても、思い出すことはなかったであろうと思う。

ということは、今後、万が一そういう状況に陥っても、やはり「ピノキオ」を思い出す可能性は低いだろう。
これが、僕個人だけの問題であれば、単に僕が駄目なだけという話だが、もし、僕以外にも、同様のことが起こり得るのであれば、せっかくの「ピノキオ」というキーワードも、あまり意味がないということになる。

で、思ったのだが、であれば、消火器のデザインを、ピノキオにするというのはどうだろうか。
消火器は赤でなければ、という意見もあることだろう。
であれば、赤い服を着たピノキオにするなり、方法はいくらでもあるだろう。

消火器自体がピノキオになっていれば、さすがに誰でも、キーワードとしての「ピノキオ」を忘れることはないだろう。
消火器を使用しなければならない事態に遭遇したとしても、消火器を手にする際、見たからにピノキオなのだから、きっとキーワードも思い出し、正しい使い方ができるのではないのか。

また相変わらずくだらないことを、と思われるかもしれないが、実は、今回に限っては、結構真面目に考えているのだが。  

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2016年05月24日

ヒントは「僕が即答」 他(再)

実は、ここしばらく、『サザエさん』を観ることができていない。
もちろん、録画はきっちりしているけど。
複数の録画機器で。

『サザエさん』を肴に、サザエをではない、『サザエさん』を鑑賞しながら、深夜、独りでお酒を飲んでいた頃が少し懐かしい。

『サザエさん』を観ながら赤ワインを独りで飲んで、飲む過ぎて吐いたのは何年前のことだったか。

『サザエさん』を観ながら日本酒を独りで飲んで、飲む過ぎて吐いたのは何年前のことだったか。

--------------------
『ヒントは「僕が即答」』(2011/05/15)

先日、とあるお店に入ったときの話。

そのお店ではラジオが流れていて、ちょうどクイズコーナーの様子。
問題が耳に入ってきた。

「問題です。「子供は風の子」といいますが、では、フネの子供は誰でしょう?」

即答である。
いや、瞬答とさえいえる。
簡単過ぎる。
問題と呼ぶに値しない。

さて、答えは。。。

簡単過ぎるので引っ張るほどでもないですが、せっかくなので、正解は明日、次の記事で。

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『大甥、又甥、姪孫(てっそん)ともいうそうです』(2011/05/16)

解答編。

問題。
「子供は風の子」といいますが、では、フネの子供は誰でしょう?

一つ前にも書いたように、僕にはあまりにも簡単過ぎるのだが、一般人は腑抜けの集まりのようだ。
ラジオのリスナーが、続けて二人も間違っていた。

ラジオの人 「さて、お答えをどうぞ」
リスナーA 「えーと、ワカメちゃん」
ラジオの人 「と?」
リスナーA 「え? あ、カツオくん」
ラジオの人 「と?」
リスナーA 「え? え? イクラちゃん?」
ラジオの人 「ああ、残念。不正解です。イクラちゃんはあんまりですよー」

確かに。
あんまりだ。

ラジオの人 「では、次の方どうぞ!」
リスナーB 「カツオとワカメ」
ラジオの人 「と?」
リスナーB 「と……タラちゃん?」
ラジオの人 「うーん、残念」

って、どうしてそんなに間違えるんだ。
国民的アニメだぞ。

結局、ようやく三人目のリスナーで正解が出た。

書くまでもないだろうが、一応正解を。

磯野フネさんの子供は、サザエさん、カツオくん、ワカメちゃん。
タラちゃんは孫。
イクラちゃんは、義理の甥の息子。  

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2016年05月22日

季節柄冷製で

非常に気乗りしない予定というか、用事というか、ちょっとした集まりがあった。
許されることなら、不参加を決め込みたいところだった。

が、そういうわけにもいかず参加。
で、終了。

何だろう、この晴れ晴れしさは。
憂鬱な予定が終わった後の、この開放感たるや。

更にというか、比べるまでもなく優先順位の高い案件がまだまだ山積しているのだが、もうそれらも、どうでもよくなるかのような開放感だ。

まあ、どうでもいいわけないのだけど。
山を切り崩していかなければならないのだけど。

ああ、現実逃避がしたい。
直接的な表現だと、サボりたいといったところか。

ちなみに、サボるの語源はフランス語のサボタージュという言葉らしい。
破壊活動を意味するらしい。

別に、破壊活動をしたいわけではない。
そこまで、攻撃的な気分ではない。
ちょっと、逃げ出したいだけである。

うーん、そうだ、サボタージュではなく、新じゃがだかアスパラだかのポタージュを作るというのもありかも。
現実逃避として。  

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2016年05月21日

諸行無常の響きあり(再)

二万年も前の氷が、ものの数分で解けてなくなってしまうというのに、僕の身体に付いた余計な脂肪は、いっこうになくならない。
減りもしない。
簡単に増えるくせに。

だが、そんなことも、二万年という悠久の時の流れの前では、あまりにも些事だ。
気に病むことでもないか。
まあ、別にこのままでもいいか、、、、、、、、、いいのか?

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『諸行無常の響きあり』(2011/05/14)

本日、とある場所で、冷たいお茶をいただいた。
そこに入っていた氷がすごい。
二万年前の南極の氷なのだそうだ。
南極調査隊関連のお仕事をされている方から、お土産としていただいたそうなのである。

氷の中には無数の気泡が入っていた。
二万年前の空気というわけだ。
耳を澄ますと、氷が解けるとともに、ぷちぷちと二万年前の空気が弾ける音が聞こえるそうだ。

二万年。
あまりにも想像を絶する数字だ。

そんなはるか古代から存在したものが、目の前で、ものの数分で解けてなくなってしまう。(そして、僕のお腹の中に)

世の中はあまりにも儚い。
正に諸行無常。

blogに書く面白いことがない。
面白いも何も、そもそも何も書くことが思い浮かばない。
気が乗らない。

そんなちっぽけなことで、うだうだ思い悩むのは止めようと思った。
おやすみなさい。  

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2016年05月20日

そのためのアポストロフィのS

店舗等の名前、屋号に、人名を用いたり、そのまま人名ずばりだったりするお店もないわけではない。
特に、スナックなどによく見受けられる気がする。

ええ、一つ前の記事の続きです。

ふと、思ったのである。
「SNACK RIVER」と「SNACK RIVER'S SIDE」は、オーナーが一緒というわけでもなく、RIVERの隣だからSIDEを名に冠したわけでもないという可能性も、絶対にないわけではないよな。
と。

しかも、川が近くにあるわけでもない。
だとすれば、五年前も少し書いているが、オーナーなり店主なりの名前から命名された店名という可能性もあるだろう。

「SNACK RIVER」は、オーナーなり店主なりの姓が「川」、あるいは「河」。
川さんだか、河さんのお店。

「SNACK RIVER'S SIDE」は、オーナーなり店主なり、あるいはママさんの名前、しかもフルネームの推測ができる。
そう、「川野ほとり」か「河野ほとり」。
ほとりさんのお店なのである。

ほとりさんの両親が、姓が川野なり河野なのに、わざわざ「ほとり」などと名付けるだろうかと思わないでもない。
が、ほとりさんが、川野さんなり河野さんと結婚したのだと考えれば合点がいく。

うーん、全ての真相を、これまで以上に確かめたくなってきた。
が、川さんなり河さん、ほとりさんのお店なのかどうかなどは、外から見るだけでは確かめようがない。
少なくとも、どちらかのお店には入る必要があるだろう。

が、僕は、スナックに入ることがまずない。
以前は、付き合いで、時折入ることはあったが、もう何年も行っていない。
この先の人生で、再び入ることがあるだろうか、とさえ思うほどである。

なので、誰か僕の代わりに、それらのお店に行き、確認してきて欲しいと思う。
その場合、重要なことが二つ。

一つ目。
泥酔し、確認した内容を忘れてしまうような人選をしない。

二つ目。
自己負担でよろしく。

ああ、本当に、誰か行ってくれないだろうか。  

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2016年05月19日

川沿いリバーサイド♪(再)

以下の過去記事。
五年前は、アポストロフィのSに納得しているようだが、今読み返して考えると、どうも納得がいかない。
僕の英語力の低さが問題なのかもしれないが。。。

もしかしたら、五年前の僕の見間違いで、「SNACK RIVER'S SIDE」ではなく、「SNACK RIVER SIDE」だったのだろうか。

それほど遠方でもないので、次の機会にでも、確かめてみるか。
両店とも、まだあるだろうか。

もしまだ営業していたとして、再び目にしたとしたら、RIVER'SにしろRIVERだったにしろ、 「やっぱり川がないのに、何故RIVERなのか?」というもやもやが、再燃することになるのだろうけど。

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『川沿いリバーサイド♪』(2011/05/13)

本日、外出した際、信号待ちの車内から目にしたものの話。

信号待ちで車が止まったとき、とあるスナックの看板が目に入った。

「SNACK RIVER'S SIDE」

「スナックリバーサイド」と読めばいいのか。
しかし、川なんて全くない街の中。
何故リバーサイド?

理由として思い付いたのは、井上陽水先生のファンなのか、スナックのオーナーの苗字が「横川」とかか。

そんなことをあれこれ考えていると、ふと、隣のお店の看板が目に留まった。

「SNACK RIVER」

ああ、そういうことですか。
「スナックリバー」の横だから「スナックリバーサイド」。

よく考えれば、リバーサイドならスペルは「river side」だろう。
だが、看板は「river's side」。
なので、店名は「スナックリバーズサイド」が正しいのかもしれない。
アポストロフィのSが肝だったわけだ。

と、そこまで考えたところで信号が青に。
信号待ちの間に、(正解か否かはわからないまでも)納得のできる解答が見付かってよかったと思いながら車を発進。

と、ここまで書いて思った。
じゃあ川もないのに、何で「SNACK RIVER」?

ああ、すっきりしたと思ったのに。。。  

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2016年05月18日

オサケトモイウ(再)

副作用をより正確に書くと、ラーメンが食べたくなるではなく、ラーメンも食べたくなる。
ラーメンも、あれも、これも、どれも、食べたくなる。

この副作用がなくなると、ダイエット的にはかなりありがたい。
が、そこがまた魅力の一つでもあるので、非常に悩ましいのである。

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『オサケトモイウ』(2011/05/11)

所用があり、明日、早朝に起床しなければならない。
いや、朝が苦手な僕にとっては、まだ夜中といってもいい時間かも。

早く起きるには、早く寝なければならない。

が、いつも遅くまで起きている僕にとって、急に早く寝なければならなくなっても、それがなかなか難しいのだ。

しかし、起きないわけにはいかない。
寝坊は許されないのだ。
そのためには、早く寝なければならない。

世の中には、睡眠薬というものがあるらしい。
様々な種類のものがあるらしい。

そのようなものに頼るのは本当は不本意なのだが、場合が場合だけに仕方がない。
これから服用しようと思う。

効能の一つは眠くなること。
体質にもよるが、気分がよくなるという効能もある。

副作用は、場合によっては気分が悪くなること。
服用量が多過ぎた場合は特に。

他にもいろいろと副作用があるのだが、そのうち一つとても困った副作用があって、それは、ラーメンが食べたくなるというものである。

これらの副作用に気を付け、これから服用したいと思う。  

Posted by emu_shi at 01:43Comments(0)TrackBack(0)

2016年05月17日

抗うためにも

先日、午後の話。
椅子に普通に座っていて、うーんと背伸びをしたら、背中、正確には肩甲骨の辺りをつりそうになった。

痛かった。
しばらく動けなかった。
涙が出た。

今思うと、涙が出たのは、痛かったからばかりではないと思う。

必ず誰にでも忍び寄る、例の奴なのか?
そうなのか?

認めたくない。
認めたくはない、まだ。

忍び寄る例の奴を追い返すためにも、そして、また涙しないでいいようにも、もっと真面目に運動したいと思う。  

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2016年05月16日

ジコセキニンデヨロシク

一つ前の記事の続き。

インターネットが発達、普及し、もはや生活インフラ、ライフラインの一つとして数えてもいいのではないかともいえる現代。
知りたいこと、わからないことは、以前に比べると驚くほど簡単かつスピーディに、そのほとんどの答えを知ることができるようになった。

が、何でもすぐにわかってしまっては面白くないので、すぐに知る必要がないことは、疑問を感じてもあえて放置し、その正解、情報と巡り会える日を楽しみにしたりしている。

で、一つ前の記事に書いた、牛乳パック等のパックの開け口は、開け口でない側より、開封し易く作られているのかという疑問も、あえて調べないことに。

が、一つ前の記事をUPした後に思った。
ネットで検索し調べなくとも、その正解を調べる方法、確かめる方法があるではないか、と。

そう、自分の手で確かめるのである。
僕の考えた方法はこうだ。

未開封のパックを、目を閉じて開封。
自分の手で、開封し易かったか否かを感じる。
で、目を開け、今開けた開封口が、正しく開封口だったかそうでないか確認。

これを繰り返していけば、開封口が開封し易く作られているか、確かめることができるのではないのかと思うのである。

特に理由はないが、近頃は、パックの商品を購入していない。
が、欲しくなった。
買いたくなった。
中身に関係なく。

あ、中身に関係なくと書いて思ったのだが、何が入っているか、というよりメーカーによってだろうが、開封し易い、そうでもないもあるに違いない。
それも調べたくなってきた。

皆さんもいかがですか?

ただし、目を閉じて開封するので、中身をこぼしてしまう恐れもありますが。
あるいは、開封に失敗し、結局両側とも開けないとならなくなるリスクもありますが。
そして何より、検索するとあっさり答えがわかる可能性もありますが。  

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2016年05月15日

特に「折り込み線」という表現が伝わるかどうか。。。(再)

開封口の側は、開き易いよう、糊付けが甘くというか軽くというか、とにかく開き易いように作られている。
と、何かで目にした気がする。

以下の過去記事を読み進めながら、そのことが書いてあるかと思ったら、全く触れていなかった。
ということは、この記事を書いた後、そのことを知ったのかもしれない。

が、本当にそうか。
本当に、何らかの記事だかで目にしたのか。
単なる思い込みではないのか。
見たとはいっても、夢なのではないか。

調べるのは簡単。
正解は、すぐにわかることだろう。
が、それでは面白くない。

正解を知るその日を、楽しみに待ちたいと思う。

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『特に「折り込み線」という表現が伝わるかどうか。。。』(2011/05/10)

牛乳パックの話。

立方体のほうである。(まあ、今は三角錐のパックはなかなか見ないけど)
いわゆる、一般的な牛乳パック。

そのパックの開封口だが、どちらでもいいというわけではなく、片方に定められている。
「あけぐち」などと明記がしてあり、開きやすいように予めパックに折り込み線が入ってもいる。

さて、ここからが本題。

先日、パックの開封に失敗した。
一度目できちんと開かずに、強引に開いたところ、口は開くに開いたが、パックの内側の紙は閉じたままの状態になってしまった。(紙の薄皮が残ったような感じ)

仕方がないので、本来は開封口ではない反対側を開いた。(ちなみに、もう一つの対応策は、強引に指を突っ込んでの開封)
すると、とりあえず開封に成功はしたが、明らかにパックの強度が落ちた。
注ぐときに、不安は否めない感じ。

と、そんなことがあったとき、僕は二つのことを思った。

一つ目。

牛乳パックの開封口は、開封口と定められた側とそうでない側で、何か違いがあるのだろうか。
開封口のほうが、開封口として優秀にできているのだろうか、と。

「あけぐち」等の表示は、見た目の問題なので関係ない。
口を開きやすいように入れられた斜めの折り込み線は、無関係ということはないだろう。

では、それだけだろうか。
反対側との違いはそれだけなのであろうか。

それとも、開封口とされたほうは、パックの糊付けが特別で、開きやすいようになっているとかあるのだろうか。

二つ目。

昔は、そう幼少の頃は、もっと頻繁にパックの開封に失敗していた気がする。
仕方なく、反対側を開けていた気がする。

しかし、今や、最後に失敗したのがいつだったのかさえも思い出せない。
それほどまでに、現在では、パック開封に失敗することはなくなっている。
そんなことを、今回どれだけかぶりに失敗するまで、全く思い出すことがないほど、それほどまでにパック開封の失敗率は下がっていたのである。

技術革新だろうか。
それとも、単に僕個人が大人になったことで、牛乳開封に失敗しなくなったのだろうか。
もしかして、牛乳開封に失敗しなくなる、それが大人になるということなのだろうか。

以上。
オチとかはないです。

共感が得られるだろうか、いやそもそも、書いていることが伝わるだろうかと思いつつ、ここまで書き進めたのでした。  

Posted by emu_shi at 03:09Comments(0)TrackBack(0)

2016年05月14日

近年は丸腸がお気に入り(再)

「僕の日」の定番アイテム。
とても一つに絞れそうにない。

ということは、やはり、年に一日では駄目だということだ。
月に一日は「僕の日」を設ける必要があるだろう。

うーん、、、でも、定番アイテムを、たかだか十二に絞ることができるだろうか。
非常に困難な気がする。

うーん、、、、、、、、、週一か?

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『近年は丸腸がお気に入り』(2011/05/09)

一つ前の記事を書いた後も、「僕の日」制定の夢は広がるばかりだ。

日にちを考えるのはもちろんだが、それとは別にぜひとも決めたいことがある。
それは「定番アイテム」についてだ。

母の日であればカーネーション。
こどもの日であれば、こいのぼり、かぶと、ちまきや柏餅。
などなど。
具体例を挙げるときりがない。

であれば、「僕の日」にも、定番アイテムが必要だろう。

候補は、これまでblogでも散々書いてきたあん肝やかに味噌。
チーズや牡蠣に餅。
カレー、ラーメン、寿司、焼肉なども捨て難い。
それから、丸腸も外せない。

夢は広がるばかりである。  

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2016年05月13日

もちろん誕生日以外に(再)

まあ、現実には、誕生日はもちろん、それ以外の日も、気持ちの持ちようによっては、365日毎日が「僕の日」なのではあるが。

なので、毎日のように、おさ、、、(以下略)

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『もちろん誕生日以外に』(2011/05/08)

本日は母の日。
数日前はこどもの日。
その前日はみどりの日。

これだけいろいろな「日」があるのだから、「僕の日」があったっていいのではないかと思った。

みどりの日なんて、『サザエさん』のサザエさんの声優であられる加藤みどり様をはじめ、伊藤みどりさん、うつみ宮土里さん、辛島美登里さん、五月みどりさんなどなど、全国のみどりさんの日だ。

であれば、「僕の日」があったっていいと思うのは、それほど不遜なことではないと思うのだが、どうだろうか。  

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2016年05月12日

詭弁かつ矛盾に満ち溢れたblog(再)

以下の過去記事のような解釈もできるが、また違う解釈も思い付いた。

それは、子供たちに、大人になれば自己責任の元、好きなことを好きなように行動する自由があるということを、身を以て示す日。
早く立派な大人になれよ、というメッセージを送る日。
という解釈。

まあ、こどもの日に限らず、いつものことなのだが。

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『詭弁かつ矛盾に満ち溢れたblog』(2011/05/07)

先日、愛すべき甥っ子、姪っ子たちの、初節句やら誕生日やらこどもの日やらのお祝いを、家族で盛大に行った。
宴席は遅くまで盛り上った。

で、今になって思った。
いつまでもお酒を酌み交わす僕らを見て、子供らはきっとこう思ったのではないだろうか。
「どっちが主役だよ」と。

こういうのを、大人気ないというに違いない。

うん?
大人気ない?

大人気ないということは、子供っぽいということだ。
子供っぽいということは、子供ということだ。
子供ということは、こどもの日のお祝いの当事者になってもいいということだ。
ということは、飲んでもいいということだ、お酒を。(成人していれば)

なーんだ、何の問題もないじゃあないか。
成人してるし。  

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