2017年10月23日

物語ではなく現実

一つ前の記事の続き。
正確には、続きというか、大事なことを書き忘れてしまっていた。
季節限定ビール「冬物語」の話に熱くなってしまい、本来書く予定だった重要なことを、書き損じてしまっていた。

書き損じてしまった大事なこと。
本来書く予定だった重要なこと。
それは、寒いということ。
寒過ぎて、憎々しいということ。

先週は、週を通じて天気が悪く、ずっと雨続きだったのも関係あるのか、非常に寒かった。
肌寒いというよりは、もう、寒いだった。

「冬物語」の販売が始まっているとかいないとかどころの騒ぎではなく、もう実際に寒いのである。
物語ではなく、現実なのである。
これ以上に由々しき事態が、何か他にあるだろうかというほどの事態である。

あまりに憎々しく、あまりに憂鬱で、あまりに腹立たしい。

先日、年配の女性の立ち話が耳に入ったのだが、こんなことをいっていた。
夏が終わり、秋がなくて、すぐに冬になってしまったようだ、と。

秋よ。
いいのか、秋よ。
こんなことをいわれているのだぞ。
本当にそれでいいのか、秋よ。

店頭に「冬物語」が並んでいても、まだ冬の気配は遠く、秋真っ盛り、場合によっては少々暑い日もあったりするので、「冬物語」の販売を落ち着いて傍観していられたというのに、実際に寒かったらそうもいかない。
傍観どころか防寒が必要ではないか。
そして、このダジャレも、なかなかのできなのに、全く笑えないではないか。

秋よ。
いいのか、秋よ。
世間から、秋がなかったなどといわれても。
悔しくないのか、秋よ。

秋には、猛省を促したい。
今からでも全然遅くない。
全力での巻き返しを図っていただきたい。

と書いている今週も、引き続き天気が悪く、そして、忌々しいことに寒い。
この週末も、超大型台風の影響で天気が悪く、やはり寒かったのだが、ちょっと待て、台風って、本来、夏から遅くとも初秋ぐらいの気象現象ではないのか。
なのに寒いって、どういうことだ。
秋よ、本当に何ともないのか。
悔しくないのか。

ああ、あまりに憎々しく、あまりに憂鬱で、あまりに腹立たしい。
寒くて。

ああ、ああ、もう、あれだ。
飲むか。
飲んで忘れるしかないか。
そう、飲むしかないか。
「冬物語」を。  

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2017年10月22日

アルコール消毒(再)

以下の過去記事に、季節限定ビール「冬物語」が売っていたと書かれている。
日付は、十月十一日。

であれば、十月も下旬を迎えた今、もう店頭に並んでいてもおかしくないはず。

が、まだ見ていない。
ということは、今年はまだ販売されていないということか。

あるいは、既に店頭に並んでいるのに、その上、僕の目の前にあったことさえあるのに、冬を忌み嫌って止まない僕の無意識が、それを認識するのを拒絶しているのかもしれない。
冬を憎むあまり、現実を受け入れることができないでいるのかもしれない。

が、逃げてばかりいては駄目だと思う。
逃げずに現実を受け入れ、現状を把握することで、可能になる対策だってあるかもしれない。
忌々しい冬を撲滅するヒントのほんの一端かもしれないが、見出せるかもしれないではないか。

と思ったので、次の機会は、逃げることなく、直視したいと思う。
現実を。
ビール売り場の棚を。
「冬物語」が売っているか否かを。

でも、きっと、そこに「冬物語」が並んでいるのを目にしたら、やはり憂鬱になってしまうのではないかと思う。

うん、まあ、あれだ。
そのときは、仕方がない。
飲むか。
飲むしかないか。
そう、憂鬱になってしまったら、飲むしか他に方法がないのである。
「冬物語」を。

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『アルコール消毒』(2012/10/11)

喉が痛い。

2012-13秋冬も、まだ始まったばかりだというのに。
まだ初秋だというのに。

ああでも、既に店頭に秋風物詩ビール「秋味」はなく、それどころかビール「冬物語」が売っていた。
冬が確実に迫っている。。。
憂鬱である。。。

話を元に戻そう。
喉が痛い。
風邪の引き始めっぽい。

憂鬱なる通院生活の終わりも、まだ見えていないというのに。。。

この喉の痛さ、風邪っぽいのも、通院生活と無関係とは思えない。
穴が、僕の身体に開いている穴が、原因なのに違いない。

穴から、僕の身体に開いた穴から、すきま風が吹き込んで、僕の身体を冷やしているのに違いない。

喉が痛い。
ああ、喉が痛い。
患部も痛い。

あーあ、もう、「冬物語」でも飲もうかな。
冬は嫌いだけど。  

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2017年10月21日

かかとだけど その2(再)

以下の過去記事に出てくる、米ぬかやはちみつ以外にも、美容関連の商品に使用されている食品があるように思う。
卵とか、酒粕とか、味噌とか。

確かめたわけではないけど、でも、ありそうな気はする。
そして、塩麹もいけそうな気がする。
何の根拠もないけど。

てなことを考えていたら、唐突に、西京焼きが食べたくなってきた。
味噌繋がりだろうか。

いやいや、かかとではないです。
鰆でお願いします。

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『かかとだけど その2』(2012/10/09)

一つ前の記事の続き。

ざらざらが気になるかかとを、つるつるに戻すため、つるつるかかとを取り戻すため、かかとに塩麹を付けるか、あるいは、かかとを塩麹に漬ければいい。
と書いた。

が、書きながらも思っていたこと。

jokeのつもりだったが、意外と効果があったりして。
米ぬかやはちみつ等々、調味料や食材の類が、美容液や化粧品などに利用される例は、それほど珍しいことではない。
であれば、塩麹を利用したそのような商品が、今後発売されないとも限らない。
既にあったりして。
と。

ざらざらかかとを塩麹に漬けたら、本当につるつるかかとを取り戻せるかもしれない。
そしてもちろん、美味しくさえなるのだ。

僕の愛すべき甥っ子の一人は、とっても肉が好き。
なので、もし僕が、塩麹に漬けてつるつるかかとを取り戻したら、堪えきれず、噛りついてしまうかもしれない。
僕のかかとに。
甥っ子が。

なので、その点にだけは、十分に注意を払いたいと思う。

それでもなお、甥っ子に噛りつかれてしまった場合には、よき伯父として、「生じゃ駄目だよ。火を通さないと」と、甥っ子に優しく諭したいと思う。  

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2017年10月20日

かかとだけど(再)

一時期、まあ、以下の過去記事に出てくるから五年前なのだろうが、非常に流行った塩麹。

今はどうなっているのだろうか。
あまり目にしないし、名前もあまり聞かないような気がするのだが、僕の気のせいだろうか。
料理が非常に美味しくなるから流行ったのだと思われるが、そんなに美味しくなるのなら、常用され、定番化されてもよさそうだが、そうなっていないのだろうか。
僕が感じている印象通り、そうなっていないのであれば、何故だろうか。
何か理由があるのだろうか。
かかとを塩麹に漬けたら、つるつるになっただろうか。
美味しくなっただろうか。

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『かかとだけど』(2012/10/08)

ほんのしばらく前に、かかとのざらざらが気になる、つるつるにしたい、というようなことを書いた。(その1その2その3

様々な対策グッズ、ケア用品があるようだが、ふと、それらとは別に、効果がありそうなものが思い浮かんだ。

かかとがざらざらしているということは、いい換えれば、硬くなってしまっているといえるだろう。
だから、つるつるにしたいということは、柔らかくすればいいともいえるだろう。

であれば、塩麹はどうだろうか。
しおこうじ。
しばらく前から、とても流行している調味料。
旨味が増すだけでなく、食材を柔らかくする効果もあるらしい。

かかとに塩麹を付ければ、あるいは、かかとを塩麹に漬ければ、かかとが柔らかくなり、つるつるになるのではないだろうか。
つるつるかかとを取り戻せるのではないだろうか。

美味しくなるか、美味しくなくなるか。

どちらか選べといわれたら、美味しくなくなるよりは、美味しくなるほうがいいだろうし。  

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2017年10月19日

ダイイチマオウ その2

一つ前の記事をUPした後、他にも魔王がいないだろうか考えてみた。

今回、新たに発見した魔王は二人。

一人目。
朝になると現れる魔王。

朝だ魔王。

起きなければならない時間になっても、だらだら惰眠を貪っている人を、恫喝するために現れる魔王。
トリプルアクセルが飛べる。

二人目。
お腹の上に現れる魔王。
大河ドラマの主演経験もあり。

胃の上魔王。

以上、悪ふざけでした。  

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2017年10月18日

ダイイチマオウ

先日、テレビを見ていたところ、女優の大地真央さんが出ていた。
で、同席していた知人と大地真央さんの話をしていたところ、もう一人の知人が面白い聞き間違いをしたのである。
以下のような感じ。

「え、ダイイチマオウ? 第一魔王?」

原因の一つとして、知人が大地真央さんのことを知らなかったというのもあるだろうが、それにしたって面白いと思った。

第一魔王。
複数いる魔王の中の、一番目の魔王ということか。
首席魔王ということか。
大魔王とどちらが上位なのだろうか。
宝塚出身だったりするのだろうか。
何とか組の第一スターだったりするのだろうか。

あれ?
  

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2017年10月17日

再放送に思う その2(再)

以下の過去記事に『妖怪人間ベム』が出てくる。
その『妖怪人間ベム』だが、この十月から、また放送が開始されている。

枠が余ったから、などという理由ではないようである。
地上波ではないものの、深夜番組として、あえての放送といった趣である様子。

一つ前の記事に出てくる再々放送どころか、いったい何度目だろうかというほどの放送回数だ。
要は、再放送だろうが再々放送だろうが、需要さえあれば問題ないということだろう。
そう、需要さえあれば。

需要、、、
僕が必要としているという意味では、大いに需要がある。

そこへ行けばどんな夢も叶うというガンダーラもなさそうだし、何もしなくても、毎日勝手に、blogが更新され、自動的に面白い記事がUPされるようなこともなさそうだ。

そう考えると、大いに大いに需要があるのである。

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『再放送に思う その2』(2012/10/07)

一つ前の記事をUPした後に思ったこと。

あの幼少の頃の、平日の夕方、16時から18時の時間は、楽しみな時間の一つだったな。
と。

が、楽しいのは楽しいのだけど、何だか切なさのようなものも伴っていたような気がする。
そのように感じていたのは、果たして僕だけだろうか。

『一休さん』は、時折切ない話があるし、エンディングの曲も切ない。

『妖怪人間ベム』は、怖いし切ない。
最終回もかなり切ない。

『あぶない刑事』はコメディタッチなんだけど、要所要所はシリアスで切ないし、エンディングがまた切ない。

『西遊記』も然り。
ゴダイゴの名曲が切ないのである。

番組の内容や音楽だけに要因があるのではなく、夕方の、黄昏時の雰囲気もまた、切なさを感じるのと関係あったのかもしれないが。

さて、『西遊記』。
そして、ゴダイゴ。
とくれば、個人的には『西遊記供戮痢悒曄璽蝓&ブライト』が好きなのだけど、有名なのはやはり『ガンダーラ』だろう。

そこへ行けばどんな夢もかなうというよ♪

行きたい。
ぜひ行きたい。

そこへ行けば、何もしなくても、毎日勝手に、blogが更新されるということだろう。
面白い記事がUPされるのだ。
自動的に。

そこへ行けば、もちろん、ああ、もちろん、通院だってしなくていいのだ。

行きたい。
ぜひ行きたい。
ぜひとも行きたい。  

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2017年10月16日

再放送に思う(再)

一つ前の記事で、『機動戦士ガンダム』を観たのは、幼少の頃、再放送だと思われる、と書いた。
以下の過去記事の文末にも、再放送で目にしたテレビ作品の名前が並んでいる。

が、記事の内容はといえば、再放送は再放送でも、当blogの再放送、記事の再掲載・再利用についての話である。

いつか再放送に追いつかれる日が来るのだろうか、と書かれている。
よくよく考えると、再放送に追いつかれるという表現は、意味がわかりにくい。
要は、再放送可能な記事がなくなってしまうという意味だと思われる。
そういう意味では、まだ追いつかれてはいない。

ただ、再放送に追いつきはした。
これまた、この表現が正しいのかは難しいところである。
要は、再放送記事を書くために物色している過去記事の中に、しばらく前から再放送記事が出てくるようになった、ということである。
「要は」とは書いたものの、上手に説明できているとは思えないけど。

ただ、次のことに関しては、特別な説明は不要だろう。
明確なことなので、明言できる。

再々放送にはまだ手を出していない、と。

そう、まだ。
今はまだ。

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『再放送に思う』(2012/10/06)

近頃、再放送(記事の再掲載・再利用)率が低い。
いいことだろうけど。

それが全てというわけではないが、大きな要因の一つは、通院生活ネタを書いているからだ。
憂鬱な通院生活だが、その点だけが、唯一よかったことだといえるかもしれない。
近頃の更新は、「怪我の功名更新」だったといえるのかもしれない。

ただ、通院しなくてよくなるのと、毎日再放送のどちらかを選べといわれたら、、、書くまでもない。
書くまでもないよ。

再放送。
古いものから読み直して、再掲載したいもの、できるものを、順番にUPしている。
で、現在、2007年12月まで到達。

この12月の記事が、ちょっとした曲者なのである。
季節柄の記事内容が多く、同じ12月にであればまだしも、違う時期には再放送にふさわしくないものばかりで、ほとんど使える記事がないのである。

ので、再放送記事も、じきに、とうとう2008年に突入することになるだろうと思う。

そして、いつかは、再放送に追いつかれる日が来るのだろうか。
来てしまうのかもしれない。

そうなったら、甘い誘惑でもあり、禁断の果実でもある再放送は、使えなくなってしまうということだ。

恐ろしい。
恐ろし過ぎる。
考えたくもない。

もしその日が来たら、更なる禁断の果実、超えてはいけない境界線の向こう側にあるという、再々放送に、僕は手を出さずにいられるだろうか。

いや、まあ、でも。
それほど深刻に考えなくとも、前例はいくらでもあるな。
枚挙に暇がないほどに。

『あぶない刑事』とか『西遊記』とか。
『トムとジェリー』とか『ポパイ』とか。
『アタックナンバーワン』とか『アルプスの少女ハイジ』とか。
『一休さん』とか『妖怪人間ベム』とか。  

Posted by emu_shi at 23:07Comments(0)

2017年10月15日

あえていおう、パロディであると

そう、パロディなのである。
パクリではない。

ええ、一つ前の記事の最後の文章についての話である。
とある有名なアニメの中の、有名な台詞の一つなのである。

隠す必要もないか。
『機動戦士ガンダム』というアニメである。

アニメに全く興味のない方でも、ガンダムという名前ぐらいは、聞いたことがあるのではないだろうか。
僕がガンダムを観たのは幼少の頃。
それでも、再放送だったのではないかと思われる。

大いに熱中。
幼かったので、ロボットアニメとして熱中していたように思う。
どれだけプラモデルを作ったことだろうか。

だが、実際には、単なる子供向けのロボットアニメなどでは全くなく、大人の鑑賞にも耐えられる内容だといわれている。
それが、現在も多くのファンがいる所以の一つであるともいわれている。

で、大人になり、もう一度きちんと『機動戦士ガンダム』を観たいと思っているのだが、未だ果たされずにいる。
もう十年以上、いや二十年は思っているかも。
本当に観たいと思ってはいるのだが。

以上、オチなどはない。
おじいちゃんになるまでにはガンダムをもう一度観たい、という話である。  

Posted by emu_shi at 05:52Comments(0)

2017年10月14日

意外とあるのでは その2

一つ前の記事で、タイトルに「意外とあるのでは」と書いた。

世界や星というレベルの話は置いといて、国レベルでは、あるような気がするのだが、実際はどうだろうか。
冬のない国、衣替えをしなくていい国、という話である。

ちなみに、常夏と称されることのある沖縄だが、以前テレビで、さほど寒くもないのに、おしゃれのために我慢して冬服を着る、というようなことが紹介されていたのを目にした。
それが事実であれば、国内には、衣替えをしなくていい地域はないということになりそうだ。

だが、世界に目を向ければ、冬のない国はありそうだ。
それは同時に、衣替えの必要がないということだといえるのではないだろうか。

などと考えていて思った。
衣替えの必要がない国は国でも、僕が思っている、僕が願っているのとは真逆の国もあるのではないか、と。

そう、夏のない国。
冬しかない国が。

思ってしまった。
僕は、思ってしまった。
そして、このような言葉が浮かんでしまった。

ただ、予めお断りさせていただくと、あくまでも個人的見解である。
そのような国、地域があったとして、そこにお住まいの方々を、貶めようなどという思いは微塵もない。

が、このような言葉が浮かんでしまったのである。

あえていおう、地獄であると。  

Posted by emu_shi at 01:56Comments(0)

2017年10月13日

意外とあるのでは

先日、母に会った際、こんなことをいわれた。
もう衣替えはしたか、と。

結論からいうと、まだしていない。

数日前、非常に暑い日が何日か続きはしたが、とはいっても、さすがの僕も、まだ晩夏だなどという主張はしない。
まあ、まだ、初秋だけど。
で、屋内外を問わず、まだ半袖でも全く問題ない。
というのもあり、衣替えはまだである。

が、まだしてはいないが、確かに、そろそろそのような時期だろうとは思う。

が、が、まだする気はない。
する気になれない。

ええ、ええ、そうです。
いつもの理由です。

積極的に衣替えをすると、季節が変わることを認めてしまうようではないか。
僕の忌み嫌って止まない冬の到来を、認めてしまうかのようではないか。
なので、僕は、少なくとも積極的に衣替えをする気はない。

ああ、どこかに冬のない国がないものだろうか。
冬のない世界が。
衣替えをしないでいい星が。  

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2017年10月12日

心配いらないと笑った♪ その2(再)

読み直して、現実逃避の二つの意味がわからなかった。
しばらく考えて、ようやくわかった。
アナとANAだと。

五年経った今、ライダーベルトを持っているか否かは秘密。

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『心配いらないと笑った♪ その2』(2012/10/05)

一つ前の記事の続き。

穴や壁も気になるが、他にも気になることが。
それは、時折、先生が、僕にはわからない専門用語を口にすること。

先生 「(看護士さんに向かって)すみません。●×●×取ってください」
僕の心の声 (●×●×って何ですか? ●×●×って何ですか? ●×●×ッテナンデスカ?! 改造ですか? 改造するんですか? 僕を改造するんですか?! 僕は改造人間になって、怪人とかと戦わないといけないんですか?! 何号ですか? 何号ですか? ボクハカメンライダーナンゴウニナッチャウンデスカ?!)

みたいな。

それにしても、改造人間は嫌だな。。。
通院生活と、ショッカーと戦うの、いったいどちらが嫌だろうか。。。

で、やはり穴も気になる。
大きさとか。

ストローで例えるならば、僕としては、高い栄養ドリンク剤とかに付いてくる、あの細いストローの直径くらいだろうと思っている。
であればいいと。

しかし、見えはしないのだけれど、先生にしていただく診療の感じからすると、それほど小さいとは思えない。
残念ながら。

では、どれくらいか。

一般的なストローくらいか。
シェイク用くらいか。
もしかして、タピオカドリンク用くらいの大きさか。
それとも、まさか、ストローで例えるのは無理?
あるいは、ニュースを読む人とか。
はたまた、航空会社とか。

後半二つを、心理学的に、「現実逃避」と呼ぶのだと思う。

あーあ。
先生、穴って何ですかねー。
穴って何ですかねー。

とりあえず、今、事実としてわかっていることは二つ。

先生から、まだライダーベルトは渡されていない。
なので、変身もまだできない。  

Posted by emu_shi at 05:03Comments(0)

2017年10月11日

心配いらないと笑った♪(再)

いつか時が経ったら笑い話になると書いてあるが、五年経った今、全く笑い話になっていない。

一連の過去記事を目にするまで、五年前のことだと失念していたぐらいだ。
記憶の底に封印してしまっていた。
笑うどころではないのである。

これまでの過去記事では、通院していることは書いていても、症状については触れていなかった。
が、以下の過去記事では、少し書いてある。

穴があると。

穴。
五年経った現在、どうなったかは秘密。

仮面ライダーに変身できるようになったか否かも同様。

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『心配いらないと笑った♪』(2012/10/04)

出口の見えない通院生活。

今は全く笑えないけど(僕以外は皆笑っているし、喜んでいるけど)、いつか時が経ったら、笑い話になるだろう。
なって欲しい。
切実に思う。

なるに決まっている。
さだまさし先生がそういっているし。
山口百恵さんが歌ってたし。

なので、忘れてしまう前に、備忘録も兼ねて、病院の先生の言葉と僕の心の声の記録を、書き残しておこうと思う。

ちなみに、診療しているところは、僕からは全く見えないのであります。
そして、診療後も、患部がどうなっているか、全く見えない状態が続いているのであります。

先生 「穴を開けました」
僕の心の声 (穴って何ですか? 穴って何ですか? アナッテナンデスカ?! ボクノカラダニアナガアイタンデスカ?!)

先生 「壁があってですね。その壁から…………」
僕の心の声 (壁? 壁??? 壁って何ですか? 壁って何ですか??? カベッテナンデスカ?! イツ、ボクノカラダニ、カベトカデキタンデスカ?!)

先生 「どうですか? 大丈夫ですか?」
僕の心の声 (僕は大丈夫なんですけど、今まで先生が診察していた少年が、号泣しているのがずっと聞こえていたんですけど。。。悲痛な叫びが聞こえていたんですけど。「ヤメテ!!!」ッテ、ショウネンガナキサケンデイタンデスケド。。。ミミカラハナレナインデスケド。。。)

先生 「今閉じてもいいけど、今閉じると…………」
僕の心の声 (閉じる? 閉じるって何ですか? ドウヤッテトジルンデスカ?!)

先生 「(生理食塩水で)洗浄しますね……ああ、沈殿していたのが浮いてきましたよ…………」
僕の心の声 (沈殿? 沈殿って何ですか? 浮いてくるって何ですか? というか、どれだけの水をお使いになるんですか? 池とかできてるんじゃないですか? 僕の身体に、池とかできてるんじゃないですか? イケトカ!)

書くんじゃなかった。。。
思い返すんじゃなかった。。。
また憂鬱になってきた。

こういうのは、通院生活が終わるか、せめて出口が見えて、光明が射し始めたくらいでやるんだった。

あーあ。
先生、穴って何ですかねー。
穴って何ですかねー。  

Posted by emu_shi at 04:31Comments(0)

2017年10月10日

神無月に思う 2017 その2

一つ前の記事をUPした後に、何の気はなしに調べた。
念の為の確認的な感じ。
神無月について。

そこで、初めて知った。
神無月に神さまが出雲に集まるという話は、本来の語源、由来ではないらしい。
後付けの話らしい。

ちなみに、このようなことを、民間語源、語源俗解というらしい。

ちなみにちなみに、神さまが出雲に集まるため不在になるという話は、平安時代にはもういわれていたらしいので、十分過ぎるくらい古い話ではあるとは思うのだが。

さて、本題。
十月、神無月だからといって、神さまが皆、出雲に集まるという話は誤解だった。
であれば、blogの神さまも、すぐ近くにいるかもしれないのである。

であればであれば、僕にもっとその恩恵を与えていただきたい。
僕のblogの更新のフォローをしていただきたい。
直接サポートをしていただきたい。
ネタを提供してくださってもいい。
僕の代わりに、更新してくれるのであればなおよし。

などと、考えた次第である。
現実逃避ともいう。  

Posted by emu_shi at 04:35Comments(0)

2017年10月09日

神無月に思う 2017

一つ前の記事にも書いたように、特に書くことがなく、カレンダーに目を向けた。

そこで、八日が寒露であることに気が付いたのだが、もう一つ気が付いたことが。
それは、今が、神無月であるということ。

神無月。
神さまのいない月。
神さまが皆、出雲に行ってしまう月。

ああ、そうか。
だからか。
神さまが不在だから、こんなに苦しいのか。
blogの神さまが出雲に行ってしまったから、blogの更新がこんなに辛いのか。

と、一瞬だけ思ったが、よくよく考えるまでもなく、神無月だろうがなかろうが、いつだってblogの更新は辛いのである。
苦しいのである。

となると、本当にblogの神さまなんているのだろうか、と思えてくる。
いらっしゃるのであれば、これほどまでに僕を苦しめたりするだろうか、と。

あるいは、こうも考えられる。
流行時、ピーク時に比べれば激減したと思われるが、それでもなお、blogを書いている人はそれなりの数だと推測される。
であれば、神さまの手に余るのだろう。
なので、僕まで恩恵が届いていないのではなかろうか。

であればであれば、今、出雲に行くのはどうだろうか。
出雲に行って、blogの神さまを探し出し、会って話をして、もっと恩恵を、もっとケアを、何なら直接サポートをと、お願いするのはどうだろうか。
確実に出雲にいるとわかっている今こそが、そのチャンスなのではなかろうか。

などと、考えた次第である。
現実逃避ともいう。  

Posted by emu_shi at 10:25Comments(0)

2017年10月08日

寒露に思う 2017

書くことが何もないなと、何とはなしにカレンダーに目を向けた。
そこで、本日、十月八日が寒露だと知った。

寒露。
露が冷気によって凍りそうになる頃。

暦と実際の季節感にずれがあるのは百も承知。
事実、地域差はあるだろうが、凍りそうになるには早過ぎる。

が、である。
それでも、である。

僕は思った。

見たくなかった。
知りたくなかった。
と。  

Posted by emu_shi at 04:26Comments(0)

2017年10月07日

「その2ということで」のその3(再)

近頃、たべっ子どうぶつを口にしていない。

とはいえ、一年に一度か二度は、口にする機会があるように思う。
そして、それは毎年のこと。
たべっ子どうぶつを口にしていない年は、おそらくないのではないかと思う。

この歳で、なかなかそんな人は他にいないのではなかろうか。(ギンビス関係者を除く)

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『「その2ということで」のその3』(2012/10/03)

二つ前の記事で、合同誕生会が開催されたと書いた。

しかし、歳を取ることも、悪いことばかりではない。(真面目な注釈を入れるなら、そもそも、決して悪いものではないが)

というのも、愛すべき甥っ子と愛すべき姪っ子から、誕生日プレゼントをもらった。
これまた僕が愛して止まないものの一つ、「たべっ子どうぶつ」を。
しかも、彼らがラッピングしてくれたもの。
メッセージ付き。

食べられない。
食べられるはずがない。
防腐処理を施して、永久保存しておきたいくらいである。
防腐処理した「たべっ子どうぶつ」、ラッピング、メッセージを、額に入れて飾りたいくらいである。
僕だけの「動物園」を作りたいくらいである。

永久保存が無理なら、せめて長期保存したい。
そして、彼らがお酒を飲める歳になったら、その「たべっ子どうぶつ」を肴に(「さかな」じゃなくて「どうぶつ」だけど)、美酒を酌み交わしたいものである。

何はなくとも、甥っ子や姪っ子、「たべっ子どうぶつ」に恥じない伯父でい続けられるよう、日々精進していきたいと思う。

そのためにも、まずは、つるつるのかかとを取り戻したいと思う。  

Posted by emu_shi at 04:40Comments(0)

2017年10月06日

「そうだね」っていわれたらどうしようか(再)

再掲載されている記事が2007年の記事。
その十年前に書かれたタイトルに、「未だに食べていない」と書かれている。

で、2017年現在も、まだ食べたことがない。
新巻鮭。

もう、そこそこいい歳の大人だし、一度ぐらい口にしてみたいものである。
新巻鮭。

まあ、本当にいい歳をした大人は、いつまでも恨みを抱き続けたりはしないのだろうが。

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『「そうだね」っていわれたらどうしようか』(2012/10/02)

先日、旧友と、かなり久しぶりに話をする機会があった。

その友人に、「かまぼこ屋さんに、新巻鮭の恨みは忘れていないと伝えてくれ」といったところ、「新巻鮭の恨み?」という答えが返ってきた。(新巻鮭の恨みエピソードは、以下に再掲載)

僕は思った。
やはり、被害者しか覚えていないんだ。
と。

更に思った。
もしかしたら、友人もぐるなんではないか。
実は友人も、僕の新巻鮭を食べたのではないか。
と。

というのも、元々、友人家族とかまぼこ屋さんは親交があり、僕をバイトに誘ってくれたのもその友人なのだ。

そう考えると、親交があるかまぼこ屋さんと友人家族が、僕が勝ち得た新巻鮭を食べてしまった可能性は否定できない。
口止めを兼ねていた可能性も考えられる。

だとすれば、友人は、忘れたのではなく、しらばっくれているだけなのかもしれない。

ならば、こちらにも考えがある。
今度会う機会があったら、「あのときの、ガソリンスタンドのくじで当たった新巻鮭、本当に美味しかったよね」と、鎌をかけてみたいと思う。

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『そして、未だに食べたことがない』(2007/06/26)

(前略)
それは高校を卒業してすぐの頃の話。

当時の僕は、かまぼこなど練り物を扱う卸問屋で、友人と一緒にアルバイトをしていた。
その会社はとあるスーパーマーケットの下請けで、各店舗からの注文に応じて商品を仕分けし、それをケースに入れてスーパーの流通センターまで運ぶのが仕事だった。

ある日、仕分けを終えた商品をトラックに積み、流通センターまで運ぶ途中、トラックにガソリンを入れるためガソリンスタンドに寄った。
そのガソリンスタンドでは、年末のキャンペーンで福引をやっていた。
三回くじを引いていいということだったのだが、トラックの運転手でもあった社員の人が、僕と僕の友人にもくじを引いていいといってくれた。
そして、当たったらもらってもいいというのだ。

その社員の人と友人はあっけなく外れた。
いよいよ僕の番。
果たして。
何と一等を引いてしまったのだ。
一等の賞品は、北海道直送、新巻鮭一尾だった。

大喜びでガッツポーズした僕に社員の人が一言。

「会社のトラックに、会社のお金で入れたガソリンだからね」

ほんの一、二分前にいった言葉をあっさり覆し、僕から新巻鮭を奪ってしまったのだ。

その後、何度かそのガソリンスタンドで給油のために立ち寄ったが、年内いっぱい貼られていた、「一等 新巻鮭 ●×様ご当選 おめでとうございます」という紙を目にする度、僕は苦々しい思いを味わったのだった。

「大人のいうことは絶対信じてはいけない」

そう完全に悟った、十九歳の冬だった。  

Posted by emu_shi at 04:22Comments(0)

2017年10月05日

「その2ということで」のその2(再)

先日UPした過去記事や、以下の過去記事を目にして、そういえばかかとのざらざらが気になることがあったことを思い出した。

そう、近頃は気にならないのである。

で、この後、季節が進んでまた気になるようであれば、原因は季節的なもの。
空気の乾燥とかってことだろう。

そう、加齢が原因ではないということだ。

まあ、確かに、ここ数年、歳なんか一つも取ってなかし。

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『「その2ということで」のその2』(2012/10/01)

家族のそれぞれが忙しく、なかなか全員集合といかず、家族の誕生会を開催できずにいた。
で、ようやく開催。
合同誕生会。

その中には、僕も含まれる。

一つ前の記事で、感情的になり、ここ数年、歳なんか一つも取ってないと書いた。
が、そんなことはないのだ。
毎年確実に、一つ一つ歳を重ねているのだ。

ま、当たり前だけど。

が、が、しかし。
ここからが重要。
が、が、が、しかし。
かかとのざらざらは、歳とは関係ないのである。
関係ないに決まっているのである。
やけん、関係ないに決まっとうっていいよろうもん!

あ、すみません。。。
感情的になってしまいました。

ざらざらの原因は、未だ出口の見えない、通院生活が関係しているに決まっている。
と、思っている。
と、思い込むことにする。

軽石や靴下など、ざらざら対策グッズは、いろいろとあるようだ。
なので、それらの使用も検討したい。

で、愛すべき甥っ子や姪っ子たちにも負けない、つるつるかかとを取り戻したいと思う。  

Posted by emu_shi at 12:36Comments(0)

2017年10月04日

無駄な抵抗ともいう

半袖に肌寒さを感じたり、一枚羽織りたくなったり。
夏用の布団では、少々心もとなかったり。

夏が終わり、秋になり、季節の変化を感じる要素はいろいろある。
そして、トイレの便座もその一つだと思う。

一週間ほど前のこと、二十九日から一気に気温が下がるという記事を目にした。
正確には、そのようなネットニュースのタイトルを目にした。

が、詳細には目を通さず。
読んでしまうと、自分にも関係があるのか否か、僕の住む地域もそうなのか否かわかってしまうので。
そう、知りたくないので。

どこか遠い場所の話だと思いたかったのである。
どこか、僕の住む場所とは関係ない世界の話だと。
ええ、現実逃避である。

が、実際は、驚くぐらい正確に、二十九日から肌寒さが増した。
で、トイレで思ったのである。
便座が冷たい、と。

正直、便座の冷たさは、ボタン一つで改善できる。
が、まだ早い。
まだ早いのである。

今ここで容易に屈してしまうと、僕が忌み嫌って止まない冬に、いとも簡単に侵入を許してしまいそうな気がするのである。

なので、便座を暖めるのはまだ早い。
まだ我慢。

それが、僕の流儀。

ポリシーともいう。
意地ともいう。  

Posted by emu_shi at 02:37Comments(0)

2017年10月03日

まんまと

先日、とあるスーパーでの話。

大根の値札というかポップに書かれた言葉、いわゆるコピーが印象的だった。
こう書かれていたのである。

「おろしカツに」、と。

僕は思った。
何故おろしカツなのか、と。

そこでおろしカツを選ばなくとも、他にもたくさんあるではないか。
ぶり大根とかおでんとか、大根が主役になる料理はいくらでもあるだろう。
何故わざわざ、大根が脇役になるおろしカツを選んだのか。

それに、おろしはおろしでも、「大根おろし」にと書けば、脇役感は減る。
大根おろしが好きな人であれば、主役と捉える人だっているだろう。
もし、おろしに向いた大根だというのであれば、わざわざおろしカツを選ばなくとも、「大根おろしに」と書けばいいところだろう。

などと思いはしたが、おろしカツが食べたくなってしまったことだけは、正直に書き添えておきたい。  

Posted by emu_shi at 21:27Comments(0)

2017年10月02日

その2ということで(再)

主に女性向けなのだろうが、世の中には、様々なかかとのざらざら対策商品がある様子。
それらが、ちょっと気にならないわけでもない。

うん、まあ、だが、加齢は関係ない。
通院生活は五年前の話だから、その2ではなかったのかもしれないが、それでも加齢は関係ない。
関係ないに決まっている。

そう、そんなわけないくさ。
そんなわけなかろうもん。
そんなことが、原因なわけないとって。
ここ数年、歳なんか一つも取ってなかし。

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『その2ということで』(2012/09/30)

しばらく前から、かかとがざらざらしてきたのが気になっている。
ベッドのシーツや、カーペットに引っかかって気持ちが悪い。

だが、一番気になるのは、その理由、その原因。
だって、今まで、一度もざらざらになったことがなかったから。

理由、原因は何だろうか考えてみた。

可能性その1。
夏が終わり、秋となって、空気が乾燥してきたから。

でも、それが原因ならば、毎年なるはず。

可能性その2。
憂鬱なる通院生活中の現在、きちんと入浴できない。
もちろん、足はきちんと洗っているが、あるいはそれが原因かも。
ざらざらが気になりだしたのも、通院生活が始まってからだし。

可能性その3。
加齢。

いや、そんなわけないくさ。
そんなわけなかろうもん。
そんなことが、原因なわけないとって。
ここ数年、歳なんか一つも取ってなかし。  

Posted by emu_shi at 20:46Comments(0)

2017年10月01日

ツクツクボウシに思う

所用で少々遠方に。
そこで、蝉の声を聞いた。

蝉。
セミ。
ツクツクボウシである。

山の中というといい過ぎだが、僕が住んでいる場所よりは、明らかに山間部に近い場所。
同じ初秋でも、より秋を感じた。
そんな中でのツクツクボウシ。

陽射しも弱く涼しい中耳にするツクツクボウシの声に、僕は違和感を覚えた。
こんな季節に? と。

晩夏から初秋の蝉だとはいえ、蝉は蝉。
蝉といえば、やはり夏だろう。
その上での違和感なのだろう。

と思った。
最初は。

が、間違っている。
僕は、間違っている。
間違っていた。

違和感を覚える、などといっている場合ではないのだ。
蝉が鳴いているのだ。
蝉が頑張っているのだ。
だったら夏だろう。
晩夏には違いないが、まだ夏だろう。
夏だといえるだろう。
蝉が鳴いているのだから。

であれば、違和感云々の前に、夏にエールだろう。
蝉が頑張っているんだ、君も頑張れ、と。

夏よ。
ああ、夏よ。

今一度復活し、力尽きるまで頑張っていただきたい。
憎き冬の到来を一日でも遅らせるべく、ツクツクボウシとともに、その命を燃やして欲しい。  

Posted by emu_shi at 04:44Comments(0)

2017年09月30日

初秋に思う(再)

十日ほど前に蚊に刺され、だからまだ夏だと主張。

が、秋分を迎え、夏の終わりを認め、初秋を受け入れた

が、が、僕は間違っていた。
そう、僕は間違っていた。

五年前は、九月の末まで蚊がいたのである。
ということは、九月の末まで夏だったのである。

五年前にできたのだから、今年だってできるはず。
一度引退を宣言するも、後に撤回する例だって珍しくはない。

諦めたら駄目だ。
諦めたら終わりだ。
諦めたらそこまでだ。

夏よ。
ああ、夏よ。

今一度復活し、力尽きるまで頑張っていただきたい。
憎き冬の到来を一日でも遅らせるべく、その命を燃やして欲しい。

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『初秋に思う』(2012/09/29)

脚を蚊に刺された。

初秋だというのに。
もう何日もしないで、十月になるというのに。

怒りがわいてきた。
ただし、蚊にではない。
季節にだ。
夏と秋にだ。

蚊だってこれだけ頑張っているんだから、夏と秋よ、お前らももう少し頑張れよ。
と。

夏と秋がもっと頑張って、少しでも長く踏み止まってくれれば、それだけ冬の到来が遅くなるのだ。
冬の期間も短くなるのだ。
僕が、憎んで憎んで止まない冬が。

そういえば、ロンドンオリンピックで、バドミントンの無気力試合が問題になった。
ここは、冬にも、ぜひとも無気力になっていただきたい。
無気力冬に。

もちろん、春にも頑張ってもらわないと困る。
一日でも早く訪れて欲しい。

結論。
春夏秋は頑張る。
冬は無気力。  

Posted by emu_shi at 04:17Comments(0)

2017年09月29日

エアの話 その2(再)

エアblog更新。

毎日とはいわない。
週に一度、いや二週間に一度程度でもいい。
エアblog更新をしたい。

世界が、エアblog更新を認めることのできる世の中になって欲しい。
世界が、エアblog更新を暖かい目で見守ることのできる、平和で穏やかな世界になればいいのにと思う。
心から。

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『エアの話 その2』(2012/09/27)

一つ前の記事のタイトルについて。

最初、『エア話』にしようかと思ったが、それだと、まるで内容がないようで心外。(ナイヨウガナイヨウという、ダジャレを書いたように思われるのも心外)
『エアな話』も同様。

で、『エアの話』にした次第。

さて、今回は「その2」。
というのも、一つ前の記事をUPした後、ふと思った。

日本の至宝『サザエさん』で使われたのだから、「エア●●」という言葉は、日常的に使っていいと考えられる。
また、逆の考え方をするならば、既に広く認知された言葉だと判断されたため、『サザエさん』で使用されたとも考えられる。

どちらにしても、日常的に使用して問題ないと考えていいだろう。

そんな「エア●●」。

僕が、何か一つするとしたら、何をするだろうか。
許されるのであれば、どんな「エア●●」がしたいか。

一つ思い付いたのは、エアblog更新。

記事をエア構想し、文章をエアキーボード入力し、最後にエアUP。
これが、エアblog更新。

ただ、一つ大きな問題が。
僕以外には、単に更新をさぼったようにしか見えないということ。

未更新では意味がないので、せめてタイトルくらいは付けて、本文は空の、名実ともに「エア更新」という、大いなる悪ふざけには非常に魅力を感じる。
やりたい。
とても。

が、そんな魅力的な悪ふざけよりも、今の僕には、何ら迷うことなく実行したい「エア●●」が一つある。

そう。
それは、エア通院。  

Posted by emu_shi at 04:49Comments(0)

2017年09月28日

エアの話(再)

以下の過去記事から五年。
「エア●●」という言葉は、更に広まっただろうか。
あるいは、何も変わらないのか。
はたまた、廃れていくという可能性もあるのか。

それはそうと、一つ前の過去記事にある「エア焼肉」や「エア回らない寿司」は、「想像」、あるいはちょっと意地悪く「妄想」でもいいのだが、それらの言葉で置き換えられないこともない。

誰だって、焼肉食べたいな、回らない寿司を食べたいな、食べたら美味しいだろうな、ああ、美味しいだろうな、と想像するぐらいのことはするだろう。
それらの行為は、「エア焼肉」「エア回らない寿司」だといえなくないと思うのである。

「エアハイチュー」も同様。

が、くちゅくちゅが問題だ。
くちゅくちゅはいただけない。
くちゅくちゅは駄目だ。
そう、くちゅくちゅが駄目なのだよ、五年前の甥っ子よ。

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『エアの話』(2012/09/26)

書いた文章に対して、後から解説を加えるのは、とても野暮だとは承知の上で。

一つ前の記事で、「エアハイチュー」という言葉を使った。
この「エアハイチュー」という言葉は、オチの伏線にもなっているので、記事中では最大のキーワード。

ただ、「エア●●」という言葉は、意味がわからない人がいるかもしれないと、実は使用を迷った。
例えば、母あたり。

ただ、以前も一度使ったしと思い、使用を決断。
くどくどと言葉の説明をするのも、興をそぐので省略。

ちなみに、「エア●●」とは、実際にはやっていないのに、やっている振りをすること、とでもいえばいいだろうか。
言葉が認知されるきっかけとなった一つは、「エアギター」だと思われる。

「エアギター」は、実際にギターを演奏していないのに(楽器も持たない。当然音も出ない)、演奏音に合わせて、あたかも演奏しているようなパフォーマンスをすること。
フィンランドで「エアギター」の世界選手権まで行われていて、その大会で、日本人が入賞、優勝したりしたことで、広く知られるようになり、それと同時に「エア●●」という言葉も広まっていったように思う。

実は、ここまでは前置き。
さて、本題。

上述したような思いがありながら、一つ前の記事をUPしたわけだが、UPした後、録画していた二十三日放送分の『サザエさん』を観たら、驚きの展開に。
(ちなみに、そんな時間から『サザエさん』を観賞すること自体は、僕にとっては、何ら驚きに値しない)

三話目の話が、マスオさんが、「エアギター」ならぬ「エアバイオリン」をするという話だったのだ。
その話中、「エアギター」「エア三味線」という言葉まで出てきた。

僕は確信した。
そして、安心した。

「エア●●」という言葉は、今後、何も迷うことなく使っていいのだと。
何の問題もないのだと。

何といっても、日本の至宝『サザエさん』の中で使用されたのだ。
何の問題もないではないか。
今まで知らなかった人々にも、これで周知されただろう。

というようなことがあり、あまりのタイミングに、驚き、そして感動さえ覚えたのだが、それでもなお、エアハイチューの悲しみが癒えることはなかった。  

Posted by emu_shi at 04:13Comments(0)

2017年09月27日

モリナガ買収話(再)

面白いことを思い付いた。

以下の過去記事から五年。
この話を、愛すべき甥っ子に話して聞かせてみたい。
ただし、甥っ子自身のことだとはいわず、どこかの誰かの話として。

どんな反応をするだろうか。
覚えている可能性もゼロではないが、それでは面白くないし、とりあえず覚えているパターンはないとする。

「変な子やね、その子。面白いね」というようであれば、五年前の甥っ子自身だとネタばらしをし、一緒に笑おうと思う。

「ああ、わかる、わかる。自分でもそうする。というか、今でもしてる。しょっちゅう」とかいわれたらどうしようか。

面白いと思って書き出したつもりだったが、全く面白くない。
全く笑えない。
というか、いろいろ不安になる。

万が一後者だった場合は、買収を真剣に検討したいと思う。

--------------------
『モリナガ買収話』(2012/09/25)

悲しい話。
非常に悲しい話。
僕の通院話と比肩するほどの。

それは、愛すべき甥っ子の話。

甥っ子が、同級生の友達に、「そのハイチュー一つちょうだい」といったところ、友達から断られたのだそうだ。
そして、それを、弟が見ていたのだという。

ハイチューの一つもくれないなんて、本当に友達か? という思いは、とりあえずここでは置いておく。

甥っ子が友達と別れてしばらく経った頃、弟が甥っ子を見ると、口をくちゅくちゅさせているらしい。
あれ、ハイチューはもらえなかったはずなのに? と思った弟が、甥っ子に何を食べているか尋ねると、まさかの答えが返ってきたのだという。

「うん、ハイチュー食べたふりしよーと」と。

悲しい。。。
悲し過ぎる。。。
エアハイチュー?
まさかのエアハイチューですか?

不憫に思った弟は、すぐさまハイチューを買ってあげたのだという。

わかる。
わかるよ。
僕だってそうしただろう。

いや、僕だったら、一つや二つといわず、お店にあるハイチューを全て買ってあげただろう。
財力さえあれば、工場ごと、いや、メーカーごと買ってあげただろう。

僕の名前を仮にヤマダだとすると、今頃、ヤマダ製菓になっているところだ。

そうすれば、ハイチューはいうまでもなく、チョコボールだって小枝だって、エンゼルパイだっておとっとだって、何だって好きなだけ食べていいんだよ、甥っ子よ。

と思ったわけだが、この思いは、甥っ子には伝えずにいようと思う。

会う度に、何も入っていない口をくちゅくちゅさせて、「エア焼肉」や「エア回らない寿司」をされたら、それはそれで困るので、この思いは甥っ子には告げずに、僕の胸にしまっておこうと思う。  

Posted by emu_shi at 18:44Comments(0)

2017年09月26日

患部に思う 他(再)

世の中に数多あるありきたりな言葉の中でも、代表格の一つといっても過言ではない言葉を書く。

そう、やっぱり健康が一番。

以下の過去記事も含め、五年前の一連の通院話記事を読んで、そう思った次第。

ダイエット目的ももちろんあるが、単純に健康のためにという意味でも、そろそろ真面目に運動しなければ、とも思った次第。

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『患部に思う』(2012/09/23)

痒い。
すごく痒い。
患部がとても痒い。

これまで痒くなることはなかったのに。。。

次の来院まで間が空く可能性があるからと、かなり多めに絆創膏を貼ってもらったのが災いしたのかもしれない。

この痒みの苦しさから逃れるには、病院に行って付け替えてもらうしかないのか。。。

せっかく、次は月曜日か火曜日でいいといわれたのに。

だったら、火曜日に決まってるじゃん!、火曜日に決まってるじゃん!!、火曜日に決まってるじゃん!!! と思っていたのに。。。

痒い。
すごく痒い。
患部がとても痒い。

--------------------
『患部に思う その2』(2012/09/24)

縄文杉で有名な屋久島は、一ヶ月に四十日雨が降るという。

屋久島には及ばないが、母曰く、幼少の頃の僕は、一ヶ月に二十日は病院に行っていたらしい。

確かに、病院に関するおぼろげな思い出が、いくつかある。
僕の記憶の中でも、最も古い思い出かもしれない。

そんな病弱だった僕も、小学校に上がるか上がらないかくらいの頃から、それほど病気がちでもなくなり、少年時代も含め、大人になった今も、たまに風邪を引くか、胃が痛くなるくらいで、大きな病気も怪我もしていない。
健康な身体に育ててくれた、母に感謝するべきなのだろうと思う。

てなことを、連日の通院生活の中で思った。

一つ前の記事に書いた痒みは、少し治まった気がする。
が、そこで一つ思った。

あれ、痛くないぞ。
と。

ずっと疼いていたはずなのに。
痛みがないのは喜ぶべきことなのだが、現在の治療内容、治療スケジュールから考えると、まだしばらく疼くはずなのに。

今までなかった痒み発生といい、突然の痛みの緩和といい、いったい僕の患部はどうなっているのだろうか。

不安。
すごく不安。
患部がすごく不安。

と思ったら、また急に痒くなってきた。

痒い。
すごく痒い。
患部がとても痒い。

この痒みの苦しさから逃れるには、病院に行って付け替えてもらうしかないのか。。。
せっかく、次は月曜日か火曜日でいいといわれたのに。
だったら、火曜日に決まってるじゃん!、火曜日に決まってるじゃん!!、火曜日に決まってるじゃん!!! と思っていたのに。。。

オチとかないです。
笑いとかないです。
全く笑える気分じゃないし。

不安。
すごく不安。
患部がすごく不安。  

Posted by emu_shi at 17:13Comments(0)

2017年09月25日

秋分に思う 2012(再)

五年前の秋分の日の記事。

夏が終わり、秋になり、また少し、忌み嫌って止まない冬に近付いたことを憂う気持ちと比べても、どちらの憂いが大きいかわからないほど、通院を憂いているのがよくわかる記事である。

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『秋分に思う 2012』(2012/09/22)

秋分の日。

暑さ寒さも彼岸まで。
確かに、朝晩はめっきり涼しくなった。
エアコンも、もうしばらく使っていない。

秋分。
とうとう来てしまった。
秋分。

秋が嫌いなわけではない。
むしろ好きだ。
夏が終わるのは寂しい。
だが、秋はいい季節だ。
嫌いなのは冬だ。
憎みべきは冬だ。
また確実に冬に近付いたかと思うと、憂鬱この上ない。

と、秋分に思うことは、もう何年も変わらない。
きっとこれからも。

憂鬱といえば、現在の通院生活。

毎日、日に何度かは、「病院なんか、なくなってしまえばいいのに!」と心の中で叫んでいる。
もしかしたら、自覚がないだけで、心から漏れて、声になっているかもしれない。

なくなるべきは、「病気」「怪我」だと理性ではわかっているが、憂鬱は理性を超える。

「通販生活」という、有名な通信販売のカタログがある。
毎日通販で買いものをして過ごす生活。
何て楽しげであろうか。
通院生活とは雲泥の差である。

痛飲生活も捨て難い。
毎日二日酔いだとしても、通院生活よりはましだ。
飲んでるときは楽しいだろうし。
それに、僕には切り札があるし。
しじみの味噌汁が。(参考記事その1その2

先生に、「今度はいつ来院したらいいですか?」と尋ねたら、「月曜か火曜のどちらかに来てください」との答え。

火曜日に決まってるじゃん。
そんなの火曜日に決まってるじゃん。
迷うわけないじゃん。
火曜日に決まってるじゃん。

って思った。

以上、途中からは『通院に思う 2012』をお届けいたしました。  

Posted by emu_shi at 23:52Comments(0)

2017年09月24日

秋分に思う 2017

既に日付が変わってしまったが、九月二十三日は秋分。

暑さ寒さも彼岸まで。

確かに、である。
日中でも、冷房が必要なくなった。
朝晩はぐっと涼しい。

気温が夏日、三十度超えの真夏日もあることを根拠に、まだ秋ではない、夏だ、晩夏だと主張してきたが、それもそろそろ限界か。
真夏日の日はなくなったし。
夏日、二十五度超えの日はまだあるが、それでも夏といい張るには少々無理がある。
夏の暑さほどの厳しさがない。

そろそろか。
うん、まあ、秋分だしな。

となれば、気持ちを切り替えるだけである。

秋だと認めよう。
初秋だと。

そのこと自体は、別に何ともない。
それどころか、何度も書いてきたが、秋も大好きな季節なので、むしろ望ましい。
問題は、僕が忌み嫌って止まない、冬が来てしまうことである。

寂しさはあるが、夏の終わりは認めよう。
秋の到来を、喜びをもって迎えよう。
そして、次は、夏ではなく、秋を応援しよう。
秋にエールを送ろう。

頑張って、少しでも長く続き、冬の訪れを阻止してくれ、と。
そのまま春になってしまうくらいの勢いでも構わないよ、と。  

Posted by emu_shi at 00:08Comments(0)

2017年09月23日

賢明な判断

サザエさんの年齢が、思いの外若いというのは、非常に有名なあるある。
同様に、マスオさん、ノリスケさんも若い。
考えるまでもなく年下である。

で、思ったのである。
そう、一つ前の記事をUPした後に。

サザエさん、マスオさん、ノリスケさんが年下なのは明らか。
では、波平さんはどうだったか。
フネさんはどうか。

確か、他のメンバー同様に、驚いてしまうほど若かったと記憶している。

正直、調べたら瞬殺である。
数秒で答えは判明する。

しかし、止めておこう。
そう、止めておこう。

本当に痛飲せずにはいられなくなりそうだし。  

Posted by emu_shi at 04:53Comments(0)

2017年09月22日

サザエサン話(再)

過去記事は古い順に読み直しているのだが、今のところ、通院の詳細、症状や何科の病院に通っているかなど、具体的なことは何も書かれていない。
過去記事を読み直して、何のことだったか思い出さないこともよくあるが、封印していた記憶が解き放たれてしまった今、こと通院のことに関しては、しっかりと覚えている。

思い出したくなかったけど、、、

ああ、痛飲したい。
波平さん、マスオさん、ノリスケさんや、伊佐坂先生、花沢さんのお父さんと痛飲したい。

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『サザエサン話』(2012/09/21)

これまでも幾度となく書いてきた、愛してやまない『サザエさん』。

そのアニメ『サザエさん』の一話一話は、長谷川町子先生の原作をベースに、その時々の季節の行事やイベントなどをテーマにしたストーリーが展開される。
なので、常に各話とも全くの新作だが、似たような、あるいはほぼ同じエピソードが何度も出てくるし、ストーリーの概要も似た感じのものが多い。

個人的には、そのことが作品から醸し出る「安心感」につながっているような気がする。

僕くらい『サザエさん』に愛と情熱を注いでいると、既に知っているエピソードが何度でも出てくる。

さて、そんな『サザエさん』定番エピソードの一つに、「歯医者さん」ネタがある。

何らかの理由で、たまには歯の検診を受けたほうがいいよね、となる。
が、最初は皆行きたがらない。
が、カツオは待合室で漫画が読めるからと足を運ぶ。
美人の女医さんがいるからと、波平さん、マスオさん、ノリスケさんあたりが歯科医へ。
タラちゃん、イクラちゃんは、どちらか、あるいはどちらも怖がる。

というのが、エピソードのだいたいの骨子。

さて、ここまでは長い前置き。
ここからが本題。

今ならばわかる。
タラちゃんとイクラちゃんの気持ちが。
今ならばわかりあえる。

僕自身、通院生活をしている今ならば。
通院生活が憂鬱で憂鬱でたまらない、今の僕ならば。

怖いよね、嫌だよね、憂鬱だよね。

タラちゃん、イクラちゃんと、語り合い、慰め合い、飲み明かしたい。
が、さすがに幼児相手にそういうわけにもいかないので、代わりに、波平さん、マスオさん、ノリスケさんや、伊佐坂先生、花沢さんのお父さんなども交えて、一晩でも二晩でも飲み明かしたい。

そう、通院より痛飲。  

Posted by emu_shi at 04:08Comments(0)

2017年09月21日

(気が)オモイデ話(再)

一つ前の記事にも書いたように、通院していたことは、記憶の奥底に封じ込めていたので忘れていたが、以下の過去記事の先輩の話は、今でも時折思い出す。
先輩は、今でも白衣が苦手なのだろうか。

それはそうと、せっかく忘れてしまっていたのに、思い出してしまった通院話。
思い出しただけで憂鬱になるのに、過去記事も連日の通院話。

まさに、タイトル通り、気がオモイデ話である。

ああ、痛飲したい。

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『(気が)オモイデ話』(2012/09/20)

以前勤めていた会社に、爽やかを絵に描いたような先輩がいた。
しかも、爽やかなだけでなく、真面目な好青年でもあった。

そんな、非の打ちどころがなさそうな先輩だったが、先輩にも苦手なものがあった。

それは、健康診断。
年に一度の健康診断。

先輩は、健康診断が、嫌で嫌で、憂鬱で憂鬱でたまらないのだという。
先輩が以前勤めていた会社の健康診断は、病院と期間を指定されて、その期間中に自分で時間を作って健康診断に行くというスタイルだったそうなのだが、期間中に病院には行かず、何度も何度も総務部に催促されて、渋々行ったほどだったのだという。
普段の先輩のイメージだと、指定された期日の初日、しかも朝一で終わらせてしまうくらいの感じなのだけど。

しかし、健康診断とはいっても、当時の僕と先輩の年齢では、採血もなく、限りなく身体測定に近い健康診断だった。

そんな健康診断の、何が憂鬱なのか、何も怖いことはないではないかと先輩に尋ねると、診断を受けるときに着せられる白衣が嫌いなのだという。
自分が病気になったみたいで、とても憂鬱な気分になるのだという。
しかも、それだけではなく、血圧も上がってしまうのだという。

実際、何度も一緒に健康診断を受けたが、血圧を測る際、係の人から、「うーん、数値がちょっと高過ぎますね。おかしいな。もう一度測ってみましょう」と、いつも測り直しをさせられていた。

これは後日知ったことなのだが、「白衣恐怖症」「白衣高血圧症」という症状があるらしい。
先輩は、まさにそれか、あるいは似たような症状だったのかもしれない。

と、こんな思い出話を書いたのは、数日前、先輩のことを思い出したからである。
病院で。
僕自身が、憂鬱で憂鬱でたまらない気持ちになったときに。

記憶を辿りながら書いていて思い出したのだが、先輩がまだ転職していなければ、健康診断は今くらいの時期だったはずである。

爽やかで真面目な好青年である先輩の、数少ない弱点だったので、親しくしていたのもあり、毎年からかっていたのだが、今ならば違う。
今ならば、先輩の気持ちがよくわかる。
わかりあえる。

通院生活が憂鬱で憂鬱でたまらない、今の僕ならば。

先輩にからかったことを謝罪し、そして慰め合い、一晩でも二晩でも飲み明かしたい。

そう、通院より痛飲。  

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2017年09月20日

ツウイン話(再)

ああ、あれは五年前のことか。
五年経ったか。

通院。
その一言だけで思い出した。

すっかり忘れていたのに。
というか、思い出したくないので、記憶の奥底に押しやっていたのに。
なかったことにしたかったのに。

思い出しただけでも、憂鬱になってきた。

ああ、痛飲したい。

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『ツウイン話』(2012/09/19)

とある治療のため、毎日のように病院に行っている。
通っている。
通院である。

治療を施してくれるお医者さまに対して、感謝の言葉は尽きない。
が、やはり、こういっては申し訳ないのはわかっているが、憂鬱である。
通院が。

まあ、病院が好きな人なんていないだろうけど。

診察初日に、お酒を控えるようにいわれた。
いつまで控えるべきなのかは聞いていない。

確かめたい思いもあるが、「まだまだですよ。何いってるの?」といわれるのが怖くて、確認できずにいる。

一日も早く、「どうぞ飲んでください。好きなだけ飲んでいいですよ。浴びるぐらい」といわれたい。

通院より痛飲。

二日酔いどころか、例え三日酔い、四日酔いになろうとも、通院よりは痛飲。  

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2017年09月19日

足首

つい先日
蚊に刺されたり
のでまだ夏

川柳が続いていたので、今回も川柳にしたく頑張ったのだが、完成度がかなり低くなってしまった。
見ての通りなのではあるが、要は、ついつい先日に蚊に刺されたので、まだ季節は夏だ、といいたいのである。

気温が夏日、三十度超えの真夏日もあることを根拠に、まだ秋ではない、晩夏だという主張を続けていたが、さすがに朝晩がぐっと涼しくなり、自分の主張にも無理があるか、素直に初秋だということを認めざるを得ないか、などと思い始めていたところだった。
ほんの短い時間の外出で、あっさり蚊に刺されてしまった。

であれば夏だろう。
まだ、秋とは呼べないだろう。
刺されたし。
痒いし。

と、いいたいのである。  

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2017年09月18日

ケイロウの日

老いたくない
ならばきちんと
毛慰労を

本日、九月十八日は敬老の日。

老いを感じるというには、まだ早いのだろうか。
いや、早いと思いたい。

でも、何度も書いたが、怪我の治りは確実に遅くなった。
傷がなかなか消えない。
いや、なかなかどころか、そのまま傷跡が残ったままだったりもする。
大した傷でもないのに。

では、頭髪はどうか、、、、、、、、、ここで詳細を書くのは控えたい。
慰労に努めたいと思う。  

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2017年09月17日

季語が入ってもダジャレには代わりないし

換気口
幼児らの声
歓喜口

近所に幼稚園がある。
日中、窓を開けていると、彼、彼女らの声が聞こえる。
園庭で遊んでいるのだろうと思われる声が。
悩みごとなどないであろう無邪気な声は、歓喜の声でもあり、ある意味、素晴らしき平穏なる日常の象徴のようでもある。

その声が、窓を閉めていても聞こえることがある。
換気扇からだったり、室内の換気のために備え付けられた換気口からだったり。

幼稚園、保育園の数が少なく、待機児童が社会問題になっている昨今。
が、いざそれらを建てようとすると、近隣の住人から、騒がしくなるのは嫌だと、反対の声が挙がるらしい。

うーん、、、全く理解できないわけでもないが、四六時中、遅い時間までに及ぶわけでもなかろうに、と思いもする。

が、価値観は人それぞれ。
求めるものも人それぞれ。
どちらが正しい、間違いという問題でもないと思うし、世の中は難しい。

季語がばしっと決まれば、川柳でなく俳句にもなりそうとは思ったが、無理でした。  

Posted by emu_shi at 03:32Comments(0)

2017年09月16日

まあ、まず無理

なれるかな
なれないだろうな
無欲の秋

気温が夏日、三十度超えの真夏日もあることを根拠に、まだ晩夏だといい張ってはきたが、さすがに夏が力尽きようしているのを認めざるを得ない。
まだまだ頑張っては欲しいが。

夏が終わると秋。
秋といえば様々な「●●の秋」という表現がある。

個人的に、最初に浮かぶのは「食欲の秋」か。
美味しい物がいろいろとあるし。

が、それが、僕のダイエットの障害になっているのも事実。

であれば、「食欲の秋」ではなく、「無欲の秋」として過ごすことができたら、ダイエットも成功するのかもしれないと考えた次第。

まあ、無理だが。

というか、秋に限らず、年中あるけど。
季節によって、衰えたりはしないけど。
食欲。  

Posted by emu_shi at 03:36Comments(0)

2017年09月15日

注意喚起も兼ねてということで

三連休
台風規模は
残念級

週末の三連休に、台風18号が日本に接近、上陸しそうである。
本来、ダジャレにしてはいけない、十分に注意を払う必要があるとはわかっている。

が、暑さもいくらか和らいできた九月の三連休。
楽しみにしていた予定等がある人も、少なからずいたのではないかと思う。
残念に思っている方々も。

残念な気持ちは大いに理解できるが、もっと残念な事態を迎えてしまわないためにも、各自、十分にご注意いただきたいと思います。  

Posted by emu_shi at 03:27Comments(0)

2017年09月14日

ものします

書くことがない。

で、再放送(記事の再掲載・再利用)以外で、何か新しい手抜き策がないだろうかと考えていたら、そういえば、しばらく前に、俳句や川柳はどうだろうかと考えたことを思い出した。
調べると、四月のことだった

結局、新たな手抜き手法としては不採用。
すぐに、それらが全然手抜きにならない、むしろ余計に大変、苦難の道になると気が付いたからだ。

が、他に書くこともないし、頑張って考えてみた。
二つ、三つできたので、それらを書いてみたいと思う。
ええ、ええ、もちろん、次の記事以降で。

それぐらいの手抜きはご勘弁願いたい。

俳句というよりは川柳かな。
季語とか難しそうだし。
見ていただければ納得されると思うが、どちらかといえば、川柳のほうが向いていそうだし。

そういえば、四月に、川柳は「詠む」ではなく、「吐く」「ものす」と表現するのだと初めて知った。

というわけで、次の記事から少々吐きます。  

Posted by emu_shi at 23:21Comments(0)

2017年09月13日

むしろ望ましい

一つ前でUPした過去記事に、肉まんについての記述がある。

今年も、既にコンビニの店頭には中華まんが並んでいる。
だからといって、それだけで冬を感じるのは早計というもの。

コンビニ等の店は、実際の季節より、温度の変化を基準に季節物商品の販売を開始するのは、最早有名な話。
事実、おでん、中華まん、冷麺類等々、ちょっと早過ぎると感じるぐらいから販売されるのが常だし。

中華まんも、愛して止まない食べ物の一つだが、2017-18秋冬としては、まだ口にしていない。
限定ビール「秋味」、さんま、カキフライは、予習、リハーサル、予行練習と称して、もう何度も口にしたが、さすがに中華まんはまだ早い気がして。

毎日が夏日は当たり前、30度超えの真夏日の日さえあることから、まだ秋だとは認めず、晩夏だといい続けている僕からすると、リハーサルにしても中華まんは早過ぎる。

夏が、死力を尽くした末に力尽き、終わりを迎え、秋が訪れたら、ようやく初めて、予習、リハーサル、予行練習と称して中華まんを口にしようと思う。

もちろん、冬が嫌いで、憎くて止まないという思いは微塵も変わらないので、冬が訪れず、リハーサルに終始することになっても、僕は一向に構わない。  

Posted by emu_shi at 17:54Comments(0)

2017年09月12日

好機到来(再)

以下の過去記事は、十年前にとあるポイントカードのポイントを失効したという過去記事を受けて書かれた記事。
ポイントの失効に気を付けろ、という内容。

確かに、十年前にポイントを失効した。
が、記憶の限りでは、それが最後。
その後は失効していない。
十年前に失効したポイントカードの仕組みが変わって、簡単に失効とならなくなったというのも一因かもしれない。

ポイント失効は辛い。
が、では、貯まったポイントをいつ使うかというと、それはそれで迷ってしまう。

以前、何かで、ポイントの使い時は、貯めるのではなく、使用可能になったら即使用するのが、論理的には最もお得だか、賢い使用方法だかと書かれた記事を読んだ気がする。

とはいわれても、ついつい貯めてしまいがち。
いつか、大きな買い物の際に利用して、大いに得した気分になりたいからだと思われる。

それに、貯まったポイントがある程度の額以上になると、もったいないような気がして、余計に使うタイミングに迷ってしまう。

以上、オチとかはない。
貯まったポイントの使い時に、迷ったり悩んだりで困ってしまうのは僕だけだろうか、という話。

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『好機到来』(2012/09/17)

一つ前の記事をUPした後に思ったこと。
三つ。

一つ目。
そろそろ更新時期なので、忘れないようにしないと。
現在貯まっているポイントは、五年前の比ではないので、万が一にでも失効したら、自分がどうなってしまうか想像もできない。
したくもない。

二つ目。
肉まんが食べたくなってきた。
もう、コンビニ等で販売が始まっているようだし。
2012-13秋冬としては、まだ食していないし。

三つ目。
ならば、こういうのはどうだろうか。
万が一にもポイントを失効し、我が人生最大級の悲劇を招かないためにも、ポイントを利用してしまうのだ。
現在貯まっているポイントを全て利用して、肉まん、いや特製肉まんを手に入れるのだ。

これまで、幾度となく、数え切れないくらい、肉まん、特製肉まんについて書いてきた。
肉まんへの愛を連ねてきた。
涙なしでは語れない、聞くこともできない夢の話について書いたこともあった。

ようやく、そのときが来たのかもしれない。
夢を叶えるときが。  

Posted by emu_shi at 17:45Comments(0)

2017年09月11日

か、椅子の脚にマッキーで書く(恨みを込めて)(再)

以下の過去記事から五年。
現在が、加齢を真剣に思い悩むほどの歳か否かは、、、うーん、、、、、、、、、保留。

が、傷跡がなかなか消えない、残ることに関しては、確実に進行していると思う。
そして、その傷跡がどんな怪我によるものだったか覚えていられないというのも、悔しいながらも進行している。

なかなか消えずに残っている傷跡を見て、こう思うのである。

何の傷跡か思い出せない。
思い出せないということは、大した怪我ではなかったのだろう。
と。

大した怪我でもなかったくせに、いつまでもなかなか消えない、下手するとそのまま残ったりするのが、全くもって腹立たしい限りなのである。

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『か、椅子の脚にマッキーで書く(恨みを込めて)』(2012/09/13)

寄る年波には勝てぬ、という言葉がある。
何人たりとも時間にだけは抗えない。

とはいっても、まだ加齢を真剣に思い悩むほどの歳ではない。
また、歳をとることからは誰も逃れられないのだから、どうせ歳をとるにしても、かっこよく歳を重ねていきたいとも思っている。

が、やはり、全く気にしていないといえば、それはそれで嘘になる。

ここ数年特に感じるのは、怪我などしたときの傷跡がなかなか消えない、残る、である。

最近の話だと、数ヶ月ほど前、三、四ヶ月ほど前だろうか、足の甲を怪我した。
怪我といっても、椅子の脚でちょっと引っかいただけで、少し血こそ出たが、かすり傷程度の怪我。

が、しかし。
その傷跡が消えない。
しっかりと残っている。

その程度の傷であれば、若い頃、特に学生時代などであれば、唾をつけておけば数時間、あるいは翌日、とはいい過ぎでも、気が付いたらとっくに完治していたはずである。

が、消えない。
三ヶ月、四ヶ月経っても消えない。
こうなると、きっともう消えないのだろうな、と思う。

わかった。
それはいい。
受け入れよう。

が、次に気になるのは、傷跡は残るけど、しばらくしたら、それがいつどんな怪我をしたときの跡なのか、きっと忘れてしまうのだろうな、ということ。

傷跡は残っているのに、詳細を覚えていないというのは、何だか無性に悔しい。
それに、忘れたことに気が付いたら、加齢が次のステップに進んだことを痛感することになりそうなので、それはそれで不安。

で、今考えていること。

足の甲の傷跡の横に、「いついつ、椅子の脚で引っかいて怪我したときの傷跡」と入れ墨を入れるというのはどうだろうか。  

Posted by emu_shi at 23:25Comments(0)

2017年09月10日

といいながら、何度でも繰り返す(再)

以下の過去記事を読み直して思ったが、ここ数年、痛飲の後のしじみの味噌汁を飲んでいない。
二日酔いになっていないからだ。

数年前、大いにやらかしたのは記憶している。
それが最後だと思う。

そのときのやらかし具合がなかなかのものだったのが、ここ数年、翌日に持ち越すほど痛飲しないよう気を付けている要因になっているかもしれない。

では、このままこの先ずっとないかといえば、そんなことはないと知っている。
そんなはずはないのである。
経験上。

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『といいながら、何度でも繰り返す』(2012/09/11)

空腹は最高のスパイス、という言葉がある。
いい得て妙である。

一つ前の記事をUPした後に思った。
その言葉に倣うなら、しじみの味噌汁にとっての最高のスパイスは、前夜の痛飲ということになるな、と。

確かに、前夜に飲み過ぎると、翌日のしじみの味噌汁が美味い。
が、その代わり、リスクが大き過ぎる。
失うものが多過ぎる。
何はなくとも辛い。

ここでの「辛い」は、「からい」でなく「つらい」。
スパイスなのに、「からい」ではなく「つらい」。

本日の名言。
前夜の痛飲は、しじみの味噌汁にとって、最高かつ辛いスパイスである。

とはいっても、あの五臓六腑にしみわたるかのようなあの滋味は捨て難いが、どう考えても辛さのほうが勝るので、そのスパイスはもうくれぐれも遠慮したいと思っている。  

Posted by emu_shi at 03:41Comments(0)

2017年09月09日

困ったときは、ほぼ…… 2012(再)

その後すぐに否定はしているが、「再放送率」を算出しようなんて、五年前の僕は、何て恐ろしいことを考えたのだろうか。

ただ、今、一瞬だけ、それで一記事書ける、という考えが浮かんでしまった。

が、実情を知るのは、やはりとても恐ろしいので、止めておく。

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『困ったときは、ほぼ…… 2012』(2012/09/05)

連日、再放送(記事の再掲載・再利用)続きなのは、痛いほど自覚している。
ネタになるかもしれないし、実情を把握しておきたいというのもあるし、過去数ヶ月の「再放送率」を出してみようかとまで思った。

が、記事にしてもオチが浮かびそうにない。
そして、実情を知るのが怖い。

で、泣く泣く本日も過去記事を見直していたら、偶然以外の何ものでもないのだが、次の順番が、一つ前の記事で再放送した過去記事だった。

困ったときのほぼ「再放送」と、困ったときの「ダジャレ」。
どちらのほうがいいのだろうか。
ましなのだろうか、が正しい表現だと思うが。

以前、困窮を極めた際、「眠いので寝ます。ごめんなさい。おやすみなさい」「酔っているのでごめんなさい」「時間がないのでごめんなさい」という一文二文だけの記事をUPすることが時折あったが、個人的に、たまにであれば、そんな適当な感じも嫌いではないのだが。

と、上述したここまでの文章を、実は、一つ前の記事の「前文」として昨夜書いた。
が、これだけで独立した記事になるかも、連日の「再放送」よりいいかも、と思い、本日の記事として、今、UPしようとしている次第。

ええ、手抜きといわれれば、反論のしようがありませんけど?
何か問題でも?

とりあえず謝っておきますよ。
ごめんなさい。
ああ、ごめんなさい。  

Posted by emu_shi at 03:18Comments(0)

2017年09月08日

白露に思う 2017 その2

一つ前の記事の続き。

更に正直に書くと、ここ数日、雨が降ったりと天気が悪く、一気に涼しくなって、不安を感じているのである。
夏の息切れと、秋の訪れがもうすぐそこだとも感じたような気がして。

それもあって、まだ夏だ、晩夏だと強気なことを書きつつ、夏へのエールを書いたのである。

夏よ。
まだまだ九月の上旬だ。
終わってしまうには早過ぎるぞ。
まだまだやれるだろう。
まだまだ頑張れるだろう。
なので、頑張って欲しい。
頑張ってください。
お願いだから。
いや、本当に。  

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2017年09月07日

白露に思う 2017

白露。
「はくろ」と読むらしい。
九月七日、本日のことである。

白露。
大気が冷えてきて、露ができ始める頃、とのこと。

正直書くと、何も書くことがなくて困っていたところ、カレンダーを見たら書いてあったのである。
「白露」と。

暦や季節の話になると、結局は、冬が嫌い、冬が憎いという話になる。
事実、そうなのだから仕方がない。

今の時分だと、近頃も何度も書いているが、まだ夏だ、まだ晩夏だ、まだ秋だとは認めない、とばかり書くことになる。
事実、心の底からそう思うのだから仕方がない。

が、実際のところはどうなのだろうか。
地域差は別として、実際、いつまでが夏で、いつまでが秋なのだろうか。

僕の根拠の拠りどころは、日中の最高気温が、まだまだ三十度を超える日が続いている、という点である。
三十度、真夏日である。

二十五度以上でも夏日である。
たったの一日でも夏日の日があれば、まだそれは秋ではない、夏だ、とまではいわない。
僕だって。
そんな日だってあるだろう。

が、まだまだ連日の真夏日なのである。
この現状では、まだまだ秋とはいい難いだろうといいたいのである。
僕は。

というわけで、少なくとも僕の住む地域はまだ夏。
そして、夏には、まだまだ頑張っていただきたい。

ああ、そうそう。
涼しくなりつつあるのは認める。
実際、そうだと思うので。
が、露ができ始めるというが、まだ早いだろうとはいいたい。

が、露が降りる時間に起きて、外を歩くことなどないので、本当のところは知らない。  

Posted by emu_shi at 23:03Comments(0)

2017年09月06日

He loves beef.(再)

愛すべき一番年下の甥っ子が、僕と弟の名前をいい間違えることはなかった。
当然といえば当然だが残念。

五年経った現在、愛すべき甥っ子と姪っ子は四人となった。
五年前一番年下の甥っ子に、今は弟がいるのだ。

当たり前の話だが、弟の息子である。
その甥っ子が、僕と弟の名前をいい間違えることもないだろうから、もうその話はいい。

が、彼にも美味しい物を食べさせてあげたいので、今度会ったら、何が好きか訊いてみようと思う。

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『He loves beef.』(2012/09/03)

一つ前の記事をUPした後に思ったこと。

僕には、愛すべき甥っ子と姪っ子が三人にいる。
一つ前の記事などでも書いたように、年長の二人、甥っ子と姪っ子は、僕と弟の名前を間違える。

こんな悲しいことはなかなかない。
が、僕は、一筋の光明を見い出した。

一番年下の甥っ子は、僕と弟の名前をいい間違えることはないのだ。
そんな悲しいことは起きないのだ。

何故なら、弟は甥っ子の父親。
いくら何でも、パパを間違ったりはしないだろう。

まだまだ僕の名前を呼ぶ口調はおぼつかない甥っ子だが、決して僕と弟を間違ったりしないのだから、早く成長して欲しいものである。

万が一、僕と弟を間違えるようなことがあったとしても、そのときに悲しみに暮れるのは、僕より弟のほうだろう。
それはそれで痛快だろうから、望むところである。

それを思うと、より早く大きくなって欲しくなってきた。

甥っ子は肉が大好きなので、たくさん食べさせてあげて、発育を促したい。  

Posted by emu_shi at 19:43Comments(0)

2017年09月05日

春適梅雨穏夏秋穏短冬

一つ前でUPした過去記事で、春穏夏秋穏冬や春夏秋短冬になればいいのにと書いてある。
どちらもそう思うので、合わせて、春穏夏秋穏短冬でいいと思う。

そういえば、しばらく前に、梅雨に雨が降り過ぎるのも降り過ぎないのもよくない、春適梅雨穏夏秋穏冬がよいと書いた
これまたその通りだと思うので、この案も採用。

結果、望ましいと思う四季(梅雨も含む)のあり方は、春適梅雨穏夏秋穏短冬。

何季あるのかわからなくなってるけど。
というか、もはや呪文。  

Posted by emu_shi at 23:52Comments(0)

2017年09月04日

晩夏の愚痴 2012(再)

九月にはなったが、まだ秋だとは認めない。
まだ暑いし。
残暑だし。
まだ晩夏。

事実、まだ30度超え、真夏日の日があるのである。
そう考えると、まだ真夏。
晩夏どころか、盛夏とさえいえるかも。

まあ、でも、秋限定ビール「秋味」も飲んだし、さんまの刺身も食べたけど。
で、カキフライも食べた。
しばらく前から、最初の出会いで添い遂げると決めていたので、スーパー店頭での最初の出会いで購入。

が、それらは、秋本番を迎える前の、予習、リハーサル、予行練習なのである。

予習、リハーサル、予行練習が何度繰り返されようが、僕は全く不満がないので、夏にはまだまだ頑張っていただきたい。

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『晩夏の愚痴 2012』(2012/08/30)

今年に始まった話ではないのだが、お盆が明けた頃から、世の中、特に報道番組の天気予報のコーナーなどで、「残暑」「この暑さはいつまで」などの言葉が連呼されるのに、非常に違和感を感じる。
より正確には、違和感というより一抹の寂しさかもしれない。

まだ八月なのに。
まだしばらく八月なのに。
九月だって十分暑いよ。
そんなに皆で夏が終わる話ばかりしていたら、夏が拗ねて、予定より早く終わっちゃうかもしれないから、残暑残暑いうのは止めようよ。

って思っていた。

そんな中、スーパーに行ったら、酒飲みにとっては秋の風物詩の一つ、秋限定のビール「秋味」が、早くも店頭に並んでいた。(飲んだ)
さんまの刺身も売っていた。(食べた)
カキフライも売っていた。(まだ)

秋はもうすぐそこというわけか。
今が晩夏だという現実からは、どうしたって逃げられないというわけか。

いや、秋が嫌いというわけではない。
むしろ大好き。
そう、これまで、しつこいくらいに書いてきたように、冬が嫌なのだ。
嫌で嫌で仕方がないのだ。

しばらく前に、春穏夏秋穏冬になればいいのにと書いたが、冬が思いっきり短いのもいいと思う。

二週間、長くても三週間くらい。
その期間だけ暖房が必要、ダウンジャケットを着る。
くらいの感じでいいと思う。

春夏秋短冬になればいいのに。  

Posted by emu_shi at 03:18Comments(0)