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何ができるのかな?

田辺 ARC>Tには明確なビジョンがないとおっしゃってましたけど、この先ってどうしていくとかはないんですか?

鈴木 100人会議で話した、5年後、10年後、100年後にこうなったらいいねって言う夢みたいな話はあるんですけど。

田辺 みんなが集まれる劇場ができたらいいとか、意見が出てましたね。

鈴木 ええ。ただ、具体的な数字の目標はないですし、最終的にこの集団がこうなればいいって言うものもないですね。

田辺 東京やそれ以外の都市の人たちも、仙台の当事者の人たちが思っている思いとはまた別に、自分たちには何ができるんだろうって悶々としている人はたくさんいると思うんです。東京にいる僕の周りの役者さんですら、自分は演劇をやっている意味はあるんだろうかって言っている人はいて。ARC>Tって集団を知ることによって、自分が何ができるのかを知りたくはあるんですね。なので、ARC>Tが何を目指しているのかを知れたら、それが分かるかなと。この演劇ぶっくの取材を通して、知らない人に知ってもらうことはできると思うんです。そこから何ができるだろう、何かになればいいって思いはあるんですけど。

鈴木 それを望むと言う訳ではなく言うとですね、何かしたいと言う強い気持ちを持ってARC>Tに接して来て下さった方々って、半分ぐらいは一回僕らと触れるだけで満足しちゃう方が多いんです。それでも、その後も関わり続けて下さる方って、ずっと一緒に悩んでくれるんですよ。その一緒に悩める関係性をつくることなんだと思うんですよね。それには、さっきおっしゃってたまず知ってもらうことが第一歩なんですよね。そこから何が生まれるかに関しては、人それぞれだと思うので、僕らはそこに「こう言うストーリーがあります」みたいなことは言いづらいと言うか、よく分からないと言うか。一緒に考えていくと、それぞれが全く思いつかないことが発想できたりしたので、そう言う一年間でしたね。ARC>Tって、言ってしまえば何でもありの集団なので、お互いに何ができるか、どんな人か、どんな作品を作っているのかを知っていくことで、全く新しい今までになかったものを生み出していくことは、比較的可能性が高いと思います。なので、まず知ってもらうこと、知り合うことからなのかなと。

田辺 例えば、音楽とか、大きなチャリティイベントを開催すれば、大きなお金もたくさんの人も集めれると思うんです。でも、小劇場でやろうとしても、集まる人もお金もたかが知れていると思っちゃうんですね。数字の問題じゃないにしても、これだけの労力とコストをかけて、これだけの成果なら、別の方法でいいんじゃないかって発想にはなっちゃうんですね。だから、直接的な目標がARC>Tにあるなら、じゃあ自分たちはこうしてみようって発想ができそうな気がして。

鈴木 それはいろんなところで求められていることは実感があります。例えば、東北を応援してくれる作品を募って東北演劇祭やるとかだと分かり易いし、みんなも手を挙げ易いとは思うんです。でも、アーティストが集まって盛り上がればいいのかって思ってしまうんですね。

田辺 いろいろお話を伺って、僕が仙台の外側からこうなって欲しいなって思ったのは、悶々としている人たちがいるなら、その人たちが好き勝手にお芝居ができる様になって欲しいですね。それは、僕も東京で好き勝手に作品を作っている演劇人の一人だから、それをもがれたらキツいなってのは凄く分かるんです。だから、そこをもがれちゃって悶々としている人をなんとかしてあげたいなと思うんです。ARC>Tの中心で活動されている方たちって、本来やりたいものはできていないのかもしれないけど、いろんなところで求められる場もできてきて、ある面では充実している部分はあると思うんです。でも、そうじゃない人たちって、もがれっぱなしで、抱えているものも凄く大きいんじゃないかって気がしてて。その人たちが演劇できなきゃ、意味ないとは言わないですけど、仙台は大きな問題を抱えちゃっているのかなと。

鈴木 ARC>Tは、福祉とか社会貢献みたいなところが大きいので、どこかをピンポイントでバックアップするって難しくなってきているんですね。誰しもがARC>Tを利用すれば、自分のやりたいことが少しやり易くなるところを提供したいんですけど。

田辺 これは言うと凄く語弊があるかもしれないんですけど、ARC>Tが仙台で主流になればなるほど、それまで以上にマイノリティ化する人たちを生んじゃう気がするんです。

鈴木 分かります。そこを恐れている人たちはいると思います。

田辺 それを望んでARC>Tが活動している訳ではないのは分かるんですけど、表面に見えている活動が良くなればいいってことではないので、僕は抱えちゃっている人たちの問題もどうにかしないといけないなって。100人会議を聞いてて思ったのは、行政とか公共とか助成とかってキーワードが凄く出てくるなって思ったんです。地方で活動していくには重要だと思うんですけど、そこから溢れちゃった人たちってどうなるんだろうって思いもして。東京ならインディーズで劇団を成り立たせることも可能だけど、助成を貰えたか貰えないかの一つの違いで生まれちゃう格差って不条理な気がして。やりたい思いや方向性がちょっと違うだけで、貰えるところと貰えないところって何が違うのって感じちゃうんです。

鈴木 その格差が広がりつつあるのは確かです。ただ、助成については一つ誤解があって、100人会議の中で助成が欲しいって言っていた人たちには、自分たちの活動に助成して欲しいと言う人たちと、出前とかの社会活動に助成して欲しいと言う人たちの二種類いますね。後者だとすると、今までは週6日アルバイトをしながら演劇活動をしていた人たちが、例えば週に2回も文化庁派遣事業に行くと、一ヶ月生活するくらいは稼げちゃうんですよ。そうすると、自分の創作の時間が大幅に取れるようになる訳です。それならば、生活するためのお金は国の活動の補助金や助成金で、時間を短く、自分の技能を用いて表現者として稼ぐ。そして、大きく残った時間を自分のクリエーションに当てる。それを望んでの意見だと思います。

田辺 なるほど。そうだったんですね。

鈴木 僕が思うのは、アルバイトとして働くのであれば、表現者としての特能でなるべく短い時間で生活できるお金を稼いで、なるべく自分のやりたいことを創作できる時間を作ることが大事だと思います。ARC>Tの活動で僕らがそう言うお金を引っ張ってきて、自分のクリエーションができる若手が増えてくれば、それは僕は悪くないんじゃないかと思いますね。

田辺 東京だとなかなかないスタイルですね。

鈴木 完全に社会貢献として演劇をやりたい人もいれば、純粋にチケット収入だけで演劇を成り立たせていきたい人もいると思うんですけど、その間の層がこれまでの仙台では起こり得なかったんです。社会貢献で生活費を稼いで、残った時間で創作活動を行う層ですね。その可能性が見えていることで、東京に行かなくても仙台で生活しながらも創作を続けていくことができるかもしれないと、仙台のアーティストたちが思いはじめているんですね。

田辺 それは、今はまだ公共との関係ができはじめた段階だからの発想だと思うんですけど、いずれその発想が逆になっていくといいですね。派遣事業で得たお金や時間を自分の創作に当てることができると言う発想じゃなくて、自分が創作の中で得た技術やセンスを公共事業や社会貢献に還元できると言う発想に。

鈴木 それは確かに危ないと思います。公共事業で食えると言う発想になってしまうと、ワークショップができる人になってしまって、自分の作品が作れなくなってしまいますからね。

田辺 東京でも劇団や公演を成立させる為に、ワークショップをやったり、オーディションで資金を集めたりするところもありますけど、僕はそれに抵抗があるんですよね。

鈴木 そうですよね。そう言う意味では本当に今はじまったばかりの状態ではあるのかもしれないですけど、少なくとも先にパイがなくては切り分けられないと言うところで、この一年間は社会貢献活動が多かったと思いますね。

田辺 それが切っ掛けにはなっているんでしょうね。

鈴木 あと、それだとわがまま過ぎるかもしれないですけど、最終的には自分たちの創作をやりたいと思うし、それで仙台の街が活性化する方がいいと思うんですね。それには行政も認めてくれないと難しいと思うんです。例えば仙台には民間の使い易い小劇場がないとかですね。それは主張していけば、もしかしたら叶うかもしれないですね。これまでは小劇場には力がなかったですけど、それがARC>Tの活動によって、こう言う社会貢献活動もしているんよって示せれば、今後は僕らのやりたいことをやるための主張に耳を傾けてくれるんじゃないかって打算が僕にはあるんです。まだ、今の活動は、本当に大きなうねりの中の切っ掛けなんだと思うんですよね。

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《プロフィール》
鈴木拓
すずきたく/宮城県仙台市出身。高校演劇を経て、舞台監督として三角フラスコに参加。退団後、2000年に演劇企画集団-きらく企画-を立ち上げ。2004年東京国際演劇祭リージョナルシアターシリーズ参加。2006年より2009年まで演劇専用空間GalleryoneLIFEを仙台市街なかで運営。劇場運営で培った企画製作を見込まれ、2008年杜の都の演劇祭事務局に参加。2010年よりプロデューサーに就任。震災を機に設立した、Art Revival Connection TOHOKUの事務局長。

田辺茂範
たなべしげのり/長野県上田市出身。大学演劇を経て、作・演出としてロリータ男爵旗揚げに参加。2001年に自らの過失により自宅アパートが火災に。その後、二週間の避難所生活を送る。演劇をやめて実家に帰ろうと思うも、自らの災難をネタにした公演で劇団の下北沢初進出を果たす。今は「あの時演劇やめなくてよかった」と思っている。(最近あんまやってないけど)
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次回予定◇『高木珠里の演劇100人組手』(企画・構成)7/14◎北沢タウンホール、◇webマガジン「ミロクル通信」にて制作日記『100人の道も一歩から』連載中