本年も残すところがあと僅かとなりました
例年の恒例であります
翌年を干支や暦学より勝手ながら占わせて頂きたく思います。

干支の干は10段階、支は12段階からなり
併せて60段階から構成されています
すなわち還暦というのは60歳であり
60年で元に還ることでありますから、60歳を還暦と申します。

干支は占いではありません
永い人類の経験よりの実学・哲学であり
誕生から変化、推移を干支の60段階に分けて
経験に基づき結論を出したものであります
現代に生きる我々がこれを指標とすべき哲学・暦学であります。

前回の乙末である1955年・昭和30年は日本国では高度成長期の始まりと言われ、
ソ連を盟主にした東ヨーロッパ諸国の軍事同盟ワルシャワ条約機構が結ばれ
冷戦が激化していった年でもありました。

また干支ではありませんが
人々の価値観は70年の周期で変わると言われますが
1945年の日本の敗戦からちょうど70年で2015年は日本民族の価値観が転換する時期であります
70年前に日本は天皇を中心とした立憲君主制から
アメリカが主導で制定した憲法を受け入れて民主主義制へと変動をした
その結果、集団や国家の和を尊重していた日本民族性から
個や私を尊重する人権を尊重するような欧米型の価値観へと変貌する事となる
保守的な考えから革新的な考え方、左翼的な思想が蔓延したのも
1945年の敗戦から始まっているのであります。
2015年平成27年 乙末を迎える現代は左翼思想から、右翼思想へと変貌しているのは
ひとつの時代が終わり、価値観の転換期に来ている事を感じさせられる。

ちなみに左翼思想は反日的な思想であり
右翼思想は偏った民族思想
保守とは産まれ育った故郷や山河を愛する精神の事を指す。

干支(きのとひつじ、いつび)の文字の開設ですが
「乙」という字は
草木の芽が曲がりくねっている象形文字であります。
だから新しい改革創造の歩を進めるけれども、まだまだ外の抵抗力が強い。
しかしいかなる抵抗があっても、どんな紆余曲折が経ても、それを進めてゆかねばならぬという事です。

「末」という字は
上の短い「一」と「木」から成っており
「一」は木の上層部、すなわち枝葉の繁茂を表している、ところが枝葉が繁茂すると暗くなるから
末はくらいと読む、未は昧(まい)に通ずる。つまり支の「末」は暗くしてはいけない
不昧でなければならぬ、ということを我々に教えてくれておるのです。

繁茂した枝葉は払い落とさなければ、新しい枝葉に光が当たらずに
新しい生命を進展させることが出来ない
「末」という字は繁茂した枝葉末節を払い落として、新しい生命を進展させるという意味であります。

「乙末 きのとひつじ、いつび」という干支は
まだまだ強い抵抗力があるが、それに負けず改革改造を進め
旧い習慣・慣習を改めて、新しい価値観を受け入れるという事であります。

2015年 平成27年 乙末(きのとひつじ、いつび)は
不採算な事業、先行きが不透明な事業
抵抗勢力はあるだろうが、それを乗り越えて採算の取れない事業は廃止し
将来性があり、時代に適合し、採算が取れる事業に選択と集中をすべき時であります。
成長も衰退もまっすぐ落ちていく事はない
木の根は曲がりくねりながら地中深く潜り
木の芽は天に向かって真っすぐと成長をする
抵抗勢力があるからこそ、成長があり
成長があるからこそ、抵抗もあるという事であります
何事にも「過ぎる」という事は良くない事です
食べ過ぎや飲みすぎ、過剰な事は身体に負担をかける事で
結果として体を滅ぼしてゆくこととなります
事業も同じくであり、何事も「過ぎる」のは良くない
事業も人員も広告費も在庫も
繁茂した枝葉を立ち払う事、これも経営であります
今まで正しいと思っていたことで間違いという事は往々にしてある事です
その旧い常識という物を改める良い時期であると思います
常識を改めたときに、それに変わる様な新しい価値観を取り入れる事です
企業という物はその時代に併せた変化を出来るからこそ強いのであります
現代で薄く、高画質で低価格な液晶テレビを創ったとしても
素晴らしい商品を販売した所で、その時代の人々の価値観にうけいれられなければ
販売をする事は難しいのである。

2015年 平成27年 乙末(きのとひつじ、いつび)は
転換期であると言えます
世の中は激変してゆくでしょう
世界も騒乱を極めるでしょう
その中で我々は
目の前の仕事に対して誠心誠意取り組むこと
一人一人が世界平和や戦争の反対を唱えたとしても
それは叶わない事であります
しかし、一人一人の誠心誠意の取り組みによって
その取り組みに対して共感する人々が一人・二人・十人・百人と増えて
いずれは万人となり世の中を変えてゆくことでありましょう
それこそが『一燈照隅、萬燈照国』の教えです
人間は道に迷った時にこそ、先人の教えに救いを求めるべきである。

引用
干支の活学 安岡 正篤
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