私はこうして吹奏楽指導者になりました学生時代

カテゴリ:

私はこうやって吹奏楽指導者になりました 峺凝澄Щ愆者始めました」

に引き続き今日は学生時代編


高校卒業後は「東京コンセルヴァトワール尚美」に進学することになったのですが・・・

実は高校卒業時に海上自衛隊舞鶴音楽隊が内定していたのに 

それを辞退して尚美に進学したのでした・・・

今の学生からしたら勿体無い話です・・・


さてさて学生時代ですが、

尚美には全国の名だたる名門校から学生が集まっていました。
弱小吹奏楽部だった私は、そんな同級生たちの栄光の吹奏楽歴に憧れ、強い劣等感の中、学生生活を始めるのでした。
pdf000
やばい!関係者の皆さんすみませんwww
阪口新先生と共に

尚美は今も昔も吹奏楽の最先端を行く学校、吹奏楽に関する教育環境は最高水準のものであったと思います。そんな日本の吹奏楽界の一線で活躍されている先生方の合奏から得たものは大きかった。他にも専攻の楽器のレッスン、指揮法のレッスン、室内楽で怒られたこと、、全てが今の力になっています。
そして今大活躍されている先輩、同級生、後輩の皆さんと同じ時期に学べたこともとても幸運でした。
pdf001
なつかし

そんな学生生活を送るなか、夏休みには岐阜に戻り各西の指導をしてコンクールの指揮を振るというサイクルが何年か続きました。 
pdf000
尚美を卒業する頃には各西はB編成(小編成)で岐阜県代表になるくらいにはなっていたかと思います。
一年ずっと岐阜にいて指導しているわけではないし、当時の自分の指導は尚美での合奏やレッスンで得たものを、そのまま真似したり、同じ言葉を横流しにしていただけのようなものだったかもしれません。
それでもそのような成績を残せるようになったのは、当時の生徒(その頃は後輩としての関わり)の努力と、普段の指導者として携わってくれた岐阜の楽器屋さんのS田氏(中学の同級生)の力が大きかったと思います。

振り返ってみれば自分は色々恵まれていました。
吹奏楽の最先端の環境で学べたこと
高校生の時点で指揮にも興味があり指揮法を学んだこと
実際自分が音楽や吹奏楽を勉強しているタイミングで、指揮を触れるバンドがあり
合奏やレッスンから得た情報や学びをすぐにフィードバック出来たこと

たとえやっていたことが真似事であっても
経験を積む場所があったことで、それを繰り返し、自信をつけ、
少しずつ自分の力になっていったのだと思います。

そんな学び多き学生時代なのでありました。

つづく

こちらもあわせてどうぞ
私はこうやって吹奏楽指導者になりました 峺凝澄Щ愆者始めました」

 ポチッとしてね!
にほんブログ村 クラシックブログ 吹奏楽へ
にほんブログ村

バンドクリニックに行ってきた:名芸大ウインドおつかれさま!!

カテゴリ:
5月19日〜21日に浜松アクトシティで開催された
第48回日本吹奏楽指導者クリニック2017に名古屋芸術大学のスタッフとして
参加させていただいた。
image

昨年3月まで務めていた大垣女子短大とブースが隣り合わせという奇跡www

記憶が定かではありませんが・・
5年ぶりくらいの参加だったでしょうか
多くの皆さんと出会い
多くの皆さんと再会することができ
多めに持って行ったつもりの名刺が全てなくなってしまいましいた。
皆さん本当にありがとうございました。

ぜひまた来年も参加したいなと思っています。

さてさて
今回は名芸大がゲストとして演奏するということで
参加させていただくことになりましたが
まず

織田浩司さんによるポップス講座のモデルバンド
演奏会のあれこれを楽しいトークとともに解説されました。


メインとなるイブニングコンサート
指揮は竹内雅一先生
ミュージカルを交えた演出や
ゲストでポップス講座でもお世話になった織田浩司さんが
キャッツのメモリーを演奏されたり
最後には日本バンドクリニック委員会名誉顧問のE.クレーマーさんが指揮を振られたりと
贅沢なステージを披露してくれました。

最終日は解説:中橋愛生さん指揮:小野川昭博さんによる
レパートリー研究講座のモデルバンドとして演奏

スケジュールもプログラムもとても大変な内容でしたが、
立派な演奏を聴かせてくれました。

学生の皆さん
竹内先生
本当にお疲れ様でした!!

おまけ


ポチッとしてね!
にほんブログ村 クラシックブログ 吹奏楽へ
にほんブログ村

私はこうやって吹奏楽指導者になりました 峺凝澄Щ愆者始めました」

カテゴリ:
昨日合奏指導でお邪魔した関商工高校吹奏楽部の
Facebookの更新が嬉しかったのでご紹介

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【刺激ときっかけ】
今日はサクソフォン奏者の遠藤宏幸先生にご来校いただきました!遠藤先生は今年から名古屋芸術大学の先生としてもご活躍中で、お忙しい立場でありながら、関商工に来て頂けたこと、部員一同感謝しています!ありがとうございました!
今日の練習は、私達にとって大変刺激的であり、大きなきっかけを頂けたと感じています。短い時間でしたが、それ以上に学んだことが多かったです。演奏技術はもちろん、自分達で判断する力、解らないことが解る環境づくり、全員が考え続けるチームづくりなど、明日から実践していけることばかり!思考覚醒!頑張ります٩(ˊᗜˋ*)و✧



43

関商工高等学校吹奏楽部Facebookページ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

自分の考え方に共感してもらえたみたいでとてもうれしい!!

で、ふと自分がどのように指導者になって今のような考え方になったのかを
振り返ってみようかと思いまして、、



私はこうやって吹奏楽指導者になりました「原点:指揮者始めました」

初めて公の場で指揮
をしたのは母校である各務原西高校(以後各西)
高校3年生の夏のコンクールでした。
pdf000
写真あった(笑)
pdf000
えんどう少年www

各西の吹奏楽部は自分が入学する2年前に同好会を経て部としての活動が始まりました。
立ち上げたのは自分が1年時の3年S井先輩
中学校の先輩でもあったS井先輩が声をかけなければ自分はハンドボール部に入っていたwww
それが今のような仕事に繋がっているというのは不思議な話です。

そして自分が2年の時に初のコンクール
その年はオーボエで音大出身、中学校の大先輩で
当時各西に楽器屋さんとして出入りしていたS田さんに指揮をお願いしました。
初のコンクールは地区大会銀賞でした。


余談ですが、
当時各西吹奏楽部は受験を考慮して2年生が部長を務めるというシステムをとっていました。
2年生部長だった自分はその流れに違和感を感じ3年になっても部長の座を譲らず
2年間部長の座に君臨したのでありましたww

そして遠藤部長政権2年目、各西2回目のコンクールのシーズンがやってきました。
昨年と同様S田さんに指揮をお願いしたところ
「地区大会の日は振れない、県大会に行ったらね」
と、まさかの辞退。。
このまさかの事態により
遠藤部長自体
学生指揮者となったというわけであります。

どんな演奏だったのだろうか。。
今考えれば、とりあえず通しただけの演奏だったのかも

課題曲:そよ風のマーチ(松尾善雄)
自由曲:エル・カミーノ・レアル(A.リード)

なつかし・・

そして結果は

地区大会銅賞・・・

私の指揮者デビューはまさに底辺からのスタートなのでした。

とても悔しい思いをしたのを今でも鮮明に覚えています。
が、しかし
この経験が自分の吹奏楽指導者への原点になっていることは間違いありません。

そして
高校卒業後は東京コンセルヴァトアール尚美に進むのであります。


つづく


ポチッとしてね!
にほんブログ村 クラシックブログ 吹奏楽へ
にほんブログ村

このページのトップヘ

見出し画像
×