2004年09月09日

パレスチナ問題とナショナリズム

平成14年3月

 昨年9月11日事件後、ブッシュ大統領によるアフガン空爆、北部同盟のカブール占領、タリバン掃討作戦に呼応するかのように、パレスティナでは「対テロ戦争」を唱えるイスラエル軍によるパレスティナ活動家の暗殺や難民キャンプ攻撃が行われている。これらの軍事行動を指導しているのは右派リクード党首のイスラエル首相(前国防相)アリエル・シャロン氏である。パレスティナ問題は、強国の植民地政策の結果であるが、民族主義(ナショナリズム)の衝突であることは誰の目にも明らかである。衝突の一方の指導者アリエル・シャロン氏を例にとってこの地域が直面している問題と、ナショナリズムの理解を深めたい。


 アリエル・シャロン氏を知る上で参考になる最近の新聞記事としては次のようなものがある。

産経新聞2002年1月25日(金)



レバノン 元民兵司令官が爆死
イスラエル首相関与の虐殺事件 証言の意思表明後
 【カイロ24日=村上大介】レバノンのキリスト教右派民兵組織の元司令官で、閣僚経験もあるエリー・ホベイカ氏が二十四日朝、ベイルートの自宅から出かけた際、近くに駐車していた車が爆発、同氏を含む四人が死亡した。犯行声明は出ていないが同氏を狙った暗殺事件とみられる。

 治安当局によると、ホベイカ氏は、ボディーガードら三人とともにキリスト教徒地区である東ベイルートの自宅を自分の高級車で出たが、数百メートル離れた場所に駐車していた車の脇を通りかかったところ、大爆発が起きた。

 ホベイカ氏は、レバノン内戦中の親イスラエルのキリスト教マロン派民兵組織「レバノン軍団」の有力司令官の一人で、一九八二年にイスラエル軍がベイルートに侵攻した際、レバノン軍団が西ベイルート郊外のパレスチナ難民キャンプ「サブラ・シャティーラ」でパレスチナ人数千人を虐殺した事件を直接指揮したとされる。

 虐殺事件では、当時のシャロン・イスラエル国防相(現首相)がマロン派民兵に難民キャンプ立ち入りを許可したことが判明。シャロン氏は虐殺を黙認したとして責任を問われ、国防相辞任に追い込まれている。

 虐殺事件を生き延びたパレスチナ人たちが昨年、シャロン氏を「人道に対する罪」でベルギーの裁判所に起訴したが、ホベイカ氏は二十二日、ベイルートを訪れたベルギーの国会議員団に対し、事件の真相や「新事実」を証言する用意があると表明していた。このため、アラブ・メディアは、爆殺はイスラエル情報機関の仕業との見方を流しているが、パレスチナ人も同氏を嫌悪しているほか、キリスト教勢力内にも敵対勢力がおり、事件の背後関係は不明だ。


 一昨年秋、アメリカ合衆国クリントン大統領はホワイトハウス研修生モニカ・ルウィンスキーとのスキャンダルにあえぎながらも、外交に優れた大統領として名を残すべく、中東和平の仲介に最後の努力を続けていた。交渉は大詰めを迎えながら、東エルサレムの主権を巡って膠着状態が続いていたが、パレスティナにもついに平和が来るのではないかという希望を人々は持ち始めており、交渉を頓挫させるような大きな衝突が起きることを最も恐れていた。この時、バラク首相の失脚をねらっていたアリエル・シャロン氏は、交渉の核心の地である東エルサレムを訪れてイスラエル人のナショナリズムとパレスティナ人の憎悪を煽り、東エルサレムは断じてパレスティナ人には渡さないと発言し、バラク首相の和平交渉は危険なやり方だと批判した。シャロン氏の期待通りパレスティナ人とイスラエルの軍・警察の衝突が発生し、アルアクサ・インティファーダと呼ばれる激しい武力衝突の事態に発展した。ついにクリントン大統領は中東和平をまとめることができないまま任期を終え、アメリカの大統領選挙戦は史上まれにみる泥仕合となって、自動車のセールスマンと陰口をたたかれた父ブッシュ大統領の息子ジョージ・ブッシュ氏が大統領になることとなった。

 和平交渉の最後の難関が東エルサレムの主権問題であったことは、「国家」や、ナショナリズムというものの功罪について考えさせずにはおかない。複雑な歴史を経てきた結果、ユダヤ人(イスラエル人)にとっての「エルサレム」、アラブ人(パレスティナ人)にとっての「アル・クドゥス」は民族の聖地であり、その地の単一の主権を持つことは、いわば民族の悲願である。しかし、双方がそれに執着すればするほど、東エルサレムの主権問題の解決は遠のいてしまう。政治的な解決と同時に、ユダヤ人(イスラエル人)とアラブ人(パレスティナ人)が、何らかの方法でナショナリズムを越える思想(行動)原理を見いださない限り、この問題の解決はない。そのような意味で、ナショナリズムが衝突する時、それをいかに克服するかと言うことが現代世界の大きな課題となっている。愛国心を持つことが国民として当然であり、それがそのまま世界平和に通ずるなどと言うことはない。

 東エルサレムのイスラム地区に掲げられたイスラエル国旗が、パレスティナ人から、敬意を表されていないであろうことは想像できる。パレスティナ人はこのイスラエル国旗に敬意を表すべきなのだろうか。
 パレスティナ人にとってイスラエル国旗は、パレスティナ人が居住する土地を武力占領し、自国領土と主張して、土地を購入することでその主張を補強しようとする行為を象徴している。この国旗に敬意を表することはこのような行為を是認することを意味すると受け取られるだろう。そうであれば、敬意を表することも表さないことも個人の自由に任されなければならないだろう。これは礼儀作法という次元とは別の問題であり、思想・信条の自由、表現の自由の問題である。
 国会で共産党の志位和夫氏が「サミット七カ国で、このように学校の入学式、卒業式で国旗掲揚、国歌斉唱を義務づけている国が日本以外にありますか。今我が国の教育現場で横行していることは、およそ前近代的な軍国主義時代の野蛮な統制の遺物ではありませんか。」と質問したのに対し、故小渕首相はかろうじて「入学式や卒業式自体を持たないなどという国もあり、その扱いはさまざまであり、アメリカ合衆国では、連邦法により、国旗は授業日にはすべての学校の校舎等に掲揚されなければならないと規定いたしておると承知をいたしております」と答えたが、アメリカ合衆国では、名高いヴァーネット判決によって、国旗に敬意を表さない自由がつとに判例法として確立しており、普遍的な法理と認められている。
 ちなみに、国旗を傷つけることを禁じた国旗保護法は、表現の自由を謳った憲法修正第1条に違反するとして、最高裁で違憲判決を受けている。保守化の傾向が強まる中で、国旗保護法を合憲とする修正28条が議会に再三提出されているが政府もこれに反対しており、成立していない。

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