勉強って、なぜするの?

とある塾教師とその生徒K君との対話。実は教師が自問自答している。自問 自答の中で、この教師はなぜ勉強するのかをK君に伝えることができるのか。果たして、K君は勉強が好きになれるのか?架空の生徒K君と徒然なるままにかわす対話を綴る。

財源はどうするんでしょう

教師  そこでベーシックインカムの制度を導入すると、低収入の仕事であっても
    失業者は気軽に次の仕事に就くことができ、企業も雇用調整が容易になるため、 
    失業率の抑制、雇用の流動化、新産業の創出などといった効果が望める。

K君  安心して低収入の仕事にも就けるということですか。
    確かに、安心感はやる気の元になるでしょうね。
    でも、新産業の創出とまではどうでしょうか。
    新しい企業を興すには資本が必要です。
    ベーシックインカムの恩恵を受ける人達はその資本を借金で調達するしか
    ないでしょう。
    そこまでのやる気は出ないと思います。

教師  最低限の所得が保証されることで安心してやる気が出るというのも、何とも
    言えないんじゃないかな。

K君  フィンランドで実験が行われたようですね。

教師  フィンランドの実験では労働意欲の低下は起こらず、むしろ高まったということ
    のようだが、これは経済の発展段階によって変わってくるだろうから、あてには
    ならない。
    現代社会における先進国の最低限の生活というのは、昔から比べればかなり
    豊かなものだ。
    先進国でベーシックインカムを実施すれば、大半が最低限の暮らしに満足して、
    働く意欲をなくすかもしれない。


K君  それはあり得ますね。
    でも、AIによる失業率は先進国の方が高いでしょうから、ベーシックインカムの
    導入は先進国の方が優先的でしょう。
    ベーシックインカムの制度って、実現性があるんですか?
    財源はどうするんでしょう。

教師  財源は富裕層から取ればいい。

K君  そんなことできますか。

教師  できないか ・ ・ ・
                                 (続く)

資本がAIを使って稼ぎにかかっている

教師  えーと、まず、ベーシックインカムとは何かということから ・ ・ ・

K君  カシャシャシャ。
    ・ ・ ・ ベーシックインカム(basic income)とは最低限所得保障の一種で、
    政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の
    現金を定期的に支給するという政策のこと。

教師  うん、需給する側から言えば年金みたいな感じになるのかな。
    これがクローズアップされてきた理由は、AIの発達による失業問題をどう解決
    したらよいかということを考えざるを得ない時代になったかららしい。
    ここでも発展至上主義が問題を大きくしているね。
    人間が行わなければ人間自身が駄目になっていく活動をAIにさせてはだめだよね。

K君  経済の発展が人間活動を食い荒らしに来ている感じがしますね。

教師  資本がAIを使って稼ぎにかかっている構図だ。
    貧富の格差問題がどうにもならないところに来ているのも周知の通り。

K君  それらの問題は放ってはおけない。

教師  そうだね。
    それで、現在の貧しい人々に対する社会保障制度があるんだが ・ ・ ・

K君  生活保護制度ですね。

教師  うん、生活保護制度は複雑で多層的であり、受給条件も年々厳しくなっている、 
    ということだ。
    仕事に就くと恩恵を受けられなくなってしまうため、低収入で短期の仕事には
    就きたがらないという問題があって、失業率が下がらず、景気も良くならない。

K君  確かにね。
    その話はよく聞きます。
                                 (続く)

ちょっと中断

K君  戒禁取は特に検討しなくてもいいですか。
    次は我語取ですけど。

教師  K君、ちょっと中断していいか。

K君  はー?
    何ですか。

教師  実はな、高校生が意見文を書かなければならないので面倒見てくれと
    頼まれたんだ。
    何についての意見文を書くのか聞いたら、ベイシックインカムについてだと。

K君  基本収入ということですか。

教師  うん、ベーシックインカムは調べてなかったよな。
    お金の話をいろいろ話してきた割には注目しなかったけれど、結構クローズ
    アップされているそうだ。
    この考え方が期限付きの政府紙幣発行とどうもつながるような気がして、
    調べたくなった。

K君  また期限付きの政府紙幣発行ですか!
    たしか行き詰ったはずでしょう。
    それで人の意識の話から仏教の話になって ・ ・ ・ その途中なのにまた
    戻るんですか。

教師  いや、ベーシックインカムについて検討するんだ。

K君  どうなることやら。
    それじゃ、必ず戻るということで、ベーシックインカムに行きますか。
                                 (続く)

滅苦の方法に執着するなと言われたって・・・

K君  次に行っていいでしょうか。
    見取は見解への執着ということです。
    これは、好みというよりも信念というようなものですね。

教師  欲取は好み。
    よって本能のようなものも含まれる。
    見取は生まれてからの知識による考え方、判断の基準への執着だから生まれて
    からの環境によるものだ。
    教育が大いに関係すると思うんだが ・ ・ ・

K君  その次は戒禁取ですね。
    滅苦の方法への執着。
    これは何ですか?
    他の宗教を信じてはいけない、ということですか。

教師  何だか、そんな感じがするね。

K君  仏教って、滅苦の方法が分かるまでが大変でしょう。
    苦を解消するためには無明を滅することだと言われたって、無明とは何かが
    わからないんですから。
    一生かかってもできないようなことを要求しておきながら、他の滅苦の方法に
    執着してはならない、というのはどうも ・ ・ ・

教師  納得がいかないと言うのか?
    そうだなー。
    私は、戒禁取は見取に含まれてもいいのではないかと思う。
    どうしてこんな項目があるのかよくわからないなー。
                                 (続く)

これが欲取か

K君  それでは求不得苦から行きますか。
    求不得苦は十二因縁の何とつながっているんでしょう。

教師  それは何と言っても「取」だろう。
    自分の欲望に執着すること、これとつながっている。

K君  欲望に執着することをどうして「取」って言うんだろう。
    カシャシャシャ。
    ・ ・ ・ 「取」にもいろいろあるようですね。
    欲取、見取、戒禁取、我語取。

教師  「取」は取る、つまり自分のものにするということ。
    自分のものにしておこうとするから欲望への執着、となるんだね。
    「取」は4つに分けられるのか。

K君  そうですね、欲取は愛欲の満足への執着。
    見取は見解への執着。
    戒禁取は滅苦の方法への執着。
    我語取は何でも自分のものと認識して執着すること。

教師  執着する、というのはひとつのことにしがみついて離れまいとすることだね。
    しがみついていて何が悪いんだろう。
    何が苦なの?
    ひとつずつ行こう。
    愛欲の満足への執着 ・ ・ ・ 
    これは、えーと、例えば、何だ?

K君  あれしたい、これしたい、ですね。
    好む、という言葉が適当ですか。
    好むものにしがみついて、何があっても離れようとしない。

教師  執着するとなぜ苦しいか。

K君  好きなものに取りついて、そのまま引き離そうとする外力が働かなければ
    苦しくはありません。
    でも、様々な外力は働きます。
    強い外力が働いた時には応力が働きます。
    この応力が苦なのではないかと思いますが。

教師  材料力学で来たな。
    まぁ、しがみついているものを、無理に引き剥がすとそれ自体がべりべり壊れる
    ものな。
    壊れる前の材料の身になってみると苦しみがわかるような気がするね。
    うん、これが欲取か。
                                 (続く)

八苦に順位をつけてみる

K君  八苦には、えーと、何があったんでしたっけ。

教師  生老病死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦。
    えーと、あとは ・ ・ ・
    何だっけ。

K君  カシャシャシャシャ。
    えー、八苦とは ・ ・ ・
    ・「生」は生きていること自体、肉体的精神的苦痛が伴うこと。
    ・「老」は年取って体力気力が衰退して自由が利かなくなること。
    ・「病」は様々な病気があって痛み、苦しみに悩まされること。
    ・「死」は死ぬことへの恐怖や不安。
    ・「愛別離苦」、愛するものと離別すること。
    ・「怨憎会苦」、恨み、憎むものと出会うこと。
    ・「求不得苦」、求めるものがえられないこと。
    ・「五蘊盛苦」、人間の肉体、心が思うがままにならないこと。

教師  あーそうか、五蘊盛苦が思い出せなかった。

K君  この八苦に順位をつけるんですね。
    五蘊盛苦は上位に行くと思いますよ。
    下位に属するのは低い順から求不得苦、怨憎会苦、愛別離苦、でしょう。

教師  どうしてそう言えるんだ?

K君  何だか、自分でコントロールすることができそうな気がするからです。

教師  ふむ ・ ・ ・
    そうか、その三つとも、エゴが関係している。
    エゴのコントロールか。

K君  ぼくは求不得苦が一番我慢できそうな気がします。

教師  我慢するということとコントロールするということは違うだろう。

K君  ・ ・ ・ ・ ・
    そうか、我慢するというのは苦の領域か。
    
教師  滅するというのとは程遠い。

K君  でも、我慢する段階から滅するという段階に向かうことはできるのではない
    でしょうか。
    我慢する、平気で我慢できる、平然といられる、というように。

教師  うーん ・ ・ ・
    そう言えないこともないかな。
                                 (続く)

十二因縁の下位項目から ・ ・ ・

K君  カシャシャシャ。
    ・ ・ ・ 無念無想とは、無我の境地に達したこと。
    何も考えていないことを指すこともある。

教師  無我とは何?

K君  カシャシャシャ。
    ・ ・ ・ 無我とは、あらゆる事物は現象として生成しているだけであり、
    それ自体を根拠づける不変的な本質は存在しないという意味の仏教用語。

教師  物事の本質は存在しないという境地に達するのが無念無想か。
    その境地に達すれば苦が解消するのかな。
    
K君  苦を解消するには無明を滅することでしたよね。
    無明とは何かわかっていないのに無明を滅することができるんでしょうか。

教師  我々は無明であることすらわかっていない、というのだから、無明を滅すれば
    苦は解消されるという釈迦の教えは一体何だ? ということになるよね。

K君  先生、十二因縁のところで調べた時に、「苦しみを断つためには、その
    根本的原因である無明から順次に滅されなければならないと説かれた。」
    という所がありました。
    この、無明から順次に滅さなければならない、というところがおかしいんですよ。

教師  そうだなー、無明による現象を順次に滅していかなければならない、と解釈
    すればいいかな。

K君  それなら僕にもわかります。
    十二因縁の中で滅することができそうなものから滅していけばいいんでしょう。

教師  そうだな、十二因縁の下位に位置する項目から順に、ということだね。
    ちょっとさ、人の苦と十二因縁とのつながりを検討してみないか。

K君  つながりを、どう検討するんですか。

教師  八苦のひとつひとつが十二因縁のうちのどれにつながっているかを検討するんだ。
                                 (続く)

無明を滅するには赤ん坊のようになれ?

K君  それで、赤ん坊と、苦と、トナールとナワールが、何なんですか。

教師  赤ん坊は生まれてからしばらくの間はナワールの世界にいて、
    人になっていくに従ってトナールの発生とともに、苦が発生してくる。
    苦の解消は最終的には死ということになるのだろうけれど、人は過去に
    生きているのでもなく、未来に生きているのでもない。
    今を生きているんだから、今の苦を解消したい。
    死による問題解決は意味がない。

K君  その通りですね。

教師  苦を解消するには無明を滅しなければならない。

K君  わかりました。
    先生、無明を滅するには赤ん坊のようになれということですね。

教師  ナワールの世界に入れということか。
    解決できない問題が発生して苦に陥った時には座禅を組んで無念無想に
    なれ、ということ?

K君  あれー、それじゃ問題は解決しませんね。
    座禅を終了すれば問題はまた現れます。

教師  座禅をしていなくても無念無想の状態になればよいということでは。

K君  いやー、それはないでしょう。
    問題は一人で抱えるものばかりじゃないですからねー。
    他の人に問題を押しつけて自分だけが無念無想で苦を逃れることを、仏教は
    教えているんですか。

教師  そ、そうではないと思うけど。
    死ねば本人は苦から解消されるのは確かなことで ・ ・ ・

K君  それじゃ、みんなが無念無想になればいいということですか。

教師  それもおかしいよな。
    ・ ・ ・ 無念夢想って、何だろう。
    もし、意識に上がることを全て断つことを無念無想というなら、
    無明を滅するということは、無念無想になれということではないと思う。
    K君、無念無想を検索してくれないか。
                                 (続く)

人は苦を求める存在でもある

教師  仏教は人生上の苦の解消を目指した教えというのが一般的だ。
    人生は基本的に苦である、という考え方なんだな。

K君  苦しいばかりの人生じゃ嫌ですよね。
    死んだ方がましだと思います。

教師  どの程度の苦しさになれば死にたいと思うのかな。
    かなり苦しくなければ死にたいとは思わないだろう。
    我慢できなくなった人は自殺の道を選んだりする。

K君  本当に人生は基本的に苦なんでしょうか。
    僕は人生は楽しいものだと思いますけど。

教師  釈迦の時代は紀元前だから、人々の暮らしは非常に厳しかったことだろう。
    衣食住に事欠いていた時代だ。
    生きて行くために苦労する。
    寒さに苦しみ、暖を得て一息つく。
    飢えに苦しみ、餌を得て一息つく。

K君  暖を得たり餌を得たときに幸せを感じるということですか。

教師  そういうことだと思うよ。

K君  生きがいは暖かく寝ることとお腹いっぱい食べることか。
    生きがいが達成されるまでは苦しむんですね。

教師  マズローの欲求段階説がまた出てくるけれど、人は欲求が満足されるとまた
    次の欲求が現れ、それを実現しようと試みる。
    つまり人は常に新しいこと、新しいものを求めて苦労するようにできて
    いるんだな。

K君  人がたくさん集まって複雑に絡めば新しいものを求めなくたってぶつかり合いも
    ありますよね。

教師  そうだね。
    そこら中で解決困難なぶつかり合いがあるだろうね。
    解決できない状態は苦なんだな。
    ぶつかり合いを苦と思うのは、結局、思い通りにならないからだろう。
    全て思い通りになって、全てが満ち足りた世の中になったら?

K君  全て思い通りになったら、そんな面白くない世界はないですね。

教師  よって、人は苦を求める存在でもあるんだ。
    人生は基本的に苦であるというのは、まず生き物として背負っている、環境に
    逆らわなければならない、ということだ。
    それは、逃れようとしても逃れられない。
    そして、生理的環境が整ったとしても、人はさらなる欲求を実現しようとして
    迷い、苦しむ。
    例えば永遠の命を求めるとか。
    全知全能になりたいとか。
    つまり苦は求めなくてもやってくるし、やってこなくても自分から求めてしまう。
    だから人生は基本的に苦ということになる。

K君  でも、生まれてきた赤ちゃんは何が苦なんでしょうか。
                                 (続く)

この世は苦だけではないはず

K君  さぁて、最初は無明からですよ。

教師  もう一度考えてみよう。
    無明とは、我々は何もわかってない、という意味だと思っていたけれど、本当に   
    何もわかっていないのかな。
    少なくとも、草や虫よりはいろいろなことをわかっているのではないか。

K君  どうなんでしょうか。
    私達は草や虫にはなれないですからねぇ。

教師  ん? そうか、そうだな。
    我々はどうすれば地面に根を生やしていけるかなんてわからない。
    根を持っているわけではないからな。

K君  蜘蛛は蜘蛛なりに巣を張ります。
    あの芸術的な巣の作り方を、本能かどうかわかりませんが知っているわけです。
    言葉ではないけれど、知っている。
    草や虫だからといって、馬鹿にはできないと思います。

教師  ひゃー、厳しいお言葉。
    草や虫を馬鹿にした発言をして申し訳ありませんでした。
    そもそも無明というのは人が迷って苦しむ根本原因は無明にある、という教え
    なんだから考え方の切り口を間違えてしまったと言わざるを得ないな。
    無明により人は迷い、苦しむ。
    苦の原因は何だっけ。

K君  プルチック理論のところで出てきましたね。
    八苦、でしたっけ。

教師  そうそう。
    「生」「老」「病」「死」「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五蘊盛苦」の八つだ。
    この現象は科学思想から見るとどう捉えられるんだろう。

K君  「生」は 「死」があるから「生」と言うんですよね。

教師  人の「生」はエネルギー活動のごく、ごく、ほんの一部の現象だ。
    それは、複雑なシステムで、複雑であるが故にさらに複雑な現象を生み出す。
    そして、必ず衰退に向かう。
    それが苦である、というわけだ。

K君  生まれて来ることは「喜び」じゃないんでしょうか。
    「苦」ではないと思いますけどねぇ。

教師  「喜び」は「苦」があるから「喜び」と言うんだろう。

K君  あ、そうか。
    でも、喜びや幸せがあるから苦があるとも言えるでしょう。
    この世は苦ばかりではないはずです。
                                 (続く)
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