2025年09月05日
芥川比呂志さんについて
投稿日の今日、まさか台風が接近するとは想像もしていませんでした。
座組の若手でつむいできた「風コラム」も、
今回でいよいよ最終回です。
最後は、俳優・演出家の芥川比呂志についてお話しします。
小説家・芥川龍之介の長男として生まれた芥川比呂志は、
舞台を中心に数々の名演を残しました。
中でも、昭和30年に上演された『ハムレット』の主演では、
「貴公子ハムレット」と称されるほど高い評価を受けます。
観客はなぜ、これほどまでに彼に魅了されたのでしょうか。
それは、知性と品格を感じさせる演技に、
大きな魅力を感じたからではないでしょうか。
文芸評論家の丸谷才一氏は、彼のハムレットについて次のように語っています。
“芥川比呂志のハムレットが段違いにいいのは、
本を持ってくるのがさまになるたった一人のハムレットだった。”
“芥川比呂志が本を持って出てくると、
何かラテン語の本を持っているということがはっきりわかるんですよ。
他の役者は何か日本語の本を読んでいるような。
そういう感じがするんですね。”
俳優としての活躍に加え、エッセイも出版されています。
きっと、文章の端々からにじみ出る品性とユーモアに、心惹かれるはずです。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
演劇集団円 ◤ 五十周年企画 ◢
創立者、芥川比呂志の情熱の日々を描く
『 風のやむとき 』
作・演出:内藤裕子
日程:2025年9/27(土)→10/5(日)
劇場:吉祥寺シアター
時間:約2時間(休憩なし)
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
☎︎ 0422-29-8135
オンライン予約:(http://en21.co.jp/)
●チケットぴあ (http://pia.jp/t/)
●イープラス (http://eplus.jp/)
●武蔵野文化生涯学習事業団
(http://yyk1.ka-ruku.com/musashino-s/)
⬇️詳細HP
(http://en3987.wixsite.com/kazenoyamutoki)

座組の若手でつむいできた「風コラム」も、
今回でいよいよ最終回です。
最後は、俳優・演出家の芥川比呂志についてお話しします。
小説家・芥川龍之介の長男として生まれた芥川比呂志は、
舞台を中心に数々の名演を残しました。
中でも、昭和30年に上演された『ハムレット』の主演では、
「貴公子ハムレット」と称されるほど高い評価を受けます。
観客はなぜ、これほどまでに彼に魅了されたのでしょうか。
それは、知性と品格を感じさせる演技に、
大きな魅力を感じたからではないでしょうか。
文芸評論家の丸谷才一氏は、彼のハムレットについて次のように語っています。
“芥川比呂志のハムレットが段違いにいいのは、
本を持ってくるのがさまになるたった一人のハムレットだった。”
“芥川比呂志が本を持って出てくると、
何かラテン語の本を持っているということがはっきりわかるんですよ。
他の役者は何か日本語の本を読んでいるような。
そういう感じがするんですね。”
俳優としての活躍に加え、エッセイも出版されています。
きっと、文章の端々からにじみ出る品性とユーモアに、心惹かれるはずです。
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演劇集団円 ◤ 五十周年企画 ◢
創立者、芥川比呂志の情熱の日々を描く
『 風のやむとき 』
作・演出:内藤裕子
日程:2025年9/27(土)→10/5(日)
劇場:吉祥寺シアター
時間:約2時間(休憩なし)
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
☎︎ 0422-29-8135
オンライン予約:(http://en21.co.jp/)
●チケットぴあ (http://pia.jp/t/)
●イープラス (http://eplus.jp/)
●武蔵野文化生涯学習事業団
(http://yyk1.ka-ruku.com/musashino-s/)
⬇️詳細HP
(http://en3987.wixsite.com/kazenoyamutoki)

engekisyudan_en at 19:59|Permalink│
2025年09月02日
___『夜叉ヶ池』著者・泉鏡花について___
第五回 爆風コラム
___『夜叉ヶ池』著者・泉鏡花について___
はじめまして!
演劇集団円48期新会員の小林莉沙です。
今日が初コラム、、どきどきしております🌞
よろしくお願いします!💐
前回は劇中劇『夜叉ヶ池』のお話でしたが、
今回はその著者・泉鏡花について少しご紹介します✍🏼
-----------------------------------
《基本情報》
名前:泉鏡花(本名:泉 鏡太郎)
ジャンル:小説家
1873年、石川県金沢市生まれ。
16歳のとき尾崎紅葉の作品に感銘を受け、2年後には紅葉の門を叩いて創作活動を始めました。
代表作は『義血俠血』『高野聖』『婦系図』『歌行燈』『日本橋』『天守物語』『海神別荘』などなど…。1939年に亡くなるまで、明治から昭和にかけて多くの小説や戯曲を残しました。
-----------------------------------
📍「鏡花」という名前は、「鏡花水月(鏡に映る花や水に映る月のように、見えても触れられないもの)」からとられています。素敵ですよね🫧
📍 芥川龍之介も鏡花作品の大ファンで、「小説らしい小説は、鏡花氏の『化銀杏』が始めてだった」と語っています。全集の編集にも関わるほど慕っていたんだとか。
📍 そして龍之介の長男・芥川比呂志もまた鏡花を愛し、劇団雲で『海神別荘』(1974)、演劇集団円で『夜叉ヶ池』(1978)を演出しています。ここで円につながってくるんですね!
📍 鏡花の作品は「幻想文学」と呼ばれ、妖怪や不思議な存在が登場します。ちょっと怖くて、でも美しい世界。江戸古典調のリズム感ある言葉選びが独特で、声に出して読むと面白い表現がたくさん出てきます☺️
⇨ちなみに泉鏡花の作品は「青空文庫」で読むことができます📚
-----------------------------------
《今回の本公演とのつながり》
そんな鏡花の『夜叉ヶ池』を上演しようと、病と闘いながら日々を過ごした芥川比呂志。
その姿を描いたのが今回の公演『風のやむとき』です。
恥ずかしながら、私も円の歴史や創立者・芥川比呂志について、今回出演させていただかなければ知らなかったことがたくさんありました。
だからこそ、この作品を通して少しでも多くの方に知っていただけたら嬉しいなと思っています。
大先輩から若手、そして円演劇研究所の49期生まで。出演者一同、皆さまのご来場を心よりお待ちしております!!
-----------------------------------
《次回予告》
次回の風コラムは…
✒️9/5(金)「芥川比呂志について」
担当:大谷優衣
です!鏡花とも縁深い芥川家、その流れを知るとますます面白いと思いますので、ぜひお楽しみに❣️
-----------------------------------
《おまけ》
私が『夜叉ヶ池』で一番好きなセリフは、鐘楼守・萩原晃が親友の山沢学円に言った一言。
「花は人の目を引く、水は人の心を引く。」
なんだか、じーんとします。
初コラム、いかがでしたでしょうか、、!
最後までお読みいただき、本当に本当にありがとうございました!!
『風のやむとき』で皆さまとお会いできるのを楽しみにしています🍃
小林莉沙
___『夜叉ヶ池』著者・泉鏡花について___
はじめまして!
演劇集団円48期新会員の小林莉沙です。
今日が初コラム、、どきどきしております🌞
よろしくお願いします!💐
前回は劇中劇『夜叉ヶ池』のお話でしたが、
今回はその著者・泉鏡花について少しご紹介します✍🏼
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《基本情報》
名前:泉鏡花(本名:泉 鏡太郎)
ジャンル:小説家
1873年、石川県金沢市生まれ。
16歳のとき尾崎紅葉の作品に感銘を受け、2年後には紅葉の門を叩いて創作活動を始めました。
代表作は『義血俠血』『高野聖』『婦系図』『歌行燈』『日本橋』『天守物語』『海神別荘』などなど…。1939年に亡くなるまで、明治から昭和にかけて多くの小説や戯曲を残しました。
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📍「鏡花」という名前は、「鏡花水月(鏡に映る花や水に映る月のように、見えても触れられないもの)」からとられています。素敵ですよね🫧
📍 芥川龍之介も鏡花作品の大ファンで、「小説らしい小説は、鏡花氏の『化銀杏』が始めてだった」と語っています。全集の編集にも関わるほど慕っていたんだとか。
📍 そして龍之介の長男・芥川比呂志もまた鏡花を愛し、劇団雲で『海神別荘』(1974)、演劇集団円で『夜叉ヶ池』(1978)を演出しています。ここで円につながってくるんですね!
📍 鏡花の作品は「幻想文学」と呼ばれ、妖怪や不思議な存在が登場します。ちょっと怖くて、でも美しい世界。江戸古典調のリズム感ある言葉選びが独特で、声に出して読むと面白い表現がたくさん出てきます☺️
⇨ちなみに泉鏡花の作品は「青空文庫」で読むことができます📚
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《今回の本公演とのつながり》
そんな鏡花の『夜叉ヶ池』を上演しようと、病と闘いながら日々を過ごした芥川比呂志。
その姿を描いたのが今回の公演『風のやむとき』です。
恥ずかしながら、私も円の歴史や創立者・芥川比呂志について、今回出演させていただかなければ知らなかったことがたくさんありました。
だからこそ、この作品を通して少しでも多くの方に知っていただけたら嬉しいなと思っています。
大先輩から若手、そして円演劇研究所の49期生まで。出演者一同、皆さまのご来場を心よりお待ちしております!!
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《次回予告》
次回の風コラムは…
✒️9/5(金)「芥川比呂志について」
担当:大谷優衣
です!鏡花とも縁深い芥川家、その流れを知るとますます面白いと思いますので、ぜひお楽しみに❣️
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《おまけ》
私が『夜叉ヶ池』で一番好きなセリフは、鐘楼守・萩原晃が親友の山沢学円に言った一言。
「花は人の目を引く、水は人の心を引く。」
なんだか、じーんとします。
初コラム、いかがでしたでしょうか、、!
最後までお読みいただき、本当に本当にありがとうございました!!
『風のやむとき』で皆さまとお会いできるのを楽しみにしています🍃
小林莉沙
engekisyudan_en at 20:05|Permalink│
2025年08月29日
『夜叉ヶ池』について
第四回 萩風コラム
━━夜叉ヶ池について━━
コラム企画、早くも後半戦です。
前回の梅田雪那からバトンを受け取りまして、
第四回は星愛奈が担当します。
拙い文章ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。
今回の公演「風のやむとき」では、劇中劇があります。
第四回のコラムは、
「風のやむとき」の劇中劇で取り扱う『夜叉ヶ池』にフォーカスして書いていきます。
『夜叉ヶ池』は、泉鏡花が1913年(大正2年)に発表した戯曲です。泉鏡花40歳頃の作品です。
福井県と岐阜県の県境、標高約1100メートルの場所にある夜叉ヶ池。
そこに伝えられている龍神伝説から発想を得た作品だとされています。
架空のものではなく、夜叉ヶ池という池が実在し、伝説が残っているのです。
もし興味のある方は、戯曲ではなく夜叉ヶ池そのものについても調べてみてください。
鏡花が『夜叉ヶ池』という戯曲を書くほど魅了された何かがそこにはあるのでしょう。
それでは、『夜叉ヶ池』の内容について触れていきます。
作品の舞台は、越前国大野郡鹿見村琴弾谷
(えちぜんのくにおおのぐんしかみむらことひきだに)
琴弾谷は鏡花が作った架空の地名です。
どこからか澄んだ音が聞こえてくるような、綺麗な名前だなと思います。
時代は、現代(戯曲が発表された1913年当時)の盛夏、村は日照り・干ばつに苦しんでいます。
【あらすじ】
京都大学の教授・山沢学円は、訪れた山奥の村で、美しい娘・百合と出逢う。彼女と共に暮らしていたのは、2年前から行方不明の学友・萩原晃であった。
その昔、村人たちは夜叉ヶ池の竜神とある約束を交わしていた。「日に三度の鐘をつくこと。さもなければ竜神は池を飛び出し、大水で村を池の底に沈めてしまう…。」その伝説を聞いた萩原は、百合と村の人々を守るために、鐘つきの老人からその役目を引き継いでいたのだ。
一方、夜叉ヶ池の主・白雪姫は、山向こう千蛇ヶ池の若君に恋をしていた。先祖代々の約束により池を離れられない白雪姫は、恋しい人に会いたい一心で鐘を壊そうとするが……。
そんな中、日照りが続いた村では、村人たちが百合を生贄に雨乞いをしようと企んでいた。
といったようなお話です。
あらすじには書けませんでしたが、
『夜叉ヶ池』には白雪の眷属としてたくさんの妖怪も登場します。
妖怪といってもただ不気味なだけではなく、どこかコミカルで軽快なやりとりを繰り広げるとても魅力的な妖怪たちです。
人間世界だけでなく、伝説や妖怪を登場させることによって、おとぎ話のようなファンタジックな世界観になっていて、より惹き込まれてしまいます。
簡単にあらすじを書きましたが、
なんと『夜叉ヶ池』は青空文庫に収録されているので、無料で全編読むことができます!
もし、このコラムを読んで興味を持った方はぜひ読んでみてください。
鏡花の独特な世界観や美しい言葉に触れてみてほしいです。
「風のやむとき」を観る前に『夜叉ヶ池』を読めば、劇中劇もより楽しめるのではないかと思います。
芥川比呂志さんが円で演出した作品は、
この『夜叉ヶ池』が最初で最後です。
このコラムを読んでいる方の中にも、当時の円の夜叉ヶ池を観た方がいるのでしょうか?
現実と非現実が入り混じる幻想的な世界観を、芥川比呂志さんはどう演出したのか。
私も生でこの目で観てみたかったです。
そして「風のやむとき」の夜叉ヶ池はどんな夜叉ヶ池になるのか。
『夜叉ヶ池』を読んだことがある方も、観たことがある方も、今回初めて知った方も、皆さんの心に深く刻まれる忘れられない夜叉ヶ池になるよう、全身全霊で取り組みます!
上手いまとめ方が思いつかず急ではありますが、今回のコラムはこの辺りで終わりにしようと思います。
最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。
第四回の萩風コラムは星愛奈が担当しました。
次回のコラムもお楽しみに!
━━夜叉ヶ池について━━
コラム企画、早くも後半戦です。
前回の梅田雪那からバトンを受け取りまして、
第四回は星愛奈が担当します。
拙い文章ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。
今回の公演「風のやむとき」では、劇中劇があります。
第四回のコラムは、
「風のやむとき」の劇中劇で取り扱う『夜叉ヶ池』にフォーカスして書いていきます。
『夜叉ヶ池』は、泉鏡花が1913年(大正2年)に発表した戯曲です。泉鏡花40歳頃の作品です。
福井県と岐阜県の県境、標高約1100メートルの場所にある夜叉ヶ池。
そこに伝えられている龍神伝説から発想を得た作品だとされています。
架空のものではなく、夜叉ヶ池という池が実在し、伝説が残っているのです。
もし興味のある方は、戯曲ではなく夜叉ヶ池そのものについても調べてみてください。
鏡花が『夜叉ヶ池』という戯曲を書くほど魅了された何かがそこにはあるのでしょう。
それでは、『夜叉ヶ池』の内容について触れていきます。
作品の舞台は、越前国大野郡鹿見村琴弾谷
(えちぜんのくにおおのぐんしかみむらことひきだに)
琴弾谷は鏡花が作った架空の地名です。
どこからか澄んだ音が聞こえてくるような、綺麗な名前だなと思います。
時代は、現代(戯曲が発表された1913年当時)の盛夏、村は日照り・干ばつに苦しんでいます。
【あらすじ】
京都大学の教授・山沢学円は、訪れた山奥の村で、美しい娘・百合と出逢う。彼女と共に暮らしていたのは、2年前から行方不明の学友・萩原晃であった。
その昔、村人たちは夜叉ヶ池の竜神とある約束を交わしていた。「日に三度の鐘をつくこと。さもなければ竜神は池を飛び出し、大水で村を池の底に沈めてしまう…。」その伝説を聞いた萩原は、百合と村の人々を守るために、鐘つきの老人からその役目を引き継いでいたのだ。
一方、夜叉ヶ池の主・白雪姫は、山向こう千蛇ヶ池の若君に恋をしていた。先祖代々の約束により池を離れられない白雪姫は、恋しい人に会いたい一心で鐘を壊そうとするが……。
そんな中、日照りが続いた村では、村人たちが百合を生贄に雨乞いをしようと企んでいた。
といったようなお話です。
あらすじには書けませんでしたが、
『夜叉ヶ池』には白雪の眷属としてたくさんの妖怪も登場します。
妖怪といってもただ不気味なだけではなく、どこかコミカルで軽快なやりとりを繰り広げるとても魅力的な妖怪たちです。
人間世界だけでなく、伝説や妖怪を登場させることによって、おとぎ話のようなファンタジックな世界観になっていて、より惹き込まれてしまいます。
簡単にあらすじを書きましたが、
なんと『夜叉ヶ池』は青空文庫に収録されているので、無料で全編読むことができます!
もし、このコラムを読んで興味を持った方はぜひ読んでみてください。
鏡花の独特な世界観や美しい言葉に触れてみてほしいです。
「風のやむとき」を観る前に『夜叉ヶ池』を読めば、劇中劇もより楽しめるのではないかと思います。
芥川比呂志さんが円で演出した作品は、
この『夜叉ヶ池』が最初で最後です。
このコラムを読んでいる方の中にも、当時の円の夜叉ヶ池を観た方がいるのでしょうか?
現実と非現実が入り混じる幻想的な世界観を、芥川比呂志さんはどう演出したのか。
私も生でこの目で観てみたかったです。
そして「風のやむとき」の夜叉ヶ池はどんな夜叉ヶ池になるのか。
『夜叉ヶ池』を読んだことがある方も、観たことがある方も、今回初めて知った方も、皆さんの心に深く刻まれる忘れられない夜叉ヶ池になるよう、全身全霊で取り組みます!
上手いまとめ方が思いつかず急ではありますが、今回のコラムはこの辺りで終わりにしようと思います。
最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。
第四回の萩風コラムは星愛奈が担当しました。
次回のコラムもお楽しみに!
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2025年08月26日
『風のやむとき』稽古場について
──瑞風コラム
と見て、えっ?と思った
西日本の方、いらっしゃいますかね。
かくいう私も、風の言葉を調べていて
この単語に辿りついたとき、無数に出てくる某寝台列車の写真をみてえっ?と思いました。
皆様と違い、お恥ずかしながら
そんな電車があるんだ、と。素敵な電車でした。
そしてなぜこの題をつけたかと言うと、
列車の写真を潜り抜けて辿り着いた、
古典的な意味合いに感銘を受けたからです。
ずいーふう【瑞風】
読み方:ずいふう
能楽で、天性の力から出た風体。
生得のすぐれた芸風。世阿弥の用語。
出典:weblio辞書 小学館デジタル大辞泉
https://www.weblio.jp/content/%E7%91%9E%E9%A2%A8
日本の演劇史に欠かせない能を大成した世阿弥が、
<至花道>という能楽論書で理想的に優れた芸を差
して使った言葉だそうです。
それに加え、件の列車に込められた"瑞風"(みずかぜ)
の意味、「吉兆をあらわすめでたい風」も合わせ、
「風のやむとき」が一人でも多くの方に、
面白かったと、良いお芝居だったと思って
貰えますように、めでたい風よ吹け!
と二つの願掛けの意を込めてつけさせてもらいました。
調べてみて新しいことを知れて良かったです。
さて、かなり話が逸れてますね。すみません。
コラムということでぽいかな、と思い色々書いて
みましたがやっとのことで本題に入っていきます。
──「風のやむとき」稽古場について。
今回、若手のコラム連載に混ぜていただけることになり、さらに稽古場のことを書くということで緊張しながらも、私なりの感覚をお伝えできればと思います。
ご挨拶遅くなりました、46期演出部の梅田雪那と申します。星愛奈の同期です。今回は舞台監督助手です。
ブログを見返していただくと時折登場してはいるものの、こうして書かせていただくのは初めてです。
頑張ります。
まず、この座組の稽古というのは、他より緊張します。
決して悪い意味じゃありませんし、もちろん他の現場は緊張しない、ということでもありません。
ただ今回の場合、懸ける【想い】が違うと思うのです。
演劇集団円創立五十周年企画であること。
創立者の芥川比呂志さんのお話であること。
実在した・している人物を演じる、ということ。
過去に芥川さんが実際に作った舞台をもう一度
呼び起こすこと。
これからを担う劇団の研究生と共に芝居を作ること。
そして何より、
並々ならぬ覚悟と情熱を懸けて
この本を書き上げ、より良いものをと突き詰め続ける
内藤さんの作・演出。
役者はもちろん演出部も皆、内藤さんの覚悟と熱量に食らいつく、その姿勢こそがこの稽古場の緊張感を生み出していると思います。
緊張感のある空気と、険悪な雰囲気は別物です。
稽古前には、演出部と役者が小道具の確認、役者同士で台詞合わせをしている様子が見られ、稽古終わりには演出家と雑談を交えながら芝居の話をし、その傍らでは演出部が若手と明日に向けて道具の作業や打合せ。
中には残って自主稽古をしている姿もあります。
気を引き締めつつ、時には談笑し、先輩後輩交え座組で協力しあいながら作っていく。
それこそが、演劇集団円特に内藤さんの座組の醍醐味だと思います。
普通のことだ、と思うかもしれませんが、
その普通が意外と難しいのです。きっと。
稽古場作りも演出家の仕事。
とよく教えていただきます。
しがない演出家志望として、研究生の頃から内藤さんの座組のような稽古場作りがしたい、やる時はやる、緩むときは緩む、そういうメリハリのついた空間の芝居づくりをするにはどうしたら良いのか、研究しております。
道はまだ長いですが、今回もまた沢山のものを盗めればと思ってます。
このコラムを読んだ内藤さんから何て言われるか。
どんな反応が来るか、怯えながら明日を迎えたいと思います。
冗談です。怯えるどころか、こうして身近に意見を貰える環境があることに、内藤さんが先輩としていらっしゃることに感謝して。そんな劇団を作ってくださった芥川さんへ想いを馳せながら明日もより良い作品を作るため、尽力して参ります。
想像以上に長くなりました。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
劇場でお待ちしております。
梅田
engekisyudan_en at 20:02|Permalink│
2025年08月22日
──芥川比呂志さんのご兄弟について──
第二回 薫風コラム
──芥川比呂志さんのご兄弟について──
薫風コラムの担当をする山本琴美です🍃
皆さんお気づきですか?
第一回目のそよ風コラムから今回は薫風コラムと風の名前はそれぞれで考えているんです👀
今回、薫風にした理由。
薫風とは初夏の若葉や青葉の香りを含んだ穏やかな風。
という意味があります…この意味もとても素敵だなと感じたのも一つの理由なのですが、
芥川比呂志さんの演出されたある舞台の上演が1978年7月だったという事で、7月は暑さが本格的になる時期。穏やかに平穏無事という意味も込め、俳句でも季語として使うことの出来る薫風にさせて頂きました。
今回のコラムは
「芥川比呂志さんのご兄弟について」
皆さんは芥川龍之介の3人の息子たちについて知っていますか?
私は演劇集団円に入ってから芥川比呂志さんのお名前を知り、このお芝居に携わってから芥川比呂志さんに二人の兄弟いることを知りました。
やはり、関わって本を読んでいるとその人物について更に知りたくなります。
ここに全てを書くことは難しい事ですが、私が書きたかった事を少し書かせて頂きます🍃
芥川多加志(あくたがわ たかし)次男
幼少期、父のレコードをそばを離れない也寸志さんと一緒にヴィクトローラの手回し式蓄音機で、レコードを毎日のように聞いていたそうです。
「星座」になった人―芥川龍之介次男・多加志の青春 という本があります。
同人誌「星座」を創刊。
「星座」という名前も多加志さんが考えたそうです。
この本のタイトルも多加志さんへのオマージュだそう。本には多加志さんが遺した唯一の短編小説も全編掲載されているそうです。
とても興味深いです。
風コラムを読んで下さった方や興味を持っていただいている方も是非探してぜひ読んでみてください😌
芥川也寸志(あくたがわ やすし)三男
幼少期はいつも多加志さんの後ろをついて周り、多加志さんと父の遺品であるSPレコードを愛聴し、兄弟で毎日『火の鳥』や『ペトルーシュカ』などを聴きながら遊び、幼稚園の頃にはストラビンスキーの『火の鳥』の「子守唄」を口ずさんでいたんだそうです。
⬇️YouTubeでストラビンスキー指揮の火の鳥の動画。
https://youtu.be/EnkshojTyYk?si=9OVbzZPK7uaLhU-E
曲を聴いて改めて考えると、幼稚園の頃にこの曲を口ずさむなんて、芥川也寸志さんしかいないんだろうなと思いました🫢
絵本の詩を即興で作曲することもあったそうてすが、当時まだ五線譜を知らなかったので、自己流の記譜法で書きとめたと。
そして作曲家・指揮者として活躍されました。
1978年には第1回日本アカデミー賞
「八甲田山」と「八つ墓村」が最優秀音楽賞と優秀音楽賞を受賞。
下記のものは兄芥川比呂志さんとの作品。
⬇️
1955年(昭和30年)9月25-10月29日
芥川比呂志演出。
文学座公演「なよたけ」の舞台音楽作曲。
1967年(昭和42年)
芥川比呂志演出。
劇団雲公演「榎本武揚」の舞台音楽担当。
音楽や歌はとても良く記憶に残る…私はそう思っています。特に今の現代では音楽を聞かない人なんてあまり居ないと思います。
也寸志さんにはこのような言葉もあるそうで、
「音楽や歌がなかったら、人間は生きていけない。」と……
素敵だな、シンプルにそう思いました。
也寸志さんの曲は壮大であるものもありますが、その物語や風景が見えるような、そんなイメージがありました。私たちは芝居で、也寸志さんは音楽でそれぞれの表現をしているのですね。
皆さんもぜひ也寸志さんの作曲された曲や指揮をされている動画など、是非見て聴いてみて下さい😌
長くなりましたが、今回の風コラム・薫風コラムはここまで。
「風のやむとき」劇中での人間関係や家族関係等も、是非注目してみて下さるととても嬉しいです👀🍃
皆さん次のコラム、そして願わくば吉祥寺シアターでお会いしましょう✨️
最後までご覧くださりありがとうございました、担当は山本でした🙇♀️
──芥川比呂志さんのご兄弟について──
薫風コラムの担当をする山本琴美です🍃
皆さんお気づきですか?
第一回目のそよ風コラムから今回は薫風コラムと風の名前はそれぞれで考えているんです👀
今回、薫風にした理由。
薫風とは初夏の若葉や青葉の香りを含んだ穏やかな風。
という意味があります…この意味もとても素敵だなと感じたのも一つの理由なのですが、
芥川比呂志さんの演出されたある舞台の上演が1978年7月だったという事で、7月は暑さが本格的になる時期。穏やかに平穏無事という意味も込め、俳句でも季語として使うことの出来る薫風にさせて頂きました。
今回のコラムは
「芥川比呂志さんのご兄弟について」
皆さんは芥川龍之介の3人の息子たちについて知っていますか?
私は演劇集団円に入ってから芥川比呂志さんのお名前を知り、このお芝居に携わってから芥川比呂志さんに二人の兄弟いることを知りました。
やはり、関わって本を読んでいるとその人物について更に知りたくなります。
ここに全てを書くことは難しい事ですが、私が書きたかった事を少し書かせて頂きます🍃
芥川多加志(あくたがわ たかし)次男
幼少期、父のレコードをそばを離れない也寸志さんと一緒にヴィクトローラの手回し式蓄音機で、レコードを毎日のように聞いていたそうです。
「星座」になった人―芥川龍之介次男・多加志の青春 という本があります。
同人誌「星座」を創刊。
「星座」という名前も多加志さんが考えたそうです。
この本のタイトルも多加志さんへのオマージュだそう。本には多加志さんが遺した唯一の短編小説も全編掲載されているそうです。
とても興味深いです。
風コラムを読んで下さった方や興味を持っていただいている方も是非探してぜひ読んでみてください😌
芥川也寸志(あくたがわ やすし)三男
幼少期はいつも多加志さんの後ろをついて周り、多加志さんと父の遺品であるSPレコードを愛聴し、兄弟で毎日『火の鳥』や『ペトルーシュカ』などを聴きながら遊び、幼稚園の頃にはストラビンスキーの『火の鳥』の「子守唄」を口ずさんでいたんだそうです。
⬇️YouTubeでストラビンスキー指揮の火の鳥の動画。
https://youtu.be/EnkshojTyYk?si=9OVbzZPK7uaLhU-E
曲を聴いて改めて考えると、幼稚園の頃にこの曲を口ずさむなんて、芥川也寸志さんしかいないんだろうなと思いました🫢
絵本の詩を即興で作曲することもあったそうてすが、当時まだ五線譜を知らなかったので、自己流の記譜法で書きとめたと。
そして作曲家・指揮者として活躍されました。
1978年には第1回日本アカデミー賞
「八甲田山」と「八つ墓村」が最優秀音楽賞と優秀音楽賞を受賞。
下記のものは兄芥川比呂志さんとの作品。
⬇️
1955年(昭和30年)9月25-10月29日
芥川比呂志演出。
文学座公演「なよたけ」の舞台音楽作曲。
1967年(昭和42年)
芥川比呂志演出。
劇団雲公演「榎本武揚」の舞台音楽担当。
音楽や歌はとても良く記憶に残る…私はそう思っています。特に今の現代では音楽を聞かない人なんてあまり居ないと思います。
也寸志さんにはこのような言葉もあるそうで、
「音楽や歌がなかったら、人間は生きていけない。」と……
素敵だな、シンプルにそう思いました。
也寸志さんの曲は壮大であるものもありますが、その物語や風景が見えるような、そんなイメージがありました。私たちは芝居で、也寸志さんは音楽でそれぞれの表現をしているのですね。
皆さんもぜひ也寸志さんの作曲された曲や指揮をされている動画など、是非見て聴いてみて下さい😌
長くなりましたが、今回の風コラム・薫風コラムはここまで。
「風のやむとき」劇中での人間関係や家族関係等も、是非注目してみて下さるととても嬉しいです👀🍃
皆さん次のコラム、そして願わくば吉祥寺シアターでお会いしましょう✨️
最後までご覧くださりありがとうございました、担当は山本でした🙇♀️
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