突然のご報告になりますが、今月中旬に結婚式を挙げました。

家庭を持つにあたって、色々と思うところがあり、今月いっぱいで数学の研究を辞めることにもなりました。4月からは、外資系戦略コンサルティング会社にて、経営コンサルタントとして勤務することが内定しています。

このような決断に至った動機などはまた記事末尾に述べさせていただきますが、差し当たって読者の皆さまに関係のあることとして、今後は記事の更新頻度が今よりも更に低くなることと思います。

元々更新頻度が高くない当ブログですが、せっかく定期的に訪れてくださる方々に新たな情報をお伝えできない回数が更に増えてしまいそうなので、改めてこうしてお伝えさせていただいています。ただ、すっかり私の楽しみの一つになったこのブログを閉鎖することは、現時点では考えていません。非常に中途半端な状態ですが、以前からご覧になってくださっている方は、今後はふと思い出した時にでも、遊びに来てくだされば嬉しいです。


さて、当ブログは数学ブログですので、これ以降はいつも通り数学にまつわる話です!

と言っても今回は、恐縮ながらかなり手前味噌な話です。ここまで数学のことだけを考えてきた私は、結婚式や新婚旅行の中にも当然のごとくたくさん数学の要素がありましたので、それらの一部を紹介させていただきたいと思います。

写真が多いため少し重くなりますが、惚気を聞いてやっても良いかという方は「続きを読む」をクリックしてご覧ください↓

私の好きなレゴブロックで、以下のような「ウェルカムモニュメント」を作って、披露宴待合室に飾りました。

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上記の角度だと何だかわかりませんが、真横から水平に眺めると、以下のように「WELCOME」が浮かび上がります

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一方で、真上から垂直に眺めると、以下のように「レイナ(ハート)てつや」という文字が浮かび上がります

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レイナというのは妻の名、てつやは私の本名です。

妻の名が片仮名、私の名が平仮名になっている理由は、こうすることでアルファベットを含めた全ての文字(W,E,L,C,O,M,E,レ,イ,ナ,(ハート),て,つ,や)が弧状連結になり、美しく作ることができると思ったからです。

弧状連結でなくとも、水平方向からと垂直方向から眺めた図形を任意の形にできますが、そうすると一つの塊で自己完結せず、飾る時にも再度位置の調整が必要になるのがあまり美しくないなぁと感じ、上記のような形を選びました。


また、披露宴で流すプロフィールビデオを作る際に、ハートマークを挿し込んだのですが、絵心のない私の手書きでは雰囲気が出ませんので、グラフソフトに数式を打ち込んで描きました。

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この他にも数式によるハートの描き方はたくさんあります。有名なところで言うと x^2+(y-x^{2/3})^2≦1 や、少しテイストは違いますが (sqrt(cos(x))*cos(100*x)+sqrt(abs(x))-0.7)*(4-x*x)^0.01 など。まだまだ知りたい方は、例えばこちらのサイトを参考にすれば、自分オリジナルのものも作れると思います。三次元空間内に立体で作る方法も書いてあります。


新婚旅行は、私の希望がフランス、妻の希望がギリシャだったので、両方行きました。

フランス滞在中のある日の午前中、妻に私の我儘を聞いてもらって、一緒に「エヴァリスト・ガロアゆかりの地巡り」をしてきました。

行き先を決めるにあたって、こちらのサイトを参考にさせていただきました。


ガロア生誕の地は、パリ市内から電車で15分から20分程のところにある Bourg-la-Reine という街です。

Bourg-la-Reine 駅には、シャルル・ド・ゴール空港が始発の RER B 線という電車で行くことができます。私はパリ市内の Luxembourg 公園付近にある Luxembourg 駅から向かいました。この線はパリ市外に出るとのどかな車窓が広がりますが、市内を走っている間は薄暗い地下鉄で、あまり旅慣れていない私は少し気を張ってしまいました。ちなみに Luxembourg 駅では切符は自動券売機のみ、支払はクレジットカードのみでした。

地上に出て10分ほどのどかな車窓を眺めているうちに、目的の Bourg-la-Reine 駅へ。

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そういえば、この駅の2つ前の駅が「Laplace」という駅でした。あの Laplace 変換の Laplace と何か関係があるのでしょうか…?

何はともあれ、無事駅に着いたので、まずはエヴァリスト・ガロア中学校へ。

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記憶が正しければここに着いたのが午前9時から10時頃で、登校中の学生がちらほら見られました。こんな有り難い名前を冠した学校に通えるなんて羨ましい限りです。

続いて、今回の旅最大の目的である、ガロアのお墓参りへ。

ガロアのお墓がある墓地 Cimetiere へは、ガロア中学校前の大通りを5分ほど歩いただけで辿り着いたのですが、この墓地がとても広く、また名前の刻印が風化しているお墓もあるので、ガロアの名前を探すのがすごく大変でした。妻にも強力してもらって1時間弱探し、やっと見つかりました。区画をメモするのを忘れてしまいましたが、墓地に入って左斜め前、入り口から半径15メートル以内には入っていると思います。

以下のような立派なお墓でした。

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お墓には、名前と、生きた年代、そして「数学者」という職業だけがしっかりと彫ってあります。「1811-1832」という生々しい表記を改めて目にすると、本当に自分より遥かに若い頃に大理論を築いたこと、そしてその才能が惜しくも失われてしまったことを再認識し、何とも言えない気持ちになりました。

ところで、上の写真にも小さく映り込んでいるのですが、お墓の傍に5円玉が1枚と50円玉が2枚供えられていました!

他の国の硬貨は見当たらず、日本円のこの3枚のみだったので、見た瞬間は「ガロアのような素晴らしい着想に、自分もいつか『ご縁』があるようにということなのかなぁ」と思いましたが、暫くして、ガロアが研究した「五次方程式」にかけてのことだと解り、粋なことをする方が居るなぁと感動しました。

私も真似して5円玉をお供えしてきました。私の場合はもう数学の世界を去る身ですので、これからの願掛けというよりも、これまで約10年間、ガロアの築いた礎の上で戯れさせてもらったことへの感謝の意を込めて合掌しました。

その後は、来た道を少し戻ってガロアの生家跡へ。

墓地からガロア中学校へ向かって歩いて最初の交差点で向こう岸のビルを見上げると、2階に相当するあたりの壁に以下のようなプレートが貼ってありました。

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こちらは正直、そこまでの感慨はありませんでしたが、1階部分がカフェになっていたので、一応記念にと入ってみました。煙草の煙と地面の紙屑が印象的な店内は、決して綺麗とは言えない、でもだからこそ味のある雰囲気でした。英語が一切通じない感じだったので「アン カフェ」と精一杯のフランス語を振り絞ったら、1ユーロ10セントのエスプレッソが出てきました。美味しかったです。

あとは「ガロア通り」を目指して一直線!と思っていたところに、また「ガロア」の名を冠した建物が目に留まりました。本当にガロアだらけの街です。

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これは市長だったというガロアのお父さんを記念した建物でしょうか?建物の中を少し覗くと教会のようになっていて、ふらっと立ち寄るのは失礼に当たると感じたので外観だけ写真に収めさせてもらいました。

そしてガロア通りへ!

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以下の写真から、空の広い、落ち着いた雰囲気の街であることを感じていただけるかと思います。

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ガロアもこの通りを散歩しながら物思いに耽ったのかなぁと思いながら駅に向かって歩き、帰ってきました。本当に夢のような一日でした!


その後は、妻の希望であるギリシャへ。

妻の希望ではあるのですが、普段数式で使っている文字で溢れているギリシャの街並みを見るのは私にとっても凄く楽しい毎日でした。

着いてすぐ、お土産屋さんで以下のTシャツを衝動買いしてしまいました。

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服のデザインとしてどうなのかは置いておいて、自分への良い記念品になりました。こうして見ると、本当に全ての文字にお世話になっているなぁと改めて感じます。


ギリシャに滞在した期間のうち2日間は、クレタ島で過ごしました。クレタ島と言えば、有名な「クレタ人のパラドクス」を想起される方もいらっしゃるかと思いますが、島内はガチガチの論理学とはおよそ対照的なのんびりとした街で、人もおおらかで親切な方ばかりでした。始発のバス停からいつバスが出るかわからずうろうろしていたら、「あ、乗るの?うん、じゃあそろそろバス出すから着いておいで」という感じで出発してくれたのが印象的でした。


以上が私の結婚にまつわる数学的側面です。


最後に、ここからは本当にただの身の上話になってしまうのですが、私が4月から新しい環境で働くことを決めた理由について、実はこのブログから受けた影響も多大にありますので、その辺を含めながら書き残させていただこうと思います。

まず、数学を辞める理由について。文章では正確に書ききれないのですが、まずネガティブな側面を端的に言うと、先輩や周りの友人、また研究領域が近い国内外の若手研究者と自分を比較した結果、私の能力では今後家族を養うだけのポストを継続的に獲得していくのは厳しいと判断しました。

無給の期間があっても、一人身であれば公募へのアプライを続けながら2〜3年は何とか凌げるでしょう。実は当ブログを立ち上げた当初の動機の中に、そういった期間に家庭教師や執筆のアルバイトをさせていただける先を見つけたいという下心もありました。しかし、結婚したい相手が見つかって、自分のキャリアに関して一人身の場合とは違った考え方をせねばならないと思いました。

妻も来月から職を持ちますので、「養う」という表現は正確ではなく、またその意味で無給の期間も凌げるかもしれないのですが、無給期間があった場合、経済面よりも大きな問題として、自らの虚栄心のせいで腰を据えた研究のできる精神状態になれないだろうと思いました。

そこで、実は二年ほど前から、他の職種へ目を向け始めました。

他の職種をリサーチするにあたって、博士課程学生というのは凄く恵まれています。なぜなら旧来の友人の多くが既に就職し、ある程度キャリアを積んでいるので、彼らから就活体験や働きぶり、更には就職前の理想と就職後の現実のギャップ等の生々しい情報を気兼ねなく聞くことができるからです。私に「数学以外の道も見よう」というポジティブな動機を最も与えてくれたのは、彼らから聞く仕事ぶりでした。

初めてコンサルタントという職種に興味を持ったのも、コンサルタントをしているある親しい友人との出来事がきっかけでした。

実は以前、その友人の結婚式二次会の幹事&司会をしたことがあったのですが、数学好きな私ですので「参加人数N人、景品M個のビンゴの場合、数字を何度引いた段階で景品が全部なくなるのが尤もらしいだろう?そこから逆算して、数字を引くペースや景品の個数を調整すればゲームにかかる時間を見積もれるのではないか?」ということを考えだしました。

実はこれがなかなか難しく、私は今現在も明快には解決できていません。5×5のビンゴだと時間かかりそうだから3×3のビンゴにしようか?などと考えてもみましたが、よく考えると3×3の用紙の場合は一列揃えるために一致させる数が減る一方、用紙全体に数が8個しかないので、司会者の引く数と一致する確率が減るため5×5と比べて一概に有利とは言えなくなります。

と、右往左往して行き詰まっていたところに、コンサルタントの友人が「会社の上司に話したら面白そうだと言って少し考えてくれた」という話を持ってきました。

普段、数学科以外の場所で数学の話をしても、かなりの割合で「ふぅん」と言われて終わります。その理由は数学に興味がないからであったり、一応数学専攻である私を立てて聞き役に徹してもらえてるからであったり、様々だと思います。そもそも私が好きだからと他の人にも無理矢理数学の話を聞かせるわけにいかず、数学論議をできる機会にもあまり恵まれません。(蛇足になりますが、ウェブ上でなら私が好き勝手に数学話を書き続けていれば、興味を持った方が集まってくれて、押し付け合わずにお互い数学のお話を語り合えて良いと思って作ったのが当ブログでもあります)

そんな中、友人や友人の上司は「ふぅん」で終わらずに積極的に自分の考えを持ち、短期間のうちに反応してくれて驚きました。更に「普段からこんな感じの問題考えたりするから」と言われて、コンサルタントという職業にも興味を持ち始めました。


最終的に戦略コンサルティング会社への応募を決定づけたのは、実はこのブログの存在です。

上述した通り、博士課程以上の研究者にとって、無給の期間は経済的に厳しいものがありますが、かと言って良い年で近親者からの資金援助で研究を続けさせてもらうという状況は研究に集中できる精神状態でもなくなるように思います。従って、無給期間はアルバイトで食いつなぐことになります。

私の場合は、博士課程在籍中は幸いにも競争的資金を獲得し、研究遂行のみに打ち込ませていただけましたが、学部時代から博士課程進学を目指していた私にとって、将来アルバイトをしたいと思った時にすぐにできるようなプラットフォーム作りが一つの大事なミッションでした。

数学しかしてこなかった私にとって、自分の能力を最大限に活かせるのは、自分の知識を還元できる場です。従ってアルバイトとして家庭教師などの教育業を選ぶのは自然な選択でした。しかしながら、大学入学直後に業者さんに依頼して出向いた家庭教師先では、先方の望むことと私の教え方にミスマッチが生じ、私もやりがいが薄れた経験があったので、今度は自分で自分自身を宣伝して、誰かの斡旋ではなく直接私に依頼していただくようにしようと思い立ちました。

この目的を達成しようと試行錯誤したことと、後に知った戦略コンサルティングの仕事と共通するところがあったように思います。

まず、せっかく家庭教師をするならば、生徒さんやその親御さんに最大限に満足していただきたいので、私の教え方や数学的対象の捉え方、多少の人となりを知っていただいた上でオファーをいただくべきと考えました。数学に特化したブログを書くのは、その目的にかなっていたと思います。

そのブログですが、より多くの方に知っていただくために努力しました。まず出だしの段階として、ホームページの方が自分の好きにカスタマイズできますが、ブログの方が検索エンジンに拾ってもらいやすいのでブログにしました。また、見に来てくれた方に不快に思われないように、定期的にネットサーフィンして「すぐに立ち去りたくなるサイト」とその原因を探し、それをうちのサイトではやらないようにしました。これは今も続けています。何が良くて何が不快かは個人の感覚に依りますが、自分と価値観の近い方に好感を持ってもらえるサイト作りにはなったと思います。毎日更新していくと、定期的に訪れていただける方が増えたり、場合によっては「こういう記事を書いて欲しい」という有り難いコメントまでいただいて、次第に運営が楽に、そして楽しくなっていきました。

順調に家庭教師ご依頼をいただけ始めたある日、「非常に申し上げにくいご相談なのですが、家はちょっと散らかっているので、カフェ等で教えてくれませんか?」というご依頼を受けました。

これには驚くポイントが2つありました。1つ目のポイントは、男性の一人暮らしだったり、既に家庭を持つ社会人の方だったりすると、数学の家庭教師を頼みたくても家に招くことに抵抗があることです。これは確かに私もそうだなぁと思います。2つ目のポイントは、カフェで教えて欲しいという依頼が「申し上げにくいご相談」と思われていることです。教える側からすれば、家庭でもカフェでも手間はそこまで変わりません。寧ろカフェのようなざわついたところでは生徒さんの集中力の方を心配したくなるくらいです。しかし、依頼してくださる立場ではカフェでの指導が「通常の依頼ではない」という認識になるのだということに言われて初めて気づきました。そこで「そんなことはない」ということを明示するために、「カフェ教師」も通常の家庭教師とは少し区別して募集し始めました。すると、これまで私があまり指導していなかった、社会人男性の方からのご依頼が急増しました。ビジネスの言葉で言うと、私のやっていたことはセグメンテーション別のアプローチだったのだと思います。

また別のある日、「遠方に居るのですが…」とのご依頼により、オンライン指導も始めました。オンライン指導は、生徒さん側にとっては地域に縛られず好きな先生を指名できるという選択肢の増加がメリットであり、指導する側にとっては、自宅に居ながら指導でき、またFAXやメールによる質問は落ち着いた夜の時間を有効活用できるというメリットがあります。ビジネスの言葉で言うと新セグメントの開拓と、余剰資源の有効活用ということになるでしょうか。何よりもこの経験は、北は仙台から南は沖縄、更には海外の生徒さんまで、実に様々な方と関わり、様々な考え方と触れることができ、私にとっても本当に成長になりました。

そのうち新聞や雑誌に取り上げていただいたり、テレビ番組への協力依頼をいただけるようになりましたが、これは読者の皆さまが、記事に対してたくさんコメントしていただいて当サイトに人が訪れていることを証明していただけたお蔭だと思っています。

こうして徐々に徐々にではありますが、事業拡大の楽しみのようなものを体験できたことや、そのための試行錯誤の過程を楽しめたことが、私にビジネスの世界への挑戦を決めさせ、また就職活動中も採用担当の方から評価していただけたりしました。

すっかり更新頻度が低くなったとは言え、このブログは私のこれからの生き方に非常に大きな影響を与えてくれました。2005年10月の開設以来、ここまで続けてこられたのは、150万人に迫ろうとしている読者の方一人一人のアクセスあってのものです。

メールやコメント一つ一つに大変励まされ、また、新たな気づきもたくさんありました。最初は単に私が面白いと思った事実をアップするだけでしたが、色々なところで紹介していただけるにつれ、だんだんと記事にオリジナリティを持たせたくなり、普段から全ての物事に数学的側面を探し、深く考えるようにもなりました。

私を成長させてくれたのは訪れてくださる皆様一人一人だと思っています。新たな道に進むにあたって、数学的知識の成長は緩やかになってしまいますが、日々の暮らしに数学を見つける癖はなおらないと思いますので、時間があればまたひっそりと更新することになります。

今後も当ブログをよろしくお願い致します。


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