暑中お見舞い申し上げます

はじめてスマホアプリから記事書いています。

何ヶ月ぶりかな、と思いながらアプリいじっていると、コメントいただいてたり、毎日アクセスがあったり。毎日書いてた頃と、そんなにアクセス数が変わってないのはどういうこと?

メガネと一緒にタバコもやめようとしておりまして、どちらの依存も根が深いなあと感じております。
禁煙、何度も挫折した訳ですが、最長記録更新中です。
タバコは1本吸うと一からやり直しだけど、メガネは劇薬ではなく徐々に減らす、というのが可能なので、まだ楽ですかね。

タバコのほうのSNSでは大先輩が、タバコのおかげで明るく生きていられた、といっておられ、やめてみて数ヶ月たちやっと、そうだな、と。

なんとなく、無理して元気に振る舞っていない感じ、この不自由な感じが本来自然なあり方に近い気がして、なんとも言えないもどかしさと、借り物ではない充実感のようなものがあります。

メガネにしてもタバコにしても、必要だと思っていたものから離れてみる。
そうすると、むき出しの自分、自然体のようなものが出てくる。

試されると面白いよ、とだけは言えるのですが、ネタが思いつきません。

メガネをやめてみて、揺れに揺れた気持ちをぶつけたこのブログ、恥ずかしさしかないですがもうしばらく置いておこうかなと。

暑い季節、皆様もご自愛ください。



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見ようとしないで、ただ単に見る (EASY SHIFT)



これらにあるように、見る、というのは生きる、というのと密接に関連している。

「問題は幻想」、「時間は錯覚」ってどういうことなんだろう?というのがしょうもない問題だらけの世界(と思っていた)から抜け出すきっかけになったのと同じく、
(裸眼のときに)見ようとしない、というのはどういうことなのだろう?というのが視力回復の契機になった。


上の「近視は治る」、には、
眼の運動をする時の心の状態こそが、身体のどんな動きよりもはるかに重要なのだ。私はこうした実践を「眼の運動」ではなく「視力のための瞑想」と呼んでみたい。
とある。

そして個人的には、実践していると瞑想状態というのがわかるのが、この本(p.164)にある「受動的に見る」(原著ではPassive Seeing)で、これはベイツの本に載っていたEASY SHIFTと非常に似ている。


これらは何がしたいのかというと、目は明けているが、ものを見ようとしていない、という状態ができれば、ものはよく見えるよ、ということ。


ということでやり方について
この本より抜粋して最終回とさせていただく。
(日本語のところは意訳)




I suggested to him that he look from one side of the room to the other, paying no attention to what he
saw, but to remember as well as he could a room in his home.

部屋の片端から逆の片端を見る。何が見えているかに気を払わず、家にいる、ということを思い出す。

For two hours he practiced this and was able to move his eyes from one side of the room to the other without paying any attention to the things that were moving or to the things he saw.

彼はこれを2時間、、部屋の動きや見ているものに関心を向けることなく、部屋の一端から逆の一端に目を動かし続けることができた。(視力が通常の半分からノーマルにまで回復したらしい)



ものを見ようとしないのは、問題(そんなもんない)を解決しようとしない、というのと同じくらいに簡単ではない。
しかし、実践していくうちに少しずつ言わんとしていることがわかってくるかもしれない。


実践する際のポイントは、メガネやコンタクトを外すのは当然として、できれば立って行うほうがいい。
長年視力を矯正している人がすぐになにがしかを得られるかは分からないが、目だけを動かそうとするのではなく、身体をゆっくり(これ大事)左右に揺れるのに伴って、目が体と同じ方向に動いている、ということを感じる(これも大事)つもりで行うのが良いと思う。

上手くいったとき、身体が軽い感じがし、部屋が体と逆の方向に動いている感じがするかもしれない。

これがベイツの言う、Mind at rest の状態である。

で、ちょっと目が良くなるだけでも、自分が問題を作っていたんだな、とわかるかもしれない。



それでは、これまでありがとうございました。




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よく見る、ということをあきらめた上で、見る

さて、駆け足でここまで来ましたが、あと2回になってしまいました。


ベイツメソッドについて書かれたものを読んでいて、非常に多く出てくるのは、よく見えるようになるためには、見ようとしてはならない、ということだ。

ものを見ようとしているから、見えない。で、視力を矯正してくれるメガネやコンタクトは、見ようとしている状態のままでよく見せてくれるものだから、使用している限り、見ようとしているのは続き、視力は回復しない、ということになる。



見えないから見ようとするのだし、問題が起こったので解決しようとする。


当然のことのようだが、そうではないらしい(!)。


ただ、見ている、観察者になってみるだけでいいのだ、ということを書きたくてここまで続けてきた。

次回は、ただ単に見る、観察者になる、ということについて書いて、とりあえずの最終回にします。


つづく




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