目はあなたが動かすものではない

勘違いされているらしいのだが、ベイツメソッドとは、目を動かして鍛えたりというように、目に働きかけるものではない。

その逆で、余計なことをやめると目に力が入ってしまっていたのが取れて、目が自然に動くよ、ということです。

回復を実感するまではなかなかわからないのですが、確かにものがよく見えないということは、目に力が入っているということなのです。

ということで、俺の目が悪いということは、力が入ってしまっている(らしい)、という認識から始めてみては如何でしょう。

見る、から見えているへ

生きるのがしんどかった時期があり、スピリチュアルなことにはまったりしたこともあるのですが、そんなときに思い知らされたのが、

俺が生きていると思っている限り、しんどさは消えない

ということ。

じゃあ自分じゃなくて何が生きてるの?なんて考えだすとまたしんどくなるのですが、そんなもんはわからん。
というか、わかろうという努力は無駄。
自分だと思ってたけどこれは自分じゃないぞ、というものに気づくだけでいいみたい。


で、自分がものを見ていると思っている限り、視力は回復しないみたいです。

(よく)見ようとするのがやむと、ものはなぜかよく見える。


ベイツさんの言いたかったのって、こういうことなんじゃないかなと思います。

諦観

昨日のsurrenderについて一言。

-----今にあろうとすると難しかったけど、今から逃れようとするのを諦めるしかないって
-----

上の一文、たまたまネットで見つけたんですけど、思わずそうそう!ってなってしまった。

今にしかいられないんだから、逃れようとするのをやめるしかない。

よく見えるためには、見ようとするのをやめるしかない、と同じことですね。
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