瞑想事始め

記憶が定かではないのだが、瞑想ということに取り組んでみようと思ったのは、10年近く前だろうか。もう少し前か?


取り立てて何か不足を感じていたわけではないのだが、何かが足りない感じをどうにかしたく、ダイアーという人の本をたまに読んだりしていたのだが、何かが劇的に変わるということもなく。。


本を読むだけでは、何も変わらんみたい。
でもどうしてこんなわけのわからん本にずっと魅かれてるんやろ?
もしかしたらこの人が書いてあることが、瞑想するということによって本当にわかるといいんだがなあ。


あなたが自分の人生に奇跡を起こし、「人生の奇跡」の意味がわかるようになるために、瞑想は大きな役割を果たしてくれるはずだ。


「人間の不幸はすべて、部屋に一人で静かに座っていることができないところから生まれている」


上記斜線部は
この本(現在はに改題されている)から引用。


2つ目のパスカルの言葉は、至言だなあと、今にして思う。

ということで再掲。

「人間の不幸はすべて、部屋に一人で静かに座っていることができないところから生まれている」



つづく
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精神世界事始め

Mind is rest. 心が落ち着いているとき、ものがよく見える。

というのはベイツの本によく出てくるのだが、心に落ち着いてもらうためには、瞑想が有効かもしれない。


この、Meditation: 瞑想 という言葉を初めて知ったのは大学生のとき
この本(現在はに改題されている)を読んだときで、何のことかわからなかった。


瞑想を学ぶと言っても、何か特別な方法があるわけではない。物事を学ぶときには何でも同じだと思うが、信じてオープンな心でのぞむことだ。


瞑想をすると見えない自分に気がつく。心が安らかになり、ストレスが消え、大変落ち着くのである。



なんて書いてあり、当時ネットで調べ物をする習慣もなかったので、一度なんとなく黙って座ってみるのをやってみたが、全然落ち着かないだけでなく、ばかばかしくなってやめてしまった。


どうもこういう本に書いてあることを体験するためには瞑想が必要らしい、ちょっと真剣に取り組んでみるか、となったのはそれよりも7,8年経ったときだった。


つづく


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傲慢さと謙虚さと

ベイツメソッドというのはどうも、心を落ち着かせるためのものであるようだ。


Mind is rest. 心が落ち着いているとき、ものがよく見える。


と同時に、自分の傲慢さに気づかされ、自然と謙虚になっている。
(一瞬だけだとしても)


人に優しくしましょう、礼儀正しくしましょう、謙虚でありましょう、と言った文脈でいうところの謙虚さではなく、
自然に湧き出てくるような。

そしてそれまで自分がいかに傲慢であったかに気づかされ、気恥ずかしさを覚えるような。

たぶん同じような感じはこれからも味わうだろう。


そういえばブログを書くこともそうだ。なんか恥ずかしく、消したくなる記事もあるが、更新していない間も思ったよりアクセスは減っていなかった。


別に視力が回復しなくても、コンタクトやメガネのお世話になればものは見える。

でもなんかそういうのは嫌だ、自分の目でものが見たいんだ、という方が自分以外にもいらっしゃるとしたら、なんか嬉しい。


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