
ビートルズのベスト盤「1」の新装版、明日発売!
元々2000年に発売された1位獲得曲だけを集めたベスト盤を、今回あらためてリミックス・・・というのは今どきたいした話じゃないんだけど、今回の目玉は、全曲分のミュージック・ビデオを収録したDVDまたはブルーレイもリリースするということ。
よくビートルズは「ミュージック・ビデオの元祖」という言われ方もするんだけど、毎回ライブ出演をしなくても良いようにとテレビ局に配布していたシングル曲のビデオはどれもユニークで素晴らしい出来のものが多く、散在していたそれらを、やっと、まとめて、しかも現代の最高画質・音質で見ることができるというのは、もう素晴らしいとしか言いようがない。ここのところビートルズの再発モノをほとんど見送ってきた僕だけれど(バンド活動再開したらお金かかって大変なんですよ。。。)これはまばたきをするより速いスピードでネット予約した。早く来ないかな、今週末はテレビの前から離れられないだろうな、たのしみ楽しみ。
・・・というワクワク感をすっかり台無しにしてくれる本を読んでいる。
『ビートルズをつくった男』。
マネージャー、ブライアン・エプスタインの伝記。

片田舎の人気バンドだった未成熟なビートルズを発見し、育て、世界的アーティストにした伝説の若きマネージャー。
傍目にはラッキーな金持ち、だけど実は同性愛者のユダヤ人である彼は、誰よりも孤独な人格破綻者だった。
ちがうか。
あの時代にユダヤ人で、同性愛者で、世界のだれも経験したことのない成功をおさめた彼は、必然的に人格破綻者になった。
同性愛者の孤独については、(僕は想像することしかできないけれど)一度ここで書いた。
ユダヤ人であることについては、ちょっと僕の手には負えないのでおいておくとして、あのころブライアンを襲った状況を、僕らはもうちょっと理解するべきだろうと思う。
初めてのことというのは、いつだってとんでもない困難を伴う。海に飛び込むペンギンの、その最初の1羽。しかもブライアンは、自分がその最初の1羽のペンギンになるという意志も覚悟も、たぶん無かった。ビートルズを売りたい、とは思っただろう。でも、あんなめちゃくちゃな、人類が経験したことのない売れ方をするとは、彼は思わなかったに違いない。なにしろ、レコード会社のオーディションに受かるのもやっとのことだったのだ。
思えばブライアンの時代、音楽ビジネスというのはとても小さなものだった。スタジアム・コンサートもなければ、何十年も売れ続けるレコードも無かった。マーチャンダイズのノウハウも無かった。ロック・バンドとはこうあるべき、というようなプロデュースのひな形も無かった。なにしろ、彼ら以前にビートルズはいなかったんだから(それって、想像もつかない!)
当然、著作権や契約やマネタイズに詳しい、業界専門の弁護士も会計士もコンサルタントもいなかった。
すべてを、誰にも相談できないまま、ブライアンが1人でおこなった。
いま映像で見るブライアンは、いつだって自信満々で、クールな顔つきで、少し僕たちを見下しているようにもみえる。だけど、こいつ、30歳になるかならないかの若造の同性愛者の足は、いつだって少し震えていたに違いないのだ。
ビートルズが世界的に大成功をおさめた瞬間から、ブライアンの恐怖は現実となる。それは必然的なものだった。契約の不備、急速に巨大化する組織の歪み、コンサートや活動におけるトラブル。
この本で丹念に描かれたこの時期のブライアンの言動は、もう痛々しくてたまらない。スタッフに理不尽や要求を突き付け怒鳴りつける。怒ったスタッフが辞めるというと、必死ですがりつく。近づいてきた男に交際をほのめかされ、信じた挙句、大金を恐喝される。そいつを逮捕させたスタッフを、また怒鳴る。
そして4人。もちろん心の底では感謝もしていたし、ブライアン無しでは自分たちは存在しえないと思っていただろう。でも日常は別。彼らはいつでもブライアンに足りないものを見つけ、非難した。
これ、なんなんだろうなぁ。
僕たちはいつだってそうだよね。最初は「いてくれること」「してくれること」が嬉しくて感謝するし、それを表明もする。でもすぐに、「いてくれない時間」や「してくれないこと」にばかり目が向くようになり、相手が自分の前からいなくなるまで非難を続けるのだ。
そして、いなくなった後、泣くのだ。
1966年、右翼になじられ警官隊に囲まれた日本公演のあと、フィリピンで群衆に取り囲まれ暴力を受ける事件を経て、ビートルズは二度とコンサートをしないことを決める。これはブライアンにはおそらく、文字通り、致命的だった。もはや能力を超えて大きくなったビジネスが手に負えなくなってきていた彼にとって、ステージで輝くビートルズを見ることだけが、きっと生き甲斐だったから。
と、今読んだのは、このあたりまで。
このあとのブライアンがどうなるか、僕たちは知っている。重度のドラッグ中毒者になった彼は、生涯孤独なまま、自殺に近いような、ドラッグによる事故死を遂げる。1967年8月27日、ロックの歴史を変えたと言われる名盤『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』が世に出て3ヶ月足らずのこと。
彼の最後のクリスマスシーズン、辞意を表明したスタッフの女性をなだめるために誘ったディナーで、彼はその最も献身的なスタッフに、こう言われる。
「ねえブライアン、ビートルズが人前で演奏しなくなったからって、あなたの人生が終わるわけじゃないのよ」。
それはそうかもしれないけど、いやでも、たぶん間違ってる。
これが無ければ人生が終わる、ということはきっと、あるんだろうなと思う。
ちがうかなぁ。
この本のおかげでたぶん、今週末に浴びるほど見る「1」の映像は、今までより奥行きの深いものに見えるのだろうと思う。それを「楽しみ」と言っていいのかどうかは、よくわからないけれど。