イコール式 バッハ平均律クラヴィーア曲集 (カワイ出版)

イコール式とは「皆同じ」という意味です。

平均律の鍵盤楽器はどの調も長調か短調の選択肢しか残りません。
音程を取れなくても演奏できてしまう鍵盤楽器楽器のために
本当の音感について考えます

はるか昔の音楽

はるか昔、医学というものが未だなかったころ、人々は宗教や呪術に頼っていた。
呪術師が与える言葉、指示、薬草が医学へと発展していった。同時に呪術の儀式で木を叩くリズムが音楽へと発展していった。単調なリズムの繰り返しがトランス状態を呼び込み、呪術的儀式音楽となった。

古代ギリシャのピュタゴラスは偉大な数学者として知られているが、はるか昔、数学と音楽は同義だった。
そのピュタゴラスは音楽の基礎となる協和音程を数学的に解明した。
そして病気の原因が魂の不調和にあり、音楽は魂の不調和を調律すると唱えた。

医学の進歩とともに、次第に、病める人間の魂ではなく、臓器や数字しか診ない医学になってきた。
同様に音楽も12平均律という人工的なシステムで合理性を求め、人間の理性でねじ伏せるものになった。

はるか昔、音楽は宇宙の法則、目に見えない法則、形のない神、世界に遍満する神であった。
はるか昔の音楽はバッハの死とともに終焉をむかえた。
バッハの宗教性が最もよく表れているのは「平均律クラヴィーア曲集」だと思う。

病気を科学だけで治療することにおのずから限界があるように、西洋音楽も限界にきている。

「平均律クラヴィーア曲集」は魂の調律である。
人間の6兆の細胞は「平均律クラヴィーア曲集」によっていきいきと蘇る。
「平均律クラヴィーア曲集」はあらゆる経典を超越した経典である。
あまねく世界に神は存在し、あまねく世界に「平均律クラヴィーア曲集」は存在する。





長調と短調の二択

太陽は未だかつて一度も東から昇ったことはない。
西に没したこともない。
本当は、地球が東に向かって自転しているだけで、太陽は動かない。

月は未だかつて一度もかけたことはない。
いろいろな形に見えるが、月はいつもまん丸いのである。

このように「現実と真実」は違う。

バッハ「平均律クラヴィーア曲集」のト長調がへ長調よりも明るいとはいえない。
楽譜上の現実として、シャープ系の方がフラット系より明るく見えるだけである。
真実は、平均律の鍵盤楽器においてどの長調も皆同じように明るいのである。

同様に、変ロ短調がニ短調よりも暗いとは言えない。
楽譜上の現実として、フラットの数が多いほど暗く見えるだけである。
真実は、平均律の鍵盤楽器においてどの短調も皆同じように暗いのである。

このように「現実と真実」は違う。

平均律の鍵盤楽器を弾いているあなた、現実を見ずに真実を観ましょう。
「見る」は肉体の目で見ること、「観る」は肉体の目を閉じて心の目でみること。



 『やわらかなバッハ』 刊行 (春秋社)

400人の生徒を教えたピアノ教師が書いた単行本

橋本絹代著 『やわらかなバッハ』 春秋社 2009年12月20日発売

第1章 バッハへのアプローチ・・・「等分か不等分か」
第2章 《WTC》の調性格と移調をめぐって・・・バッハの意図したこと
第3章 読譜の練習・・・昨今のピアノ教育事情
第4章 やわらかなバッハ・・・バッハ演奏、自由自在

演奏の難しさを訴える生徒たちと長年向き合ってきた著者が綴った切実なメッセージがバッハ演奏に自由をもたらす1冊。

バッハのフーガをアンサンブルで各自1声部弾くことを提案します。

バッハが書いた《WTC》の調を変更することに抵抗を感じるあなたに、易しく抵抗を取り除きます。

「あまねく世界に神は存在し、あまねく音楽にバッハは存在する」(シュニトケ)

だからこそ、一人でも多くの人にバッハの音楽を知ってほしい。

螺旋渦巻き模様

WTC(平均律クラヴィーア曲集)第1巻の自筆譜のタイトルページには、一番上に螺旋渦巻き模様が書かれている。この渦巻きがバッハ独自の調律法を説く秘密だという説が出てきた。

それは1999年にドイツ数学者協会で、スパーシューが発表した「バッハの巧みに調律された鍵盤楽器のための前奏曲とフーガの調律算出法」である。

バッハ自筆譜のタイトルページに書かれた螺旋渦巻き模様が、バッハ調律の暗号と考えるという説である。彼に続いて多くの数学者たちが独自の暗号解読を唱えている。一例を以下に示す。

12の音を5度圏の順序で並べ、それぞれの音程が12個の渦巻き模様で表されている。渦巻きを左から111000222222と読む。(222222)が12分の1ピュタゴラスコンマ狭く、(000)が純正、(111)が6分の1ピュタゴラスコンマ狭く取ると読み解く。

さらに5度圏を右の渦巻きから始める説、左から始める説、開始音をFとする説、Cとする説、Aとする説など多様な解読法が出てきている。螺旋渦巻き説の渦巻きの形状は均等ではない。ということは異なる種類の音程が存在する。つまり渦巻き説の中身はどれも「不等分音律」である。

現代のピアノは12等分平均律なので、渦巻きで表すと222222222222、すべての5度が12分の1コンマ狭いことになる。

ピアノ愛好家のアンドレ・ジッド

アンドレ・ジッド(Andre Gide 1869〜1951)は『背徳者』『狭き門』などを書いたフランスの作家である。ドビュッシーと同世代であるが、彼はピアノ演奏に優れていた。

アンドレ・ジッドは言う――またピアノをやりはじめた。ベートーヴェンのソナタが今これほどやすやすと弾けるのには驚く。
少なくとも、ひところ私が多いに勉強し、その後ほうり出してしまった数曲は。
しかし、それらのあまりにも感動のこもった調子がわたしをひどく疲れさせる。そして、今日もっともわたしを満足させるものはバッハであり、とりわけ「フーガの技法」のようだ。
これには厭きることがない。
そこにはもはや人間に属するものはほとんどないのだ。
それがひとのなかに目覚めさせるものは、感情とか情念とかではもはやなく、憧憬だ。
なんという静けさだろう。
人間を超えたものすべてを、なんとすなおに受入れていることだろう。
肉体をなんと軽く見ていることだろう。なんという平和だろう――

[ 『バッハ頌』 角倉一朗・渡辺健 編  白水社より]

「平均律クラヴィーア曲集」誤訳説の秘密

「平均律」という語はWohltemperierte (Wohltemperirteバッハの自筆は綴りが少し違っている)の訳である。

これを直訳すると「上手く調律された」という意味になる。

バラ十字のパンフレットにある「神は万有を治め、良く整えられる」の「よく整えられる」がwol ordi-niert である。
このordiniert =整える、を音楽的に表現するとWohltemperirte となる。

「よく整えられた=上手く調律された」を「平均律」と訳すのは誤訳であると言われるようになって久しい。
これは、バッハの意図した調律が「平均律」という等分平均律ではなかったと考える説である。

この説にはしかし一概に誤訳と言って片付けられない深淵な問題が横たわっている。

誤訳説の根拠はこういうことである。
バッハがもし等分平均律という特定の調律法を意図していたならば、 greich schwebende temperatur(同じように唸る)かzwölfstufige Temperatur(12等分)と書いたはずであり、そのように書かなかったのは不等分音律を意図していたのだと推理する。

つまりバッハが意図した調律は等分平均律ではなく不等分音律だったという説である。

しかし、もしバッハが「greich schwebende temperatur=同じように唸る」や「zwölfstufige Temperatur=12等分」という言葉を知らなかったか、あるいは当時は未だ一般的ではなかったとしたらどうだろう。

バッハは等分平均律を意図しつつも Wohltemperirte という言葉を使わざるを得なかったという推測も成り立つだろう。

シャネル・スーツ

シャネル・スーツで良く知られるシャネルは、アルファベットのCを背中合わせに組み合わせたロゴマークで世界中の女性から愛されているブランドである。

シャネル(Cabrielle Chanel 1883〜1971)はフランスの孤児院で育った貧しいお針子だった。ある時セレブな男性と出会い上流階級の生活を経験するが、身分の違いから結婚できずに別れることになった。その痛手からシャネルは女一人で身を立てることを決心し、小さな店を持った。それがやがて世界的なシャネルに成長した。

当時、パリの女性たちはコルセットでウェストをギュウギュウ締め付け、ドレスの裾を引きずって歩いていた。シャネルは女性がもっと動きやすい服を着るべきだと考え、膝丈スカートで足を出し、男性専用だったスーツをシャネルスーツとして女性も着ることができるように変革した。さらにパンタロンを作ってさらに活動的なものにし、両手が自由になるようにショルダーバッグも作った。喪服の色だった黒を、女性が最も美しく見える色だと主張し、黒のおしゃれなドレスを普及させた。

シャネルは古い価値観に囚われず、時代を切り開いたが、最初は人々から非難を受けた。しかし、今となってはどうだろう。あなたは足を出すスカートを平気ではいている。2人がかりで締め上げるようなコルセットもあなたは身につけていないだろう。

あなたは窮屈なオリジナルの調で「平均律クラヴィーア曲集」を弾いていないだろうか?いつまでも無意味なことを続けたいだろうか?

シューベルトの歌曲集が3種類の声域で出版されており、この中から自由に選んで歌うことが常識となっている。

ギターはカポをはめて簡単に移調する。

電子楽器は移調ツマミを回して簡単に移調する。

ピアノは移調ツマミが無いので楽譜自体を移調しよう。
ハ長調とイ短調ならば、音楽の構造が一目瞭然!
見たままで移動ド読み!絶対音感者も安心して移動ド読みできる!
調号としてのシャープとフラットが無いので譜読みが簡単!

ハ長調とイ短調はあらゆる調の基本!
アカデミズムは間違いだらけ、決別しよう!
キルンベルガー音律のハ長調は純正なので音感が非常に良くなる!

1Q84に登場するバッハ

200万部を突破した、村上春樹の大ベストセラー小説「1Q84」。この小説にはヤナーチェクの「シンフォニエッタ」やバッハの「平均律クラヴィーア曲集」他が登場する。

ここでは小節に登場する曲の中から、バッハ「平均律クラヴィーア曲集」の第2巻24番、ロ短調を取り上げる。

「平均律クラヴィーア曲集」は1巻と2巻があり、それぞれ理論上可能な24種類の調性が両巻とも同じ順序(C:→c:→Cis:→cis:→D:→d:・・・・・→H:→h:)で網羅されている。
ロ短調は両巻とも最後を締めくくる24番に位置するが、1Q84に登場するのは第2巻の方のロ短調である。

シューレンバーグ(David Schulenberg 1955〜)は、「第1巻は非常に荘重な作品で締めくくられるのだが、第2巻は違う。決して劣っているとか、失望するようだとか言うことはないが、軽く、少し奇抜な感じもする」と述べている。

ケラー(Hermann Keller 1885〜1967)も「単なる埋め草なのであろうか?」と同意見を述べている。

第2巻ロ短調前奏曲(プレリュード)は互いに対等な2つの声部が、インヴェンション風に進行するが、曲尾で突如として情熱的な中断や音の詰まった和音に変わる。

現在殆んどの版が2分の2拍子を採用しているが、バッハの自筆譜には、現在の音価の半分で記譜された最も古い稿から写譜されたことを示す修正が含まれている。
古い稿は4分の4拍子、テーマが16分音符で始まる形であるが、これを採用している版も幾つかある。

28小節・・・ソプラノ「E-Dis」の16分音符を修正して8分音符に
34小節・・・ソプラノ16分音符を修正して8分音符に
57小節・・・内声2分音符を修正して4分音符に


現在のピッチは、バロック・ピッチと言われるものより、一般に約半音高いので、バッハが実際に聞いていた音の高さは、現在の変ロ短調に相当する。

これはしかし、バッハの時代のカンマートーンだけを基準にした話である。
実は、殆んどの人が知らない秘密であるが、バッハの時代にはコーアトーンと2種類のカンマートーンがあり、厳密に言うと3つのピッチ体系が存在した。

コーアトーンは、高い方のカンマートンより一全音高く、低い方のカンマートーンより短3度高い。
つまり、ロ短調をコーアトンーン調律で弾くと、現在のハ短調に相当する。

いろいろなピッチが考えられるが、24番ロ短調はいずれのピッチで演奏しても構わない。
そして、等分平均律の鍵盤楽器で弾く場合は何調でも調性格が皆同じであるから、何れの調性で弾いても構わない。

バッハの時代に、記譜された音と実際の音の高さを厳密に関連させるという概念は存在しなかった。勿論、バッハも絶対音感を持たず、絶対音感という概念もなかった。

ついでに申し添えると、「絶対音感の欠如=音痴」や「絶対音感=プロの音楽家」という今日の常識は非常識である。

バッハ自らの移調

「平均律クラヴィーア曲集」は理論上考えられる24すべての調が網羅されていますが、バッハはシャープフラットが多い調は少ない調で作曲した後、移調して編集しました。

バッハが移調した例として第2巻3番、嬰ハ長調があります。
この楽章は最初、ハ長調で作曲されました。
全音から出版されているベーレンライター原典版 P.352 に、ハ長調で書かれた初期バージョンが掲載されていますが、さらに初期のバージョンとして同書 P.358 に掲載されているのもハ長調です。

バッハの時代は中全音律という調律法が主流でしたので、シャープフラット3個ぐらいの調までしか使用できませんでした。バッハの全作品もこの範囲の調性がほとんどを占めます。ところが、嬰ハ長調はシャープが7個もついており、この調はバッハも「平均律クラヴィーア曲集」の中でしか使っていない珍しい調です。

バッハは24すべての調を網羅することが目的でしたから「平均律クラヴィーア曲集」に、嬰ハ長調を組み込みましたが、最初からシャープ7個などで作曲するはずがありません。初期バージョンはバッハがハ長調で作曲した証拠を示しています。

しかし、多くのピアニストやピアノ科教授は、嬰ハ長調で弾かなければ、シャープ系の高く輝く調性格が台無しになると信じているのです。

彼らにとって長年信じきっていたことを捨てなければならないのは難しいことでしょう。

相対音感の人

年若い少女はモーツァルトの曲を3週間練習してから、それを先生に見てもらうために、レッスンにでかけたのですが、遅刻をしたので、先生はピアノを弾いていました。少女しばらくその演奏に耳を傾けてから、訊ねたのでした、「先生の弾いておられるのはなんですか」と。先生はびっくりして、「これはあなたが今日のレッスンにもってくる曲ではありませんか」と答えました。このようにこの少女は、耳で聞いてもその曲であることがわからなかったのですが、その後、彼女はその曲をノー・エラーで弾いたということです。
         [東川清一:よい音楽家とは (音楽之友社)1996 ]

実はこの少女と同じ人はたくさんいるのです。
このような結果になる根本原因は、絶対音感の無い人が、固定ド読みでピアノを弾くことです。

相対音感の人は移動ド読みでピアノを弾かないと、音を正しく認識することができません。

ただし、絶対音感があるからといって、固定ド読みが良いわけではありません。固定ド読みは、音楽の無調化につながり、正しい理解を阻害するものです。

移動ド読みが音楽の正しい読み方であり、作曲家の方法でもあるのです。



*

今だけ送料無料
バッハは「平均律クラヴィーア曲集」に24の調を網羅しましたが、24の調で作曲したのではありません。例えば嬰ハ長調はハ長調の初稿を移調して作られました。

1850年頃のピアノ大量生産時代を境に調律法が非平均律から平均律に移行しました。私たちが今弾いている鍵盤楽器は平均律ですから何調で弾いても皆同じ、長調か短調かの違いしか認められません。

また、移調するとピッチは必然的に変化しますが、調性格まで変化するのではありません。調性格はピッチと無縁に存在します。
  • ライブドアブログ