イコール式 バッハ平均律クラヴィーア曲集 (カワイ出版)

イコール式とは「皆同じ」という意味で命名した登録商標です。

音程を取れなくても演奏できてしまう楽器のための鍵盤維新!
ただ聴くだけより、どのような形でも弾くことが大切です
無農薬ピアノ=キルンベルガーのハ長調とイ短調は自然な美しい音響です

「やわらかなバッハ」へようこそ

並列楽譜えっ!ハ長調とイ短調だけで弾けるの?
橋本絹代 編著   カワイ出版   
第1巻 1470円(税込み)A4判
第2巻 1470円(税込み)A4判

1巻目次1巻 gis: P

世界最大のバッハ文献サイトを編纂
ヘンレ版の校訂者
富田庸(英国クィーンズ大学教授)が
「イコール式 バッハ平均律クラヴィーア曲集」の全48曲を研究のために資料と照合され、「出版譜として世界初の貢献」と絶賛


フーガの構造が一目瞭然!
近親調として出てくる調がいつも同じ調!
調記号としての#と♭が不要!

しかしこれらはイコール式に起因する50の利点のほんの一部です。イコール式の秘密を知った時に起きる奇跡のほんの触りにしかすぎません。

例えば絶対音感の無い人が、固定ド読みでピアノを弾くことを考えてみてください。
今まで歌い難かった音程が正しく歌えたらどうでしょう。

(写真をクリックすると拡大します)
2巻目次2巻 As: Fバッハのフーガが近代の調体系枠内で分析不可能であることを考えてみてください。
移動ド読みの煩わしさが軽減できるとしたらどうでしょう。
暗譜が簡単で正確にできるとしたら?
そのインパクトはどうでしょうか?
音感が良くなるとしたら?
そのインパクトはどうでしょうか?


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          イコール式音楽研究所   責任者:橋本絹代
          所在地:〒810-0004 福岡県福岡市中央区渡辺通5丁目23-3-701
          所在地:〒752-0212 山口県山口市下小鯖 1171-231
イコール式チラシ
 [イコール式の理念]

固定ド読みで弾くと、絶対音感者は音楽を正しく理解する道を閉ざされてしまう。
固定ド読みで弾くと、相対音感者は耳が認識する階名と固定ド読みが一致しないという悲劇が起きる。
固定ド読みは両者に弊害をもたらす。
イコール式はドを主音とする長調とラを主音とする短調で記譜することによって、両者に音楽を正しく理解する道を開く
イコール式は鍵盤楽器に用いる固定ドと移動ドの妥協案である。

*平均律の鍵盤楽器では調による性格の違いは存在しない。バッハ時代にあった非平均律の鍵盤楽器で演奏しなければ調性格の違いは得られない。
→平均律の鍵盤楽器において作曲家には、長調にするか短調にするかの選択肢しか残されていない。

*バッハの時代のソルミゼーョンは、どの長音階もハ調からの移高、どの短音階もイ調からの移高として歌われた。
→バッハはどの調も現在に言うハ長調とイ短調で作曲した。

*バッハの時代は町々によって異なるピッチを用い、標準音や絶対音感という概念が無かった。
→バッハの時代の調性格はピッチと無関係に存在した。

*バッハは教会旋法と近代長短調の過渡期にあった
→ハ長調に発展したイオニア旋法やイ短調に発展したエオリア旋法は、7つの音のどの音からでも音階を構成することができた。

*音楽の構造を正しく理解するには、音名読みより階名読みの方が優れている。
→ハ長調とイ短調だけが読み替えせずに階名読みが可能である。

*固定ド読みで鍵盤の上をうろつく演奏は、指に音楽を持つだけで、頭に音楽を持つことはできない。
→固定ド読みによる鍵盤楽器教授法に警鐘を鳴らす

ピアノ愛好家のアンドレ・ジッド

アンドレ・ジッド(Andre Gide 1869〜1951)は『背徳者』『狭き門』などを書いたフランスの作家である。ドビュッシーと同世代であるが、彼はピアノ演奏に優れていた。

アンドレ・ジッドは言う――またピアノをやりはじめた。ベートーヴェンのソナタが今これほどやすやすと弾けるのには驚く。
少なくとも、ひところ私が多いに勉強し、その後ほうり出してしまった数曲は。
しかし、それらのあまりにも感動のこもった調子がわたしをひどく疲れさせる。そして、今日もっともわたしを満足させるものはバッハであり、とりわけ「フーガの技法」のようだ。
これには厭きることがない。
そこにはもはや人間に属するものはほとんどないのだ。
それがひとのなかに目覚めさせるものは、感情とか情念とかではもはやなく、憧憬だ。
なんという静けさだろう。
人間を超えたものすべてを、なんとすなおに受入れていることだろう。
肉体をなんと軽く見ていることだろう。なんという平和だろう――

[ 『バッハ頌』 角倉一朗・渡辺健 編  白水社より]

「平均律クラヴィーア曲集」誤訳説の秘密

「平均律」という語はWohltemperierte (Wohltemperirteバッハの自筆は綴りが少し違っている)の訳である。

これを直訳すると「上手く調律された」という意味になる。

バラ十字のパンフレットにある「神は万有を治め、良く整えられる」の「よく整えられる」がwol ordi-niert である。
このordiniert =整える、を音楽的に表現するとWohltemperirte となる。

「よく整えられた=上手く調律された」を「平均律」と訳すのは誤訳であると言われるようになって久しい。
これは、バッハの意図した調律が「平均律」という等分平均律ではなかったと考える説である。

この説にはしかし一概に誤訳と言って片付けられない深淵な問題が横たわっている。

誤訳説の根拠はこういうことである。
バッハがもし等分平均律という特定の調律法を意図していたならば、 greich schwebende temperatur(同じように唸る)かzwölfstufige Temperatur(12等分)と書いたはずであり、そのように書かなかったのは不等分音律を意図していたのだと推理する。

つまりバッハが意図した調律は等分平均律ではなく不等分音律だったという説である。

しかし、もしバッハが「greich schwebende temperatur=同じように唸る」や「zwölfstufige Temperatur=12等分」という言葉を知らなかったか、あるいは当時は未だ一般的ではなかったとしたらどうだろう。

バッハは等分平均律を意図しつつも Wohltemperirte という言葉を使わざるを得なかったという推測も成り立つだろう。

シャネル・スーツ

シャネル・スーツで良く知られるシャネルは、アルファベットのCを背中合わせに組み合わせたロゴマークで世界中の女性から愛されているブランドである。

シャネル(Cabrielle Chanel 1883〜1971)はフランスの孤児院で育った貧しいお針子だった。ある時セレブな男性と出会い上流階級の生活を経験するが、身分の違いから結婚できずに別れることになった。その痛手からシャネルは女一人で身を立てることを決心し、小さな店を持った。それがやがて世界的なシャネルに成長した。

当時、パリの女性たちはコルセットでウェストをギュウギュウ締め付け、ドレスの裾を引きずって歩いていた。シャネルは女性がもっと動きやすい服を着るべきだと考え、膝丈スカートで足を出し、男性専用だったスーツをシャネルスーツとして女性も着ることができるように変革した。さらにパンタロンを作ってさらに活動的なものにし、両手が自由になるようにショルダーバッグも作った。喪服の色だった黒を、女性が最も美しく見える色だと主張し、黒のおしゃれなドレスを普及させた。

シャネルは古い価値観に囚われず、時代を切り開いたが、最初は人々から非難を受けた。しかし、今となってはどうだろう。あなたは足を出すスカートを平気ではいている。2人がかりで締め上げるようなコルセットもあなたは身につけていないだろう。

あなたは窮屈なオリジナルの調で「平均律クラヴィーア曲集」を弾いていないだろうか?いつまでも無意味なことを続けたいだろうか?

シューベルトの歌曲集が3種類の声域で出版されており、この中から自由に選んで歌うことが常識となっている。

ギターはカポをはめて簡単に移調する。

電子楽器は移調ツマミを回して簡単に移調する。

ピアノは移調ツマミが無いので楽譜自体を移調しよう。
ハ長調とイ短調ならば、音楽の構造が一目瞭然!
見たままで移動ド読み!絶対音感者も安心して移動ド読みできる!
調号としてのシャープとフラットが無いので譜読みが簡単!

ハ長調とイ短調はあらゆる調の基本!
アカデミズムは間違いだらけ、決別しよう!
キルンベルガー音律のハ長調は純正なので音感が非常に良くなる!

1Q84に登場するバッハ

200万部を突破した、村上春樹の大ベストセラー小説「1Q84」。この小説にはヤナーチェクの「シンフォニエッタ」やバッハの「平均律クラヴィーア曲集」他が登場する。

ここでは小節に登場する曲の中から、バッハ「平均律クラヴィーア曲集」の第2巻24番、ロ短調を取り上げる。

「平均律クラヴィーア曲集」は1巻と2巻があり、それぞれ理論上可能な24種類の調性が両巻とも同じ順序(C:→c:→Cis:→cis:→D:→d:・・・・・→H:→h:)で網羅されている。
ロ短調は両巻とも最後を締めくくる24番に位置するが、1Q84に登場するのは第2巻の方のロ短調である。

シューレンバーグ(David Schulenberg 1955〜)は、「第1巻は非常に荘重な作品で締めくくられるのだが、第2巻は違う。決して劣っているとか、失望するようだとか言うことはないが、軽く、少し奇抜な感じもする」と述べている。

ケラー(Hermann Keller 1885〜1967)も「単なる埋め草なのであろうか?」と同意見を述べている。

第2巻ロ短調前奏曲(プレリュード)は互いに対等な2つの声部が、インヴェンション風に進行するが、曲尾で突如として情熱的な中断や音の詰まった和音に変わる。

現在殆んどの版が2分の2拍子を採用しているが、バッハの自筆譜には、現在の音価の半分で記譜された最も古い稿から写譜されたことを示す修正が含まれている。
古い稿は4分の4拍子、テーマが16分音符で始まる形であるが、これを採用している版も幾つかある。

28小節・・・ソプラノ「E-Dis」の16分音符を修正して8分音符に
34小節・・・ソプラノ16分音符を修正して8分音符に
57小節・・・内声2分音符を修正して4分音符に


現在のピッチは、バロック・ピッチと言われるものより、一般に約半音高いので、バッハが実際に聞いていた音の高さは、現在の変ロ短調に相当する。

これはしかし、バッハの時代のカンマートーンだけを基準にした話である。
実は、殆んどの人が知らない秘密であるが、バッハの時代にはコーアトーンと2種類のカンマートーンがあり、厳密に言うと3つのピッチ体系が存在した。

コーアトーンは、高い方のカンマートンより一全音高く、低い方のカンマートーンより短3度高い。
つまり、ロ短調をコーアトンーン調律で弾くと、現在のハ短調に相当する。

いろいろなピッチが考えられるが、24番ロ短調はいずれのピッチで演奏しても構わない。
そして、等分平均律の鍵盤楽器で弾く場合は何調でも調性格が皆同じであるから、何れの調性で弾いても構わない。

バッハの時代に、記譜された音と実際の音の高さを厳密に関連させるという概念は存在しなかった。勿論、バッハも絶対音感を持たず、絶対音感という概念もなかった。

ついでに申し添えると、「絶対音感の欠如=音痴」や「絶対音感=プロの音楽家」という今日の常識は非常識である。

バッハ自らの移調

「平均律クラヴィーア曲集」は理論上考えられる24すべての調が網羅されていますが、バッハはシャープフラットが多い調は少ない調で作曲した後、移調して編集しました。

バッハが移調した例として第2巻3番、嬰ハ長調があります。
この楽章は最初、ハ長調で作曲されました。
全音から出版されているベーレンライター原典版 P.352 に、ハ長調で書かれた初期バージョンが掲載されていますが、さらに初期のバージョンとして同書 P.358 に掲載されているのもハ長調です。

バッハの時代は中全音律という調律法が主流でしたので、シャープフラット3個ぐらいの調までしか使用できませんでした。バッハの全作品もこの範囲の調性がほとんどを占めます。ところが、嬰ハ長調はシャープが7個もついており、この調はバッハも「平均律クラヴィーア曲集」の中でしか使っていない珍しい調です。

バッハは24すべての調を網羅することが目的でしたから「平均律クラヴィーア曲集」に、嬰ハ長調を組み込みましたが、最初からシャープ7個などで作曲するはずがありません。初期バージョンはバッハがハ長調で作曲した証拠を示しています。

しかし、多くのピアニストやピアノ科教授は、嬰ハ長調で弾かなければ、シャープ系の高く輝く調性格が台無しになると信じているのです。

彼らにとって長年信じきっていたことを捨てなければならないのは難しいことでしょう。

相対音感の人

年若い少女はモーツァルトの曲を3週間練習してから、それを先生に見てもらうために、レッスンにでかけたのですが、遅刻をしたので、先生はピアノを弾いていました。少女しばらくその演奏に耳を傾けてから、訊ねたのでした、「先生の弾いておられるのはなんですか」と。先生はびっくりして、「これはあなたが今日のレッスンにもってくる曲ではありませんか」と答えました。このようにこの少女は、耳で聞いてもその曲であることがわからなかったのですが、その後、彼女はその曲をノー・エラーで弾いたということです。
         [東川清一:よい音楽家とは (音楽之友社)1996 ]

実はこの少女と同じ人はたくさんいるのです。
このような結果になる根本原因は、絶対音感の無い人が、固定ド読みでピアノを弾くことです。

相対音感の人は移動ド読みでピアノを弾かないと、音を正しく認識することができません。

ただし、絶対音感があるからといって、固定ド読みが良いわけではありません。固定ド読みは、音楽の無調化につながり、正しい理解を阻害するものです。

移動ド読みが音楽の正しい読み方であり、作曲家の方法でもあるのです。



*

ピアノ科の人は読まないでください。ショックを受けますから

1953年にコダーイが故郷のブタペストにあるリスト音楽アカデミーの終業式で語った講演の一部を紹介しよう。コダーイはシューマンが著した「音楽の家訓と処世訓」を例に出し、それが現状の音楽教育と大きく隔たりがあることについて熱く語っている。
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ハンガリーの音楽教育はシューマンの警告を意にも留めないで、もっぱらドイツの悪い例に倣い、ソルフェージュ教育の痕跡すらなかったのです。ハンガリーの音楽アカデミーでは1882年になってやっとヴェルナーのコールユーブンゲンが使用され、音楽の書き取りが導入されたのはその後の1903年のことです。輝かしいピアニストなのに、単純な一声部の旋律でもそれを書き留めることができなかったり、そんな旋律でも誤りなしに初見視唱することができなかったりするのです。こんなに内的聴覚が未発達なピアニストの場合、多数声部の複雑な曲など、どう表象しようというのでしょうか。そんなピアニストは、指だけで弾いているのであって、頭と心では弾いていないのです。彼らは音楽家ではなくタイピストです。音楽アカデミーはポンポンとピアノを鳴り響かせるだけの高貴なお嬢さんを入学させることを目指すわけにはいきません。そんなお嬢さんたちは、以前は「乙女の祈り」を弾き、今日ならバルトークの「アレグロ・バルバロ」を弾くことでしょうが、それが音楽とは全く関係のない人達であることは今も昔も変わりがないのです。卒業証書の名目上の価値と実際の価値との間のギャップはますます大きくなっていきました。学校が卒業証書を出すことによって、それを受け取った人の能力をはるかに超えた力量を証明したからです。
           [季刊音楽教育研究 第69巻 (音楽之友社)1991 ]

平均律クラヴィーア曲集のフーガは分析不可能です

例えばモーツァルトのピアノソナタは提示部に主調の第1テーマがあり、続く第2テーマは属調で現れます。そこにははっきりとした転調があります。

しかしバッハのフーガはテーマが各声部に音高を変えて現れます。
ほんの1〜2小節の短いテーマが途中で転調?してしまったり、異なる調?が重なっていたり、それはそれは複雑怪奇です。

バッハの転調?はロマン派やロマン派以降の作曲家、そしてジャズに至るまでを先取りしています。
バッハは既に20世紀の12音音階すら使用しており、すでに調を超越してしまっているのではないでしょうか。

バッハのフーガにはそもそも近代長短調の調があるのか。

ハ長調とイ短調に移調した イコール式 バッハ平均律クラヴィーア曲集 (カワイ出版) をどうぞ

あなたは目で判断していませんか?

アメリカのオーケストラの女性団員の数は過去30年間で5倍にもなったそうです。
その理由はオーディションの時に、演奏者と審査員の間にスクリーンを置いたことにあります。

ある女性がオーケストラの主席ホルン奏者の席を目指してオーディションを受けました。完璧な演奏でオーディションに合格した彼女はスクリーンの背後から姿を現しました。

その瞬間審査員たちは息を呑みました。彼女が女性だったというだけではありません。審査員たちは彼女のことをよく知っていたのです。

それまで何年間も代役奏者としてそのオーケストラで演奏していたのです。
審査員たちは、純粋に音だけを聞いて判断するまでは、彼女がかくも優れたホルン奏者であることに気づかなかったのです。


あなたも、楽譜の調号を見てシャープ系なら、歓喜、積極的、闊達と思い込んでいませんか?

あなたのピアノは平均律なのですから、シャープ系、フラット系も調性格は皆同じです。調性格の違いが実際の音として聴く事が出来るのは古典調律、つまり非平均律の場合に限られます。

眼で見る楽譜から判断するのではなく、純粋にピアノだけを聴いて判断しよう。
大事なものは目に見えないものです。
イコール式 バッハ平均律クラヴィーア曲集 (カワイ出版) は眼で見ると違和感があるかもしれませんが、実際の音に調性格はないのですから安心してお弾きください。
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バッハは「平均律クラヴィーア曲集」に24の調を網羅しましたが、24の調で作曲したのではありません。例えば嬰ハ長調はハ長調の初稿を移調して作られました。

1850年頃のピアノ大量生産時代を境に調律法が非平均律から平均律に移行しました。私たちが今弾いている鍵盤楽器は平均律ですから何調で弾いても皆同じ、長調か短調かの違いしか認められません。

また、移調するとピッチは必然的に変化しますが、調性格まで変化するのではありません。調性格はピッチと無縁に存在します。