寅年 しめ縄飾り

 ここ数年は、新年のしめ縄飾りを自分で編み上げています。
今年は、氷見の長坂の棚田の米藁をいただき、それで3つ編みました。
今年はどんなことがあったかなぁ〜 って思いながら編んでいきます。
出来栄えは、、、ですが、こういう時間が好きなのです。
2022しめ縄




封筒内職

 だいぶん前になりますが、友達から映画のフライヤーで作った封筒に入った郵便が届きました。それがあまりにもいい味だしていたので、私も綺麗な写真を切り取って集めていました。前回のブログに書きました突然お便りに備え、便箋制作中です。

封筒制作


来春の年賀状

 令和4年度から、年賀状のスタイルを変えようと思います。例年は、30日までお仕事して、31日にやっつけ仕事で仕上げていました。久しく連絡を取り合っていない友達には、年賀状という大義名分で、自分の近況を伝えることができるし、皆さんの近況も聞けるから、本来年賀状が大好きな自分なのに、最近は義務のような気持の方が大きくなっていました。

それで、来る年からは、頂いた年賀状には個別でお便りを返信しようと思います。
また、こっちが伝えたいことがあったら、時節関係なくお便りいたします。いきなり私から便りが届いても、びっくりなさらないでくださいね。

メールやSNSに慣れてしまうと、漢字も忘れがちです。折角書くお便りですもの楽しい気分で書きたいです。

写真は、この秋、燕岳から撮った、北アルプスです。年賀状に使う予定でした。(私は登っていません。娘からの写真です)

燕岳 - コピー


庄川スワッグ

DSC05000
今日もいい天気でしたね。
こんな日は、愛犬プリンスと庄川に行きたくなります。
プリンスと散歩しながら、秋色になった草花を貰ってきました。
それらを束ねて壁にかけてみました。もうすぐ11月ですね。


犬も歩けば棒に当たる

DSC05284 - コピー
 
 昨日、エランが犬と散歩中に、収穫したてのニンジン15本をいただいて帰ってきた。
ニンジン本体も好きだけど、ニンジンの葉っぱ 私の大好物なのです。あの青臭く甘い香りは、他の根菜類には無い味わいですよね。普段なら、よごし(富山の郷土料理 葉っぱを細かく刻んで、味噌や醤油で乾煎りします)にするところだけど、冷蔵庫には先日作った大根よごしがたんまりあるので”ふりかけ”を作ることにしました。
オーブンプレート3枚に、細かく刻んだニンジン葉っぱを広げ、100度で水分を飛ばすこと40分。バスケットボール1.5個分程あった葉っぱの量が、プレート一枚分に減りました。
ちょっと摘んで味見をしてみると、ほんのり香る甘い味と抹茶のような風味がします。
粗熱を取ってから、冷蔵庫の中にあるもの、鰹節、ゴマ、その他何かを混ぜて仕上げます。
炊き立ての新米にふりかけるのがとっても楽しみです。




日の出前サイクリング

この夏は、骨とう品のMTBを思い出したように転がしています。
今の私には、氷見、阿尾がちょうどいい距離。
海老坂の坂を越えたら、ご褒美の下り坂。
今日は、忍者ハットリくんのキャラクター溢れる、氷見の街の中を走りました。(氷見は、藤子不二雄Aさんの故郷なのです)
写真は、今日の収穫のビーチグラス。
透明なのと青いのだけを選びました。
お花のケンザンとして使います。

ビーチグラス (1)




Belle Laide ← 私のラベル

去年の暮に生地を買い、正月に裁断まで完了。思い出したようにミシンに向かい、今日ここまで縫い、力果てる。

このロングサロペットいつ出来上がるのか?

モノ作り大好きだけど、何かを作り始めると3か年計画になります。

DSC04714 - コピー


発酵温度

DSC04627
 今日も、暑い日でした。こんな日は、太陽のパワーを活かしたいので、フォッカチャを焼くことにしました。発酵にちょうどいい温度です。
図書館で見つけた、こねないおうちパン 浜内千波さんのレシピです。めちゃくちゃ簡単に作れます。

先日作った、ドライトマトも乗っけました。
セミドライトマトは、天日干しの場合、土用の太陽でも、4日はかかります。出来上がる前に、カビとの戦いになります。
オーブンだったら、100度で片面1時間、ひっくり返して両面で2時間で出来ます。
パリパリドライトマトにする場合、同じく100度のオーブンで、1時間半×両面で、3時間程です。

この時期のトマトは、最高に美味しいですね。
今夜は、セミドライとサバフィーレで、春巻きにしました。サバの塩味と、トマトの甘酸っぱさの相性はよいです。

パン生地の適温にいたので、私も発酵しそうです。


太陽熱源

DSC04526

 梅も干し終わり、こんどは今が旬のプチトマトの出番。
ドライトマトを作ります。手抜きで種抜きしません。太陽の力で水分をぶっ飛ばしてもらいます。
細長いのは、縦割り。まん丸のは横に輪切り。多分、その方が早く水分が飛ぶと思うのです。
太陽に調理をしてもらえる時期は、家の小さなウッドデッキは足の踏む場がなくなります。

何となくはじまりました TOKYO2020
トマトの輪切りが日の丸に見えます。
昨夜のなでしこジャパンにも元気をもらいました。
あつい夏はやっぱりいいです。


「くすりの見方」:第1回 日本のくすりの歴史〜薬剤師としての視点〜by 小川康

51rtdGiRkfL._SX339_BO1,204,203,200_
 本日、「くすりの見方」:第1回 日本のくすりの歴史〜薬剤師としての視点〜by 小川康 に参加しました。
小川先生が、一か月かけて建てられた百薬の小屋で、chaabeeの藤田ミミさんとの対談形式で進みました。
1961年 薬が大量にある時代のはじまりだそうです。戦前は薬に飢えていましたから、このときを境に私たちと薬との関係が変わってきたそうです。
小川先生が、東北大学薬学部にいらした30年前ころ、身近にある、石油や石炭などを用いた、有機化学による薬の開発が、ヒエラルキーの上部にあったそうです。
どうして日本はワクチンの開発に後れを取っているのかという話にもなりました。
日本は、薬のリーダーを常に変えてきた歴史があるそうです。
5Cころは朝鮮、8Cには唐から、室町、安土桃山のときには南蛮、江戸に入って蘭学 19Cにワクチンが到来 緒方洪庵が中心となってワクチン接種が進められられました。
蘭方という言葉が先にあり、後漢に編纂された傷寒論を中心としたので、蘭方に対して漢方と名付けたのは、日本人の謙虚さ?なのでしょう。
長野出身の佐久間象山が、明治に入ってはじめて”東洋医学”という言葉を使いました。
ドイツ(プロイセン)の医師を国家資格システムを、明治政府も取り入れます。三国同盟も結んだドイツでしたので、日本の医療に大きな影響を与えます。1990年ころまでは、医学分野では、ドイツ語が必須でした。
ヨーロッパが長い年月をかけた有機化学合成を、日本は僅か4,50年で達成できたそうです。
世界大戦に日本が負けてから、アメリカにシフトしていきます。今の医療は、西洋というよりも、アメリカ医療といっていいかもしれません。戦後、進駐軍のモノの豊かさに日本人は圧倒されます。ペニシリンも戦場の兵士を助けるために大量につくられました。
また1961年に戻ります これは仮説だということですが、その年に、サリドマイド事件が報道されます。その前までは、薬はあこがれのものだったのが、怖いものという意識が日本に浸透しました。今のワクチン接種に抵抗をもつ人が多いのも、これから続いているのでしょうね。
今、歴史に残っているものは、中央のモノ(一部のモノ)里山の暮らしは変化のすくないもの。スギナのお茶は(東城百合子さん)、東京の人には重宝されるけど、田舎の人はあまり反応しない。
ワクチンを打つ、打たない、それもバイアスがかかっていない状態で考えることが大切。
以下は、そのあとのトピックスのみメモ書き。もう眠たいのでここまで。
薬草の役割
トライ&エラーの歴史
綺麗ごとだけじゃない 現代のハーブ事情
薬機法とは?
ミスを許せない日本 副作用に敏感な日本人
コロナワクチン開発
くすりの効果の違い
東洋医学という言葉
薬の裏書を見てほしい!
植物はなぜ薬を作るのか?
あっという間の90分でした。
そのあと、30分の質疑応答がありました。
富山のくすりがどうして有名になったのか?という質問もありましたよ。
10年前に、僕は日本でたったひとりのチベット医になった ヒマラヤの薬草が教えてくれたこと
この本を拝読して、私は生まれて初めてファンレターを小川先生に送りました。それから、ずっとアムチ小川の大ファンです。
以前、氷見であった紫雲膏を作るワークショップに参加したときも、楽しかったなぁ。なかなか時間が合わず、今日、久々に小川先生のお話を拝聴できて、至福の時間でした。
明日から、アーカイブでまた見ることができます。
今日は第一回でした。三回シリーズです。

Welcome
富山県内でケバブを販売しているエラン・デ・ケバブです
ERANdeKEBAB WEBSITE
http://www3.to/erandekebab

ブログを書くスタッフはこちら
☆エラン
 ケバブ屋の主人
☆wenwen
 エランの第一サポーター
☆ボン氏
 サイトのメンテをしています

管理人編集
Archives
QRコード
QRコード