あれは、私が高校生の夏の時の話です。山々に囲まれた田舎に暮らしていた私は、思春期によくある非行だとか、グレたりして遊びに出る事もなく、むしろ遊ぶ場所が無く家でゲームをして過ごしてたりしました。
 夜中の、1時頃のことです。夜更かしに慣れていた私は、特に眠くなることもありませんでした。そしてゲームをやっていると、のどがかわいたな、ジュースでも買いにいこうかなと思いました。女の子が夜中に歩き回るなんて…と思うのが一般的ですが、私はすっかり、窓の外の夜中の暗さに慣れていました。またここが田舎で不審者どころか、人影も車の通りもなく、ぽつぽつ立っている住宅もほとんど灯りが消えておりと人の気配が全くありませんでした。私はむしろ夜中の方が気楽でいいや、などと思っていました。静かで落ち着けるし、誰かに見られているからちゃんとしないと、みたいな気張りが無かったのです。私は、ジャージのままで小銭と家の鍵だけ持って家を出ました。

 鍵をかけてからポケットに突っ込み、私は手ぶらで家の前を出ました。私の周りの5~6件だけの家に通じる、小さな坂道を上り、小さな生活道路を歩き、大 道路に出て、向こう側の生協の傍らに置かれた自動販売機まで行きます。普通に歩けば5分、ゆっくりめに歩いても10分はかからないだろうという近い距離で す。のどを潤すために来た私は、手早く炭酸飲料を選ぶと、その場で少しだけぐびっと飲んでしまいました。夏の暑さとジュースの冷たさに、水滴が滴っていま した。いやに蒸し暑く、運動してもなかなか汗をかかない私でも汗ばむほどでした。
 半分以上は残っているジュースを片手に水滴を垂らしつつ、もう 目的は果たしたし、早く冷房の効いた心地よい部屋に帰りたいという気持ちでいっぱいになり、すぐにまた歩き出しました。大通りを渡り、小さな生活道路へと 入っていきます。そこであることに気がつきました。「……ざっ、ざっ」と、私の10mほど後ろを歩く足音が聞こえます。少し、不気味だなと思いましたが、 この時間に散歩しているおじいちゃんなどはたまに見掛けます。散歩の人か、あんまり落ち着かないけどすぐに別れるでしょ、と思い私はまっすぐ家を目指しま した。しかし、おかしいのです。別れ道を通りすぎてもその足音はついてきます。いやな予感がした私は、少し足早になりました。するとその足音も、足早に なったのです。「ざっ、ざっ、ざっ」しかも、さっきは10mほどは後ろにいたのに、その時には3歩ぐらい後ろから聞こえます。恐ろしくて、うつむき、自分 の足を見ました。音を確かめるためです。私のスニーカーは動きに合わせて、地面をざあっ、ざあっと少しだらしなく鳴らしています。そしてその後に小切れの よい音で、「ざっざっざっ」と聞こえてきます。明らかに自分の足音ではありません。一気に汗が出始め、肝が冷えてきました。こっちは高校生の女の子です。 不審者には格好の餌食でしょう。あとは、もしかしたら、人間じゃなくて……。私は急いで、小走りして家ノ前の小さな坂道を下りました。足音は急いでついて きています。
 私はたまらなくなって、もう目の前にある家の玄関に走っていき、慌てて家の鍵を取り出そうとしました。足音は家のすぐ前で止まりま した。慌てるあまり、うまく鍵を出せず、その気配に背をけているのが怖くなって、鍵を探りながら後ろを振り返りました。……私の家の前の、空いている駐車 スペースに、とても長身の男性の人影がぼうっと立っていました。見ているだけで何もしてきません。しかし、向かいの家の前に小さな灯りがあってぼんやりと ぐらいは全身が見えそうなのに、真っ黒な影に包まれており、表情はおろかどんな服装なのかも分からないほど黒い、影のようでした。私は鍵を見つけ出すと慌 てて鍵をあけ、入ってすぐに戸締まりをしました。
この以前も、その後もこのような体験をしたことはありません。恐らく、心霊的なものに触れたんだろうなと思います。私はこのあと、もう2度と夜中に一人で出歩くことはしていません。なるべくなら、触れるべきではない世界なのだと、本能で感じたからです。