うみゆり日記

錦見映理子の日々の断片。半分くらい妄想です。

おひさしぶりです

ここなかなか書けなくて、すっかりご無沙汰しています。

お知らせをいくつか。

「短歌研究」の9月号から11月号まで、「最近刊歌集・歌書・共選」のコーナーを書いています。
毎月段ボールいっぱいの歌集歌書と格闘中。


「NHK短歌」テキストの10月号から、「ジセダイタンカ」の裏のコラムを書いています。
タイトルは「えりこ日記」っていうかわいいものをつけていただきました。
しかしまだ日記というようなものになっていなくて、二回くらいは自己紹介を兼ねて昔のことを書いています。
一回目はかなり恥ずかしい。ああ。
しかしいつの日か、テレビを見てテキストも買い、一人でこつこつ歌を作っておられるような方の、憩いのおまけコーナーになれるようにがんばります。
本屋さんで思い出したら、立ち読みでもしていただければと思います。

お知らせ

ここ、すっかりさぼっていてすみません。

ところで長年ほったらかしにしていた「波のかたち」サイトですが、一月末でいったん消えることになりました。
サイトを置いていたアサヒネットの契約を終わりにしたのと、今年の予定を加味して、とりあえず動いているうみゆり日記とフォト日記だけでいいかな、ということに。

またサイト作るときは、無料のところを使おうと思います。

でも、もうすっかり個人サイトを運営するって感じではなくなってしまったし、それは無いかな。

もともと「うみゆり日記」と「うみゆり掲示板」だけだったのが、2000年にサイトを作ってから約12年、たくさんの人に訪問していただき、楽しかったです。

また身軽に戻ります。

トップページにリンクやブックマークしてくださっていた方は、お手数ですが、うみゆり日記のほうに修正していただければ幸いです。

今後も、どうぞよろしくお願いいたします。

わかりたくて山に登る

一昨年の暮れに書いたものをリライトすることになり、読み返してみて結局すべて一から書き直すことにした。


ので、忙しい。
山積みの資料の前でぼうっとしているだけのように見えるが、忙しい。
ぼうっとしながら何事か思っているのである。
そしてぽつりぽつりとメモしているのである。
メモはまだ少しだけ。進まない。猛烈にあせっている。しかしぼうっとしているようにしか見えない。
はやくばりばり書いて終わらせたい。だが一ヶ月くらいかかるだろう。
じりじり。。。

昨日は四ヶ月ぶりに表参道のスパに行って三時間メンテナンスしてもらった。
三時間でなぜか八千円もしないのである。表参道で。
何か罠があるのでは。と初めて行ったときはかなり危ぶんでいたが、別に問題なく終わった。
それでまた予約して、忙しくて数回キャンセルして、やっと昨日久しぶりに行けた。

ぶくぶくした風呂に入り、ごりごりの全身をほぐしてもらい、とろとろのオイル(アロマオイル入り)で全身のめぐりをよくしてもらい、最後ぐいぐい足裏を押されて、終了。
かなり疲れがとれた。
そしてごりごりとろとろされている最中も、ぼんやり何事か考えていたのであった。

九月中に必ず、この外見ぼんやり内面じりじり、から脱出したい。
難事業(自分だけには)を一昨年からこつこつやっているのだが、未だ形にならず、これはいったいどうなるのであるか、私はどこに行くのだろうか、と折々鬱々としつつ、まあ、これがだめでも次に向かう手もあるしね、と長い目で自分を見るしかないのであるこのごろ。

ところで、今週の金曜日には例の詩客の時評が更新です。田村元さんの歌集について書きました。この日記のリンク集に入れておいたほうがいいですよね。あとでやります。
あと、まもなく「未来」九月号が出ると思いますが、それにも文章を書きました。受賞第一作なので、ごほうびのおまけで何を書いてもいいよってことだな、と書きたかったことを書きました。しかしこれが猛烈に大変だった。
たとえれば、自分の体力以上の山をのぼろうとした感じ。でも登らないとならない、と切実に思っていたので、無理はありつつ登ってみてしまいました。後遺症でしばらく勝手に落ち込んでいました。。。。何をやっているんだ我は。。。

「歌の「わたし」はなぜ死んだか」というタイトルで、斉藤斎藤さんの歌について、わかろうとしてがんばってみております。読んで、こうじゃない、とかああじゃないか、とか教えていただければ幸いです。とにかくわかりたい。わかるには書かないとならない、というのが自分で情けないですが、そういうものにしか興味がないのも実際で、結局、高い山に体力もないくせに登ってしまうということになるのでした。人様の作品ですから、変なこと書いたら罪悪、と思っておそろしい。でもおそろしいことしかしたくないというのも実際のようで、書くって何だろう、と思います。

ではまたぼうっとする時間に戻ります。

金沢後→大会→お知らせ

五月から、忙しくてすっかりブログを放置していました。

金沢行きの不安を書いたのが最後になっていましたが、あのあと金沢生活を二週間営み、無事目的をある程度達して東京に帰り、さらに二週間かけて、仕事を完成させました。
すぐOKが出たので、これは一段落。

そのあと忙しくしているうちに、気づくともう八月も半ばなのでした。。。




今年の夏の大会(未来の)は、繁忙期だから行かないことにしていたのですが、評論エッセイ賞というのをいただくことになったので、日曜日行ってきました。
体調不良になって直前に日帰りすることにしたので、かなり厳しかった。

会場に着いて歌会を聞いてるうちに元気にはなったけれども、暑いか寒いかよくわからなかったので、熱がけっこうあったかもしれない。

「あらにしきみさんでしょー」と初めてお目にかかる方々にかなり声をかけていただいたので、名札を上のほうにつけておくといいんだな、とかぼんやり思っていましたが、よく考えたらたぶん今月号に写真が載っていたから、顔見て声をかけてくださったのだと、帰ってから気づきました。

写真いやだったけど(からんくんの隣だしさぁ。。。)、よかったなと思いました。

ちなみに、ツイッターでも何度か書いたけど、あの写真は金沢生活のとき、氷見から遊びにきてくれて一緒に能登半島ドライブ(島なおみさん運転)をした際に岡田幸生さんに撮っていただいたものです。旅の良い記念にもなった。

授賞式は緊張したけど、黒瀬さんが賞状受け取るのもあいさつも先にやってくださったので、なんとなく真似してやればよくて、安心だった。
常に後ろに隠れ気味な感じでいると安心だ。
ふだん引きこもって地味な仕事をする生活なので、人前とか金屏風とか、晴れがましいことはたいへん苦手なのであった。パネルとかのほうが緊張しないよね。。。隣に誰かいるし。
そんなわけで、終わってほっとした。

あいさつでは、あのころは毎日まだ余震があったので、書き終わる前に死ぬんじゃないかと本気で思っておびえていたこととか、あの文章がきっかけで野樹かずみさんの歌がドイツで翻訳されて紹介されたらしいことなどを話しました。
自分が生き残ることで必死で余裕がないころに書いたので、あれこれ反省点が多いし、評論といえないような手法で書いちゃったものなので、選ばれたことにはびっくりしましたが、これからも書いていいよという許可をいただいたと思ってやっていきます。

しかし、来年あたり、短歌と仕事のバランスをどうしたらいいか、よく考えないといけなくなるのかなあ、と思っている。仕事で変化があって、時間的精神的なバランスが難しいこのごろ。



お知らせです。

「詩客」というサイトで、半年間、短歌の時評を書くことになりました。

一回目はここです。ご覧いただければ幸いです。
ネットなのでできるだけ読みやすく、難しくなく、好きな歌を紹介できればと思ったりしています。

踏み越える者

金沢行きが迫ってきて、落ち着かない。

ジェットコースターみたいに気持ちが上下する。

とはいえ、どこかで大丈夫だと思っている。今まで三度クリアしているんだもの、今度の挑戦も、きっと大丈夫。

(ほんとに・・・?前よりずっと高い崖なのに・・・?)

まあこんな感じで上下しているのでした。それはそれとして、準備を粛々と進める。

とにかく行くしかない。行って、やるしかない。



最近拾った言葉から。

(デニーズにて。夜十時過ぎ。八十歳以上に見える男性と、七十歳くらいの女言葉の男性のカップル)

「百歳まで生きられるかなあ」
「百歳なんてあっという間よ。四万人も日本にいるのよたしか」
「九十五くらいでいいな」
「そうねそのくらいまでは生きてよ」

(二人でうどんを食べながら)
「象牙、どこに仕舞ったかなあ」
「ワシントン条約の前ね。あなたさぁ、なんでも仕舞いこんで、すぐ忘れちゃうの良くないわよ」
「時間がたつと忘れるんだよ」

(食後のコーヒーを1時間くらいかけて)
「どっちかが動けなくなったらどうするか考えておかないとね」
「動けなくなったらもうしょうがないよ、どっかに入るしか」
「入るってなによ」(女言葉のほう、きんきん声になる)
(高齢男性、もごもご口の中で言ってて聞き取れず)
「いずれにしてもね、動けなくなっても最後まで一緒にいるんだから」
(立ち上がって女言葉の男性が会計しにいき、高齢のほうを助けて、二人で帰っていく。深夜零時過ぎ)




踏み越える、というのはどういうことか、ずっと考えている。
踏み越えた者は、どんな体つきでどんな声でどんな顔になっていくのか。
そんなことばかり考えていたせいで、デニーズであるひとの声に惹きつけられたのだろう。
老人の女は、あんな声にはならない。あんな強くて、あんな不快と快の交じり合った複雑な声には、なかなかならない。

踏み越えたことのない者が、踏み越えた者を書くことができるのか。


AとBと短歌の三角関係

四月は仕事Bに追われていた。

最近私は二種類の仕事をしている。

仕事Bは本業の校正仕事で、これは生活がかかっている。おととしの暮れから始めた仕事Aは、出来たらいつかお金になるかもしれないけど出来てないから一銭にもならないし、出来てもなるかどうかもまだわかならい。
二つ同時にできる仕事ではないので、仕事BをしているときはAは保留、AをしているときはBは断る、ということになっている。

かなり大変。

そのあいだに、短歌が挟まってくるのであった。
歌をつくるのは、仕事を終えたあとに夜中ちまちまちまちま努力していけば、出来はともかく何とかなるが、文章(短歌についての)を書くのはAとBのすきまに入れるのが至難の業なのであった。

それでも私の中ではもっとも重要な任務であるので、なんとか書きました。

それが「未来」五月号にいくつか載っています。

「今月の一人」(歌9首)、「岡井隆『わが告白』を読む」、「オカモトさんのこと」(エッセイ)、の三本です(サザエさん風)。

『わが告白』評は、二月末に、さあこれからだ!という状況になっていた仕事Aを中断して、書きました。

依頼受ける前、私なんかが書いていいんでしょうか?としつこくたずね、受けた後も日に数十回くらい「やっぱり私じゃないほうがいいのでは」とかさんざんくよくよしつつ、でもこれが書けなかったら死んでも死にきれない、と思ってなんとか書きました。

「未来」に書くのって一番こわいです。
岡井さんに読まれるっていう圧がある。大島さんに怒られたらどうしよう、というのもセット圧として存在します(私の中で)。他にも尊敬する歌人が多いので、とてもこわいです。

あんまり不安だったので、提出前に仕事先の編集者(黒い本既読)に読んでいただき、歌人の友達(黒い本既読)にも読んでもらい、さらに黒い本未読の歌人の友達にも読んでもらって、全員OKだったので提出しました。

お手元にある方は読んでいただければ幸いです。自分では落ち込みそうなので読み返せない。

(読んでみたい方で、「未来」をどうすれば買えるか知りたい方はメールをください。)




昨日は未来の作品批評会でした。楽しかった。
記名で一首評をしていくので、人によって岡井さんが厳しくなったりやさしくなったりしているのを聞きながら、自分のところのベテラン歌人にはきついことを言うのだなー、あのくらいのことを言われないとだめなんだ、と思った。
新しく入る方や新人賞をとった若手歌人やネットで作っている方など、外部の方も多くて活気のある会でした。
秋は11月11日にやるようです。どなたでも歌を一首つくって2500円払えば参加できます。
こういうのって他の結社にもあるのかな。




今月は、いよいよ仕事Aを完成させるために、後半金沢でしばらく暮らす予定。暮らすのが必要なのです。
もし余裕があれば金沢日記を更新したいです。


蜂蜜

また変に鮮明でストレス多い夢をみた。


朗読イベントのようなものに出ているらしかった。

マラリー的に次々出ては引っ込む感じの。詩人と歌人が出ている模様。

しかしこのイベントの観客たちが、ものすごい野次を飛ばしまくるのだった。面白くないと「ひっこめー」とか騒いでいる。
それに対抗して叫ぶ詩人。怒鳴る歌人。
気力と体力のイベントなのだった。

私の出番は中盤で、観客も中だるみしている良い時間。さっさと無難にこなし、気楽にステージを袖で見守っていたら。

最後にメインイベント的に詩人と歌人数名が出てきて読むコーナーで、一人の女子(歌人らしく、夢の中では私の友達らしかった)がろくでもない朗読をし、「あちゃー」と思っていたら案の定客席は怒号の嵐になり、読み進めるにつれてとんでもない大荒れに。怒りまくって物を投げる人続出。叫びまくる人多数。
友達の歌人は耐え切れずに泣きながら走って舞台を降りてしまい、ますます「あちゃー」な展開に。

控え室で泣いている友達に向かって「ばかっ!舞台を降りるなんて最低!」とか怒りまくっていたら目が覚めた。

現実での知り合いはほぼ出てこなかったのだが、なぜか唯一、詩人の川口晴美さんに廊下でごあいさつする、という場面があった。


この夢もかすかに現実の心の反映があるような。。。(観客の野次や怒号は、震災と関係があるようだった。そして夢のなかでは、野次が朗読を打ち負かしていた。それに怒っていた夢のなかの私。)




ヘルペスは、薬のおかげで痛みはひいた。強い薬なのだ。

週末はぼさぼさの髪をやっと切りに行くつもりだったが、キャンセルしておとなしくしている。

仕事の資料読みをするが、やたら眠い。



「蜂蜜」を観た。これは映画館で観たかったとつくづく思った。

「ミツバチのささやき」のお父さんも蜜蜂飼ってたなあ、とか、「父、帰る」(これはロシア映画)のことをかすかに思い出したり。
「蜂蜜」は三部作らしいので他のも機会があったら観ようかな。


三月という物語

吉本隆明逝去。

あんな方なのに、なぜか三月が似合う感じがする。冬の終わりの、またはやわらかい春の兆しの。

去年、必要があって島尾敏雄論をあれこれ読んだのだが、吉本隆明の『島尾敏雄』以外のものは何か少し違うとか絶対違うとか少し不足とか思えてしょうがなかった。『島尾敏雄』はわかりにくい箇所もあったが、面白くて何度も読んだ。
『死の棘』の山本健吉の解説には長年違和感がぬぐえず、特にミホを聖女にするやりかたがすごく嫌だったのだが、吉本はそのへんとても丁寧で、きちんとミホを地に結び付け、天上の聖女にはしていなかった。
あの本書いてくださってありがとうございました。


ヘルペスが発生して朝から薬を飲み、昼間の外出を断念。今日しか横美に行けないので、もう松井冬子は諦める。まあいい。それほど観なくてはならないとは思っていない。




「未来」の大会を海外でやっているという夢をみた。とんでもなく大変で、夢の中でくたくたになったので、海外でやらないほうがいいことがわかった。
なぜか豪華パーティが最後にあり、みんな綺麗なドレスを着ているのだが、私だけ荷物がなくなり、平服で出ていて悲しかった。
(心の反映のような気が・・・。みなうまくできているのに自分だけがっていうパターンの夢を、何か書いた後によくみる)




一年たって、自分をまず疑ってかかる思考回路がさらに複雑化。(ていうか前が安易すぎた)

そして一年たって、物語がいちいち作られることに飽きている。

個人の物語が感動的であることと、創作物がいいかどうかは全く関係がない。

小さい声は声のままに聞きたく、創作物はそれだけで見たい。

でもそういうわけにはいかない。

(なぜ?そうくっきり分けるのも変かもなぁ、とも思いつつ。このへんに何かが埋まっている)




相変わらずライフタッチノートで詳細な日記をつける習慣は続いていて、あれを買ってよかったのかもしれない。長年手書きでつけていた日記帳はついに中断のまま放置。

この日記もほとんど放置で、お知らせ日記のようになっていくのかもしれません。たまにこんな断片でも書いて、リハビリ的に更新してみます。


「未来」二月号

ライフタッチノート(モバイルギア的なもの)を買ったため、ここをなかなか更新しなくなってしまった。

毎晩手書きでノートに短めに書いていた日記をキーボードで打つようになり、長々と詳細に書けるようになったせいだ。(手書きにこだわっていたが、やっぱりすごく便利!)

でも、たまにはお知らせ的なものを書いてみます。


去年はたくさん書き仕事をしたのですが、その大半はまだ外に出ず(出せず)、最後に書いた短めのものだけが最近人の目に触れましたので、ご報告します。

「未来」二月号に「いつか必ずくる次の震災のために」という文章を載せていただきました。
短歌の評論なので、あまり短歌をやってないひとには興味がないかもしれませんが、震災のことを書きました。

震災ののち、表現することとは何なのかということをたくさんの人が考えたと思いますが、自分はたまたま結社の誌面で大量に歌を読んで評する仕事を与えられていたために、当時人々の心がどのように動いたのか、さまざまな場所からの小さな声を多数聞いて過ごしていました。
そのことが反映された、一人のちっぽけな、歌を書いている者の心の旅路的な、読み物です。

評論というより、「読み物」(フィクション)であることを一番に考えて書きました。「読み物」とは何か、ということはここでは措くとして。。。

なぜか、劇作家のつくったものに、多くの示唆を受けて書きました。たまたま震災直後に新訳の「ゴドーを待ちながら」を観たのが大きかったかもしれません。(そのへんのことは全く書いてないですが)


ご興味おありのかたは、こそっとメールをください。


と書けるようになったのは、「読みましたよ」と言って下さる方から最近ぽつぽつお言葉をいただく機会があったり、問い合わせをいただいたりしたからです。

大変不安な思いで書いたので、本当にありがたいです。。。心の支えにします。。。


最近はまた困難な指令をいただき、苦難の道を歩んでいます。。。(おおげさ)

がんばります。。。。(ものすごく弱い声)


ともかく、元気にしています。今年は去年よりさらに良いものを書きたい、と思っています。
断崖を登り、美しい空を見る、という感じのものを。

その空の色を、読んでくださる方がもしいるならば、共有したいと思っています。


黒猫を追いかけて

自転車で、見知らぬ人の後を追っていた。

暗い夜道を十分ほど追いかけていた。男の自転車はゆっくり走っていたので、追うのに苦労はなかった。

踏切で止まったので、声をかけた。

「そこは何時まででしょうか?」
私の声が心配そうに響いたのだろう。男は振り返って、「うーんと、少なくとも七時まではやってますから」と言った。「ここ渡ったら、もうすぐですから」



四十代後半くらいにみえるその男は、クロネコヤマトの営業所の前に停めた自転車の横で、ニット帽をかぶって帰り支度をしていた。
シャッターがしまってもう暗くなっている営業所に着いて、途方に暮れた私は、そのひとに声をかけるしか道がなかった。
「もうクロネコさん閉まっちゃいましたか!?」


「どうしよう明日の午前中までに届けないと」と騒ぐ私に、「もっと大きな営業所はまだやってます、明日の午前中に届くかどうかはちょっと自分にはわからないけど行ってみますか?途中まで行くのでじゃあ一緒に」と道案内を申し出てくれたのだった。

男のあとについて、寒い夜道を長い間走った。
このひと、もう自分の帰り道よりずいぶん遠くまで来ちゃったんじゃないだろうか、と思った。

丸顔に黒縁めがね。グレイのニット帽をかぶって、カーキ色のよれよれしたダウンコートを着ている。自転車の前かごには、布のエコバッグみたいな袋を入れていた。
このひとはあそこでアルバイトでもしているんだろうか。雰囲気や口ぶりから、ドライバーではないのは確実だった。社員でもないだろう。仕分けとか事務とか?
悪いなあ、アルバイトだったら、時間外にこんな道案内させられて、迷惑だろうなあ。

それでも私は明日までにこのゲラを送らないとならないから必死だった。まあだめだったら自分で持って行けばいいのだが、明日はやっとのことで休みができたのだ。送ってしまってゆっくり休みたい。
そもそもなぜ今日に限っていつものセブン−イレブンの集荷が早く終わってしまったんだろう。こんなことならもっと早く持って行けばよかった。


「ここ渡ったところ、あそこに看板があるの、見えますか」
男は信号前で自転車を止めた。
向こう側にクロネコのトラックが出入りしているのが見える。
「はい!ああ、ほんとに助かりました。ご迷惑おかけしてすみません。ありがとうございました。」
頭を下げる私に男は「いえとんでもありません」と言って自転車の向きを変え、走り去った。

ガラスの引き戸を開けて、「明日の午前中都内あての、まだ間に合いますか!?」と叫ぶと、いかにもクロネコ歴長いって感じの浅黒い顔のおじさんが、カウンター越しに「あと15分あるから大丈夫!」と引き取ってくれた。

よかった。あのひとのおかげで間に合った。

のんびり来た道を今度は一人で戻りながら、もう会うこともないだろう人のことを思い出していた。あのひとはどういう仕事をしてる人なのかなあ。営業所の閉まる時間を聞いてもわからなかったけど。どんな来歴ののちに、あそこでアルバイト(と決めつけている)するようになったんだろうか。

おっとりした雰囲気の、ものやわらかな人だった。




年が改まりました。
今年もたまーに更新するので宜しくお願いいたします。

年末年始は例年通りいつものように仕事していました。
二月に出る辞典の仕事です。

ゲラを戻す直前に未来の新年会があり、忙しかったけど行ってよかったです。
午前中のシンポジウムがかなり刺激的でした。

上記は、翌日仕事を終えてほっとした暮れ方のことでした。
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Profile
錦見映理子(にしきみえりこ)
校正の仕事をしています。
また、短歌などを書いています。
2003年第一歌集『ガーデニア・ガーデン』上梓。
購入希望の方はこちらへメールください。
eliko38@hotmail.com
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