2005年02月08日

個人情報は言論じゃない

 記者のブログがまたひとつ消えてしまいました。経緯は一ヶ月前の「素晴らしき世界」の場合とほとんど同じです。

 つまり、問題のある記事にコメントが多数寄せられる→挑発的な記述を書く→さらに読者の怒りを買ってコメントが殺到、同時に2ちゃんねるで問題視されいわゆる「祭り」となる→コメントやトラックバックをすべて削除→それでも収まらず、ついにはブログそのものが閉鎖、という流れです(詳しい時系列には間違いがあるかもしれません)。

 問題になった論点は、従軍慰安婦問題や南京大虐殺についてでした。たまたま休みだったこともあり、リアルタイムでこの騒動を見てました。また後日、2ちゃんねるの過去ログも読みました。
 このブログ、たいへん失礼ながら、思想や主義主張以前の代物でした。記述や対応を見るたびに「ひえ〜」「ぅわっちゃ〜」「あいたたたた〜」と頭を抱えてしまいました。

 今回の騒動で「素晴らしき世界」のときと共通することが、もうひとつありました。書き手の氏素性が暴かれたことです。筆者の本名、勤務会社、勤務地、出身大学が2ちゃんねるで探され、明らかにされました。今ではもっと詳細な情報が流布されているかもしれません。
 「素晴らしき世界」のときも思いましたが、そんなことをして何の意味があるのか、慰安婦問題や南京大虐殺といった論点とどのような関係があるのか、まったく理解できません。ごく一部の人がやったことだとは思いますが、議論の本筋には何の益もありません。

 当該ブログに寄せられたすべてのコメントを読んだわけではありませんが、多くは筆者へのまっとうな反論でした。かつて「新しい歴史教科書をつくる会」と反対派の間で交わされた論戦と同じような、事実を巡ってのものです。
 一ブログ内での近現代史論争で、筆者の本名や立場を求める必要はないと思います。それを言うなら、あのサイトの管理人も、あのブログの筆者も、素性を暴かれてもおかしくありません。
 でもそうはならない。今回はそうなった。なぜだろう?書いているのが記者だから?読者を小馬鹿にした対応をしたから?
 そうかも。でも、そのことと個人情報が公にされることとは、結びつくようで結びつきません。

 言論には言論で闘えばいい。議論はどんどんすればいい。馬鹿にされるようなことを書かれたら、そのことを非難すればいい。その結果、相手がサイトやブログを閉鎖したら「逃げた」と勝利宣言すればいい。そして第三者(読者)の判断にゆだねればいい。ただそれだけのことです。
 でも、記者を名乗っていても、一私企業に勤務する、しかも業務とは関係なくやっている筆者の個人情報を、たとえネットに散らばっていたものをかき集めただけであっても公表することは、言論の名に値するとは、どうしても思えないのです。
 当該ブログの記者は「コメント欄で個人情報が書かれた」といったことを記していました。閉鎖された今となってはどれが該当する記述なのかはわかりませんし、知ったところで意味はありません。その人が個人情報だと判断したから、それは個人情報なのでしょう。
 コメント欄には記者の素性を探そうと呼びかけるものもありました。
 議論としても、フェアではありません。

 なぜブログを全削除したのかは、当人に聞かなければ本当のことはわからないでしょう。個人情報を明かされたことで不都合があったのか。それとも逃げるための口実なのか。他にも別の理由があったのか。
 ただ、記者に真っ向から議論を挑んだ人のなかには、残された真っ白なブログ跡を見て「反日偏向記者をやっつけた。ざまーみろ」と思うだけでなく、過程と結末にほろ苦さを感じる人もいてほしいと思います。
 (この話、続きます)

 この件についていろんな人がまとめを書いていますが、記者の個人情報が掲載されているものも多いため、私からのリンクは控えたいと思います。
 また、新聞記者の「ガ島通信」さん(「「しがない記者日記」で起きたこと」)、通信社記者の湯川鶴章さんの「ネットは新聞を殺すのかBlog」(「またしても記者ブログが1つ撃沈 」「潰されない記者ブログ」)でも取り上げられています。他の現役記者の方のご意見も伺いたいところです。
 私と同じことを考えていた方に「うたたねの記」さんがいます(「あきれた!!〜いわゆる「しがない記者日記」騒動についての個人的感想〜」)。もっとも私なんかよりはるかに文章のキレがいいですが。

Posted by eriteruohashi at 02:27
この記事へのトラックバック
また「記者」ブログが炎上しました。詳しい経緯は幻影随想「しがない記者日記騒動まとめ」をご覧ください。私は何度も言っているように、ブロガーがどんな方針でそのブログを運営するかは人それぞれで(逃亡も含めて)、そのブログへの感想・批判もそれぞれだと思っています
「しがない記者日記」で起きたこと【ガ島通信】at 2005年02月08日 11:57
今回の祭りでも、当該ブログの管理者の氏名や勤務先などの個人情報が明らかにされました。 これについては、いろいろ議論があるところです。 「しがない記者日記」でおきたこと(ガ島通信) 個人情報は言論じゃない(芸能問題総合研究所ANNEX) 私の考えを短くまとめ
祭りにおける個人情報晒しについて【若隠居の徒然日記】at 2005年02月08日 19:43
 サッカーについても書こうかと思っていたのだが、例の「しがない記者日記」騒動が思わぬ方向に飛び火しているので、それについて触れようと思う。この騒動についての僕の個人的見解はこちら。  さて、先日の「しがない記者日記」炎上の一件だが、てっきり純粋な自然発
飛び火した「しがない記者日記」騒動〜切り込み隊長氏と小倉弁護士間の議論についての個人的感想〜【うたたねの記】at 2005年02月10日 15:53
この記事へのコメント
初めまして。楽しく読ませていただきました。
確かに、個人情報が流出してしまうのは異常といえると思います。

しかし、論点がすりかわるのを承知で言いますが、問題は
「言論人が匿名で言論を発したときの、言論人の責任の取り方」
なのではないでしょうかね?

記者の方が、署名記事を書くということは、
確かに大変勇気の居ることだと思います。
しかし、それは、同時に責任の所在を明示しているわけです。

責任を取る気の無い無責任な言論がプロによってなされては
その他のプロに迷惑だと思います。
そういう意味においては、個人情報を晒されるのも仕方が無いと思います。
個人情報を自ら晒して、書いている方に失礼ですから。やっぱり。

匿名の記者ブログでも、やはり対応をきちんとしています。

きちんと、ブログを開設した以上、責任を引き受けるべきで
それは、記者ブログであっても、そうではなくても当然ではないでしょうか?

責任を引き受けたくないんであれば、
「記者」の肩書きは外すべきですし、
「不勉強な内容」のテキトウな発言をすべきではないと思います。

それが出来ないんであれば、晒されてもある程度仕方が無い。
それが、無責任な言論をしたプロの責任のあり方を問う唯一の術ですから。
と僕は思います。
Posted by こう at 2005年02月08日 08:29
お久しぶりです。

詳細は若隠居のブログに書きましたが、個人情報を晒す件は、大橋さんのおっしゃるとおり、好ましいことではないですね。

ネットにおける危機管理・危機回避のモデルケースって、大橋さんの場合も入るんじゃないのかなあと思いますよ。どうやって危機を回避できたのか、大橋さんのご経験やそのときの心情などを交えて語ってくださると、とても面白いと思います。これ、私のリクエストです。
Posted by 若隠居 at 2005年02月08日 19:57
彼の場合すばらしき世界の時と同じような馬鹿にした対応を取り、朝日vsNHKの事件の時に朝日の人間でない振りして朝日擁護するマッチポンプな事を書いたりコメントをつけてる人間を馬鹿にした対応を取ったのが問題であったと思います、彼らがJSF氏クラスの論破能力を持ってればこんな事にらならかったは思いますが。
Posted by ebi at 2005年02月08日 21:50
 皆様コメントありがとうございます。こうさんのご指摘、論点のすり替えどころか、その部分こそがまさに根幹だと思います。
 「お前らマスコミは会社の看板の上にあぐらをかいて安全圏から偉そうにほざくくせに、間違っていても認めようとせず「言論の自由」とやらを振りかざし、でも圧力団体やスポンサーには(以下延々と続くが略)」といった無責任体質への潜在的・顕在的怒りがあったことは間違いないでしょう。たとえ業務外の、いわば「余技」だとしても、記者を名乗る人の発言は市井の人よりはるかに重いことを、すべての記者に分かってもらいたいと思います。

 もちろんediさんのおっしゃるとおり、当人の対応が火に油を注いだことは言うまでもありません。記者だということを除外しても、あの対応は「まずい」ではなく「ひどい」ものです。時事の湯川さんが挙げていた誠実な記者ブログの筆者とは正反対のものです(JSFさんという方は存じませんでした)。

 だからといって、個人情報の暴露が記者の責任を追及することにはならないと思います。
 今回の騒動をはたから眺めていて、気に入らない者への弱いものいじめのような印象を受けました。「素晴らしき世界」のときよりもまったりとしたものでしたが、それでもある種の暴力性を感じました。真面目な反論者にとっても、望んだ事態ではなかったのではないでしょうか。

 筆者の責任を問うこととは少し違いますが、今回のことに限って言うなら、「無視」が一番だったのでは?(無視しろと呼びかけることではなくて)。
 誰にも読んでもらえないことは自己顕示欲が強いサイト管理人にとって最も辛いことですし、そうなれば自滅か、小さな殻に閉じこもるか、考え方や書き方を改めるか、いずれにしても悪いことにはならなかったでしょう。
 私だって、あのブログは騒動になってなかったら黙殺してました。「ふーん、人生いろいろ、記者もいろいろ、プロもいろいろだなー」って。

 (仕事のトラブルで疲弊しているため支離滅裂なレスですいません)
Posted by 大橋輝久 at 2005年02月09日 02:25
下らない遊びはしないで言論で勝負しろって点では貴方と意見は全く同じなわけだが、

個人情報と判断したなら個人情報というなら
中傷と判断したから削除、荒らしと判断したからアク禁
・・・まさしくジャイアニズム。まさしくオレ様原理主義。
・・・道理なんかあったもんじゃないと思うぞ。

個人情報すっぱ抜きはパソ通時代からの嫌がらせの常套手段らしい。
相手に恐怖心と能力の差を見せ付けるのに効果的だからだと思う。
しかし、彼らはIPを抜かれたりしたわけではなく、過去の書き込みから特定されただけだが・・・個人情報を隠したいならもう少し気を使いましょうと言いたい。

結局今回もネットウヨ(俺も括られるらしい)が○○(自主規制)に馬鹿にされて馬鹿なことをして真面目な右派左派両方に呆れられたということだな。その際に私ら右派は○○の愚かさを重視し、左派(大橋さんも?)は馬鹿の行動を重視したからちょっとしたずれが生じたわけか。

しかし貴方は前回は擁護のタイミングが遅いし、今回にいたっては旗艦が沈んでから作戦行動を取り始めているし・・・マゾ?味方からの放置プレイ好き?・・・幸あれ。
Posted by オッパイ派 at 2005年02月09日 04:36
今回の件は、自分の素性を隠して、あたかも第三者のフリをして朝日新聞を擁護していたから暴露されたんじゃないでしょうかね。先月の事件も、記者の方が先にコメントした人のIPを暴露したのがきっかけでしたし。ソニーゲートキーパー事件と同じような匂いといいましょうか。
Posted by こんにちは at 2005年02月09日 04:57
お疲れ様です。
記者ブログって大変だと思うんですよね。
匿名でやっててもですが、仕事とブログの両立?というか
ブログで引きずられるのは良くないと思いますし。

僕は、氏名が晒されえるのはまだしも、
他の情報が流されるのは異常だと思います。
でも、記者と名乗ってしまったんだから、新聞社まで
発見されるのも仕方が無いかなと思います。
ただ、それ以上は、やはりやめたほうが良いかと思います。

こういうのも、いろいろな事件が起きていくうちに
だんだん基準が出来てゆくんだと思います。
Posted by こう at 2005年02月09日 18:16
「個人情報は言論じゃない」、もちろんだと思います。

 善悪の話は置いておきますが、ネット上の匿名性を背景についても考えて判断する必要があります。以下、釈迦に説法の部分もあると思いますが、ご容赦下さい。

 今回は「検索」と言うネットの最も重要かつ有効な利用方法のみで情報に辿り着いています。ネット上の多くの情報を数秒で検索し、見つかった情報からリンクを辿って関連情報を探る。その気になれば誰でも可能です。今回のケースは、個人情報を公開した人以前にも、多数の人が実名を知っていたと思われます。個人の情報発信量が増え、個人間のリンクが進んで便利になるほど、匿名性は下がっていきます。
 そんなネット環境で「公開情報」の範囲を現実的にどう考えるかは意見の分かれる所だと思います。ネット外での「公開」と同義とする意見。いや、それは非現実的だとする意見。ネットとの付き合い方で意見が分かれます。この辺にジレンマが有ります。

 現実社会とネットでは、遭遇する人の数が桁違いです。そして相手は基本的に匿名です。ネット上で関わる全ての人に一様に倫理観を求めるのは、現実社会よりもはるかに困難です。倫理観のみのスタンスでいくら呼びかけても、幾度と無く繰り返される事と思います。現実としては、自己防衛しかありません。現在のネットは個人情報の危険地帯です。それ故に、自分を守り、関係者に迷惑をかけない為には、発信者側の自己責任も考える必要があります。

 今回のケースのように象徴的ではなくても、女性のブログの記事が原因でストーカー被害に合うケースは多いようです。
 報道関係のブログで問題が続いた為、言論と結びつけて話題になります。しかし匿名性の問題は「言論」とは関係なく各個人、そして所属する団体の脅威です。

 「言論の発信者と押し寄せる対立者」と言う構図の中、余りにも視野が狭くなった状態で論じられているように思います。

 情報発信者が自己防衛を責任と考える事は、ネットの快適な利用とその発展にも繋がると考えます。いかがお考えでしょうか?

 今回の件についての個人的意見ですが、所属先の問題を話題にした事、投稿者への対応、全くの無防備さ、全てについて「自己責任」を問われるケースだと思っています。確かに注目された原因には思想の違いが有ったかも知れませんが、その段階で彼は喜んで煽っている状態でした。以降は言論云々とはほとんど関係が有りません。大勢が押し寄せた事は、彼の一人芝居が招いた事であり、個人情報の件については、今のネット環境で必然的に起こった、止めようの無い事故であったと思います。

 話をすり替えたつもりは有りません。公開した行為の是非について、議論は当然あると思います。ただ、言論を離れた第三者として、今回の件をネット全体の問題として見る事が出来れば、もう少し違う要素も見えてくるのではと思い、お節介とは思いながらも書かせて頂きました。

 文章は書き慣れておりません。乱文、駄文をご容赦下さい。
Posted by tombo at 2005年02月10日 11:22
 お返事遅くなってすいません。他の方のブログもいろいろと読みましたが、倫理的な解決は期待できないみたいです。だとするとやっぱり、現実的な対処方法は、ネットに匿名性はないと思って自分からは情報をなるべく公開しないこと、くらいでしょうか。
 ただ、これだとネットは面白くない。匿名性の弊害は多々ありますが、匿名だから面白い文章や文化が生まれる面もこれまた多々ありますし(2ちゃんねるについてご批判いただいた後にちょくちょく覗いたりして思ったうちのひとつがこれです)。
 その一方で、反作用が怖いのなら文章を公開するのはやめるべきとも思います。でも、ブログを書いているのはほとんどが言論のプロではない小市民です。そういう人たちにそこまで要求するのは(現時点では)どうかなあとも感じます。
 まあ、そのうちブロガーにもコメントする人にもルールやマナーが生まれてくるんでしょう。それまでは気を遣って自己防衛するしかないのだと気の弱い一小市民たる私は思うのです。
Posted by 大橋輝久 at 2005年02月13日 23:50