ディーノ・ブッツァーティ(Dino Buzzati, 1906-1972)というイタリア人作家の『石の幻影 ―短編集』("Il Grande Ritratto" 1960,1996 / 大久保憲子訳、河出書房新社、1998)を読む。表題作の中編「石の幻影」のほかに、「海獣コロンブレ」「一九八〇年の教訓」「誤報が招いた死」「謙虚な司祭」「拝啓 新聞社主幹殿」という短編5本からなる作品集。
ブッツァーティという作家は「幻想的でシンボリックな作風から〈カフカの再来〉と言われた」(カバーより)そうである。この作品集に収められた作品はSF風の作品あり、ブラック・ユーモアに満ちた作品あり、微笑ましい作品あり、幻想的な作品ありとバラエティーに富み、どれもなかなか面白かった。
まずは「石の幻影」。軍隊の監視の下、静かな山奥に密かに建設された巨大な建造物。その建造物は人工知能を備えた巨大な機械だというのだが、そこにはある女の魂が閉じ込められていた。
最初から中盤まではユーモア作品だと思っていた。軍隊から招聘されたイスマーニ教授は、ある任務の遂行を依頼されるのだが、その任務というのが誰に聞いても謎で、中盤までそれがまったく明らかにされないのだ。彼が施設に行き着くまでの経緯が長たらしく、読んでいてだんだん苛々してくるほど。
だが、いざその巨大施設に辿り着いてからの展開が面白い。以前読んだ『モレルの発明』や『未来のイヴ』のようなSF要素のある作品を連想させる。その人工知能のもととなった人物というのが奔放で気まぐれで高慢な女性であるという点がユニーク。あまりにも大きな建築物である機械が、どのように「思考」するのかという描写も面白い。でも最後のオチはちょっといかにも、かも。最初の予想とは違ってなんだか切ないラストだった。
他の短編もそれぞれ良かったのだが、なんといっても一番素敵だったのが「海獣コロンブレ」だ。伝説の海獣コロンブレに生涯追われる運命を背負った男は、危険だと承知しつつ船で送る人生を選ぶ。海獣コロンブレにもなぜか惹かれる。いざコロンブレと対決するとき、コロンブレから聞かされる意外な事実。おとぎ話風でなんだか切ない物語。短編なのに、すごく心に残った。
あと「謙虚な司祭」は、以前読んだブラッドベリの『とうに夜半を過ぎて』の中の短編「板チョコ一枚 おみやげです!」に似た感じのほのぼのとした作品で、とても良かった。
ブッツァーティのこの本が面白かったので、光文社古典新訳文庫の『神を見た犬』を購入した。これから読みます。でもこの作家、もう「古典」扱いなの?