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「右翼の戦争展」こと「もうひとつの戦争展」を取材。民族派に「日本人とはなにか」と聞く。(前半)

8日15日、「日韓併合100年・東海行動企画・見て!知る!朝鮮と日本の100年間 映画上映会」にて遭遇した在特会の人が「仲間の人達がやっている」と話をしていた「もうひとつの戦争展」を取材してきました。

・「日韓併合100年映画会」にて在特会と遭遇。特に騒ぎは発生せず、警察に邪魔される
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まず初期情報は、私の「戦争体験などお年寄りに聞いて、共有していくのは、左翼の専売特許ではなくて、右翼もしなければならない仕事なのでは」とい問いかけに対して、在特会のチラシ配りをしていた人が
「名古屋市博物館で、在特会ではないけども、8月10日から15日まで、仲間の人達のやっている展覧会がある。今年で9回目である」ということを教えてくれたものです。    

「第九回もうひとつの戦争展・日本入門・日本の誇り」の入り口の様子。
「第九回もうひとつの戦争展・日本入門・日本の誇り」の入り口の様子。

 

さっそくインターネットで、博物館のHPを調べますが、そのような展覧会の案内はのっていません。
「もうひとつの戦争展 博物館」で検索しても情報がでてきませんでした。
さて、どうしたものかと思い、博物館に電話して「もうひとつの戦争展」というものが、そちらで開催されていると聞いたのですが、どうもHPには掲載されていないようですが、なにかの聞き間違いでしょうか」、ということを聞いたところ、しばらく間があって「その展覧会は日本入門・日本の偉人伝というものだと思います」という返答でした。
丁度前の記事を書いていたところだったので、右翼左翼両方の戦争展のインフォメーションをのせたいので、なぜ名前が違うのか、主催者はどたらですか、ということを聞くと、主催者は団体とかではなく個人の方の申し込みなのでそちらにきいてください、ということで連絡先を教えていただきました。    

まぁ、申請の手順にも、いろいろとあるでしょうから、個人名義なのはよいとして、連絡をとろうと何度も電話しましたが、つながらず、結局、前回の記事のインフォメーションには間に合いませんでした。    

あらためて博物館のHPを確認したところ「日本入門/日本の偉人伝」という展覧会は確かに開催されているようです。
仕方がないので、会場に直接見に行ってみることにしました。    

会場である博物館の3階のギャラリーが会場になっています。
このギャラリーは、博物館が開催している常設展や特別展などと違い(1階や2階で開催しています・現在はボンペイ展)、市民が誰でも借りれる場所で、実は筆者も写真展やアンデパンダン展などを開催した記憶があります。
ですから、この場所での催し物は、博物館が開催に関与しているわけではありません。    

3階には何部屋かの貸ギャラリーがあるのですが、あがって左手の奥のほうが「もうひとつの戦争展(日本入門/日本の偉人伝)」の会場でした。    

会場前にはイスが並べられており、内部には無数のパネルが展示されていて、液晶モニターで戦争関連の映像が流されています。
会場には、まばかに人が来ており、なかには子供連れの方もいます。    

イスに座っている主催者の方に取材をしたい旨をお伝えして、主催者の方にお話を聞きます。
かなり突然な申し出ながらも、快く応じていただきました。   

「もうひとつの戦争展」の実行委員会代表の井上寛康(新しい歴史教科書をつくる会)さんと、スタッフの水田秀年(チャンネル桜を支援する会)さん。
「もうひとつの戦争展」の実行委員会代表の井上寛康(新しい歴史教科書をつくる会)さんと、スタッフの水田秀年(チャンネル桜を支援する会)さん。

 

●主催者に聞く「もうひとつの戦争展」開催の経緯   

 

今回お話を聞いたのは、水野淳子(日本世論の会)さん、井上寛康(新しい歴史教科書をつくる会)さん、福眞剛司(数学講師)の三人です。    

Q:今回の展覧会の主催者はどのような人達ですか?
A:「もうひとつの戦争展実行委員会」です。
実行委員会には、いろんな団体の方が参加しています。
名古屋市博物館で開催するのは初めてですが、今年で9回目となります。    

Q:実行委員会のメンバーはどんな人達でしょうか?
A:それぞれ参加している団体が違います。
保守系にもいろんな団体があって、それぞれの会の有志が集まっています。相互に人がかぶっていたりします。
参加している人達のかかわっている団体がたくさんあるからといっても、団体として正式に参加しているというわけでもありません。それぞれの団体も人が少ないです。
かかわっている人たちの組織として、新しい教科書を作る会が二つ(分裂して二つあるようです)、日本会議、世論の会、日本李登輝友の会などがあります。
組織として参加しているわけではなくて、有志として参加しています。独立採算です。
編集委員は半年ほど前の年末ぐらいからあつまって、今年はなにをしようかということを決めます。
1月か2月頃にはテーマをきめて分担を決めます。
いまは5~6人ほどです。最初は3人でした。数が少ないほうが意思統一がスムーズで動きやすいです。    

Q:いままでの展覧会の参加者の規模は、だいたいどれくらいでしょうか?
A:今年は多おくて1000人ほどです。
例年では300人ほどのこともありました。
開催した当初は、左翼の戦争展を開催していた中小企業センター(*1)で同時に開催したので、とても入場者がおおくて6000人ほどでした。
参加者の多くは、会場でイベントをしたときなどの参加者も入っているので、展示を見にやってくる固定客は、あまり多くはありません。
最初に中小企業センターで開催したときには、とても多くの参加者がきましたが、そのあとは会場がなかなかよい場所がなく、厳しい状態でした。    

Q:開催の経緯をおしえてください。
A:左翼の人達の開催している「平和のために戦争展」というものが、20年ほど開催されていますね。
私達は毎年、この展覧会を見て悔しい思いをしていました。
パネルも綺麗に作られていて、日教組がかかわっていて組織力もあるし、生徒が夏休みの課題として動員されて、見に来たりして、子供達にも広まっている。
いっぽう私達は、パネルの作り方もわからないし、プロとし関わっているスタッフもいないし、どうやって会場を借りるのかも、わからなかったのです。
そんな状態で、私達は「やられっぱなし」で、何年も指をくわえてみていたわけです。    

そして10年ほど前、世論の会の静岡の人達が、パネルを作ったので、ノウハウを教えてもらって、初めての「もうひとつの戦争展」を企画しました。
最初の展示は、左翼の人達の戦争展と同じ建物で開催しました。
マスコミもたくさん来て、とても注目されました。
私達は左翼の人達の戦争展と一緒にやりたいと思っていますが、左翼の人達は嫌なようです。
来年は10年めなので、なにか企画をしたいと思っています。    

Q:博物館での開催は初めてと聞きました。
A:開催当初の3~4回、中小企業センターで開催しました。中小企業センターがなくなってしまって、そのあとアスナル金山で2年間やりましたが、会場が高いので、中電の伏見、中電の東桜会館で開催しました。
場所によってずいぶんと来場者が変わります。
この場所が来年も借りられれば、来年も開催したいと考えています。
この場所ですと、博物館にやってくるお客さんもついでに見てくれるので、よいと思います。
左翼の戦争展がこの時期なので、似たような時期で開催したいと思っています。
お盆休みに開催すると来館者も多くなると思います。    

Q:展覧会の運営費はどのようなまかなっていますか?
A:来場者のみなさまからの寄付でなりたっています。
あとは冊子の販売です。こういった場所では販売はできませんので、寄付をいただいて、そのかわりに冊子をさしあげる、という形にしています。    

Q:戦争展という割には、戦争にかんする展示が少なめですね。
A:対抗してはじめた当時は、左翼の人たちの展示で南京大虐殺があった、ということが書かれていたので、南京大虐殺がなかった、日本は変な軍隊ではなかった、ということを主題としていました。
しかしそのような展示ばかり続けているわけにもいかないので、変化してきています。
2004年2005年には、日露戦争100年ということもあって、日本は侵略ではなくてこんなに立派に戦ったんだ、という展示をしました。
そのあとには、大東亜戦争で日本が侵略戦争を起こしたといわれているけど、実際には強いられた戦争で、アジア諸国は日本が戦ったおかげで開放された部分もある、という展示を行いました。
ほかにも、中国が虐殺行為などをしている少数民族やウイグルのことを取り上げたりしました。    

Q:ネットで検索してもこの展覧会のことがわかりませんでしたが、あまり情報が開示されていないのでしょうか?
A:インターネットのことに詳しいスタッフが少なく、情報の発信がスムーズではないかもしれません。
保守系の団体のネットワークで情報を流てもらっています。
固定的なファンな方々には郵送で手紙を出して案内を出しています。
保守系のひとたちのSNSがありまして、FreeJapanやmy日本といったSNSで宣伝をしています。
チャンネル桜の方にも協力してもらっています。    

Q:この展覧会のことは、在特会のチラシを配っていた人にきいたのですが、関係性はあるのでしょうか?
A:(福眞)直接関係はありませんが、関わっているスタッフの中には、個別に在特会の活動に関わっている人が何人かいます。
Esamanさんが話をした在特会でチラシを配っていた人も、私達の実行委員会で展示の企画をしている人で、中核メンバーの一人です。
誰が在特会に関わっているか、ということを把握しているわけではないです。
それぞれのメンバーいろんな所に顔を出しているので、活動がかぶっています。
私も、実行委員会で会ったときなどで、在特会の問題の話などをしていて、ああこの人は在特会に関わっているんだな、と思ったりしますが、直接連携しているわけではないです。
もちろん、おおきな枠では、在特会の人達も仲間のようなものですし、関わっている人も何人かいますし、連帯したいという提案をされれば歓迎ですし、在特会の人達が展覧会に来るのは歓迎です。    

Q:みなさんは「右翼」という表現でよろしいでしょうか?
A:右翼というと街宣車に特攻服というイメージですが、私達はちがいます。
ごく普通の一般市民です。一般市民です。右翼がなにかという定義によると思います。    

Q:左翼や右翼というのは他人から言われる呼称だと考えるとどうですか? 保守や民族派というのはどうですか?
A:(水野)保守だと思います。日本を守りたいと思っています。
人から言われる呼称だと考えると「右翼」という言い方でも間違いではないかもしれません。
「日本のこと良い国だといいたい普通の人達」という表現がもっともしっくりきます。
左翼は、日本が嫌いな人たちや、外国に利益を差し上げてしまう人たちだのことだと思います。
民族派といえば、福眞さんは大学生の頃に民族派として活躍していましたね。    

Q:学生で民族派というのは、どのようなことをするのですか?ヘルメットと火炎ビンの左翼と戦ったのですか?
A:(福眞)自分は東北大だったのですが、中核派が沢山いました。バリケードを作って占拠したりしていましたて、白いヘルメットは見ましたが、火炎ビンやジグザグ行進する様子は見ていないですね。
学生だった昭和62年頃、昭和天皇がはじめて沖縄にいかれる、という話がありました。
実際には体調不良で実現しませんでしたが、私は先輩に誘われて沖縄に行って、天皇陛下をお迎えできるような準備をしました。
(井上)私は安田講堂攻防戦の少し前に学生だったので、大学構内で戦う左翼をみました。
当時は保守とか政治のことには興味がなかったのですが、大学内では、革マルの人達がバラバラといて石やなにかを投げていて、そこに民青の人達は棒をもって大勢で行進してやってきて、戦っていました。    

Q:民族派というのは、みなさんにとって自称ですか?
A:(福眞)私は学生の頃、自称として使っていました。右翼と呼ばれるのなら、それはそれでかまわないと思います。
(水野)私は学生の頃は日教組教育を受けていたので、目覚めたのは社会人になってからです。保守ではありますが、民族派はあまりなじみがない呼称です。    

Q:左翼とはなにか、右翼とは何かということを、聞いて回っているのですが、どうお考えですか?
A:(井上)何かで読んだのですが
「左翼や革新は理性をもって現状に対して改善をしていく存在で、右翼や保守というのは、よくわからないことに関しては、理性を信じるのではなくて、とりあえず昔のやりかたを保持したいと考える人達だ」ということを聞いたことがあります。
私たちは人間の理性で考えてもわからないことがあると思うので、保守勢力だと思います。    

Q:そのような定義で、みなさんは納得されますか?
A:この定義でどちらかと聞かれれば、理性で変えていくのではなくて、昔のやり方を保持する保守勢力ということで、納得できます。
(福眞)20年前は、親米かどうかということが重要な論題で、保守勢力の中でも反米勢力が民族派として意識されていました。    

(この定義の話は、左翼からも時々聞く話なのですが、左翼も「革命幻想」「人民決起妄想」のような理性的じゃない事を語っている人がたくさんいると思うのですが…私の場合、この定義による保守か革新かという判断は、ケースバイケースであり、それによって「左翼だ右翼だ」と決定されるのはナンセンスではないかと思います)    

Q:行政は「左翼」ではないと思いますが、みなさんは行政のしていることに反対なのですね?
A:(井上)反対です。うそばかり書いてあります。
私たちは、日本がよい国で誇りを持ちたい、ということをいっているだけの普通の人です。
私たちの作る会の教科書も少しだけ採用されていますが、おおくは組織力がある日教組が反対しているのです。    

Q:在特会の人たちが「韓国も朝鮮も国として認めています」と話をしていましたが…
A:北朝鮮とは国交がない状態です。正式に条約を結んでから国交をもつのが普通ですから、国交がありません。
でも人との行き来はある状態です。日韓基本条約(*2)では、もう賠償などのことは済んだという話になっているし、
日本はいろいろな財産を朝鮮半島の置いてきました。      

・「右翼の戦争展」こと「もうひとつの戦争展」を取材。民族派に「日本人とはなにか」と聞く。(後半)はコチラ。ただし、JANJANの元記事では一本にまとまっています。