2017年05月19日

倒産した会社のN君

先週、古い名刺を整理していて、懐かしい会社名や担当者の名前を見て色々なことを思い出しました。
その名刺の中に東京都内の会社の名刺が沢山出てきて「あー、これって東京で営業活動していた時の名刺だー」なんて思いながら、その頃に経験した印象深い話を思い出したのでご紹介します。

当時、ボクの会社は東京のあるソフト会社と深い関係にありました。
この東京の会社はパッケージアプリの開発販売会社だったんですが、このアプリが結構売れて、そのパッケージアプリから発展したカスタマイズ案件が山積していました。
なのに、このソフト会社はビジネスの主軸をパッケージアプリに置いていたため、カスタマイズ案件や個別のユーザーの導入作業がおろそかになっていたんですね。

そのアプリを東海地区で結構な数販売していたのがボクの会社だったので、ハードウェアインフラ、ネットワークインフラ系のボクが東京の案件を手伝うという流れがなんとなく出来てたと言うわけです。

2000年代初頭、PC版のデータベースが普及し始めたころ、中小零細企業がそれらを導入するケースは関東方面では無数にあり、このアプリメーカーにもそういう案件が山ほど降り注ぐ状況がありました。
ところが、ソフトメーカーにはソフトウェア開発陣は沢山いても、ユーザーとの折衝やサポートが出来る人がいなかったわけです。
このアプリメーカーの代理店が販売したアプリケーションについては代理店への支援策で何とかなったとしても、直接販売したユーザに対してはそれなりのサポートをしないといけない。
しかも、そのサポートの多くが、現地で導入作業や運用支援をするという内容で、そういう分野に慣れていたボクが、東京のユーザーサポートを担う流れが出来ていったわけです。

そんな中、週一のペースで東京のユーザーのサポートをするというのが、ボクの業務になっていきました。毎週、名古屋から東京に行く日々が続きました。

東京に行き顧客リストの中から技術的なクレームを言っているユーザーのもとに足を運ぶ、と言った業務がパターン化していきます。
クレームの内容を聞いて、システム的に対応できる場合は対応方法を説明していきました。
対応できない場合は、現場側で対応する方法を提案してまわりました。

そういう方法で、この会社の事業に協力しましたし、ユーザー満足度も高めていったわけです。

ところが、それからしばらくすると、この会社の屋台骨だったアプリケーションソフトの販売が低迷し始めます。
アプリケーションソフトの販売と言うのは、開発費用以外のコストがほとんどかかりません。
その為、アプリケーションソフトの販売が好調なら会社は儲かって仕方がない。
しかし、そのアプリケーションソフトが売れなくなると、途端に会社経営は窮地に追い込まれます。

もちろん、アプリケーションソフトが売れる前の支出を保っていれば問題はありません。
しかし、会社が儲かりはじめると人を沢山雇うようになります。そして、それ以外の支出も増えるようになります。

そういう状況で、売り上げの柱だったアプリケーションの販売が落ち込むと、会社全体の売り上げが落ち込む結果になります。
そして、売り上げ低迷の状況が続くと会社自体の存続が危ぶまれるようになります。

ボクが関わった、この東京のソフト会社も次第にそういう状況に陥っていきました。

そして1年もしないうちに、債務超過状態に陥ります。

従業員は最大で50人ぐらいいたと思いますが、業績が悪くなるにつれて一部のプログラマは社内外注として解雇、下請け契約に切り替えられます。
営業職の人たちは成績が上げられないと給料が減らされます。

そして色々あって20人ほどにまで社員が減った頃には給与の遅延が出始めます。

ボクはそんな状況の中、エンドユーザーに対して保守契約を結ぶよう営業活動を展開しました。
ところが、多くのユーザーがアプリケーションの根本的なバグに苛立つようになっていたんです。

これはソフトウェア開発の現場では良くある話なんですが、最初に導入したパッケージの価格よりもカスタマイズモジュールの価格の方が圧倒的に値段が高くなるということは珍しい話ではありません。

しかも、カスタマイズしていくうちに、元々のパッケージ本体の設計の問題にぶち当たることも良くある話です。
そもそも、パッケージを導入するという判断の段階で、現場を含めた業務全体をパッケージアプリの仕様に合わせてもらわないといけないわけですが、ユーザーと言うのはカスタマイズすればするほど「何でもできる、なんでもやってもらえる」と勘違いしちゃうんですよね。
特に中小零細企業のユーザーなんかは。
最初は安いパッケージで何とかなると思っていたら、カスタマイズが必要になって結構な額の費用を摂られて、しかもそのアプリ自体が使えないとなれば、そりゃユーザーは怒りだしますよ。

で、顧客の信頼も揺らぎ始めて、社内も財務面で大変なことになって、さらに数少なくなった従業員が一人、また一人と辞めていく状況が続きました。

そんな中、社内のインフラ系のエンジニアのN君と仲良くなります。
彼のやっていた仕事もボクの仕事に近かったこともあり、会社の会議室で二人だけで飲み会をやって、朝方まで騒いでいたこともありました。

会社が傾いていく中、このN君は何か静かに覚悟を決めているような雰囲気でした。
この会社にはアイデアマンの社長と、それを支えるSEの役員のEさんがいました。
ボクはEさんと関わることが多かったんですが、N君は社長から直々に技術を教えられた人だったんですね。

Eさんも当然、給与の遅延の真っただ中で「マンションのローンが払えねーよ」ってぼやくのを身近で聞いていました。
他の従業員も「こんなんでは生活できません」と言って会社を去っていくのをボクは見ていました。
ところがN君はずっと黙々と仕事をしているんです。

N君は当時20代半ば。ボクはもう少し年上だったかな。
N君に「大丈夫?生活できてる?」と聞くと、ボクはまだ親元にいるから大丈夫、と言います。
さらに「うちは片親家庭だから、親には迷惑を掛けられないんですけどね」なんて笑っていました。

そんなN君を見ていて、居たたまれなくなり他の会社を紹介しようか?なんてボクは真剣に心配していたんですが、N君はボクに対してとても重い言葉を言ったんです。

会社がつぶれるところを見てみたいって思うんです。
そんなに経験できることじゃないし。
それに、自分は社長にはすごく世話になったんです。
今、一番社長が大変な時に会社を辞めるなんてできません。


ボクはN君の事はそれなりに理解していたつもりでした。
でも、それはもしかしたらとても表面的な部分だったのかもしれない、と思いました。

ボクは仕事をしながらN君に対して「この人は頑固だな」と思うことが何度もありました。
でもその頑固さは思い返してみると、自分のポリシーやプライドを支える頑固さではなく、人として義理を通すための強さだったんだと思いました。
「自己犠牲」という言葉が安っぽく聞こえるレベルって言うんですかね?
相手がどう反応しようが、相手の最善を考えて行動するという頑固さを持っていたように思います。

いえ、この時はそれでもまだ、N君のことをボクは理解していませんでした。
それがずっと後になって分かったんです。

ただ当時のボクはN君に対して「いやいや、もっと自分を大事にしたほうが良いよ。とにかく自分の普段の生活を取り戻さないとダメだよ」なんて言い続けたんですが、N君の覚悟は覆せなかったです。
N君はたぶん、ボクが今までの人生で出会った人の中で、とても義理堅くとても親切で強い人でした。

その後、このソフト会社は倒産しました。
ボクは最後を見届ける前に関わりが無くなりました。
というか、うちの会社と取引停止状態になってしまいました。
まぁそれは仕方がないですね。
ウチの会社の損害は、それほど多くはなかったですが、このソフト会社の倒産時の負債額は結構行ってたみたいです。

それから少し経ち、N君と再会する機会がありました。
倒産したソフト会社の最後はどうだったの?と聞くと、最後はN君自身が消費者金融からお金を借りて会社の運転資金にしてたんだけど、会社の業績は盛り返すことなく倒産しちゃいましたって笑ってるんです。
おいおいおい、そんなことまでしたの?と、半ば呆れながら聞いていたんですが、本人はケロッとしてました。
ただ「前の会社が倒産した時、個人で結構な借金を抱えてしまって、本当に困ってしまって・・・○○さん(ボクのこと)にも連絡しようと思ったんですけどね。でも、そんな自分のことを心配してくれる知り合いの社長さんが自分を雇ってくれました。」とその後の経緯も話してくれました。

その上、その新しい雇い主の社長さんは、N君のことをずっと見ていて心配していたそうで、N君の借金を全部返済して肩代わりしてくれたそうです。
そして、アパートを借りて社宅として住まわせてもらい、今はそこから会社に通っているんだとか。
その社長さんはN君のことを技術面でも高く評価していて、高い給料を支払ってくれているんだって。でも、雇い主への借金返済のために手取りは世間一般のそれより少し少ないと言うことも話してくれました。

ボクはこの話を聞いて、N君の人の好さと言うより、人の好さを持続する頑固さ、相手のことを思いやる強さを改めて感じ取りました。
社会人としてはあまりにも不器用でアホっぽく見えるかもしれませんが、人間としては本当に信頼できるタイプの人だと心底思いました。

N君との会話の最後に、ボクは謝らずにいられませんでした。

ボク:前の会社が傾いてみんな大変だった時、ボクは本当にN君のことを心配してたんだよ。もし本当にボクに財力があってN君を雇えるような会社の社長なら、今のN君の雇い主のようにしてあげられたと思うんだ。
でも実際には、N君の状況を身近で見ていながら何もできなかった。
本当にごめんね。本当に申し訳ない気持ちだよ。

N君:○○さん(ボクのこと)って、いい人ですね。

ボク:N君のことを理解している人なら、みんなそうすると思うよ。そうしたくなる何かがN君の中にあるんじゃないかな。

N君はたぶん、苦難の時の友を見捨てない人だからこそ、自分が苦難に見舞われた時には違う友が助けてくれたんだと思います。
自分にはそれが出来るか、助け続けるだけの体制を保っているかが問題なんでしょうね。

世間的に見ればN君のやったことは、ただのバカなことと笑われて終わってしまうんでしょうが、人としてとても大切なものを持っていると思います。
そういうのって、社会の荒波にもまれると、みんな忘れちゃう感覚ですよね。
でも凄く大切だと思いますよ。
ese_admin at 00:00│Comments(0)TrackBack(0)

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