あの頃の旅詩

2006年08月01日

あの頃の旅詩〜青森ねぶた祭り〜

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まずは・・・

当サイトがおかげさまで
10万ヒットしました。
ここまでやってこれたのも
みなさまの応援があってからのことだと思います。
初めほど熱意はないかもしれませんが
ぼちぼちとやっていきますので
これからもよろしくお願いします〜
感謝の意も込めまして
今日は特別企画としまして
時期も重なったので
「青森ねぶた祭り」に参加してことなどを書きたいと思います。

今日は長いでので
暇な時でもどうぞ〜




いよいよ8月になりましたね〜
この時期の東北はまさに祭り盛り・・・

その中でも日本三大祭りの一つの
「青森ねぶた祭り」が明日から始まります。

公式HPはこちら

http://www.nebuta.or.jp/


ここ5年ほど参加してませんが
スポを買って行った2001年までは5年連続で参加してました。
この時期になると
全国から国内外問わず各種のメーカーに乗った旅ライダーが
この祭りに参加する為に集まります。
その数ピーク時で300といったところでしょうか…
ちょい昔は青森フェリーターミナルにテント張って参加したりしてましたが
今はそれはできなくなり
祭りの前後8日間だけ
青森市が祭りの為だけに臨時のキャンプ場を準備してくれます。
ちなみにこの祭りは
ねぶたの衣裳を着ていれば誰でも参加できます。

そのキャンプ場から祭り会場まで約7キロぐらいなのですが
そこまではバイクで向かいます。
置ける数には限りがあるので
タンデムしたりして向かうのですが
だいたい女の子は後ろに乗ります。
これが何気に嬉しかったりします(*⌒▽⌒*)会場に向かう際に隊列組んで向
かうのですが
ねぶたの衣裳着て乗ってしかも台数も軽く100台ぐらいいます(・∀・)
車種もレプリカやアメリカンやオフ車、国産、外国産、原付から1500ccま
で、様々なバイクで…
それらとねぶたの衣裳着て
同じく参加するお姉ちゃん乗っけて走るのです(o^_^o)
そりゃもう最高です。圧巻です(^ー^)
この時ばかりは心の底からライダーになってよかった…と心の底から思える至福
の時です(^O^)v
たった数キロですが
この為に高速で700キロ12時間かけてバイクで行ってると言っても過言では
ないですね〜

祭りは山車の間に「ラッセラーラッセラーラッセラッセラッセラー」と叫びなが
ら跳ねまくります。
これがめちゃくちゃ楽しいんです。
初めは恥ずかしいかもしれませんが
そんなことはどうでもよくなってきて
気がつくと跳ねてます。
次の日はもちろん、筋肉痛ですが
そんなことはおかまないなしに
ひたすら跳ねまくります。
そんなんが6日間続きます(^ー^)

祭りは最終日以外は夜なので(最終日は昼に跳ねる)
温泉に行ったり、ツーリング行ったり、キャンプ場でまったりと過ごします。
だいたいキャンプ場で朝から酒飲んでました。
そして夕方になると
衣裳に着替えて向かいます。
だいたいの人は飲酒運転で向かいます(^_^;
キャンプ場は汗たくになった衣裳干したりしてますので
かなりの難民キャンプ状態です
キャンプ場では三線引いたりするもの…太鼓や笛などの
どこかの民族楽器弾いしてるものもいて
かなり異様な雰囲気ですが
それがまたいいです。
一般の人には想像しにくいかもしれません(爆)

祭りの最終日は青森港から花火が上がるのですが
山車が海に浮かべられ
その後ろに花火が上がるのです。
こういった花火はおそらくここだけではないしょうか・・・

この花火を見ると
「祭りと・・・そして。夏が終わる」といった感じが
たまらなく好きです。
どんなに数多くの花火が上がろうが
俺はここ青森の花火が一番好きです(^ー^)


花火が上がり終わると同時に祭りが終わります。
祭りが終わると
「また来年会おう…」
そんな約束を交わし
ある者は北海道へ…
ある者は南へ…
参加した旅人は自分の旅路へと帰って行きます。

そんな夏を何年か前までは過ごしてました(^-^)v

来年は行こうかな…
そんなことを思いながら
今年は悶々とした夏を過ごします(^^ゞ

画像は参加した時の様子・・
この時はサマーベッドとボディボードを積んで行きまいした。



長文あざーすp(^-^)q




esechari at 19:50|Permalinkclip!

2006年03月30日

あの頃の旅詩〜旅が好きになった理由その4



すっかりごぶさたになってしましました・・・

遠野に行ったところまで話しましたね。

その後は盛岡まで
確か電車で移動しました。

盛岡ユースにとまり
自転車をかついで田沢湖まで
バスで移動し

これまたバスで

八甲田山まで移動・・

そこから自転車で青森市内まで走りました。
下りでしたから(爆)

そこから
日本海を秋田まで
男鹿半島まで走りました。
途中、溝に自転車ごと突っ込んで
怪我したりしましたが・・

泊まりは全泊ユースでした。
まだこの頃は野宿する勇気はなかったのです。

男鹿半島でお金が尽きたので
青春18切符で当時住んでいた愛知まで帰りました。

この時の帰り道、秋田角館で
とてつもない色白の美人の高校生を目撃し
角館は美人なかり・・という噂は本当だと知る・・

そして、電車の中でのこと
自転車はバラして袋に詰める(これを輪行という)してたのですが
それを座席に載せた時
「ボン!!」という鈍い音がしたのです。

俺は何の音かわからず周囲を見渡してると・・・

電車の窓が真ん中よりおおきくヒビが入っていた・・
どうやら、自転車が座席に載せる際
窓に当たって割れたらしい。

当時、所持金5000円しかなかった俺は
そそくさと違う席に移ったのでした。

その車両は俺しかいなかってよかった・・・
たぶん、ニュースになっていたかも??
「電車何者かに割られる・・投石か??」てな感じで・・

電車の窓割ったことがあるという珍しい経験をしました。


もう時効です(笑)

esechari at 18:45|Permalinkclip!

2006年02月28日

あの頃の旅詩〜旅が好きになった理由その3

前回は確か鎌倉まで走った事まで書きました。

そして、電車で福島の大学に通う友達の所に
1週間居候しました。

その間、彼の先輩に喜多方や五色沼など
たくさんの福島観光しました。
祭りも見ましたね。
福島の祭りや仙台の七夕祭りなど・・・

そして、その彼の後輩に仙台まで送ってもらい
またまた、電車で移動・・

全然自転車にまたがらず
電車ばかりで移動・・・

平泉で降りて自転車の乗り
金色堂や義経堂を観て
翌日は遠野へ・・・

この頃はユースホステルばかり使ってました。
ユースで会う老若男女の人たちの出会いが楽しくて・・

旅での出会いは最高だと感じさせてもらったのは
この時でした。

続く・・・



esechari at 22:11|Permalinkclip!

2006年02月13日

あの頃の旅詩〜旅が好きになった理由その2

20歳に夏休みを利用して
MTBを買い
安物のテントやコンロなどを揃え
MTBを分解して電車などに積む
通称「輪行」でろくに計画立てずに
とえあえず、富士山が観たいと思い
御殿場に下りて富士山に向かいました。

が、坂道が連続して途中で方角を変え
小田原方面に向かいました。

途中の河原で人生初の野宿をし
次の日、ものすごい疲れと水分の取りすぎで
走りながら嘔吐を繰り返し
なんとか、小田原に到着。

次の日は湘南でサザンを口ずさむのが夢だったので
それを実現させ
鎌倉まで走りました。

その後、東北まで電車で移動・・・

途中、栃木県黒磯の駅で
電車の乗り換えで
2分ぐらいしかなく
自転車と大荷物を担いでダッシュしたら
大転倒して
血流しながら電車に乗り込み
東北に入りました。

初めての東北は少し涼しかった・・・
そんな記憶が甦ります。

次回は東北での自転車での爆走ぶりをお送りします。



esechari at 21:00|PermalinkComments(1)clip!

2006年02月04日

あの頃の旅詩〜旅が好きになった理由その1〜




自分が「旅っていいな〜」と思いだしたのは
20歳の学生の時でした。

もともと、家族の旅行がものすごい楽しみだった俺。
放浪癖も実は小さい頃からあったらしく
3歳の時に行方不明事件を起こしたことあるぐらいです。
その時は2キロぐらい離れた最寄の駅にテクテクと一人歩いて行ったらしく
俺がいない母親は近所の人総出で俺を探し周ったが見つからず
警察に捜索願を出して
その数時間後に確保されたらしい。
後にも先にもパトカーに乗ったことがあるのはその時だけです。
何故かその時の記憶は残っていて・・
でも、何故駅に歩いて行ったかは覚えてないんですけどね。

その放浪癖を呼び覚ましたのは学生時代の親友でした。
彼はヨーロッパやジャマイカなどを自転車で旅してたりしたので
俺も自転車で旅したいと思いました。
そもそも、兄貴も自転車で北海道を旅したこともあり
それらが刺激になってるのもありました。

行き先は東北を選びました。
歴史が大好きだった俺は
東北の独特な古代文化や教科書などで見た寺を見たいというのが理由でした。

次回はそのルートなどでの珍道中ぶりをお送りします。

esechari at 18:05|PermalinkComments(4)clip!
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