2009年05月

2009年05月29日

ジェームス・ブラウン氏の相続問題・・・解決!

ジェームス・ブラウン氏の相続トラブルがようやく決着したようです。

そうか・・・
あれから2年半も経ったのか・・・

妙に懐かしくなって、youtubeでいろいろ聴いてたら、
↓これ見つけちゃった。テンション上がりまくり・・・(^^;
L.A Style - James Brown is Dead

ま、この世から争続がひとつ消えてよかったですね。


【故JAMES BROWNの遺族が争っていた遺産相続問題に、裁判所が決定を下す】

 2006年に73歳で亡くなった伝説のソウル・シンガー、ジェームス・ブラウンの遺産を巡って、トミー・レイ・ブラウン夫人とブラウンの6人の子供の間で繰り広げられていた相続問題に裁判所が決定を下し、争いが決着することとなった。
 
 〈AP通信〉が伝えるところによると、遺産の4分の1がレイ夫人とその息子に、さらに4分の1が6人の子供にそれぞれ分配され、残りの2分の1はチャリティー目的の信託財産となるという。この判決に対し、レイ夫人は「とても安心した。うれしく思う」とし、ブラウンの娘であるディアンナ・ブラウンも「大変だったが神様に感謝したい」とそれぞれ判決を受け入れるコメントを発表しており、相続問題は終結をしたとみられている。
 
 〈ゴッドファーザー・オブ・ソウル〉として知られ、その長い音楽人生で多くのヒットを記録したジェームス・ブラウンだが、実際の遺産としては多くの現金は残しておらず、その大部分は、彼の作品の版権とこれから発生する印税であるとされている。
(5月29日 bounce.com )


土地家屋調査士 大阪 和田清人

2009年05月28日

初の女性会長

今日、大阪土地家屋調査士会の第68回定時総会が開催されました。

今年は会長の選挙が行われました。

僅差で選ばれたのは全国初の女性会長。

私たちの業界も「CHANGE」するのでしょうか?(^^;


土地家屋調査士 大阪 和田清人

2009年05月27日

孤独死を減らしたい・・・

遺品整理のキーパーズ社長の取材記事がありました。

私も、「遺品整理屋は見た!」という本は読んだことがあるんですが、
この記事で吉田社長のお人柄をより深く知ることができました。

夢は孤独死を減らしたいとのこと。
激しく共感です。

そのために、「独居老人の孤独死」というアニメまでお作りに。

ひとりでも多くの人にご覧いただきたいですね。


【遺品整理人が語る、孤独死の現実――キーパーズ 吉田太一社長】

 孤独死……「気の毒なことではあるが自分とは無縁のこと」と対岸の火事を決め込んでいるビジネスパーソンが大多数ではないだろうか。

 しかし、それはとんでもない間違いだと警鐘を鳴らす人物がいる。日本だけではなく世界にもかつて存在しなかった「遺品整理業」という業種を創出し、これまで数百数千の孤独死の現場を見てきた吉田太一さん(44歳)だ。“遺品整理”という言葉から想像されるような無口で地味な人物かと思いきや、大阪弁が心地よい、人懐っこい笑顔の魅力的な、どこまでも明るいキャラクターの人物である。

「世間では、高齢者の孤独死ばかりが注目される傾向がありますが、65歳以上になると、行政の介護対象になるので、人知れず死んでゆき、何カ月も発見されないというケースはそれほど多くはありません。むしろ、50歳から65歳くらいの働き盛りの年代の男性に孤独死は多いんです」と驚くべきことを話す。

 「遺品整理業」という職種への社会的関心は、着々と広がっている。同氏のブログから火がつき、その内容は『遺品整理屋は見た!! 天国へのお引越しのお手伝い』(扶桑社)など4冊の著書にまとめられた。2008年5月16日にはテレビ朝日で『遺品の声を聴く男』(奥田瑛二、安達祐実主演)と題した2時間サスペンスが放映されたほか、フジテレビ系列でも金曜プレステージ枠(21時〜23時52分)で吉田さんの著作のドラマ版(地井武雄主演)の放送も予定されている。シンガーソングライターのさだまさし氏も、吉田さんやその仕事に感銘を受け、この5月20日に『アントキノイノチ』(幻冬舎刊)という単行本を出した。

 創業から約7年。愛知県刈谷市に本社を置き、名古屋・東京・大阪・福岡に支店を展開して、今や年商4億円以上、年間依頼件数1800件に達する企業へと遺品整理のキーパーズは成長した。

 今年、映画『おくりびと』がアカデミー賞を受賞し、葬儀周辺産業に世間の注目がさらに集まったこともあり、吉田さんは本業の遺品整理だけではなく、各種講演、研究会出席、テレビ・雑誌の取材など、過密なスケジュールをこなす日々だ。

 孤独死多発年齢の筆者はもとより、本稿読者の皆さんにとっても他人事ではないだろう「働き盛りの孤独死が多い」とはどういうことなのか? そもそも遺品整理業とはどのような仕事なのか? それを創出した吉田さんとはどんな人物なのだろうか? 今回はそれを明らかにしていきたい。

●働き盛りが孤独死するまでの典型的なケース

 働き盛りといえども、リストラや倒産などで職を失うケースは少なくない。しかも、今の不況を考えると、納得のいく再就職口を見つけることは容易ではない。次第に生活は苦しくなり、借金は増え、夫婦間での喧嘩も多くなる。そして訪れるのが離婚だ。

 しかし、それまで仕事一筋で一心不乱に頑張ってきた男性に「生活力」はない。毎日次から次へと押し寄せてくる生活上の細々とした用件を適切に処理していくことができない。家の中には、ゴミが溜まり、洗濯物も溜まり、請求書の山ができ、家の中は荒れていく一方となる。

 それでも体が健康なうちは、アルバイトに出かけるなどして多少の収入を得ることもできるかもしれない。しかし、かつてはそれなりにエリートを自認していたような男性にとって、将来の夢を奪われ、心の支えの家族さえ失った状況は、まさに耐え難い状況である。

 「自分は、一体何のため、誰のために生きているのか。自分など、所詮、世の中にとってゴミのようなものでしかないのではないか?」

 そんな思いにとらわれて、次第に鬱々とした気分の中に深く沈みこんでいく。次第に何をするのもおっくうになり、やがては体を壊し、ゴミ屋敷然とした家の中で、寝たり起きたりの日々を過ごすようになる。

 ここで重要なことは、この過程で「社会との接点」を次第に喪失していく点だ。基本的には定職がないので、「人と会う」機会はおのずから減る。自分の落ちぶれた姿を見せたくないので、昔のクラスメートはもとより以前の仕事仲間とも会いにくくなる。親兄弟や親戚に対しては、こうしたケースではたいてい彼らに借金していたりするので、さらなるお金の無心と、返済を遅らせるお願い以外、接触しないということも多い。

 自分の殻に閉じこもって鬱々と過ごす日々の寂しさ、みじめさは、他人にはうかがい知ることはできない。誰も援助の手を差し伸べることなく、やがて彼は憤死するのだ。

●孤独死の壮絶現場

 近所の人々の「異臭がする」というクレームによって発見されることが多い孤独死。季節によってそのスピードは異なるが、死後1カ月とか2カ月ともなると、遺体は腐敗が進み、遺体の内外には無数のうじ虫やゴキブリがはい回り、死臭の充満した室内にはハエがぶんぶん飛び、遺体の形に沿って、床に染みができる。

 自殺もあれば、徐々に衰弱しての孤独死もあるが、いずれにしても、その現場は、息をのむような凄惨さであり、到底、正視に耐えるものではない。変死の場合は、当然、警察も出動することになるが、同時に大家は家族に連絡し、とにもかくにも来てもらい、その後の処置を依頼するのが普通だ。

 しかし……上記のような惨状を目の当たりにして、「はい、承知しました!」と言って遺品を整理し、部屋を綺麗にできる一般人が果たしてどれだけいるだろうか?

 そこで登場するのは、吉田さんの会社である。近所からは「臭くて生活できない」といった苦情が殺到し、不動産としての価値も低落する一方ということで、大家からも督促される中、一刻も早く原状回復を図らなくてはいけない。

 吉田さんの通常の仕事の流れは、簡略化して述べると次のようになる。

1.無料で見積もりに訪問

2.遺品の仕分けとこん包

3.遺品を屋外に搬出

4.室内掃除(消毒、消臭など含む)

5.形見分けの品を配送

 そして、故人が使用していた布団、衣類、人形などに関して、寺院から僧侶を迎え、吉田さんの会社で供養することも大事な業務となっている。実際、筆者がうかがった当日も、倉庫に「供養を待つ人形」がたくさん並べられており、その強烈な視線の束に耐えられないような気分になったものである。

●人間本来の機能を失った現代のビジネスパーソンは危ない

 オプショナルなサービスは、もちろん多々あるが、一般的には、以上のような作業でおおむね終了だ。しかし、中には、そう簡単にことが運ばないケースもあるという。

「ご遺族が相続を拒否して、契約を解約されることもあるんです」

 孤独死を余儀なくされる人というのは、既に述べたように社会と没交渉になった人が多いわけで、当然、家族との関係もかんばしくないケースが少なくない。そのため、「死んでまで迷惑をかけられてはたまらない」という家族感情を引き起こしやすく、後処理を拒否することにつながるのだ。

 そうなると困るのは、大家であり近隣の住民であろう。吉田さんは、これまでそうした現場にいくどとなく遭遇してきたという。「最近では、相続放棄という言葉が一般化したこともあって、親族が『死』を放棄するケースが多いのは困ったことです。しかしその一方で、大家さんたちも住民の異臭騒ぎで初めて気付くというようなことではなくて、もっと普段からいろいろとサービスを考えて、そういう事態にならないようなやり方で、人を住まわせる努力をするべきだと思います」

 数々の修羅場をかいくぐってきた上での意見だけに説得力がある。

 「現在、依頼の比率は都内40%、名古屋と大阪が各25%、福岡が10%くらいでしょうか。90%以上が独居者で、内70〜80%が男性、それもサラリーマンの負け組が多いです。彼らは企業に自らを適応させていく中で、人間本来の機能を退化させてしまっています。会社に依存する体質になってしまっていて、人生の夢とか希望のレベル、目線がとても低くなっていると感じます。そうした人々がリストラや倒産などで寄るべを失った時の転落はあっという間です」

●故人の思いを尊重し、家族の想像を超えるサービスを提供

 それにしても壮絶な現場に出向く日々は、精神的にも非常にしんどいのではないだろうか?「確かに死臭などはキツイですが、それでも3日もすれば慣れるものです。むしろ誰もやりたがらない業務内容だけに、ものすごく感謝されるんですよ」と穏やかに微笑む。

 「遺品整理業者と聞くと、アンダーグラウンドな怖い人間をイメージされる方が多いようで(苦笑)、皆さん身構えたところがあるようです。しかしそこに、きちんとスーツを着ておうかがいして、丁重にお見積もりをさせていただくものですから、とても驚かれるのです。そして実際、作業をさせていただくと、一様に『まさか、そこまでしてくれるとは思わなかった』と言って感激してくださるのです。そうなると、こっちまでうれしくなって、どうすればもっと喜んでくださるだろうと考えるようになるのです」と笑う。

 話題となることも多いキーパーズだが、スタッフになるための要件とは何なのだろうか?

 「スタッフになろうという人は今はほとんどの場合『読者』なので(笑)、理念の面では共有できているのですが、それに加えて次の2点が大切です。

 第1に見積もりができること。第2に現場のリーダーが務まることです。もちろん、ボランティア精神も大切ですが、それは全体の5〜10%あればよく、残りの90〜95%はやはり、ちゃんと利益を出していく力があることが重要です。現在、弊社では、20代後半から40代半ばまでのスタッフが20人いて、現場にはその内の12〜13人が行きますが、水商売などの経験のある人は強いと感じますね。現場でのコミュニケーション能力の高さは重要ですから」

 ところで、現場で遺品と向き合う時は、どんな視点からどのように接するのだろうか?

 「まず、遺品は決してゴミなどではないということです。故人が大切にし、気に入っていたものですから。遺品を見ることで、自分のこれからの人生に役立つこともあります。特に孤独死の場合など、こういう人生を送ってはいけないなあ……などと痛切に感じます。

 私は、遺品を、基本的に、遺族の立場、遺品整理屋の立場、故人の立場という3つの視点で見ています。当初は、遺族の困り事の相談に乗る形でやっていたので遺族の立場を優先していましたが、次第に、死んだ人の気持ちを考えて、その『思い』をくむようになっていきました。そういう意味で、現在は、故人の立場を優先していますね」

●破天荒な人生行路――板前、宅配便セールスドライバー

 遺品整理業のパイオニアとして知られるようになった吉田さんではあるが、もともとまったく違う業界で仕事してきた人である。

 1964年に大阪で生まれた彼は、小学校の頃から水泳が得意で、高校も体育科に進学し、高校時代はスキーに熱中したという。しかし、スポーツで頭角を現わすことの難しさを痛感した彼は、高校を卒業すると関西調理師学校に入学。1年後には調理師として神戸、そして大阪で就職する。

 2年ほど経ったころ、「自分の店を持ちたい。それには東京や」と思い、包丁1本をサラシに巻いて「流れ板七人」よろしく単身上京。首尾よく渋谷の道玄坂のクラブでチーフに就任するも、「女の子たちの態度にぶちきれ、オカマに襲われそうになって辞めました」と笑う。

 その後、東京・恵比寿に割烹が出るという話を聞きつけ、ハッタリを利かせてマネジメントの全権をもたせてもらったが、店は閑古鳥が鳴き、約1年で店をたたむことになる。それからは食べるために悪徳商法のセールスマンをやったり、喫茶店や料理屋に就職したりしたが、結局、結婚を機に故郷の大阪に戻った。

 夢破れ、挫折感に打ちのめされながらも、経済的な逼迫(ひっぱく)は待ったなしに押し寄せてくる。とにもかくにもお金を貯めようと決意した吉田さんは1988年、佐川急便に就職した。幸いにも宅配便のセールスドライバーとしての仕事は順調で、入社3年目には家を建てた。

 「どうすれば相手が喜ぶかがすぐに分かるタイプで、それゆえ目上から可愛がられたんですよ」と笑う。実際、当時の彼は「爺キラー」と呼ばれていたという。しかし、5年間勤務した彼はあまりの順境に物足りなさを覚え、コンビニをやろうと考えて退職。だが、コンビニ話は頓挫し、たちどころに経済的に追い詰められていく。

●独立して引越し業界に参入、そして遺品整理業の立ち上げ

 一念発起した吉田さんは1994年、借金をして軽トラックを購入。吉田運送として引越し業を開始する。

 「サービス業は便利屋みたいなもので、要するに代行業だと思いました。ですから、依頼される仕事は何であれ決して断りませんでした。ある時、家電の取り付けサービスをしてあげたら、すごく喜ばれましてね。『気が利く』ことをウリにすると、ちょっと単価が高くても顧客が付くのです。お陰で初年度売上は1800万円になりました。引越し屋だからといって、ただ運べばよいというものではないんです」

 また、「いらない家具・家電が倉庫に溜まっていたので、リサイクルバーゲンをしたら売り切れてしまった」ことから、吉田さんは全国に先駆けて「ひっこしやさんのリサイクルショップ」をオープンする。

 「でも、他社が真似るようになってつまらなくなり、その後辞めてしまいました。その一方で、夜逃げ屋の仕事もずいぶん扱いましたね。怖い目にもあいましたよ。夜逃げの途中で、ヤクザに見つかってもめたり、拉致されそうになったり(笑)。会社倒産専門か、離婚専門の引越し屋になろうかと考えていたころのことですが、ある遺族の話を聞いていて遺品整理の必要性があることに気付いたのです」

 吉田さんにとっては、まさに人生の転機だった。

 「ビジネスにしようと思って全国の葬儀関連業者に一斉にメールを送ったところ、ただ1社、葬儀ギフト業の大手セキセーから反応があって、一緒に遺品整理の会社を立ち上げることになったのです。それが現在のキーパーズです」

 キーパーズ創立は2002年のこと。その後、マスコミからの注目もあり、ビジネスは順調に発展し、現在に至っている。

 「広告宣伝費に売り上げの25%を投下してきたので、いつもいっぱいいっぱいでしたけどね」と苦笑する吉田さんであるが、すでに次のステージを見すえているようである。

●孤独死を減らし、そしてなくすために

 これまで数百数千の孤独死の凄惨な現場を見てきた吉田さんは、今、新たな活動に力を入れている。

 「自分の商売と矛盾するようですが、死んでまで世間に迷惑をかけることがなくなるように、孤独死を減らしたいと思っているんですよ」

 『独居老人の孤独死』というアニメDVDを制作し、希望者に無料配布している。内容的には、本稿の中で述べてきたような孤独死へのプロセスと、それがもたらす災厄が表現されている。これは行政でも資料として活用しているほか、欧米からも引き合いがあり、実際、諸外国で使われているという。

独居老人の孤独死

 「このDVDを見た方がショックを受けて、自主的に孤独死を避けようという気持ちになり、10%でもいいから減れば良いと思っています。経済効果という観点から見ても、数十億円レベルの効果があるでしょう。それほどまでに、孤独死によって不動産価値は下がっているのが現状です」

 彼はそれに加えて『エンディングノート』を作成した。自分のプロフィールや、いざという時の、介護・看病についての希望、尊厳死・延命治療・脳死・ホスピスケア・病名告知・献体についての考え方、葬儀・法事・遺品整理などについての希望などを記入するようになっている。1万部印刷し、無料配布したところ、あっという間に完配して増刷したという。

 こうしたノートに自ら書き込むという行為、それは誰かに読んでもらいたいという意識につながり、そして結果的に社会とのつながりを自ら求めることとなり、孤独死を減らすことにも直結していくのだろう。

 遺品整理業は、一見、死の事後処理の仕事という風に見えやすい。しかし、吉田さんを見ている限り、いかに個々の人間の生を充実させるかという点にこそ、彼の本当の使命感があるように感じられる。

●ビジネス観、そして将来展望は?

 吉田さんには、常に心がけていることがあるという。

 「それは世の中のスタンダードを正しく見極めて、人とは違った視点からビジネスを考える、ということです」

 すなわち、まず大前提として、一般の顧客(生活者)の気持ちを皮膚感覚で理解していないといけない。それを踏まえて、しかしビジネスをやる以上は、吉田さん「独自」の、他社のいかなるサービスとも「異質」で、これまで存在しなかったような「新規」な視点からサービスを構築する必要があるということである。それゆえに、吉田さんはスタッフや友人・知人に対して、最近の自分自身が調子に乗って、感覚にズレが生じていないか頻繁に聞くようにしているという。

 ビジネスの今後の展望はどのようなものだろうか?

 「アメリカ映画で『ザ・クリーナー』という特殊清掃の会社を描いた作品がありましたが、是非、今年の内に渡米して、現地の企業を見てきたいと思っています。そして、使用薬剤などの面で、業務提携ができればいいなあと思っているんです。また、始まったばかりですが、韓国での事業展開も地元業者と共同で開発中です」

 今回の取材を通じて痛感したこと――それは、いささか逆説的かもしれないが、吉田さんのビジネスが発展することで、世の中において孤独死防止の様々な取り組みが活発化するのではないかということ。その結果、孤独死を迎える人の数が減ること、それが吉田さんの願いであり、孤独死予備軍の有力候補の1人として筆者もその思いに共感を禁じえない。

●嶋田淑之(しまだ ひでゆき)

1956年福岡県生まれ、東京大学文学部卒。大手電機メーカー、経営コンサルティング会社勤務を経て、現在は自由が丘産能短大・講師、文筆家、戦略経営協会・理事・事務局長。企業の「経営革新」、ビジネスパーソンの「自己革新」を主要なテーマに、戦略経営の視点から、フジサンケイビジネスアイ、毎日コミュニケーションズなどに連載記事を執筆中。主要著書として、「Google なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか」、「43の図表でわかる戦略経営」、「ヤマハ発動機の経営革新」などがある。趣味は、クラシック音楽、美術、スキー、ハワイぶらぶら旅など。
(5月25日 Business Media 誠)


土地家屋調査士 大阪 和田清人

2009年05月26日

霞ヶ浦も無事に・・・

湖面の境界が再び注目を集めているようです。

目的は、地方交付税・・・(^^;
面積が増えると、もらえる金額も増えるわけですね。

ただ、この交付税、使途が限定されていない模様。
まさに、「打ち出の小槌」・・・(^^;

地元の皆さんは、関心を持ってチェックしてくださいね。


【湖面境界線、画定せよ 沿岸自治体、広がる動き】

 ■「打ち出の小槌」狙いは交付税増額

 湖に接する自治体間で、湖面の境界線を画定しようとする動きが広がっている。自治体の面積などに応じて国から配分される地方交付税の増額が狙いだ。自治体側からは「湖面は打ち出の小槌(こづち)」と期待の声も上がるが、歴史的事情が絡んで難航するケースも。地方自治に詳しい田村秀(しげる)新潟大教授は「財政難に直面し、切羽詰まっているためだろう。だが、本来はもっと早く解決すべきだった」と“交付税獲得合戦”の背景を指摘する。(花房壮)

 「合意にこぎ着けることができ、ほっとしています」

 湖として国内2番目の広さを持つ茨城県の霞ケ浦と付近にある北浦。合わせて200平方キロメートル余りの面積を持つ2つの湖面の境界線が、3月に沿岸11市町村の間で区分けされたのを受け、沿岸の行方(なめがた)市の担当者は安堵(あんど)の表情を浮かべた。

 それまで2つの湖面は県の面積には含まれていたものの、いずれの市町村の面積にもカウントされていなかった。今回の画定によって、不交付団体を除く8自治体で今年度、地方交付税が計約8000万円増額すると見込まれている。

 境界は、対岸を結んだ中間地点をつないで設定した。「明治時代の地図には境界線があったが、埋め立てで湖の形が変わったため、ゼロから線引きした」と行方市の担当者は振り返る。

                ×  ×  ×

 地元関係者によると、境界線画定のきっかけは平成19年に滋賀県の琵琶湖で境界線が決まり、沿岸14自治体の地方交付税が計約2億8000万円増加したことだった。これに刺激を受け、霞ケ浦と北浦でも昨年1月、境界線画定に向けた協議を始めた。

 国土地理院によると、境界線が未確定となっている湖沼は全国で8カ所。このうち、静岡県の浜名湖では沿岸3自治体による協議が3月にスタートした。地元関係者は「3自治体で交付税が年に約3000万円増える」と早くもソロバンをはじく。

 一方、山梨県の本栖(もとす)湖では、約10年前に境界線の画定に向けた話し合いが始まったが平行線のままだ。地元関係者は「沿岸住民にとっては、湖は共有財産という意識が強い。無理な線引きは禍根を残す」と打ち明ける。

                ×  ×  ×

 湖沼の境界線を画定する動きは数十年前からみられたが、「ここ数年は『平成の大合併』のため、境界線論議を行う余力はなかった」(自治体関係者)。だが、不況で厳しい財政難に直面し、議論が再燃しているようだ。

 増加した地方交付税の使途も議論になっている。琵琶湖では、沿岸自治体が地方交付税の増額分の一部を出し合い、環境保全活動に取り組んでいるが、簡単に決まるケースばかりではない。霞ケ浦の沿岸自治体の担当者は「使途を議論する時間は正直言ってなかった。それに、交付税は使途が限定されていないので、各自治体の思惑も違う」と実情を話す。

 田村教授は「住民や議会は使い道を首長任せにはせず、積極的に提案していくべきだ」と話している。
(5月25日 産経新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090525-00000069-san-soci


土地家屋調査士 大阪 和田清人

2009年05月25日

相続税法違反で起訴

徳島県の男性が、相続税法違反で起訴されたようです。

05年の相続を申告しなかったのだとか。

税額5.5億円ってことは、全て調べがついてるってこと?(^^;

やっぱ、隠し通せるわけないですよね。


【相続税法違反:小松島の男性起訴 /徳島】

 徳島地検は20日までに、小松島市の男性(42)を相続税法違反の罪で起訴した。

 起訴状によると、男性は05年9月と10月に両親を亡くしたが、計約5億5000万円の相続税について、課税価格などを記載した税の期限内申告書を期限内に提出しなかったとしている。高松国税局が1月、男性が税を申告しないとして、地検に告発していた。
(5月21日‎ 毎日新聞)


土地家屋調査士 大阪 和田清人

2009年05月23日

勇気を失うは全てを失うこと

昨日、中田宏横浜市長講演会に行ってきました。

2月に続いて2回目の企画。
なんと今回は、橋下徹大阪府知事とのトークショーまで!

インフルエンザ騒動の渦中のお二方。
この時期、貴重なツーショットです。(^^;

090522genkijuku

「政治家は何をすべきか」、「市民は何を知るべきか」を
熱く語ってくださいました。

政策には大きく2つあるとのこと。
1つは、助けるための政策。
生活保護や福祉など。定額給付金もそうですね。

ただ、これが過ぎると、物乞い意識が蔓延して国がダメになる。

もう1つは、解決のための政策。
例えば農業政策。
日本の農業技術は世界のトップレベル。いい品質のものを作る技術はある。
でも、担い手の高齢化によってどんどん衰退していってる・・・

これの解決方法は、第三者が新規参入しやすくする仕組みを作ること。
ところが、抵抗勢力が立ちはだかる・・・_| ̄|○

今、本当に求められている政治家とは、
ビジョンを持って、これをやり抜ける人ですよね。

ゲーテの言葉に、こういうのがあるそうです。

 財貨を失うは少しを失うこと
 名誉を失うは多くを失うこと
 勇気を失うは全てを失うこと

感銘を受けました。


土地家屋調査士 大阪 和田清人

2009年05月22日

名古屋は熱かった!!

昨日は、昼から名古屋でした。

まずは、相続でお困りのお客様を、
相続手続支援センター東海さんにお引き合わせ。

その後、しあわせ不動産塾の前野君勝さんや、
競売不動産コンサルの瀬口靖生さんとお会いしました。

いや〜、熱かった!(^^;

パワフルな人たちと時間を共有するだけで、
私もパワーが湧いてくるのを感じます。

実は、私は15年ほど前に名古屋で生活したことがあるんです。
キーエンス時代に3年間。

懐かしい街で新しい出会い。
とても価値ある1日でした。


土地家屋調査士 大阪 和田清人

2009年05月21日

「地先」とは?

岡山市のある住所が、祇園地先→祇園866に変わったようです。

この「地先」というのは、
ち‐さき その土地から先へつながっている場所。(大辞泉より) 

私たちも、里道や水路など無番地の所在を表す時に使います。

記事によると、この建物は1957年に河川敷に占用許可を得て建設。
その際に「地先」の住所を使った様子。

でも、明治時代の土地台帳には、すでに866番の地番が付されていた模様。

建物表示登記の際に見落とすことは考えにくいですよね。
未登記で、固定資産税課職員が間違っちゃったんでしょうか?

いろいろ想像が膨らみますね〜(^^;
登記事項を取り寄せてみましょうか。


【旭川荘:住所表示「地先」、半世紀の歴史に幕 荒れ地整備の“証人” /岡山】

 ◇政令市移行で番地に変更

 岡山市の政令市移行による区割りに伴い、社会福祉法人「旭川荘」の住所が「岡山市祇園地先」から「岡山市北区祇園866」に変わった。区割りの際、市から番地を明示されたため。隣接する養護学校も来年度から同じ番地表記になる。荒れ地を切り開き、半世紀余り続いた「地先」表示はほどなく姿を消すことになる。

 旭川荘は川崎祐宣・初代理事長(1904−96)が、人間尊重の精神に基づき、知的・身体障害児や乳児のために57年に開設した。旭川から分岐した中原川沿いの河川敷を、県から占用許可を得て建設。当時の3施設、定員160人から、現在は約50施設、入通所者約3200人に増えた。施設は拡大しても、住所は一貫して「地先」のまま続いた。

 岡山地方法務局によると、山林や道路、河川敷などには地番がない場合があり、その時は近くの大字名に「先」を付けて、地名として表記するケースがあるという。旭川荘の土地登記を見ると、「祇園866」と表記されている。法務局によると「明治時代に編さんされた祇園土地台帳に地番の記録があるので、明治期には地番が付いていたと推測される。正確にいつ地番が付いたのかははっきりしない」という。旭川荘の赤木匠専務理事も「当時どうして“地先”になったのか分からない」と不思議がる。

 一方、旭川荘に隣接する県立岡山養護学校は4月1日以降、「岡山市北区祇園地先」と区名だけを加えて表記した。旭川荘が番地表記に変更したのを機に法務局で確認したところ、同校も「866」と判明したが、既に各方面に「北区祇園地先」と通知したため、来年度から番地表記に変更するという。

 同校の福田由理子副校長は、教員から「運動場といっても石ころを拾って整地していったんじゃ」と、地先表示となったことをうかがわせる話を聞かされたという。福田副校長は「何もなかった土地から、子どもが学ぶ場所としてここは育ってきた。何十年と使ってきた『地先』に愛着はある」と話している。
(5月20日 毎日新聞)


土地家屋調査士 大阪 和田清人

2009年05月20日

インフルエンザが・・・_| ̄|○ 

新型インフルエンザが拡大していることを受け、
6月13日のフォーラムを中止させていただくことになりました。

悔しいです!

お申し込みいただいた方からは、
「是非聞きたかったセミナーなので残念です。
 同じ内容のセミナーを企画してください」とのお声も。

状況が落ち着いたら、必ず実現させますね。


【新型インフル国内感染者数163人に、休校4千校超す】

 厚生労働省などによると、国内で確認された新型インフルエンザの感染者数は、大阪、兵庫両府県で増え続け、19日午前1時現在、成田空港の検疫で判明した4人を合わせ計163人となった。

 日本の感染者数は米国、メキシコ、カナダに次ぐ規模にふくれあがったが大半が軽症で回復に向かっている人も多いという。

 大阪府などによると、新たな感染者には、同府八尾市立南山本小の児童4人が含まれている。うち3人は、17日に感染がわかった6年女児と同じクラスで、同府が感染経路などを調べている。

 18日午前に感染が確認された神戸市の5歳男児は、兵庫県芦屋市の私立幼稚園に通っており、16日に発症。4〜8日に男児の家族がグアム島旅行をし、家族が一時、体調を崩したという。

 大阪府教委は18日、感染拡大の推移を把握するため、府内の政令市を除く41市町村の全公立小・中学校と府立高校の児童・生徒、教職員の健康調査に乗り出した。中・高校の臨時休校期間が終わる24日まで毎日、各学校で発熱などの症状が出た人数を集約する。

 文部科学省によると、18日夕現在、大阪、兵庫両府県内の小中高校、幼稚園、大学などの休校は、要請中の私立を合わせ、計4043校に上った。
(5月18日 読売新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090518-00000761-yom-soci


土地家屋調査士 大阪 和田清人

2009年05月19日

36%が年間成約件数ゼロ!

ハワイの不動産エージェントの約2割が事実上廃業しているようです。

ある会社では、エージェントの36%が昨年の成約件数がゼロ!
フルコミの人には笑えない現実・・・_| ̄|○ 

一因として、オアフ島内での戸建てとコンドミニアムの成約数が、
2005年は12000件→2008年は6600件とほぼ半減なんだとか。

う〜ん・・・
ロングステイ向け物件として、情報を集めてみますか。


【休業状態に陥るハワイ不動産エージェント】

 先日、ハワイの日刊紙ホノルルアドバタイザーは不動産協会(Real estate commission)からのレポートとして、最近ハワイで不動産エージェント(日本での宅地建物取引主任者に相当)の多くが休業状態にある点について報道した。

 レポートによると昨年7月をピークに同免許を一次休業(inactive)する有資格者が増え始め、ピーク時と比較して昨年の末の時点で、既に全体の約2割にあたる約4,600人が更新していない(事実上の廃業)状態だという。また報道によるとその数は現在更に増えピーク時の4割にも達していると言う。

 こちらでは毎月、成約した不動産価格の平均値(の下落)ばかりが強調されているが、その陰に隠れ、あまり表に出ないのが今回の現象の直接の要因となっている成約件数の下落だ。

 例えば、オアフ島内での戸建てとコンドミニアムの成約数をみると2005年に12,607件だったのに対し2008年は6,674件とほぼ半減している。またハワイ業界最大手のプルデンシャル不動産の発表によると、同企業に属しているエージェントのうち、36%は昨年一年間の成約件数がゼロ、そして70%が成約件数2件以下だったことを公表している。

 日本の不動産業界も不振に喘いでいるが、だからといって営業スタッフ(宅建主任者)が2割から4割も退職した。という話は聞いたことがない。日本とハワイは一体どこが違うのか。今回はそのあたりの背景についてコメントしてみたいと思う。

 以前、こちらのコラムでコメントさせていただいたが、この現象を解くキーワードとして、ハワイと日本の産業構造、そして就労スタイルの違いに注目すべきだろう。ハワイは、日本やアメリカ本土の大都市圏などでよく見られるような大きな産業の集合体(主として労働集約型の生産業)が著しく少ない。

 理由はハワイ圏の市場は大手が参入するにはあまりに個人消費の規模が小さく、製造業として採算を合わせるためにはあまりにコスト(地所、流通、人件費等)が高いからだ。結果的に、中小やベンチャー系のサービス業が主体となっているのが現状なのだ。そういう意味では不動産業もそんなサービス業会の1つのくくりといえるだろう。

 また、ハワイ州は歴史的にDemocratic party(民主党)が強いこともあり、労働集約型の企業に見られる傾向として、規模が大きくなればなるほど、組合の力が強い。

 結果としてベンチャー系の小さな企業の多くはフルタイムでの雇用を避け、ベネフィットと呼ばれている従業員への保障が法律で義務付けられていない複数のパートタイマーを雇用する傾向が強くなる。更には営業職の場合では、今回の不動産業界のように、はじめから資格を持ったプロとの請負契約を結ぶ。

 多くの日本の不動産会社の場合、今でも新卒という形でフルタイムの従業員を雇用し、その後サラリーを支払いながら、宅建免許の取得をさせるケースが多々見られるが、こちらでは、そのような「雇用」という形ではなく、免許保持者と「請負」契約を結ぶ形ぶ。

 請負主とは成約後、手数料を会社と折半するような形が多くみられる。社員という位置付けではないため、企業側は健康保険や企業年金の支払いも必要ない。

 請負主からすると、大手の看板を使え、成約した場合に限り手数料の一部を上納するというフランチャイズ制ともいえそうな合理的な契約というわけだ。だが、このスタイルでいくと、成約しない限りまったく収入がないため本業として依存し過ぎると、今回のような不況になると生活が不安定になる。

 ハワイ州では2年に1度、当該免許の更新が義務付けられており、その都度更新料の負担が生じるからだ。その一方で、自分の好きな時間帯で自由に動ける。というメリットも確かにある。

 このような背景により、ハワイでは昨今、不動産免許の一次停止を望む層が増えてきている。これは、複数の資格を同時に有効活用して生計を立てている独立系のプロの立場からすると、収入先の1つだった「不動産業者」としての看板を下ろすことになったということだ。今後景気減速、取引件数の縮小により同様の現象はしばらく続くと筆者はみている。
(5月19日 サーチナ)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090519-00000021-scn-bus_all


土地家屋調査士 大阪 和田清人