2018年11月06日

「大分県の地籍―明治前期地租改正」

大分県土地家屋調査士会が、県内の公図の成り立ちをまとめたそうです。

地租改正から更正図が作製されるまでの経緯や、当時の行政文書の資料を収録。
県と各市町村の図書館などに寄贈したんだって。

ご存じの通り、地租改正事業は国民に土地の所有権を与えた大改革。
実際に現地を測って、面積を算出して、地図を作った。(←これが公図)

だから、この時点では公図と現地は一致しているはずなんです。
地図と異なる土地をもらうはずないでしょ?

その後、他人の土地を侵食したり、メチャメチャな開発をしたりで、
公図と現地とが一致しなくなっちゃったわけ。

「公図はでたらめ」なんじゃなく、「でたらめにされた」んですよ。

だから私たちは、筆界確認を行う際には、必ずこの和紙の公図を確認します。
これが本来あるべき「原始筆界」だから。

大分会会長曰く、「公図は精度が悪いといわれてきたが、違っていた。」

う〜ん、カッコいい。
もっと声高に発信していきたいですね。


【130年前の公図 成り立ちまとめる 土地家屋調査士会】

 土地の境界特定などに役立ててもらおうと、県土地家屋調査士会(城戸崎修会長)は、県内の公図(字図(あざず))の成り立ちをまとめた冊子「大分県の地籍―明治前期地租改正」を作製した。公図は明治時代の地租改正に伴い作られ、現在も地図に準ずる図面として多く用いられている。「成立過程を知ることは、境界や面積の問題を理解する上で重要」と呼び掛ける。
 県土地家屋調査士会によると、県内は区画整理事業があった場所などを除き、ほとんどが1888(明治21)年ごろに作製された「更正図」と呼ばれる図面を公図としている。地租改正時の地図を作り直したもので、登記上の境界を示す「筆界」は基本的に現在も受け継がれている。
 「130年前に作られたが、大分県の図面はかなり正確にできている」と同会。一方で、測量時に国が指定した「六尺竿(さお)」(約1・8メートル)ではなく長さの違う竿を使ったり、面積は農地のあぜやのり面を除く耕作可能な範囲のみを算定するなど、実際との違いもあるという。
 A4判、254ページ。DVD付き。地租改正から更正図が作製されるまでの経緯や、利用する際の注意点、当時の行政文書の資料を収録した。300冊作り、県と各市町村の図書館などに寄贈した。販売はしていない。
 城戸崎会長は「公図は精度が悪いといわれてきたが、違っていた。航空写真と重ねて正確性を裏付けることで、地権者が納得できる資料として用いることができる」と話している。 

 メモ:地租改正は明治政府が1873(明治6)年に始めた土地税制改革。物納を廃止し、地価の3%(後に2・5%)を現金で納税する方法に改めた。土地の調査・測量を全国で実施し、所有者と面積、地価を定めた。
(10月23日 大分合同新聞)


土地家屋調査士 大阪 和田清人
esouzoku at 08:04│Comments(0)土地家屋調査士 

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔