2006年10月04日

移動

航海記録を記す場所を変更しました。
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link移動おねがいします。


esperanza_galley at 14:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!航海日誌 

2006年09月20日

検証

ここ数週間非常に忙しく日記を書いている余裕はなかった。
数週間前、セビリアで私はひょんなことから知り合ったコロン提督(コロンブス)が汚名返上の航海へ出るとのことで見送りに着ていた。
コロン提督はヴァスコ=ダ=ガマのインド到達によりコロンの発見したインディアスはインドではないのではないかという疑惑を受け、セビリアの一等地に構えた邸宅をも売りに出し、再度インディアスに向かうとのことである。
miokuri
私もインディアス、いや、カリブには何度か行ったことがある。
ならば、私がガマが通った航路でインドへ向かい確認すればよいことである。
私は調査のためインドへ向かうことにした。

同日、セビリアで商会員で、鋳造の専門家、コーレル(KORREL)殿から船を買った。
その船の名は、ラ・レアル。
この船はフランス海軍の船だが、なんでも最近発見された新工法で特殊兵装が搭載されているとのこと。私が所属している黒龍騎士団ではこの新造船の設計図をもとにこの船と特殊兵装の量産に成功。そして所属している私掠海賊や軍人に提供した。
私は量産化に際する作戦に参加することが出来なかったが、(イスパニアの命で南米調査に出ていたため)船を提供していただいた。
特殊兵装の使い方がまだ私には理解できず、用法に困っているが、なんでも白兵戦を有利に進められるであろうとのこと。
この新造船はセビリアにおいておいた。
このころの私はポルトガルから賞金をかけられており、賞金稼ぎや軍人に追われていたため、万が一攻撃を受けた場合傷が付いてしまうのは、しゃくだからである。

次の日、コーレル殿はこれからアラブの紅海へと旅立つとのことなので私はコーレル殿の船に追従し途中までご一緒することとした。
私は小型船のダウで行くことにした。これはインドで開発された船で小さいながら抜群の航海性能をもつ船である。なにより小さく、早いため賞金稼ぎの目にとまらないだろうと考えた。
ダウ

賞金稼ぎたちの目から離れるため遠回りをして紅海を目指した。
紅海手前の島のソコトラ港でコーレル殿と別れ、私は東進しインドの中心街、カリカットへ向かった。
十数日で到着。
カリカ1
見たことのない建築様式であるがそれほど文明が遅れているというわけでもなさそうだった。少なくともここはインディアスとは違う文化を持っているということは明らかであった。

インドで一通り街を巡り、そのあといつものように港をでるインド船籍の商船と、それを襲うインド海賊船を襲撃した。
しかし、賞金稼ぎに待ち伏せされ、二回ほど拿捕され、銀行から賞金額が奪われた。
物騒なところであった。賞金稼ぎと名うての欧州海賊がうろうろしている状態であった。とてもじゃないがインド海賊を襲撃している場合ではないので私は定期船に飛び乗り(これは中立な船であるため船中で揉め事は許されない。よって賞金稼ぎも私に手を出すことは出来ない)欧州へと帰還した。
teikisen

esperanza_galley at 14:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!航海日誌 

2006年09月03日

コンキスタドール

カリブからセビリアに戻った。
航海用の装備などをそろえるために。

セビリアの風はいい。涼しくはないが、カリブに比べればはるかにいい。
飯も美味い。いつも食べていたパエリアが非常にうまく感じた。
訛りのないスペイン語での会話が交わされている。
人も多く活気があった。港で部品を整備していると役人が王宮へ来るよう伝えに着た。

カリブでの無国籍私掠海賊の討伐の功績を称えられ、爵位が六等勲爵士となった。
前の推六等勲爵士とほとんど変わらん。何をもらえるわけでもなくその場で枢機卿からの勅命を受けた。
king
イスパニア王。イスパニアを太陽の沈まぬ国にするため、日夜努力しておられるお方だ。気品と勇ましさを感じられる顔の持ち主だ。実際謁見はしていないが、何度かお見かけしたことはある。王からの勅命であるが故、死んでも遂げねばなるまい。

勅命の内容は、カリブ南東の開拓地の調査であるが
何でもそのあたりは森深く山賊などがうろうろしているそうな。

私は艦隊を組みまずカリブへ向かった。商会メンバーのピッコロ殿も一緒だ。
食料や水を積み、あとカリブへの手土産としてマスケット銃も何百ケースを仕入れておいた。これからさらに危険になるご時世、大量に必要でるとみこんで。
勅命艦隊
20日ほどでカリブに着いた。途中船員に釣りを命じながら来たが、なかなかの漁獲量だ。当分は魚料理にパンになるだろう。

サンファンで情報を仕入れる。
出航所役人がその森の調査の仕方を説明してきた。森深くにあるという石の塔に到達したことを堀り、記録して来るようにとのこと。
サンファンは危険な町になっていた。他国の船がおのおの勅命を受けカリブへ来ている。それを襲う海賊。その海賊を討伐する軍人。非常に物騒だ。
サンファン

海賊が辺りにいないことを確認し艦隊は出航する。
南東へ進むこと数日。開拓地周辺の森へと到着した。
見たこともない植物だらけの森は恐ろしかった。どこから賊が襲ってくるかわからない。念のため鎧を着ていたが、暑かった。
ジャングル

他国の艦隊も着ているようだった。数名商人や冒険者のようなやからを見かけた。
山賊に襲われているものもいた。その後ろをこっそり進み、塔を発見。
「イスパニア勅命艦隊ここに到着せり。イスパニアが太陽の沈まぬ国となる日は近し」と刻んでおいた。
これにて調査終了。とてもじゃないが、このあたりを開拓するのは困難なようだ。

冒険者は探索のし甲斐があるだろう。未知の植物に、未開の文明。選り取りみどりだ。
だが、残念なことに私は私掠海賊。冒険してもいいのだが、他国船を討伐し武功を上げるのが仕事である。私掠海賊不遇の世の中であるがいたしかたあるまい。

艦隊メンバーはセビリアに戻るようだが、私はすこし討伐をしてから帰ることにし、艦隊と分かれた。報告は彼らが行うだろう。私もセビリアに帰る時に詳しく枢機卿に報告するとしよう。

今日はこのあたりで終えるとする。船の船長室で日記を綴っているが、カリブの海は荒れているため、非常に書きづらい。ガレー船だと顕著だ。

esperanza_galley at 17:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!航海日誌 

2006年08月30日

私掠海賊に対するイスパニアの対応

カリブに海賊専用の島が出来たとのころで、
港にいたほかの海賊と共に向かう。
海賊島だけあってなかなか見つからなかったが、なんとか上陸できた。
島は要塞のようになってた。バーもある。至って普通の外にあるカリブ風のバーだ・・・
しかし狭い。狭すぎる。
yami
海賊達が奪ってきた交易品を捌いたり出来る裏の商人たちがいた。うむ・・・そうか。ここで売ればいいんだな。
ここにいる人間にイスパニア語は通じなかった。どうもイタリア語で喋っているようだ。私のような私掠海賊にこのようなところはあまり意味がないのかもしれない。敵国の船を襲い、国に敵の積荷を売って富国を図るため、ここで捌いてはだめだろう。

イスパニアの私掠海賊にとって、現状有用であるとは思えない。カリブの港のほとんどが同盟港である私たちにとって、このような隠れ家は要らないだろう。何らかの形でこの港が発展し、有用な面が出てくれば話は違うかもしれないが。

他の国の海賊にとってもあまり有用ではないと思える。場所が悪い。隠れ家的な存在であるため場所の話は避けるが・・・ここを拠点にあたりを通る船を襲うと考えると遠すぎる。

欧州各国が海賊に対する賞金額を5倍にしたようだ。
他国船に襲われたら話しにならん・・・私のような下っ端海賊にはつらい事実だ。
sima
国のための私掠海賊を考えていたが、つらい。財力も武力もない。しかしイングランド船を襲った悪名はまだ消えない。

工房の職人が有用な道具を作るのをやめたそうだ。すべて航海者が他の航海者が作った航海用の道具を行商人を介して手に入れねばならなくなった。
イスパニア、いや欧州各国は何を考えているんだ(本当はコーエーの仕業だが)。
航海者の支援は終わったのか。

今日はこれにて終えるとする。

esperanza_galley at 21:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!航海日誌 

2006年08月28日

カリブの海と斜陽の国の民

私掠を海賊を始めたが、どうも商船に逃げられてしまう。
そのためカリブの無国籍の海賊を襲って積荷を奪っている。
稼ぎが悪い。食費や船の部品代などの都合で見る見る赤字だ。

そんなことを考えているとき、ヴェネチアの国旗を掲げたアラビアンガレーが私の船の周りを回り始め宣戦布告をしてきた。
「さぁ、切り刻んであげるわ!」イタリア語で叫んでいる。声からして女か。
相手も海賊船だ。たいした積荷もないにもかかわらず襲われるとは思ってもいなかった。ヴェネチアに好意はないが、喧嘩を売った覚えはない。パルマ協定と呼ばれる協定でヴェネチア、イスパニア両国の海賊達は(といっても一部であるが)お互いの国の船を襲わぬことを約束している。まぁ、一部のほうではないようだ。

相手の船は足が速かった。さらに悪いことに、こっちは輸送船を改造して船倉に船員を満載してはいたが、相手の船の船員のほうが人数が多かった。数の上で不利であったし、こちらの船員はまだ戦闘になれていない者も多いようだった。
接舷され応戦はしたが、見る見るこちらの船員が倒れていく。なんとか撤退に成功するが再び捕まり拿捕された。敵の船員は私の船の部品と酒一樽を盗み帰っていった。
「斜陽の民め!近いうちに復讐してやろうぞ!」
私は叫んだ。海賊船は視界から消え、私と残った船員は近くの船まで船を漕いだ。副官のイクバールもだ。斜陽の国の民が陽の沈まぬ国の船にまける・・・イスパニア人として恥ずるべきであるな。

商会員聞いたところ奴はヴェネチアの海賊団のメンバーだそうな。イスパニアに仇なす者か・・・いずれまた戦わねばなるまい。そう考えた。

次の日。
私はまだカリブにいた。商会員であり、イスパニア有数の私掠海賊、カイザー・ソゼ殿から私掠艦隊への加入に誘われたからである。
海賊達の艦隊はイベリア半島からカリブへやってきて他国商船を次々と襲っていった。一度は耳にしたことがある海賊も多くいた。ソゼ殿と他の商会員の海賊船についていき、私も船を襲った。

hatudaho
港から少し離れたところをイングランド船籍のクリッパーが航行していた。
「獲物だ。襲うぞ。」ソゼ殿が言った。
私も追従し襲撃。うまくクリッパーの頭に船を持っていくことができ、すぐに接舷できた。船員と共に何度か突撃し、拿捕成功。積荷を奪う。いい物を積んでいなかった。船員が奪ったものはピーナッツ16樽と船首像。船首像は海の神ポセイドンを彫ったものであったが、ぼろぼろであった。金貨も少し奪えたが、たいした量ではなかった。
これでイングランドに目をつけられた。今までは無国籍の商船を襲っていたが、今度は違うからだ。といってもまだ海賊としては小物だ。イスパニアのためにもっと襲わねば。

それからまた少したった。我等が艦隊はヴェネチア軍船を襲うが失敗し撃退されていた。港へ戻り補給をしまた沖合いにでる。
そうすると見かけた船が目の前にいた。奴だ。昨日のヴェネチア海賊ではないか。
「私は戻ったぞ!」と叫んだ。
宣戦布告し襲撃開始。今度は一対一ではない。卑怯かと思われるが、海賊同士だ。このさい騎士道などの話をしている場合ではない。
「げ、昨日の!」海賊女は叫ぶ。
「かこめ!」ソゼ殿の号令で全力で船を漕ぎ囲みに入る。
しかし、相手の船は素早く一度は逃げられてしまう。
もう一度仕掛け、さらに他のイスパニア私掠艦隊が援軍に入って着てくれた。
これで一対十の戦いとなった。私も接舷し、突撃を図るが、相手にうまく撤退されてしまった。逃げたところをソゼ殿が再び接舷し拿捕に成功した。すばらしい手腕だ。
「あんたたち!この屈辱、一生忘れないわ!」女が叫んでいる。
本来女を襲うことはしないが、こいつは別だな。そう考えた。
仇をとった。いや、正確にはとってもらったか。
私は港に戻り今日の航海を終え、ソゼ殿と他のメンバーに礼を言い、艦隊を後にした。

今日はこのあたりで書くのを終えるとする。

esperanza_galley at 19:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!航海日誌 

2006年08月24日

憂い

火器を遠方の同盟港に運び、宝石、貴金属を満載してセビリアに戻る。
ここ数日このような交易を続けていた。交易のこつもわかってきたころこと、セビリアの枢機卿に王室に来るよう命ぜられ、セビリアの南方に位置する王室へ。
そして枢機卿から火器輸送などの功績を認められ爵位を受けた。
私は准六等勲爵士となった。これで六等勲爵士の証であるトーガを着ることを許された。交易の途中でマルセイユに立ち寄りトーガを買った。安いものではなかったが、地方海賊時代では考えられないほど金がたまっていたので即買った。

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金は手に入った。高くはないが地位もある。交易をし続けるのもいいかもしれない。
わからない。私は何を目指せばいいやら。本来の専門の史学に走るのもいいのかもしれない。

セビリアに戻った。
気がつくと私は海事ギルドの前にいた。提示されている依頼に目をやる。
そこに「私掠命令」があった。ポルトガルの商船を襲えとのこと。
わが国の隣国でありライバルであるポルトガル。その国の商船を襲うことはポルトガルの国力をそぐことにつながる。

ふむ。やはり私掠海賊をやろう。
イスパニアの船を襲わず、敵国の商船を襲う私掠海賊を。もちろんイスパニアに仇なす海賊も襲う。カリブのイスパニア領を脅かすおろかなバッカニア(いわばカリブの海賊)を滅ぼそうぞ。

イスパニアを太陽の沈まぬ国にするため、私は戦うこととする。

esperanza_galley at 10:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!航海日誌 

2006年08月21日

ヴァイキングに関する研究とコロン提督の足取り

近々、新たな種類の船の製造許可が出るそうで、さらに最近開発された新たな工法も生まれ造船所は賑わっている。

私が新たな船として期待しているのは「北欧型重ガレー」
なんでも北欧で開発された大型ガレー船の様だ。昔のヴァイキングが乗っていたような船になるのだろうか。波に弱いガレー船であるから、対波性能が向上した型であればいいのだが。

ここで私の考古学の知識から少しヴァイキングについて説明してみる。
そもそもヴァイキングとは3世紀ごろから西ヨーロッパ沿海部を侵略したスカンディナビアの武装船団をさす言葉である。(これはキリスト教的観念から見たものであり、正確ではありませんが、このBlogは大航海時代を生きた人間風に書いているためこのような記述とします)
彼らの職人としての技量はとても高く、当時のものとしては優れたつくりの装飾品が発見されている。しかし、彼らが最も活躍したのはもちろん海賊行為である。
特に特徴的なのは彼らの船である。彼らの船は喫水が浅く、細長く、帆もあるが、オールで漕ぎ航行することもできた。いわゆるガレー船だ。また、喫水が浅いため川を進むことも可能で、さらに驚くことに、船を担いで丘などを越えて奇襲していたということも現在わかっている。

彼らはさまざまなところへ移動したのだが、特にノルマンディー地方を征服しノルマンディー公国を築いたロロが有名である。
私は以前書いたとおり、ロロの兜を発見したが、この兜、非常に気になる点がある。私の本によれば、ヴァイキングは兜に角をつけることはなかったようだ。
roro
よってこの兜は本物ではないかもしれない。もちろんこの兜、出来はいいので使っていくつもりではあるが。

それともうひとつ、イスパニア人の諸君、コロン提督を信じてはいけない。彼はインディアス(アメリカ)の最初の発見者といわれているが、違う。最初の発見者はのレイヴル・エイリクソン(英語でレイフ・エリクソン)である。彼は古代北欧の叙事史「サガ」によると、彼はヴィンラント(ブドウの地)に到達している。現在の地図で言えばインディアスの北に当たるのだ!(まぁ、カナダですね)コロン提督の発見を否定することはないが、最初は彼ではないのだ。証拠は見つかってはいないが(1960には発見されたそうです。)サガは十分に信用できる。これによるとインディアスが本当にインディアスではないのではないか。別の大地ではないのか、その疑いもこれにより高まるまた、私はコロンの足取りを探ったが、どうも彼はアイスランドでサガを閲覧しているようだ。これによって彼はインディアスを発見したのだろう。

レイヴルこそ真の英雄ではないだろうか。ヴァイキングへの見方が少しでも変わっただろうか?

今日はこのあたりで終えるとする。

esperanza_galley at 18:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!航海日誌 

カリブ

今日は商会メンバーのピッコロ殿の誘いでカリブ海のイスパニア領に火器を輸送しに行った。
カリブという名は島々に定住していたカリブ族の名からつけられたそうな。このあたりはバッカニアと呼ばれるイスパニアに仇なす海賊が多く非常に危険だであるとのこと。

バルセロナとセビリアで銃器を買いあさり船倉に満載した。そしてカリブまでぎりぎりの水と食料を積み、出航する。

敵国の海賊に気をつけながらマディラ沖を越えた。襲われることなく西大西洋を航海し、なんとかカリブに。大量の銃を売りつけイスパニア領の武装強化に貢献し、その金でメノウと呼ばれる宝石とパイナップルと呼ばれるおかしな形の果物とカカオという用途不明の嗜好品を買った。

しかし、この島々は暑い。海はきれいでいいのだが、すむわけにはいかないだろう。
karibu
セビリアに戻り、カリアリで交易品を売った。なかなか儲かった。これで名産品をたくさん輸送したことにより国家に貢献したことがわかり、イスパニアも大型ガレー船の使用許可を私にくれるだろう。

早くガレー乗りに戻りたいものだ。どうも帆船は遅く感じてしまう。そんなことはないのだが。

今日はこのあたりで終えるとする。

esperanza_galley at 09:18|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!航海日誌 

2006年08月19日

幽霊船のうわさ

今日は商会メンバーから宝石を受け取り、それを北海のある港で横流しした。
そのほかは大体銃器の輸送を行っていた。同盟港の武器も潤ったはずだ。
それにできの悪い銃をトルコに密輸した。これで暴発してあっちの兵士が死ぬだろう。

今日は変なうわさを聞いた。なんでもネーデルの昔の船が幽霊船として喜望峰のあたりに出没しているそうな。ネーデルラントなぞすでにその国が幽霊のようなもの・・・とも思ったが、商会メンバーの一部は討伐に向かった模様だ。

私はバレアス諸島沖を航海しながら、幽霊船の奇襲にでも備えるとするかな。幽霊なぞ私は信じないからな。

今日はこのあたりで終えるとする。

esperanza_galley at 22:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!航海日誌 

2006年08月15日

艦隊

kantai
最近ジェノバで艦隊を組んで北アフリカ商船などを中心に襲撃している。
彼らはたいした物を積んでいない。食料や水ばかりだ。時々不気味な呪札などを積んでいるのもある。

今日の収穫は宝石細工の手鏡だった。なかなかいいものであるが、使い道がない。売るにも手間がかかる。それに少し痛んでいる。手に入れた手鏡は商会メンバーのジャンニ・マリア殿に渡し、代わりにムスリムの名将サラディンの剣を貰った。
これがなかなかの逸品。切れ味もすさまじく、握るだけでサラディンが乗り移ったかの如く頭の切れがよくなる気がする。すばらしい剣だ。ムスリム恐るべし。

今日はそんなところであった。

esperanza_galley at 21:53|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!航海日誌