人災の防止に向けた技術・社会のあり方、エッセイ174

2018.11.21 人災の防止に向けた技術・社会のあり方、174

1. はじめに 

 災害はすべて人災である。被害を未然に防ぎあるいは軽減し、円滑な生活再建を図ることができないならば、それは人災そのものといえる。ごく最近の災害として2018年の西日本豪雨災害、台風21号から24号の風水害、それに大阪北部地震被害のどれを見ても、これらは人災であるといっても過言ではない。 ここでは、地震災害にのみ限定してそもそも災害をどう捉えるか、人災の様相を見るとともに、技術や社会がこれにどう対応すべきか、について論じてみたい。今回は(前回の研究集会提出稿の続編として)市民参画、責任論、社会意識、建築資産、等について扱うこととした。

 

2. 問題の所在

2.1 天災か人災か 

 技術論からいうと建物は本当に丈夫になり、壊れなくなってきた。それでも被害が起こったならば、これは技術行使のバックグランドの脆弱さに問題ありと捉える人もいれば、技術を超えた災害だから天災として時には設計の想定外と捉える人もいる。後者の捉え方は、壊れるのは仕方なかったとの言い訳に聞こえる。

 

2.2 被災後や復興については、建築技術の範囲外という捉え方が多いように思う。そこには建築は作る技術であるということなのであろう。その一方では、防災体系は予知や対震、そして避難、仮設、復興のすべてを対象としている。市民もまたそのような認識であるので、作って終わり(だけの)技術があろうとは思わない。専門家はそんな市民の期待や要求に応えるべきである。

 

2.3 社会の様相(技術分野のスタンスで) 

 今の社会における盛り沢山の問題について、その究極的本質は、巨大社会運営のための論理として管理をねらった効率優先とそのバックグランドの論理経済至上主義にあるとみている。これらが、社会において右倣えの思考と行動、決められた範囲内での自由・個性・多様性という形となって現れてくるのではと思う。ここでは、本質の見える化を以下の四枠組に設定して問題を論じたい。

   ・専門分化分業、       ・経済至上主義、

・理念・理想・批判精神の軽視、 ・無責任体制

 

3. 改善に向けて

 ここでは専門家と市民という枠組みで問題項目を以下のように設定した。ただし、節4以降では、特徴的な項目についてのみ論ずる。

・市民運動としてのコミユニテイづくり:市民主導あるいは市民参画としてのまちづくり

・社会意識づくり:責任・倫理・理念、専門家教育の中で、市民啓発の中で。

・建築の在り方: 資産と私権。サステイナブル、(SDGs運動)、専門家と市民

 

4. 専門分化分業 

 巨大社会の効率よい運営には専門分化分業は欠かせなく、これが成長社会を支えてきた。しかしながら近年、弊害がみられるようになってきた。技術界の中においても例えば、設計施工分離についてはお手盛り設計施工を避けるためとのことであるが、設計施工分離がときには設計の趣旨が伝わらない施工となり、事故や災害へとつながることもある。

ではどうするのか、専門分化の問題に絞って考えれば如何に総合化を図るかということになろう。ここで、総合化なるものを今の専門分化に上乗せするならば、方法は三つある。第一には、分化された各専門の上を連ねるように総合なるものを置くが、これは実際には総合という名の分化された専門を置くに過ぎない。第二には、コラボや連携がある。これは各専門の境界領域ならびに専門をブリッジするよう領域を拡大するものである。第三には、各専門体系で構成する人々が枠越えの視点をもち、必要に応じて行動するというものである。これは各専門どうし手をつなぐことを意味し、のりしろ思考(最近はからみしろの言葉もある)で対処するので、分化分業のシステムの維持のもとでは効果は大きいと考える。

 

5.市民参画(街づくり、コミユニテイづくり)

 街の活性化として進められている街づくりには、行政主導で市民が参加させていただくといった様相のものが結構見られる。たとえNPOが市民側に属していたとしても、その構図は変わらない。ましてや、コミユニテイをどう作っていくかという話になると、行政権限と言わんばかりに市民が行政のレールに乗らざるをえないようにもなっている。こうした枠組みでもって災害に対処できるのか、防災減災を目指していけるのか。主体はあくまで市民である。市民が専門家や行政と連携するというスタンスでなければ、コミユニテイづくりにはやらされ感のみが(市民に)残る。しかも思うに、自助共助を平然と言う行政は市民の視点にあらずと言いたい。加えて最近は自己責任を持ち出している。いかがなものかと。

 著者は街づくりにおける行政主導の市民(やらされ)参加には疑問を持っている。本来は市民主導で市民主権を行使すべきであり、行政は行政の立場でこれを支援することになる(これを行政参加という)。これをもって、市民の市民による市民のための社会づくりが可能となる。 確かに成功している街づくりには、市民参画があるからこそ街づくり運用面での問題発生も街づくりの実績となっていくのである。また3.11のときの避難所や仮設団地においても、市民参画の中から問題提起並びに解決が(行政に働きかけ)図られている。こうした参画様相を纏める形で専門家宮本照嗣氏は「市民は参画無しに社会のなかで生きられず。市民との連携無しでは施策は成立せず」と事の本質を述べている。

 

6.責任

 責任といえば(責任の矮小化として)個人責任に着目しがちであるが、本来は(社会や技術の)システム全体の責任が問題である。災害問題はまさにそうである。こうしたスタンスがなければ、人災が引き起こされても責任は問われずじまいとなり、時には天災や想定外などにすり替わってしまう。福島原発事故がその最たるものであり、事故後の対応も責任ある行動をともなわず、災害がさらなる災害を引き起こすといった悪い循環が依然として続いている。

では一体、無責任体制は何をもって続くのであろうか。世の中が回ればよいといった信仰のせる業なのであろうか。また、危険負担のように危ないものをすべて拡散させようというようにもみえる。もちろん、根底には経済至上主義がそのような体制を潜在的に支えているのでえあろう。各種問題で、国が責任を取らないし取ろうともしないのはそんな理屈なのであろうか。

 

7.建築づくりにおける責任

・設計基準はもともと建物の品質を最低限確保するために設けられたものとされており、一方では経済活動を縛るものではないとして、特例を認めてもいる。そんな基準について、基準順守の行政指導もままならず、事故が起こって初めて基準強化が図られているといった現状がある。事故が起こらないと、経済活動の議論ができないとはいかがなものなのか。

・阪神淡路以降、性能設計が運用され、建造物の性能は建築主が自己責任で対処するようになってきた。これに合わせて建築主への啓発活動が必要といわれている。それだけで十分なのか。例えばマンションの転売など物件ころがしは利用者(居住者)無視であり、そんな状況での性能規定はあり得るのであろうか。利用者の声が通るシステムは如何にあるべきか、代替え規定もありうるかも含めて利用者による建物性能規定も考えていくべきであろう。

 

8.建築の在り方

8.1 建築資産のあり方(木俣氏談の纏め) 

 建築の資産性について検討点を記す。

・避難路周辺では建物崩壊による避難の妨げを解消するために、避難路周辺建築を地域資産にして安全性向上を図る。

・都市部の容積率緩和が都市の過密化を加速させている現状の改善として抜本的改善を図る。

・地域資産を適宜配置で過密防止対策を図る。

これらをもって、財産権は最大限尊重した上で地域資産に対して公共支援の道を開き、普遍性ある建造物計画立案を可能にさせることができる。

 

8.2 持続可能性問題では 

 国連のアジェンデ2030としてSDGsの構想にあるように、国を挙げてのより強靭な住まいづくりやシステム作りが持続可能性追求として最近取り組まれている。ここでいう持続可能性とは、資源の無駄をなくし、建造物の長寿命化を図るものであるので、平時から建造物の耐用年限が不当に短いのも当然改善をしていくべきである。また、壊れるものを造ってスクラップ&ビルトを経済活動とするのではなく、持続可能社会を支える建築について、壊れないものづくりとして防災を捉えることが肝要ということになる。

 

9.倫理教育

 どの世代においても倫理教育については、この社会をどう良いように作り、育て守っていくのかという視点がみじんもなく、今あるシステムの運営ルールにのっとって、その範囲内で倫理を設定していくことが教育なのであろうか。企業コンプライアンスにしても、あれは企業を守るための策であって、世の中における企業の役割をいっている訳ではないと指摘の人も多い。

一方、倫理教育の実施状況を見ると、かなりお寒い状況がある。すなわち、教育に際しては企業人やOBを講師(教員)として呼んでいるが、教える範囲は上述のような制約を超えるものではない。その点、ある老大学人が倫理教育を買って出て、経済性を乗り越える倫理から内部告発までをも扱っているという。

 

10.設計において 

(1)中大規模の建造物: 節7で一部述べたように、建物の性能を建築主側が自己責任で設定するようになってきているが、建築主が設計者からどんな説明をうけて判断ができるのであるか。判断材料や知識は専門家ではないかぎり、一般の建築主ではもちあわせてはいない。こうしたところに、経済至上主義が入りこんでくるのであり、設計者の意向も聞かずに無理な設計を強いることにもつながる。一方、建築物は地域資産にすべきといった動きもある。社会に対して、性能要求の世論があってもいいはず。それがあれば、ままある我田引水の設計が是正されることにもなろう。なお、構造設計者の浜田英明氏によれば、建築主への啓発に加えて、コンサル制度、発注者生産責任を考えていくべきという。

(2)小規模ケース: 住宅ではマイホームへの入居に喜びが集中するためか、建物性能にはどうしても不向きとなってしまい、完成後数年もたたないうちにトラブルが発生することが多い。最近は建設側の瑕疵担保責任が問われるようになったとはいえ、作り手側へのチエックとして建設前あるいは購入前に十分なコミユニケーションが必要といえる。ところが、コミユニケションを図るとはいってもそれには地道な住まい素養が基礎になると考えるが、今は住まい文化が育っていないか軽視されている。そんな状況下での付け焼刃はどだい無理があるといても過言ではない。これは建築主・利用者のみならず、現場技術者にもあてはまることが多いようである。

 

1.共助システムについて最近の研究(熊澤氏談の纏め)

 災害に対処するには自助・共助は欠かせないとしているが、共助には地域全体にひろがりを持たせるならば、かなりのシステム化が必要となる。そのうちの一つとして、避難所生活や仮設生活から復興へというプロセスのもとでのシステム化として、地域通貨を導入した経済圏を設定する考えがある。要は地域の経済からの活性化を共助からスタートさせるアイデアであるが、今は小都市地域で実験が試みられている。もともとは寂れゆく地域の活性化のためのアイデアであるが、災害復興までの地域システムづくりには最適といえよう。

 

12.避難について最近の研究

 東日本大震災において、避難所への誘導や避難所所在看板などのサイン計画(金沢大青木賢人氏)が南三陸町では大いに功を奏した。最近では、観光都市においては土地勘のない観光客を如何に避難させるかが問題となっており、(金沢大)宮島克也氏は本人の現在位置や他人の位置の表示に加え最寄りの避難場所への避難経路がスマホで表示されるシステムを開発し、金沢市と京都市において運用のために実験も行っている。これには、普通箇所や火災箇所などの情報も盛り込むことができ、今後は大いに運用が期待される。

 

13.将来を憂う意見  著者が防災・減災についての多岐にわたる方々との意見交換の一部。

(1)将来に対応しにくい社会(by宮本氏と多数)  ・30年後にはまた日本に大津波到来といわれているにもかかわらず、(社会は)何もしていない。例えば、防災集団移転はコミユニテイ保全を第一としているが、何の動きもない。新市街地がどうしてできないのか。・現実には、目先のことにとらわれて先のことには何もしていない。

(2)建築の社会的資産(by木俣氏と多数)  ・建物を私的財産という考えをやめ、地域社会の財産とする。これをもって公的資金投入が可能となる。

・住宅と非住宅について、着工面積は両者同じくらいである。しかし、存続については両者に差が出てくる。住宅は20数年に一回建て替えであっても、9割が残る。これに対して、非住宅は3割しか残らない。すなわち、非住宅はどんどんと建て替えら、廃棄物が増産されている。非住宅への無駄な投資を避けるべき。用途建築が無駄を作り出している。

・壊しやすい建築を目指す。建物の長寿命が図れなくても、材料の長寿命化を目指すということも考える。

・建築専門家も経済問題にコミットしてもいいのではないのか。単に建築経済ということだけでなく。

・寿命について、長期や短期の時間とともにコストミニマムも考えていくべき。これは過度のローコストのことではない。

・地震時、壊れず、被害にあわずとはいっても被害が起こった時の対応は考えておく。

 

14.おわりに 

 直接災害はいうに及ばず二次以降の災害も人災そのものである。この観点で、災害の無害化を阻む要因を洗い出し、分業分化、市民参加、倫理、責任論を中心に、種々の改善具体策を述べた。これをもって一助になれば幸いである。


米騒動100年、越中米騒動の今日的意味を考える、エッセイ173

2018.09.30 米騒動100年、越中米騒動の今日的意味を考える、173

1.はじめに

 米騒動は1918年に新川地域一帯の各所で起こり、特に魚津の騒動が有名です。そんな米騒動が起こってから今年で100年目です。

とはいえ、米騒動にはあまり関心がないのが、普通の人かと思います。少し普通の人の代弁をしますと;

・米騒動50周年の時は何の記憶もない。

米騒動の見直しに着手されたとかいっても。

・米騒動は魚津というから魚津のみで発生では。

・米騒動は漁民一揆。百姓一揆とおなじ。

・日本史勉強したが、100周年で改めて存在を知る。

 ・いまさら何で。

ここにきて米騒動100年。にわかに米騒動が取り上げられています。何故なんでしょうか。何で今なんでしょうか。かくいう私もひょんなことから米騒動の問題に関わり、ようやく米騒動の本質を考えることになりました。今では、米騒動が一体何であったのか、なにゆえ今問題にするのか、自分たちの今日的問題として捉えたいと思っています。

そんなノリで本稿において、米騒動の何たるかを垣間見るとともに、米騒動の何が今日的に受け継ぐべきなのかを、論文調論述や解説ではなくエッセイとして自己流で述べていきます。お付き合いください。

構成 1.はじめに  2.米騒動とは、その実際

3.騒動の意義  4.今日的位置づけ

5.受け継がれ  6.教育 

7.住民意識   8.おわりに

 

2.米騒動とは、その実際

2.1 概要

米騒動1918年、富山県では、明治期、米商人が富山の安いコメを買い占め、県外で高く売って巨利を得ていた。1918 年(大正7年)政府のシベリア出兵を機にコメの投機的買い占めが始まり、米価が高騰した。日頃の米価高騰に苦しめられていた県東部沿岸地域の主婦たちが港に停泊のコメ運搬船へのコメ積み出し(写真1)を阻止するとともに、米屋へはコメの廉売を要求し、役所には救済を要求した。これがたちまちのうちに全国に伝わり、各地で民衆が蜂起したが、軍隊によりすべての騒動が鎮圧された。

以降、米騒動が富山県内においてさえあまり扱われてこなかった。最近になってようやく県内で(のみだが)、米騒動の本質「世直し運動」を今日的に受け止めて活動する機運が高まりを見せてきた。

 

2.2 民衆が各地で立ち上がる

県東部沿岸地域一帯のそれぞれの地において主婦たちが自からの生活を守るために立ち上がり、これが米騒動となって社会に激震を与え4か月間続いた。

住民たちの行動は;(前出のとおり)

・地元米を他地域に移出させない

・米屋へは廉価での米販売を要求、移出停止の嘆願

・役所へは救済の要求

2.3 各地の米騒動

 米騒動は県東部沿岸地域にて186月頃から東水橋を皮切りに12月頃まで断続的に各地で起きていた。このうち、(米移出の)実力阻止がセンセーシヨナルだった騒動が7/2346人参加の魚津のもの)であり、一番大規模な騒動は8/62000人参加の滑川のもの(写真4)である。 

 ここで水橋、滑川、魚津、黒部の地区で騒動の起こった月日(文献2)を以下に記す。

   西水橋:8/3 8/58/6

   東水橋:6月下旬~7月初旬、7/208/46

   滑川 :8/48/89/26

   魚津 :7/187/207/22-238/5-8/78/25

黒部(生地、石田)8/3-8/58/10

これより、騒動があちこちで、しかも何回も起きていることがわかる。これは、騒動が一か所で発生し他の地域に伝染していったというよりも、起こるべくして起こる状況が沿岸地域一帯にあったことを示唆している。

なお、普通の人には(他地域での騒動発生は知らず)魚津が発祥という捉え方になっているのは、魚津が滑川よりも先に起きたことにもよるが、魚津(人口15,000)が滑川(人口10,670)よりも町として大きく、県東部新川地域の中心地であったからであろう。

2.4 子どもや男性は何を

世の中の男性はどうしていたのか。事を起こしたのは女性である。これは男性が漁民として海に働きに出て行いて、町にはほとんどでいなかったためである。女性は漁の後を守るのが仕事だから、男性は騒動が起きても漁に出かけていたのである。

では、子どもはどうか。飲み子であれば母親が背中におぶり、子どもであれば村人が「裏山に一日中遊んで来い、帰ってくるな」と言って避難させていた(朝日の村(現朝日町)の住人談)。

 

2.5 救済事業

 民衆からの救済要求は米商や行政にむけられた。まず行政においては、対策が協議されたり、議会にかけて救済事業が制度化されたりして、廉売の指導があった。廉売に際して、地域の富裕層からの寄付金や財閥から等の富豪などからの寄付金があてられた。

次に米商については、窮状を見かねて率先して廉売に応じた米商もあれば、しぶしぶの米商や拒否の米商もあった。なお、拒否米商も最終的に廉売に応じたようである(未確認)

実施された廉売状況については、廉売価格や廉売対象区域などの設定に不備があったりして民衆に不満が残り、騒動の沈静化に時間を要したのではと思える。最終的には、行政による救済事業が所によっては翌年まで実施されて、問題が終結した。

2.6 行政の事前対処

 行政側にとっては、騒動が起こってから救済事業を運用する事後対応ばかりではなく、騒動勃発防止の意味合いもあって事前対応もしていたという。例えば、一部の行政では民衆向けに外米販売に尽力したという。

2.7 米騒動の報道

 当時のジャーナリストが米騒動の本筋を伝えていた。彼らは、女性たちの立ち上がりに魂を揺さぶられたかのごとく、報道人として真実を伝送していた。しかしながら、一般通念として騒動はイコール暴動であったので、報道開始の時点から暴動という文言が入っていた。(県外では「暴動」といってもよいが、県内では「暴動」にあたらず住民の抗議行動的性格であった。)

 また、当時の情報のもとに描かれた米騒動の絵は、当然暴動としてリアルに表現されている(絵1)。すなわち当該絵では、漫画家の岡本一平氏(芸術家岡本太郎氏の父親)により、女性が米蔵から米を奪っていく様が描かれており、これが当時の教科書にも掲載されたことから、一般人に対して米騒動は騒乱と捉えられ定着していった。米騒動は暴動であり、一揆であるというイメージがこうしてより強固に作られていった。

 

3.騒動の意義、位置づけ

3.1 米騒動の本質
 米騒動は人間が生きていくための不正や不合理を鋭く突いた直接行動であった。しかし、その後、米騒動は暴動と捉えられ、「米の争奪、人への危害、商家への放火」といった間違った認識がなされ今日に至っている。確かに全国的にみれば、米騒動は残念ながら暴動に発展したが、富山での真実は「奪わず、危害を加えず、放火せず」であり、あたかも非暴力主義に貫かれていたかのごとくであった。
 こうした行動に対し時の政府は、軍隊を発動し米騒動を鎮圧し、一方では総理大臣(寺内総理)の首を挿げ替えて事の対処とした。

 時代が下ってからは、米騒動は、婦人参政権獲得はいうに及ばず住民の直接行動で社会の不合理不条理に抗議をしたという前例となり、以降、民主主義の礎となった。

3.2 住民蜂起として

 米騒動は、労働者階級・一次産業従事者の蜂起である、として位置付けることもある。実際、富山においてもそのようなスタンスで米騒動を分析し学ぶ団体もある。そんな観点でいえば、米騒動は労働者階級とはいわないまでも民衆一揆という捉え方もあり、江戸時代や明治時代の百姓一揆と相通じるところあり、ということになる。事実、国内全体では暴徒化して騒乱になったではないか。そもそも騒動の特性は騒乱である、としている。

先ほども述べたように、富山の米騒動は、処分者もごく少数であったように、権力側に付け込まれないような運動であったようであり、とにかく米をよそにもっていくな、高く売るなといった率直な抗議運動であった。これを階級闘争の一形態と見るか、そうではないと見るかは社会をどう見るかのスタンスによることはいうまでもない。

 

4.今日的な位置づけ

4.1 我らの位置づけ

 米騒動をどう位置付けて今の時代に受け継いでいくかが今まさに問われてもいる。とはいっても、郷土史といった次元を超えて位置付けるのは、一般社会ではなかなか難しい。理由は、我ら多くは平生から長きにわたって批判精神が育たない教育を受けてきていたからであろう。

 最近は、総合学習や郷土学習といった教育が幅をきかせてきているが、確かにものを知る上ではかかせないながらも、何か基本が抜けていませんか、といいたくもなる。これは何も初等教育の場ではなく高等教育の場でも似たようなことが起こっている。以降の当該節を参照されたい。

4.2 そもそも歴史の意味が

 過去の重大事件や出来事に対して、何となく関心が低く、歴史ファンの範疇ですねとか、昔のことを知って何になるの、といった論調が如何に多いことか。歴史教育の弊害がここに現れていると見てよい。

これは何のことは無い、事の本質を知る上で批判精神が不要となれば、歴史的事実を並べても面白がるのは歴史ファンだけということになってしまう。歴史ファンにとっても、また開明的な方(事実を知ろうとする方)にとってもとんでもない迷惑かつ不合理な話ではないか。

それにもう一つ教育の弊害として困ることには、世の中の歴史観があり、ごく一部の人が好んで日本歴史観を捻じ曲げて、正しい歴史にいちゃもんをつけ、あたかも虚構歴史を楽しんでいるかのようにみえる。困ったことである。

 ところで歴史を知る意味とは何か。「温故知新」や「過去との対話」もいいけれども「それは本来いかにあったのか」とか「現在は過去の結果であり、未来は現在の延長である」といった捉え方をしたいものである。

 以上のように考えて、米騒動を昔の一事実に終わらせずにいきたいものである。

 

5.受け継がれ

5.1 報道、今の時代にて

 100年前、騒動の時代では報道人は真実報道・権力批判に燃えていたがゆえに、米騒動の真実が全国に伝わっていった。しかし今はどうか、ややもすると忖度が横行するこの世の中、報道機関はどうなっているかといぶかる声が多いのも事実である。

そのようななかで米騒動100年を迎えた各新聞社は熱心に米騒動を伝えていたというのが印象である。

 こうした問題はすぐに政治問題につながるゆえに却って自粛する傾向があるかと思っていた。また、米騒動は(権力に対して)無害化しているという見方もあるとのこと。それだけに、マスコミの取り組み姿勢には’(種々の意味で)大いにびっくりしたところである。

ここで今一つ例として原発事故についてみよう。原発事故でも経済活動を憂いて忖度しているとしか思えないこの世の中であるだけに、これを乗り越えて某新聞社が主張を曲げず、各種団体も主張を曲げず、頑張っているのを見るにつけ、頼もしさを感じる程である。

5.2 米騒動の受け継がれ、運動会にて(写真5)

富山では運動会にて米騒動という団体競技種目がある。女性陣数十人が二手に分かれて、俵(ゴムタイヤで代用もあり)を奪い合うのである。不思議なのは、女性同士で俵の争奪。米騒動の時には女性は男性とぶつかったのであり、漁民の女将さん同士で争ったのではない。こんなところにも、騒動が今日的にも娯楽的イベントに化している。(今の社会、男女平等にあらず、女性蔑視が依然として続いている)

5.3 普通に対応、知ることから始まり

かくいう私も、今になって米騒動に関心を持っているが、これまでは一地域の過去の事という捉え方であった。これは皆さん共通の思いではなかろうか。だからこそ、100周年を節目に米騒動が何だったのかが問われ、風化防止と新たな発展が始まったのである。

今後に向けては、米騒動について今日的に問題を掘り起こし、かつ今日的に歴史事実を積み上ることになろう。また、知ることの先にある知の活用があり、米騒動を契機に「この世の中、どうなの」と考えていくこともなろう。これは、楽しみ提供というアミューズであってもかまわない。

 

6.教育

6.1 後世への伝え方、高校教科書にみる

後世への伝え方として高校教科書で米騒動がどう扱われているかをみよう。文献2を参考にすると、伝えなければならない事の本質が時代とともに揺れ動いていることがわかる。概して、今日的には米騒動の扱いは小さくさりげなくといった感じがする。以下、みていく。ただし、斜字体文は著者の感想である。

(1) 50年代:「米騒動が全国に広がる。米屋や高利貸しを襲う暴動。軍隊が出動し静める。」「騒動は生活苦から来た自然発生的なもの。18年に滑川町の漁民主婦が口火を切る。直接参加は1300万人という。」

 →原因明記だが襲うとある。

(2) 61年:「米屋を襲う」がこれまでの標記だが「米屋におしかけ」表記もあり。

暴動とは捉えない姿勢が記述されるようにもなった。

(3) 92年:「おそわれ」や「おしかけ」の表記あり。

「参加者は70万人超え。」→人数が上方修正か。

(4) 2011年:「米の安売りを求める運動が全国に広がる。政府は軍隊を出動させこれを鎮圧。」

→何のために、どこに向けて行動したのかが欠落。

6.2 倫理教育

一部の良心的な米商を除いて、米の適正価格販売をかなぐりすてて大儲けに走る米商。彼らには倫理もへちまもなかったのだろうか。今もその根本はそんなに変わっていないのではなかろうか、といぶかる人も多い。それだけに、世の中では倫理倫理と叫ばれていることに安堵を覚えたい。がしかし、安堵ができるのであろうか。初等教育では道徳教育があり、大学教育では経済人・産業人の倫理教育がある。

ここで大学教育について記す。大学における倫理教育では、この社会をどう良いように作り、育て守っていくのかという視点はみじんもなく、今あるシステムの運営ルールにのっとって、その範囲内で倫理を設定していくための教育としか見えない。企業コンプライアンスにしても、あれは企業を守るための策であって、世の中における企業の役割をいっている訳ではない。

また、倫理教育の実施に際しては企業人やOBを呼んで事に当たっているが、教える範囲は上述のような制約下にある。その点、ある老大学人が倫理教育を買って出て、経済性を乗り越える倫理から内部告発の仕方まで教えている。

 

7.今の住民の意識には

7.1 米騒動について地域住民のとり方

全国に飛び火した米騒動は暴動そのものであったが、富山の米騒動はいわば食料騒乱であり、暴動ではない。しかし、富山もまた暴動としての捉え方が先行したために、民衆は負のイメージの米騒動から一線を画し、ダンマリを決めていたかのようにモノ言わずの状態であった。時代が下り、米騒動100年により歴史的な検証が進み、ここにきてようやく負のイメージからの脱却ができたのではなかろうか。

しかしながら、若者世代では、米騒動は遠い過去の一出来事にしかとられていないように見える。いわゆる無関心がみてとれる。

こうあってはいけないとして、小中学校向けに故郷教育で米騒動が扱われ、地域の世直し系団体とのタイアップで、子どもへの啓発が盛んになってきている。節4.1では厳しい論調にしたが、そんな教育に期待したいものである。

なお、魚津にはタテモン祭りがある。船の帆にみたてていくつもの提灯を縦横につらねて、そのひとつひとつに女性の名前を書いている。これは、米騒動で女性が立ち上がったことに敬意を表してのことなのかもしれない。

7.2 今日的な問題、政治へ
 最近、政権政党がきな臭いことを日常化する政策をとり、ますます国民の生活を窮乏させようとしているのでは、との指摘が多い。ここは、やはり、そうした動きに猛然と抗議をしていかねばならず、その意味でも国民の直接的抗議行動とともに国民を支援するジャーナリズムの果たす役割も大きいと考える。

しかしながら、民衆運動の小休止状態やジャーナリズムの権力対抗姿勢の弱まりも残念ながらみられる。だからこそ、米騒動の原点を思い起こして今後の運動を展開していくべきであろう。

また社会における身近な問題として関わる種々の分野で「おやっ、変だぞ」ということがあれば、背後に潜む本質をあぶりだし、改善に向けた行動が肝要と考える。

以上の二点を我らの今日的な問題として捉えたいものである。

7.3 観光資源として

米騒動発祥地域にはいくつもの米倉が現存している。これを富山の近代歴史遺産として保全していきたいものである。また、これを観光資源としてもっと活用してもいいのではなかろうか。米騒動100年を契機に、これまでの騒動というマイナスイメージが払しょくされたことであろうから、学習対象や歴史認識のよりどころとしても地元の取り組みに大いに期待したいところである。観光が通り一辺倒ではなく本質への接近とならば、この上ないことである。

 

8.まとめ
(1)
米騒動の本質

暴動ではなく生活を維持するための社会不正義に関して激しい抗議であったこと。ジャーナリストがことの本質をしっかりと見極めて権力に抗して全国に報道したこと。この2点が米騒動という直接行動の本質である。また主婦を担い手とした米騒動は一揆でなく「女性による世直し」(by向井氏)と捉えたい。

(2) 米騒動の今日的受け止め方

米騒動という世直しの心意気を我らの生活に反映させていきたく、そこには物事の本質をも極める姿勢や行動が求められ、歴史の本質をしっかりと認識するとともに枠を超えた倫理感が熟成することを望みたい。

◆謝辞

 本稿を纏め上げれたのは、米騒動のシンポ・講演会・展示会に参加・見学したおかげであり、各企画を精力的に進めておられる関係各位には記して謝意を表する。

◆参考、引用文献

1)米騒動100年記念フォーラム;米騒動100年記念フォーラム資料集、2018.6

2)滑川市立博物館;米騒動100---滑川から全国へ、



災害報道におけるジャーナリズムについて雑感、エッセイ172

2018.06.25 災害報道におけるジャーナリズムについて雑感、172 

1.はじめに

災害の報道では技術的クオリテイを高めることが必要として報道側と技術側のタイアップ必要といわれ、その地域でも両者合同の勉強会が催されている。いいことではあるが、報道の根源的な使命も貫徹していただきたい思いもある。そこで、両者のタイアップは如何にあるべきか、報道側の姿勢を中心に技術サイドから論じてみることにした。なお、討議の場は、建築系の災害研究のグループが開設する場とし、専門家側は開明的な方々とする。ただし、文中、ジャナリスムとマスコミをチャンポンに記した。

 

2.富山の民衆運動について

民衆運動のパイオニアとして富山の2ケースについて、以下 に論究する。

ジャーナリズムが民衆運動を支援する特徴的な民衆運動として、富山においては越中米騒動とイタイイタイ病 (以後、イ病)の公害病闘争がある。これらについては、すでに終わったのではなく、いまなお粘り強く運動が進められていて、ジャーナリズムが積極的に運動を取り上げており、ここに、最近の取り上げの二点を紹介する。

第一は、201869日に開催された米騒動100 年記念である。フォラムではどのマスコミも米騒動は世の中の不正をただす住民の直接行動として、民主主義の原点と評価していた。

第二は、2018 6 17 日には BS 日テレで 11:00-11:30 に放映されたNNNドキュメント’18「清と濁 イタイイタイ病――記者たちの50年」の番組である。大企業、権力(自治体を含む)側の患者切り捨て行為や 問題の矮小化行為については、(原発の問題にも通じており)ジャーナリズムの役割が説かれていた。

上記二点の本質を繰り返し言えば、「米騒動とイ病」については、富山が先駆的な役割を担っており、ジャナリズムが権力に対し果敢に支援してきたことがつまびらかにされていた。

 

3.ジャーナリズムの在り方

ジャーナリズムは、原発の時と同じように反原発のノリで災害についても切り込むことができるか考える。たとえ災害時でなく平常時でも、社会問題として、超ローコスト競争を容認する社会、価値観の多様化というなかばごまかしの価値観画一化、中立不偏をかかげる問題逃避、などがある。

 ジャーナリズムは災害報道をどう考えているのであろうか。より正確に本質をつかんで報道は当然であるので、そこに専門家の知識を生かすということで、技術とジャーナリズムの意思疎通を図るのももっともなことである。

しかしながら、項目1でも述べたように技術的な分野にのめりこんで市民の立場を忘れてはいけないことは言うまでもない。とくに、災害の人為的な問題(市民の安全性を二の次にする姿勢などを含む)においては、例えば原発事故のような場合にもあるように、明確な市民姿勢が貫けるかどうかが問われている。種々の事に気兼ねして市民側に「なれとあきらめ」をさりげなく強いるようでは大変こまるのである。原発でも、反原発を主張した新聞は(系列社を含めた)1 社のみで あり、他はやむなしの論調となっている。こうしたことが真剣に問われていないならば、所詮ジャーナリズムは単なる映像屋やビラ屋さんではなかろうか、といった論調も耳にする。この点をもっと考えていきたいものである。

 

4.専門系との交流

専門家側は何も社会変革を求めている訳けではない。いまの社会状況のもとで改善をどう図っていくかが考えられており、まずは百家争鳴でいいのではと考えられ、実際にいくつかのグループがそうした行動をとっている。例えば、3.11の話がいつしか9.11の話になったりしても、 間口は広く、奥行きも広さをあるべしということである。

ジャーナリズムの使命は、「権力を監視し、権力から国民を守る」と開明人は言う。ならば、その延長線上で、技術との交流には技術各論の話に加えて本質的な議論を社会問題としてやってほしい。ジャーナリズムはそん な専門家グループと交流を図ってほしいものである。

 

5.市民サイドではこんなこと知りたい

5.1 社会において

市民にとっては、この世の中はどういうプロセスで変わるのか、教育は如何に役割を担うのか、日常の生活の営みはどんなところで意義深くなっているのか、結構知りたいことである。著者もいち市民として以下に思いつくままに少し項目を挙げてみる。

(1)  社会変革のプロセス:

 ・専門体系からの変革行為はもちろんあり。

 ・教育、市民行動等によるものもあり。

 ・ジャーナリズムによる市民への真実伝達

  →社会がそれによって変革

   例として横浜の杭事件等。 国民の社会的行動として力を持つことのよう。

(2)社会問題としての論議の必要性 技術界では、たとえば騒音問題を数値の問題に置き換えてしまうと、数値の論議で終わってしまうことが多い。本来は、騒音は騒音であり、何とかすべきの論議が必要なのに。結局は、数値の問題に置き換え、すぐに金の問題に置き換えてしまうのは、原発のみならず、 どの問題でも同じことのようにみえる。

(3)行政の姿勢:

 ・政治への忖度として、市民軽視、改ざん、隠蔽は当 たり前か。

 ・経済界や地元に気遣う行政。

   文化行政での一部例→  間違った史跡認定を撤回しない行政。

      これに追随する多くのマスコミ。

(4)学協会の姿勢

・中立を決め込む学協会 →問題を避けたがる

   原発問題を例 →原発問題を避ける多くの団体。

          →原発の問題を学協会から分析し

 質の高い知識の提供。

   公害問題  →当該企業はいまだに本質を避ける姿勢。

 追随する自治体。

(5)マスコミの姿勢

・自主規制  →最近気になるのは不偏不党を標榜した自主規制。

    (ごく一部の問題やごく一部の人の事)

 ・市民へは刷り込み役    なれとあきらめの浸透も一部あり。

    教育とあいまって。

 

5.2 災害では

災害要因には、法律の規制緩和、特別措置などあり。これらは、何のための誰のためのものなのか。都市部の容積率緩和は過密都市形成の原因。特別措置はそこそこの被害が発生には目をつぶって経済が回ることを優先か。建築主の安全よりも経済性志向が問題。特にマンション転売では売れることを先決として後は知りませんの考え。何とかしたいものである。

 

6.おわりに

今、ジャーナリズムに求められているのは、報道の具合論よりも基本姿勢ではなかろうか。専門分野におけるジャーナリズムのあり方としては、報道の正確さは当然であるが、社会的な期待としてはやはり国民を守ることである(いうまでもないが)。しかし、専門とのタイアップでその姿勢がかすむようでは困るので、専門家たちの前にも筋を通して欲しいと思う次第である。災害報道に限らず、政治報道についても、真髄を発揮して欲しいも のである。

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