歴史ドラマの時代考証を楽しむ
1 はじめに
歴史好きなら歴史問題について考究したいところだが、歴史問題について、仲間内や皆さんとお話するにつれ、市民の歴史の受け止め方に関心をもち、市民にとって「歴史は難しいもの」といった取り方を何とか楽しいものにもっていけないかと考えるようになった。そうした観点で、市民の歴史の楽しみ方といった内容で、2020年3月に大山歴史民俗研究会に書き物を投稿させていただいた。今回は、その延長線上で、テレビの歴史ドラマの楽しみ方として、時代考証がどのようにかかわっているのか、時代考証を自分なりにもしてみたくなり、近世時代(江戸期)の庶民の生活環境として(エッセイとして)述べることにした。
2 時代考証そのものも楽しめた番組
歴史ドラマは、時代考証をもって歴史時代をドラマ仕立てにしている。そこでは、時代考証は表に出ることはないものの、ナレーションで「1両が現在の10万円」といってテロップでの紹介が時折ある。一方では、時代考証というよりも時代論考が表に出たこともあった。1994年から2004年までNHK総合テレビで『コメディーお江戸でござる』の番組があり、お江戸の庶民の人情を劇にしていた。これは、「劇、女性歌手歌唱、おもしろ江戸話」の三部作であり、お江戸検証が時代論考そのものとしてレベルも高く人気があった。担当は、もともと漫画家であり時代考証の専門家でもある杉浦日向子氏であった。ドラマの人情が時代環境のバックグラウンドにて息づいているとあって、歴史ファンのみならず一般の方々には大変な人気であった。今となっては、感心したこと、感動的なことは一切覚えていないが、歴史が市民世界に入いり込んでいることを実感した次第である。市民感覚の歴史とはそんなものかと。皆さん、ご記憶に新しいかと思う。
3 江戸期の生活環境、お米と貨幣から
(1) お米
・1石=1人が1年間食べるお米の量=1両
360日×3合/日=約1000合(1日0.4kg) 1石=150kg=2.5俵
・1石=1反(10ア-ル)の農地でとれる米の量(アール=100㎡)
現在は生産力向上で1反から2.5石とれる。
・5kg袋詰めのお米なら1人で12日分の量。
・お米消費(大人1人) 江戸期は1石/年 今はお米離れで0.3石/年
(2) 貨幣
・貨幣=重さで計量;貫、両、斤、匁
・1両=金10匁=37.5g 後に貨幣価値減で慶長小判=4.7匁(金4、銀1割合)=17.6g
・金1両=銀50~60匁=銭4000文 銀1匁=銭80文
(3) 貨幣価値、江戸期と現代の換算
大工日当、蕎麦、お米が換算対象用の尺度となっている。以下に示そう。
・蕎麦1杯の値段
元禄期では8文(16文も有)。今の立ち蕎麦では300円相当。1文=40円程
・大工給金(日当)は銀5匁4分。今は1~1.8万円程 ⇒匁100文、1文=25円程
・お米 5kgで2,500円として150kg1石は7.5万円 ⇒ 1両7.5万円。
生産者米価ではひと頃1石=6.3万円
・総合判断 1文は25円(1両4000文として) ⇒ 1両=1石=10万円
(4) 今日の社会構造変化からの今昔換算について
現代ではお米や建築生産、食の提供制度が大幅に変わり、江戸期との比較そのものが難しくなっている。以下に、社会的状況を述べておく。
・大工仕事 明治期に建築生産の制度が輸入され、かつて大工が持っていた棟梁の役割が建築家にとってかわられ、その結果、大工は作業員へと地位を落とし、低い給金となっている。いま職人の地位向上と声高ではあるものの、根本制度が変わらない限り大工地位向上は困難とみている。
・お米 食料の国家管理として食管制度が1942年から1994年まであり、その後は食料制度として自由競争が受け入れられ、今日に至っている。一方では食生活の多様化があり、コメの消費が低下して、お米はかつての勢いを失っている。いまなお、生産者米価の低下が止まらない。
・蕎麦 ドラマでの夜なき蕎麦屋はさしずめ立ち食い蕎麦に対応か。食全体における蕎麦の扱い方には、今は特に間に合わせ的なものを感ずる。
4 おわりに ドラマと現実との相違を踏まえた今昔換算についての雑感
市民の歴史観に関心があり、歴史ドラマにおけるお米や貨幣等に関する時代考証について、自分なりにも論考を試みた。江戸期では、金の相場制や米の相場制(江戸初中期以降)があり、インフレありで、貨幣価値は言うに及ばず物品価格も安定しておらず、また現代とて同じ状況である。そんな当時と現代における物品価値や貨幣価値を見出そうとするのは大変なことである。そのために、衣食住の住に着目して、住まいを尺度にして今昔換算を試みようとしたこともあったが、まずは社会全体の経済能力と、物品の社会における相対的な価値関係を明確化する事が必要となってこよう。こうした所には生活の満足度が入り込んでくるので、アプローチはなかなか難解である。そのようなことを念頭において、歴史ドラマをつぶさに見ていると、何となく荒っぽい今昔換算であっても、不思議と違和感がないのに気づかされる次第である。これはドラマ世界と歴史現実との違いといってもよいと思っている。
謝辞 本稿での各種数値について、現在の値は直接調べたが、江戸期のものは関連のHPや歴史家の談から引用した。関係各位に記して謝意を表する。