エタルニテ

エタルニテの最新情報と井上佳香先生のひとり言が聞けちゃいます。

仕事の合間にCSなどでの海外ドラマを録画しては

見る日々が続いている。韓国、アメリカ、イギリス、北欧と

色々とみてきたが、やはり飽きないのは中国ドラマ。

それも「秦」の時代の話。

数十万の兵を動かし、覇王をめざす各国の王たち。

それをとりまく軍師やら将軍、妻たちなどのドラマ。

壮大なスケールや威風堂々とした軍神たち、そして感情豊かな

時には大袈裟に思えるが、自分の欲や名誉、あるいは正義や信念の

ために死もいとわないとか、ものすごく濃い!熱い!

中国自体はちょっとだけど、ドラマは別。

敵を攻め落とす術や、そのセリフの言い回しや、役者の存在感が煌めく。

日本のドラマにはない、熱い魂を感じてしまって、毎回毎回ドキドキしながら見ている。

もう夜中の3時半・・寝ないともたないよね。

この春、引っ越しが大変なことになっているらしい。

業者が足りないのやら、3月に集中しているので、

考えられないような見積もりになっているようだ。

去年私が引っ越したときは、通常の引っ越し業者ではなく

別の方法をたまたま使って、あの過去の一軒家のごみを全部整理して、捨ててもらい

倉庫と今の自宅との二カ所への引っ越しを本当にリーズナブルな価格で

行ってもらった。そこからたった七ヶ月。

その当時で、100万。

きっと今だったら、目の玉が飛び出る金額になったろう。

物事にはすべてタイミングというものがある。

コンビニ、居酒屋、介護、宅配、そして引っ越し業界。

これからどんどん人手不足に。

今まで当たり前のことがそうでなくなる日。

今日は汐留にある浜離宮そばの新築マンションへ。

まだこれからの引っ越しでほぼ人はいない。

たいていのことにはもはや感動しない私だが、

このマンションの最上階のガーデンテラスに行ったときは

もう思わず「えー!!」を連発してしまった。

360度、ぐるりと庭園が続いて、緑をバックに海ときれいなビル群。

あー!!東京の生活の醍醐味の結晶みたいな。

ここのマンションシリーズは本当に素敵なデザインで、心をきゅっとつかまれる。

しばらく地上に降りたけど、なんだか呆然。

天国というのはちょっと大げさだけど、旅に出かけたような気分に。

帰りがけ、コンラッドホテル・・(ここって一応一流ホテルらしいがなんかサービスがイマイチな気が。)

の浜離宮を望む28階のティーラウンジでまたケーキセットを頼んで景色を堪能。

つかの間の数時間の休日だった。


首都圏のほうは狂乱のマンションバブル。

なのに、一方では誰も近づけない禁忌の場所に。

狭い日本の中でも両極端の状況が存在する異様な時代。

いまだに仮設で暮らしている人がいる一方、大使館のような

豪華な住まいに住んでいる人も。都合の悪いものはみないように。

子供の連日の虐待や貧困。少し歩けば老人が溢れる街。

勝ち組負け組という言葉は昔は気楽に使っていたが、今は

深刻すぎて逆に表にでてこない。2020年が過ぎたら、世の中もっと

暗くなるのだろうか。東京だけに頼って東京がこけたらどうするんだろうか。




たまに「ケン・コーポレーション」という高級賃貸のサイトを

眺めて楽しんできた私だが、最近すべてのマンションが

ケン化してきて、本当に高い!バブル再現。

港区とか超都心だけではなく、練馬や武蔵小金井みたいな半分田舎まで。

それどころか千葉や埼玉まで。便乗して高くなってきた。

誰が買うんだろうとか、住むんだろうとかいう価格になって、

もはや考えることも無駄。

一億、二億当たり前。

それで家賃にそのまま反映。

これで東京もNYのようにサラリーそのまま

家賃の世界にはいるのだろうか。普通の暮らしができない。

豊かか貧しいか。

両極端。

これから本当に住みにくい世の中になるのかも。

30代、40代の貯金額がゼロが多数という今の日本で

もしも巨額のローンを買って、万が一会社がつぶれたらどうすんだろうか。

いっぺんに落ちてしまう・・怖いことだよ。ずっとこの環境が続くわけないし。

目の前にステーキがあっても、めちゃ空腹でもこらえている私。








ここ2カ月ずっと賃貸か持ち家とか悩んでいたので

この悩みから解放されて、本当にほっとした。

あと10年もしたらもうすっかりおばあさんになってしまうので

この10年は私の人生にとっては最後の輝き?

どこでどう暮らして、最後どう迎えるか。

10年生きるという保証もないし、また急激な変化があるかもしれない。

変化はあっという間にくるから、その時はさけることができない。

父母犬たちを看取って、相馬の家を始末して、練馬の家も売って。

人も物もどんどん手放していくと、自然に自分の死というものも

意識していく。倉庫にはまだたくさんの過去の写真や自分の記事のっている

雑誌が保管されているけど、それももうあまり執着がなくなってきた。

そのうちに捨て去る日がくるかも。捨てようと思えば、なんでも捨てれる。

父や母が亡くなったときに、たくさんの書道や謡の本や紙がどっさりでてきたが、

本人がいなくなればそれもすべてゴミというのは確信した。

私も何か集めれば集めるほど、後始末が大変だろう。

好きだったガーデニングも、今は手がかからないバルコニーだけの庭に。

植木を植えれば植えるほど水やりも大変だし、花も以前より興味がなくなってきた。

ほんのちょっとの彩りがあればそれで充分。

輝いてもそれはずっと続くわけはないし、変わっていくのは当たり前。

最近はコップ一個も本当に必要じゃなければ買わなくなった。

ある意味楽かも。








ここ2カ月ほどで興味がわき、短期間で

20カ所程度の新築マンションのモデルルームを見た。

月島、国分寺、八王子、浜田山、青山、田無、花小金井、

萩山、東久留米、所沢、二子玉川、練馬高野台、石神井公園、

武蔵小金井・・・ともかく興味のある所はたいていいった。旅行みたいに。

実はその前からもさまざまな高級賃貸も色々見にいってた。

駅直結、せいぜい8分ぐらいをターゲットにしてみた。

駅から10分以上歩くのはさけた。時間のロスだから。

あと年取って自転車とか乗れなくなったら移動が大変。

結果、もはや間取りとか仕様とかかなり詳しくなってしまった。

仕事&ぷーちゃんの介護で忙しいところ、余計に忙しく悩んで

いたら、睡眠が3時間程度に。このままでは倒れそう。

そろそろ確定申告のまとめもしなくてはならないので、ちと焦る。

今の住まいが定地借といって、期限付きなのでおのずと次の住まいを

考えておかなくてはならず、この先家を購入しようか、賃貸にしようかさんざん

悩んだ結果、結局賃貸を続けることにした。

なぜかというと、どこか固定的に住まいを決めてしまうと

将来が不安だし、もし家を買ったとしても港区など都心の

美術館のようなばか高く、良い立地マンションを買うだけの資産はなく、

それ以外はたいてい今から価格は下がるので、買っても元は取れないと思うから。

億ションもある反面、実際今1000〜3000万台のマンションも、中古でも新築でも

たくさん出てきたし、どこに住むかをこだわらなければ、家というものにそんなに

こだわることもないのかも。私の場合はだいたいこの地区に住みたいめぼしがついた

ので、とりあえず当分はそれを目標にしようと思う。

住むには病院と日々の買い物が近いことが大事だね。

あと店舗もお店がなくなっても他の次々別のお店がまた

入るようなところならいいけど、そのままになってゴースト化してしまうような場所はだめだし。

収入下がったら家賃も下げていく。

これからは臨機応変に生きていかないと。

長いローンとか組むと、その間病気になったりアクシデントに見舞われたら

払いきれなくてとかもありうるから、ローンも組みたくない。身軽でいたい。

家も服と同じ感覚。

考えたら私、今まで自分で建てたりを含めて引っ越し6回はしているかも。

これからはそういう住み方、増えるんじゃないだろうか

タワーマンションは10年までは豪華でいいけど、古いビルはそのまま墓標になりそう。

最近通った所沢にはそのような20年以上のタワーマンションが多い。

と同時にまた新しく新築もたっている。でも新築はまだまだ高い気がする。

タワーはどんどん住み替えるパワーがないと住まないほうがいいかも。

年をとって引っ越したくても引っ越せなくて、あの塔のような場所にいるなんて怖い。

最近少し高所が苦手になってきたので、高層でも自分で長く住むとしたら低中層階がいい。

所沢は賃貸するにはなかなかいい物件もなく、せっかくグランドエミオに惹かれたが、

住むのは断念した。その点東京のようによい物件が豊富なのは助かる。

アパートでもマンションでもそこそここぎれいな物件が、たくさん。

自分の今の状況によって、選ぶことが可能。

できたらもっともっと家賃も下がってほしい。


全てに余裕がない。

いつも用事に追われていて、ぼーっとするのは電車にのってるときだけ。

これが落ち着く日がくるのだろうか。

365日仕事をして、ぷーちゃんを一日おきに病院へつれてき、

その合間に今後の住まいなどのことも考えて。

間違った判断をしないように、ここが結構大事な気がする。

でもとても疲れているので、深く考えらない。時間もない。

どこかでリセットしなければならないのだが、日々が流れていってそれも

できない。困ったものだ。

今年のお正月、いつもの神社&お墓参りにたまには

変わったことをしたいと思い、レンタカーでレクサスを借りて

みた。有名なレクサス、乗ったらどんなに感激するかと思いきや

それがまったく感激せず・・。借りたい白も選べず、暴力団か政治家の

乗るような黒だったので、よけい気分が上がらず。

車というより、なんだか移動する道具って感じかな。

期待していた分、なんだかなって思った。

いつもの普通の車のほうが気が楽(笑)。

IMG_20181218_0004このポーズはとれません。

高くあげた片足と、それを

支える体幹で、ピッと止まる体。

今日は夜から雨だったが、昼はしっかり晴れてくれて

助かった。天気だけは選べないので、運がいいとやっぱり晴れる。

ここは文京区の伝通院の近所にある幼稚園も併設されている

大きなお寺だが、どうもこれまで首をかしげるような出来事が

多くて、納骨のほうもぎりぎりまで迷っていたが、さすがに年末も

近づき、母もいつまでもこのままだと、落ち着かないかなと思い

とうとうここのお墓に入れることに決めた。ところが今日もまたえ?という

出来事が起こった。お寺で決めてもらったはずの、戒名が書いた紙を

見ながら住職がお経を唱えるのだが、その戒名の名前がちがうことに

気が付いた。でも途中でやめさせるのもなんだと思い、そのまま続けて

もらったが、最後にそれを一応指摘したら相手もびっくり、謝罪された。

たった15分のセレモニーだったが、これでO十万でなおかつ間違えて。

ちょっとなあという感じ。まあ母も苦笑していることだろう。

その帰り道、立ち寄ったいつものリーガロイヤルホテルの庭が上品な和風で、

素敵な紅葉に包まれていた。

それを見ているうちに、気分を持ち直した。

クイーンの映画で久々に映画で感動した。

忙しい中、無理やりに作った時間だったが

行って良かった。最初、フレディ・マーキュリーの俳優・・

あの「パフューム」のたぶん主演俳優だったと思うが、

写真ではあまりフレディに似てなくてどうだろーと思ったけど、いやいや

その演技に引き込まれて、魅了されてしまった。

私が一番好きな曲、「輝ける七つの海」がビルボード初に入った曲で

あったこと、そのほかの曲の歌詞も凄く味わい深くて、そういう知識が得られて

良かった。それと売れるまでの過程と、曲づくりの面白いエピソード。

ハチャメチャなようでいて、強く輝き、その分孤独な人生。

ピュアな分、欲望が強くて、人も自分も傷つけてしまう。

でも誰よりも天に愛されて、天才的なロッカーだった稀有のフレディ。

他のプレイヤーたちはオリジナルメンバーにそっくりでびっくり。

でも人はある一定のところで知らないうちに、人生の輝きを放って

あとはその遺産で食べていくようなものだと見ていて思った。

その輝きは人それぞれ違うスケールだが、その時期は神になれるのかと

思うほどの勢いを持つこともある。でもやがて老いがそれを踏破して、

悲しいくらいに過去になってしまう。フレディのように夭折してしまうと、伝説と

なって残る場合もあるけど。あとはそれぞれの人生の残りかすを緩慢に

温めていくような感じだ。

若いころ思い切りとがっていた私も人から優しいといわれる

ようになって、えー!と内心思うが、年よりになってきた証拠かなー。






DSC_1002こういう会に忙しくてなかなか

出れないことが多いけど、

色々セッティングしてもらったので

なんとか行った。表参道のランチ。

30−60代まで。独身、既婚、子供ありなしと

幅広い年齢だが、ダンスでつながった仲間と先生。

IMG_5929新旧の植木鉢fが並ぶ。

家にいるだけで、心満たされる。

悲しいこと、辛いことがある分

この幸せがわかってくる。

感謝。

容態がよくなくて、おととい何も食べなくなった。

もはやいよいよ命が危ないのかと

朝から悲しくて、泣いてしまったが、先ほど獣医さんに

連絡してみると、またご飯といっても液体だが、ほんの少し食べた様子。

昨日、見にいったときたくさん気をあてておいたからかなあ。

久々に自分のパワーを感じる出来事があって、自分のできることを再認識。

まだあきらめてはいけないね。命は意外と強いもの。

今日もお天気がすばらくしよくて、ちょっとクリスマスっぽくしたバルコニーに

布団をたくさん干す。最近はちょっとした出来事も、この時間はもう戻らないから

大事にしないとと思う。来年の誕生日、私はとうとう60代ね。

もう人生も終盤に入ってきて、父とも母とも別れて、実家もなくなり、犬も危ない。

これからの10年、大事なものをあらかた亡くした私、何を感じながらどう生きるんだろうか。

なんだか別れがとても早かった。

自分の気持ちが付いて行ってない状態。

学生時代、父の店、「うさぎ」とかかわっていた時代、

講演やエッセイの連載で忙しかった時代、

相馬、東京、仙台の往復時代、テレビ出演、そして今のお仕事。

私はこういう人生だったのかなーと。これが私だったのかなと。

何かまだあるんじゃないかと、実感ができなくて、つかみどころがない自分。

あと10年、動けるだけ動いて逝きたい。これでいいんだねと納得して死にたい。

なんだか往生際悪いけど(笑)。


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