エタルニテ

エタルニテの最新情報と井上佳香先生のひとり言が聞けちゃいます。

2012年02月

「放射能で世界は終わり」という記事 作ろうと思えば簡単だ

 

 福島第一原発事故から1年近く経つが、この間、メディアでは反原発派の発言が声高に踊ったり、多くの人々が不安を抱いた。

 だが、「放射能で世界は終わり」という記事を作ろうと思えば簡単である。
世界中の「原子力は人類の敵」と執念を燃やす学者からコメントを集めればいいだけだ。

その主張がどれほど異様であっても、こと放射能に関しては世間の多くの人々は妄信してしまう。


 煽り報道に登場する学者たちの経歴を精査すれば、ほとんどが放射線医学は専門外である。
1970年代ぐらいで知識が止まっている人も多い。「○○研究所」のような肩書きがあっても、実態は反原発活動団体だったりもする。

 たとえば、〈フクシマから200キロ圏内「がん患者は40万人増える」〉(フライデー56日号)で、欧州放射線リスク委員会(ECRR)のクリス・バズビー博士は「福島原発200キロ圏内では50年後に放射線被曝で約40万人ががんになる」と予測した。ただし、ECRRというのは「緑の党」傘下の反核団体である。しかもバズビー氏は、放射能リスク軽減サプリと称し、1パック5800円と高額なカルシウム・マグネシウム混合サプリを販売。内容から見て、市販品なら1000円で同等のものが買える程度のシロモノだ。そのことをすっぱ抜かれると、それ以降、全くメディアに姿を見せなくなった。


 煽りメディアや似非学者たちは「福島のために」「子供たちのために」などと正義漢ぶるが、結果として、福島の人々に過剰なストレスを与え、「人権侵害」「差別」「風評被害」を助長しているだけである。


 現実に
20114月には、宿泊施設で、福島から来た客に対して宿泊拒否が起きていたことを厚労省が発表した。また、中部地方のある公営住宅でも、福島県から避難してきた母子が被災者の受け入れ窓口で「一晩だけでも泊めてください」と土下座して頼んでいるのに追い返すことがあった。住民から「放射能に汚れた人を入れないで」という声があったからである。


 ネット上では福島出身の人間は健康な子供が産めないというデマが飛び交い、結婚差別も起きている。被災地の瓦礫処理に各地の住民が反対しているため、
1年も経ったのに、処理された瓦礫は5%しかない。これでカネだけ撒いて「さぁ、復興せよ」というなら偽善も甚だしい。


 煽りメディアや似非科学者たちは、自分たちの「商売」や「活動」のためなら、根拠のないウソで多くの人々が差別を受け、復興が停滞しても何も感じないのだろう。

週刊ポスト201239日号

 


 先日福島市で撮影しインタビューを受けた記事が

カラー1ページにまとめられて以下の雑誌に掲載されますので、

東北の地域の方は、よろしかったらご覧くださいね。


 雑誌「monmo」(モンモ)春号にインタビュー記事が掲載、

レギュラーページ「私の本棚」に登場します

【販売地域】福島県内の書店、コンビニエンスストア、

書籍取り扱いのあるヨークベニマル、コープふくしま、

仙台市中心部の書店8店(丸善・紀伊国屋書店、他)

仙台市・仙南地区のヨークベニマル6店、山形県内の19書店

【判 型】A4判、全ページカラー印刷、約120ページ

【価 格】780円

【発売日】2012年3月10日

外へでると、本当に時間がたつのが早いものです。

今日もおかげさまですてきな出会いがあって、

自分をまた見つめなおす機会をいただけて感謝です。

また自分の未来を考えていくきっかけが少し生まれました。

なんだか自然にそういう流れがやってくるのがいつも不思議です。


そういえば2月21日に私自身がブログで

こんな記事もありましたと取り上げた相馬の酪農家さんの

悲しい事件が、どうやら3月11日の報道ステーションスペシャルで

放映されるそうです。やはり私と同じように心にひっかかっている方が

多くいらっしゃるのでしょうね。

(ソースは相馬,玉野の庵主様のブログ「ファーム庵」
http://blog.livedoor.jp/farm_an/です)

そこだけ抜粋させていただきました。

古舘伊知朗さんと歌手の長淵剛さんが副霊山の酪農が亡くなった事件の特集を
組むのだと無人になってしまった雪の降り積もる牧場跡で
スタッフ総勢三十人ほどで撮影をしていったそうな
・・・・・・・。

長渕剛さんはそれまでは特に意識してみたことがなかったのですが

震災後、自衛隊の駐屯地でのライブの模様や紅白での歌う姿勢をみて

とても感銘した覚えがありました。この方も何かきっと変わられたのでしょうね。

私も気になっているので、ぜひ見ようと思います。

ブログを書かれていらっしゃる庵主様は相馬地区において

高い線量を記録している玉野に暮らしていらっしゃって、日々困難と闘いながらも

自然や周りの方々をとても慈しんでいらっしゃる社長さんです。

人は皆、日本の国に生まれた国民として平等に健康に安心して

生きていく権利があると思うのです・・。今はそれがとても軽くなってしまって

弱者はどんどん押しつぶされてしまいがちですが、本当にそれでいいのでしょうか。

自分が貢献できることはこうしてブログや雑誌を通じて少しでも

皆さんにお伝えしていくことぐらいですが、こつこつと続けていければと

思います。



あれからテレビを見る時間がなかったせいか、

CSの録画番組がたまってしまい、その中身を

見たら、ほとんどが LAW AND ORDER だった。

最初はたいした数ではないとたかをくくっていたのだが、

いやいやそれが・・・シリーズ20の18回目とか、ともかく

長い長い長寿ドラマだったようだ。

中身は以前書いたが、ニューヨークやロスの警察&検察の

話で、次々に起こる凶悪事件を解決していく。

警察は証拠をそろえ、検察と連動しながら容疑者の罪を固めて

最後は法廷が舞台となり、白か黒かを弁護士と争う。

検察のせりふが長くてよく俳優たちは

毎回毎回記憶してくるなあと感心。あたりまえといえばそうだが、

もうその役になりきっている。出てくる刑事がつい容疑者と不適切な関係になったり、

検事局のいいポストにいたのに、正義心から刑事に異動したりと

人間くさい面もあるので、出てくる人物に親しみがわく。

華を添えてる女性検察官はイタリア系の超美人で

昔のスーパーモデル(エバンジュリスタだったかな?)によく似ている。

それに自分が陪審員になったつもりでどうするかなとか考えたり。

興味深いのだが今それがセールのようにシリーズ19−5とか、

16−2とかどんどん同時に放映されるので、ほんと見ても見ても

きのこのように増殖している!

オコモリ生活のときはまとめて5話連続みたが、さすがにもうへとへとだった。(苦笑)

そうするとたまーにアニメとか見るとなんだか気楽に。

あーなんだか完全にオタク化しているのか(笑)

いえいえ明日はちょっと東銀座へいってきますよ(笑)

リュウちゃんは少し小康状態。

ああ、そういえば見たかった映画「アーティスト」が

アカデミー賞五部門とりましたね。

確か4月7日から上映だったかな・・。

混みそうでちょっと困るけど。

やはりなんとなく・・・家にいることに。

出かけている間に、病院から笋あったらと

思うと、やはり遠出は行きにくい。

今日は本当に寒いので、オコモリでしょうか。

ぷ〜ちゃんが隣でえさをぱくついてるのを

眺めるだけでも、なんとなくほっとします。

ゴールデンはめったなことでは食欲がおちないので

それがないということは、かなり深刻といわれています。

あたりまえにご飯が食べれるというのは

人でも犬でも幸せなことなんですね。

これからお風呂に入ります・・・これもありがたいことですね。

そろそろまた雑誌等の締め切りがきているので

頭を回転させないと・・。

ほんとに早い。

もう2月も末になってきた!

リュウちゃんは一日一日と弱ってはいるが

病院へ会いに行くと目をあけてちょっと反応してくれる。

けれどももう食事はとれないようだ。

食事がとれないとますます体力が落ちていく。

おしっこで外にでる以外は酸素室で一日横たわっている。

足をさすってお腹をさする。足の裏はもちろんまだ暖かいが

なんとなく何度も確かめてしまう。

大丈夫、まだ生きてくれてる!



生徒さんたちに話すと皆一緒に悲しんでくれる。

皆さん自身も病気であったり、家族も介護中であったり

飼っていたペットがやはり病気でなくなったり・・そして

幾人もの生徒さんがこの20年病気で亡くなっているので

悲しい気持ちを分かち合ってくれる皆さん私のミニ家族のようだ・・。

入ってまだ日が浅い方や、自身の精神状態に

影響がありそうな方にはあえて話さないようにしている。

何でも話せばいいということではないから。

たとえば以前よく末期がんの方には事実を告げるべきのような風潮が

あったけれども、やはりそれはよし悪しだと思う。

父の場合だって、ある医者から事実を告げられてからは

つんできた草の葉がしおれるように、元気がなくなり病気が悪化した。

本人もうすうすはおかしいとは思っていただろうが、真実を

告げてもいい人とそうでないほうがいい人、やはり両方いるんだ。

私だったらどうだろうか。

前向きに明るく死ぬなんてできないかも。

お芝居やテレビとはちがって

死はやはり苦しくて辛い。

そこをとおっていかないと天国にはいけないよと

獣医さんがいってくれたが、その言葉で救われる人多いだろうな。

数え切れないほどのペットの死を経験しているだろうし・・。

私もお仕事で末期がんのケアに行くときは何度いってもやはり辛かった。

今よく読んでいるのは人間は死ぬと肉体は

どうなるのだろうかという本や自殺を防ぐ本。

肉体は死ぬと硬直しその後24時間から48時間で腐敗をはじめると

いう。それは肉体内のバクテリアがいっぺんに猛威をふるうせいだと

いう。脳と心臓と肺・・・この3つになんらかの致命的なものがあれば

人は生きていけないとかかれている。

だから肺に治療不可能な形でがんがあるリュウちゃんは今瀕死の状態なのだ。

もちろん肺がんでも手術や放射線で効を奏す場合もある。

人であったら。

死は怖いもの、忌むべきものであるだろうが

震災であまりに多くの死を経験した今、

自分自身、今このように呼吸し食はしているが

いつでもそれを受ける入れる覚悟をしているのかもしれない。

けれどもじっとしているとよくないので

これから出かけてきます。ここのところ私も体調がいまいちだが、

このどんよりとした曇り空に負けてはいけないね。

長い人生、どうやって暇をつぶすか。

悩んでも笑っていても同じ一日なのだ。

「除染がうまく行くとは思えない」飯舘村の酪農家が怒りの訴え

20120221 01:11


 高濃度の放射線汚染で、全住民が村外へと避難している福島県飯舘村。当地に住んでいた酪農家、長谷川健一氏(58)が220日、自由報道協会主催の記者会見を行った。長谷川氏は飯舘村前田地区の区長で、地域の取りまとめ役。原発事故直後に購入したビデオカメラで村の様子を克明に記録し、全国で講演活動をしている。20日に宝島社から単行本「原発に「ふるさと」を奪われて 福島県飯舘村・酪農家の叫び」を上梓したことを受けて、被災当事者の視点から政府・行政の取り組み方を激しく批判した。【写真・文:安藤健二(BLOGOS編集部)】

安全と安心は違う

 長谷川氏は悲痛な表情で、飯舘村で進められつつある除染作業(放射性物質を地表などから取り除くこと)について、以下のように批判した。

「政府は住環境を2年、農地を5年、山林を20年で除染をすると言っています。山林は里山しかやらない。住居の近くだけなんです。そうした場合にどうでしょう。放射性物質は浮遊しているんです。飯舘村の75%は山なんです。いくら住環境や農地を除染してもまた流れてくるんじゃないかという気がするんです。でも、今、村ではまっしぐらに除染という方向に進んでいます。私はそれに対して、『それじゃダメだ!村民の声を聞こうじゃないか』と訴えています。飯舘村だけが村民アンケートを取っていないんです。除染するなら村民の声を受け止めた上で、やらなきゃダメだと言ってるんですが、聞き入れられないんです。

もちろん除染するというのは本来は当たり前のことなんです。私だって、もといた土地に戻りたい。だけども、最悪のシナリオだって想定しなきゃいけない。そうしたら村を離れるというシミュレーションを今からしとかなきゃダメなんだろうと思います。

もし、45年かけて除染した後に『これではダメだった』となったときに、その4年なり5年の月日はどうなるのか。

国でも村でも除染、除染の一辺倒で進んでいます。私は除染なんてうまく行くとは思ってはいません!飯舘村の放射線量が10マイクロシーベルトより下がったら、国が『帰っていいよ』って言うかもしれない。でも、私より上の年代は戻るかもしれないけど、私より下の年代を戻そうとは思わない。若い人達が子作りや子育てできるような環境じゃない。

もし、私が戻ったとしても何も農作物は作れませんよ。国は『安全だ』と言っても、放射性物質がゼロになるまで安心はできない。安全と安心は違うと思うんです。我々農家は安心な物を消費者に届ける義務がある。それができないんです。そうなると、飯舘村では農家は無理なんだろうなと。私たちが村に戻ったときに、村が終わりになるのかな、とそういう思いがするんです。

ですから、(山形県の牧場に勤めている)息子が『山形で(自分の)牧場をやりたい』という話にもしなったら、私は止める気はありません。私だって息子と供に、孫と遊びながらこれからの生活をしていきたいと思う。そうなれば、村を捨てて息子らのところに寄ってくのかなという気もするんです。飯舘村の人もいろいろな考えがありますけども、アンケートを取らないから正確な結果としては分りませんが、(私の印象として)『帰れねえべな』と思っている人は多いのが、今の飯舘村の現状です。

彼は旅立っちゃった

 

相馬市の男性が生前に壁に残した書置き

原発事故から3ヵ月後の20116月、隣接する相馬市で酪農を営む50代の男性が、「原発さえなければ」などと書き置きを残し、首をつった状態で死亡していたことに触れる場面もあった。長谷川氏はこう振り返った。

「彼は私の友人です。一番恐れていたことが起きたわけです。『原発さえなければ』という書き置きを残して彼は旅立っちゃった。『原発さえなければと思います。残った酪農家は原発にまけないで頑張ってください。先立つ不幸を。仕事をする気力をなくしました』。このような書置きでした。彼には5歳と7歳の息子がいました。その中で、私も彼に何もしてあげられなかったと、無念な思いが今もあります。

訃報を知ったときは、彼の家に吹っ飛んでいったんですね。『まさか嘘だろ』って思っていましたが、彼が布団に横たわっていた。それでも信じられずに、顔にかったシーツをはぐとやっぱり彼だったと。『馬鹿野郎!』って叫んだんだけど、彼は帰ってこない。

彼にもいろいろな事情があったにせよ、その事情のもとを辿れば発端は原発なんですよね。『原発さえなければ』という言葉が頂点なんですよ。『原発さえなければ何とかやりくりしてやれたんだ』という思いが、非常に入ってるなと。そんな感じがするんですけどね。

私も飯舘村の酪農家を守ることで精一杯で(相馬市の)彼のところまでいけなかったのも残念に思っています」

CIMG2649震災後、被爆、車で避難生活、

そして東京、東京での酷暑、

厳しい寒さ・・・

この一年、リュウちゃんにとって

激変の一年だったね・・。

CIMG2644もうリュウはこの木の枠に

手をかけるだけの体力がなくなっていた。

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