こんにちは、荻窪で治療院をやっている江藤です。 

先月 八年前に始めた『難経』の研究会が終わりました。
テキストに『難経集注』、『難経本義』、『難経古義』の三冊を使ったとはいえ、八年の歳月はやはり長いものでした。それで『難経』の奥義が会得できたかと云えば、とんでもない話ですが、概要だけは把握できたと思います。

今月からは『甲乙経』を始めます。

『甲乙経』は三世紀の三国時代に、皇甫謐(コウホヒツ)によって編纂されたものです。
ところでこの三世紀という時代は、漢方医学文献史にとってはかなり早い時代にあたります。
というのも中国三千年の歴史と一口で云うものの、BC三世紀には秦の始皇帝による焚書坑儒がありました。
この為、今に伝わる鍼灸の古典『素問』と『霊枢』が原型を整えたのは、後漢の前半(AD一世紀)頃と推定されています。
先月終了した『難経』は、後漢の後半(AD二世紀)に成立したものと推定されています。

従って『甲乙経』は『素問』、『霊枢』、『難経』に次ぐ古い文献と云えるのです。ただし内容としては『素問』、『霊枢』と経穴の文献『明堂経』を、皇甫謐が編纂したものですから、特に独創的なものがあるわけではありません。しかし古いものなので、『素問』、『霊枢』の古体を保持している価値があるのです。

ともあれ、『素問』、『霊枢』と『明堂経』の三部を合わせたボリュームを持つ『甲乙経』です。よほどボリュームの少ない『難経』で八年もかかったのですから、何年かかるか見当もつきません。七十代間近な年齢を考えれば、やれる所までやろうとしか、言いようがありませんが、ま、頑張りましょ。

人気blogランキングに登録しております。
良かったら、ここをポチッとクリックしてください。