アメリカの友人

小説と詩を書くブログ。

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 黄色い服のひとが、夏の庭を横切っていった。
 そのひとは満足そうに太っていて、腰の部分を古代人の服のようにヒモで結んでいた。
 隣でうちわを揺らしている母にそのことを伝えると、母は外をすこし眺めたあと、私の小さな頭をなでながら、それはきっと目のサンカクですねと私に言った。お庭は塀に囲まれてとても狭いのですから、誰か知らないひとが歩いているはずはありません。きっとお庭に入ってきたお日様が、その黄色いひとに見えたのでしょうと。
 私は庭に出てあちこちを確認したが、蝉のぬけがらくらいしかみつけられなかった。そして部屋の鏡を見ると、私の目はもうサンカクではなかった。

 私はその夜、夢の中でふたたび黄色い服のひとを見た。黄色い服のひとは沢山ひとがいる遊園地の中を歩いていて、乗り物に乗るわけでもなく、ただ何かを探すように人ごみの中を進んでいた。
 私は黄色い服のひとを追いかけているうちに迷子になってしまったが、不思議と不安はなく、このまま一人ぼっちでも生きていけるような気分になっていた。母はきっと悲しむと思うが、一人ぼっちで生きていくことを決めてしまえば、それはもう迷子ではないのだ。待っているひとや帰る場所があるから、人はそれを見失って迷子になってしまうのだと。
 私がそんなことを考えているうちに、黄色い服のひとは風船を腰ヒモに結びつけ、夏の高い空へ昇っていった。
 黄色い服のひとはきっと迷子なのだろうと、私は思った。

 そしてある時、私は街なかで、眼鏡のレンズが逆三角形になっているひとに声をかけられた。
「お久しぶりですね」とそのひとは言った。「大人になっても、あなたは、やはりあなただった。そのことが僕はうれしいんです。もしそのひとに会ったとき、そのひとが違う人になっていたら、それはとても寂しいことでしょ?」
 私は、探し物はみつかりましたかとそのひとにたずねた。
「まだみつかっていませんが、他にみつけたものがあります。迷子のあなたを今みつけましたよ」
 そのひとはそう言うと、逆三角形の眼鏡をはずして私の胸ポケットに差しこみ、手を振りながらどこかへ歩いていった。私は「目のサンカク」を思い出してあわてて眼鏡を掛けたが、そのひとはもう、始めからいなかった人物のように姿を消していた。そのひとはもう、太っていなかったし黄色い服も着ていなかったが、会った瞬間、私は夏という季節が確かにあったことを思い出した。

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 がるがるがるーは夏を知りませんが、春に生まれた子どもや秋に死んだ猫のことは知っています。空を飛べる動物が忘れた頃にやって来て、がるがるがるーにいろんなことを教えてくれるのです。
「この家に来ると、俺はいつも歓迎されてない気がするね」と空を飛べる動物は言いました。
「気のせいよ」とがるがるがるーは言葉を返しながら、ついさっき動物が入ってきた窓を閉めました。「きっと寒さのせいで、楽しいことを思い出せないだけ」
 部屋の温度計はマイナス273℃を指しています。この温度になると世界が完全に動きを止めてしまうのですが、その温度が上がらないように冬の家を守るのががるがるがるーの仕事なのです。
「じつは君に夏の手紙をあずかっていてね」と空を飛べる動物は言いながら、手紙を差し出しました。「夏の物をうっかり冬の家に持ってくるのは危険だけど、1万年かけて凍らせてきたからね」
 がるがるがるーは湯気の立つコーヒーをテーブルに置くと、胸に手をあてて呼吸を整えました。

「はじめまして。わたし夏子です。
 でも、わたしは夏が嫌いです。
 でも、夏しか知らないから、それが嫌いかどうかなんてほんとうはわからないことです。
 だから、もしあなたのことをいろいろ知ることができたら、夏のことや自分のことも違うふうに思えるかもしれません。
 だから、思い切ってあなたに手紙を書くことにしました。

 ところであなたは、わたしと同じ女の子なんですってね!
 わたしとはまるで逆の冬の家に棲んでいることや、世界を凍らせるための温度を守っていることも動物にききました。
 きのう夢の中で会ったあなたは、とても物静かで、きれいな金色の髪をしていましたね。
 春に生まれた子どもや、秋に死んだ猫も一緒でした。
 わたしたちは夢の中でいろんなことを話したのよ。
 季節と温度を守る理由とか、嘘と秘密の違いとか。
 でも目が覚めると、氷が溶けたあとみたいに話が思い出せないの。一番知りたかった、あなたの顔もね。

 夢の中じゃなくてほんとうに会えたら、あなたの顔を10万年くらいじっくり眺めるつもり。
 でもこの手紙を書いてるとね、テーブルの向かいにあなたが座っているような気分になるの。
 あなたは温かいコーヒーを飲みながらわたしの手紙を読んでいる。そして空を飛べる動物は疲れて眠ってるの。
 夏の家の温度はいま250万℃です。そして世界を燃やし尽くす温度を守るのが私の仕事。」

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 ニャーとさえ鳴けばよい、という情報だった。

 私はそのとき、広場に現れた一本の市民の列に並んでいた。
 ニャーと鳴く仕組みの入った縫いぐるみを一つ抱えながら。
「ほら、アリさんが行進してるよ」と少女は、私の足元を差して言った。「ぜったい踏まないでね、巨人さん」
 つまり巨人とは私のことであるが、縫いぐるみを抱えたり、黙って列に並んでいる巨人なんて聞いたことがない。
「だけど、巨人が何したって自由でしょ。うたを歌ったり、おしゃれをする子だっているはずよ。……人間をふむのは駄目だけど」

 市民の列は、見えない障害物を避けるように大きく歪んでいた。時間が経てば列の歪みも変わっていくのか、それとも見えない障害物はその場所からずっと動かないのか。
「ねえ巨人さん」と少女は質問した。「どうしてみんな不幸な顔してるの? 鏡で自分の顔をみたら、きっと死にたくなるわ」
 今はうたを歌うことも、おしゃれをすることも忘れてしまったのさ。みんな帰る家がないのだ。
「ふーん、ところでその猫、なまえ何ていうの?」
「ぼくは猫じゃなくて熊だぞ!」と縫いぐるみは喋った。「ニャーでも、ワンでも、ガウーでも鳴ける、自由な熊なのさ」

 そんな会話の最中、空から大きなヘリコプターが降りてきて激しい土ぼこりを巻き上げた。市民が列から離れまいと爆風に耐えていると、ドレスやスーツ姿の一団がヘリの中から現れた。
「本当はね」と縫いぐるみは言った。「ニャーと鳴く必要なんてないんだよ。みんな、本当はそのことを知ってる」
 ドレスやスーツの一団が静かに合唱を始めると、列に並ぶ市民はそれぞれの表情を浮かべながら沈黙した。
 私は、そのお喋りな縫いぐるみを少女に渡して列を離れた。
「ねえ巨人さんてばっ!」と叫ぶ少女の声が広場の合唱に埋もれながら響いた。「この子泣いてるよ! 生意気だけど、まだ子どもなのよ!」

 それから20年後、遠くの街で少女と再会した。
 彼女の顔はすっかり忘れていたが、何度も「巨人さん」と呼ばれているうちにやっと思い出すことができた。
「縫いぐるみはね、しばらくすると喋らなくなったの。電池交換をしても駄目だったから、あたし広場へ行ってあなたを捜した。でもあなたは二度と戻らなかった」
 彼女の話では、あの見えない障害物は今でも動かないままだという。
「巨人はね、自由だけど歌うことを知らなかったの。でもそれは、本当の自由ではないような気がして」

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 時間虫は、時間を食べます。

 アリクイがアリを食べるように、時間虫は時間を食べるのです。
 時間虫がまだ何も食べることを知らない虫だったとき、時間と、みかんと、警官のどれかを選べとその人に言われました。何も食べないということは、この世界に存在しないことと同じなので、どうしても選んで食べろとその人は言うのです。
 その人というのは神様のことですが、もし警官を選んでいたら警官を食べなければならないわけですから、ずいぶん無茶な話なのです。しかし、警官が増えて街中にあふれてしまったらきっとみんな息が詰まってしまいますし、警官が増えたからといって街が平和になるわけでもないでしょう。むしろ数が増えすぎたせいでやる仕事がなくなった警官たちが、本来の目的や使命感を失って犯罪に走らないとも限りません。みんなから邪魔にされ、おまけに目的や使命感まで失ってしまったら誰だって絶望してしまいます。ですので増えすぎないようにそれを食べなければならないという言う理屈は分かるのですが、時間虫はまだ何も食べることを知らない虫だったので、いったいどれを選べばいいのか分からないのです。

「じゃあみかんにしろ」と、その人は言いました。
 でも、みかんは他に食べる人がいるじゃないですかと時間虫は反論しました。
「むむ、じゃあ警官にしろ」
 でも、警官に採用する人数を制限すればいいじゃないですか。
「むむむ、じゃあ時間を食え。時間は誰かが食べるしかないのだぞ」
 でも、でも。
「さあ、おいしいから一口食べてごらん」

 時間虫が最初に食べたのはスプーン1杯の時間でした。これで百年分です。
 ボトル1本が1万年分で、タンクにはそのボトルを1万本集めた量が入っています。さらにそのタンクは、コンクリートで整地された広大な敷地に1万基ならんでいます。
 時間虫の目には、その景色が巨人の墓場のように見えました。しかしタンクの表面には何も書かれていないので、きっとお墓参りにきた人は目当ての墓を見つけられないでしょう。そんなことを考えていたら、時間虫は悲しくなりました。

「それでも愛はあったんだよ」と、死に絶えた巨人は言います。
 でも、愛と言えば何でも許されるのですかと時間虫は反論します。
「われわれはこんな悲しいものしか残せなかったけど、そこに愛があったことは嘘じゃない」
 でも、僕はそれを食べなきゃならないんです。
 あなたたちの愛なんて、うんざりだ。

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 君はこの森にすんでいるのかと質問すると、その女の子は自慢げにくるりと地面を回って僕に微笑んだ。
「ところで君は人間なのか?」
「いいえ、人間ではないわね」
 じゃあ君はいったい何なのだと質問しようと思ったが、答えを聞くのが怖くなったので言葉を飲み込んだ。
「でもあなたは、きっと人間なのね」

 女の子は僕の手を引きながら、風のような速さで森の中を進んでいった。彼女は、僕を人間が沢山いる場所に案内してくれるという。僕はどうしても人間に会いたかったけれど、昔話の中ではこういう誘い文句が一番危険なのであり、簡単に相手の話に同意してはいけなかったのだということを思い出していた。
「ここよ」と言って女の子が立ち止まった場所にはもう森はなく、灰色に壊れた街と青空がどこまでも広がっていた。街の中を進んでいくと、道端に無数の人骨が白く転がっている。
「ほらね、たくさん人間がいるでしょ?」と女の子は言った。
 僕は、ああそうだなと返事をしてその場に座り込んだ。
 すると彼女は「なに怒ってるの?」と言いながら、僕の頭を撫でた。

 さらに街の奥へ進んでいくと、真新しい建物の群れが見えてきた。灰色の街に新しい都市が生まれたのだ。女の子は行かないほうがいいわと言ったが、僕にはそこに希望があるような気がしたのだ。
 その新しい都市の中では無数の人々や車が忙しく動き回っているのだが、彼らは人間ではないと女の子は言った。
「ほら、よく見ると誰も影がないでしょ。私も同じよ」と。

 僕と女の子は、ひとまずその新しい都市に部屋を借りてすむことにした。僕は外で働いて生活費を稼ぎながら彼女と生活を築いていった。そして数年経つと彼女が妊娠してお腹が大きくなっていったので、僕らはそのまま結婚することにした。
「僕は今とても幸せだけど、君はどうだい?」と質問すると、彼女は大きなお腹を撫でながら笑った。
 しかし、新しい都市が戦争を始めたのはちょうどその頃だった。僕たちがすんでいる街には毎日爆弾が落とされていたが、不思議なことにテレビを点けても戦争の情報は一つも流れてこなかった。それに人々は以前と変わらぬ表情のまま、空を見上げることさえしないのだ。
 僕は堪らなくなって、リヤカーに家財道具と彼女を乗せて街を脱出した。途中でリヤカーを止めて後ろを振り返ると、街が赤く燃えていた。
 彼女は燃える街を背にしながら、「私も幸せよ」と言って僕の涙をぬぐった。

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