アメリカの友人

小説と詩を書くブログ。

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 君はこの森にすんでいるのかと質問すると、その女の子は自慢げにくるりと地面を回って僕に微笑んだ。
「ところで君は人間なのか?」
「いいえ、人間ではないわね」
 じゃあ君はいったい何なのだと質問しようと思ったが、答えを聞くのが怖くなったので言葉を飲み込んだ。
「でもあなたは、きっと人間なのね」

 女の子は僕の手を引きながら、風のような速さで森の中を進んでいった。彼女は、僕を人間が沢山いる場所に案内してくれるという。僕はどうしても人間に会いたかったけれど、昔話の中ではこういう誘い文句が一番危険なのであり、簡単に相手の話に同意してはいけなかったのだということを思い出していた。
「ここよ」と言って女の子が立ち止まった場所にはもう森はなく、灰色に壊れた街と青空がどこまでも広がっていた。街の中を進んでいくと、道端に無数の人骨が白く転がっている。
「ほらね、たくさん人間がいるでしょ?」と女の子は言った。
 僕は、ああそうだなと返事をしてその場に座り込んだ。
 すると彼女は「なに怒ってるの?」と言いながら、僕の頭を撫でた。

 さらに街の奥へ進んでいくと、真新しい建物の群れが見えてきた。灰色の街に新しい都市が生まれたのだ。女の子は行かないほうがいいわと言ったが、僕にはそこに希望があるような気がしたのだ。
 その新しい都市の中では無数の人々や車が忙しく動き回っているのだが、彼らは人間ではないと女の子は言った。
「ほら、よく見ると誰も影がないでしょ。私も同じよ」と。

 僕と女の子は、ひとまずその新しい都市に部屋を借りてすむことにした。僕は外で働いて生活費を稼ぎながら彼女と生活を築いていった。そして数年経つと彼女が妊娠してお腹が大きくなっていったので、僕らはそのまま結婚することにした。
「僕は今とても幸せだけど、君はどうだい?」と質問すると、彼女は大きなお腹を撫でながら笑った。
 しかし、新しい都市が戦争を始めたのはちょうどその頃だった。僕たちがすんでいる街には毎日爆弾が落とされていたが、不思議なことにテレビを点けても戦争の情報は一つも流れてこなかった。それに人々は以前と変わらぬ表情のまま、空を見上げることさえしないのだ。
 僕は堪らなくなって、リヤカーに家財道具と彼女を乗せて街を脱出した。途中でリヤカーを止めて後ろを振り返ると、街が赤く燃えていた。
 彼女は燃える街を背にしながら、「私も幸せよ」と言って僕の涙をぬぐった。

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 青い猫は存在します。そのことはチョルノーブィリの人なら誰でも知っています。しかしあなたには、まるでおとぎ話のようにしか思えないかもしれません。青い猫というのは、ちょっとした塀の上や、空き地に放置された車のボンネットなどにいるのですが、とつぜん風が吹いた瞬間に、ああ青い猫がいたんだねと誰かがやっと気づくような存在なのです。あるいは青い猫を一度も見たことがなくても、チョルノーブィリでは昔からその噂を繰り返し耳にしているせいで、いつかどこかで見たような気になっている人もいるのです。たとえば子どもの頃の古い記憶は、その事実を確認できないかぎり遠い夢のようなものでしかありません。それに、夢を現実のものと勘違いすることだってあるでしょう。

 しかし「青い土曜日事件」は歴史的事実として存在しますし、あなたも名前ぐらいは聞いたことがあるはずです。

 それは1986年のある土曜日に起こった事件であり、簡単にいうとチョルノーブィリからすべての青い色が失われてしまった出来事のことです。青いドアや青いテーブルクロスを見てもまったく青く見えないという人もいましたし、晴れた空を見ても、なぜか青く見えないことに酷くいらだっている人もいました。始めは理由もわからず、ただ子どものように怯えるしかありませんでしたが、みんなで気持ちを打ち明けるうちに、空が青くなければならない理由など初めからなかったのだと考えるようになりました。リンゴであれ、バナナであれ、色がある必要はありません。ただ、そこに色がなければ、何か足りない気がするというだけの話なのです。
 あれから何十年もすぎた今でも、チョルノーブィリの人々は青い色を見ることができません。たまに外部の人から、青に見えないのなら何色に見えるのですかと質問されるのですが、そこには色が存在しないのです。しかしある人は、存在とは、帰ってこない鳥をずっと待っている鳥籠のようなものだと説明します。鳥籠は鳥を失うことで、やっと自分が鳥籠であることに気づくのだと。

 青い猫は、事件が起こるずっと前から存在していましたし、今でもチョルノーブィリのどこかで、誰かとふいに出会うことがあります。そしてなぜかチョルノーブィリの人にも、青い猫だけは晴れた空のように青く見えるようなのです。しかしそのことを不思議がる人は誰もいません。ただ、とてもなつかしくて後ろを振り向いてしまうだけなのです。

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 キリンの中に住むという単純な発想でした。

 まず、入り口のドアを探すのに3年かかりましたが、それさえ見つかれば全てがうまくいくという確信が私にはありました。
 もちろんドアと言っても動物の体の一部ですから、私たちが普通に想像するようなドアではなく、それは膝をすりむいたあとに出来るかさぶたのような、およそつまらない物にしか見えません。しかしそのかさぶたを剥がすと、ちょうど体育館ほどの空間が内部に広がっていました。初めてドアを開いたときは当のキリンも動揺していましたが、秘密を知られてしまった以上もうどうにもならないことを悟ったのか、30分もするといつもの無関心なキリンに戻ってしまいました。
 最初に見つけた空間は、いわば建物の玄関部分にあたる場所で、奥のほうにエレベーターのようなものがありました。操作の仕方は私たちがよく知っているエレベーターと同じで、ボタンを押すと希望する場所に移動ができます。よく調べるとキリンの体内には全部で千戸以上の部屋あり、3千人ほどの人々が住めることが分かりました。

 キリンというのは土地や国を気ままに移動する動物なのでその点が厄介なのですが、いざ居住者の募集をかけると世界中から人々が集まってきて、あっという間に部屋が埋まってしまいました。
 私たちはこれをキリンマンションと名づけましたが、これは建物ではなく、国際法で保護しなければならない野生動物として扱われています。さらにこの中には大勢の人々が住んでいるため、一つの国と同じ権利が認められることになりました。そのことを定めたものが、あのキリン条約です。

 私たちが現在直面している問題は、今度の世界大戦によって発生した戦場から動けなくなったということです。私たちもキリンの妊娠には気づいていたのですが、運の悪いことに戦場の真ん中で産気づいてしまったのです。戦場に迷い込んだのが悪いのですが、誰にもキリンの行動をコントロールすることはできないのです。
 もちろん私たちは、キリン条約によって武力攻撃を受けないことになっていますが、ふいに襲ってくる流れ弾から守られているわけではありません。しかしキリンがこの場所を選んだのですから、それもまた運命なのでしょう。

 キリンの赤ん坊は、産まれて数時間もすると一人で歩き出しました。母親キリンの首は砲弾で吹き飛ばされていましたが、地面に立ったまま、赤ん坊を優しく見守っていました。

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 羊のように毛がおおっていて頭がついている動物である。走り回ったり吠えたりすることもないので実に退屈な動物だが、エサはあまり食べないし、従順で、子どもにも飼うことができる。そして時折、肺に穴が開いたような声でカフカフと私へ訴えてくることがあったので、私はよくそいつの頭をなでてやったものだ。

 しかし近所の人はその動物のことをあまり快く思っておらず、そいつを庭で飼い始めてからしばらくすると、挨拶をしても苦笑いしか返ってこなくなった。その理由は、初め羊ぐらいの大きさしかなかったそいつが、半年後には象ぐらいの大きさになってしまったことにある。このままでは庭に収まりきらないばかりか、いずれ近所にも迷惑がかかるだろうと推測できた。

 私が引っ越しを考えたのは、そいつが鯨ぐらいの大きさになった頃である。そいつが申し訳なさそうにカフカフと訴えてきたので、私はそいつの頭をなでてやったあと荷造りを始めた。そしていざ出発という日になると、突然近所のお婆さんが声をかけてきて「なんだか追い出すようなことになってごめんね」と言いながら私に餞別をくれた。

 それから何日もかけて引っ越し先の草原へ辿り着くと、私は棒のように倒れてしまった。その動物の体はさらに野球場ぐらいの大きさになっていたが、この広い草原なら誰にも迷惑はかからないし、そいつがいくら大きくなっても構わないと思った。

 私は小川の近くに小屋を建てて暮らしたが、そいつも勝手に生きているようだった。あまりにも大きくなりすぎてしまったために以前のように世話ができなくなったし、頭は膨張した毛の中に埋もれてしまった。そいつが千メートル級の山ぐらいの大きさになった頃には、すでにそいつの体には草や木が生え、川も流れていた。私の小屋は山の一部に取り込まれ、かつての草原もその姿を失っていた。いったいどこまで大きくなるつもりだろうと私は不安になっていたが、あるとき大きな地震が起きたあと山は少しづつ高さを失い、今度は水平方向にどこまでも広がっていった。

 やがて平地になった場所に人々が移住してきて、農耕をはじめたり村や国を作りはじめた。
 私は森の中で暮らしていたのだが、あるとき国の役人が訪ねてきて国民になれと言ってきた。しかし私が拒否すると数日後に軍隊が森を取り囲んだ。

 私は軍隊に向かって両手を挙げながら空を仰いでいた。
 あいつはきっと殺して欲しかったのだろうと。

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「君は犬かい」とたずねると、そいつは水色の絵の具で塗られた春の空の絵を10秒も眺めたあと、重い目を閉じてああそうだよと言った。

「じつは虫かと思ったのだけれど、君がそう言うのだったらそうなのだろう」
 僕は無防備なそいつを指でつまみ、匂いを嗅いだり、耳をあてて音を聴いたりした。なんだか変な匂いではあったけれど、悪い匂いではなかったし、音はとくに聴こえなかった。
「おい、これ幾らかね」と無表情の店主にたずねると、売り物じゃないが欲しいならやるよと店主が言うので、僕は礼を言った後そいつを上着のポケットに入れて店を出た。

 妹が入院している白い病院は小高い丘にあるので、僕はいつも息を切らしながら登った。僕は病室の白いドアを開け、白いベッドに横たわっている妹にさっき貰ってきたそいつを見せてやった。
「お前、犬を欲しがっていただろ。ほら、こわくないから」と言って僕はそいつを妹の顔に近づけたが、妹はこんなの犬じゃない、虫でしょと言って顔をそむけた。
 でもしばらくすると妹はこちらを向いて、ねえ、その虫なにをたべるのとたずねた。
「さあね。うっかりしてて聞くのを忘れてたよ」と僕は言ったあと、白い病室を出てさっきの店へ戻った。

「今日貰ったあれだが、いったい何を食べさせればいいのかね」と無表情の店主にたずねると、店主は無表情な眉毛を指でいじりながら、普段は何も食べないが、10年に一度くらいのペースで大型の動物を食べるよと言った。
「大型の動物? 前に食べたのはいつだ?」
 たしか10年ほど前にセントバーナード犬を食べて以来、何も食べてないね。
「まさか人間も食べるのか?」
 さあね。

 僕は店を飛び出して丘を登り、白い病院の白い病室にある白いドアを開けた。
 妹はベッドにいなかった。
 そしてそいつは窓辺で日向ぼっこをしていた。
「おい! 君は妹を食べたのか」と怒鳴ると、そいつは、だったらどうなのさと返した。
 僕はそいつを握り締めると、近くの川原まで行ってそいつを地面に投げつけた。
 そいつはよろめきながら、おい誤解するなよと言った。あんたの妹は別の部屋で検査を受けてるだけだと。
「そうか。でも君を殺したい気分だ」と僕は言いながら、そいつを地面から拾い上げた。
 するとそいつは妹のことが好きだと言った。俺に名前をつけてくれたからね。でもそれは秘密なのさ。だって秘密は秘密にしなきゃいけないって、あの子が言ってたからねと。

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