アメリカの友人

小説と詩を書くブログ。

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 私は小さなお菓子の箱に押し込まれ、砂場に埋められた。

 しばらくは子どもたちの声が聞こえていたが、そのうち誰の声も聞こえなくなった。私は虫であるから、人間のように絶望することはなかったし、子どもを恨む気持ちもなかった。しかし箱の中でひたすらもがいたせいで疲れ果て、私はそのまま死んだように眠ってしまった。夢は見なかったと思う。
 そして、目が覚めると私は暖かい布団の中にいた。
 私は洗面台で歯をみがき、服を着替え、朝食を食べてランドセルを背負った。
 放課後に砂場へ行き、小高くなった場所を掘り返すと小さな箱が出てきた。
 自分で自分を助けるのは変な気分だったが、箱から虫を出してやると、そいつはしばらく箱の周りをうろうろしたあと、触覚をぴんと立てて草むらへ跳ねていった。

 その後、私は人間として生きていった。
 そして大人になったあるとき、親しくなった女性に、自分が昔虫であった話をした。私たちは夜の公園でベンチに座りながら、月を眺めていた。
「実はね、わたしにも秘密があるの」と彼女は言った。「わたしは、今から400年後の未来から来た人間なの。でも、時間の海で嵐に遭って、この時代に遭難してしまったの」
 私は、静かに彼女の話を聞いた。
「あれからもう5年が過ぎたけど、仲間とは連絡が取れないし、未来へ帰る方法もわからない」
 彼女の部屋へ行くと、ラグビーボールを一回り大きくしたような形の装置が置いてあった。彼女が操作するとラグビーボールのランプが点滅し、数秒後にフタが開いた。その中には一万円札が入っていたのだが、彼女は続けて操作し、免許証やパスポートを作ってみせた。
「お金は5年間暮らせる分しか作れない設定になっているの。際限なくお金を生み出してしまったら、その時代や未来に変な影響を与えてしまうかもしれないでしょ」

 私と彼女は3年間同棲したが、未来の仲間が助けに現れたため、彼女はそのまま400年後の世界へと帰ってしまった。去り際に彼女は一通の封筒を差し出し、これから起こる未来のことを書いておいたから気が向いたら読んでねと私に言った。
 彼女が去ってから数日過ぎたある朝、私は草むらの中で目を覚ました。後ろ脚で地面を跳ねながら草むらを抜けると、自分の家が見えてきた。窓から中を覗くと、手紙を読んでいる自分の姿が見えた。
 うまく背後に回り込めば手紙を読めるかもしれないが、虫に未来は関係ないなと私は思った。

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 私はある惑星に捨てられた。

 黒い空に仲間の宇宙船が消えていくのを見送ったあと、私は宇宙服を着たまま歩きはじめた。これは、私が仲間の一人を殺してしまったことに対する罰であり、私はその罰を素直に受けようと思った。
 惑星には地面のほかには何もなかったが、遠くに山脈が見えたので、私はそれを目標にして歩くことにした。

 私は光の差す昼になると歩きはじめ、夜になると眠った。惑星には大気が存在しないせいで、昼間でも空は真っ黒だった。宇宙服の酸素はとっくになくなっていたが、息が苦しくなることはなかった。もしかしたら自分はもう死んでいるのかもしれないし、あるいは夢を見ているだけかもしれない――もし夢であるなら、本当の自分はどこにいるのか――本当の自分は今、幸せなのか――などということをヘルメットの中で考えているうちに、百回ほど昼と夜が繰り返され、遠くに見えていた山脈の頂上まで辿り着くことができた。頂上から眺める空は青く、山脈の向こうには緑の森が広がっていた。そしてその先には、灰色の大きな街が見えた。

 私は山脈を下り、最初に目にした民家の玄関を叩いた。すると老婆が現れて、お茶でも飲んでいきなさいと言うので家に上がった。私は宇宙服を着たまま畳の上に腰を下ろし、ずっと被っていたヘルメットを脱いだ。テーブルの上に煙草が置いてあったので、一本口にくわえて火を点けた。しばらくすると、お盆を持った娘が現れ、私の目の前にお茶を置いた。お婆さんはどうしたのかと娘に尋ねると、お婆さんはもう死んだわよと言って、娘は仏壇のほうを見た。
「そんなことより、今日は買い物に連れてってくれる約束だったでしょ。あなたも早く支度してよ」

 私は娘と車に乗って街へ出かけた。デパートは家族連れやカップルで賑わっていたので、きっと今日は日曜か祝日なのだろうと思った。娘は私を水着売り場へ連れて行き、水着を試着してポーズをとりながら、似合うかどうかを私に尋ねた。よく分からないと私が言うと、娘は頬をふくらませてカーテンを閉めた。

 それから秋になって娘と結婚すると、一年後に息子が生まれた。息子は中学生になると、ガールフレンドをよく家へ連れてくるようになった。
 そしてある時、息子のガールフレンドが突然私の耳元で囁いた。
「あなたはもう死んでいるのよ」と。
 私は彼女を抱きしめ、教えてくれてありがとうと言った。息子はその様子を黙って眺めていた。

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 最初の地震を起こしたのはクミで、二日後の地震を起こしたのはミクです。

 最初の地震が起こるまえ、クミとミクはお母さんのお腹の中にいました。でも、自分たちのことを「クミ」と「ミク」という、二人の、別々の子どもではなく、まだ名前もない一人の子どもだと思っていました。なにしろお腹の中には、「あなたたちはふたごですよ」と教えてくれるひとがいるわけではないのですから、自分たちのことを一人だと勘違いしても無理はありません。背中に虫がとまっていることや、地球が回っていることだって、ほかの誰かに教えてもらわないと分からないでしょう。

「クミは生まれたくなかったの、だから地震を起こしたの」とクミは言います。
「ミクはクミに会いたかったの、だから地震を起こしたの」とミクは言います。

 クミはお母さんのお腹の中から押し出されるとき、もう一人の自分を見ました。自分はお腹の中にちゃんといるのだから、狭い穴の中をぎゅうぎゅう進んでいる自分は夢の中の自分なのだろうと。そして夢が終われば、暗いお腹の中でまた眠れるのだろうと思っていました。
 しかし夢が終わった場所は、ずいぶん騒々しくて、ひとが沢山いました。
 ここはどこなの、とクミがたずねると、腰に手を当てながらタバコを吸っている女が振り向いて、ここはクマモトさと答えました。
「あなたは私のお母さんなの?」
「違うよ。あたしはクマモトの看護師さ。でもさっきの地震で病院壊れちゃったからな」
「ねえ、ここは夢の中なの? 私は、あの場所にまた帰れるの?」
「ここはクマモト。あんたの名前はクミ。帰るのは無理」

 一方のミクは、もう一人の自分が穴から出ていったとき、お母さんのお腹の中にいる自分は誰なのだろうと思いました。お母さんにそのことをたずねても、フフフと笑って返すばかり。
 もしかしたら、穴から出ていった自分が本当の自分で、お腹の中にいる自分は嘘の自分かもしれない。きっと穴の向こうへ行けば、そのことを確かめることができるだろう。でも本当のことが分かった瞬間に、嘘の自分は消えてしまうかもしれない……。
 そんな恐ろしいこと考えていると、穴の向こうから声が聞こえました。
「おーい、ミクー。そこにはもういられないよー」
「あなたはだーれー」
「私はクミで、あなたはミクなのー」
 穴の向こうから白い光が見えます。
「ここは夢じゃなくてクマモトよー。寒くて酷いところだから早く会いにきてよー!」

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 黄色い服のひとが、夏の庭を横切っていった。
 そのひとは満足そうに太っていて、腰の部分を古代人の服のようにヒモで結んでいた。
 隣でうちわを揺らしている母にそのことを伝えると、母は外をすこし眺めたあと、私の小さな頭をなでながら、それはきっと目のサンカクですねと私に言った。お庭は塀に囲まれてとても狭いのですから、誰か知らないひとが歩いているはずはありません。きっとお庭に入ってきたお日様が、その黄色いひとに見えたのでしょうと。
 私は庭に出てあちこちを確認したが、蝉のぬけがらくらいしかみつけられなかった。そして部屋の鏡を見ると、私の目はもうサンカクではなかった。

 私はその夜、夢の中でふたたび黄色い服のひとを見た。黄色い服のひとは沢山ひとがいる遊園地の中を歩いていて、乗り物に乗るわけでもなく、ただ何かを探すように人ごみの中を進んでいた。
 私は黄色い服のひとを追いかけているうちに迷子になってしまったが、不思議と不安はなく、このまま一人ぼっちでも生きていけるような気分になっていた。母はきっと悲しむと思うが、一人ぼっちで生きていくことを決めてしまえば、それはもう迷子ではないのだ。待っているひとや帰る場所があるから、人はそれを見失って迷子になってしまうのだと。
 私がそんなことを考えているうちに、黄色い服のひとは風船を腰ヒモに結びつけ、夏の高い空へ昇っていった。
 黄色い服のひとはきっと迷子なのだろうと、私は思った。

 そしてある時、私は街なかで、眼鏡のレンズが逆三角形になっているひとに声をかけられた。
「お久しぶりですね」とそのひとは言った。「大人になっても、あなたは、やはりあなただった。そのことが僕はうれしいんです。もしそのひとに会ったとき、そのひとが違う人になっていたら、それはとても寂しいことでしょ?」
 私は、探し物はみつかりましたかとそのひとにたずねた。
「まだみつかっていませんが、他にみつけたものがあります。迷子のあなたを今みつけましたよ」
 そのひとはそう言うと、逆三角形の眼鏡をはずして私の胸ポケットに差しこみ、手を振りながらどこかへ歩いていった。私は「目のサンカク」を思い出してあわてて眼鏡を掛けたが、そのひとはもう、始めからいなかった人物のように姿を消していた。そのひとはもう、太っていなかったし黄色い服も着ていなかったが、会った瞬間、私は夏という季節が確かにあったことを思い出した。

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 がるがるがるーは夏を知りませんが、春に生まれた子どもや秋に死んだ猫のことは知っています。空を飛べる動物が忘れた頃にやって来て、がるがるがるーにいろんなことを教えてくれるのです。
「この家に来ると、俺はいつも歓迎されてない気がするね」と空を飛べる動物は言いました。
「気のせいよ」とがるがるがるーは言葉を返しながら、ついさっき動物が入ってきた窓を閉めました。「きっと寒さのせいで、楽しいことを思い出せないだけ」
 部屋の温度計はマイナス273℃を指しています。この温度になると世界が完全に動きを止めてしまうのですが、その温度が上がらないように冬の家を守るのががるがるがるーの仕事なのです。
「じつは君に夏の手紙をあずかっていてね」と空を飛べる動物は言いながら、手紙を差し出しました。「夏の物をうっかり冬の家に持ってくるのは危険だけど、1万年かけて凍らせてきたからね」
 がるがるがるーは湯気の立つコーヒーをテーブルに置くと、胸に手をあてて呼吸を整えました。

「はじめまして。わたし夏子です。
 でも、わたしは夏が嫌いです。
 でも、夏しか知らないから、それが嫌いかどうかなんてほんとうはわからないことです。
 だから、もしあなたのことをいろいろ知ることができたら、夏のことや自分のことも違うふうに思えるかもしれません。
 だから、思い切ってあなたに手紙を書くことにしました。

 ところであなたは、わたしと同じ女の子なんですってね!
 わたしとはまるで逆の冬の家に棲んでいることや、世界を凍らせるための温度を守っていることも動物にききました。
 きのう夢の中で会ったあなたは、とても物静かで、きれいな金色の髪をしていましたね。
 春に生まれた子どもや、秋に死んだ猫も一緒でした。
 わたしたちは夢の中でいろんなことを話したのよ。
 季節と温度を守る理由とか、嘘と秘密の違いとか。
 でも目が覚めると、氷が溶けたあとみたいに話が思い出せないの。一番知りたかった、あなたの顔もね。

 夢の中じゃなくてほんとうに会えたら、あなたの顔を10万年くらいじっくり眺めるつもり。
 でもこの手紙を書いてるとね、テーブルの向かいにあなたが座っているような気分になるの。
 あなたは温かいコーヒーを飲みながらわたしの手紙を読んでいる。そして空を飛べる動物は疲れて眠ってるの。
 夏の家の温度はいま250万℃です。そして世界を燃やし尽くす温度を守るのが私の仕事。」

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