アメリカの友人

小説と詩を書くブログ。

2008年11月

『犬の木』



 冬の路上だった。子供たちが元気な声を上げながら犬をいじめていた。縄で繋がれた無抵抗な犬を、棒でつついたり叩いたりしていた。私は子供たちの横を一旦通り過ぎたが、思い直して10メートルほどの距離を引き返した。そのへんで許してやれよと私は子供たちに言った。すると子供たちは、急に邪魔が入って興味がなくなったと言わんばかりに、ふて腐れた顔をしながら路上を去って行った。
「いま縄をほどいてやるからな」と私は犬に言った。「そのまま、じっとしてるんだぞ」
 すると犬は大人しくお座りをしながら言った。「じっとしてるさ。ありがとよ旦那」
 私は一度犬を見捨てようとした自分を恥ながら、犬の首にきつく結ばれた縄を苦労しながらほどいた。「やはり、見て見ぬふりはできないよ」と私は言った。「子供は残酷さ。私も昔はそうだったからね…」
「いやいや、旦那は立派だよ」と犬は私の肩を叩きながら言った。「旦那は一度オイラのことを見捨てようとしたが、オイラは見逃さなかったね。旦那の目に涙が光っていたのを…」
 私は、よしてくれよと言いながらその場を立ち去ろうとした。すると犬はズボンのすそを噛んで私を引き止めた。
「待ってくれよ旦那!お礼に酒でもおごらせてくれよ!」

 私は犬の申し出を断ろうとしたが、どうしてもお礼がしたいと犬が言うので私たちは近くの焼鳥屋へ入った。
「もしかして旦那、きれいなお姉ちゃんのいる店のほうがよかったかい?」と犬は愉快にシッポを振りながら言った。「焼鳥屋のおやじってのは、なんでこう愛想がないんだろうねえ…」
 私たちは小一時間酒を呑み、適当に世間話をすると店を出た。外はすっかり暗くなっていた。犬はまた別の店で呑み直そうと私を誘ったが、私は明日仕事があるからと言って断った。
「つれないねえ…」と犬は自分の前足に目を落としながら言った。「オイラ、旦那と友達になりたかったんだ…」
 私たちはさよならを言って別れた。しばらく歩いて後ろを振り返ると、私のことをじっと見送っている犬の姿が見えた。私は犬に手を振った。すると犬は暗い空に向かって遠吠えをした。星がきれいな夜だった。


続きを読む

*****
◆前回までのあらすじ◆
主人公と再会した謎の女マリリンは、バーで赤ワインを飲みながら長い長い話を語り始めた…。マリリンは、ある冬の夜に出会った棄て犬のグロリアを、その場に居合わせた老婦人の赤坂典子にあずけた。半年後、マリリンは街で赤坂典子と再会し、彼女の屋敷を訪れた…
*****
〈6〉

「『あなたと初めて出会ったときね、私とっさに思ったの。あなたとは何か縁があるってね…。気がついたときには、もう私の腕の中にこのグロリアがいたのよ』。赤坂典子はそう言いながら、グロリアの頭をいとおしそうに撫でてたわ。あたしは彼女と出会ったあの冬の夜、突然熱を出して寝込んだことや、そのとき見た夢の話を彼女にした。彼女はときおり深く頷きながら、あたしの話を聞いてくれたの。そして彼女は何か考えてる表情をしながら『そんなことがあったのね…』ってぽつりと言ったあと、あたしにこんな話をしたわ…。
『あなたの見た夢と少し似た話があるの。中国の少数民族に伝わる民話なんだけどね…。
…あるとき狩人が森を歩いていると、ふいにどこからか若い女の悲鳴が聞こえてきたの。狩人が声のほうへ駆けつけてみると、太い松の木のような大きな蛇がいて、悲鳴をあげる女の体に巻き付いていたのよ。狩人はとっさに弓を引いて蛇の眼を矢で射抜いたわ。すると蛇は女の体からするりとほどけ、よろよろしながら森の奥へ逃げていった…。
 ここまではあなたの夢の話とほぼ同じね。でもこの話にはまだ続きがあるの…。

続きを読む

*****
◆前回までのあらすじ◆
主人公と再会した謎の女マリリンは、バーで赤ワインを飲みながら長い長い話を語り始めた…。マリリンは、ある冬の夜に出会った棄て犬のグロリアを、その場に居合わせた老婦人の赤坂典子にあずけた。半年後、マリリンは街で赤坂典子と再会した…
*****
〈5〉

「『久しぶりね、元気にしてらした?』って老婦人の赤坂典子は声を掛けてきたの。でもあたしは最初、その女性が誰だかわからなかった。『ほら、いつか子犬を…』って彼女に言われてやっとわかったんだけど、彼女の顔はまるで思い出せなかったわ。子犬は元気にしてますかって彼女に尋ねたら、今から子犬を見に家へいらっしゃいって誘われたの。『あのときの子犬、ずいぶん大きくなったのよ』って。あたしも子犬のことが気になったものだから、彼女の家へ行くことにしたの。
 街からタクシーに乗って数分もすると、古くて落ち着いた住宅地が見えて来てね、『ここで止めてちょうだい』って彼女が言うと、タクシーは長い塀に囲まれたお屋敷のような場所で止まったの。外から眺めると庭の木がやたらと生い茂っていて、敷地の中の建物がまるで見えないのよ。門をくぐるといきなり林のような薄暗い庭が広がっていて、小道がゆるくカーブしながら奥まで続いているのが見えたわ。一分ほどその小道を歩くとようやくひらけた場所に出たんだけど、そこにはこじんまりした古い日本家屋がぽつんと建っているだけで、敷地の広さにしては拍子抜けするほど小さなお屋敷だった。まるで山奥の深い林に囲まれた一軒家に連れてこられたみたいで、ここが住宅地の中だってことを忘れてしまいそうだったわ…。赤坂典子は、あっけにとられてるあたしの様子を見ながらクスクス笑ってたの。『まるでおばけ屋敷みたいでしょう? でも私、ここに一人で暮らしているのよ』って彼女はおかしそうに言ったわ。彼女が玄関の戸を開けると、シッポを馬鹿みたいに振りながら犬が駆け寄って来たの。ひどく醜い犬がね…。『グロリア、あなたの命の恩人を連れてきたわよ』って彼女が言うと、犬はまるで返事するみたいに『ワン!』って吠えたの。

続きを読む

*****
◆前回までのあらすじ◆
主人公と再会した謎の女マリリンは、バーで赤ワインを飲みながら、愛犬グロリアとの出会いを語り始めた。グロリアは子犬の頃、コンビニのゴミ箱に捨てられた憐れな犬だった…
*****
〈4〉

「あたしはその子犬をゴミ箱から拾い上げて腕に抱いたわ。コンビニの店員は困った顔をしてるし、この子はあたしが引き取るしかないわねって考えてたの。でもそこへ突然、品の良い老婦人が声を掛けてきたのよ。あたしたちのやりとりを近くで見ていたのね。それで老婦人はこう言ったの。『よければその犬、私が引き取ってもいいかしら?』って。悪い人じゃなさそうだったしあたしも困ってたから、その子犬を彼女に手渡したわ。すると彼女はバッグから一枚の名刺を取り出してあたしに渡したの。そこには『赤坂典子』っていう名前と、電話番号が書いてあった。『困ったら電話してちょうだい』って彼女は言って、そのまま犬を抱いてどこかへ行ってしまったの。夜空には雪が降り始めていたわ…。あたしはコンビニから部屋に帰り着くとひどく寒気を感じて、そのままベッドへ潜り込んだの。そのあと熱を出して三日も寝込んだのよ。あたしは熱にうかされながらずっと夢を見てた…。夢の中であたしは、エデンの園みたいな楽園にいたの。花を摘んだりなんかしながらね。するとそこへ裸の男が現れてあたしに声を掛けてきたんだけど、男の言っていることがさっぱりわからないのよ。でもそのとき、あたしはふと自分が裸だということに気が付いたの。あたしは急に恥ずかしくなって森へ逃げ込んだわ。すると森の暗い陰から蛇が現れて、あたしの足にするりと巻きついたの。蛇を振りほどこうとすると森のいたるところから無数の蛇が集まって、あたしの体に次々と絡みついてきたのよ。あたしは死ぬ思いで叫び声を上げたわ。すると突然、暗い森が光に包まれ、あたしの体からするすると蛇がほどけていったの…。
続きを読む

*****
◆前回までのあらすじ◆
謎の女マリリンと再会した僕は彼女に誘われ、不思議な老婆のいる古びたバーへ入った。僕とマリリンは、たわいのない会話をしながらダラダラと時間を過ごしていた…
*****
〈3〉

「あたし、ゴミと一緒にすててある毛布を見ると憂鬱になるの。だって毛布って人間を優しく包むものでしょう? どんなに辛くて悲しい夜だって、暖かい毛布にくるまればほっと救われた気分になれるでしょう? そんな優しくて暖かい記憶と結び付いた毛布が、無造作に雨ざらしの状態で捨てられているのよ…。やるせないわ…」
 マリリンは思いつくままに語った。僕たちはいつの間にか赤ワインを飲んでいた。犬のグロリアはマリリンの足元で、古ぼけたクッションのように丸まって寝息をたてていた。
「グロリアは捨て犬だったの。コンビニのゴミ箱に捨てられていたのよ、信じられる? あれは寒い冬の夜だったわ…。あたしはコンビニにおでんを買いに行ったの。どうしても食べたくなったのよ。あたしが白い息を吐きながらコンビニの自動ドアの前に立つと、なにか子犬の鳴き声が聞こえたような気がしたの。でも自動ドアが開くと店のBGMに遮られて、さっきの音がなんだったのかよく分からなくなったの。BGMはまるで子守歌みたいなバラードの曲で、アルバイトの店員はもう三日も眠ってないような、疲れた顔をしながらレジの前に立っていたわね。あたしはその睡眠不足の店員に声をかけておでんをよそってもらったの。大根と牛筋とコンニャクと卵、つゆは少なめでお願いしたわ。それからメンソールのタバコも一つ。あたしはお金を払って、また寒空の下、早く自分の部屋へ帰ろうと自動ドアを出たの。そしたらやっぱり聞こえたの。クンクンいってる鳴き声や、ゴミ箱にボコボコぶつかる音が…。あたしはゴミ箱の丸い穴から中を覗いたわ。でも真っ暗で何も見えやしない。それで睡眠不足の店員を呼んで外に引っ張り出したら、その店員はありえねぇとかブツブツ言いながらゴミ箱を開けたの。するとそこにはペットボトルに埋もれながらぶるぶる震える、薄汚れた子犬がいたわ…。
 これがグロリアとの最初の出会いよ。

―つづく―

↑このページのトップヘ