アメリカの友人

小説と詩を書くブログ。

2011年06月

私いつでも死ねるの

虫や草や風のように

はかない瞬間を生きているから

言葉にならない言葉を知っているから

光の速さをこえどこへでも行けるから

あなたの痛みが世界を少しずつ変えてるってことを

私あなたに伝えるために

いつでも死ねるの

いつでも

笑えるからね

福島の人々に対してこれから行われる
健康調査というのは
比較的低レベルの放射線に被曝し続けるということが
人体にどのような影響を与えるのかということを
まとまった数のサンプルを使って
長期間に渡り調査することを目的とするものである
福島の人々は今
未来の放射線に関する医療にデータを提供するために
長期間に渡る被曝をさせられることを前提とした
まとまった数のサンプルの一つ一つとして生き
歴史の教訓を残すことを求められており
それは確かに未来の人々にとっては
福島の犠牲はとても有意義なことかもしれないけれど

目の前で福島の人々が一つの被曝サンプルにされようとしている現実に対して
私は同じ人間としての尊厳を掛け
被曝民の健康調査なるものに対し 私は激しく抵抗する
まず
福島で調査を行おうとする研究者に問いたいが
それほど福島の人々の放射線による健康被害を危惧しているのであれば
あなたは放射線医学の研究者という誇りを掛け
まずは福島東部などの 放射能汚染のひどい地域の住民をいち早く避難させる要請を
誰よりも強く
研究者の持つ良心に従って
日本政府に対し訴えるべきではないのか?
放射線医学というのは 人々を放射線の脅威から守ることを第一の目的とすべきではないのか?
だとすれば
ここは人間の暮らせる場所ではないと
人間が暮らしてはいけない場所なのだと
なぜ大声で叫ばないのか?
低線量被曝のデータを取ることそのものを目的化することは
完全なる本末転倒の行為であるばかりでなく
人間としての 人間であり続けるための正義に 誠実さに 命に
著しく反するものであるかもしれないと 一度でも考えたことがあるのか?
あなたはそれで 本当に満足なのか?
いつか未来の晴れた空の下で
あなたは
一点の曇りもなく
ただ子どものように
青空の下で揺れる夏の草木のように
木漏れ日のように優しく
笑うことが出来るのか?
私はそのことを
強く 何度でも あなたに問う
私がまだ
人間をあきらめない間は

棒のように突っ立った人がいつ倒れるか

私はずっと眺めていました

あれはもう死んでいるのだとか

あれはもう棒になってしまったのだとか

通りがかりの人たちは勝手なことばかり言うのですが

きっとあの人には理由があるのでしょう

ただ幸せそうには見えないということで

あの人は変人あつかいされているのです

だけど理由はあるはずで

言葉で言えないだけで

だからあの人は棒のように突っ立っているのでしょう

それはあなたがあなたである理由を

言葉では説明できないという事情と

たぶん同じことです

原発利権で食べている人たち

(つまり電力会社の幹部や、原発関係の独立行政法人へ天下りした元官僚や、東大の御用学者の先生方)

の老後を守るために

福島東部の人々は毎日被曝させられている

福島東部の子どもたちは真夏日でも長袖を身に付け

マスクの中にこもった蒸し風呂のような空気を呼吸させられている

現実とは残酷であり

弱いものは つねに強いものに従うしかなく

真実とは

実に単純な姿を晒しながら

われわれに問いかける何かである

雨の音をききながら

眠りに落ちた 

私の夢の中でもトボトボと

鉛のような雨が降り

濡れた犬が暗い空に向かって刺すように吠えていた

夏のエネルギーがまだ充分でない間は

いくら吠えても雨雲を裂くことは出来ない

それでも吠えずにいられない衝動が

犬であることの全てであるのだとしたら

残酷な結論を示す夏に死ぬ 犬を責めることは誰にも出来ないと

夢の中で私は思った

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