アメリカの友人

小説と詩を書くブログ。

2011年09月

天地がひっくり返ったまま

なんとなく続く

日常のスクリーンの中に

わたしがいて

あなたがいて

死にかけた猫がいて

乾いた秋の空気の中で揺れる

洗濯物の白いシャツにとまった草色のバッタが

一瞬だけわたしを見たあと

「ぴょん」と言いながら夕日に向かって素っ気なくジャンプした

猫は最後の血をあなたのバスタオルに吐きながら

「幸せだったよ」とわたしに最初の強がりを言った

日本語で

福島で生まれ
福島で育ち
福島で結婚をして
福島で子どもを産みたい
っていう当たり前なことさえ
今の福島じゃ無理かもしれないってことも
私じゅうぶん分かっています
だけど私にとって一番大切なことはね
今この瞬間を
たしかに生きているっていうこと
そして
「福島」っていう場所で
ちゃんと息をしながら生きてる人がいるっていうことを
今あなたが息をしてることと同じくらい普通のこととして
あなたに認めて欲しいってことなんです
それに福島には
「死のまち」なんてありません
福島にあるのは
どこにでもあるような日常の中で
どこにでもいるような人々が
一秒一秒を生きているっていう現実だけです
もし何かが死んでいるのだとすれば
それはきっと場所じゃなくて
それはきっと
私やあなたが
福島のために良かれと考えながら切り捨てた
心の一番柔らかい部分です
柔らかいから一番よわくて
一番すてきな部分です
だから心は夢を見て 矛盾して
引き裂かれて 悲鳴を上げて
だけど
私いろいろと考えて
やっぱり

福島で幸せになりたい って

はっきり声に出して言います
そして
いつか好きな人の腕の中で
死をうけいれながら
福島は決して死んでいなかったっていうことを
心を忘れなかったことを
私 世界中の人たちに
教えなきゃいけないから

笑う
泣く
時々 殺す
プレーンヨーグルトに蝿が沈む
地デジチューナーから煙が出る
ウサギが指をなめる
震度3
僕のヘソの緒をかじった虫から
ストロンチウム90を検出
その因果関係は
三角関係のこじれが原因だと報道官は伝える
ウサギはめったに鳴かない
僕は蝿の沈んだプレーンヨーグルトを棄てる
震度5弱
ツイッターの炎上を横目に眺める
もっと別の生き方もあるのかもしれないと思う
リカちゃんが人形をやめる日
僕は人間をやめるかもしれないと
送るあてもないメールを 透明な空気に向かって打つ
震度8
ウサギが鳴く
僕のヘソの緒がゆっくりと溶融する
本当にこれで良かったのか?
地デジチューナーはすでに炎に包まれ
リカちゃんは衣装を脱ぎすて表情をゆるめる
これで私も人間になれたわ
着せ替え人形なんてウンザリだったの
ねえ 最初の柔らかいキスをして
しかしマグニチュード9だぜ
と言って僕は熱で歪みかけたリカちゃんをなだめる だってチェルノブイリ級のレベル7なんだぜ
そんなの関係ないわ
しかしウサギだって燃えてるぜ
なんて完全に終わった顔しながら叫んでるあなただって
真っ赤な夕日みたいに
キラキラと燃えてるよ

どうしても忘れてはならない事がある

のだけれど

そんな大切な事さえ忘れてしまうのが

人間であり

忘れることだけが

人生の 最後の救いになるのかなあと

だから白髪まじりの歳を取った人たちは

残り少ない人生を救うために 忘れることを仕事にしてるような感じだから

あんな無責任なことでも平気に

堂々と出来るのかなあと

だったら僕は

何も忘れない 何事にも救いを求めないような

狂った老人になるしか無いのかな

だって無責任な老人たちのせいで

いったいどれだの人たちが苦しんでいるか

僕はいま目の前で見ているから

とても

とても

この気持ちは裏切れないよ

良い人でいることは疲れるので

しばらく悪い人になろうかと思ったのですが

銀行強盗するのは

ただの犯罪ですし

死ねと言って人を傷つけたり

差別したり いじめたりするのは弱い人のやることですし

悪い人になるというのは

案外むずかしいのですよ

だけれど良い人というのは

普通に生きてさえいれば

それほど問題なく

良い人でいられるわけですから

楽といえば楽なのですが

その普通という通念が

今や普通のものとして供給されなくなっていて

貧富の格差やら 放射能汚染やらで

普通であるってことが

いったいどういうことだったのか?

その基準や感覚が麻痺しちゃって

ぐるぐると

よくわからない世界に迷い込んでしまったみたいで

私は普通の 良い人であることに

すごく無理を感じて

笑うことさえ

つらいのですよ

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