アメリカの友人

小説と詩を書くブログ。

2013年01月

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高い値段で美味しいものを作るのがグルメで、安い値段でも美味しいものを作ろうとするのが文化。讃岐うどんや博多ラーメンはとても安いけど、頭が下がるぐらい美味しい。お金さえあれば、兵器や「戦争を買う」ことが出来るが、いくらお金を支払っても「平和を買う」ことなど出来ない。それと同じことだ


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千葉麗子の反原発ヌード。その勇気を称賛したい。山本太郎もそうだが、何の後ろ楯もなく、ただ有名人であるという責任感から反原発運動の先頭で身を晒し、あらゆる批判や嫌がらせ、そして言われなき憎しみを一手に引き受ける彼らの心痛はいかばかりか。千葉麗子は福島出身。人間らしい人間がここにいる


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日本人というのは「個人」の観念が弱いから周りに流されがちになる、という意見には決定的な勘違いがある。個人とは「個人=自由」なのではなく、「個人=自由=責任」でなければ社会的に成立しないもの。つまり周りに流されるのは「個人」が弱いからではなく、自らの「責任」を直視出来ないからである


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ちゅうごくは わるいくにだから せんそうをして こらしめなければ なりません。にほんは よいくになので ちゅうごくより つよいぶきを あめりかじんから かうことができます。あめりかじんが いっぱい ぶきをつくったり いっぱい せんそうをするのは せかいを へいわに したいからです


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千葉儷子は、世間から揶揄されることを十分覚悟した上で敢えてピエロになっているのである。反原発は今や風前の灯火であり何も行動を起こさなければ消滅してしまうだけ。別にヌードそのものに意味なんてない。ただ世間の関心を引き戻す手段として、今自分に出来る最大限のことを彼女はやっているだけだ

130124
尖閣問題に気を取られがちだが、日本を絶命させる最大の問題は、やはり「福島第一原発の不安定性」と「放射能汚染」であることは、311以来、何も変わらない厳然とした事実である。尖閣問題など、放射能による絶望的な危機を誤魔化すための「お祭り騒ぎ」に過ぎず、外交でいくらでも解決出来ることだ


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中国から見れば尖閣、つまり釣魚島は中国固有の領土であり、日本から見れば日本固有の領土であるというただそれだけの話なのだ。両国がその主張を変える必要はないし、その無人島を好きな名前で呼べばいい。お互いに実行支配はせず、天然資源の管理は共同で行えばいい。独占しようとするから戦争になる


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日本政府は「テロとの戦い」に追従するために、アルジェリアで人質になった日本国民を見殺しにしたのである。「人命を第一に」と要請したのなら、なぜ日本政府は、あの無謀な軍事作戦を強行したアルジェリア政府に抗議しないのか? 米英仏に任せきりで、日本は何も交渉などしなかったのではないのか?


130126
「八重の桜」。福島の人々を励ますという意味では賛同出来るが、福島の原発事故とは、単に震災からの復興という物語が全く通用しない、人類史上最悪の放射能危機なのである。「ならぬものはならぬ」とは、事故を起こした東電や政府、そして原発推進体制を批判しない当のNHKにこそぶつけるべき言葉だ


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「ならぬものはならぬ」とは、まさに放射能を撒き散らす連中にこそ相応しい言葉。「原発さえなければ」という言葉を残し、自ら命を断った相馬市の酪農家を思い出せ。ある日突然、あなたの仕事は原発で終わりました、ふるさとは放射能で死にましたと現実を突き付けれるのだ。こんなことが許されるのか?

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中国との戦争が起こればいいと、多くの人たちは心の底で願っている。貧富の格差は酷くなる一方だし、不安定な仕事では結婚さえ出来ない。おまけに原発事故のせいで、これから一生、放射能の病気に怯えなきゃならない。ならばいっそ中国と戦争して、この社会のすべてを破壊したい。どうせ未来がないなら


130121
お金とは、バーチャルリアリティーと本質的には同じである。お金さえあればゴッホやピカソの絵が購入できて、お金さえあれば一人の人間の性的尊厳さえ買えるなんて、よくよく考えればおかしなことではないか。もしこの世に「お金」というものが存在しなければ、ゴッホもピカソも一夜の恋も購入出来ない


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今回の事件はテロではなく、「欧米VSイスラム」という明確な対立軸を持った戦争なのであり、イスラムの側から見れば、欧米という帝国主義的支配に対する革命なのである。日本は、中国と戦争している場合ではない。日本の果たすべき役割は、欧米とイスラムの間に入り、この馬鹿げた戦争を止めることだ


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「貧困層の収入」を根拠とした生活保護費切り下げは、安倍政権による弱者切り棄てを正当化するためのもの。生活保護の金額は、憲法25条に明記された「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を法的根拠にして設定されたものであって、政治の都合により左右されてはならない「最後の生存権」である


130123
尖閣問題の「棚上げ論」は日中戦争を回避するための唯一の方法。とはいえ右翼化した日本社会の中では、中国に譲歩する人間など「反日」の「非国民」でしかなく、右翼化した日本国民は、なぜ早く中国を攻撃しないのかと苛立っている。だからきっと日中戦争は回避出来ず、多くの人間が死ぬ。馬鹿のせいで

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18年前の今日、1月17日に阪神淡路大震災が起こり、3月20日に東京で地下鉄サリン事件が起こった。このまま世界が終わっていく気分がした。人は簡単に死ぬのだと思った。テロを起こした人々を憎む気持ちにはなれなかった。加害者も被害者も、そして傍観者の私も、何か後ろめたい心を見つめていた


130117
正社員になれないような「落伍者」は、使い捨ての非正規社員になれ。まともに仕事さえ見つけられず、生活保護を受けるしかないような「人間のクズ」は死ね。それが安倍政権のメッセージである。正社員より下の人間は「二等国民」なのであり「生きている資格の無い人間」なのだから、消費税ぐらい払えと


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B層という言葉が嫌いだ。いったい何様のつもりなんだろう。まるで覚えたての言葉を自慢げに披露する子どもみたいだ。情報や知識を持っているなら、それをどう生かすかを考えろよ。ただ優越感を得たいだけなら、それは金持ちが貧乏人を蔑む感覚と同じ。または自己満足のために同情する感覚と同じである


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アルジェリア政府による無謀な軍事作戦は、やはり不自然である。米英仏という大国の意向を無視できるはずがなく、各国への事前通告がなかったというのは嘘ではないのか。権益のある西アでのテロ拡大を畏れた米英仏は、人質を見棄てアルジェリア政府に軍事作戦の許可を与えた。日本はそれに追従しただけ


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今回のアルジェリア事件を見ていると、安倍政権には「危機管理能力も外交能力も無い」ことがよく分かる。ASEAN訪問は、対中国包囲網という右翼政策を日本国内向けに演出し中国を挑発するためのものでしかなく、とても外交とは呼べない代物。安倍外交では「情報が無い」といえば許してもらえるのか

130115
日中戦争が起こっても米国は参戦しない。米国は外交において中国を牽制するが、直接的な軍事行動は決して取らない。日本の極右勢力が仕掛けた火遊びに、現実主義の米国がまともに付き合う訳がない。米国はただ日本を利用するだけであり、現在の日本は、米国と中国の間に組み込まれた緩衝地帯に過ぎない


130116
大島渚の「猥褻がなぜ悪い」という叫びは、現在の右翼化した日本社会にこそよく響く。芸術は、誰かに評価されなければ成立しないが、猥褻は、誰の評価も期待しないし評価に左右されることもない。そして戦時下では、国家に忠誠を誓う国民は評価され庇護を受けるが、国家を批判する者は非国民と呼ばれる


130116
仏のゴダールや、日本の大島渚といった、ヌーベルバーグと呼ばれる革命的な映画運動を先導した監督たちは、いずれも少年期や青年期を第二次大戦の戦火の中で過ごした戦争経験者である。彼らの表現は、どこまでもクールに見えるが、それは平和や豊かさを偽装する戦後社会に対する限りない不信感であった


130116
大島渚の映画が「反抗」であるなら、北野武の映画は「病」である。別の言い方をすれば、大島渚の映画が「緊張感」で、北野武の映画は「暗さ」である。北野映画は暗闇の中に光を見いだすという物語があるが、大島渚の映画は物語そのものを否定する。「愛のコリーダ」は、ただ打ちのめされるだけの映画だ


130116
放射能汚染された東北3県に、「復興」という物語を押し付けるのは罪である。「復興」を果たせば、あたかも未来が待っているかのような罪深い嘘をついてはいけない。日本政府は東北3県が決して「復興」しないことをよく知っている。だから被災地では何も進まないのだし、破局までの時間稼ぎをしている

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