アメリカの友人

小説と詩を書くブログ。

2017年03月

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 それは30センチメートル四方の平べったい木箱だった。昆虫の標本箱みたいにガラス張りになっており、祖父が言うには、その箱の中にはきわめて小さな体をした人間が沢山棲んでいるのだという。だから毎日水や食べ物を与えたり、日光に当ててやらなければならないのだと。


「この箱の中では、1ミリが1キロメートルの長さになる。だからね、この箱は九州がすっぽり入るぐらいの大きさがあるんだよ」

 しかし箱の中はカビのようなものが所々に生えているだけで、だた眺めていても面白いものではなかったのを覚えている。それに、アメリカやロシアが大きいことは知っていたが、当時子どもだった私には九州の大きさが上手く想像できなかった。地球儀で探したら、日本でさえ小さなシミにしか見えないのだから。

「もう50年も前になるが、一度、箱の中を顕微鏡で調べたことがあってね。カビの生えたようなところを覗いてみると、建物のようなものがたくさん集まっているところが見えたのさ。それで、もっと倍率を上げてみると、人のような形をしたものが幾つも動いているのが見えたんだよ。彼らは歩いたり立ち話をしているように見えたが、その中にじっと動かない人が一人だけいてね。その人が男か女かは分からなかったが、その時、お互いに目が合ったような気がしたんだ」

 祖父は昨年死んでしまったが、葬式では、その箱の話はまったく出てこなかった。祖父の娘である私の母にそれとなく尋ねてみても、何の話かピンときていないような反応だったし、母方の親戚も皆、私の質問に妙な顔をするばかりだった。
 後日、遺品整理のために祖父の家で作業をしていると、それらしい箱を見つけてしまった。しかし、その箱は既にガラスが取り外されており、カビのようなものも見当たらなかった。

 それからしばらく過ぎたある日、私の自宅にスーツを着た女性がやってきて、祖父の箱を譲ってほしいと言ってきた。私は、遺品として貰ったものだから無理だと言ったが、女性はその箱がどうしても必要なのだと言って、私に百万円の札束を差し出した。私は、その場で5分ほど腕組みしながら考えたあと、そのお金で一緒に九州旅行へ付き合ってくれるなら譲ってもいいと彼女に提案した。すると彼女もまた5分ほど腕組みしたあと、分かりましたと言って了承した。冗談のつもりで言ったのだが、彼女の真剣な顔を見ていると断るのも悪いし、箱も、もういらない気分になった。

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 私が人間になったとき、私は淡い水色の、春物のワンピースを着ていました。頭には麦わら帽子をかぶり、腕にはバスケットをぶら下げていたので、まるで春の陽気に誘われてピクニックにでも出かけるような恰好だったでしょう。私は、デパートの婦人服売り場に置かれたマネキンでした。ですので、そのお店にいた人たちはマネキンが急に動き出したと思ったのです。しかしそのときの私はすでに人間になっていたので、正確にいうとマネキンが動き出したわけではありません。私は売り場の店長に挨拶をして、店内で騒動を起こしてしまったことや、もうマネキンとして働けないことを謝りました。季節はまだ冬だったので、外には雪が降っていたのを覚えています。


 私はデパート側の計らいで、婦人服売り場の店員として雇ってもらえることになりました。仕事の様子はいつも見ていたので、仕事を覚えるのにさほど苦労はしませんでしたし、同僚の方たちはとても親切にしてくれました。しかし、売り場に置かれているマネキンたちの視線にはどこか冷たいものがあり、私のことを疎ましく思っているように感じました。もちろん、マネキンに感情があるはずはないのですが、自分も昔はマネキンだったのですから、そう簡単に心を割り切ることもできません。
 結局、私は一年ほど働いたあと、デパートの店員を辞めてしまいました。

 仕事と住む場所を失った私は、あてもなく街を歩いていました。するとある日、ゴミ捨て場に裸のマネキンが横たわっているのが目に入り、私はしばらくその場から動けなくなりました。マネキンは男性の形をしており、仰向けになって空を眺めていました。私はゴミの中から見つけた服をそのマネキンに着せると、彼の体を抱えてその場を去りました。それから歩き疲れて公園のベンチに横になると、私は長い夢を見ました。

 夢の中で、私と彼は結婚し、子どもを作りました。あまり収入は多くなかったけれど、子どもを大学までやって立派に育て上げることができました。やがて子どもも結婚し、孫を抱くことができたのです。
 私は夢から覚めると、海の見える窓辺に座っていました。手を見ると皺だらけになっており、体も少し重く感じました。
「年を取ると皆そうなるのさ」と、傍らに置かれたマネキンの男性が言いました。「でも、君はそれで満足なのだろ?」
 海辺には、麦わら帽子の女の子が歩いていました。今日は、ピクニックにはよい天気です。

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 この街には巨大な塔が立っている。直径が一キロメートル、高さが十キロメートルもあるため近づくと壁にしか見えない。そして普通の塔と違って真っすぐに立っているわけではなく、地面に向かって弓なりにカーブしているため、遠くから眺めると今にも倒れそうに見える。ちょうど糸を垂らした釣り竿のように見えることから『巨人の釣り竿』と呼ばれることもあるが、もともとは空に向かって真っすぐに伸びていたものであり、それが数千年ほど前から傾きはじめて現在の状態に至ったのだという。専門家が構造を調べた結果、毎年ほんの少しずつ地面に向かって傾き続けてはいるものの、あと千年は何の問題もないという結論が出されている。
 とはいえ、塔がいつ倒れるか分からないという不安は街に暮らしている者なら誰でも抱く心理である。そのため、塔が倒れようとしている方向にある(つまり塔が倒れた時に潰されてしまうであろう)細長い形をしたエリアは、誰も好んで住みたいとは思わないため、昔は貧しい者が暮らす地域として知られていた。しかし、戦後の経済成長によって街全体が豊かになったことで問題のエリアに住む者が減ったため、現在ではその跡地に広大な公園が整備されている。
 その公園は、一番迫力のある方向から塔を眺められる場所ということで観光地になっており、私はその公園で観光客を相手にアイスクリーム売りをしている。公園には他にも玩具を売ったりビールを売ったりする者がいて、それぞれに自分の屋台を構えている。私が売っているアイスクリームはどこにでもあるような普通のものだが、特徴を出すために塔の形をまねた大き目のクッキーを突き刺している。そしてアイスクリームを手渡すとき「今日は暑いので、どうか塔が倒れないうちにお召し上がり下さい」という決め台詞を言うことにしているのだが、特に客から反応が返ってくることはない。隣でビール売りをしている女はそんな私の姿を見ながらよく笑っている。
「毎日笑わせてるんだから、たまにはビールでもおごってくれ」と私は言う。
「じゃあ、わたしはアイスクリームが欲しいわ」と女は言う。
 私たちはベンチに座って商品を交換する。
 私がビールを飲むと、女はアイスクリームに突き刺さったクッキーを地面に捨てる。
 クッキーに群がる鳩。
 空を昇る風船。
 私は女の顔にビールをぶちまけたあと、女に長いキスをする。
 きっとそんな日に、塔は倒れる気がするのだ。

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 私は井戸に落ちた。
 しかし何秒たっても底に衝突しなかったので、ずいぶん深い井戸なのだろうと考えながら落ちた。そして私はもう人間じゃなく、ただの落下物なのだと考えることにしたところでポケットの中の携帯電話が鳴った。手探りで携帯電話をつかみ、風圧で定まらない指で通話ボタンを押して、やっとのことで耳に当てると女性の声が聞こえた。
「ササキさんの電話ですか?」
「いいえ、私はサトウです」
 電話の女性は、間違い電話だと分かると丁寧にお詫びを言って電話を切った。私はそのまま携帯電話を放り出そうかと思ったが、また電話が鳴っているのに気付いたので再び電話に出た。
「さっきは間違い電話だったけど、今度はあなたに伝えたいことがあるの」と電話の向こうにいる女性は言った。「あなたが今落ちているのは井戸じゃない。だから底にたどり着くことはないわ」
 ササキさんのほうの用事はいいのかと聞くと、今はササキさんよりサトウさんのほうが大変そうだからと彼女は言った。
「まずは目を閉じて、わたしの声に集中して」
 私は目を閉じた。
「次は、陽だまりで気持ちよく眠っている猫を想像して」
 想像した。
「猫を優しくなでてあげると、あくびをして起きるわ。そして猫が挨拶をして歩き出したら、あなたはそれについていくの」
 猫の後をついていくと、素っ気無い灰色のドアがある場所にたどり着いた。電話に話しかけてみたが、もう女性の声は聞こえなかった。

 ドアの向こうには部屋があり、一人の子どもがソファに座っていた。子どもはドアから入ってきた猫を抱き上げると、笑顔で私に挨拶をした。電話の女性のことを子どもに質問すると、子どもは一枚の写真を私に見せた。
「その人はもうずいぶん前に死んだわ。サトウさんがドアを探してる間にね」
 じゃあ君は誰なんだと質問すると、子どもはその女性の孫だと答えた。
「おばあちゃんはサトウさんがちゃんとドアを見つけられるか心配してたわ。だって猫はきまぐれだから、きちんと案内できるかしらって」

 私は、ほかに行くあてもなかったので子どもと一緒に暮らすことになった。子どもの提案で、私は父親になり、子どもは娘になることにした。それから一年ほどすると、例のササキさんがドアから現れたので、ササキさんはそのまま子どもの母親になった。
 次は誰がドアから現れるんだろうと子どもに聞くと、それは秘密よと言ってはぐらかされた。猫もニャアと鳴くだけだ。

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 私は小さなお菓子の箱に押し込まれ、砂場に埋められた。

 しばらくは子どもたちの声が聞こえていたが、そのうち誰の声も聞こえなくなった。私は虫であるから、人間のように絶望することはなかったし、子どもを恨む気持ちもなかった。しかし箱の中でひたすらもがいたせいで疲れ果て、私はそのまま死んだように眠ってしまった。夢は見なかったと思う。
 そして、目が覚めると私は暖かい布団の中にいた。
 私は洗面台で歯をみがき、服を着替え、朝食を食べてランドセルを背負った。
 放課後に砂場へ行き、小高くなった場所を掘り返すと小さな箱が出てきた。
 自分で自分を助けるのは変な気分だったが、箱から虫を出してやると、そいつはしばらく箱の周りをうろうろしたあと、触覚をぴんと立てて草むらへ跳ねていった。

 その後、私は人間として生きていった。
 そして大人になったあるとき、親しくなった女性に、自分が昔虫であった話をした。私たちは夜の公園でベンチに座りながら、月を眺めていた。
「実はね、わたしにも秘密があるの」と彼女は言った。「わたしは、今から400年後の未来から来た人間なの。でも、時間の海で嵐に遭って、この時代に遭難してしまったの」
 私は、静かに彼女の話を聞いた。
「あれからもう5年が過ぎたけど、仲間とは連絡が取れないし、未来へ帰る方法もわからない」
 彼女の部屋へ行くと、ラグビーボールを一回り大きくしたような形の装置が置いてあった。彼女が操作するとラグビーボールのランプが点滅し、数秒後にフタが開いた。その中には一万円札が入っていたのだが、彼女は続けて操作し、免許証やパスポートを作ってみせた。
「お金は5年間暮らせる分しか作れない設定になっているの。際限なくお金を生み出してしまったら、その時代や未来に変な影響を与えてしまうかもしれないでしょ」

 私と彼女は3年間同棲したが、未来の仲間が助けに現れたため、彼女はそのまま400年後の世界へと帰ってしまった。去り際に彼女は一通の封筒を差し出し、これから起こる未来のことを書いておいたから気が向いたら読んでねと私に言った。
 彼女が去ってから数日過ぎたある朝、私は草むらの中で目を覚ました。後ろ脚で地面を跳ねながら草むらを抜けると、自分の家が見えてきた。窓から中を覗くと、手紙を読んでいる自分の姿が見えた。
 うまく背後に回り込めば手紙を読めるかもしれないが、虫に未来は関係ないなと私は思った。

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