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 女は僕が帰ってくると、ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも地球を破壊しますか? と質問する。それで僕がご飯にしますと言うと、女は不満そうな顔で、あなたが全部悪いんですからねと呟きながら地球を破壊した。僕と女が火星へ行くことになった経緯はそんなところなのだが、問題なのは、これから僕と女は火星でどう生きていけばいいのかということだった。そこで火星の人に相談したところ、地球出身なら小説で食べていけばいいとアドバイスをしてくれた。

 火星では誰でも小説を書いており、地球とは逆に、大勢の人が書いた小説をごく少数の人が読むという、圧倒的な読者不足の状況だった。とにかく火星の人にとっての小説とは、読むものではなく書くものであり、他人の書いた小説には全く興味が無いのだ。そして火星の場合は、小説を書いた人ではなく読んだ人に報酬が支払われる仕組みになっていたため、小説を読むだけで生活費を稼ぐことが可能だった。長編なら月に五編、短編なら三十編も読めば一ヵ月分の生活費が得られるのだ。

 小説を読む仕事をしていて気になったのは、その内容が、小説そのものについて書かれたものばかりだったこと。一番多いのは、小説を書いても誰も読んでくれないという火星小説の状況をひたすら嘆くものであり、読んでいると気が滅入ってくるし、そりゃ誰も読まないよなと思わせる内容だった。しかし中には、火星の現状を打破するために地球から読者を大量に移住させるといった比較的ポジティブなものもあったが、結局、火星の人自身が変わるという発想にはならないようだった。
 僕は三十年間小説を読む仕事を続けた結果、ノーベル文学賞に相当する火星文学賞を貰った。火星では、地球とは逆に小説を読む人に文学賞が贈られるのである。もちろん、賞を貰ったこと自体は自分の仕事が認められたようで嬉しかったが、火星文学賞を貰った頃にはもう、火星に存在する読者は僕一人だけになっていた。僕は授賞式のスピーチで、小説は誰かが読まないと完成しないので皆さんも小説を読みましょうと訴えた。会場の拍手は鳴りやまなかったが、きっと誰の心にも僕の訴えは届いていないことが何となく分かったので、僕と女は次の日に火星を破壊し、また他の星へ行くことになった。
 僕は今この一連の話を元に小説を書いているのだが、移住先の金星にはまだ小説が存在しないので、これが最初の金星小説になるだろう。