アメリカの友人

小説と詩を書くブログ。

カテゴリ: 短編小説 2009

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 まるで綱引きみたいだと私は思った。五、六人の裸の男達が、大きな蛇を運びながら私達の行く手を横切った。
「蛇はね、神様の贈り物なんですよ」と案内人の若者は私にいった。「いや、神の使いだったかな」
 たぶん何かのお祭りじゃないかしらと私がいうと、若者は「さあね、クリスマスのご馳走かも」といいながらパチリと写真を撮った。

 都市は間近に迫っていた。ジャングルを覆う木々の隙間から、摩天楼の先端がわずかに顔を覗かせていた。異様に手の長い猿が木の枝を器用に伝いながら、ときおり見下すように私達を眺めていた。
「あいつはジャングルの見張り役なんです」と若者はいいながらカメラを猿に向けた。「丸焼きにすると旨いんです。でも頭を棒で殴ったときの、あの猿の悲鳴が忘れられないな。それはまるで……」
「やめて」私は若者の言葉を遮った。「そんな話は聞きたくないの。あなたはただ案内をすればいいの。わかった?」

 若者はしばらく黙って歩いていたが、私をちらちら見ながら何かを考えている様子だった。
「ねえ先生」と若者はカメラを私に向けながらいった。「言語学の先生がなぜジャングルなんかに? あ、足元に気をつけて」
「ありがとう。でもカメラはやめて」
「すみません」
「私、ジャングルには興味ないの。主に都市の研究をしてるのよ」
「都市の研究……。こないだ案内した生物学の先生も同じことをいってたな……。いったい、都市に何があるというんです?」
 そんなこと、私にだって分からない……。
「都市にはきっと何も無いわ。だから人がたくさん集まってくるし、研究もしなきゃならない」
「なるほどね」

 私達は小川の近くで小休止することにした。大きな木の根元に腰掛けながら煙草を吸った。都市はもう目の前にあるような気がしていたのだが、ジャングルの深い静けさに包まれていると心まで迷子になりそうだった。
 ふいに、隣りに腰を下ろしていた若者が私の腰に手を回した。
「おびえなくていいんだよ、先生」
「えっ……」
「世界はいつか終わる。都市も、ジャングルも、夢も」
 若者は、私の唇から煙草を取り上げると私の唇にキスした。
「夢も?」
「ああ、夢もね」
 若者は私を地面に寝かせ、私の服をゆっくり脱がせた。
「愛もいつか終わるの?」
「何もかもね」
 私は地面に転がっていた若者のカメラを手に取ると、私の中に入ってくる彼にカメラを向けながら、シャッターを切り続けた。
 何度も。

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『好きか嫌いかで言ったら、多分好きです』

 僕は午後の日だまりの中で光合成しながら、光の中で揺れる何かに向かって、そっと手を伸ばした。

 ネエ、ミエル?

 逆光で顔は良く見えなかったけど、その女の人は微笑していたと思う。
「あなたは誰ですか?」
「私は女。君は誰?」
「僕は生き物。いずれ死にます」
 女の人は、日だまりの中へ入ってきて僕の隣に座った。
「君、何を考えていたの?」
「詩人みたいなことを。でもすぐに忘れてしまうのです」
「じゃあ今、何を考えてる?」
「あなたはいい匂いがします」
「ありがと」
「いい匂いは一瞬だけ僕を幸福にします。でも、その記憶が僕を苦しめる」
「まるで恋ね」
 女の人は深呼吸をして目を閉じた。女の人はきっと神様と話をしているのだなと僕は思った。
“君は誰?”
“僕は神様。いずれ死にます”
“私は女。いま恋してるの”
 僕はまた何かを考えようとしていた。世界の秘密に一つ一つ名前を付けるのだ。死、時間、匂い、恋……
“ねえ神様、一つ質問していい?”
“どうぞ”
“セックスと死、どっちが気持ちいいと思う?”
 女の人は大きなあくびをして目を開けた。
「おはよう、詩人さん」
「おはよう。それで神様は何と言っていましたか?」

“(セックス+死)÷光合成=恋=死×詩=セックス×光合成=気持ちいい=神=女-男=0”

「神様なんて、どこにもいないわ」
 僕は光合成を続けた。

『世界を肯定すること。そこから始めるしかないと僕は思う。革命? さもしいな』

「嘘だ! さっきあなたは神様と話をしていたじゃないか」
「ええそうよ」
「だったらなぜ」
「君をからかってやろうと思って」
「ひどい……」
 女の人は、震える僕の体を抱き締めた。
「ごめんね、光合成くん。私とセックスがしたいのでしょ? でもね、セックスも死も、ただのゲームなの。この死んだ世界ではね」
 女の人の体は僕を包み込んだまま、砂のようにサラサラと崩れ始めていた。
「もう時間がないわ」
「どうしてあなたは、僕に会いに来たのですか?」
「私が会いたいときは、いつでも君に会いに行く。私は希望なの。君の失ったすべてがこの私。だから」
 女の人の体は、僕の腕をすり抜けるように崩れ去った。
「君に……」
 僕は手のひらに残るキラキラした残骸を眺めた。

 ネエ、ミエル? 

 ウン、ミエル

 スキ?

 ウン、スキ!



『私、大っ嫌い』

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 夕食後、僕たち家族は食卓を囲んでいた。
「ねえ」三つ下の妹が僕に言った。「そんな気持ち悪いもの早く捨ててよ」
 食卓の中央には、銀色の袋に閉じ込められた“そいつ”が置かれていた。一見すると、まるで未開封のレトルトカレーにしか見えないという代物だ。
「ほらまた動いた!」妹は顔をしかめながら叫んだ。
 母さんは溜め息をついて僕を見た。
「近頃どうも様子がおかしいと思ってたら、部屋にこんなもの隠して」
 父さんは一人黙ってお茶を啜っていた。
「ミキだってもうすぐ結婚するっていうのに」
 母さんは独り言みたいにつぶやきながら台所へ行った。
 妹のミキはテレビを点け、父さんは新聞を開いた。僕はやることがなく、正面の白い壁を眺めていた。
 ふいに妹がテレビを見ながら口を開いた。
「それって地球外生物かも」
「まさか」
 ずっと黙っていた父さんが新聞から顔を上げた。
「それ、名前は何というんだ?」
「名前なんてあるわけないさ」
「名前がなきゃ困るだろ」
 母さんが、むいた梨を皿に盛って台所から戻って来た。
「それ、保健所に持って行ったほうがいいんじゃないかしら。ねえ父さん?」
 父さんは新聞を閉じ、“そいつ”を眺めながら腕組みをした。
「そうだな。悪いが母さん、明日保健所へ電話しておいてくれないか」
 僕は天井を見上げた。何も無かった。
「ちょっと待ってよ」妹はテレビを消した。「その変な袋、今から開けてみない?」
 家族は一斉にお互いの顔を見た。まるで悪だくみでもするみたいに。
「それはだめだ」父さんはみんなから目をそらした。「名前も分からんような生物を裸で野に放してみろ! 地球の生態系を破壊せんとも限らんぞ!」
「だったらさ」妹はニヤつきながら頬杖をついた。「袋から出た瞬間に調理用のバーナーか何かで燃やしちゃえば?」
「とにかく」母さんは僕にハサミを手渡した。「ミキも結婚するんだから、変な問題はキレイさっぱり始末してちょうだい!」
 僕たち家族は食卓を立ち、みんなでゾロゾロと庭へ出た。
「いいかい?」
 家族で庭に集まるなんて何年振りだろう。
「切るよ」



 その後、妹は結婚し、子供を産んで新しい家族をつくった。父さんは定年退職し、母さんと二人で穏やかに年金暮らしをしている。
 そして僕はというと、あの日、銀色の袋から出してやった“そいつ”と家を飛び出し、今も一緒に世界中を旅して回っている。“そいつ”にまだ名前はない。

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 鼻に、白いスジのある黒い猫だった。
「なぜか部屋の中にいたの」と彼女は言った。「何を訊いてもニャー。どこから来たの? あなたは誰なの?」
 黒い猫は彼女の与えたミルクを飲み干すと、ソファーに座って彼女と一緒にテレビを観たのだという。
「深夜のドキュメンタリー番組だったわ。小さな島の高校生がね、本土の学校に定期船で通う話なの」
 黒い猫は番組が終わると、急に何かを思い出したように窓の隙間から去って行った。
「島の高校生はね、定期船の中で宿題をするの。将来の夢は教師になることだって」
 僕は手の平を彼女の目の前にかざした。
「猫や高校生の話はいいからさ」僕は言った。「大切な話があるんだよ」
 彼女は僕を見た。初めて僕の存在に気付いたみたいに。
「僕と結婚して欲しいんだ」
 黒い猫が、彼女の傍らで体を丸くしながら眠っていた。
「もしかしたら今の仕事を失うかもしれない。なにしろ想像もつかないような不況だからね」
 彼女は猫を撫でながら僕の話を聞いていた。
「君のことが好きなんだよ。たったそれだけの理由さ。君と結婚したいと思うのは」
 黒い猫があくびをした。何も心配することのない平和な午後である、とでも言いたげに。
「ちょっとビックリしちゃった」彼女の頬が緊張を緩めた。「なんかドキドキしてる。だって……」

 ……島の高校生は港へ着くと、いつものように船長から郵便物を預かった。
「いつも悪いな。気いつけて帰りや」
 船長に軽く会釈すると高校生は、暗い、島の集落へと吸い込まれて行った。寄り添うように集まった家々の間を縫う路地。目を閉じても迷うことはない。でも今夜は、なぜか迷路のようだと高校生は思う。まるで知らない場所のようだ。
「こんばんは」
 高校生は一軒の家を訪ねた。
「郵便です」
「あらあ、どもども」
 割烹着を着た女性が家の奥から現れた。高校生の母より少し老けて疲れている。女性は手紙を受け取ると封筒の裏を見た。
「うちの馬鹿息子や……。何年振りやろ」
 高校生は玄関口に黙って立っている。
「あんたもそのうち、島を出ていくのやろ。たまには家に連絡くらいせんとな……」
 高校生は会釈をして玄関の戸を閉めた。暗くて狭い路地に足を踏み出すと、暗闇から猫が現れた。鼻に白い筋のある黒い猫だった。
「こらこら……」
 しきりにまとわりつく猫に高校生は話しかけた。
「君は好きな場所へお帰り。僕はね、君のようには生きられないんだよ」

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 夏の鐘は春の鐘より軽く響くが、秋の鐘は夏の鐘よりもっと軽いのだという。
「秋の鐘7号を下さい」と僕は金物屋の主人に言った。「一番響きの軽いやつを」
 主人は在庫の棚をゴソゴソあさると、埃のかぶった箱を一つ取り出した。
「これ、10年前の鐘だよ」と主人は言いながら、箱に積もった埃をはらった。「最近鐘を買う人なんて、ほとんどいないもんでね」
 ふいに一人の女が金物屋へやってきた。
「夏のピストル32番を下さい」と女は主人に言った。「一番涼しげなものを」
 主人が再び棚をあさっている間、僕は女と話をした。
「僕もピストルを一つ持ってるよ。冬の45番をね」
「冬は嫌い。春はもっと嫌いだけど、秋は好きでも嫌いでもないわ」
「君は夏派だね」
「ええそうよ。あなたは?」
「僕は好きな季節なんてないな。流行にもウトいし」
 金物屋の主人が、また古い箱を一つ持ってきた。
「20年前のピストルだよ、これ」と主人は、埃の多さに顔をしかめながら言った。「春のスパナ909ってのが今どきの流行さ。あんたたちも一つどうだい?」

 僕と女は近くの海岸へ行った。
 僕は結局、秋の鐘ではなく夏の鐘を買った。
「急にね」と僕は海を見ながら言った。「不安になったんだ――秋の軽さが」
 女は海に向かってピストルを構えた。
「わかる気もする。秋って、どこか捉えどころがないのよ――ドーナツの穴みたいに」
 空は曇っていた。
 誰もいない海岸に、夏のピストルの銃声が響いた――。
「ねえ知ってた?」女は振り向いて言った。「ピストルって元々はね、人殺しとか銀行強盗の道具だったのよ」
「へえ、そうなんだ……。ところで“ギンコーゴートー”って何のことだい?」
「知らない」

 女は海に向かって何発か銃声を鳴らすと、銃口からまだ煙の立つピストルを僕に渡した。
「あなたも打ってみたら?」
 僕は灰色の水平線を片目で睨みながら、引金を引いた――。
 銃声に驚いたカモメが、上空を急旋回した。
「悪くないね」と僕は言ってまた引金を引いた。「一瞬だけ、世界が自分のものになったような気がする――それが夏だね」
 女は腕を伸ばして、夏の鐘を鳴らした――。誰もが長く待ちわびた約束の瞬間を告げるように、
 何度も。
 僕はこめかみに銃口を当て、
「これ自殺にも使えるんじゃないかな?」
 引金を引いた――。

 すると色んなことがはっきりして、
 僕の中にいっぱい
 夏があふれ出した。

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