アメリカの友人

小説と詩を書くブログ。

カテゴリ: 短編小説 2008、2007

『犬の木』



 冬の路上だった。子供たちが元気な声を上げながら犬をいじめていた。縄で繋がれた無抵抗な犬を、棒でつついたり叩いたりしていた。私は子供たちの横を一旦通り過ぎたが、思い直して10メートルほどの距離を引き返した。そのへんで許してやれよと私は子供たちに言った。すると子供たちは、急に邪魔が入って興味がなくなったと言わんばかりに、ふて腐れた顔をしながら路上を去って行った。
「いま縄をほどいてやるからな」と私は犬に言った。「そのまま、じっとしてるんだぞ」
 すると犬は大人しくお座りをしながら言った。「じっとしてるさ。ありがとよ旦那」
 私は一度犬を見捨てようとした自分を恥ながら、犬の首にきつく結ばれた縄を苦労しながらほどいた。「やはり、見て見ぬふりはできないよ」と私は言った。「子供は残酷さ。私も昔はそうだったからね…」
「いやいや、旦那は立派だよ」と犬は私の肩を叩きながら言った。「旦那は一度オイラのことを見捨てようとしたが、オイラは見逃さなかったね。旦那の目に涙が光っていたのを…」
 私は、よしてくれよと言いながらその場を立ち去ろうとした。すると犬はズボンのすそを噛んで私を引き止めた。
「待ってくれよ旦那!お礼に酒でもおごらせてくれよ!」

 私は犬の申し出を断ろうとしたが、どうしてもお礼がしたいと犬が言うので私たちは近くの焼鳥屋へ入った。
「もしかして旦那、きれいなお姉ちゃんのいる店のほうがよかったかい?」と犬は愉快にシッポを振りながら言った。「焼鳥屋のおやじってのは、なんでこう愛想がないんだろうねえ…」
 私たちは小一時間酒を呑み、適当に世間話をすると店を出た。外はすっかり暗くなっていた。犬はまた別の店で呑み直そうと私を誘ったが、私は明日仕事があるからと言って断った。
「つれないねえ…」と犬は自分の前足に目を落としながら言った。「オイラ、旦那と友達になりたかったんだ…」
 私たちはさよならを言って別れた。しばらく歩いて後ろを振り返ると、私のことをじっと見送っている犬の姿が見えた。私は犬に手を振った。すると犬は暗い空に向かって遠吠えをした。星がきれいな夜だった。


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「神様の話を聞きに行きませんか?」
 女は、道を歩いていた僕を引き止めるとそう言った。「すぐ近くなんです。時間、ありませんか?」
「神様の話? それって、宗教の勧誘かい?」
「ええ、そんなところです。宗教はお嫌いですか?」
「興味ないね」
 僕がその場を去ろうとすると、女は僕の腕を掴んで言った。「ねえ、ちょっと待ってよ」と女は言うと、蛇のようにするりと腕をからませてきた。「一緒にお茶を飲むだけだったらいいでしょう? わたし、寂しいの…」
 そのまま腕を振りほどいて立ち去るべきだった。でも結局僕は、女に手を引かれるまま喫茶店らしき建物へ入った。奥のテーブルで白髪頭の男が酒を飲んでいる姿が見えた。他に客はいないようだった。
「先生、連れてまいりました」と女は言うと、その男の向いの席へ座るよう僕にすすめた。
 僕は今すぐ帰りたいと思った。
「まあ、座りたまえ」と男は赤い顔をしながら僕に言った。「君、酒はいけるのかね?……そうか、ダメなのか。残念だなあ…」
 あのう…と僕が言いかけると、男は手のひらを見せて僕を制止した。
「君の言いたいことは分かっておる」と男は言うと酒を一口飲んでシャックリをした。「ヒックゥ…。ところでつかぬことを訊くが、君は神を信じるかね?」
「いいえ、信じてませんが」
「ほほう、君はいい筋をしている。なあ、ユミコくん」
 男がそう言うと、女はええそうですね先生と言って頷いた。
「我々の宗教はだな」と男は言った。「神というものを持っておらんのだよ。神は死んだと言われて久しいが、我々の宗教は神が死んだところから始まるのさ。つまり我々の宗教は新しい神を探すことを目的とした宗教なんだよ…。ユミコくん酒を持って来てくれ…」
 女がカウンターの奥で酒を探していると、男はア~とかウ~とか言いながらソファーにごろんと横たわり、そのままイビキをかいて眠ってしまった。
「あらあら…」と女はあきれたように言いながら、男に毛布を掛けてやった。「さて、わたしたちも帰りましょうか」

 男を残して店を出ると、僕と女はしばらく歩きながら話をした。
「変なことに付き合わせちゃったわね」と女は言った。「先生はね、わたしの働いてるキャバクラの常連なの。だからたまに先生のこと手伝ってあげてるのよ」
 僕たちは、疲れた顔の会社員や自転車に乗った学生と擦れ違った。
「わたし、これから仕事なの」と女は言うと、僕にピンク色の名刺を渡した。「今度うちの店にも遊びにきてよ。じゃあね」
 女は人込みに混ざってすぐに見えなくなった。手を開くとピンク色の名刺が緑色の葉っぱに変わっていた…。僕はその葉っぱを家に持ち帰って本の間に挟んだ。

 数年後、僕と結婚した女が僕の本を開いてあの葉っぱを見つけた。彼女は葉っぱの付け根を指でつまむと、指先をこするように動かしながら葉っぱをクルクルと回した。その様子を見て僕は、彼女に新しい神様の話をした。すると彼女はフ~ンと言って葉っぱを本に戻した。
「で、そのユミコって女となんかあったの?」と彼女は、僕を見ないで言った。「別にどうでもいいけど…」
 僕は笑いながら彼女に言った。「だから、その女は狐だったんだよ」
「馬鹿みたい…」

『草むらの猫』



 公園の草むらで子猫がウンコしている姿を、僕たちは少し離れた場所から眺めていた。
「かわいいね」と彼女は、春の陽だまりのような顔を浮かべながら言った。「あの子、産まれてからどれくらいなんだろう?」
「きっとまだ、一歳にもならないよ」と僕は言った。
「じゃあこれから先、何年くらい生きるんだろうね?」
「さあ、10年くらいかな」
「ふ~ん、10年か…」と彼女は言うと、空を流れて行く形のない雲を見上げた。「10年って長いのかな? それとも短いのかな?」

 僕と彼女は、それからしばらくすると結婚した。子供が一人産まれて、僕たちは三人で暮らし始めた。子供が一歳づつ歳を取るのに合わせて、僕と彼女も歳を取った。子供の誕生日には毎年バースデーケーキを買った。ほっぺたを膨らませながらローソクの火を吹き消す子供の顔を、僕は写真に撮って毎年アルバムに貼った。そして10回目の誕生日、10本のローソクを吹き消す子供の写真を撮った数日後、子供は車に轢かれて死んだ。現場にいた人の証言では、道路を走る車の前に、突然子供が飛び出して行ったのだという。10歳にもなる子供がなぜ道路へなんか飛び出したりしたのか。いくら調べても理由が分からなかった。

 事故から半年の間、彼女はほとんど外へ出ることもなく、家に籠っまま時間を過ごした。僕は誕生日の写真をまだ現像していなかったことをふと思い出して、半年ぶりにカメラからフィルムを取り出した。暗室で写真を現像すると、誕生日を無邪気に楽しむ子供の顔が浮かび上がってきた。僕は思わず涙があふれた。自分を慰める言葉が何も見つからなかった。僕は彼女に現像した写真を見せた。すると彼女は無表情のまま、渡された写真をしばらく眺めていた。
「ねえ、憶えてる?」と彼女は言うと写真から顔をあげた。「あの猫、まだ生きてるかな? あの、公園の草むらでウンコしてた…」
 僕は彼女の言っていることがよく分からなかった。彼女が結婚前の話をしているのだと分かるまで少し時間がかかった。
「あの猫、まだ生きてるかな?」と彼女は繰り返すように何度も言った。
「もう、そんな話はよそう」と僕は彼女の肩を抱きながら言った。「君に写真を見せるべきじゃなかったな…」
 彼女は震えるように長い溜め息を漏らした。
「誰もわたしの質問になんて答えてくれないの…。本当に知りたいことは、誰も教えてくれないのよ」

―end―

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 真夜中、電話のベルが狂ったように鳴った。200回ほどベルが鳴ったあと、僕は目をこすりながら電話に出た。
「ついさっき夢の中で会った者だが」と電話の向こうから男の声は言った。「あんた、どうして俺のこと殴ったんだ? 酷いじゃないか!」
 僕は男が何を言いたいのかよく分からなかったが、もう一度同じ言葉を聞き直すのもめんどうだと思った。
「多分、人違いだね」と僕は言った。「僕は誰も殴ってないし、ここ半年夢は見ていない。失礼」
 僕は受話器を置いてベッドにもぐりこんだ。
 しかし5分ほどするとまた電話が鳴った。僕は目を閉じたまま受話器を取って耳に当てた。すると今度は女の声が聞こえた。
「さっき夢の中で会った女よ。明日、あなた暇かしら」
 僕は一度大きなあくびをした。「悪いけど、君たちのゲームには付き合ってられないんだ」と僕は受話器に向かって言った。「せいぜい、いい夢でも見てくれ」
 電話を切ると、僕は朝まで眠った。

 次の日、僕は目が覚めると仕事へ出かけた。仕事をしながら僕は昨夜のことをふと思い出した。でも仕事が終わる頃になると、僕は電話のことを忘れていた。会社を出ると空に夕やけが見えた。家へ帰ろうと歩きだしたとき、ふいに誰かが僕の腕を掴んだ。
「電話、覚えてるよな?」とその男は僕の腕を掴みながら言った。もう片方の手には拳銃が握られていた。「俺は、あんたがどうしても気に入らないんだ。ちょっと付き合ってもらおうか」
 僕は背中に拳銃を突き付けられながら路地裏へ連れて行かれた。薄暗い路地裏でゴミをあさっている野良犬を見つけると、男は足で蹴飛ばして追い払った。
「さあ止まるんだ!」と男は僕に言った。「そのまま動くなよ。また、夢で会おうぜ…」
 男が黙った瞬間、路地裏に銃声が響いた。男は拳銃を手に持ったまま力なく地面に倒れた。男の背後には、拳銃を構えた女の姿が見えた。
「危なかったわね」と女は笑顔で言った。「早く逃げましょう。見つかると厄介だわ」
 僕と女は路地裏を出ると、まるで散歩でもするように夕暮れの街を歩いた。
「あなたって勝手よ」と女は僕の隣を歩きながら言った。「夢の中の出来事をすぐに忘れてしまうんだもの」
 僕は、夢の中で何があったのか女に尋ねた。
 すると女は言った。「教えない。知っても意味がないわ。あなたは、忘れたいから忘れたの。ただそれだけのことよ…」

『気がかりなこと』



 ぼくは自殺をするためにビルの屋上へのぼった。屋上の錆ついた扉を開けると空が青かった。なぜかビキニ姿の女が屋上で日光浴をしている。女はぼくに気付くと体を起こして、サングラスを外した。
「あなた自殺するの?」
「まあね」
「あいにくだけど、自殺を止めるのがわたしの仕事なの」
「仕事? ぼくには関係ないね」
 ぼくは女にかまわずビルの屋上から飛び降りた…。
 それからしばらくの間、ぼくはクラゲのようにどこかを漂っていたような気がする。でもふいに風を感じて目を覚ますと、そこには白い砂浜と青い海が広がっていた…。
「残念だったわね」
 さっき屋上にいたビキニの女が、砂浜に寝そべってぼくを見ていた。
「こっちに来て、一緒にビールでも飲まない?」

 ぼくは女と結婚して浜辺に小さなホテルを建てた。週末や夏休みになると客で賑わった。ある年、客も少なくなったシーズンの終わりに一組の老夫婦がホテルに訪れた。夕食後、老紳士から酒に付き合ってくれないかと誘われた。ぼくはいいですよと答え、老紳士を浜辺の見えるテラスに案内した。
 老紳士とぼくはウイスキーを飲みながらありふれた世間話をした。それからだいぶ酔いがまわってきたところで、老紳士がある話を切り出した。
「実はね、知ってるんだよ。私も君と同じなんだ。つまり失敗したのさ。自殺を」
 ぼくは耳を疑ったが老紳士はかまわず話を続けた。
「私の妻はあの時の女さ。あのビキニ姿の。まさかこんなことがあるとは夢にも思わなかったよ。君もそう思っただろう? あれはいい女さ…。実はね、世間には君や私の同類がたくさんいる。でもお互い相手に気付いても声を掛けることはほとんどない。みんな過去を思い出したくないんだね。本当は私も、君にこんな話をするつもりはなかったんだが…、歳をとったせいかな、つい話したくなったんだよ」
 老紳士はしばらく黙り込んで遠く眺めていた。ぼくには彼が、泣いているように見えた。
「私と妻の間には娘が一人いてね。妻に似たかわいい子だったんだが…、大学生のとき、夜道で男にレイプされて、そのあとノイローゼになって自殺してしまったんだ…。私はいつも考えるんだがね…、娘も君や私と同じように、白い砂浜でいい相手と出会えたんだろうか? そのことが気がかりでならないよ…」

―end―

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