August 15, 2018

平成最後の終戦記念の日


気付いたら台風接近中だったお盆2日目。もうこんなところにまで近づいていたとはと、暑い暑いの連日のニュースに気を取られてしまっていてまったく気づきませんでした。

先日降った久々に有難く思った雨もほぼ焼け石に水みたいなもので、以来カラッッッカラッの地面だったのがようやく落ち着けた今回の雨降りに。
しかしひどい暑さのこんな夏がこれから先もずっと続くようであれば植物の生態も変わってくるんじゃないかと、もはや案じる気持ちを通り越して現実への対処を考えねばと切実に思い始めています。そしてこれからを生きねばならない子どもたちにとっても過酷な夏を味あわせるのかと思うと、こんな夏に対して不気味さと恐怖と腹立たしくなってきます。異常現象を通り越して超常現象ですわ。これって。

 

お盆初日の夕方は毎年の通り護國神社で行われている『みたままつり』の撮影に行ってきました。その直前の小一時間、鹿児島から帰省中の友人家族にも会うことができました。彼らとはもう30年以上のお付き合いです。結婚したのがひと月違いでした。

彼らの結婚式の晩は暗殺されたインドのガンジー首相のお葬式(ガンジス川で荼毘に付す)と重なっていたことを思い出します。人生の門出を祝う晩に、片や志半ばで凶弾に斃れた人の最後の日とが一致することの言いようのない人生の正負というか、幸せと不幸の同時進行がとても奇妙に感じたのを覚えています。あれから34年。お互いに年を取ったねと言いながら話の矛先は親の介護のこと。
ご主人のご両親はすでに亡く奥さんのご両親が健在。93才のお父さんと87歳のお母さんが大分に。3人兄妹でお兄さんと妹さんが大分在住で心強くはあるようですが鹿児島と大分の距離は、両親の毎日の様子が見えないだけに心配の距離が延びるばかりのようです。実の親子ゆえのジレンマも私と共通の悩みのひとつでした。みんながもうそんな問題に直面する世代になったんだと改めて思いました。

順序よく、その年代というか年齢に合った悩みが生まれては消えて、そして新たな悩みや苦しみがまた生まれてはまた消えることって人生の仕方のない理かもしれませんね。それを難なくというか要領よくスルーして口だけ達者な人がうらやましくもあり、とても腹立たしくもありです。なった者でなければ分からないことに口出しをすな、も思いです。



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■どうも撮影技術がいかんです。色も雰囲気もただの器とただのおかずにしか見えんです■

写真はお盆2日目だった昨日の夕飯の菜です。高野豆腐の炊いたのと切昆布と油揚げとお豆さんを煮たもの、そしてオクラの昆布出汁の煮びたしです。久しぶりに地味メシをこしらえました。お盆ゆえ。

本当は菜よりも器、器を使いたくて。これ、お盆用にと今年の初夏にオークションで落札した『織部焼ハスの葉形平皿』です。先日の祥月命日の時に水菓子をのせたのがデビュー。お寺さんが来るので「ふふふ。どうよ」と見せびらかしも込めて(笑)

2度目の出番になったのがお盆の夕食。こんな素敵なというかお盆にぴったりの器を使っているのにオフクロさまは無頓着。あれほど目を光らせては「また買って!!」と言っていた同じ人とは思えないくらいの呆けっぷりです。ちょっと寂しいやら情けないやらです。興味がないのでしょうか。いややっぱりもう他のことが目に映らないようになったのかもしれません。だから何をしても同じ。やり甲斐というか喜ばせたいという思いも徐々に薄れていく私です。冷淡を超して冷血にならねばよいがと、来年のお盆の我が心情を慮っています。

 

今日は平成最後の終戦記念の日でした。天皇陛下のお言葉「過去を顧み、深い反省とともに」。先の戦争で日本が犯したことの反省だけにとどまらず、私たちは日々の暮らしのなかでも「反省」が必要なんじゃないでしょうか。ことさら謝罪を求めるあの国のことはもう別にして……。
日本武道館に両陛下のお出ましのお姿を見るのもこれが最後。寂しいなぁとつくづく思いました。30年という歳月はやっぱり濃かった。こうやって来年4月にやってくる平成最後の日まですべてに『最後、終わり』という冠が付くのでしょうね。

終戦から73年。今日の平和祭にもお年寄りが随分大勢参列していました。併せて若い方の姿も。戦争を忘れないこと、戦争のお話を直に聞いておくこと。これが我々世代の責任じゃないかと思いました。
今のうちに、73年経って色あせつつありながらも戦争を体験した人たちが生きている今のうちに、戦争のさまざまを聞いておかねばなりませんね。








euro_euro at 19:00コメント(0)祭り祈り 

August 13, 2018

新しい家でお盆


迷わずに帰ってこれたはずの父たち。

今日からお盆です。7月にある東京のお盆がいまだに馴染めない私です。本当にひと月も前に東京では家々でお盆をやっているのでしょうか。東京でお盆をして、8月のこの盂蘭盆に改めてふるさとに帰省する人たちって大変だなと思うのですが。7月の東京?8月のふるさと?どちらに帰っていいのかわからない仏さまもいるんじゃないでしょうか。帰りそびれたら翌月があるからまっいいか。かもしれませんね。



お盆
■手前の鉢植えホオズキはさておき提灯の灯りがますます暑苦しい今年のお盆です■

さて我が家のお盆。ひと通りのしつらえも済ませてなんとかカタチが整いました。

お盆と言えばホオズキがつきものです。毎年、お盆の時季になるとどこもかしこも、お店というお店では、枝にたわわにくっついているオレンジ色のホオズキが売られます。お年寄りなど競ってより良いホオズキをと我れ先に買っています。選ぶ眼力や買うパワー、圧倒される光景を見るたびに信心深いなあといつも思っています。

お仏壇に供えたりお墓に飾ったりのホオズキ。あのオレンジの袋がまさしく漢字のとおり鬼灯……、幽玄ではなく一種の不気味さを含んだ色と形、そしてご先祖たちを冥府から呼び寄せる霊力を持った怖さにも見えるのです。日本のさまざまな風習って、やっぱり神さまや仏さまとの大きなつながりの中から生まれた事柄が多いんだと思います。そしてそれが伝統や文化へと昇華していく。その根源が宗教、信仰なのかもしれませんね。

 

実家のお仏壇脇にも毎年切り花のホオズキが母の手によって飾られていました。同居するまではの話ですが。

今年からお仏壇もお盆もこっち。いっさいがっさい全部引き受けたって感じ。そして今年のお盆は切り花ではなく鉢植えのホオズキ登場と相成り申しました。
ちょっと小ぶりな赤いホオズキの袋が葉っぱの間から見え隠れしています。それに枝先には白い花もいくつか咲いていて、こんな鉢植えなど珍しいことです。

これは先日、うなぎ道楽しに日田に行った折に見つけて買って帰ったものです。日田と言えば必ず「高菜漬け」をと所望のオフクロさま。いつも決まったお店で買っているのですが、今回も例外なく毎度のお店に立ち寄って高菜漬けひと株を手に取って、いざお会計をとレジに向かう途中で見つけたのがこの鉢植えホオズキでした。

「これは珍しい。お盆まで少々日にちはあるけどなんとかもつでしょうか」

「水やりさえ怠らなかったら結構いつまでも楽しめますよ」

お会計しながらとっさにひらめいたのが、この植木鉢のカバーに青磁の壺なんぞ如何なもんだろうよという絶妙な取合わせの発想でした。

お盆、ホオズキ、植木鉢、植木鉢カバー、我が家にある青磁でどうよっ!!  すべての道理と条件がお盆とお仏壇に向かって上手いように整いました。

ホオズキの鉢植えなど浅草寺のホオズキ市くらいでしか知らなかったので嬉々として購入。そしてお盆前からお仏壇そばに侍らせておりました。本番を前に昨日から表舞台に出てもらっています。

 

父のとオフクロさまの実家のお位牌をご本尊より下の須弥壇の中央に置いて、紗の生地に桐と鳳凰の刺繍の打敷。お供え用の精霊棚には金襴の打敷。お寺、仏教は荘厳と言いますが、家のお仏壇ひとつとってもお盆にこんなお飾りですもん。お仏壇はお寺なんですよと前住職がおっしゃっていましたが、小型で真似ごとながら確かにお寺の荘厳の域ですね。経机の左右には当家の家紋、加賀梅鉢の提灯。そして青磁の壺に収まったホオズキ。これでよしっ!!です。

 

新しい家になって初めてのお盆です。父もご先祖も戸惑いながら舞い降りてくるんじゃないかと、熱い夕日に全身くまなく炙られながら迎え火を焚きました。上からも下からもホント熱かった。ホオズキを買った灼熱盆地日田市の今日なんて観測史上初の無茶苦茶高かった39.9℃だったとか。帰ってきた仏さまたち、まさかこちらの世界で地獄を味わうなんて思いもよらなかったのではないでしょうか。

我が家のそれぞれの仏さまたち、目印の迎え火、家はここですよののろしにきっと気づいてくれたに違いありません。

確か柳田国男さんだったか、亡くなった人はそう遠くに行っていないんじゃないかと、ものの本に書いてあったような。西方の遥か遠くではなく、故人の魂は遠近の山や海に在るのかもしれません。ヘタしたら常につきまとっていたりして。そんな、そばにいて目を光らせるなんて……、目をごまかしながら何にもできませんね。ちょっとオカルトですかね。

そうなると日々の行いには気をつけて過ごさねば、いつも見られてて、気が向けば守ってくれているということに。お盆や命日に飾り立てるのも大切ですが「朝に礼拝夕べに感謝」の思いで、せめて一日一度はお仏壇に向かって手を合わせなきゃと改めて思いました。

父が没して10年、思い出寿命はまだまだ続きそうな我々空蝉族です。

しかし今年は立秋も過ぎお盆も迎えたのに軒並み記録更新中の高温。30℃が涼しく思えること自体が不自然だし異常です。絶賛うなぎ上り中など冗談も言えません。
どちらさまも体調管理を怠りなく。






euro_euro at 20:00コメント(2) 

August 11, 2018

お盆も近くなったので


何日ぶりのことやら、ただ今大分では雨が降っております。結構な雨脚です。まさに慈雨、よいお湿りが庭木にも存分に命の水がいきわたるんじゃないだろうかと、日照り続きだった毎日を思い返しつつ嬉しく真夏の夜の雨を眺めています。


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■きっと早朝からの作業だったはずです。でもみなさんとても親切にしてくれました■

何故だか知らないけれどお盆のお供えは「ぶどうを」と相成るオフクロさま。いつ誰からそのようなお盆の伝承を受け継いだのでしょうか。浄土真宗だったオフクロさまの実家はお盆には素麺、素麺3束を左右に飾っていたような。日が経つにつれて素麺の束の左右がだらんと萎えてくるみっともなさも何となく面白く眺めていたものでした。真っ白い麺を束ねている黒い帯が、お仏壇の陰影を生む灯りとともにとても印象深く頭の奥に残っています。小さな光景が大きな記憶になっているんだなと。不思議です。
 

さて、ぶどうならば去年福岡築上郡の知人宅に初盆のお参りの帰りに、偶然行き合わせた安心院の『王さまのぶどう』の美味さが、仏さまにも我々の口にももっとも適任じゃないのと大王さま。

我が家から安心院まで高速道路を飛ばして一時間もかからないので気張って行くことに。ここ数日あっちこっち動き回っている姿は文字通り南船北馬。日を置かずにまさか安心院行きまでとはと少なからず呆れてしまいましたが。

10時には着いてしまった王さまのぶどう。お店の?ぶどう園の?皆さん、朝とったばかりのぶどうを箱詰めに精を出していらっしゃる時間でした。目算の勘でしょうか、箱詰めされていく手際の良さと並んでいく箱の列の壮観さに圧倒されました。


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■新鮮なぶどうは色つやもハリも良くって。人間とおんなじか!!■

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■お店のお姉さんが持ってくれて……。優しいなぁ■

巨峰とシャインマスカットそれぞれが1600円也をひと箱ずつ買いました。

「ここに来たら兄さんぶどうのソフトクリーム食べなきゃ。美味しさはガンジーファームのチョコソフトと甲乙つけがたい大分のソフトクリームの双璧かも」

大層な入れ上げようです。美味しいと思っている物を食べさせておくと機嫌も良いので朝10時過ぎからソフトクリームをいただくハメになりました。確かに美味しい。巨峰の味もしっかりしていて濃厚だし。


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■ファイヤーキングのホワイトバブルラージボールにのせてお供えしました。たかだか数時間でしたが気はカタチということで■

そんなこんなで買って帰ったぶどうふた箱。さっそく仏さまにお供えしつつ、「待てよ。これってお盆までもつわけないじゃありませんか」
そうです。まろび転びつ買いに走ったぶどう、時期尚早でありました。

仕方がありませぬ。すぐさまお供えして南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏とお唱えを済ませとっとと冷蔵庫に入れて、我々が賞味する食べごろの冷え加減を待つという如何にも俗人の仕業へと地に堕ちてしまいました。地獄に堕ちるよりかはまだ救われますが。

よく冷えたぶどうの冷たさと喉ごしはまるで地獄に仏のような有難さ。

「ぶどうは傷んだらもう最後。ハリもなきゃ瑞々しさもなくなって食べられたもんじゃない。一気に食べあげなきゃわざわざ行った甲斐もなきゃお金をドブに捨てるも同然。さぁ食い上げるぞ!!」

オフクロさまにも食べてもらい今日明日の2日間で完食の予定にしています。
お供えのお下がりをいただくって、何となくですがお盆の供養をしっかりお勤めしたような不思議な思いに駆られるのは何故??

しかし海から山に駆け上ったような2日間で洵に疲れ果てました。しばらくはもう遠出も外出もご遠慮していいでしょう。





euro_euro at 23:30コメント(0)味わい伝統 

オフクロさま不在につきヤケクソ


少しだけ吹く風に秋が混じっているのかななんて思えるようになった朝夕です。暦に則って立秋だと喜んでいいものでしょうか。それでもやっぱり暑いものは暑い。

お盆から終戦記念日まで一連の仕事が入っているので今日から12日までは存分にオフ気分。

今日はオフクロさまデイサービス日。それで思いついたのが先日行った佐賀関の『関あじ関さば館』の海鮮どんぶり。やはり気がかりというか心残りというか。本能のおもむくまま食いたいものは食いたい!!  殺生は許すまじのお盆を前にして食いだめみたいなものです。



四浦半島の民家庭にて
■あちらこちらの民家にハイビスカスが!! 鉢植え以外で見れるのは大分も県南だから■

佐賀関直行には時間を持て余すしで津久見まで一旦遠回りして佐賀関に向かうのも手かなと。

自宅から一般道で臼杵市を経由して津久見市へ。もう何度もやって来ている四浦半島。春に河津桜を見に来た時に見かけていた一般のお宅の庭先に何気に植えられてあったハイビスカスたち。夏本番の今こそこれをちょっと見てみたいと。ついでに展望台にものぼって豊後水道を一望するのも暑さしのぎになるんじゃないかと。

ハイビスカスは思った通りに満開でありました。きつい日差し、白が勝ったような高熱の大気のなかに映える真っ赤なハイビスカス。ちょっと息苦しくなるような赤さ具合でしたが、葉の緑の濃さと夏の青空と地表の熱気とが上手く相乗して、役者がそろった感じでやっぱり夏の花だわと。

大分市内では露地植えではあまり見かけないので一層もの珍しく感じます。

海から吹く風が心地よかった四浦半島の展望台。暑い盛りのはずなのにまったく熱を帯びていない風が逆に不思議に感じるくらいでした。

展望台やら灯台やら、はたまた山のてっぺんやら、挙句に飛行機までよろず高所がお好みの大王さま。何とかの高上がりと言いますが、目の色を変えて高みへと目指す大王さまの姿の滑稽さは、まるで現実逃避でもしているかのような一種の切なさすら感じるのですが。

 

「四浦半島を一周してこのまま佐伯市の方に向かいませんか。いろいろな浜辺、海水浴場があって見るのも愉しいかもしれませんし」

「人さまのはだかをねえ。海鮮どんぶりは、本日の目的だった海鮮どんぶりはどうなさるおつもり??」

「間に合えば佐賀関まで戻りますよ。でもまた行けばいいんじゃないですか。取りあえず南下します」

ずっと運転手してくれてる人はある意味絶大な決定権と有無を言わせぬ強引さがありますが、まさしくその通りの展開が最近は多くなりました。



瀬会海岸
■きれいな海。瀬会公園の……、これは昔の船着き場でしょうか■

しおさいの里海鮮丸
■偶然出会えた海鮮どんぶり。いろいろな魚介が乗っているよりもこのシンプルさが私は好きです■

来た道を戻らず半島の先っぽから逆方向へと進みます。きれいな海と穏やかな集落がポツンポツン。海と集落や山の間を縫うようにして走る道は先日の佐賀関の心臓破りの狭小の道とは大違いで快適そのもの。海水浴している家族連れや県外ナンバーの車が多く見受けられて、大分市内から車をちょっと走らせただけで一気に南の島風の風景に出会えるのですから大分って素敵です。

ただし携帯が圏外になるのが難であります。現に仕事のことで電話をもらっても途中で切れるし、叔母からの電話も会話の盛り上がりの最中で切れるし。これには困りましたが、ところが瓢箪に駒みたいなラッキーなことが。叔母からの二度目の電話を受けている時に、再び電波が届かなくなりつつになって大慌てでめぼしい駐車場に車を停めてもらって何とか会話が終了できました。電話の途中で大王さまが何度も私の右太ももをツンツンとつつきました。「まぁなんということでしょう。こんな場所で色っぽい催促などして……」、ウソ(笑)

ツンツンつついた大きな理由は、電話を切ってふと目の前を見たら『しおさいの里海鮮丸』という文字が。
そう、ここはどうやら海鮮、海のものを扱っている道の駅みたいな施設でした。


「ちょっと覗いてみようか。海鮮どんぶりは佐賀関で食べるとして佐伯の魚を検分しちゃる!!」

なんとレストランが併設されていて、それこそ海鮮どんぶりまであるし。

「思いを変えていいやろか?? ここで海鮮どんぶり食ってみたいんじゃが!!」

「いいかもしれないです。もしかしたら偶然性がとてつもなくラッキーだったりして」

メニューを見たら驚愕のリーズナブル。ほんまにこのお値段で新鮮な海鮮どんぶりを食べることができるの??って感じでした。

しばしのち目の前に運ばれてきたのが写真の海鮮どんぶりでありました。ブリ、あじ、マグロ。そしてとびっこがアクセントになっていました。お米は大分県産米とのこと。

「魚もご飯も言うことなしだ。これは美味い!! たまさか車を停めて……、まるで迷い込んだみたいにやって来たのがこんなにも上出来とは。それにおばちゃんたち優しいねえ。思いもかけずうれしい出会いになったね」

「僕の機転が良かったからだと思うよ」

「まぁグッジョブにしちょきましょう」


良いこともあれば残念なこともありました。この海鮮どんぶりを食べたすぐ近くに『豊後二見ケ浦夫婦岩』があったのに、お腹満腹、心も満たされたのでついつい見逃してしまいました。先日、見つけた佐賀関のおくゆかしい夫婦岩どころではありません。これぞまさしくザ夫婦岩。これが夫婦のドライブであったならばもっと後悔したに違いありません。何せ大しめなわで結ばれているふたつの岩は夫婦円満のご利益があり、ご夫婦がこぞって拝みに来るパワースポットだそうです。夫婦ではない我々ではありますが弥栄くらいは祈念したかったと、通り過ぎて数キロ先で気づいてしまい、見逃した浅はかさと後悔の念が膨らんでしまいました。

 

オフクロさま不在につき思い付きのヤケクソドライブ。結構スリリングで面白い思いをさせてもらいました。次はこの季節ならではの安心院のぶどうを買いに出かけねばならないようです。いてもたってもおれない大王さまの欲望。最近は激しさが増しております。若いっていいことねぇ。





euro_euro at 00:00コメント(4)ドライブ味わい 

August 08, 2018

自祝の誕生日なんだけど


「お祝いの言葉なんてもういりませんゆえ」

オフクロさまと大王さまにはきつく伝えてひたすら自粛の誕生日の今日一日のつもりでした。

ところがすっかり忘れていたオークションで落札したお品が偶然にも今日という日に届き、ひとり悦に入って満足感に浸るようなお祝いの日みたいに好き勝手して結構なことでと、大王さまからは満面の皮肉顔いっぱいに受け止められてしまって肩身の狭い思いをしました。自粛のつもりが自祝に化けてしまったようです。

「また買ったの!? もういい加減にしないと兄さんが死んだあと困るんだけどね。お皿の処分に」

「誕生日に、プチ老人とは言えささやかな誕生日にそんなご無体なことを言うかね、あんたは!!」

「だったら使っていけばいいのに。毎日お皿をとっかえひっかえしながら。いつもおんなじものばっかりだなんて宝の持ち腐れでしょ。骨董は使ってこそ味が出る、普段使いが良いって言いながらせっせと買っているのは誰ですか」

「はい。私です」



葵形小皿
■さてどうやって使いこなそうかなと■

たった一枚。それもいつもの豆皿ほどお手頃値段ではない、ちょっとお高めだった小皿一枚買ったくらいで目も当てられないというか耳をふさぎたくなるようなブーイングです。

一枚二枚……九枚と数えて、あと一枚足りずに責任とって井戸に飛び込んだ番町のお菊さんではありませんが、これだけの骨董や雑器を残していく私になるんだと、何だか奇妙な自覚というか、心残りの先が見えたような思いがしました。

で、今回のブツはってーと。『古伊万里染付葵形小皿』であります。

テレビの水戸黄門のタイトルバックに出てきている三つ葉葵のご紋の一枚みたいな感じでしょ。落札して届くまでちょっと時間が経っていたのと、この強烈な暑さで買ったことすらすっかり忘れておりました。

あまりにこていすぎて刺身醤油の皿にするしか今のところ思い浮かびませんが、大王さまの嫌味が我が耳に届かぬようにせいぜい役目を果たしてもらおうと思っています。鳩居堂のお香など立ててみるのも姿かたちと言い合いそうなのですが。それではちょっと不憫かなと。やはり口、食べ物と関わりのある使い方の方が雑貨扱いよりも格上の焼き物ような思いがします。



変な雲
■相変わらずよろしくなさそうな雲が空中に■

昨日から朝夕に吹く風がどことなく涼し気に感じているのは昨日が立秋だったからでしょうか。それでも日中のひどいを通り越して殺人的な暑さは相も変らぬことでもう存分に夏に辟易です。ホント、もう結構ですって感じです。

空には奇妙な雲が浮かんでいて案の定、東北では地震があったとか。小出しの揺れがいつかは大きな地震へと変わらねばよいがと心配しています。天も地も容赦しなくなったらどうすればよいことやら。

 

自然のなりゆきは気象や災害だけではなくて人間の寿命、天命も抗うことの決してできない自然のなりゆきのひとつかもしれませんね。

今日は訃報がふたつ。津川雅彦さんと沖縄知事の翁長さん。津川さんは奥さんを見送ってわずかで旅立っていきました。奥さんを先に逝かせて後を追うようにとはお兄さんの長門裕之さんと同じでした。オシドリ夫婦だったので奥さんたちが呼んだのでしょうか。それとも看病疲れからの解放で一気に命を縮めてしまったのでしょうか。どちらにしてもあっけない別れのニュースに朝から驚きました。

沖縄県知事の翁長さん、あんなにやせて帽子をかぶって議会に出なきゃいけないくらいに抗がん剤の副作用がひどかったのでしょう。今日夕方5時に副知事から知事辞任という記者会見がありました。その時にはもう意識が混濁しているとか言っていました。意識が混濁なんてもはや魂が行きつ戻りつで、もしかしたら良くない状況かもと思っていたら2時間後には訃報が。彼の政治手腕やポリシーは別にして、まだ67才なのにと思うと最期まで力を振り絞り無念を遺したままでかわいそうなことだと思っています。

『思い出寿命』という言葉があることを知ったのは桂歌丸さんが亡くなった時の三遊亭円楽さんの話からでした。しかし死んでしまえば何もない。生きてさえいれば何とかなるんじゃないだろうかと、虚空を見る思いで今日の大きなニュースに心を傾けました。





euro_euro at 23:00コメント(0)誕生日いのち 

August 06, 2018

打合せと夏の海


暑いなか、どうしても行かなきゃならなくなった佐賀関町。自宅から車で40分そこらなので大層なことではありませんが、でもやっぱり暑いさなかの移動は一大決心を伴います。

おそらく日本の津々浦々の皆さま方にはご存知の向きでしょう佐賀関。あの関あじ関さばの町です。

仕事の打合せのお呼びがあり灼熱の日中に、酷暑の昼ひなかに行ってきました。

地獄盆地だった日田の疲れも癒えないまま今度は海の方面に南下とは因果な夏なことよねと、今日も運転してくれている大王さまに愚痴をこぼすことこぼすこと。最近はめっきり運転任せになりました。ひと昔前など勇んでハンドルを握っていたのですが。ここのところすぐ疲れるし疲れが尾を引いてどうもあきませんな。やっぱりトシを感じます。

 

ざっくりと打合せを済ませてせっかくだからどこかでランチをと。自然の流れですわね。途中でも、佐賀関の町はずれでも、浜辺には海水浴客が愉しそうに解放されていました。そんな光景を見たらこっちも解放されたくなります。若者や家族連れに混じって汀遊びや泳ぎはしませんがせめて夏の盛りの海の景色を見て、さらには美味し地の物でも食して帰りたくなるのも自然の成り行きです。三食上げ膳据え膳のお支度で私の身が絶賛束縛中になったオフクロさまの目を盗み、そしてばあさまのお腹加減もたまにはそっちのけにしたくなります。

「ここらに穴場なレストランないかね。港町風の食堂でもいいんじゃが」

「タブレットで検索してみて。それよりお母さんのお昼は大丈夫なの?」

「今日は朝ごはんが遅かったのできっとまだ耐えられるんじゃなかろうか」

暑い日差しに照らされ晒されながら食べもん屋探しにあてもなく町のなかを流す車。もしやとふと思い出したのが『あまべの郷関あじ関さば館』。ヒラメキ地点からほんの数分の場所にあるなんて、それも港町風食堂どころかレストラン的なんだわ。暑中お見舞いのグッジョブでありました。



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■天丼の光背のようなフタの向こうはさんざめく夏の豊後水道が丸見え!! 日本海育ちの大王さま、ことのほか大喜び■

結構な数のお客さんの様子。駐車場もほぼ満車。2人分の席はあるのかしらと恐る恐る。どうぞこちらにと案内された席はカウンターながらもオーシャンビュー。おっさんずが肩寄せ合うにはもってこいのシチュエーションです。佐賀関の漁港に水揚げされた新鮮な魚てんこ盛りの海鮮丼にしようかとも思ったのですが、夏のジリジリ暑さに負けてたまるかと、過般のうなぎに引き続きトシも考えず油っこい天丼にしました。焼け石に水、いやいや年寄りの冷や水に抗う強烈な暑気払いですね。
で、運ばれてきた天丼見てビックリ。量の多いこと。盛り盛りです。ネタというか具材も種類豊富でたくさん。宙に向かって立つような海老なんて3尾も。とうもろこしに太刀魚、タコ、野菜も見え隠れするくらいに端座しておじゃる。しかしてそのお味は。穴場グッジョブであります。どれもこれも衣がサクサク、関西風の甘めスッキリの天つゆも嫌味がない。油負けして胃酸過多するかなと案じていましたが危惧に終わりました。

次は海鮮丼にチャレンジしたいと思いながら大満足のランチになりました。打合せにかまけ、オフクロさま放置のかたちになりました。

 


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■こぢんまりの夫婦岩。道が海岸すれすれ、離合無理のスーパー狭小には久々に寒気が走り恐怖しました■

「ついでだから佐賀関にあるという白が浜と黒が浜を見たいんですが」

懐かしい場所です。もううんとうんと大昔、大分市内の自宅から佐賀関町までバスに乗ってそこから歩いて家族でハイキングした場所の白が浜。あの当時、我が家にはまだ車がなかったのかなぁなんて思いながら、えらく遠くまで歩かされたもんだと、そして長い距離を歩くことがまったく苦ではなかった10歳過ぎだった頃を改めて感じました。信じられない暮らしぶりというか、当時の当たり前がこんなんだったのかと。

白い石を黒が浜に持っていくといつの間にやら白い石は白が浜に戻っていると。またその逆に黒も黒が浜に還ると聞いたことがあります。石だけに意志があるのでしょうか。

当時に比べて白も黒もどちらの浜もいくらかコンパクトになったように思いました。もっと真っ白でもっと真っ黒じゃなかったかと。波にさらわれていっているんでしょうか。それとも石たちは温暖化著しい地球で行き場を見失ったのでしょうか。

途中で夫婦岩を見つけました。こんな場所にあるとは。大分では佐伯市上浦にある豊後二見ケ浦の夫婦岩が有名ですが、まさかこんな場所につくねんとは。荒波にもまれながらもひっそりと夫婦で過ごしているのかもしれませんね。猛々しさがなくてつつましやか。羨ましい。

 

毎年夏の挨拶にカボスを送っています。今年も今日手配をしましたが発送は8月26日からとか。届く時分には今年の暑さも落ち着いてくれていて、旬のカボスを添えつつ秋の味覚を残分に堪能してもらいたいなと思っています。
竹田市や臼杵市の今年の出来栄えはどうでしょう。

ネットでも調べてみました。同じ量で値段が倍近く、それも送料が別途だから東京や東北なんかに送ったらたった2kgで軽々と4000円以上の高級カボスに化けてしまいます。高級店ひしめくお江戸のお銀座界隈でも通用するお値段のセレブな添え物になってしまいます。
同じ産地、同じ量、きっと品質も遜色ないはずなのにどうしてこうも値段が異なるのか驚きました。インターネットでお手軽をいいことにショップがマージンをうんと取っているのか、それとも流通の違いでしょうか。知らぬが仏をいいことに法外なことを。グッジョブではありませんね。
それにしても消費者もひとつにこだわらずよく調べ比較するという勉強や、より良い品をより安くのかいくぐりの要領をつかまねばと思いました。



 



euro_euro at 22:00コメント(4)仕事 

August 04, 2018

うなぎと避暑


戸山:せいろ蒸し
■戸山にて大王さまが注文したお初の「うなぎのせいろ蒸し」ね■

戸山:うな重
■私は一辺倒のうな重!! シンプルイズベストっすわ■

オフクロさまがデイケアに行っている水曜日と金曜日はまさしくオフ。リフレッシュ可能日であります。最近はこちらも要領を得て、水曜日と金曜日にはなるべく仕事を入れないようにして、自宅でこの暑さを堪えるか、お出かけするかのどちらかにしようと知恵が付きはじめております。

とは言うもののオフクロさまの不在時間は書面上では午前9時から夕方4時……、でも実際には9時15分お発ちの15時45分ご帰還までのわずかな時間。どうしてだか遅くお迎えに来て早く連れ帰らされています。帰宅時間の10分15分という短いながらも価値ある変動は本当にもったいないというか、何をするにも呪縛束縛であり、焦りの大きな原因にもなります。

しかし不在のタイミングを見計らって、これ幸いとばかりにのんびりさせてもらう至福の時。そう思うことって親不孝でしょうか。

 

「あぢぃぃぃぃぃっ!!」

昨日もとことん暑うございました。外に出るとまるでドライヤーの風でも浴びさせられてる感じ。すぐに着衣も熱くなって、すごいことです。38℃だ40℃だと聞けば聞くほど、恐ろしいことですが30℃ちょい超えなんてへっちゃらどころか涼しささえ感じる肌身になりました。平均して34℃や35℃の今日日、どないもこないもあきまへんのどす。

「あぢいで!! どうかなりそうなくらい今日もあぢいで!!」

オフクロさまを見送って、まるで八つ当たりするように愚痴ったり悪態ついたり。

「兄さんの誕生日も間近だし日田の戸山にうなぎでも食べに行きますか。ただしガソリンがうなぎ上り調に高くなっているので高速はなし!! 行きも帰りも一般道にするよ」

「あぢいのにもっとあぢい日田に行くの!? いくら精がつくうなぎって言いながらも、精を吸い尽くされそうな暑さのなかを……。でも1日が二の丑の日だったし買い置きの醤油もボチボチ切れそうだし、思い切って灼熱地獄へのドライブやってみますか」

ここのところうなぎと言えば湯平(ゆのひら)の嬉し乃食堂さんのが断然お気に入りです。大分市内のへなちょこうなぎや、筑後川沿いの御殿のような造りのうなぎ屋と比べようもないくらい立派なうなぎ姿で、そして何よりも美味なるお味のとりこにさせてもらっています。

その嬉し乃食堂さんを知る以前は、私にとっては今回の戸山さんがダントツ一番のうなぎ屋さんの上席に位置していました。悲しいかな大分市内から遠い。高速でぶっ飛ばして、あれこれ暗算するとちょっと贅沢な合計金額になってしまいます。それでも家族そろって大学生の昔から行っていたものでした。

湯平詣でばかりだったので何年ぶりの戸山さんになるのかしら。ちょっとごめんなさいの浮気です。

 

昨日も日田は大分市に比べて、それはそれは暑くて、もうまさしく獄暑でした。一気に我が身の焼き豚ができるみたいな。聞きしに勝る超過激なグリル風日田盆地でありました。

それでもうなぎが食えるという欲望が先行して、暑さに向かって愚痴も悪あがきも忘れてすぐさま入店を。時間は開店早々の11時30分にしてもはやほとんどの席にお客人が。

「僕は一度は食べてみたかったせいろ蒸しにします。兄さんはいつものうな重で??」

「うな重、うな重。浮気はせんよ。オレ、うなぎにも人にも一途なんだわ。それでさ、せっかくだから松にしてよ。高速代浮いたんで松竹梅の松にしてよ」

久しぶりながらいつもの日田美人のおばちゃんが対応してくれました。

「うな重とせいろ蒸しをそれぞれ松でお願いします」

「ごめんなさい。8月いっぱいは松のご注文受けないんです。お一人でも多くのお客さんにうなぎを食べてもらいたくて。その代りにご飯の大盛りだったらいくらでも……」

「じゃぁ、ふたつともご飯を大盛りでお願いします」

珍しく大王さまが仕切ってくれました。一人でも多くのお客さんに……、うなぎの量が足りないご時世にしても優しい心がけだなぁと思いました。

周りを見渡すとほとんどのお客さんが「ふーふー」言いながらせいろ蒸しを召し上がっておられる。うな重は……、私を入れて数人さんだけ。聞きしに勝る、ここはせいろ蒸しが良いということでしょうか。何回も来ているけどせいろ蒸しにまったく頓着しなかったので、その意識すらわいてこなかったのですが、昨日は改めて戸山さんの名物かもしれんと気付かされた思いがしました。

 

やっぱり美味しゅうございました。

戸山さんは戸山さんの水郷日田のうなぎならではの美味さがあります。嬉し乃食堂さんは侘びた温泉街湯平のうなぎの特段の美味しさがあります。どちらも大分が誇る素晴らしいうなぎ屋さんで、私は大好きです。

高い鼻をお持ちの大王さま、カタチよい鼻の頭に汗の小さな球が浮かぶくらいの熱さだったようですが、とっても美味しかったと大ご満悦でありました。しかし灼熱地獄に熱々のせいろ蒸しとは自虐もいいとこ。炭団に追い火みたいであたしゃ無理ですわ。

 


津江:せせらぎの郷
■深い緑と渓流と、そして蝉の一斉放吟(笑)

マルマタ醤油さんでいつものを5本買って、地獄釜だった日田市街地から脱兎の様相で小国の方に向かう道を走りました。避暑がてらにと寄り道したのが『道の駅せせらぎ郷かみつえ』。前回は偶然見つけてその清流の美しさに心奪われた大王さまでした。今回は残念ながら濁り気味の川でしたが、それでも美しい流れと山奥ゆえの涼しさに、文字通り一服の涼を得た思いがしました。渓流釣りをしていたのは女性のようで、川魚の女王でも釣っていたのでしょうか。盛夏に渓流と女性釣り人。プチ避暑体験にはなんとなくいい雰囲気でした。

自宅から日田市、大山町、上津江町、小国町から黒川温泉の淵を走って山も越えて久住町にある『ガンジーファーム』のチョコソフトでひと息。そして長湯温泉などを横目にスルーして大分の自宅に帰ってきたのが214.km走って16時20分でした。

もしかしたらと取り敢えずオフクロさまに家の鍵を持たせていて良かったと大いに胸を撫でおろしました。鍵を持たせていなかったらデイケアのバス降りておよそ30分、玄関の外でどんなことになっていたことやら。あな恐ろしや。





euro_euro at 18:00コメント(0) 

August 02, 2018

蝉が、父が、暑いが、と忙しい夏です


父の祥月命日
■我が家の菩提寺さんの若くて素敵な和尚さん。朗々としたよい聲です■

我が家の庭、あっちもこっちも蝉の抜け殻散乱。庭木が大きくて多いからでしょうか。旧宅ではまったくもってなかった現象に驚きっぱなしであります。ひいては蝉の鳴き声が一日中ギャンギャン。一直線に耳に到達です。

台風12号が東海地方に上陸した日あたりから北庭のコナラの木から蜩が鳴いていました。それも決まって朝5時半。

我が寝所は北側にあります。正確には北西向きでしょうか。午後からはいてもたってもおれん地獄部屋になりますが。引越ししてこの部屋だけはまだ自分仕様に整えていないのです。後回しの度が過ぎるともうどうでもよくなっていくものですね。人間の心というのは洵にもって自由で無責任ですね。というか無欲に近づいていってるのかもしれんです。

広々とした部屋ですが、冬寒く夏は堪えられないくらいに暑い部屋なので日中に入室しようなどもってのほか。その殺伐さはまるで境遇が私にぴったりの女中部屋みたいなものです。

そんな女中地獄部屋には就寝1時間前くらいからエアコンをガンガンとつけっぱなして冷やしておきます。それでも午後の暑さがベッドやタオルケットの芯に残っていて言いようのない不快感を抱かされます。冬であれば残っている温もりに嬉しくなるのでしょうが、夏はこれ以上の苦しみは見つからないくらいの冬とはとことん真逆の高温余熱たっぷりです。

 

さてあの台風騒ぎのさなかの朝、近くから聞こえる蜩の雅な「カナカナカナ」の鳴き声。元来大好きなこの蝉の声なので、日中の暑さにうんざりが続いていた身にとっては地獄に……、仏さまならぬ蜩のような有難さと嬉しさでした。いつまでも聞いておきたかったのですが数回鳴いてどこかへ遠征の毎朝でした。

あれはきっと最後の日だったと今になって思うのが、部屋からもっとも近くで鳴きはじめて3日後のいつもの朝5時半。二度ほど、わずかたった二回ほど鳴いてぴたりと声がやみました。

「これで終わりやな」

予感的中。あれから一度も聞くことができていません。たった3日間だけ与えてくれた早朝の典雅なひと時でした。いいなぁ蜩の声。夏の朝か夕方を耳を通して心で感じることができて、そして所在なさげで侘しくもありながらも落ち着いていける作用があって、さながら魂が遠くに持っていかれるような浮遊な感じもします。一日の暑さを束の間忘れさせてくれる日本の夏の素晴らしいサウンドエフェクト(sound effect)、SEですね。

 

明日は父の祥月命日、前倒しで今日お寺さんに来てもらって10年目の命日の供養を終えました。掛軸の床の間はオフクロさまの、「暗い!! 雨戸を開けなされ!!」の鶴の一声要望で雨戸シャッターなしの、まるごと日差しが差し込む非常に明るい飾りになりました。さっさと掛軸を片付けなきゃ、反るし日焼けして色あせるしで和尚さんが帰ってすぐに巻きました。

「本当は明日が命日なのにせめてあと一日くらいそのままじゃいけないの??」

言われて当然。確かに明日こそ本番というかその日なのに気が急いてしまいました。

「明日また掛けることにしますわ」

それにつけてもあっという間の10年でした。オフクロさまは85才になり私も還暦を過ぎ、息子たちはそれぞれの道をしっかり歩んでいるし、大王さまもどこかしら心が落ち着いているようになりました。10年ひと昔と言いますが、昔にしてしまうには過去すぎるような思いがしながらも、10年間が長かったのか短かったのかを改めて思うと、その濃密度を振り返っただけで「やっぱり大変だったな」の思いが強く残ります。それにしてもきっちり10年前のあの当時はまだまだみんなが若くて活動的ではありながらも心も体もどこか所在がなくて不安定でした。

 

そんな10年間の我らをずっと見守り続けてくれているお嬢。10年前の4月1日満開の桜の日に家族の一員になって、今ではもうしっかりあるじ然としています。まろ坊の10歳の頃に比べるとまだまだ若いように見えるのはきっと人間の女性の平均寿命同様、彼女の寿命も長いのではと安堵しています。長生きしてくれることの嬉しさ。喜怒哀楽劇場のいろいろな場面を見続け、この子は我が家に対して何を感じているのでしょうか。言葉が通じたらどれだけ面白いことでしょうか。聞いてみたいものです。
「あたしゃこの目で見ちょんで」と、きっと間違いなく無茶苦茶言われそう(笑)

 

 



euro_euro at 18:00コメント(0) 

August 01, 2018

夏いよいよきわまる!!


今日より8月。屋久島、種子島あたりでループ運動に忙しかった台風12号もやっと遠心力でか、もっと西の方へと進んで行っているようです。大方そんなことだろうと踏んでいた台風予想もピタリと当てて、大分県も我が家もほとんど影響なく過ぎていきました。これを機に少しは涼しくなればいいのにこれまた台風の影響がほとんどなく、相変わらず暑い暑い8月の入りになりました。


暑い盛りの8月は我が家にとっては大きなイベントがふたつあります。
ひとつは明後日3日の父の祥月命日。ちょうど10年前のあの日も暑かったけれど今年も負けず劣らずの猛暑。地獄の暑さ(熱さ??)にたとえて獄暑と言っていた気象予報士さんがいましたが、本当に何もかもが超越してしまったような暑い日々。異常ではなくもはや超常かもしれません。夏に恫喝されてる気分です。
明日は繰り上げでお寺さんがみえます。今日はお仏壇の掃除と命日&お盆の飾りやお供えのしつらえ、それと久々に出番を得た掛軸。父のために十三仏にしました。
この家に来てほとんど掛軸を掛けていない……、掛けられない口惜しい大きな理由(わけ)は一間の床の間の壁が、何と雪見障子になっていて北庭のプチ雑木林が楽しめる寸法に。風情があって良いのか悪いのか分かりませんが、あれだけ買いまくっていた30本以上の掛軸が今では無用のながもの……長物と化してしまっています。
何せ逆光だし、自然光で掛けた掛軸が透け透け。これは掛軸の風流も床の間の絵にもなりません。下手したらステンドグラス、ステンドペーパーかって。仕方がないので今回はその雪見障子の大窓の外に設えられているシャッター雨戸を下ろして、床の間自体に何となく陰影を加減しておとなしめにしました。ハレーションを起こす床の間などサマになりませんことです。

もうひとつは、手前味噌ながら獄暑中の私の誕生日。とっくに半世紀以上を生きてきております。ここ数日の間に訃報だらけ。ほとんどが先輩方の身罷りですが。それでもやっぱり人が亡くなるという報せはつらくもあり、あまり心身によろしくないことだなと思っています。特に父の月でもあり、また自分自身の生の証しの月でもあるのに。ちょっとダークな思いもしています。


ダークと言えばお化けみたいな女性国会議員の「生産性がない」という過激すぎる発言。デリカシ−がないというか、空気を読めないバカですか。この人。顔なんて見るからに疫病神っぽくて、女性らしいたおやかさの微塵もなくて。有権者あっての自分の立場でしょうに。でも「差別」の線引きってものすごく難しいことではありますね。
「いい加減にしろ」発言の大分県選出の国会議員にしても弱者こそ救い、手を差し伸べることが国会議員のはずなのに、言っていいこと悪いことの区別もつかないこの人たちとことん地に堕ちゆく者です。慇懃から横柄に化けていくこの人ら、みんな落としてしまえばいい。
人さまのものを盗んだり薬物を飲料に混入したりのカヌーの選手も相当なワル。ダークを越えてブラックですわ。オリンピックに出たいがためならどんなことでもするとは。それぞれに頑張っているアスリートたちやオリンピックに泥を塗るような前代未聞の悪事。あんな人間こそ永久追放されて当たり前、カヌーに乗って海の果て、水平線の先までとっとと消え去ればいいんです。
思いつくだけでもさまざま。どれもこれも暑いさなかにうんざりなことばっかりです。


平成最後の8月。御代が終わりつつあると言いながらも昭和が終わっていくような言いようのない寂しさを感じないのは天皇陛下がお元気なまま譲位され、新しい天皇が即位されるから。天皇陛下、「親の目の黒いうちに」とお思いになっているんじゃないかと思えるのですが。
きっと来年の夏は今年とは異なった夏になっているはずです。それは暑いながらも新時代の始まりにふさわしい新鮮でエネルギッシュな夏であってもらいたいと思っています。
暑さ厳しき折柄、どうぞお元気にお過ごしください。





euro_euro at 20:00コメント(0)暮らし 

July 25, 2018

暑い!! 暑すぎやろ!!


すごいことになっている今年の夏。よりによってこんなひどく暑い夏のなかを被災地の人たち、どれだけ難儀していることかと思うと心苦しいばかりです。我が家と少なからず縁のある被災地、広島や岡山。友人たちは無事であったと聞いてはいますが、大勢の人たちがこの暑さのなかで避難所生活を強いられてて。
縁ある土地や人々のこと、世話になったであろう人たちを尻目に、今回の災難をまるで他人事のようにいけしゃーしゃーと日常生活と商いに励んでいる人の気持ちが知れません。そういう人、いますね。無神経という生き物のようです。熊本大地震の時も被災地や被災した人たちにお見舞いのひと言もなく過ごしていた。そんな人間がいました。せめて気持ちだけでも寄せなきゃ大罰をかぶるに決まっています。いい時だけくっついて何ごとか起きた時には素知らぬ顔ができるなんて。要は利用して肥え太っているようなものです。北野武さんが怒っていましたが被災地での空き巣やひったくりをする人、火事場泥棒とおんなじ人種ですね。
自分さえ良ければそれで良しみたいな感覚の人には世の中バランスよくできているんです。きっといつか思いもかけない災いがその身の上に降りかかるだろうと思っています。


東西南北にしっかり向かって建っていない我が家。いささかズレております。挙句に東西南北それぞれに大きな窓があるもんだから、とにもかくにも家中が暑い!! 朝は東だか南だか分からない方角から陽が昇り、夕方は西だか南だかはっきりしない方角から夏のきつい日差しが、余光や余熱を保ちつつ沈んでいきます。困ったことです。救われるのは時おり近くの山から吹き下ろしてくる風。これが結構な涼しい風です。極楽の余り風でしょうか。ちなみにこの吹き下ろしの風は冬になると凍えるほどの冷たい風になって、初めてだった今年の冬はこの風と高台の寒気にとても驚きました。しかしまぁ、冬は寒ければ着込めばなんぼでもしのげるので苦ではありませんが、夏の暑さは脱ぐにも限界があるので、ひたすらエアコンに頼るしかほかありません。電気代やらエコやら言ってられないフル稼働です。でもハタと思ったのがやっぱり今回の被災地のこと。せめて、せめてもの思いで午前中だけはエアコンをつけないようにしています。年寄りには熱中症の怖さがあるのでオフクロさまの部屋だけは臨機応変に対応中です。
どうやら年寄りは老いるほど体温調節がままならなくなるようで、「暑い」と言ったり「寒い」と言ったり猫の目状態が続いています。こまめにエアコンをつけてよねと言ったところで訳の分からないようなことになっています。お年寄りが熱中症になりやすいということを身近で感じているところです。大人しいがと部屋を覗いてみたらミイラになってたなんてシャレにもなりません。
そ・れ・で。小さな、おひとりさま用の冷蔵庫を買い求め献上しました。
買ってすぐにペットボトル大小のお茶や水。それにゼリーや水ようかんなど冷菓を入れておいて、今朝何気に開けてみたら煎餅やらジェリービーンズなどがいつの間にやら。以前、私が買って渡していたものを冷蔵庫に移し替えたようです。そもそも昔から何でもかんでも冷蔵庫に入れたがる人、冷蔵庫神話を湾曲して解釈並びに崇拝している人なので、冷蔵庫がもっけの幸いになりつつあるようです。それでもまぁ飲みたい時に冷たい飲み物がすぐに、それも自分で動いて取れる場所にあるのですから結構なことではと思っています。



写真、たいそう大きくなってしまった。
IMG_9357
■このハスを観たいがために何年越しの思いであったことやら■


IMG_9369
■つぼみの先っちょから朝日が。暑くなる予感たっぷりでした■

今朝は早くに起きてというか、暑さで早々と目が覚めてしまったらしい大王さま。私の寝所にやって来て、
「兄さんおはよう。行きたがっていた臼杵石仏のハスをこれから観に行かない??」
「いま何時かえ。5時!? おまいさん、えらくまた早くに起きたねぇ」
最近は何をするにもスイッチの切り替えがうまくいかなくなりました。特に起床と食後の片付け。どちらも一呼吸どころか数分間はずっと微動だにできずにそのままお地蔵さん姿に。しばらく経ってやっと動き始めることができる不具合さです。
気が付いたらもう支度してるしの大王さま。
「最近の兄さんは動きが鈍いね。キレがないし」、などとのたまう。
「ええいもう。行きゃぁいいんでしょ。行きゃぁ」
5時半に家を出てものの30分で臼杵石仏のハス畑に到着。もうすっかり夏の日差しの朝日。何もかもが隆々しているような鋭いお日さま。そんななかに佇むハス。ハチス……。甘い香りが何とも言いようのない異世界をかもします。ちょっと先には石仏群があります。まさしく仏さまの御前にあるハスの花が供花で漂う甘い香りがお香でしょうか。



IMG_9385
■野仏。この仏さまは誰なんでしょうか。私よりよっぽどお元気そう■

これ以上暑くなったら仏花のハスどころではありません。一気に観て回って写真を撮って一目散に退散をと決心したその刹那のこと。
「あらぁ〜〜〜〜、Mさん!!」
大きなハスの葉っぱとピンクや白のハスの花の間から聞こえた声に振り返ると、そこに立っていたのは磨崖仏どころか旧宅の住宅街でお世話になったおばさま!! ご主人を家に置いてカメラ片手にやって来たとのことでお元気に写真を撮りまくっておりました。
「不思議ですね。こんなところで、しかもたった数分の隙間にとは!!」
「ご縁よね。また我が家にも遊びにいらっしゃいよ」
仏縁でしょうか。それとも早起きは三文の徳だったのでしょうか。


7時に帰宅した頃にはもういつもの暑い夏の一日が始まっていました。朝から30℃なんてもうイヤですっ!! 
今年のは災害まがいの極暑と言うそうです。





euro_euro at 22:00コメント(6) 
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