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おやじ歳時記

まろじぃぢゃ。おやじの目線、じじいの目線で世の中を愉しむぞ。

29 Aug

あ〜〜〜極楽極楽

ここ数日は嘘のような涼しさで極楽の余り風が吹きまくっています。どうかもうあんな暑さのぶり返しなどありませんようにと祈る思いはマックスです。残念なことにもう間もなくまたまた30℃越えの日々がやってきそうです。
束の間ながら極楽と喜べるのは暑さやわらいでいるこちらだけ。東日本は三度目の台風上陸が迫っているとのことで極楽などと言ってはおれない大変さかと思っています。そもそもいきなり東日本に上陸する台風など前代未聞であるとか。猛暑酷暑、ゲリラ豪雨に強烈台風などなどおかしな気象になってきました。


松下から
■当分はしらす三昧になりそうなくらい。大分のカボスをかけ回して秋の走りを寿ぎまする■

静岡に住む大学時代の友人から「しらす」が送られてきました。大分では別府湾の「ちりめん」が小柄ながらも滋味にあふれているとつとに有名です。
浜松市の隣り、磐田市の旧家のお坊ちゃん。誕生日が同じだと知った大学一年なりたての頃の驚きったらありませんでした。生まれてはじめて同じ生年月日の人に会ったのですから。さらに驚いたのが、大学に入学してすぐ健気にも親に近況報告の手紙を出すと言って郵便ポストにまで行ったのは良かったけれど、切手代も知らずにタバコ屋の店先で右往左往したとのことでした。常識知らずの若ボンボンと随分いじったものでした。
大学を卒業し、それから数年後の平成元年には彼の結婚式に呼ばれたり、平成7年1月15日と16日に大阪京都で行動を共にしたりといった付き合いが続いていました。しかしお互いに家族のこと仕事のことなど、一人前の男としての活動やらひとかどの活躍が忙しくなるにつれ音信も途絶えがちになっていました。ところが今年4月の熊本と大分の地震の時に、あっちこっちの友人の伝手を頼ってお見舞いの電話をくれてからまたやり取りが復活しているところでした。そんな矢先のしらすの到着に驚きながらも、彼の律義さと優しさならではの仕業だなと改めて感じているところです。お返しは大分の今が旬のカボスにします。今年は玉の大きさも果汁も文句なしの良い出来とかで送り甲斐があります。
さて3パックも送ってきたしらす。オフクロさまとご近所におすそ分けをし、あとは大人ふたりで細々といただくことにすればいいやと思っていました。
「そうよ。ちりめん好きのRがいるじゃない。Rが東京に戻るときに1パックほど持って帰らせればいいわ」
ということで磐田市からはるばる大分にやってきたしらす。今度は大分から東京に行くことに。西に行ったり東に行ったりと遠州の海で泳いでいた小魚が、浜で生乾きにされて今度は空を泳ぐことになって忙しいことです。小さいながらも命あったものとしては日本往復の貴重な体験かもと思ったりしています。


「夕方にバーベキューをしますが煙やニオイがお宅の家の中まで入るかもしれません。申し訳ありません」
「いえいえ。裏の窓を開けて焼酎片手に楽しませていただきます。どうかご心配なく」
そんなご挨拶をわざわざ昼すぎにもらって、ご近所夫妻のこまやかな心遣いに逆に感謝していました。まだお日様が沈まない夕方には子どもさん三人を含めてお兄ちゃんの友達三人も加わっていよいよ火も熾ったようでBBQ開催の雰囲気が漂ってきていました。そんな家族の賑やかさに我が家の子どもたちとの昔を思い出していました。
ところがご主人と高2の息子さんが本番直前にやって来て、晩酌程度になりますがご一緒にいかがですかとお誘いを。若さまも大王さまもご近所とのお付き合いは大切だから是非行っておいでと。途中だった夕食づくりを大王さまにバトンタッチして、それではお言葉に甘えて参上いたしますると相成りました。
用意されていたのは大量の肉。それも見たところオール豚!! 食べ盛り育ち盛りの男子高校生たちには向かうところ敵なしのようなご馳走です。さまざまな部位を奥さんが手際よく焼いては私たちの皿に順次。
「美味しい!! クセもなくて脂もさっぱりしていて!!」
「これは昨日さばいたばかりなんですよ。丸ごと一頭」
「へっ!? このご時世に豚丸ごと一頭買いですか!?」
「そうなんですよ。僕の田舎ではいつからか豚の丸ごとを買えるんです。そして気に入ったのをあらかじめ決めておいて前日に申し込んだら……」
驚きました。まるで沖縄の祭りに使う豚の丸焼き感覚。まるで中国の桂林の田舎で見た豚一頭生きたままを買って帰っていたあの支那の光景を思い出しました。ご馳走感覚の違いに改めて食の大切さや我々人間にくれる命の有難さに気付いてしまいました。もしかしてさばいたのはお宅さまが??と聞きかけてやめました。あまりに生々しすぎて。
勧められるままビールをグビグビ飲んで気付けば滞在も1時間半。さまざまな話で盛り上がり、こんなつもりじゃなかったのにと長居を謝して歩いて数秒の我が家に戻りました。
バーベキューやら豚丸ごとやら四方山の話やら思いがけない成り行きもまた愉しいことでした。次回は我が家に来てもらう約束も快く受けてくれて、ひとつの楽しみができた思いにさっそく心が弾んでいます。



 

27 Aug

大王さま大分に感動する

九州の最東端に位置するのが我が大分県の佐伯市にある鶴御崎(つるみざき)であります。鳥羽一郎の男の港、釣りバカ日誌19話の舞台であります。ここ数年、なぜだか我が家の大王さまは大地の端っこやら海に突き出た岬に興味津々であります。特に機会があれば最も端っこ、最果てに行きたいと言い出す始末であります。昨日は久しぶりに吹く風も心地よくて、そして空の青さがことのほか冴えていたドライブにもってこいの好日でありました。若さまも来週にはとっとと帰京の御身。余すところ数日の大分滞在になってしまっています。致し方ないことながら哀しいこと、寂しいことであります。
Rにものんびりさせたいし、行ったこともないので鶴見崎にこれから行かない?? Rに高速道路を運転させてやろうよ」
「そうやね。いっちょうみんなで気張って行ってみますか。東の果てでこのワタシ以外で何か捨てたいもんでもありますか」
こんな話になると機敏なことですぐさま行動へと移行する我々です。
「どうよ。佐伯まで高速を運転する気ある??」
「うん。大丈夫、大丈夫。まかせて!!」
言うは易し行うは難し。何とかかんとか佐伯ICに着いた頃にはヘトヘトの若さまになっておりました。大分から佐伯まで慣れないトンネルをいくつもくぐっては抜け、それも片側一車線の心もとない弱弱しい高速道路です。わずか30劼覆ら緊張の連続に神経をすり減らしたようです。
「もう帰りは運転しません!!」
大見栄から弱腰、腰砕けへとものの見事に転落してしまいました。
その後は若葉マークを貼り付けたまま運転歴35年にもなるベテランドライバー父の運転による華麗な走行となりました。
「アハハ。若葉マーク付けっぱなしで似非初心者やね。後ろの車、驚いとるで」


鶴御崎
■大分にだってこんなに素敵な風景があるのです。大王さまと若さまに自慢してやりました■

鶴御崎は佳い景色でした。岬と海と空のコントラスト。まさしく大きな悟りを開いた空海の懐にいるような世界!! そして岬の木々の緑とぶつかり合う海流の渦と、何よりも真っ白な夏雲。大王さまの本懐を見事に遂げたような爽快にして壮大な風景との出会いになりました。
「いい景色だ!! こんな場所大好き!!」
一皮むけた清々しい表情になった大王さま。結構なことでした。

涼と鶴見のハイビスカス
■道端にハイビスカスの大株が。そして花いっぱいに信じられない光景でした!!■

くじゃく
■『くじゃく』、大分県の南の町の名物だとか。スコッチエッグの大分田舎版かな??■

集落を外れた道端にはハイビスカスの大木までもが鎮座していて、そんな大分らしからぬ風景にも驚きました。
ゆで卵を赤や緑に染め上げてさつま揚げのような身でコーティングされている食べ物。これは鶴見町やその周辺の郷土料理の『くじゃく』という珍品であります。何故にクジャクなんだろうかと詮索せずともこの艶やかな色を見たら、豪勢に羽を広げて虚勢を張りまくる孔雀を連想しないでもないなと納得しています。おめでたい席にピッタリの名脇役のようでもあります。今回、我が家に当たった色は赤でありました。それこそ家に帰って切ってみなけりゃ分からないワクワクドキドキのおみくじみたいなもですね。味はいたって薄味でなかなかオツでありました。焼酎に合うかもしれません。


九州の最東端の風光明媚さに感動して帰った晩のニュースは日本の最東端の南鳥島付近に『マンガン団塊』といわれる鉱物資源が発見されたという快哉を叫びたくなるような内容でした。鉱物が眠っている面積はなんと九州全体超える広さであるとか。
日本の領海にお宝が!! 尖閣を欲しがっている中国人にとって、さらに魅力的な海が日本のものかと臍を噛むような思いに陥るに違いありません。まさしく日本の領土ですが、あんな野蛮人に難癖を吹っ掛けられないようにくれぐれも用心をと願っています。日本繁栄のため、支那人にぐうの音も出させないためにもお宝ザクザク出ませぇであります。


いくらなんでも息子の『性癖』まで母親に問いただすとはと、おぞましく思いながら見ていた高畑淳子さんの謝罪会見でした。記者の品位と言うか人格の薄っぺらさと、そんなことを平気で聞くことができる人間としての怖さを垣間見た思いがしていました。これが報道に自由なのでしょうか。報道だから何でもありで構わないのでしょうか。案の定、そんな不快な思いをしていたのは私だけではないようでくだんの記者はインターネットで大批判殺到のようです。この記者こそ人の心の痛みなど分からないトンチンカン人間ですね。そんな人もいれば謝罪会見の彼女の言葉尻をいちいちあげつらって分析やらしている浅はか女評論家まで出現しています。さらに装いにまで口出しする人間まで。もしこんな人たちがあのマイクの前で謝らねばならない立場に立った時に、高畑さんのようにしっかりと話せるのか。そして人からとやかく言われた時にどれだけつらい思いの上塗りになるのか。そこまで考えてものを言ってもらいたいものです。
悪いのはあのバカ息子。親は必死に世間に謝っている。ひたすら謝っている。その親の姿を見た時に赤の他人でも親の憐憫さこそ感じるでしょうに。何だかこれでもかと言うように追い詰めていっている記者たち。問いただす内容があまりに下品すぎた後味の悪い謝罪会見の模様でした。
ちなみに『性癖』という差別的な言葉自体、私はあまり好きではありません。いろいろな性があって当然だと思うことの多いこの頃ですから。



 

25 Aug

こりゃあかんわ!!

明け方に少しだけ秋の気配が闖入し始めたここ数日に「やっと、やっと」の思いも束の間、時間が経つにつれて煮えたぎってくる昼間の暑さは何ら変わることはありません。

そんな暑い日によりによってと渋々思いながらも、若さまご所望により別府一ラーメンが美味しいと評判の店に行ってきました。思いもかけない場所にあって、駐車場には引きも切らずに次々とご来店の車が。美味しの評判と車の多さに期待が高まります。
さすがに観光地だけあって何と言ってもけっこう食通、食道楽の多い別府市です。料亭や旅館も日本の名店のどこそこの流れというのがいまだにあるようです。あれこれと美味しい食事やら酒やらを提供しているこていな店も点在しています。路地の奥にある穴場もあれば裏メニューをこっそりと出してくれる気の利いた店もあります。そんな別府食通やら一言居士の旅人をうならせているらしい今回のラーメン。きっと別府にある老舗ラーメン店を「あら、ごめんなさいよ」とばかりに、押しのけるくらい、老舗が平伏するくらい美味しいことだろうと胸ならぬ期待のお腹が膨らみました。


ふらり

醤油とんこつのベースはいりこの出汁。麺はかん水を用いたチリチリの麺。スープに絡ませるとお互いが引き立つ工夫が見て取れました。しかし、麺もスープも個性が強すぎて引き立つどころか共倒れみたいな。それに雑味もあります。やっぱりかん水の麺はコシがありすぎて、かた茹でではなく冷凍麺を湯がいたみたいな固さでした。こりゃあかんわ……、でありました。
同じ醤油とんこつ味の和歌山ラーメンや徳島ラーメンとは比べ物にならないくらい平平凡凡さでした。皆さんが美味しいと口を揃えて評判しているというのに自分の味覚が狂ったのか、それとも天邪鬼なのか。どうしても美味しいと感じませんでした。


店を出てから恐る恐る若さまに尋ねました。
「美味しかった??」
「なんか変だったね。麺もスープもまるでカップラーメンみたいでしっくりとこなかった」
「混然一体さがないということやろか。お父さんはパスだね。口に合わないもん」
親子そろって一般常識から逸れているのでしょうか。食べログの好まし気な評価を見るたびに私たち二人って不確かなんだろうかと不安にもなってきています。やはり人さまの口は信用できないということでしょうか。スタッフの皆さんはとっても感じが良かったのにとますます残念です。
留守番をしていた大王さまに帰宅後にすぐにご注進を。よかった行かなくて。そう言いながらも怖いもの見たさ半分と、我々親子の正確性を確かめに出陣したくもあるようです。
美味しいと思っておいでる方々を敵にまわそうなど思いもしませんが、あの味が別府一であるという評価がどうしても信じられない私です。もしかしたら味覚障害になってしまったんだろうかと、一抹の不安が胃やら腸を突き抜けて脳みそにまで届いている感じです。ひと心地つける秋くらいに大王さまを連れて行ってチャレンジを試みてみます。お店と自分の味覚のために。
別府ラーメンと言えば『なべさんラーメン』の美味しさに敵う店はないと改めて思っています。安心して食べることができるからということでしょうか。裏を返せば冒険心や探求心が欠けているとも思えますが、まぁそれはそれとして老舗の味に寄りかかって舌鼓を打ち続ける安泰な幸せにほかないんじゃないかと。口が肥えることも結構ですが、変わらぬ味に舌が慣れるということも大切なことではないのかなぁなどとひとり合点しています。


高畑淳子さん、かわいそうに。これはいけませんわ。
つまらぬ息子を持ったものです。彼のぎらついた目は獲物を狙うような獣じみた凶暴性があるなと思っていましたが凶暴性どころか女性を暴行する狂気であったとは。精力旺盛であると自ら豪語していたといいます。22歳の若い男ですから我慢できない時もあって当然でもありますが見境の無さ、理性の無さこそ人格云々かと思います。以前何かの番組で彼のことを発達障害であると言っていた人がいましたが、そんな息子を高畑淳子さんが心を砕いて育て上げたはずなのに。
そう言えばそこそこ
立派風な親を持つ子に限ってバカが多いと言われています。虎の威ならぬ親の威やら光に依存してロクでもない人間に成長するのでしょうか。それこそ社会性もなければ人間としての魅力もないまま育っていって社会から失笑されっぱなしとか。

こんなことをしてしまった息子を芸能界で生きさせようとした彼女に親バカのレッテルまで貼られそうです。もしかしたら今回が初めてではない裕太の親不孝かもしれません。親の愛を無にして親不孝のバカ息子がと残念でなりません。
芸能人の二世が覚せい剤などでたびたび逮捕されたりもしますが、今回のような強姦致傷とは相手があるだけにあまりにひどいことだと思っています。もう芸能界では生きていけないでしょうし、何事もなかったかのような独特な雰囲気で戻れる環境をこしらえないことです。
親の心子知らずとは、逆を介せば親をどれだけ苦しめるのかと言うことです。特にプライバシー丸見え、半ば公人である役者の高畑母さんはこれから先がどれだけのいばらの道になることやら。



 

23 Aug

若さま大分を謳歌する=お相伴編=

安倍マリオ登場という劇的な閉会式で終わったリオオリンピック。いよいよ次は東京かぁ。
閉会式の大舞台に立てなかった自業自得の舛添さんの悔しさの何百倍もの悔しさや、国に思う理不尽さを持っている東北や熊本地震の被災の皆さん。どんな思いでリオを観、そして東京への思いを抱いているのでしょうか。オリンピック予算がいくら跳ね上がってもヨッシャヨッシャで湯水のごとくお金の使い放題に見えるのに反して、思いもかけずに自然災害に見舞われた人たちへの援助のやり方って出し惜しんでばかりに感じるのですがねぇ。
まぁそれにしても選手の皆さんは本当によく頑張りました。うれし涙くやし涙のそれぞれのひとつひとつに感動させてもらいました。日本選手のハイレベルな技術に中国が驚き、何もかもに越された韓国は臍をかんでは次なる難癖を探しているようですね。言いがかりばっかりで進歩なしの劣等国の上塗りです。とにかくお祭り騒ぎ一色になる向後4年間の日本でしょうが、同じこの国に日々の穏やかな暮らしを奪われ、難儀難渋を余儀なくされている人たちがいるということを忘れないでもらいたいです。


暑い暑いの大分市内。いてもたってもおれん状態続きです。体じゅうが煮えたぎるようなきつさに昼夜の別なくもだえ苦しんでおります。こんな夏も珍しいどころか、生まれてこのかた初めての体験を続行中であります。こんなひどい夏はいつまで続くのでしょうか。
『悪いことをしたら地獄に落ちて苦しむんだから』、古めかしい地獄絵を見せられながらそんなことを言われて育った身としては、ただ今のこの夏に暑さこそ生きながらにして味わう灼熱地獄にほかならないと思っています。こんな償いめいた仕打ちは世の中に悪人が増えたからでしょうか。身も世もない、そんなところです。

そんな暑さから逃げ惑うようにして我が家の三人男は避暑に出かけました。避暑ったら聞こえはよいですが、要は若さまの夏休みの思い出のお供みたいなものでした。年寄りを連れまわして熱中症にでもなっては大ごとと今回はオフクロさまのお出ましは無しにしました。
家を出て30分で湯平温泉に着き、まずいつもの嬉し乃食堂さんでうなぎのでランチ。この店は若さま初めて、我々3度目。はにかみ女将さんにも覚えられて気持ちよく、そしていつもながら美味しくいただきました。久々にして分厚くて大ぶりな身のうなぎに若さま大満足のようでした。これで食べさせてやりたい課題のひとつをクリアできました。
うなぎの余韻で幸せ感を感じながら湯平から九重へのワープ道を経由してやまなみハイウェイに出て、さてそこから若さまに運転をさせることに。美味しかったうなぎへの恋慕も吹っ飛ぶくらいの冒険であります。諦めと勇気と恐怖とが混ざりに混ざったバトンパスでありました。リオオリンピックでの男子リレーの見事なバトンパスを見習うようにと思いながらも、助手席親心は尋常ではありませんでした。


湯平温泉:山頭火
■湯平温泉にあった山頭火の句碑。「
しぐるるや ひとの情けに 涙ぐむ」■


長者原
■タデ湿原のヒゴタイ。みごとな瑠璃色の玉ですなぁ■

長者原
■サワギキョウ。初めて知りました。緑の草原によく映えて!!■

長者原
■コオニユリと言うそうです。奥にはススキも。秋の訪れもここはもう間もなくかも■

長者原
■若さまと大王さま。いつまでもよい関係のふたりです■

まず行きたかったのは長者原。真夏の高原の涼しさに救われた思いがしました。爽やか、快適、あとどのような言葉が必要でありましょうや。もうこのふた言ですべてを許しちゃる!!みたいなものでした。タデ湿原に咲くヒゴタイ、サワギキョウ、コオニユリの高山植物が夏の草原の緑のなかで転々と彩を落としていました。邪魔にならない鮮やかさ。
「こりゃいいねぇ。秋になったら泊まりに来たいねぇ。夕暮れ時にこのあたりの散策なんてどれだけ寿命が延びることやらよ」
「そうだね。涼しくなったらジイサンになった兄さんの慰労を兼ねて来てみますか」
「お父さん。こっち来て!! いいものがあるよ」
どれどれと若さまの立つ場所まで湿原の板の散策道を喜び勇んで進みました。
「見て、見て。アレ!!」
息を飲み込むほど絶句です。ヘビです。こんな湿原にヘビなど言語道断。声にならないような断末魔のような声を発して一目散に逃げ戻りました。
「お父さんって本当にヘビが嫌いなんだ。スマホで写真を撮ってるんだけど見る??」
「やめちくれぇぇぇ」
ヘビ嫌いを知っていて尚且つ親の寿命をもてあそぶなど、夏休み明けから仕送り止めてやる〜〜!!の思いにもなりました。 


赤川温泉
■野趣あるれる赤川温泉。これからの季節は素敵だろうな■

秋になったら息抜きに再訪をなどしばらくは考えたくない非常事態になりました。ヘビとの遭遇に心乱れてからは一刻も早くこの場所から逃げるに限ると一気に九重山の横っ腹を走る道を走り抜けて赤川温泉に向かいました。
この温泉はもう随分と前から一度は来てみたいと思っていた秘湯中の秘湯です。まさに畢竟の地にある名湯です。入湯料ひとり700円を払って憧れだったお風呂へ。いいお湯でした。硫黄の香りが強いと若さまが言っておりましたがこの強い硫黄の匂いこそ効能抜群のあかしのはず。滝はある、渓流もある。木々の緑は深かったり浅かったり。何よりも湯あたりせずに済む外気温の涼しさ。大分市内で暑さにもがき苦しみながら過ごしているこのひと月の地獄の沙汰を忘れさせてくれるような極楽でありました。
若さまの大分謳歌のお付き合い。ヘビとの遭遇はまさに寿命を縮めるような不幸でしたが、うなぎと言い赤川温泉の野趣あふれるお風呂と言い、有り難いお相伴になりました。



 

20 Aug

若さま大分を謳歌する

高校の時の友人と一昨日はカブトムシ捕りに出かけた若さま。庄内、湯布院などなど山を転々と。しかしまぁ3年前までは高校生だったのに車を運転してあっちこっち移動とは。もちろん去年免許を取った若さまにこの大分の公道を走らせるなど親が助手席に座らない限り……、ダメです()
と言うのも14日に帰省して連日運転をさせていますが生きた心地のしない思いの連続です。怖いったらありません。まるで移動型アミューズメントパークにでも迷い込んだような気分です。
アクセルの踏み加減、ブレーキのタイミング、カーブのハンドルさばきとスピードのあんばい。どれをとっても恐怖のひと言です。それでも逃げ回ってばかりでは進歩などありませんので、ここは親が犠牲になって助手席で冷や汗のかき通しをしています。もう間もなく若葉マークも通用しなくなる免許取得から1年。大分に帰省の時だけの運転ではテクニックの上達など望むべくもありませんね。自分の時には免許を取ってすぐに車を買って、必要に迫られて運転していました。一人で運転するなど本当に怖かった。大分駅前で右折ができずに直進したこともありました。
一気に覚悟を決めて運転しまくる。尻込みしていてはいつまで経っても乗りこなせないのも事実。そんな通過儀礼を幾度か体験しつつ車にも様々な道にも、そして自分自身にも慣れなければ運転など怖くて怖くて。若さまの帰省のたびだけのちょこちょこ運転では腕前の上達など無理なことかもしれません。そう言えば昨日あたりから若葉マークをくっつけた車が走っています。よく見てみると運転席にはご近所さんの息子さん。大学生になったばかりのはずのお子が、今流行りの髪型に変身して肩に力を思いっきり入れて我が家の前を行ったり来たりしています。若さまと同年代のお子たちが多いこの住宅地。流行り廃り、適齢期のさまざまが一斉に行われているような面白さがあります。


先日は夏の帰省中の荻窪の友人一家が遊びに来てくれました。奥さんと娘さんは一足早く大分入りを済ませていて、パパさんは昨日大分に着いて実家に帰る前に我が家に立ち寄ってくれました。
会うのは毎年のことながら中3になった娘さんの成長ぶりには驚きです。生まれる前、お腹の中にいた時、生後間もなくのお見舞いの時、そして10年以上にも及ぶ夏の帰省での再開の重ね合い。幼児から少女を経て昨日見た彼女はもう立派な娘さんでした。所作も物言いも柔らかなのは小さい頃からまったく変わっていません。きっと生まれ持った鷹揚さなのかもしれません。その生来の穏やかさが、成長している彼女の雰囲気をさらに丸くたおやかにかたち作っているようでした。娘さんとしての成長ぶり。いやはや21歳のもっさもさの当家の若さまとの大きな違いを目の当たりにした思いでした。男の子と女の子の違いって内面から出てくる柔らかさなのかもしれませんね。


サクラとキンクマ


そんな一人っ子の彼女が東京からお供に連れてきたのがキンクマのハムスターでした。
キンクマハムスターと言えば6年くらい前に近所のお宅で飲み会をした時にいた「テンテンちゃん」。黄金色に輝く柔らかな毛がなんとも触り心地がよかったですなぁ。1歳に満たない娘さんのキンクマハムスターも美しい毛並みでした。背を丸くしている姿はどことなく桜の木にはびこる毛虫の色違いサイズ違いにも見えたりして。
まろ坊がいなくなってほぼ女王様の座に君臨しているお嬢。キンクマを見た途端に吠えまくりのトランス状態に。えらいこっちゃ、ナマハムの匂いに興奮して噛みついたりしたら娘さん心に大きな痛手になるわいと我ら大分組はお嬢が吠えるたびに大騒ぎ。ところが東京組のご家族お三方ったら、たけり狂うお嬢のことなど意に介す風もなく接近させては喜んでおいで。吠えながら何となくいつもの警戒やら威嚇の吠えっぷりのお嬢とは異なることに気づきました。キンクマを隠そうとすれば吠える。娘さんがお嬢の鼻先にキンクマを差し出すとおとなしくなる。不思議なことです。お互いの鼻先なんぞ一歩間違ったらガブリの距離なのに。
「これって母性本能に目覚めたんやろか」
「かもしれないですね。サクラちゃん、何となく目が優しくなってますよ」
ぎこちないながらも母の本能が呼び覚まされたのかもしれません。自分よりも小さい相手だと愛情が湧き出てくるのでしょうか。


東京の友人たち家族を見送ってその足で若さまはバアバ宅へ。春以来のお泊りです。いつものことながら帰省中には必ず数泊することにしている若さま。こんな行き来もあと数年で納めです。若さまは社会人に、オフクロさまは年を重ねていき孫へのもてなしも万全ではなくなるはず。今のうち。本当に今のうちなんだなと思っています。とても寂しいことですが。
虫捕りやお客人のお相手、そして直近のご先祖様であるバアバ孝行。さらに来週にはプチグルメのプチドライブまで組み込んでいる若さまの夏休み。謳歌してますなぁ。なにせ夏休みをひと月も残して9月1日にはトットのサッサと帰京するのですから、せいぜい山盛りの思い出をと父は頑張っているところです。


リオオリンピックで日本勢が頑張っていますね。思いもかけなかった選手がというか、話題の少なかった選手が奮闘して金メダルを取ったり。予想通り、期待通りの選手が金メダルに落ち着いたりです。オリンピックは魔物だと言われますが、こうやって女神だったしっかり微笑むのですから公平と言えば公平なことですね。そんななかで繰り返しニュースになっていて、どうしても凝視することができないのがレスリングの吉田沙保里選手のことです。かわいそうに。それでも期待を裏切ったと国民に詫びる姿が痛々しくて。そんな泣き顔、涙顔を何度も放送しなきゃいいのに。心がないなぁ、無情な報道ですね。



 

17 Aug

有難いこと嬉しいこと

50歳代への惜別の情に浸りつつあるなかで、八百八の町やら橋の喧噪がこの私の性格にリンクするなど無礼千万なそんな蒸し返しの話で盛り上がっていたら友人からメールが。
「今お宅の近くまで来ているんだけど渡したいものがあるのでどこかで会えない??」
一体全体どうしたことだろうと急いで指定された場所へ急行しましたら、いきなり一目でプレゼントであることが分かるような紙袋を差し出されました。
「ごめんね。ちょっと遅れてしまって。気に入ってくれればいいんだけど」
思いもかけないことに嬉しいやら驚くやら。いつも折々に何かしらをくれるこの人。例えば年末には搗き餅を。野菜の美味しい季節になったら採れたて新鮮野菜を。珍しい物が手に入ったからということも。有り難いことです。一気に盛り上がって一気に冷める人間関係の多いこの頃にあって地味ながらも延々とお付き合いさせていただける安心感に感謝しています。頂戴したのはマグカップ。
「秋から冬に使うといいね」
誕生日に難癖つけまわした大王さまが今度は優しくアドバイスしてくれました。鹿児島の友人親子と言い、人さまの心の優しさにグググとくることの多い夏にもなっています。


昨日は午後から有難い、本当に有難い雨が降ってくれました。南西の空が急に暗くなりはじめたら遠雷も一気に近雷へと。雨をたっぷりと含んだ見るからに重い雲が一気に近づいてくる様子に小躍りするような嬉しい気持ちになりました。久々の雨。砂漠のようになってしまっている我が家の庭をはじめあっちこっちの惨憺たる風景に慈雨の到来であります。慈雨、私雨、村雨、驟雨、スコール。とにもかくにも有難いことでありました。
東京から東の地域は台風7号の接近通過で大雨が降っているとのことですが、今日の大分はそんなことなど想像もつかないくらいの大晴天に引き戻されてしまいました。こんな夏、いつまで続くのでしょう。


ファイヤーキングルビー
■ファイヤーキングロイヤルルビーフルーツボウル■

写真は誕生日マイプレゼントの第二弾であります。
夏にピッタリな色。ルビーの色したガラス器であります。燃えるような赤は情熱の心でありましょうか。それとも数え年の還暦のお祝いにちなんだ赤色でありましょうか。いずれにしても珍しい器を発見してすぐさま入札。待つことおよそ5日でめでたく落札しました。届いたほんまもんは思いのほか小さくて「???」でありましたが、それはそれ何入れて遊ぼうかと思うだけでも愉しい時間を過ごしています。先日のグリーンのガラス器も、このルビーのフルーツボウルも陶磁器とはまた違う美しさを放っています。善きかな善きかなでありますね。大王さまのお目に触れるぬように買い求めたガラス二種。しばらくは日々是好日どころかごまかしの日々是口実になりそうです。



 

14 Aug

お帰り〜〜〜 のVOL.2

涼大分空港
■痩せて!! 大分でリバウンドさせなきゃ!!■

ほぼ5か月ぶりに帰ってきた若さま。昨晩は深夜まで東大の友達とワイワイガヤガヤしたらしく、寝不足と体調不良がたたってダブルの絶不快そうなメールが。そんな不憫を察して甘あまの大王さまが、
「久々に迎えに行ってやろうよ」
大分空港到着が9時45分のANA。そうなると遅くとも1時間前には自宅を出ていなければなりません。若さまの羽田空港発が8時15分。東京と大分の自宅の出発時間をほぼ同じにして大分空港に向かいました。
何気に交通量の多い大分自動車道。福岡方面に走っている車のナンバーのほとんどが宮崎を筆頭に県外のものばっかりでした。お盆休みの後半、思い切って遠出しているのでしょうか。それとも宮崎ナンバーはさておき、ぼちぼちUターン現象でしょうか。日頃はほぼ閑散としている大分自動車道もここぞとばかりに賑わっていました。
およそ1時間で大分空港に着いてしまいました。ところがまぁ空港前の駐車場は満車どころか駐車しようとしている車の長い列。これにもまた驚きました。送迎の人たちであるならばまだ気持ちに余裕もあるでしょうが、これから飛行機に乗る人が停めようとして停められないんじゃないかと他人事ながらドキドキしてしまいました。我々は空港横にある里の駅むさし直売所で国東の野菜をしこたま買って罪滅ぼしをさせてもらって、そのまま里の駅の駐車場に置かせてもらいました。
停められない車が有象無象の屋外に比例して空港の建物内も人だらけ。どうやらUターンの人たちがほとんどのようでした。見送られているのは小さい子ども連れの家族。そして見送っているのが名残惜しそうなおじいちゃんやおばあちゃんばっかりなので混雑の理由は一目瞭然でした。
若さまの飛行機も定刻に到着して、到着ロビーにはまるで旅のトンネルの出口から人を吐き出すような勢いで人々が出てきました。
鷹揚人の若さまは案の定、遅めの出現。早く出てくればいいのにおっとり刀の性格はあまり変わっていないようです。昨夜のハメはずしがドドドッと滲んでいる面持ち。それにまぁスマートになって。ちょっと驚きました。
「お帰り。どう?? 疲れた??」
「飛行機に乗った途端に寝てしまって離陸も着陸も覚えていないんだ。よく寝たので疲れが取れたみたい」
「そりゃよかったけどえらくやせたね。大分でしこたま食わせてやる」
日出町にある美味しいと評判の空揚げ屋さんに寄って帰るつもりだったのも体調がよくなさそうなのでスルー。改めて行かねばならない課題が増えました。


まろ坊が逝って初めての帰省になった若さま。お盆のしつらえの前に座ってしばし瞑目のあと無言。
「R、泣いてるよ」
大王さまがびっくりして教えてくれました。春休みを終えて帰京しておよそ10日後に逝ったのですから思い出はそのままのはず。ましてやあの帰京の朝に限ってまろ坊の見送りがなかったのが如何にもつらく、そして痛惜なのでしょう。
「家を出るあの朝、はじめて見送りに出てくれなかったんだよね。生真面目で律義な子だったのに、見送る気力もないくらいにもうきつくて仕方なかったんだろうね。かわいそうに。本当にかわいそうに」
小一時間ほどまさかの別れの場面を思い出しては涙し、楽しかった10年間を思い出してはまた涙しの繰り返しでした。
今回の帰省初日はこれまでとはまったく趣の異なったものになったようです。人はこうやって心が豊かになっていくことが大切なのかもしれません。まろ坊が若者に遺してくれた大切な心なのかなと思っています。


水野さんより
■まろ坊もさぞかし喜んでいるだろうなぁ■

若さまが落ち着き始めた午後には東京の友人よりまろ坊へとアレンジメントフラワーが届きました。この様子を見ていた若さまはまた涙。人さまの優しさの真髄が心の奥底にあるヒダにまで届いたようです。忌み嫌うことかもしれませんが、犬も人も同じ命「死の哀しみを共有すること」は私たち家族の哀しみを軽減してくれているようでもあるとつくづく教えてもらっているように思っています。仏は人の心のなかにある。お盆にまたひとつ貴い体験をさせてもらいました。



 

13 Aug

お帰り〜〜〜 のVOL.1

私の誕生日の(一生懸命に書いた)ブログタイトルを一瞥しておっしゃりました。毎度の大王さま。
「あはは。なんだか八百八町か八百八橋みたい!! 字の並びを見ただけで兄さんの生来の騒がしさが伝わってくるね。名は体を表すって言うけど、こうやって人にかかわる数字はその人の人格までにじみ出てる感じだね。まるで喧噪のるつぼ人生!!」
「8と8で町やら橋やら50有余年のこの方、今の今までそげなこと言われたことなかった。いなせな兄ちゃんや小股の切れ上がった粋な姐さんが行きかう町風で何がおかしい!! お言葉を返すようですが、じゃあ4月1日生まれの老若男女さんは揃いも揃っておフールさんということですかい??」
とは反抗しながらも確かに8月8日はどことなく気ぜわしい空気感は漂っています。江戸も大阪も大好きですが、自分の誕生日とあらぬ理屈をリンクしてくれる大王さまのその意地の悪さに敬服すらしてしまう気弱な私でした。


鹿児島に暮らす友人夫妻からお盆の帰省の電話をもらいました。毎年帰省のたびに我が家にも寄ってくれてもう30年にもなります。その前の独身時代からの付き合いですから交流の深さは32年になるでしょうか。途中、お互いに子どもができて身動きが取れなくて会えなかったり、私の単身赴任などで数年間の空白はありましたが、一年に一度の再会はほぼ毎年夏の恒例行事になっています。そうそう我が家の騒乱の時も慰めにやって来てくれましたなぁ。
32年という長い歳月を経て大きな変遷が見て取れます。昭和59年晩秋の結婚式もほぼ同時、子育ても終わり孫を持つ身となったのもほぼ同時。それでも友人夫婦は私に比べて至極まっとうな人生を歩んでいます。温厚と誠実な人柄のふたりだからかもしれません。
お盆にお帰り〜〜〜の第一弾の人たちでありました。


今年も広島に住む長男家族と大分で待ち合わせをして帰省行事に精を出すようです。お孫は3歳の男の子と10か月の男の子。奥さんの実家のある大分市には80歳を過ぎた両親が壮健に過ごしていますが、老いた親の元に元気ハツラツな子どもと泊まるのは気が引けるとのことで今年から大分市内のホテルに宿泊して帰省活動の起点にすることにしたようです。
今朝は7時過ぎに彼らが泊まっているホテルまで会いに行ってきました。毎夏お中元を送ってくれていて、そのお返しに今はお孫たちへの心づけを手渡ししています。ささやかな額ですが、毎回会えた時の楽しみのひとつになっています。東北ではお盆玉と言ってお盆にもお年玉のようなことをする風習があります。若さまが秋田で行く先々でもらった時にはもうびっくりしました。
余所のお孫の成長ぶりにも目を細める自分に驚いたりもしています。こうやってジジイが板に付いてくるのでしょうか。
こちらからはお中元のお返しなのにいつも鹿児島の名物を用意してくれます。さらに広島の長男君までもがいつも勤務地の地方土産を持ってきてくれます。31歳で本当によく気の利く子です。きっと若奥さんも快く思ってそう手はずを整えてくれているのでしょう。若いのに嬉しいことです。心づかいのできる若者を見るたびにその希少な存在に良くも悪くも心が震えています。それは人を喜ばせる術を知らない今どきの若者が増えすぎて、私自身が危機感を持っているということですね。人の喜びが自分の喜びにもなる……、今の若い人にどれだけ理解できることやら。もらってばかりにおぼれて、タダより怖いものはないって言葉知らなすぎますね。


ゆーろ初盆
■結構な火の勢いです。まろ坊は喜び勇んで家に帰り着いたのかなぁなんて■

ゆーろ初盆
■気のせいに決まっていますが、妙にお嬢が従順というかしとやかに控えているのですが■

お盆にお帰り〜〜〜の第二弾は夕方のまろ坊。
6時過ぎから撮影の仕事が入っているので、べた凪のような夕方の暑さのなかで初盆だからとまろ坊を迎える迎え火を焚きました。ついでと言っては叱られるに決まっていますが、大王さまの両親のお迎えも一緒に。大王さまは大分で初めての両親迎えのお盆になりました。両親の写真を立てて小さいながらもお盆のしつらいを。そしてまろ坊へも心ばかりの棚をつくって様々をお供えしました。
もうもうと黒煙が立ち上り火の勢いのすさまじさは、きっとまろ坊が駆け足で家に帰ってきた合図であったのかもしれません。現にお嬢がその迎え火以降、妙に我々にくっつきまわっています。それに仕草がどうもまろ坊のお得意だったポーズに似ているみたいなと大王さまと驚いているところです。
「きっと帰って来たんだと思いますよ。もしかしたらサクラの体を借りてこの家を懐かしんでいるんじゃないかなぁ」
お盆だから許せるホラーまがいの話です。明日は若さまも帰ってきます。まろ坊がいなくなって初めての帰省です。どんな思いでまろ坊の写真を前にするのでしょうか。それともちょっとばかり霊感の強い若さまなので何かを感じてくれるかもしれません。



 

10 Aug

喜怒哀楽劇場炎暑乃段

いやはやもう何とも言い難いこの暑さ。どちら様も息災にお過ごしでしょうか。
こちら様のオフクロさまも大王さまも、そして東京の激しいかろう暑さに負けじと若さまも元気に過ごしています。若さま、もう間もなく帰省であります。3月の帰京からひぃふぅみぃ……、片手の指の数がきっちりと折れるだけの月日が経ちました。若さまが帰京後すぐに訪れたまろ坊の卒去を見送った春。そして暑さ極まっている今の夏。我が家の出来事とふたシーズンの激変ぶりに閉口しながらも若さま帰着を心待ちにしている秒読みパパであります。
そうそう、寒がり姫のお嬢もさすがにこの暑さには太刀打ちできないようで、家じゅうの涼しい場所を見つけては行き倒れの人のように仰臥にいそしんでおります。ところがこのお嬢はあまりエアコンの冷たい風はお好みに非ずのようで、天然の涼を求めてはそこここに落ち着くを繰り返しています。ちょっと夏バテ気味の様子ですが、遊び友だちの若さまが帰ってきたらきっと元気百倍になってくれるんじゃないかとひそかに期待しているところです。


有り難いことにこの暑い中でも仕事は満帆です。暑い暑いと不平不満など言っては罰をかぶるかもしれませんので、なるべく『暑い』を口にしないように頑張っています。しかし悲しいことに何の因果か、仕事の内容はほぼ暑い時間に暑い場所。かろうじて涼しげな場所であっても大勢の人の熱気に押しつぶされそうになって必要以上に大汗のかきっぷりに。若いころにはそんなになかった多汗症。いつの頃からかみっともないを通り越すくらいの汗かきに。滴りっぷりは名瀑百選に選んでもらっても差し支えないくらいです。最近はいくらか落ち着いて昔ほどではなくなりましたが。
なぜにこのような汗かきになったんだろうかとつらつら考えてみたらひとつだけ思い当たる節があります。それは今からちょうど20年前のこと。30歳代の終いかけとはいいながらまだまだプリケツ三昧の頃でした。プリケツに磨きをかけねばと34歳の頃から通っていたジムにも慣れて一週間に4回くらいは通いたがる一種の中毒症状に陥っていました。それでもそんなに汗をかく体質でもなかったのですが、会社の近所にそれはそれは美味しいうどん屋さんがあってオールシーズン通い詰めていました。
そして30歳代最後の年あたりの夏。いつものように熱々のうどんを食べ始めた途端に一気に汗が噴き出はじめて、それはもう毛穴が全部開いて閉じないような感じに。汗玉、玉の汗。驚きました。相席だった同僚もビックリしながら気持ち悪るがっていました。あの日以来、汗腺は緩みっぱなし。きっとあの日を境に私の体質はジムで体づくりを発端にしてガラッと変わってしまったのかもしれません。涼やかな立ち振る舞いなど望むべくもない哀れな大汗かき人間になりました。
そんな私が「暑い暑い」を連呼しながら徘徊すると、汗まみれの見た目もさぞかし暑苦しいのにさらに呼吸困難にでもなるくらいに絶不快に陥る大王さまなのでしょう。
「うるさいですよ!!」
かわいそうな私は大汗が冷や汗や脂汗に大激変して黙り込むのであります。


ファイヤーキングフォレスト
                                              写真/twindolphinさん

まさしく炎暑のなかで繰り広げられている喜怒哀楽劇場であります。怒哀ばかりではありませんで、よかことだってあります。
写真のガラス器。先日の誕生日にマイプレゼントで落札したものであります。二客というのが寂しい数ですがカップとトレイの美しさにほだされて。そもそもこのような色の器、緑のガラスの器など持っていないのも心が動いた理由のひとつでもありました。これで麦湯などを注いで飲んだりなど定めし極楽気分ぢゃろうてとワクワクしておりました。ところが現物が手元に来て思いが変わりました。これで冷酒を飲んでみたい!! 納涼の痛飲ぢゃ!! ちょうど秋田の雪の茅舎がやって来ているので好機到来。器のカット越しの光を愉しみながらダブルで好機到来の祝宴でもいたしましょうかと、ひどい暑さに抗う目論見は拡大の一途であります。


先の熊本地震で犠牲になったまま見つかっていなかった大和晃さんの亡骸がどうやら見つかったようです。4カ月間も行方不明でしたが両親の必死な思い、親の執念で大切な息子の居場所が分かったというニュースに、命が失われたこととはいえ両親のもとに帰ることができた彼の魂の安らぎに余所ながら安堵しています。さすがにお盆ですね。彼は帰ってこれたのですから。
両陛下が熊本の被災地にみえて、大和さんが消息不明になったであろう阿蘇大橋上空で数回ヘリコプターを旋回させて祈りを捧げてくださったと聞いています。両陛下や両親、大学の友人たち、そして多くの人々の祈りが通じてお父さんとお母さんのもとに帰ることができて良かったです。
戦争で命を失った兵隊さんや一般の人々のなかにはどこで命を落としたのかも分からず、そしていまだにその形見のひとつも見つからない事例が山ほどあります。無念さが募っているに違いありません。そんなことを思う日本のレクイエムの夏の盛りに一人の若者の体が見つかり、両親の腕のなかに戻ることができたことは、71年前に犠牲になった数多くの人々の御霊がそうさせてくれたのではないだろうかと思えたりもしています。



 

8 Aug

八月八日

朝焼け
■夏の朝焼け。この風景が吉兆のしるしでありますように■


天皇陛下のお気持ちをテレビを通して直に知った意義深い8月8日の今日になりました。
79歳で生涯を終えた父の年をはるかに超えて、今はオフクロさまと同い年でいらっしゃる天皇陛下。老人らしさがにじんでいた父と違って非常にお元気ながら、やはり我がオフクロさまや世のご老人と同様に確実にお年を召していらっしゃるお姿に心が痛んでおりました。
大変な仕事を続けて、まさしくずっと歩みどおしです。80歳を超えてもなお変わることのない仕事の量。国の決裁に宮中祭祀に賓客接遇に、そして国内外への行幸。この国の象徴とは言いながらも尋常な尺度などでは計り知れない重要な事柄ばかりの処理を毎日続けていらっしゃる。気遣いがほとんどのはずです。ご病気もされてお疲れに決まっています。お疲れがないわけなどないはずです。
我々でもなかなか気持ちを高めたり維持しながら、日々の仕事をこなすなどギブアップしてもおかしくありません。天皇陛下と皇后陛下は平成になって27年間、ずっと歩み続けていらっしゃいます。常に国民とともに。常に国民に寄り添いながらと。老いてもなおどころか命終えるまで働き通さなければならない不自然さはどう考えても酷です。


象徴という務めを困難に感じ、そして次の代、皇太子殿下にお譲りになりたいというお気持ち。これは陛下の痛ましいSOSにも感じました。お楽になるのであれば、ご夫妻でゆっくりと老後をお過ごしになることができるのであれば、陛下のご決断こそ最優先されるべきであると思います。親が隠居を申し出る。元気なうちに一線を退いて楽隠居になる。結構なことではないでしょうか。具体的な文言は避けつつもお言葉の節々に陛下の強いご意思があるように感じました。そして最後に締めくくられたお言葉、「国民の理解を得られることを切に願っています」。
賽は我々に投げられたのだと思いました。
上皇やら太上天皇やらの尊称の古さは学生の時に日本史の教科書に出ていた、はるか遠い日本の歴史の先にあるように思っていましたが、ここにきて平成太上天皇がおうまれになることに不思議な新鮮さを覚えています。


国民と務めを第一に思うお気持ちのあふれた天皇陛下のメッセージが日本中に流れた今日は私の誕生日でもありました。天皇陛下が御位につかれたお年をとっくに過ぎてしまった私にもなりました。27年前、天皇陛下も皇后陛下もオフクロさまもみんな若かった。枯れている風などみじんも感じない素敵さというか、人生の恐れを知らない輝きが体ぜんたいからにじみ出ていました。もちろん私も青年のまっただ中でした。平成元年生まれの人がもう27歳になるのですから自分が年を取るのを早く感じるのも当然ですね。あと27年後はいくつになるんだろうかと暗算してゾッとしました。天皇陛下やオフクロさまの今をとっくに超えていました。人生って本当に短いのですね。
「50歳代でやり残していること、心残りなことがあったらこの1年で片づけておいたほうが良いですよ」
淡々と、至極事務的に忠告してくれた大王さま。やり残していること、心残りなこと。まるであの世にでも旅立つ人間へのはなむけの言葉のようにも感じましたが、言い返す言葉を失くすくらいにそれは確かなことだなと思ってしまいました。急き立てられるようでいささかショックではありましたが苦々しい思いにならなかったのは、きっと老いというひとつの諦めが心のどこかにあるからかもしれませんね。仕方のないこと。そういうことかもしれません。
「ではお言葉に甘えてこの一年間で様々を消化の昇華をさせてみようかね。僕の人生のひと区切りとしてね」


何がめでたくてダブル末広がりの日が誕生日なのかと思ったこともありました。起伏の激しい数年を体験したあたりに逆恨みっぽくそう思っていたんだなと思い返しています。今日は思いもつかなかったリセット法を教えられてしまって今夜はじっくりと考えてみようと思っています。
気づかなかったことを知らされることは一人より二人暮らしの有難さかもしれませんね。良きパートナーに恵まれていること、自身がまぁまぁ元気であること、オフクロさまも頑張ってくれていること、若さまも一生懸命に頑張ってくれていること。ひとつふたつと指折り数えたら結構な数、有難さが揃っている人生なんだなと感謝しています。


 

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