おやじ歳時記

ジイジさんの雑駁なお日和つづり


ブルーインパルス
〈みんなみんな励まされ勇気づけられたことでしょう〉

医療従事者の皆さんにと東京上空にブルーインパルスが。
青空に白い雲。軌跡がくっきりと長く長く。励ますように感謝するように、そして勇気と希望を与えてくれるように。
命を救おうと毎日一生懸命に患者と向き合っている多くの医療従事者。その人たちに心ない差別や言葉を投げかける不埒な人もいます。もしも自分がそのの立場になったらどうなの??と思います。きっとそういう人は一生人を救う立場には立たないし立てないでしょう。何が面白くて、そして何が不満でそんな理不尽な行動をとるのでしょうね。自分だっていつ発症しお世話になるかわからない世の中とコロナウィルスの怖さがあるのに。そんな人格の劣っている人ほど自分がそうなったらすぐに助けを求めるのが世の常。わーわー言わずに慎んでくれよな、です。

感染者の心細さはもちろん。医師、看護師、救急隊の人々の毎日のご苦労は計り知れません。感染者には一日も早い回復を願い、そして医療従事者に敬意と感謝。国民に対しての勇気づけの飛行ではなかったかと思いました。河野太郎防衛大臣も粋なことをしてくれました。前防衛大臣だったら腰が引けてそんな感動的なことなどできはしなかったでしょう。
自衛隊の人たちだってさまざまで助けてくれています。常に助けている人が、異なる分野で守り助けている人を励ましているような今日の応援ブルーインパルス。大空を力強く一直線に飛び、そして見上げている人々に感動を与えるってやっぱりカッコよすぎでしょ!! 惚れるなぁ。

若だんな宅上空でもしっかり飛んでいき、そして真っ青の空に真っ白な雲を残していったようでした。お嫁さんがベランダからの勇姿を送ってくれました。その場にいなくてもちょっと感動しました。
ちなみに必ず見えていたはずの都心中心部住まいの若さまはテレワークで一生懸命だったか、はたまた防音が極めて良好なマンションかで、こんな素晴らしい出来事にまったく気づかなかったと悔しがっておりました。
4歳になったばかりの若ぎみの記憶のなかに今日の感動的な場面を長く留めておいてほしいです。このコロナの不幸が起きた2020年という年とともに。
若ぎみにも人を喜ばせ心を震わせるような人生を歩んでもらいたいなぁとジイジは思いました。幼子心に残った感動をいつまでも持ち続けてほしいです。
国会議員の頭の上にも飛んだはず。はてさてその人たちの心にはどう映り、どう感じたことでしょうか。国民の痛みや苦しみがどれだけ身につまされるくらいに理解できていることやらさっぱりわからない人たちですが。
しかしカッコイイことって勇気ややる気を起こさせてくれますね。感謝とともに心がワクワクするような。





安倍総理の自画自賛、空をつかむような内容ばっかりだった緊急事態宣言解除の記者会見。それから数日経ちましていくらか元の暮らしに戻りつつあるとは言え、いまだにステイホームの方が長い私の日常。慣れてしまって安易な暮らしに少し逃げているのかも。いやはやもしかしたらこのまま隠居生活突入なの??と、ちょっとばかり不安です。チャージがじゅうぶん過ぎて気持ちもカラダも切り替えがいよいよ下手になりました。


アボカド
〈わずかひと月あまりでめざましく〉

そんな最近、つらつらとネットを周遊していたら「アボカドの育て方」というサムネイルを見つけました。すぐさま飛びついた私。
いかにも南国の植物、それも実のなる木が日本で簡単に育つのかいと思いながらもちょうど食べごろのアボカドが冷蔵庫に。
成功しなくても悔いはないし、試しにやってみるのも愉しかろうとネットでの手順に従って、アボカドサラダにしてしまったあとに残ったまぁるい種を育成すべとチャレンジすることに。手っ取り早い愉しみが身近にあったなんて。まさかこんなことができるとは、これまでは捨てていた種が一挙に格上げされたような扱いになりました。


水を張ったグラスにアボカドの種を浸して一週間余りでおやまぁ根っこが出てきました。まるでヒヤシンスの水栽培みたい。根っこ誕生を追うように次は芽が出始めました。あの硬い種の頭頂部が割れてすっくと立つ姿のなんと気高いことか。
しばらく水だけは新鮮にと毎日水の取り替えに励みそのままを20日余り。そして先日、根っこも芽も頼りがいがはっきりと分かったので植木鉢に移植しました。置き場所は水栽培をしていた出窓に。環境を変えると植物だって戸惑ってストレスが出るはず。それにパニックでも起こして枯れたらここまでの愛情とアボカドの根性が水の泡と消えますもん。異国の地で捨てられずに生命の証を示す使命を担った一個の種を立派に育ててやらねばです。
しかしこともあろうにいとも簡単に硬い種からの発芽が大成功、そして無事成長中の日々であります。


実の成る木を相手に「成り木責め」という行事というか風習が長野県あたりにあるとか。九州にも梨の木にそんなことをする地方もあるようです。信州の方のは特に柿や梅やカリンなどの木だったでしょうか。小正月くらいの日に行うなんとも微笑ましい小さなお祭りです。
ふたりでもって掛け声を掛け合います。ひとりが鉈や斧で木に少し傷をつけたり、目覚めさせるようにコンコンと叩いたりしながら「成るか成らぬか成らぬと切るぞ」と、本当に責めるというか脅迫しているみたい。もうひとりが木の陰から「成ります成ります」と、まるで責めに怯えているふうに。そして小豆粥を傷口に塗るそうです。叩いていじめるなんてSMの世界じゃんと。
樹木と人との関わり方が面白いですね。木の霊とのやりとりでその年の豊かな実りを引き出す感じでしょうか。
我が家の新生アボカドにはまだ早い成る木責めですね。いつか、叩いても大丈夫なくらいに立派に育ったら試してみたいものです。そして願わくはたわわに実をつけてくれたらなぁと、「成るか成らぬか」のまだまだ遠い先のことに思いを馳せています。




観たことのない番組でしたが、そのテラスハウスに出演していた女の子が信じられない誹謗中傷を受けて自ら命を絶ってしまったというニュースに、ただただ日本人の見境のない無責任さと無知さ狂気に驚いています。二十歳そこそこでかわいそうに。
コロナ禍の現在、県外ナンバーの車にいたずらする輩もいるしで。日本人っていつからこんなに度を越した悪口三昧で人格や品格が下がっていったのでしょうか。確かに近くにも言いがかりをつける頭のおかしいのがおりましたが。
ドラマの中でのキャラであったかもしれません。それが亡くなった木村花さんの本当の性格ではなかったはずです。テレビドラマのこと、それは脚色ということをなぜ理解できないのでしょうか。演技上の破天荒さが彼女の地であったにしても、誹謗中傷した人たちはそんな行動が許せないくらい聖人君子なのですか。現実とバーチャルがゴチャゴチャになるくらい頭のおかしな人が増えたのでしょうか。テレビゲームのやりすぎで敵をやっつけても生き返るのが命だと思っているのでしょうか。


しかし
SNSに心ない投稿って本当に怖い!! 言いたいだけ言い放題、書きたいだけ書き放題でひとりの人を死にまで追いやってあとは知らん顔して雲隠れ。こんな人たちは紛れもなく加害者でしょう。怖いことや悪いことをしてしまったという罪悪の意識がないのでしょうか。こんな卑劣な人たちが世の中にたくさん潜伏していると思うとゾッとします。
ロンブーの田村淳さんが言っていましたが「草むらに隠れて石を投げて当たって死んで、逃げているようなもの」と。その通りだと思いました。
「木村花さんが死んでくれて祝杯」の動画まであったとか。姿の見えない人から自分にそんな言葉を向けられたらどれほど恐怖を覚え落胆するか分からないのでしょうか。どんな神経をしているんだろう。まるで図に乗った韓国が「東日本大震災おめでとう」の横断幕を掲げたあの超不快だった行動と同じ。良くも悪くも自分の身に置き換えて、心の痛みだとか謙虚さだとかが薄れていっている日本人かもしれないです。


卑怯でつまらない人間が増えたことに哀しさと合わせて強い憤りが増します。消したアカウントを手繰って手繰って掘り返して、こんなひどい投稿者を名誉毀損や脅迫容疑などを適応してなんとか厳しい処罰をしてもらいたいです。じゃないと子どものいじめと同じで次々にこんな手合いが増える世の中になったらどうしますか。
私たちは亡くなった人を思うばかりに加害者になってはいけません。加害者を見せしめるのではなく、こんなあってはならない罪を見せしめること、そしてやっただけの罪を償わせることが大切だと思います。早く見つけて早く刑事処罰の対象になってもらいたいです。
しかし本当にひどい。娘をこんな形で喪った親の思い、この震えるほどの怒りの矛先をどこに向ければいいのでしょうか。見えない敵の不気味さに怯えながら。


思うのですが、こうやって間接的ながらも人の命を奪ってしまうことすらあるテレビ番組のあり方。いつまでも韓国ドラマをどの局も毎日垂れ流している不思議さ。検事長と賭け麻雀をしていたズブズブの関係の新聞記者。その関係や経緯を大きく報道しない他紙。新聞社同士のズブズブ関係あってのことでしょうか。マスコミって本当に我々の生活に役立っているのでしょうか。マスコミの使命って何なのでしょうか。くだらない先にあるのは崩壊かもです。



 


日中は涼しげな日が続いています。こんな天気を若葉寒と言いますがとっても爽やかです。
そろそろ気温も平年並みになるのでしょうか。毎年ひどくなっていく夏は短くていいから、こんな快適な毎日が少しでも長けりゃいいのにと思いながら過ごしています。しかし今年ばかりはコロナ菌撲滅に一役も二役も買ってほしいですが。


長いこと履いて、履き慣れていたリーガルシューズのキルトモンクストラップの靴。サラリーマン時代からなのでもう20年超の、ほぼ骨董品みたいだけど。実は持っている靴、すべてリーガル。フォーマル1足を除いてそのほとんどがトゥ
(つま先)が丸みを帯びたカタチのものです。ツンツンと先の尖ったような靴はどうも苦手。そんなことで馴染むと履きやすいしでリーガルファンになって40年くらいの長年一途のご贔屓です。
そのお気に入りのキルトモンクストラップがくたびれはじめたのでメンテに出しました。靴底にヒビが走っていたりバックステイの辺りがほつれていたりで経年劣化が著しくなっていました。そんなくたびれた姿になったとは言え、喜怒哀楽を含んだ人生のいろいろな場面を共にした足元を捨てるには惜しいですもん。


リーガル
〈きれい過ぎになって帰ってきました〉

3月の帰省の折にリーガルショップでビジネス用のモンクストラップの靴を購入した若さまでした。学生時代からコインタッセルなどを履かせていたので親子二代のご贔屓筋になるやもしれません。で、若さまが品定めをしている隙に店員さんに、「私のキルトモンクストラップがこれこれしかじかで」と相談したら廃盤の靴ながら修理は可能とのお返事をもらいました。後日持って行き、そして先日、2ヶ月を要した修理を終えた靴をもらいに行ってきました。もったいない使い方をしていた代償は、ほぼ新品の靴のお値段くらいの修理代になってしまいましたが、お気に入りなのと廃盤という言葉についつい目を瞑ってしまいました。それにしてもプロのワザはとてつもなく素晴らしい。見違えるくらいの美しさを取り戻してくれました。感嘆です。
「この靴は大切になさってください」と言われて、これまでのぞんざいな扱いに恥じ入る思いで受け取って帰りました。

 
そう言えば思い出しましたわ。もう結構昔のことですが買ったばっかりのリーガルの靴を履いてお通夜に行きました。何故だか靴を脱ぐ畳の通夜席でした。ひと通りのお参りを済ませてさてお暇をと出口に行ったら、私の靴がない!! 誰かが履き間違えて帰ったにしても見渡す限り、私の新品同様の美しい靴に匹敵するようなきれいな靴などありませんでした。疑ってはいけませんが、あれは「故意」であったと確信しています。斎場にはそれからまったく問い合わせがなかったこともおかしいし。香典泥棒ならぬ靴泥棒に遭遇した怒りの思い出です。別府の柴石温泉でパンツを盗まれた笑い話どころではない気落ちでした。


サラリーマンから遠ざかって革靴を履く機会がうんと少なくなりました。たまにスーツで出かける時は膨らんでせり出したお腹まわりを押し込めるのに悪戦苦闘し、靴だっていつの間にやら窮屈になっててというか足がむくんで、たった靴を履くことすらにも往生しています。外出前必死もっし脂汗劇場です。まったく緊張感のない、いつからこんな体型になったんだろう。痩せれば問題ないのですが、分かっていながらどうしようもならない現実との対峙の数年が続いています。
履かないというか出番の少なくなった靴たち。どうしたものかです。靴もたまに外出してみたいでしょうに。


世の中は緊急事態宣言が解除されたとはいえステイホームの影響がまだ幾分残っています。私の靴もコロナ以前からほぼお蔵入り状態のステイ続き。ならば乾燥気味の好天が連続のここ数日が靴愛しみの好機の到来ぢゃと。
「よしっ!! 日の目を見せてあげましょう。きれいに手入れをしてあげましょう」と一念発起しました。すべての靴を陰干しして順次靴みがきをすることに。
思い立ったら吉日であります。おそらくこの機を逃したらこんな性格ゆえ靴みがきなど次はいつになることやら。何ごとにも萎えてしまえばそれまでの私ですから。
そういえば今春、若さま帰省の時に一足だけ模範演技で靴みがきをご覧に入れましたが、この度は10足超の全足まとめて玄関ポーチに整列は壮観な景色になりました。
少しは心を入れかえて、こうやって物を大切にする心がけを身にそなわせねば。
樹木希林さんが生前言っていた「物の冥利を尽くしてやること」。それそれ、そういうことなんですよね。心入れ替えて暮らさねば罰が当たるということですね。倹しさ欠乏の思い当たる節が多くて、罰当たりなことが心当たり過ぎのようです。





満遍なくテレワークやリモワークが行き届いてしまうと、苦境ながらも現状のこの仕事スタイルが当たり前に感じはじめるのではないでしょうか。コロナ収束後にはこれまでのあり方とまったく異なる社会の仕組み、そして新しい生活様式が生まれたりしてと思っています。
企業も人も気づいちゃうんですよね。より便利に、そしてより効率的にできたじゃないかということが。わざわざ出勤しなくても、わざわざ飛行機や新幹線を使って出張しなくても事足りたコロナ災難期間を、どうにかこうにか乗り切ったんだからそれを活かせばいいじゃないかと。淡々とこなせるじゃないかのビジネスライクが令和の王道になりそう。
とにかくさまざまな業種、そして隅々にまで悪影響を及ぼしている今。幼稚園児から大学生までもが自由闊達になれずの今。就活も冠婚葬祭までも。
コロナショック、これまで体験しなかったことにみんな疲弊しています。


こんな世の中の昨今、宅急便などの配達スタッフに暴言を吐きまくる異常な人間がいるとか。世の中に役立たない仕事も人もいないし、今まさにこんな状況の中で一生懸命に働いてくれている人に向かってよくもまぁです。浅ましい。だったら配達してもらわないこと。楽してネットショッピングなどせずに自ら歩いて買い物に出かければいいものを。大方役立たずの人間が真面目な人間を誹るのですね。ほんと、頭のおかしい人があからさまに出没もしはじめました。慶大医学部の密室ハメ外しの研修医同様にバカも休み休みです。
そんな殺伐さを見るにつけ「コロナも人心もいいことなんてひとつもないじゃないか!!」です。
早く光明が差し込む出口が見つかりますようにと祈る日々はみんな同じ。一日も早くです。


そんなコロナ禍や、最近頻発している各地の地震報道に翻弄させられている毎日のなかで、一服の清涼剤のような絶えて久しい嬉しい出来事に出会いました。
前のお宅がご夫婦そろってガーデニングしておられます。細身のご主人はコロナの影響でステイホームなのでしょうか。もう長いこと丁寧な庭いじりに没頭しておいでます。時折ご夫婦の会話も聞こえてきて、これがまた非常に穏やかでガサツさのないささやきの声です。火山の大噴火のような結末を迎えて別れた自分の末期夫婦姿と大きくかけ離れすぎの仲善き哉が漏れてきています。

さて先日の雨の日。部屋の模様替えして痛くお気に入りになった場所から五月雨に濡れている庭を眺めておりましたら、いつもと違う風景と変わっていることに気付きました。
「昨日はなかったはずなのに」と、前のお宅の庭に新しい木が一本。
不思議なものですね、人間の視覚、慣れの感覚。異変というか変化をすぐに感じるのですから。決して不埒な覗き見趣味などはございませんよ。
唄う僧侶、キッサコの薬師寺寛邦さんの般若心経を聴きながら、あくまでも京都かどこかのお寺に居る気分で我が家の庭を眺めて心和ませていただけの、コロナフラストレーション人の休息にほかありませんってば。


栴檀
〈栴檀の花〉(画像お借りしました)

色
〈樗色〉(画像お借りしました)

その木は栴檀でした。「栴檀は双葉より芳し」のセンダンです。雅な色の花を携えて新たな視野に飛び込んできました。
調べてみたらこの栴檀の薄い青紫色の花の色を樗色(おうちいろ)というそうです。紫色でもなければ藤色でもない・・・という微妙な色合い。樗(おうち)とは栴檀の古名だそうですが、目にしたものを端的に表現するひと言を完成させた日本の昔人は素晴らしい感性を持つクリエイターですね。そしてそれを暮らしのひとコマひとコマに活かせる名エンターティナーでもある我らが先達たち。すごいなぁ。その感動どおりにとっても美しい花、放射状に咲くなんとも言えない色の花がこぼれるようについています。
しかし白檀の別名だけあって木の立ち姿そのものからして、何やら高貴というかあちらの世界を彷彿とさせてくれる芳しさが漂ってきそうです。唄う僧侶さんのお導き、引き合わせだったのでしょうね。きっと。
これよりのちはよそさまの珍しい庭木を愉しませていただくことになりました。
残念なことに双葉よりまったく芳しくなかった私。もっとあの時にやるべきことをやっていたら、きっと栴檀のような今であったかもしれないねと、真摯な後悔やらあらぬ妄想がよぎっているその日以来です。




今日は
21年目のとある記念日です。何の記念日かって?? すみませぬ。申せませぬです。もったいぶらなきゃいいのにとおっしゃいましょうが、私的には東京からはじまった大きな節目のこの日がもう21年も前になるのかと感慨深い記念の日です。
ひと口に21年と言いますが、この歳月は今思い返すと必死だった日々でした。思い出のいくつかを細かく日割りすると、いよいよ鮮明に蘇ってくるあれやこれやがいくつもあります。
元嫁との結婚生活よりも6年も長い記録越え。そして迎えるこの日ばかりは穏やかに絶賛更新中であります。


21
年前からさらに21年前というと42年前になります。昭和53年ですか。大阪で青春真っ盛りの大学生の頃でした。能天気な日々だったながらもそれなりに悩みや苦しみはありましたが、今思うと誠に結構な身分、そして私の周りにあったのは人もモノも景色も豊かな日本でした。思い出だけでもいい財産です。
21年ずつ区切っていくと歳月の長短や濃さ薄さが俯瞰して見ることができます。特にこの21年間は自らも含めて、自分にとって遠くの大人だった人たちの「明らかな老い」が鮮明に、そして容赦なく寄せて来ています。そう考えると人生なんてあっという間ですね。
日本も我が家も何事もなく次代へ引き継がなきゃと心を新たにしていますが、はてさてどうなることでしょうか。
あと
21年後、私は生きていたくないです。思い思われる疎ましい老害なんて結構。願わくはただただ痛まず苦しまず笑われず、そしてひとりで出来ている暮らしのなかで卒然と、迷惑をかけずにひっそり旅立ちたいと切に望んでいます。まぁ息子たちと大王さまにだけは間に合ってもらって礼の一言くらいはカッコよく残したいと願っています。これも神のみぞご存知のことですが。そんな望みも日ごろの行いに襟を正しく立てて美しくあらねばなりませんね。
「仕事しながらポックリ逝く」らしい私。遺す言葉やお目汚しになったら死んでも浮かばれないさまざまの片付けだけはしっかりしておかねば、明日は我が身かもしれない摂理というか運命があるはずですので。準備は勇気でもありますね。


記念日料理
〈派手ではありませんが〉

まぁそんなことではありますが、今宵は意味不明だと連呼する大王さままで巻き込んで
21年記念の夜会を催しました。
いいのです。
21年前の5月17日、初夏を思わせるとっても暑かった品川プリンス辺りの出来事が、何の日だったかは自分にとっては奇跡の日だったのですから。
「あんたは忘れたかもしれんけど良しとするわ。黙って飲んで食ってくれ」
理由も趣旨もあやふやなままスパークリングを開けさせてグラスを「チン」。よいグラスはいい音を出してくれます。それは食事開始の合図、そして思い出をさらに克明に呼び覚ますささやかな音でもありますね。いくつかあった後悔も軽くなっていく思いがします。


お膳
〈この季節にだけ登場の「菖蒲と蝶」のお膳です。手入れが悪くて〉

夕餐はタコのカルパッチョ、ブロッコリーとトマトとチーズのオーブン焼き、鳥の唐揚げとイカリングフライ、カマンベールチーズ、生ハム少々、そしてお安いながらもとっても美味しいスペインのスパークリング。
お膳は今の季節に合わせて「菖蒲と蝶」の蒔絵の輪島塗。今年も今夜一晩限りの登場かと。以上です。


明日はまた大雨の予報です。コロナ菌こそ雨にやられて消えて無くなればいいのにと希う、この日だけは変わらずに巡ってきた
21年目の今宵です。




雨の庭1

雨の庭2
〈庭にはいい感じの雨でした〉

ずいぶんと長いこと乾燥気味だった5月でしたが、昨日の午後からは雨脚がそこまで来ているような風が吹きはじめやがてポツポツと。夕方近くから本降りに。コロナ禍をかいくぐるようだった打合せが終わって、さて車まで戻ろうとしたら大粒の激しい雨が一気に降りはじめてびっくり。
昨日は車検に出していた車を打合せのあとに受取りに行くことにもしていました。忌々しいことに、降らいでもいい雨が容赦なく降りはじめて、ため息いっぱいで代車を走らせました。お約束ですもん。徐々に雨脚が強くなる夕方、迎えに行かねばなるまいと。よりによってです。
車検が済んで車にはきれいにワックスまでしてくれるいつものモータース。中も外もきれいに身繕いが終わったというのに、それもずっと晴天続きだったというのに、やれ恨めしや。ここにきて雨。やっぱり私は車をきれいにすると雨、必ず雨を降らせるようです。もったいないことに自宅にはカーポート無し、雨ざらしの駐車場に帰ってきたお色直し完璧のハリアーになってしまいました。


払暁には遠雷も。光るだけで雷鳴が届かない数発もありました。どうやら今朝の雷はいよいよ遠くで活躍していたようです。
まるで梅雨の前触れのような不安定な空模様になった今日になりました。しとどに降る雨。それでもこんなにまとまった雨は5月の木々には恵みの雨のようです。庭の熊笹も新しい葉っぱが生え揃いはじめ、カツラやコナラの緑が雨に濡れて色っぽさや艶っぽさが際立っています。とっくに花の終わったトキワマンサクの葉はこの季節、赤みをさした独特な色に変わっています。緑に囲まれたなかに立つ異端児のようです。いやいやまるで紅一点のようにも見えます。


やはり狡猾な国だとつくづく思うチャイナ
。やることが恐ろしい。火事場泥棒顔負けの国家ぐるみでコロナに乗じてあれこれを横取りをしようと跋扈していますが。日本はボケーっとしていたら簡単に尖閣を横取りされるに決まっています。尖閣どころか沖縄まで狙われているらしいですし。蓮舫さんやら辻元さんやら福島さん、揚げ足ばっかり取らずに、国土を黙って持っていかれる非常事態になりかねない今、やるべき対策をしっかり議論せねば何のための国会議員だか。もちろん政府与党も。コロナ禍も大変ななかですが。隙を見せないことだけは貫いて欲しいです。
思うに行動力とはっきりものを言う橋下さんや大阪府知事や北海道知事などが国政で活躍してもらえたら、もっと元気な日本になるんじゃないかと思えて仕方ないのですが。要は頼りがいのある人物が今の日本には必要だと思います。コロナ禍であれこれの脆弱さがはっきりしましたし。リーダーがしっかりしていたら、もともと礼儀や自律のある日本人はここまで人心がおかしくならないはずです。


しかしとにかくチャイナ
は酷すぎる。酷いじゃないかと抗議したら平気で開き直る。トランプ大統領が断交も示唆しているとかいないとか。世界中の国が一気に背を向けたらいよいよ自暴自棄になって暴発するかもしれない危険性だってあるわけで。これまで金で釣っててここぞの時がきたら恩着せがましく圧力をかけるのでしょうね。恫喝していた昔の高利貸しみたい。
その点、これまで海外に潤沢に援助してきた日本の鷹揚さ。それを見透かしてか、韓国なんて恩も義理もそっちのけで言いたい放題のやりたい放題が加速しています。どうやらあの韓国民の気性は金を貸した方を下に見るとか。日本でも「借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔」という言葉がありますが、あの国はもっとえげつない態度を取るようです。
嘘つきでひがみっぽくてどんなことにも難癖つけて激高するのは一級。そのくせ自尊心はどの国よりも超強い。ほぼ開き直った泥棒!! 国民同士でも嘘のなすり合い。すごいのがお隣にいるものです。中国を見限ろうとしているトランプ大統領を真似て日本はこの扱いにくい隣人と一度縁を切ってみればいいのに。毎日毎日なぜに韓国ドラマを日本のテレビ局が何ごともないかのように流し続けているのか。その思考もまったく理解できませんが。ヒステリックの矛先を日本ばかりに向けるのが唯一楽しみみたいで、ただただ日夜鬱陶しいだけでまったく利害関係など、今でもないでしょうからとっとと距離を置いてみればいいのに。 





高尾公園
〈引きこもりにしびれを切らした大王さま、ちょっと気分転換に近くの森まで。逆さ富士ならぬ逆さの森!!〉

ずっとなかったクライアントに直接会わねばならぬの打合せ。先日ほぼひと月ぶりに出向いていきました。やっぱり直接の方がマスクでもご尊顔の
13ながらも表情が読めて安心です。ここのところの憂さも不安も払拭できたくらいに久しぶりに心が晴れた思いがしました。
しかし大発見!! 会う人たちみんなそろって少しふっくらしてて。そう、在宅久しいテレワークで体重が増えたのが歴然のポッチャリボディになっておりました。美ボディの体育会系の人ばかりなのにちょっと気を抜くと一気に膨らむのでしょうか。これもまたここのところの功罪かもしれません。何もかもがひとまわり大きくなったみたいな。(家の一室にホームジムを持つ大王さまなど恵まれ過ぎですわ)
そういえばFaceTimeで見る若さまもずいぶんと丸みを帯びた顔になりつつあります。テレワーク、リモワークの人たちの感染リスクはとっても低くていいのですがきっと運動不足かと。特にほぼオタク化してしまっている新入社員の若さまなどに至っては、テレワーク三昧が終わって本格出勤になったらどうなることやら。体は鈍っているし、慣れない通勤だし、人間関係だって手探りでしょうし、入社式のなかった特異なスタートだし、つらいだろうなと思っています。若さまたち新社会人に限らず幼稚園児や小中高の生徒さん大学生たちの、それぞれの折目節目のない今年は収拾のつかないことだらけでかわいそうです。何のために親元を離れて暮らしているのかの大学生も多いかと思います。かわいそうに。
状況に応じて心体も切り替えなきゃいけない先輩サラリーマンの方たちだって大変なことこの上ないはずです。それでも給与保証のある企業は有り難いです。


新年度にもなったしで何事もなければサラリーマンのみなさんは普通どおりに、また新社会人はそれなりの心得を軸にした勤務体系のなかでの生活リズムであったはずなのに、コロナショックのお陰で至る物事が狂いがちなライフスタイル、そして体重増加になっているようです。その点、私は始終家で仕事をしているのでコロナ禍関連に関係なく太りっぱなし。おそらく変化なしの外見であるはずです。いよいよ人に会うことが稀というこの環境の仕事に、刺激や緊張が薄れているここ数ヶ月であることは間違いありません。先行きを思うとある意味不安や恐怖を感じることがありますが。やはり人間を磨くには適度なストレスがあるほうが常にシャープな自分を保てるのかもしれません。心が折れないくらいの本当に適度というのか微量なストレスがいいのかもです。それと太らないように頑張る自覚も・・・当然不可欠かと、一応は思っているのですが。


火事場泥棒のように中国が尖閣周辺をうついています。我が領土とばかりに。ナメめるだけナメめつくされている日本!! 日本にとってはこれもここのところの大問題のはずです。
この時とばかりにそんな馬鹿なことをするなよなとものすごく憤りながら思っています。へいこらして国賓待遇なんぞで呼ばなくてよかった。いくら何をしても通じない相手だと何故もっと冷静に気付いてくれないのでしょうか。あの国のトップやらは日本の政治家よりよほど手練手管の化け物ですね。「遺憾」やら「厳重抗議」やら通じる相手ではないことを何度も何度も体験しているのに何故日本の政治家は気付かないんでしょうか。気づかないフリのわざとでしょうか。この体たらくさ、親中やら日韓議員連盟やらの議員たちきっと存分に丸め込まれているんでしょうね。いまだに韓国ドラマを垂れ流している民放同様、国を売っているのとおんなじ。


北庭
〈我が家の北の庭を上から。緑が茂りました〉

この時節にとても不敬ではありますが、今年は去年の前半5ヶ月に比べて身の回りから届く訃報が少なくて、皆さんコロナの渦のなかであっても何とか息災に過ごしているんだなと安堵しています。
去年の前半年だけでも何度のお悔やみに参じたことやらでした。別れの悲しみはもちろんでしたが、旅立っていく人の多さと人生の無常。そしてその都度つらつらと故人を思い返すことに嘆息していました。生き死にの、どちらの別れも勘弁してもらいたいものです。尚のことこのコロナ如きで落命など勿体ないことです。
どちらさまもどうかおさおさ怠りなくご自愛ください。お願いします。




GW
は「ご自宅ウィーク」みたいな今年でした。
我が家のご近所は皆さんDIYや庭木の剪定や草むしりやらをずっと連チャンで頑張っていました。そういえば連休の前から、もう随分と長い日にちをかけてやってるパパさんやお子たちもいて。いい感じだなぁと親離れされた親として懐かしく目に留まっておりました。
そして示し合わせたように夕方になるとそれぞれのお宅の庭先からいく筋もの煙が。風向きでこちらにまでお肉の焼けるいいニオイが。それは東西南北の風上から風下にある我が家にまで届いてきました。一家総出、初夏のお働きのあとのお肉やらビールやらを囲みながらの家族団らんの穏やかな声が、とってもいい雰囲気として日によって異なる方向から伝わってきていました。
疫病の災禍はともかく、家族がこうやって過ごすことの意義はいいですね。災い転じて福となっているお宅が多いことを余所ながら思った静かで慎ましやかな今年のGWでした。

 
さてステイホーム順守の我が家のゴールデンウィーク。
2年前に買ったいろいろな色が混じっているミックスメダカ。生存競争を生き抜いてきた選りすぐりのツワモノたち6匹(尾)が大きくなって元気よく蓮の鉢の中を泳ぎまわっています。ご長寿です。
去年はいつの間にか台湾大火鉢の中で産卵していつの間にか孵化していてびっくり。産卵後の親メダカたちをすぐに件の蓮の鉢に引っ越しさせて、その11匹の子メダカは親が住んでいた大きな鉢に悠々自適のよい暮らしをしていました。
ちなみに孵化することを大分弁では「カイワレル」と。ほかの大分弁を探していたら大分弁一覧表で見つけました。カイワレみたいな。そう言えばずっとずっと昔に聞いたことがありました。懐かしい。


親メダカ
〈2年目の夏を迎える親メダカ。藻が!!〉

子メダカ
〈去年生まれた子メダカ。藻が!!〉

四角の蓮の鉢に暮らしおる親メダカ。今年もホテイアオイの根っこにびっしりと産卵しているのに気付いて大慌てで小汚いバケツに卵付きホテイアオイを。翌日、何気にバケツを覗いたら無数の子メダカが。親メダカの餌食にならずの間一髪の救出でありました。
産まれたばかりのメダカを針子と言うそうで、確かに針のように細くて、そして目にも留まらない機敏な動きであります。調べてみたら産まれて2週間を乗り越えることができたらあとは無事に育つとか。今は孵化場のバケツから他の容器に換えることもできず、しばらくはこのままの状態で育てることにしています。
それでいずれは新居も必要になるだろうと、さてホームセンターに水槽でも買いに行きますかと出かける寸前に思い出したのが、もう20年近く前に秋田の骨董屋で買って無用の長物と化していた火鉢。こやつを使えば無駄遣いもせずにますます好ましいステイホームになるんじゃないかと、久々に我ながらあっぱれな記憶の蘇りになりました。ステイホームという戒めの言葉も思い出しましたし。


銅製五郎三郎火鉢
〈アンスリウムなどの植木鉢カバー代わりになっておった銅製火鉢〉

銅製五郎三郎火鉢:灰入り
〈秋田の火鉢に灰をこちらに移して・・・・・・〉

さて問題はおそらく年代物のフカフカしている灰。これをゴミに出すか、それとも花咲か爺さんのように庭に撒き散らすか。そんなことを考えつつひとまず大きなビニール袋に灰を入れておりました。時たま吹く小さな風にも灰が舞って大ごとしました。しかしこの秋田の灰、手触りと言いどうも上質みたいないい感じ。きっと囲炉裏にずいぶんと長い年月を経てあった上質な灰ではと。捨てるのは惜しいと貧乏根性がメラメラ。
「そうだ!! オークションで競り落としたアレ、アレにこの灰を入れよう」
アレとは植木鉢カバーに転用して久しい「銅製五郎三郎火鉢」。
およそ灰の半分ほどをそのゴロちゃんサブちゃん火鉢に入れて、余った灰はカツラとコナラの地面に撒きました。風が吹いてご近所にこの灰が飛散したら、自宅で自粛のお宅に大きな迷惑だと気づいて、撒いたあとからせっせと水を撒いて灰の飛散を食い止めました。灰の入ったゴロサブの火鉢、いい炭を買って今年の冬は穏やかな暖をとってみたいものです。


メダカ孵化
〈バケツには先週孵化した針子さんがいっぱい。手前のが秋田火鉢。奥のが台湾大火鉢〉

空っぽになった秋田火鉢をタワシでゴシゴシこすってとことん洗い清め、満水以上になるまで水を張ってしばらく放置して台湾大火鉢に住んでいる子たちを移しました。
親メダカ子メダカのそれぞれの鉢に、春先だったか少量のハイポネックスの希釈が混入したようで見る見る「藻」が!! 台湾大火鉢に至ってはもう大変な緑色。しつこいほど洗って藻の除去には木酢液が良いとのことで家にあった木酢液を薄めてしばらく放置することにしました。
バケツに待機中の有象無象の針子さんたちが無事に2週間を生きてくれて少し大きくなったらめでたく台湾大火鉢にと。
長年の火鉢身分からメダカの住まいに変わってしまった何の因果かの秋田火鉢ですね。東北で火を使っていたものが大分くんだりまで落ちぶれて水のために使われるとは、火難水難の不遇を嘆いているかもです。
されども2年連続の親メダカの産卵の慶事に続いて、おそらく去年産まれた台湾大火鉢在住だった2世メダカも順次産卵するでしょう。そのたびに環境を整えてやらねばと思っています。各々の転居に忙しいメダカたちのステイホームにはもうしばらく時間が必要のようです。


端午の節句の鯉のぼりには到底及びませんでしたが鯉もメダカも同じ淡水魚。しかも我が家のはどんどん子孫を増やすめでたいメダカ。小さいながらも賑わいをもたらす端午の節句の我が家のお魚だと思っています。




いつぞやの
〈今日は端午の節句。いつぞやの杖立温泉にて〉

若さま、4月のお給料日が社会人になって記念すべき初月給の日でした。
入社式以来ずっとテレワークで、心機一転のはずのサラリーマン気分には程遠いようです。ステイホームでは実感が湧きませんわね。それでもしっかりとお給料が口座に振り込まれていて、恐縮と有り難さでいつもと違うテンションでした。立派な金額に人生半分リタイヤ気味の私はビックリしてしまいました。確かに年収のいいIT企業だとは聞いてはいましたが「この前まで学生だった子がこんなに!!」と。

日ごろは無駄遣いもせずにつましい暮らしに不自由を感じずに過ごすことができて、さていいモノを買うぞと決めて使う時は、一気に豪胆になって躊躇なく高額なモノを買える我が子です。この気質はばあさまそっくり。特にサプライズで人を喜ばせることが好きな子なので思いもかけないことを企んでは今でも喜んでいます。
私は宵越しの金は持ちませんぜタイプ。しかもアリとキリギリスの後先考えないキリギリスタイプにほぼ間違いがありません。
亡くなったばあちゃんからも「あんたはお金を持たせるとすぐに使う!!」と、小さい頃から言われておりましたくらいですから筋金入りの浪費家かもです。でもサプライズ好きは若さまにしっかり伝承しているようですが。まぁ私の場合はエエ格好しぃのキリギリスや杜子春ってとこでしょうか。いずれ来る人生の冬も気が付かんと。


さて前置きが長くなりましたが、その若さまからばあさまと大王さまにそれぞれ手紙が届きました。各便箋5枚には無事に社会人になったこと、そして20数年間の感謝の言葉が連ねてあって読みながらばあさまは目汁鼻汁。大王さまも感慨深く読んでいました。
ばあさまと大王さま共通に「母親の代わりに存分に愛情を注いで育ててくれてて」や「愛情をたくさんもらったので寂しくなかったよ」という内容でした。
ばあさまには小さかった頃のジジババとの暮らしの情景と思い出。大王さまには勉強を一生懸命教えてくれたお陰で今の自分があると。お母さんの代わりに兄ちゃんがいつも僕を支えてくれたと。
それぞれの手紙にそれぞれへの思いが美しいように詰まっていました。残念なことに私にはお手紙、ありませんでした。もっとも最近はコロナやテレワークの話題をよすがにLINEとやらで始終往来しているからでしょう。


社会人になった若さまからこんな手紙を送られて思い出すことはただひとつ。信仰に狂いまくっていた元嫁が「貴方が育てられるのであれば育てなさいよ」と、邪教を盾に大見得を切った言葉とイキまくっていた形相です。しかし20年以上を経て「どうだ!!しっかり育ったわ!!」と自信を持って言えられるような若さまになってくれました。気ちがいじみたカルトだと誰もが忌み嫌う宗教を信仰する人は、結局はただの現実逃避と脳内お花畑の日々妄想暮らし。もっとも身近だった嫁の入信と離婚を経て、実生活のなかからうまれるさまざまなことが、ひとつひとつの教えや戒め、そして穏やかな日々の糧になるということを私自身しっかりと体験できました。そのほとんどがふたりの息子と大王さまから教えられたと思っています。
あの人たち、本当に馬鹿は死ななきゃ治らない人種なんですね。しかし実家からも疎まれて、果たして死んだあとどこに納まるんだろう。知ったことではありませんが。
自分のお腹を痛めて産んだ我が子よりも宗教を選んでいった愚かな元嫁。人並みのことができずに人生観や宗教観の何を知ったかぶりやがってと思うと20年以上経った今でも怒りを覚えます。


涼より1
〈初月給でみんなが喜ぶものを・・・・・・〉

涼より2
〈さっそく試運転!! GJGJですぢゃ〉

その手紙が届いた数日後になる今日、ばあさまと大王さまと私に荷物が届きました。
ばあさまにはコロナ対策にとSHARPの空気清浄機。音楽好きな大王さまには今とっても流行りのAppleAiePodsPro。私にはdysonの掃除機。掃除もせねばならない老主夫としては強靭なコレ欲しかったんだ!!「買いたいなぁ、でもでも」と何年経っても何度も自分に言い聞かせては欲望の衝動を抑えていました。
感慨の手紙だけでも驚いたのにそれぞれに初月給のお福分けとは、三人三様ふたたびもうびっくりしてしまいました。よくもまぁそれぞれの好みや時世を鑑みてセレクトしてくれてと。
「あんた、育てた甲斐があったねぇ」とまた泣きながらばあさま。
「兄さん、まさかこんなことしてもらって嬉しいね」と大王さま。
「お米やお菓子や何でもかんでも送ってあげなきゃ」と三人とも。


確かに私も初月給の時には両親と祖母に何かを送りましたが、「何かを」というくらい思い出せないよほどの代物だったのではないかと。「自分なう自分なう」の持てば使う私ゆえ、昭和55年4月のことなど闇の中に消えてしまったみたいです。ほんと思い出せない。
これまで祝っていたこどもの日がこんな逆転のような黄道吉日になりました。
すみません。親冥利に尽きる、親バカの手前味噌のお話でした。



 

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