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おやじ歳時記

まろじぃぢゃ。おやじの目線、じじいの目線で世の中を愉しむぞ。

22 May

麗しい国のはずなのに

沖縄で20歳の女性を殺害遺棄するというまたしても心の痛む事件がありました。また……、またであります。犯人は車のナンバープレートがYの米軍関係者。今回は軍属とやらの人ですが、アメリカ軍の基地の人間には間違いないことで、いつもながらこの人たちの獣にも似た行いがまったく理解できません。
沖縄で強盗や殺人などを犯すアメリカ軍人に私いつも思うのですが、あの人たちは東洋人アジア人、そして日本人を見くだして生きているんじゃないかと。人種差別撤廃などといくらきれいごとを言っていても、やっぱり根底にはさまざまな人種への差別の血がコンコンと流れているのでしょう。やっぱり彼らは日本と日本人をどうにでも操れる傀儡としか思っていないのでしょうか。日本を属国扱いしたくて仕方ない中国と本音は変わらないアメリカかもしれませんね。今回の容疑者は黒人ですが、人間性や人種うんぬんよりも凶暴性を秘めてそこら辺をうろついているという頭からっぽの精神性が恐ろしいです。特に沖縄では身近に暮らしている人を獲物みたいに虎視眈々と狙っているような大きな図体のけだものとの共存の難しさを改めて感じます。
もう間もなく伊勢志摩でサミットが。そしてオバマさんは27日には広島にも行って原爆死没者慰霊碑に献花するようになっています。そんな折も折に心ないたったひとりのアメリカ人の悪行で何もかもが無意味になるなど惜しいことです。
基地の移転問題で揺れに揺れている沖縄において片方の当事者であるはずのアメリカ人。あまりにタイミングが悪い今回の事件にこの容疑者の頭の悪さに呆れ、そして本能のおもむくままの衝動にかられた発情期の動物と変わらない行為に怒りを覚えます。人の命を殺めるなど本当に鬼畜の仕業です。見境がなさすぎです。沖縄の人たちはさぞかし憤っておられるはずです。こんな男は去勢でもして一生不具の体で生きながらえればいいんです。
サミット開催国のホストである安倍さんもさぞかし頭の痛いことでしょう。一世一代の晴れ舞台のはずがとんだ出鼻をくじかれたようになってしまって。


沖縄で続く基地の人たちのやりたい放題。そしてエスカレートしていく犯罪の度合い。逃げ場のない沖縄の人たちにとって真の安全とはと考えさせられています。そんな極悪が沖縄で人殺しをと眉をひそめていたら昨日は小金井市で女性アイドルが偏狂の男から刃物で刺されて重体とか。気ちがいですね。日ごろから執拗に追いかけていたらしいですが、自分の思い通りにならないと人を殺すことができるなどゾッとします。憧れは憧れのまま心にしまっておくことが出来なくなった現代人の心の病。これってやはり、安易に人殺しができて、安易に生き返るテレビゲームの影響が大かもしれません。テレビゲーム、バーチャルゲームに人間の心が侵されているということだと思います。子どもは外に出て遊ばなきゃ。若者は同世代の人たちと健全な心、精神を培わなきゃ。最近は悪という尺度というか容量が年ごとに小さくなっていっているようで、まさしく悪にマヒしたんじゃないかと恐ろしさだけが際立ち始めた日本社会です。

 
先日は両陛下が熊本においでになりました。飛行機、ヘリコプター、マイクロバスを使われて分刻みのお見舞いでした。一刻も早く被災者を慰めたい、そして被災地に迷惑をかけたくないという思し召しが両陛下がお成りになる随所に溢れていました。常に国民に寄り添っていらっしゃる両陛下を見ていると、仏に寄り添いながら道を進む巡礼者の姿に似ているような思いがしました。そのお姿は端麗で清楚でまるで「遠白き(とおしろき)」そのものでした。分け隔てることなく人々に接するお姿は一視同そのものです。日本はおかしく回転しながらも両陛下の深いお心によってかろうじて修復できているように感じるのも最近とみなことです。
熊本のおじいさんもおばあさんも両陛下からお声をかけて頂いてとみんな感極まって泣いていました。慰めていただいた感激に震える心、よく分かります。
両陛下にお目にかかっただけでも感激し、尚且つお言葉を掛けてくださったことで涙にむせぶ人々を見るにつけ日本という国のまだいくらか残っている「まとまりの心」を見る思いがします。それは両陛下を目の前にして誰ひとりとして感動しないことのない場面で特に感じます。有難いことです。いくら中国人が威張りくさろうとも、韓国人が与太たかりの真似をしようとも、長い歴史に培われたきたこの国の美しさの盤石さはこうやって保たれているんだなと誇らしく思います。


しかし政治家。特に最近目障りなのがやっぱり舛添さん。出るわ、出るわ。すえた根性の汚物が次から次へとよくもまぁ。この人は自分に甘く人に厳しいのでしょうね。ネットーくションに車、はては和菓子まで何もかも。政治資金を自分の金のように湯水のごとくに。ばれないとでも思っていたのでしょうか。なんだかこうなったらマスコミもヤケクソのように特ダネ合戦ですね。舛添さんに人格があれば、もっと品格があればここまでめった斬りされなかったでしょうに。つまりはこの人の因果応報。活路はないでしょう。とっとと都知事を辞めることです。
やれやれゲスやらセコイのやら人殺しやら、日本中が頭のおかしくなった人間にとって住みやすい国になったのでしょうか。


 

17 May

17年目の17日

   
■いきなりレトロっぽいことではありますが……■


今日は秘密の記念日。17年目の。もったいぶっている訳ではありませんが秘密、だぁ〜〜れにも教えない秘め事のお日柄です(笑)
そんな記念日に合わせて今日はmyクルマの車検の日にしました。2年後も、それから先も今のこのクルマが続く限り今日を車検日にしませう。
朝一番に車を持って行って、すべてを任せて代車にて帰宅。そして家で待っていた大王さまをピックアップしてすぐさま所用で国東市安岐町までひとっ飛びしました。余所さまの車、それも乗り慣れていない軽自動車で遠出するなど気が張り詰めますが逆に安全運転励行で宜しいかと。
今の車になって初めての車検。自動車税納付と同じ月に車検とは大枚が、大枚が羽を生やして遠くの空に飛んで行かぁですわ。義従妹の息子の結婚式もあったりで、今思えば嘘のような気前の良さが仇となって懐からお金が飛び立っています。身の細る……、悲しいかな体は細りませんが、細る思いだけはその都度にうんざりするくらいにガリガリとやせ細っています。
「あ〜〜もうッ!! カネが飛んでいくばっかり!! 仕事するで。どんな仕事もするで!!」
やけのやんぱち日焼けのなすび色が黒くて噛み付きてえがあたしゃ入れ歯で歯がたたねえ。そんなあたふた状態と開き直り状態に陥りかけているところです。まぁ頑張ってこの難局をすり抜けてご覧に入れます(笑)


国東での所用を済ませて、本日はせっかくの代車。車検代で結構な額を支払うお客の身としては少しくらいタダで車を乗り回しても罰などかぶりまいでしょう。などと腹黒いのかセコイのか、せっかくゆえ国東周辺を走り回って車を返そうぜとそんな根性が芽生えました。大分空港に立ち寄ってラウンジで飛行機見ながらコーヒー飲んで旅人気分。これは返って寂しいというか、飛び立つ飛行機を見るだけの無常感に苛まれてしまいました。当分は機上の旅人にはなれないのねと。どっちみち代車のタダ乗り放題、ちょっと足を延ばそうぜとセコイ根性を起こすから心の痛みを発症した小さな罰かぶりだったようです。


安岐町ぶんごのたこ天丼
■これで750円!! 味も姿も値段も驚愕でした!!■

安岐町の中心街から少し離れた場所にある安岐中学。刻限は正午を少し過ぎたあたり。お腹もすいたことだしと中学の近所にとっておきの穴場があるというので立ち寄ってみました。料亭助六と店を同じくする『お食事処ぶんご』という食事処。こちらの地物のたこ、オクトパスを使った『たこ天丼』が近在近郷どころか、大分県内おちこちのグルメの間ではもっぱら評判のひと品とか。今回伺った所用先と同じ安岐町にある『ぶんご』の暖簾をくぐらぬ訳にはまいらぬでしょうよと相成りました。
ランチタイムなので座敷という座敷はほぼ満室。失礼ながらこんな田舎町なのによくぞまぁ大勢の人が集って飯食ってるわと驚きました。この店の評判の確かさを目の当たりにした思いになりました。女将さんのテキパキさは、ジクジク湿っぽい人間の多い世の中から脱出できたような爽快感。気持ちいい。
「はい。お待ちどうさまでした。これが雑誌に出ていたたこ天丼です。ゆっくり食べてってくださいね」
「おぉ!! たこが、骨のない軟体動物のたこが屹立しとるわ。ほれ。まっすぐとピンと立っとるで」
おどんぶりのセンターで、他の揚げ物を従えてみごとな立ちっぷりです。
ふにゃたこの分際で一本筋が通っているように立っていた見事なたこ姿。薄い衣をまとったその姿も雄々しくもあり妖艶でもありの洵に惚れ惚れするたこでありました。大きいのを箸で挟んで天つゆにくぐらせ、さてひと口。たこの味と食感の良さは言うに及ばず衣のサクサク感も絶妙。
「美味し!!!」
「これは秀逸だ」
美しくも気高くおっ立っていたように見えたたこ。じつは食べやすいように隠し包丁の細工が施されていました。久しぶりに膝を打つような会心の出会いになりました。
ひとり喜ぶ17年目の記念日に、生であれば掴みどころのないたこが大変身を遂げて数倍もの滋味でもって私を口福にしてくれました。大王さま同伴とは言え、ひとり祝いにぴったりの思い出ができました。


久しぶりの音楽はちあきなおみさんの黄昏のビギン。都会チックでしかも哀愁があってたまに聴くと心がざわついたり昭和を思い出したりする私です。ちあきなおみさんの歌唱力は筋金入りですね。今風のチャラチャラしている頭の空っぽな少女群の歌など比べものになりません。
美味かった屹立のたこ姿と、ちあきなおみさんの黄昏のビギンを17年目の記念日に自分に贈るささやかなプレゼントにします。


 

16 May

ケチつきまくり

水神祭


TOKYO
はオリンピックのせいで汚名を着せられてばっかりになってしまって、どれもこれも庶民感覚から随分とかけ離れた人たちの、やることなすことの悪い結果になっていますなぁ。こんなにもケチがつきまくりながらのオリンピックも珍しいはずです。
金銭授受して5000万円の札束がバッグに入る入らないで笑い者になって失職した猪瀬さん。ザハさんが設計した新国立競技場建設費の高騰に歯止めが利かなくなってザハ設計のメイン会場案もオジャン。心労がたたってか儲け損になってかザハさんそれからまさかの急逝。盗用疑惑で日本中がうんざりしたエンブレム騒動。これも目が当てられないザマのなさでした。ここら辺からぼちぼち癒着めいたものが見え隠れしはじめたものでした。聖火台の場所はどこよですったもんだ。やっと決まった市松模様柄のエンブレムも何だか変。新デザインに取って付けたような講釈で自画自賛していますが理屈めいて聞こえるのは私だけ?? とっても高度なデザインらしいですが立体図面にしか見えないのです。伊勢志摩サミットのマークをデザインした大分の高校生の作品の方が目的の的を射てて、そしてよっぽど日本らしくて素敵です。
妙に金がからむと人間の心も曇るようですね。クオリティの低さや日本人のセコさをまざまざと見せつけられているようでとってもいやな感じです。何やらIOCの理事に裏金を渡して東京開催にこぎつけたようなニュースにいよいようんざりです。見てはいけないもの、人間の強欲を見せつけられているような東京オリンピックまでの準備期間になりました。
セコイと言えば舛添さんの公私混同セコさまみれにはおぞましい限りです。あの人、国会議員の時から顔が嫌いでした。魅力のない顔は人間味のなさが滲んでいるからでしょうか。顔を見て人を判断するのは軽率かもしれませんが、あの人から漂ってくる一種異様な雰囲気だけでも察知できなかった東京の有権者の人を見る目のなさに寂しさを感じています。
案の定、湯水のように使い放題。とっとと辞めてしまえばいいのに。公も私も区別できなくなった卑しい金の亡者ですね。やっぱりかみたいなものです。頭も心もスッカラカンな中身なのに世の中に負けまいと威張りくさっているアホと同じ。
ことほどにTOKYOは花のお江戸どころか恥の上塗りに成り下がってしまいました。営々と築かれたきた帝都と、そこに暮らす人々の粋やいなせだった気質が世界中から疑われそうで残念なことです。


今日で熊本地震からひと月が経ちました。熊本ほどではありませんでしたが、遠方の人たちからお見舞いの言葉をいただいたことで『情けは人の為ならず』を深く感じさせてもらいました。
しかし東日本の復興や人々の心の傷の癒えがまだ本格的ではないのに東京オリンピック。お上はオリンピックで元気になった日本を見せようと大騒ぎしています。そんな莫大な金があるのなら何故に東北の復興復旧に仕えないのかと訝しく思うのは私だけではないはず。国は東北の痛みから気持ちが離れかけているなか、ここぞとばかりにオリンピック準備に方向転換しているようでどうも素直に納得できません。東北の次に起きた熊本地震。復興のめどなどひとつも立っていません。それどころか阪神淡路や東北の震災の時に比べて何もかもが遅いように感じるのですが。
車で避難生活をしている人がたくさんいると聞きます。出産直後に地震に見舞われて、新生児ともども車で生活を余儀なくされている若いお母さんの姿に「人の目をはばかって遠慮しているんだろうな」と、言いようのない寂しい思いに駆られています。産後ひと月こそ母体にとっては大切な時間なのに、さぞかしきついことだろうと思うと気持ちがささくれ立ってしまいます。誰か頭を使って妙案をひらめかしてくれないものでしょうか。情けは人の為ならず?? 情けは人の為非ずかもしれませんな。
そう言えば元嫁に私たちの暮らしのいろいろなことを今だにリークしているお節介人がいると聞いて唖然としています。余所んちに土足で上がってきてさも良いことでもしたと天狗になっているのでしょうか。バカとしか言いようのないつまらない人間だなと怒りを通り越して小汚い根性に呆れています。他人事を弄んでいるみたい。今さらという言葉はこちらにも通用しますが、寝た子を覚ますような『今さら』こそいい迷惑ですね。17年を費やして築いた小さな平和をかき乱して何が楽しいことやら。


プンプンし尽くした一週間ぶりのブログになりました。お目汚し勘弁してください。穏やかであらねば。
写真は護國神社で先日執り行われた水神祭のもの。新緑の鮮やかさと神官さんが召している祭服の白がそれぞれを際立たせていました。この行事が終わると入梅の報せもちらほらです。日本の四季の鮮明さが胸を打つ明瞭な季節の到来のようです。


 

10 May

五月の雨

ゴールデンウィーク前後から続けている撮影の仕事。カメラマンもディレクターもデザイナーも、そしてクライアントも私も雨模様の天気に翻弄されっぱなしです。
誰かの都合が良いと誰かが悪い。みんな良いのに天気が悪い。どっちつかずのもどかしい日々ばっかり。これってよっぽど日ごろの行いが悪い者たちが揃ってしまったということかもねと半ば呆れてみんな自虐的になっています。昨日も今日も結構なお湿りの程度をじゅうぶんに過ぎた見事な降りっぷりのなかでの撮影でした。月末納品のページ数の多いパンフレットの行方はどうなることやら。ぼちぼちみんなが青ざめはじめました。でも!! 何とかなるわと開き直るしかあるまいというのが今の状況でもあります。


こんな雨でちょっとだけ嬉しいのが先月末に木々の根元に仕込んだ肥料がじわじわと効いているんじゃないだろうかというささやかな期待。そしてゴールデンウィーク中に花車に植えたサンパチェンスの若い苗と三代目になる山椒の幼木にとっても有難い雨になっているはずではと思っています。そうでも思いを変えなきゃ遅々として進まない撮影をさらに邪魔するこの雨が恨めしくって。

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■小降りだった今朝に撮った写真。これから大量の雨降りに■


そんな雨に映える物体一個。先月末にオークションで買ったデウィシタ像であります。
猫の額ほどの庭には空が見えないくらいに木々の枝が生い茂るようになりました。桜の木の重なる葉っぱはもはや地面に雨雫も通さないくらいの茂りっぷりです。この季節、晴れた日などはさまざまな木々の緑が重複しながら織りなして見事な深緑の庭に変貌してくれています。上を見ればきりがないくらいの千変万化の緑。しかし地面に近い場所にも何かがあればとずっと思っていました。何ごとも足元を見なければなどと人生教訓みたいなことを。
ちょうど一年前、東京の根津美術館の庭で見た石仏のいくつかの美しさに目線の高さの庭の風情に感動しました。どうやらそのなかに臼杵石仏の大日如来もあったような。広い庭に身を潜めるようにして佇んでいた石仏たち。猫の額でしかない我が家の庭にも石づくりの何かが欲しいなと物欲の芽生えが始まったのは言うまでもないことでした。
そして先月末に出会えたのがこのヒンズー教のデウィシタ像でありました。本当は道祖神などが欲しいのですが大王さまが気味悪がって異国のものにしました。私にとってヒンズー教の神様より大王さまのほうがよほど霊験あらたかなのですが、まさかこの人を石像になど近所の笑い者になりますね。
ひとまず桜の木の下に据えて眺めています。しっくりと馴染むまでしばらく時間がかかるでしょう。しかし今日のように石に含まれていく雨、嬉しいことにこんな天気にも似合うのです。こうなったらあといくつか買って庭のあちこちにちりばめてみることにします。


五月晴れにはほど遠い五月の雨。結構な雨量になってお湿りも存分です。被災地では難儀していること間違いないでしょう。これからの季節、家を失った人たちにとっては頼るよすがにも心細いはずです。支給されたおにぎりで食中毒も起きてしまいました。好意が仇にもなる非情な季節がそこまでやってきています。どうか一日も早く安心して身を寄せることのできる環境づくりをと願っています。
田植え前の恵みの雨のはずが今年ばかりは邪魔な雨になりそうな熊本と大分の被災地です。


 

8 May

新たなこどもの日

息子たちも成長し、小さくていたいけない子どもらしい子どもとの接点が年ごとに薄くなってしまっていた我が家。それも若さまの巣立ちを境に我が息子たちがこの家に居なくなって丸々二年の月日が流れてしまいました。子どもの影が家から消えた。いよいよ『静けさや〜〜〜』であります。家じゅうが大人の雰囲気充満なることは結構なことですが、歓声やら騒動やらを巻き起こす子どもの姿が見えない家というのは寂れだけが漂ってしまい、ことと場合によってはメルトダウンでも引き起こしそうな暗さになることがあります。無言状態が続く時など、場持ちも取り繕いも忘れ去って身震いするくらいのオトコ生活ではまんざららしい会話も乏しくて。


先週、若だんな夫婦に新たな家族が増えて遠方ながら久しぶりに夢が膨らむ思いがしました。まっさらな人生の、無垢なスタートに立つ幼い命。みんなから祝福されて生まれてきた有難い星の下の命。どうか穏やかな人生であってもらいたいと願うばかりです。
成長して巣立っていった息子たちのこと、家から賑わいが抜けたこと、そして20年ぶりに我が家に訪れた幼子のこと。そんなさまざまなことを思いながら数年ぶりにこどもの日をじかに感じた今年のゴールデンウィークになりました。


兜飾りと鍾馗図
■5月5日まで■

兜飾りと鳳凰図
■5月6日から■


4月中旬に床の間に出した兜飾り。掛軸は谷文晁の鍾馗図で如何にも男祭の端午の節句らしい勇壮なしつらえにしてみました。先月末にお泊りにみえた麿な宮司さんも見るなり「ほほう」と喜んでおいでました。何よりもちょうど4日に長男夫婦に男児が生まれたので今年の兜飾りは洵に結構なタイミングになりました。若だんなの初節句から29年目、若さまの初節句からも20年目にして改めて晴れ舞台に据えられたような晴れがましさです。良かった。大切に扱っていて。そして一昨日6日には掛軸を鳳凰図に掛け替えました。
鳳凰は皇帝のシンボルであります。若君の健康と弥栄、そして鳳凰のように気高く立派な人間になってもらいたいと祈る思いで、今年の春先に買い求めたばかりのこの掛軸にしました。ちょっとダイナミックすぎて貧弱な床の間には不釣り合いですが。若君誕生を嘉して今年の床の間は5月いっぱいまで鳳凰バージョンの兜飾りで過ごすつもりでいます。今月末には毎月恒例になった宮司さんのお泊りもあるので4月とは異なった掛け軸でお迎えも一興かと思っています。
「しかしこれってニワトリみたいだねぇ。ちょっと気位の高いニワトリ!!」
確かに飛べない真っ白のニワトリが空に向かって跳躍しているみたいに見えないでもないような。いえいえ、鳳凰さまに申し訳ない常識知らずの見識でありました。


 

4 May

じぃじになりました

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■生まれた時から小さい時分。そして最近までをよく知っている子だから一層愛しく思えました■

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■別府一の巨大リゾートホテル。趣向もさまざま凝っていました■

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■屋内外を出たり入ったり。最後はみんなで風船を飛ばしました。尻尾のついた風船は何やら子種のアレような(爆&爆)■


この季節、3年連続になったおめでたい席との縁。我が子と同い年くらいの若者の結婚式の数が増えました。今日のは元嫁だった人の従妹の息子のでありました。超薄くなった元義理従兄の私なのに思いきり親戚の輪の中心に据えられて親族の控室に着いた途端に驚きました。
結婚式会場は別府市の高台にある杉乃井ホテル。昨日までの暴風雨もどきが嘘のような五月晴れ。雨上がりと暴風一過で空気全体が澄み切っていて、見渡す限りの素晴らしい風景がますます鮮やかに映えていました。その別府の海山の風景の爽快さは新郎新婦の門出を出席者と一緒に祝ってくれているかのようでした。2年前の東京での若だんなの結婚式。1年前の秋田の親戚の結婚式。まったく異なった三つのロケーションながらもそれぞれの好天を思い出すくらいの抜群の天気でした。
残念だったのはお祝いの席で一切アルコールを口にできなかったこと。大王さまに連れて行ってもらって5時間以上もそこら辺で待たせているなど、落ち着いてお祝い気分を味わえないと思っての単独行動イコール自分で運転イコール絶対禁酒で決めて参上しました。人を待たせていることを気にしながらおちおちほろ酔い気分など私には出来ない芸当です。しかしノンアルコールで気分を紛らわせるなどやっぱり出来ませんね。アルコールを頂いていくらか酔いが回って心地よくなりながら華やかな雰囲気に沈んでいくことが叶わないのですから。所詮本物にはなれないノンアルコールですね。
ところが今日のゲストのなかに取引先の学校の広報担当の先生がおじゃってびっくり。聞けば新郎と同じ大学で同じ教育学部であったとか。一気に「おじさま。おじさま」となついてきた可愛い女性教師でした。そういえば新郎の勤務先の上司も同僚も学校の先生。友人たちにも学校の先生が何人かおりました。去年の秋田の新郎も教員だったのでよく似た感じの今日の結婚式でした。各々個性はあるにしろ何となく同じ空気感が漂うのが不思議ですね。


今日のホテルはフリーアナウンサーをしていた頃の元嫁が結婚式の司会で何度も送り迎えした場所でもあります。結婚式シーズンになると彼女なりの書き入れ時で大忙しをしていたことを思い出しました。結婚式のほとんどが休日なのは昔も今も変わりませんが、タイミングが良ければ当時まだ小さかった若だんなと大浴場に入って待ち時間をつぶしたこともありました。懐かしい思い出がいくらかちりばめられている場所です。
杉乃井のちょうど真下には活断層が走っていて洵にもって危険な所に建っていることは昔から有名でした。先月から頻発している湯布院や別府の地震もこの活断層が影響しているのかもしれません。そんな危うい地面の上での挙式や披露宴。およそ6時間の滞在時間にくれぐれも地面が揺れませんようにと祈っていたのは私だけではなかったようです。
深緑が映えるこの季節の3度目の挙式披露宴。緑が茂るように、そして若だんな夫婦や秋田の若者同様に今日の新郎新婦も弥栄るようにと祈っています。


さてそんな日の今朝。というか午前2時過ぎに若だんな夫婦にお子が産まれました。母子ともに元気であるという深夜の報せに久しぶりに胸の鼓動が高まる思いで朝まで過ごしました。珍しくビッグなお祝いが重なった5月4日という日になりました。
3216gの男の子。アッパレです。東京の今朝の満潮時刻が午前3時あたりだったので、もしかしたら満ちていく潮の力に乗って産まれてきてくれるかなと思っていましたが満潮よりも1時間早く元気に産まれました。高揚している若だんなの声。私も我が子が親になったという言いようのない万感の思いが心を占めていきました。子どもは天からの預かりもの……、我が子の30年の軌跡を振り返ると親としてそんな思いを強くしています。いよいよ我が手もとから離れたことへの喜びもひとしおです。
「男って無力だけどしっかりと奥さんをねぎらうんだよ。これからは家族を守るために尚一層頑張るんだよ」
「うん分かった。感動して言葉にできないけど彼女には感謝の思いだけだよ」
自分の分身が誕生したという神秘と幸せを満身で感じている今の感動が、これからずっと続く子育てや家族を守るという親の責任へとリンクしてもらいたいと念じています。
じぃじかぁ。オフクロさまはひいばあちゃんかぁ。阪神淡路大地震の時に産まれた若さまが熊本大地震の直後に産まれたお子の叔父さんにとは。いよいよ代が変わっていくことを実感しながら、それが粛々と且つ正常に移行していることに感謝し喜んでいます。
若だんなとふた従兄弟の子の結婚式当日にとは不思議な縁を感じてしまっているところです。
どうか産まれてきたこの子がずっと幸せでありますように。日々の祈りがひとつ増えました。



 

1 May

5月になりました

小さいながらも我が家の庭の緑も日ごとに色が深くなっていっています。桜色に染まったひと月前とはまた異なった趣きの庭に、畏れながら京都実相院の『床みどり』を思い出したりしています。そして。
「あ〜〜〜、京都行きたい!!」
時節柄、叶わぬことではありますが。


今日のような気持ちの良い天気に思い出すのが、ちょうど29年前の今日が若だんなの初節句のお祝いをした日であったというです。両家の曽祖父母、なったばかりの祖父母、そして新米パパママの総勢8人のみんながお祝いした我が家の最も晴れがましい佳き日の1ページ。ひと月前に義母だった人が逝き、あの時のジジババたちで存命なのは我がオフクロさまと元嫁の父だけになりました。
29年という歳月はよくよく考えてみるととても長くて遠い時間の昔にあるということですね。これから29年後はきっとあちらの世界で先着隊だった人たちと魂だけが漂うおぼろげな私になっているのではないかと(笑)
それにしてもこんなにも良い天気。京都の寺巡りは身の程知らずにしてもどこかにふらりと出掛けたくなります。熊本の人々の難儀を思えばそんな浮ついた気持ちもすぐさましぼんでしまいますが。取り敢えずは我が家の深緑になりつつある庭を眺めつつ、行ったこともない旅先の風景のデジャブに酔ってみるのも手段かもしれませんね。久々にお手頃な妄想劇場の開演と行きますか。


5月。今月もさまざまありそうな気配です。仕事にプライベートにと、不快な暑さの先駆けがやって来る前に一生懸命に片付けておかねばと心しているところです。
そう言えば東京と秋田に行ったのがちょうど1年前でした。福島も仙台も暑かったなぁ。どこもここも今年よりもうんと暑かった。東北の暑さに夏が徐々に早まっているような不安感すら感じたものでした。今年は幾分しのぎやすくはなっていますがそれでも今週後半から一気に気温が上昇するとか。
ここに暮らしている者には何ら不自由はありませんが思うのは被災地である熊本のこと。熱中症など罹らなくてもよい病気に罹ってつらい思いをなさらねばよいがと案じています。天変地異には到底抗えませんが、起きたあとの対応の仕方は人間にしか出来ない知恵の絞り合いです。責任ある立場の人たちはどうか知恵を絞るだけ絞って、困っている人々を一刻でも一日でも早く救ってあげてほしいと願っています。


オリエンタルカレー
■景品が当たるなど珍しいことゆえ今月何やら善きこと起ればよいが■

5月初日の今日、若さまが春休みの帰省中に手慰みの思いで応募したオリエンタルカレーの景品が届きびっくりしています。当るものですね。このオリエンタルカレーのインスタントカレー、もしかしたら並み居るインスタントカレーのなかで一番好きかもしれません。薬品くさくなくて手づくりに最も近い味がするからです。もっともなことかもと思える理由が、オリエンタルカレーが戦後日本で一番最初にカレールーを売り出したという、戦後に暮らす日本人にとっては救世主のような食品メーカーであったからかもしれません。確かな味のその矜持が今でも連綿と受け継がれているということでしょうか。


そして今日はもうひとつ嬉しいことがありました。大分の地震は大丈夫??と、福知山市に住む大学時代の先輩が心配の電話をくれました。先日サプライズ電話をくれた静岡の友人から電話番号を教えてもらったそうです。20年前の阪神淡路大地震の前日に京都で会った人のひとりです。あの日からそれぞれの事情と住所録紛失などが重なって音信不通、行方不明のお互いになっていたのに驚きの電話に喜びが大爆発しました。この先輩は一度大分に来たこともあり、その時には実家に泊まってもらいました。父のことをよく覚えていてくれて。
「お父さんが以前テレビに出ていたのを見たけれどお元気にしていますか」
亡くなって8年を迎えようとしていることを話すと、実家に来た折りの父との会話を懐かしそうに話してくれました。亡くなって8年ですが父のよい供養になったのではと有難く思っています。
大学時代がもうかれこれ40年前になろうとし、そして友人たちと会するのが阪神淡路大地震を境にして途絶えて20年。
29年前の若だんなの初節句を来し方のさまざまとともに思い出していた今日。そんな日の夕方に古いアルバムに貼ってある古びた一葉の写真から飛び出してきたような先輩の声の到来。今月は身辺に何やらが起りそうな慌ただしさが漂ってきました。忙しく立ち振る舞うことは何より結構なことですね。そしてどちらさまにも幸せの分配がありますように。



 

30 Apr

いろいろあったけど4月も終る

ナニワイバラ
■2回目の春のナニワイバラ。これからどんどん大きく成長してくれるはず■


桜と利休梅が終わり、今はハナミズキとコデマリの花が強風に耐え忍んでいます。そして昨年、若さまと植えたナニワイバラがぼちぼち咲き始めました。植えたばかりの昨年も幾輪かの花が小さくこぢんまりと咲きましたが今年は立派な大きさの花になりました。これで根も活着し、そして枝もますます伸びていくという証しというか、安心の前触れなのかもしれません。
生命力が旺盛なナニワイバラ。まだ2年ですが当家のも世間さまと同様にすくすくと枝が伸びていっていると喜んでいます。今時分、余所さまの庭にあるナニワイバラのモコモコとした立派さは目を見張るものがあります。生い茂る深い緑色の葉のなかに無数の白い花が妍を競うかのように咲き誇っています。我が家のウッドデッキもあのようになってほしいという思いで植えたナニワイバラ。さて何年後になることやら、その春をとても楽しみにしています。
そんな思いを持ちながら昨日はネットで購入したプラントストライクなる肥料が届きました。五寸釘よりもさらにデカい、くさびのような形の肥料を木づちでもって叩きながら地面に埋め込んでいく肥料です。まるで牛や馬に使うかどうか分かりませんが超特大の座薬みたいな。届いてさっそくこれを桜の木、ハナミズキ、利休梅、ナニワイバラのそれぞれ張り出した樹冠直下の地面に埋め込んでいきました。合計20本。地面が固い我が家、木づちで叩いてスッポリ埋めるのには苦労しました。それでもこのプラントストライクの威力は相当なものらしく、ますます茂っていく元気がそれぞれの木々に宿れば良いがと思っています。残した5本は実家の枝垂れ桜の周りに埋め込むつもりです。25本もの五寸釘を打つ気持ち。私自身25人もの人に恨みつらみはありませんが、人への怨念をこうやって晴らしている人がいるんだなぁなどと恐ろしい呪いの作法を思いながら作業に没頭しました。


そんな平和と言えば平和なことをしていた昨日の昼下がり、20本もの大きな釘を庭の至る場所に打ったからでもないでしょうがグラッときました。湯布院で震度5弱の地震であったとか。幸いにも大分市内は震度2で済みましたがいつまでこんな危ういことが続くのでしょうか。
安倍総理が湯布院に来て駅前や商店街でお練りをして数時間後の大きな揺れ。『総理が湯布院で被災』などと大ごとにならずに済んで良かったのか悪かったのか。どちらにしてもゴールデンウィークの初日に何ということかとつらさばかりが重くのしかかっています。湯布院も別府も、そして熊本も、一刻も早く揺れ続いている不気味な地震からまずは解放されて、少しでも明るい兆しが見えますようにと祈るばかりです。


バトミントンの若い選手がカジノで身を滅ぼしたニュースに若造の自業自得がと苦々しく思っていたら、今度はスノボの未成年の選手がアメリカで大麻を吸ったとかでこれまた重い処罰が下りそうな。昨日などは無期失格処分を受けていたジャイアンツの選手が野球賭博で逮捕まで。どれもこれもスポーツ選手ばっかり。勉強せずに運動ばかりに打ち込んでいたからでしょうか。
今どきの若者というのは物事の分別がまったくないと見ました。自分の置かれている立場、自分に課せられている期待、自分にどれだけ多額の援助がつぎ込まれているのか。人からちやほやされて自分の才能に溺れているただの頭の悪い若者としか言いようがありません。出来心では済まされません。こんな若者を見るにつけ学校でしっかりと勉強をして人としての教養を高めることの大切さをつくづく感じます。やはり常識というのは社会の窓口である学校で勉強をして資質を磨かねば生まれない結果ではないでしょうか。勉強嫌いって昔はそれなりに世間でまかり通っていましたが、最近は勉強嫌いで過ごした若者にロクな人間がいないような思いがしています。要は小さい頃から嫌なことから逃げている。しかし逃げおおせることが出来ないのが清濁あわせもった人生です。学ぶべき機会は存分に有効活用してもらいたいものです。
彼らのふてぶてしい風体を見るにつけ驕れる者久しからずの名文を思い出します。いにしえの人はこんな言葉を紡げるのですから本当に立派です。人間としての基礎が出来ているからこんな言葉を生み出せるのかもしれません。


今日で4月も終わります。今月後半は熊本と大分が大変なことになってしまいました。天変地異を身近で恐怖として感じています。「大丈夫」という言葉のあいまいさにも直面しているような思いもしています。多くの皆さんからお見舞いのメッセージを頂戴して改めて優しい心の有難みを感じた今年の4月になりました。
どちらさまも5月は佳い月になりますように。皐月の空にも似て心地よい思いが、少しでも今より少しでも生まれますように。



 

27 Apr

発狂寸前になった大王さま

近くにある商業施設へと時ならぬお出ましと相成った大王さま。本屋に行ったりZARAやH&Mを覗いてみたりと、気分が良いのか悪いのか分からないような表情をしながらだだっ広い施設を歩き回っておりました。ひと巡りしてさて帰ろうかと改めて大王さまのお顔を見たら、眉間に深いしわを寄せこめかみにミミズのような太い血管が浮き彫りに。どうやら気分が悪いようです。障りたくもない神の祟りが起りそうな気配ありありでした。美しい男の悶絶の表情にエロスを感じると言った作家は誰だったかしら。三島由紀夫だったかなとふと邪な考えが頭をよぎるくらいの顔でありました。それでも憤怒に近い無愛想の理由を聞かぬわけにはまいらぬと恐る恐るお伺いしてみました。
「どうしたのかな。気分でも悪いのかな」
「子供たちがうるさい!! 親は知らん顔してて不愉快!! 親子でヒス出しまくりもいるし!!」
確かにキィキィと子供が奇声を上げていました。それもあっちこっちで。違う場所では泣き叫ぶ我が子に向かって親がギャーギャーわめいていたとも。大人も子供も昼間っから、それも公の場所で半狂乱の阿鼻叫喚もどきであったようです。ゆるやかだったはずの大分も醜くなったものです。
「小さい子供も若い親もこぞって発達障害じゃないの。だからオレは子供が大嫌い!!」
そう言えば大王さまが小さい子を見て目じりを下げているような顔を見たことがありませんでした
我が家の若さまを可愛がりはじめたのも3歳半からでした。ぼちぼち聞き分けも良くなり物心がつく頃でしたから扱いも簡単、手なずけるにはもってこいの年端の若さまだったのでしょう。それに我が家の若だんなも若さまも小さい頃にキィキィと奇声を上げるようなことがなかったので、大王さまはもとより私自身も最近の子供たちの異常さ親の逆上さに驚いています。
幼稚園の開園反対を押し通してとうとう地域に子供たちの侵入を許さなかった千葉の住民たち。この人たちの断固とした行動は極端ですが、確かにここ数年特に著しい子供たちの奇声には眉をひそめることが多くなりました。どうしたんだろう。きっと親が未熟だからかもしれません。そしてその親の親、キーキーとわめく子の祖父母のあり方もおかしいのかもしれません。子育てって繋がっていくものなんだなと怪鳥のような声を発する親子たちを見ながら妙に納得している昨今です。


穏やかに子育てするには、周りの者が穏やかに見守る鷹揚さが大切かもしれません。口出ししない代わりに手も出さないくらいの心構えこそ実は優しくて大きな責任なんじゃないかと。その代わりに若い親が困った時にこそ人生の先輩として的確なアドバイスをする。昔の人のような知恵があればの話ですが。かわいさ余って寄ってたかってマスコット替わりなどロクな子に育つわけがありません。
それにしてもよほど怒り心頭しすぎて我慢ならなかったのでしょう。子供を怒るお母さん、発狂間近の姿であったようでした。叱るではなく怒る人、増えました。
「オレはやっぱり子供のこと嫌いだね。それにだらしない親たちも。子連れのグループが横一列に歩いたり口汚く子供を叱ったりする親を見てると腹が立ってくる。まず周りに気遣いでしょうが」
確かに確かにですね。日本人が総出でぎくしゃくと尖がりはじめたのかもしれません。人のふり見てわがふり直せではありませんが、幼児性が蘇りながら老いていく私だって人さまに迷惑をかけた揚げ句に不快な思いをさせないように心がけねばなりませんね。我が老い先にもくわばら、くわばらであります。


オリーブオイルと醤油
■どっちもいつかは食べてみたかったから心底うれしい到来物になりました■

今日は千葉に住んでいる知り合いが九州に帰省のお土産にと銚子にあるちば醤油さんの下総醤油を持って来て下さいました。これ、一度食べて……、使ってみたかった醤油です。和歌山のや小豆島のものとは違う風味だろうなと憧ればかりが逸っておりました。こんな醤油は火を通して食するなどもってのほかの愚かしい所業。さっそくシンプルに刺身に使ってみました。さすがに関東風の辛口、きりっとした粋な味でありました。素材の味を損なわずに、それでいて醤油の個性ははっきりと主張している感じです。最近、生醤油を使いたい時にはキッコーマンの『いつでも新鮮しぼりたて生しょうゆ卓上ボトル』を使って醤油の風味を愉しんでいますが、あの新鮮な風味に勝るとも劣らない佳い醤油でした。
さてもうひと品、井上誠耕園の緑果オリーブオイル。これも頻繁に流れるCMを見るたびに一度は食うてみたいと心から念じていたひと品でした。和の醤油の到来と歩調を合わせるかのように大分の知人から頂きました。まずはバゲットにとっぷりと付けて、いや「これでもかっ!!」というくらいとっぷりと浸けて食べました。しぼりたてオリーブオイルのフレッシュな香味が口中に広がること広がること。「美味いっ!!」のひと言で終わり、あとは男ふたりが黙々とバゲット一本を食べ上げました。和洋のテイストのお運びに渋面だった大王さま、それを宥め取り成す私にとっては何よりの慰めになりました。


なぜだか瓶ものが大好きな私。中身もさることながらきっとそれぞれ形の異なったガラスの容器にも惹かれているようです。
今回のオリーブオイルも醤油も冷蔵庫には入れませんが、冷蔵庫の扉を開けるたびに大王さまから「だいたい兄さんは瓶ものを買いすぎ!! 邪魔で仕方がないのに」と叱られてばっかりです。まるでデパ地下の全国の珍味コーナーの一角みたいです。特に古いのは10数年前にイタリアに行った時に買って帰ったバルサミコ酢。捨てるに捨てられないままでしたが、ある時、ツヨシさんがやって来てパスタをつくる時に出してみたら「こりゃイケる!!」となり、以後は惜しみつつ少しずつ使っています。年数が経つと味に角が無くなってまるで丸いお酢の味にと成長してくれています。それもあと少しで使い切ることになります。
去年は随分と叱られたのでひと思いに大きい冷蔵庫に買い替えました。ようやく余裕のある冷蔵庫の中身になったと大王さまを喜ばせておいて、すぐにあれこれを買っては瓶ものの陳列に余念のない私に逆戻りしています。そしてまた叱られているここのところです。いたちごっこを面白がっている節もあります。
さまざまな瓶ものは急場にとても役立ちます。各種の調味料なんて料理の味と腕を存分にごまかせますし。今回は新たに貴重な瓶ものが増えて悦に入っている私です。美味しいうちに早く食べきろっと。


 

24 Apr

筍づくし

先日頂戴した石川県産の立派な筍5本。即刻湯がいてオフクロさまに2本、我が家に3本を。湯がいた翌朝にはほっくりと濃い目の味て煮含めました。
「美味しい!! 大分のスーパーに出回っている筍とまったく違うね!!」
「未熟な味付けもカバーできるくらいに素材が良いねぇ。筍自体の味が濃いというか滋味やなぁ」
オフクロさまへはあとは調理の手を加えるだけにして持参した筍。筍ご飯とわかたけの吸い物と、そしてキッコーマンで煮た筍が美味しく上がったと大喜びの電話もありました。
「こんな美味しい筍は久しぶり。やはり大分と東京では流通が違うから良い物が揃うのね」
「心がね。送ってくれた人の心がこもっているからなおさらさ」


筍づくし
■筍ごはん、筍と鶏肉の治部煮、ひと口カツとわらびのかき揚げ、わかたけの吸い物■


さて我が家も今夜は筍料理の第二弾というか本格的な筍づくしをしました。
今回は薄味で煮含めた筍。そして石川産の筍到来に敬意を表して金沢の名物料理である治部煮を筍と鶏肉でこしらえました。薄味にして青物トッピングを失念してしまったので治部煮定番のわさびでごめん遊ばせしました。筍ご飯とわかたけの吸い物。豚肉が冷蔵庫にあったのでこれはひと口トンカツにして、ついでにご近所から頂いたわらびもかき揚げ風にしてみました。イサキの刺身もあったのですが、「写真撮ると汚いなぁ」で刺身のお皿は削除されました。大王さまに向かって「どうだ参ったか!!」でありました。頑張って作ろうと思えば作れるんです。お蔭さまで若い時分から食べることが好きだったので食の基礎はじゅうぶんに出来上がっていることが何よりの宝の私です。
「今日はまた頑張ったねぇ。きっと気分も良かったんでしょ。まったくため息が聞こえなかったし」
「そうよ。今日はまったく苦痛もなくウキウキ気分で作りましたよ。久しぶりにあれもこれもと腕を鳴らせてみました」
筍づくし。春から初夏に変わりゆくこの季節に爽やかにして淡い味わいを愉しませていただきました。山の息吹を体中に取り込んで心地よいデトックスもできた思いです。口福ですね。


しかし幸せだ幸せだと腹いっぱいに喜んでばかりはおれませんね。大分市内からわずか100kmも離れていない街では多くの人たちが難儀極まりない生活を余儀なくされているのですから。
見張り員さんから頂戴した大きな気持ちがこもっているお見舞いの品々。いただいて嬉しかった思いを何かしらに変換させて被災地の人たちに報えたらと思っています。大王さまと私にやれることをやらせてもらいたい。それが真心の連鎖ではないでしょうか。そして頂戴した人情には真心を込めてお返しするのが義理であることは百も承知の道理とマナーですね。人さまとのやり取りや持ちつ持たれつの精神、日本人に少なくなったそんなお付き合いの基本だけは損ないたくないと改めて思っています。

さて4月も来週が最終の週になります。たまってきている仕事も明日から一気に動きはじめそうな。そしてさまざまあった4月のひと月の仕舞いもせねばなりません。そうこうしていたら5月4日には親戚の子の結婚式の出席とご祝儀。そして間髪おかずに車検もと出費がドバドバと押し寄せてきます。車の税金も容赦なく襲い来ます。固定資産税と若さまの大学の前期授業料に至っては来週早々に必須ですね。一筋縄ではいかない出費の激しさにバテないように立ち向かわねばと心しているところです。結婚式などの嬉しい出費ならば後ろ髪など引かれる思いはしませんが、新年度のはじめにお上に支出せねばならない毎年恒例のさまざまな出費には気持ちが折れそうになります。国民の義務ではありますが。
山の精気をじゅうぶんに蓄えて、日差しの強まる初夏の空に空にとすくすく伸びる筍の絶大なパワーをいただきながらさまざまな今を乗り切らねばと思っています。


 

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