おやじ歳時記

おやじもおじいになってしもうて。人生の坂道をゆっくり下っていきますか。

こだわるねぇ


「なんでそんなにこだわらなきゃならんのよ!?」
「だって今が旬でしょうに。この機を逃したらもったいないじゃないですか!!」
いつになく強気の大王さま。いや、強行突破しようといつにも増して語気を強める大王さま。
うららな昨日の朝のことでした。山菜が美味しくなる季節だねぇなどと他人事のような会話を始めた私でありました。時のあいさつ、時候の移ろいの会話みたいなものだと軽く考えておりました私でありました。ところがこれがいかんかった!! 秋田人の山菜に対する思いは尋常ならざるものがあったことをすっかり失念していたのでありました。
「行こう!! これから湯布院か大野町か、どちらかの道の駅に行こう!!」
「今からなんて心の準備が整うておりませんがね。ふたりっきりの生活の会話の接ぎ穂がてら山菜の話をしたまでのこと。それを即行動なんてご無体でありましょうが」
「兄さんもここのところ疲れてるでしょ。運転は自分がするから気分転換のドライブだと思って。それに山の精気を存分に蓄えている山菜を食べると元気にもなるよ」
「土曜日は特に湯布院は人が多かろう。大野路はいいけど山菜があるかね。でもやっぱり今日もしんどいんだけど」
引っ込み思案ぽくなっている私のことなどお構いなし。不承不承の私の佇みなどほぼ眼中になし。あれよあれよという間に着替えも済ませて、お嬢やろーまに留守番を言い含めるまでになっておりました。


そんなこんなで思いもよらぬ事態になって、果たして山菜があるのやらどうやらも確認しないまま、まず『道の駅みえ』へと走らせました。自宅から30分もかからない場所になります。しかして!!
あるわあるわのワラビにウドにセリに掘りたてタケノコ。まずはここでそれらをゲット!! 目をらんらんと輝かせながらあれもこれもと買い漁って、ここで調子こいたのが運の尽き。大王さまが、
「せっかくです!! これから道の駅きよかわと道の駅おおのに行きませんか!!」
鼻息を荒くし始めた大王さま。この人の長所は機を見てフットワークの軽くなること。短所は人のことを考えずにこだわってしまうこと。昔っから。
「はいはい。あんたが運転してくれるのであればもうこの際です。どこへなりとも行きゃあいいわ」


山菜づくし
■考えてみれば山に生えてる草ばっかりなんだけど■

それぞれのわらび
■そんな草に手を加えて、ひと手間も加えて、さて存分に食い尽くしてやるっ!!■

そんなこんなで道の駅のハシゴとなりまして、三重町の次はお隣の清川町、そして大野町のそれぞれの道の駅に出没して山菜摘みならぬ山菜漁りの2時間半の駆け足となりました。
清川も大野にも採れたての山菜がずらっと並んで、そしてそれぞれ表情の異なるワラビやセリなどを欲しがる胃袋に財布のひもが緩みっぱなしになりました。ワラビはそれぞれを6袋買って味くらべをします。場所が違う分、味だって粘りっけだって違うだろうと。
それにしても山に分け入り採っている人は皆さん女性ばかりのようです。そう言えば春の秋田の山でネマガリダケを黙々と採っていたのも女性ばかりでした。イノシシやら猿に、ヘビにだって遭遇とかないのでしょうか。秋田なんてさらに恐ろしげな熊ですもんね。どうかご安全にです。

野に遊ぶ山羊でもあるまいにワラビにタケノコにセリ、それとウドとユキノシタとタラの芽。家に帰ってさっそく掘りたて新鮮のタケノコを茹でてワラビも買った店ごとに分けてあく抜きを。セリも茹でて昨夜はセリご飯と胡麻和えをつくりました。写真は撮り忘れ(笑)
最近、近年にないくらいの絶不調が続いているので、山菜を食べてデトックスしながら滋養にもなるのではとはかない望みに賭けているところです。
「行ってよかったでしょ。こんなにたくさんの山菜!!」
春になると山菜大王に化ける彼の人もそれはそれは大満足のご様子で、まずは春一番の目的が達せられてようございました。



 

板の上の花筏

遅く咲いた今年の桜は、雨にたたられて開花から一週間後の頃にはかすかな風に舞いながら散っていく風景へと変わりました。そして雨や風のいたずらに堪えて踏ん張っていた今年の桜の季節も終わりを迎えています。今年の花は例年になくピンクの色が勝っていたようにも見えました。遅く咲いた分、生命の刹那を一輪ごとの花に託したような切なさすら感じました。色が濃かった分、あっという間の春の出来事が過ぎ去ったような寂寥感、寂しさに包まれているところです。


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初夏かいなと思うくらいに暑かった昨日でした。日田市の気温が29℃超えであったと聞いてさらに驚きました。今日は雨降りに変わって、残りの花も雨しずくと共に落花していっています。雨に濡れたウッドデッキに散る桜はまるで花筏。はらはらと舞ってはへばりついていくさま。これはこれで最後の愉しみをプレゼントしてくれているのかもと思いました。
すべての花が終わり、しべが散ってしまったら今年はたっぷりのお礼肥えをするつもりでいます。なんだか樹勢がイマイチに見えて仕方なくて。例年になく大奮発の肥料をそこら中に埋めていくことにします。今年の夏も暑すぎだったら葉っぱともども枝までダメージを与えられることは決まっています。うんと栄養をつけさせて夏のひどさを乗り切ってもらわなきゃと思っています。


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花散らしの庭にあるデウイシタ像。我が家に来てぼちぼち一年になろうとしています。庭のあちらこちらに据えては置き直しの繰り返しで、デウィンタさんもさぞかし落ち着かなかったことでしょうが、昨年秋以来、リキュウバイの下に収まってしまいました。何となくしっくり感じてそのまんまが続いています。収まるべきところに収まる。つまりは「なるようになる」、何やら万事そのように感じるのが人生の成りゆきみたいですね。


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お父上が亡くなった方から忌明けの。家を建てた30歳三代目さんへの新築祝いの内祝いの。それぞれカタログギフトが届いて我が家はにわかに華やいでおります。まるで呉服屋さんが持ってきた反物を広げては喜んでいる細雪のお嬢たちみたい(笑)
選ぶというのはとっても楽しい反面、非常に疲れますね。神経をすり減らしながら品物を選ぶ。つまりは欲深な人間の素のまんまが躊躇なく噴き出ているみたいな。
「兄さん!! もう器の類はやめてくださいよ!! もう我が家に収納場所ないでしょ!! それと訳の分からない使いもしないような物もね」
「へいへい。器、やめまする。食べ物も、やめまする。リゾート温泉利用券も、いりませぬ」
やめまする、いりませぬ。そうやってくると、ほとんど「これぞ!!」というドンピシャが見当たらなくなってきます。頭混乱、取捨選択ゲームにハマっているようなものです。


若だんなの結婚の引き出物もカタログギフトでしたが非常に佳い品ぞろえばかりでした。きっと随分と奮発したようですが、一生の思い出は新郎新婦二人だけにとどまらず招かれた方も大切な思い出になるはずです。その心ばかりのカタチ、お礼の品にケチをしていたらその品物を見るたびに結婚式自体の不満までもが塗り重なってくるものです。現に……という結婚式と引き出物の貧弱さに開いた口が塞がらない体験もしました。大枚包んで料理はバイキングかよ。引き出物はこんな物かよと大いに憤慨した若者の結婚式でした。要は品格ね。すべてに品のないことでした。
人柄が顕著に現れるのが冠婚葬祭とそれにまつらう引き物や季節の挨拶に添える心ばかりの品物。いずれも如何に心がこもっているかいないかということですね。未熟者ではすまされない、これは常識の範疇なんだけどと最近はご同輩が寄って集ってこんな話で盛り上がっています。日々の暮らしの環境や境遇が年齢とともに似てきたということでしょうか。
さてさてそんな神経をすり減らす話よりも品物選び。せっせとカタログのページめくりも激しく行きつ戻りつセレクトに精を出している私です。


今日は海老蔵さんが大分で『古典への誘い』を。昼夜二回の公演らしいです。
昨日から大分入りしている海老さんは今朝などホテル近くのコンビニやファミレスまで散歩したとか。定番のスタイルのサングラスとパーカーと白のTシャツで早朝の大分駅周辺を歩いたのかと思うと、梨園ナンバーワンの家柄のお子の躊躇ない行動に親しみを感じました。
いろいろあったし、奥さんの病気も大変だし、父親の役目もこなさねばならないし。それでも歌舞伎界をけん引する大きな存在へと変わりつつある海老蔵さん。父親の団十郎さんが存命の頃はあまりいい感じのしなかった海老蔵さんでした。今では両肩にあれこれがのしかかって何となくですが可哀想さがを感じているところです。頑張ってほしいです。


 

頑張ってるぞ


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■復興を、一日も早い復興を願って大分でも熊本フェアがあちらこちらで■

熊本のあの地震から今日で1年。明後日は大分と2度目の熊本で起きた巨大地震からも
1年。早いものです。先日、鹿児島の帰路に益城町を通りましたがいまだにつらい風景が残っていました。大分も湯布院の所々の民家でもブルーシートが屋根を覆っています。もしかしたらもう家には住む人がいないのかもしれません。とりあえず雨露をしのげる家にしたままどこかで暮らしていても不思議ではない寂しい雰囲気は、人の気配がない、家に生気が感じられないような。熊本を大きくクローズアップしていますが、大分も少なからず路頭に迷った人々が多くいた被災の場所でもあるのですが……。
あの地震で多くの人々が命を失い、多くの人々が生活をまったく変換せねばならなくなりました。熊本城が揺れながら土ぼこりを立てて破損していくテレビのニュースに落城という言葉。瓦解するという言葉を現実的に見た思いがしました。あんな光景は、東日本大震災の時の津波の恐ろしさともども、私たち日本人は決して忘れてはならない負の光景であると胸に刻んでおきたいです。
私を含めて戦争を知らない人たちが増えました。あの大戦の戦火をくぐって命からがら生き延びた日本人の先輩たち。いつの間にやら「恐怖」という言葉からすっかり遠のいていた我々にとって近年になって幾度となく起きる自然災害は「平和ボケするなよ」、「命を大切にしろよ」、「日本人たる矜持を捨てるなよ」と啓示でもされているかのようです。


トカラ列島がとても不気味な活動をしていると言います。7000年前の爆発で南九州の縄文人が死滅したくらい激しいエネルギーを持っているそうです。それが再び力を蓄えつつあり、また大きな爆発が起きてもおかしくない状況であることが
研究者たちによって明らかな事実として解明されているようです。歴史は繰り返されると言いますが、それが人間の業であったり自然の営みであったりするのでしょうが、それは手を変え品を変え、あらゆる手段でもって歴史を繰り返させてリセットさせようとしている神の御業かもしれませんね。
それでも熊本や大分の人たち、頑張っています。真剣に頑張って明日を拓こうとしています。そんな姿を見るたびに自分も頑張らねばと勇気づけられている毎日です。


日本の政治家もマスコミも北朝鮮の脅威に淡々としすぎているようで非常に不安です。
それこそ平和ボケに浸るだけ浸っているようにしか思えません。
あの三代目が気でも狂って短気を起こしてヤケクソまぎれに核のボタンでも押しはすまいかと。窮鼠猫を噛むの暴発さ。殺されるのであれば死なばもろとも、韓国も中国も日本も道連れにしてやる……。笑いながら死んでやる……。そんな狂気を感じます。
見るからに品のないまさに百貫豚。極悪人だった爺さんや親父の血を引いているのです。どう転んでも代々持ち合わせていなかった品性や知性など同じように持ち合わせていませんが。要は人から持ち上げられ、のぼせ上っていい気になっている、ただのハダカの豚。息巻いているトランプが上手いこと中国を丸め込んで包囲網をこしらえているようです。これまで各国がやっていた対北朝鮮への対話路線なんて何の意味も役もなかったということでした。ふてぶてしいならず者に所詮常識など通じもしなかったということでした。もしかしたら私たちの近辺で本当に何ごとかが起こるかもしれません。
誰が噓つきだか分かりませんが森友学園のすったもんだどころじゃないはずなのに。要はそんなことしか追及できない野党が出来損ないってことでしょう。先々のことが分からなくなった朝鮮半島のこと、日本に累が及ばぬようどうすればよいか、そんな喫緊な一大事を高尚なはずの頭で一生懸命に考えてもらいたい。日本人の命と財産を一番に守るのが国会議員の仕事のはずなのに。


地震で命を亡くした人たちの無念はいかばかりか。そんなことを思っていた今日でした。ところが先月でしたっけ松戸市で9歳になるベトナム
の女の子が殺されて、また幼い子が精神のひん曲がった大人の犠牲になったのかと心を痛めていました。その犯人が女の子の通っていた小学校のPTA会長、近所の人間だったと。なんということを。げに恐ろしい変態会長だったのですか!?
人格もない素性もへんてこな人間が、祭り上げられてか自ら名乗り出てか知りませんが、ひとかどの役員、それも子供らと深いかかわりのある仕事をしている人間が何を取り憑かれてと驚いています。つまり器ではない人間が名誉のために引き受けて、肩をそびやかしてそこら辺を闊歩していい気分になっていたということでしょうね。つまらん人間がPTAや地域の役員などせぬことです。他に取柄のない目立ちたがりにしか見えないそんな人間、大嫌いです。
人望っていうのは自分でつくるものではない。人さまが両目でしっかりと見極めてくれ、その人となりを評価した末に自然に備わってくるものが人望や人徳かと思います。身の丈に合わないことをしていたら、身の丈を計るメジャーも虚栄に飾られた嘘っぱちの器も、見事に壊すのも世間や他人様だということです。鉄槌で。




 

今日が満開……、みたい


満開
■もったいない。明日からの雨が仇になってこれが今年の見納めになるかも■

雨降り続きの間隙を縫うかのような今日の晴天。明日朝からまた再び雨の天気に戻るとか。本当に束の間という感じです。一年間、一生懸命に花の季節を待っていた桜なのに、無情の悪天候が桜の心も美しさも切り裂くみたいにも感じています。
「今年の桜は佳い桜」とは言い難いくらい受難の桜になってしまいそうです。
我が家の桜はどうやら今日が満開のようでした。一週間前に開花して本当に7日を経て花がてっぺんの枝先まで届いたのが見て取れています。それでももうすでに落花の心逸る花びらはガクから離れてはらはらと舞い散り始めてもいます。気の早いというか、やはり無常を感じます。


肥料が行き届かなかったからでしょうか。昨年夏には大量の落葉に見舞われ秋を待たずして裸木に近い痛ましい姿になりました。だからのはずです。ずいぶん多くの枝が立ち枯れして道路に枯れた枝が何本も落ちていました。
弘前城の見事な桜を管理している市の樹医さんが仰っていましたが桜は葉っぱが大切だと。夏の暑さを持ち堪えさせ秋に見事な紅葉を迎えさせ、そして桜自身が自らの体力で花芽を育てると。樹木にとってはごく当たり前の順当なサイクルなのですね。そう言えば我が家の桜だって数年前までは秋の紅葉が見事なものでした。地球温暖化とやらで夏の気温が年年歳歳無謀なほど上昇して、焼け石に水のような育ち方になってしまっています。桜を元気にさせるには施肥と夏の水やりが欠かせないことだと。肥料はやっていますが夏の水やりがおろそかだった私でした。今年は存分な水をと改心しています。


今夜は根本と大きくなった幹にたっぷりの日本酒を注いで満開をねぎらい祝しました。明日明後日の雨で今夜の儚げといくらかの艶っぽさに映る姿も哀れな姿へと変わるかもしれません。晴天や春宵に出会えず映えず、やっぱり今年の桜は思いのほか憐憫さがにじんでしまっているように思えます。それでも、桜も人も世の中も変わることなくまた来年もと祈る思いがあらたまる私です。

 

大祭
■浦安の舞を奉納する巫女さんたち。娘のような歳の彼女たちもまた年年歳歳上手になりました■

今日は大分縣護國神社で春季例大祭が行われました。昨日までの雨が嘘のように今日は神さま大喜びの日本晴れと満目の桜のなかでの大祭でした。
多くのご遺族、それでもお年寄りばかり。戦争を体験なさっている方がそれだけ減ってきたという事実を目の当たりにする毎回の大祭になっています。
戦争の語り部がまだお元気でいらっしゃるうちに私たちは耳に神経を集中させ、心を大きく開いてその話を聞く責任があるのではないかと思います。私たちはまだ直に生の声を聞かせれいただけますが、次代の人々にはまた聞きになってしまいます。それがさらに風化してしまうと、戦争という不幸を知らない日本人だらけになるのは明々白々のことでしょう。戦争を体験した当事者である語り部の方から、伝道というかメッセンジャーのお役の我々を介して、何も知らない日本の若者へと必ず語り継がねばならないのではないでしょうか。


桜が咲き誇るなかでの素敵な春季例大祭でした。もうかれこれ15年近くの撮影の仕事です。神職さんたちによって厳かなご奉仕が行われている本殿奥深くまで足を踏み入れさせて頂いています。有り難い体験です。何よりもこの15年で多くの人々と知り合うことができました。15年という歳月は戦争の風化と比例して参列の皆さんのお年の召し方も顕著になりました。それでも変わらずにお声掛けしてくださる多くの皆さんに会えることの喜びと、皆さんがひとまずお元気にお過ごしの様子が察せられるだけでも幸せだと思っています。お祭りは神賑わいの場であり、人と人との出会いの場でもあるんだなと、もう長いこと感じながら神社の折々の祭典にまかり越している私たちです。ちなみに大分の人々への接し方も自然体で上手になった大王さまの柔軟な姿を見ながら頼もしく感じる私でもあります。人間、とんがっちゃいけませんね。たおやかに、穏やかに、そして相手を思いやる気持ちこそ、自分自身を高めていく効き目抜群の肥料かと。これから人生に佳い花、豊かな花の量を咲かせてもらいたいと思いながら見守った大王さまの今日の所作(対応)あれこれでした。




 

春なのに


今年の桜
■今年の桜が咲きました。毎年のことながら西行法師の歌を思う花の在り方です■

八分咲きかなぁ我が家の桜。やっと気温も上がって降ったり止んだりの雨の間に桜が一輪ずつ開いていっています。まるで木全体が笑っているかのような景色になりました。これで気持ちが落ち着いたような思いがするのはやはり桜好きの日本人のDNAゆえでしょうか。
明日は私立高校の入学式が行われ、明後日は護國神社の春の大祭が行われ、いよいよ冬ともお別れの春の催事が順序よく立て込み始めました。今年は桜がずいぶんと遅くなったので、ハレの日の初日を歩む新入生にとっても、神社にお鎮まりの英霊にとってもきっと心弾むそれぞれの一日になるのではと思っているところです。

知り合いの娘さんの話です。彼女は若だんなと同い年の30歳。小さい時に両親が離婚して、お母さんの女手一つで育て上げて数年前に嫁いでいきました。とっても気働きのする素敵な娘さんでした。その細やかな心配りや優しさのルーツは、やはりお母さんの存在が大であると常に思っていました。離婚後、お母さんは商店街の一角で小さな飲食店を開き、ひとりで切り盛りしてもう25年近くになるはずです。
きっと母娘ふたりで世の中からの風当たりのさまざまに耐え、小さな出来事すらも大きな喜びに変えるような洵にささやかながらも豊かな生活であったに相違ありません。
先日久しぶりにお母さんの店に行ってきました。何だかとても痩せていつもの快活さに翳が見えるほどでした。大王さまにそっと耳打ちして、
「いつものお母さんじゃないね。痩せたし白髪もあんなに。僕よりも4歳くらい年上だけど急に老けたよ」
「お孫さんができたからきっと預けられたリ子守りに行ったりで忙しいんじゃないですか」
どうしたんですか??……、様子を見て聞いてはいけない礼儀くらいは知っています。

ひと通りの食事を済ませた我々を見計らって、手の空いたお母さんが我々のテーブルまでやって来て、話し始めた内容を聞いてびっくり。そして涙が出て泣いてしまいました。それは。
娘さんがふたり目の赤ちゃん出産のときに母体に傷がついたことに気付かず数時間後に大量出血して命の危険に見舞われたということ。間一髪で救われたと喜んでいたのも束の間、生まれてきた女の子がミトコンドリア脳筋症であることが分かって、それもまた命の危険にさらされたとか。大分の総合病院に転院して母子ともに回復を待ったようです。幸いに娘さんは元気になりましたが、生まれたばかりの女の子は脳に障害を持つ子になったとか。それも生きて一年の命だと言われているとか。
「どうして私たち親子ばかりがこんな目に遭わなければならないの」と、娘さんは毎日泣き続けていたようです。母娘がどれだけの苦労の末に落ち着くことができた今であるかは、余人である私もよく知っています。人のために生きているようなお母さん。一人っ子の寂しさから保育士となって活躍していた娘さん。肩寄せ合って暮らし、そして縁あって素敵な男性と結婚し、第一子である男の子は元気に3歳の誕生日を迎えたと聞きました。ふたり目の誕生など普通のこと、ごく当たり前のことなのに、こんなかたちでひっくり返されて。


「Mさん。Mさんが離婚の時に言っていた『当たり前こそ幸せ』って言葉。本当にそう思います。人さまから恨まれることなどしていないと私は自信を持って言えるのに、よりによって娘と孫につらい人生を歩ませることになって……」
もう涙が止まりませんでした。会えばいつも「おじちゃん、おじちゃん」と言ってくれ、そして労わってくれていた娘さんの顔を思い出すと、どうしてあんな子にこんなつらい思いを課せられねばならないのかと。お母さんからさまざまな薫陶を受けたことがよく分かるくらいに、礼儀も知っている本当に素晴らしい娘さんなのにと。嫁ぎ先でも義両親に心から尽くし、そして可愛がられていると聞いていました。可愛がられることをするから可愛がられるというストロークの重ね合いもきっと幸せな家族のカタチであったに違いありません。
人生一寸先は闇と言います。幸せが、当たり前に手に取ることのできる幸せが指先まで届いていたのに、歯車だかささいな風向きの動きによってまったく異なった人生へと放り投げられる。これを神の御業というのでしょうか。試練というのでしょうか。
世の中に拗ね、世の中を恨み、人を殺めている五体満足な人間の行いの浅はかさと罪深さを、この母娘の話を知って改めて強く思っているところです。人に優しくできず、自分の身ばかりきれいに飾って、それを上手な生き方だと思い上がっている人もいます。世の中には様々な原因で『今を善し』と諦められない人たちがたくさんいることの事実。のぼせ上って生きている人に知ってもらいたい塗炭の苦しみです。
世の中は春なのに、この知り合いの母娘さんと彼女たちを取り巻く身近な人々にとっては目にも心にも美しく映えようはずの春でしょう。今を乗り越えたら……、人さまがうらやむほどのきっと良いことがあってほしいと心から祈っています。




 

堅いばっかりが男じゃないよ!!


涼見送り
■今日は元気だったオフクロさま。しっかりせねばと気合入れていたのでしょうか(笑)■

長期春休みのうち超短期帰省だった若さま、10日あまりの滞在を終えて今夜の最終便の飛行機に乗って住み慣れたと豪語すること喧しい東京へと戻っていきました。ちょうど今頃は東へ東へと飛ぶ飛行機の中です。夕方の見送りは我々ふたりとオフクロさま。空港行きのバス停までの桜並木はまだ未熟なまんまで、そんな景色を車のなかから見ていたオフクロさまは「何年経っても別れはつらい」とため息ついていました。今日の桜は善きことが重なる相乗効果ではなく別れを前にした逆効果というものでしょうか。


滞在中の会話の端々に出た「東京はいいよぉ」の語彙。私の顔を見るたびに言ってるみたい・・・、と感じるのは被害妄想でしょうか。昨日で丸々3年になった東京生活。「嫌いだ」「嫌いだ」を連呼していた若さまにとっての東京の街。今では180度の大転換、宗旨替えであります。「嫌いだ」の言葉に慰めたり励ましを送っていたあの頃が懐かしくもあります。それは親の息が届いていたような唯一の糸だったような。住めば都は成長の証で何より結構だけれども、何となく置いてけぼりの寂しさや違和感が否めない父であります。
残念なことに大分での桜は間に合いませんでしたが、満目の桜で賑わう東京の桜の名所での花見の予定もあるとか。私の桜へのうつつはさておき、見送りの情が残るのはどうやら大分組ばかりのようででした。


さて、であります。今回ほど理系男子の凝り固まった頭の融通の無さに驚き、そして舌を巻いたことはありませんでした。文系親父の、図らずも地団駄踏み踏みの降伏。あれを論破されるという屈辱でしょうか。些細な言葉の行き違いを発端に親子のやりとりはまさしく水と油。中盤からは火に油を注いで大火災みたいな。どうやらお仲間が集まっては超理屈のこね回し会のようで、柔軟性があると自負して久しい私など、これはもはや太刀打ちできない領域に住む「変人」の部類にも見えはじめました。それを成長というのであれば親としては心配な堅物であります。
世の中は新入社員の入社式が行われ、晴れがましい顔をした若者のなんて素敵なことかと。ANAの入社式など、圧巻で整然で品があってさすがでした。若さまひとつ違いのフレッシュマン。理系堅物はこの先どうなることやらとため息ついてしまったここ数日でした。柔よく剛を制すとも言いますが、若さまにとって一本気の堅物性格が融通無碍のような心得の人々に押し倒されなきゃよいがと思っているところです。


29年ぶりの4月にずれ込んだ大分市の開花宣言。今日やっとであります。そして我が家の桜も気象台の標本木と足並みそろえて今日開花しました。去年は3月29日の開花でした。若さま巣立ちの日だった3年前の4月3日はこぼれんばかりの満開だったのに。同じ桜の木、実直な木なのに気まぐれな気候に左右されてお疲れだろうなと思って見ています。
ちょうど今日は晴明。春の息吹をそこここに感じることのできる季節到来を知らせる節季を今日の桜とともにしみじみと感じています。




 

ちょっと行ってみました二泊三日の鹿児島 その二


ラーメン鷹
■ラーメン鷹さんの鹿児島ラーメン!! お店のお姉ちゃんの鹿児島弁すごかった!!■

鹿児島と言えば、黒豚三昧にキビナゴ料理、さつま揚げ、それに芋焼酎。もちろん鹿児島ラーメンは外せるものではありません。とにかく若さまの心を釣ったエサの鹿児島ラーメンを一日目に食べさせました。
あっちこっち美味しやら名物の候補が多すぎて、結局山形屋ちかくの『ラーメン鷹』さんに。
麺は太め、とんこつスープと鶏ガラスープと醤油のなんとも形容しがたいコラボの美味しさにびっくり。決してくどくなく、さりとて淡くもない味。最近、東京で醤油味に慣れてきていると言っていた若さまにして「美味しい!!」の連呼でありました。
その前に……、ホテルから歩いて天文館を通り抜けて鹿児島中央駅まで長い道のりの散歩に興じました。長い距離のドライブでいい加減下半身がヨタっているのにまだ歩くか!!と、不平不満たらたらでふたりのあとをようようの思いで付き従うの図はほんま年寄り。
若さまったら東京で鍛えられたのでしょうね。足取りも軽く、人混みだって軽くさばいて進みます。駅の大きなエスカレーターでは真ん中に立って競歩まがいの徒歩で乱れた息を整えていた私の肩をチョンチョンと叩いて、「左に寄ってください。東京では当たり前ですよ」ときたもんだでした。

ラーメン食いの前に鹿児島初上陸の初めての晩を祝して、やっぱり鹿児島料理を若さまに食べさせたいと親心に火が点いたのが後々の大きな仇となりました。駅前の電車通り、小雨のなかを数メートル先を早足で歩く若さまと大王さまをちょっと大きな声で呼び止めて。
「この店に入ってみようではないの??」
「あぁ、ここ有名な店らしいですよ」
こぎれいさは見るからに品の良さがにじみ出ておりました。「予約していますか」、まず一撃。「キャンセルしたお客さんの席に案内して」と二階ホールのスタッフへの指示に二撃。そんなついでっぽいことを客の面前で言うかね。何だか敷居を高くしている感じがとっても居心地悪くなりました。
特選極上六白黒豚のとんかつは筋切りしてないので、すべてが柔らかいはずの素顔が見えないまんまの1500円也。味噌おでんなど冷蔵庫でストックされてチンして出したのが見え見え。玉子なんてふくよかさの微塵もなし。カツオの刺身など7切れで……。こんな値段、臆面もなくよくも取れますなぁって感じ。望んでいたキビナゴのお刺身なんて「もういりませんわ」って放棄の気分になってスルー。あとひと品、何を食ったか忘れてるくらいです。きっと私は眉間にしわ寄せ、こめかみに青ミミズでも走ってる形相だったのでしょう。対面に座っていたおふたりさんが畏まって退店の意思を。
「不味い!! こんなので9000円もかッ!!」
気持ちと胃袋を落ち着かせてくれたラーメン鷹が済むまで怒りまくっておりました。自分から話を持ち掛けた手前、本当に情けなくなったあの店。料理の写真もねえわ。一見さんを甘く見てると創業72年の看板が泣きまっせ。口コミなど信じられないと大いに落胆です。

 

海鮮料理こんぴら丸
■大漁市場こんぴら丸の漁師の6種盛り。しまった!!もっと大きいのにすればよかった■

海鮮料理こんぴら丸
■口福に幸福でした。ファミレスみたいな気軽さにまた行きたい■

そして翌日。かねてから大王さまのお目に留まり、心に響いていたらしい谷山にある『大漁市場こんぴら丸」さんで夕食をとりました。前日の心のこもっていない不本意な料理と見合わないお代に打ちのめされていた私。にわかに鹿児島の美食など信じられるはずがありません。
「ほんとに大丈夫?? ふた晩レンチャンではずれクジなんていや〜〜〜よ!!」
「きっと大丈夫だと思う……んだけど」
まずは漁師の6種盛り。1980円にしたのが悔やまれるくらいにすべての魚が美味し!! これで前夜の恰好ばっかり一流の、あの店での呪いも解けそうなくらいの大ハッピーの心持ちに変わりました。特に恵比寿さばの美味しかったこと!! このサバは言うに及ばず、ブリも鯛ももはや大分の魚などとは身の締まり具合が違ってて、何とも美味で滋味で口中が東シナ海と太平洋がせめぎ合ってるみたいな大騒動になりました。
大きなエビフリャーが2尾も横たわっているジャンボ海老フライ定食が私。若い衆ふたりはビール飲み飲みお揃いでジャンボ海老のミックスフライ定食で口福の境地にたどり着いておりました。
お代は前日のあの店のあの料理の値段よりもお安い8300円也。
先見の明の曇りというか、臭覚やら第六感の鈍化というかになった私でしたが、あの店での食事以外は本当に大満足の鹿児島でした。もちろん鹿児島行きを口に出した大王さまも、そして初めての鹿児島体験になった若さまも食事も自然も、さらに知覧での命の大切さをまざまざと知ったことも何よりの思い出になったこととと思います。



山形屋焼きそば
■食べたいと決めたらほんと食べなきゃ気が済まない大王さま。成し遂げて本望に決まっちょる■

おっと、リンガーハットの皿うどんのような一品の写真。これは鹿児島でもっとも有名なデパート山形屋(やまかたや)のファミリーレストランの有名メニューの『焼きそば』であります。帰路立ち寄った鹿児島空港のレストランが山形屋直営店で、これを食べたいとせがんでいた大王さま、わざわざ鹿児島空港に立ち寄っただけあったと大喜びでした。しつこい者の勝利ってやつでしょうか。


4月になりました。都心は今日が満開の桜だとか。しかし大分の桜はまだツボミのなかで眠っています。今日の風はまるで冬の北風のように冷たくてしばれました。雪も降っている大分県の奥だとか。家のまわりでひと足お先に咲いている山桜が不憫に見えて仕方ないことです。
今月も皆さんお元気にお過ごしください。




 

ちょっと行ってみました二泊三日の鹿児島 その一


「なんとかならんもんですか!!」の連呼の甲斐があって、帰省以来親の相手どころではない若さまの心をわしづかみにしたのが鹿児島行き。それも鹿児島ラーメン食わしたるでえで見事に食いつきヒットしました。若さまはこれで九州全県をクリアしたことになります。
そう言えば若さまはもはや北海道と和歌山と高知に足を踏み入れれば日本全国漫遊の旅をつつがなく終えることになります。二十歳すぎでほぼ日本国津々浦々などちょっと贅沢させすぎました。私の学生時代なんて大分と大阪の行きつ戻りつがほとんどだったのに。数回ほど遠心力がはたらいて山口や静岡や岐阜へと軌道をはずしたこともありましたが。



日の出と桜島
■ホテルの部屋から日の出と桜島。浩然の気を養わせてもらえるみたいな見事なシーンでした■

知覧
■知覧。あちらこちらからすすり泣きが。恋人に宛てた遺書の最後の一行に私も泣きました■

火の神公園
■火の神公園にある戦艦大和などの殉難鎮魂の碑。わだつみに胸を突かれる思いがしました■

釜蓋神社
■釜蓋神社でお釜の蓋を頭に乗せて開運祈願。そろそろと歩く姿が立派なオカマと言われた!!■

大野岳公園
■大野岳からの眺望。開聞岳とイッシーの池田湖。そして東シナ海!!■

西大山駅
■日本最南端のJR西大山駅。大阪からヒッチハイクの若者たちに撮ってもらいました■

桜島
■桜島上陸早々大王さまと大げんか。大爆発の末に乗った5000円タクシーで溶岩や火口の見物■

桜島
■長渕剛……、らしい■

たまて箱温泉
■指宿のたまて箱温泉。開聞岳美しい!!■

たまて箱温泉
■たまて箱温泉から見た大隅半島。この絶景見たさにたまて箱に人がわんさかだとか■

西郷隆盛像
■鹿児島市中心部のシンボル西郷隆盛像。西郷どんに会わずして鹿児島旅行かっ!!■

そうと決まれば心変わりやらあらぬものへと懸想が起きる前に、間髪おかずに決行ぢゃと月曜日の出発に決めたのが日曜日。ところがまぁ重なる時は重なるもので鹿児島行きを決めたあとの午後に出発当日の打合せの話が舞い込み大慌て。それも新しいクライアントさま。急ぎですが何とかできませんか。そんなことを言われたら粋な心が五体の神経といういう神経を刺激しまくって……。断わったりなど罰があたります。何よりも今回の路銀の補充を思えば背に腹は代えられないことでもあります。
「分かりました!! では鹿児島に発つ日の朝9時から打合せさせていただくということでいかがでしょう。
「無理言って申し訳ないです」
という風林火山、電光石火の早わざのようなことになって、まず鹿児島とは逆方向に朝っぱらから車を飛ばして打合せ。20分で切り上げさせてもらってとんぼ返りをしてお嬢たちをペットショップへ。10時には高速道路に乗ることができて衝動的欲求を満たす鹿児島へと向かいました。ヘトヘトのまんま東九州自動車道を南下するなんてかないませぬことでした。
そんな私を見かねて「兄さんも老いたねぇ」を連呼しながら行き帰りの高速道路を大王さまが運転してくれました。
さすがに外様大名の雄だけあった島津の薩摩です。その勢いはいまだに街中に色濃く残っています。新幹線が走っていることも大きな要因のひとつでしょうが活気というのか華やぎというのか。衰退の一途の北九州の街と大違いにも見えました。九州の南の街なのにと思うと、あの繁栄の陰には鹿児島の人々の矜持の支えがあるからかもと思いました。それにひと昔前に訪れた時と大きく変わったように感じたのが人々の顔。美男美女だらけ!! みんな美しい!!
今日は風景などの写真ばっかりで鹿児島旅行の報告にします。重い腰だった若さまを釣ったラーメンや「こんなもんで金取るかぁぁぁ!!」や「鹿児島大好き」の食道楽編は後日に(笑)


さて3月も今日でお終いです。珍しいこともあるもので今年はまだ桜が咲いていない3月31日になりました。それも今日なんて冷たい雨に打たれている一日になっています。
驚くことの多い最近ですが、今月もさまざまに驚いたり悲しんだりの息つく間のないことでした。それでもお蔭さまで我が家は穏やかに31日間を過ごすことができました。私にとって一年間のうちで2月3月は暗黒の月と占いさんから言われて以来、身を慎んで過ごしているつもりです。よそからのチャチャも入らぬようにとガードも固くしておとなしく過ごす毎年の2月3月です。
明日はもう4月。逼塞からの解禁のような解放感と春のざわめきの予感に心弾ませています。
今月もありがとうございました。来月も宜しくお付き合いください。




 

まろ坊を見送って一年目の春


香合
■この香合のなかにまろ坊の小さな形見を入れました■

早いものでまろ坊が逝って一年が過ぎました。あの時の哀しみを思い出すとその思いに新たな哀しみが連なってくることがあります。哀しみや辛さの塗り重ねみたいに。それでも時間の経過という優しい処方箋のお陰でまろ坊不在の現実を随分と心穏やかに理解できるようになっています。
まったく夢にも出てこないと半ばあきらめ気味、寂し気に言っていた大王さま。感受性が私よりも豊かな人のはずなのにまろ坊の面影を脳みそのどこかの回路がきれいさっぱりと除去でもしたかと思っていました。ところが彼岸の入りだった17日の朝。大王さま、起き抜けに嬉しそうに報告してきました。
「今朝ね、まろ坊が夢に出てきたよ。走ってさ、こっちに来たんだよ」
「それはよかった。きっと様子を見に駆けつけてくれたんじゃないの」
虹の橋を渡って一年。あちらの世界に存分に慣れて、こちらのことなど目もくれないかもと思っていましたが、大王さまの夢枕に立つとは律儀さは生前のそのまんまです。


若さま帰省中であります。23日に帰ってきて洵に緩やかな春休みを愉しんでおります。とは言いながらも4月4日には帰京の予定。あっちこっちに連れて行きたいと手ぐすね引いていたのに若さまは若さまの予定がもうすでに決まっているようで、今日も高校時代のご学友たちとドアライブと飲み会に出御あそばした(笑) 昨日から「なんとかならんもんですか!!」と親らしからぬ遊びの誘いに心血を注いでいるところです。それでも帰省した翌日24日にはまろ坊の納骨に立ち会ってくれました。一年前に荼毘に付したペット葬祭場です。低いとは言いながらも山が迫っていて豊かな自然が深い場所にあります。街の喧噪も車の騒音も工場群から吐き出される煤煙もなく、自然に富み四季折々に心静まる場所です。ここで永代供養に落ち着けばまろ坊もきっと喜んでくれるはずです。
「ここから煙に乗って旅立って行ったんだね」
感慨深げな若さまでした。我々オジサンふたりは去年のことがまた新たに思い出されて心が折れそうになりました。
ここには友達がたくさんいるのでまろ坊も愉しかろうと思いながらも、彼にとっては我々が一番の家族であり、我々にしても納骨したあとはお寺さんにお任せというのも心苦しくもありで、切った爪ほどの大きさのまろ坊の遺骨のほんの少しを家に置くことにしました。犬の形をした青磁の香合。まるでこのために我々の目の前に忽然と現れ、そしてオークションで落札できたタイミングとラッキーに不思議さを感じています。これでひと安心です。
分骨をしたいのですがとお坊さんに伝え、まろ坊の入っている骨壺を開けた途端に若さまの食い入るような視線。固唾を吞みっぱなしのような、身じろぎもしないような姿で一点を眺めていました。
昨年、春休みをたくさん残したまま帰京してものの8日後にまろ坊は旅立っていきました。あの時の驚きと哀しみは若さまとってはにわかに信じがたい非現実的であったはずです。
真っ白で、触れればもろく崩れそうなくらいに弱々しく変わってしまった遺骨を目の当たりにすることができて、これで若さまにとってもけじめというか真の別れというかあきらめがついたはずです。


桜の便りがぼつぼつとは
言えこの寒さにどうもピンときません。咲いてもしばらくは冷蔵保存みたいに長続きする今年の桜の花かもしれません。我が家の桜も固く口を閉ざしたまるで頑固者のようなツボミたちです。関東甲信は明日にかけて雪降りとか。一気に気温が上昇する雰囲気でもなく、これは随分と思惑の計算が違ってきそうな花便りになりそうです。気まぐれって本当に人を振り回すんだから(笑)
今日、友人ふたりに鉢植えの胡蝶蘭を送りました。その理由(わけ)は、ひとりは明後日が還暦誕生日のお祝いに。夏は我が身ですが……。もうひとりは6つ年上の先輩が会社の役員を退き、4月から福岡の山里の実家にこもってシニアライフに突入と聞きそのお祝いに。
春なのにだんだんと周りが人生の変動をはじめた知らせに寂しくもありです。とにもかくにも元気に活躍してもらいたいと祈る……、同朋であります。




 

心も体も落ち着きませぬ


rainy day
は本読みでもやってみるかと。

雨の休日に読書だなんてまるで晴耕雨読のような心豊かなことです。そんな真似事を春分の日の昨日やってみました。そんな雨の日に高尚なことをするなんて俗世界から離脱、逃避できる唯一の手段かもしれません。晴耕雨読ならぬ成功解毒になるやもしれませぬ。

日々をまったりと過ごせる……、それは何も心配することなく大らかに生きている確証を得るみたいな。そんな夢のような人生なんて、私にはほぼ無理でしょうが(笑) しかし雨の日に本を開いて読み更けていくなど素敵すぎる暮らしだなぁなんて改めて思ったりしました。

昨日は適度なお湿りが目も潤い、情緒も平らになってよどみなく文字を追える。雨の効果を改めて感じました。いささかどんよりと暗いのが退化しつつある目には厳しくもありましたが。それでもドライアイの天敵、白々しいくらいにまぶしい春の陽光のなかで文字を追っていくよりかは随分と楽でしたが。

 

東京は今日桜が無事に開花。大分でははるか先の31日が開花とか。いつもよりずいぶんと遅い開花のようです。しかし今年も無事に桜の花どきを迎えられ、そして愉しめる有難さに心がじんわりと緩んでいます。無事に「いつものこと」を迎えることができる……、こんな荒れ放題の世の中になり、そしてさまざまな病気を得るようになった現代人の一員としては無事という言葉の深さと貴重さをかみしめています。普通のあれこれがどれだけ大切かってことですね。心してさまざまに向き合わなきゃと思っているところです。

31日が開花であれば、それからおよそ一週間後には満開というあんばい。4月の一桁のお日にちが満目の桜状態かぁ。家の桜、名所の桜、今年はどこの桜に出会えるのかなぁ。愉しみにしています。

若さまも明後日に帰省です。東京の開花したばかりの桜の便り、春便りを届けに帰ってくれるみたいな、どこかしら晴れがましい思いで待ちわびているところです。

12月にエンジョイ東京した大王さまはおよそ3ヵ月ぶりですが、私もオフクロさまもお嬢もやんちゃ坊主も半年ぶり。気楽に帰省できるのもあとわずか。この大分滞在中、それぞれの思い出の層が厚くなってくれればと願っています。

 

何だかよく分からない森友学園騒動。どれが真実で、どの人が正直者なのかさっぱり分かりかねています。教育という大義の陰で欲に目がくらんだ人たちのなれの果てでしょうか。永田町も薄っぺらい民進党が揚げ足をとって騒ぎ立てていますが、こんなことよりも国を揺るがせかねないもっと大ごとなことがあるでしょうに。北朝鮮の脅威のことなど眼中にないのでしょうか。自分たちが太刀打ちできないようなことには恐ろしがって触れもせず、重箱の隅をつつきまくってあら捜しして針小棒大な態度で存在を示すなんてバカみたい。口ばっかりの能無し連中そろいの民進党のやってることなんて小物以下の意馬心猿同様のことです。

北朝鮮、兄の命すらも簡単に奪う人間が統治して何をしでかすかこれから先がいよいよ皆目分からないことになりました。森友で喧々諤々よりもミサイルを飛ばして喜んでいるあの三代目のことを何とかしてもらいたいものです。大局や近々の未来を憂うという思いはないのでしょうか。



珍なカレー
■パッケージも女性好みで!! ジジイにはもったいないくらいに乙女なことです■

最近、五月病前の春先の気持ちのざわめきでどうも体調がイマイチ続きです。心の動揺が体に響くようになりました。受け止められない、支えきれない。私自身の器が小さくなったのか弱くなったのかでしょうか。つまりは年かなぁ。

今夜もやる気なしの晩ご飯で大王さまには勘弁してもらいました。先月、道の駅うきはに行った時に買っていたレトルトの『フルーツ王国うきはんカレー』。果物が入っているカレーなんて保守本流から逸脱してそうで苦手なのですが、こんな乙女チックなのが好きな大王さまに導かれて私もひとつ買いました。大王さまはピオーネカレー、私はももカレーで今宵乙女気分を味合わせてもらいました。

「いけるやないの??」

「でしょう。兄さんは食わず嫌いの偏屈です。一度食べてからいろいろ言わなきゃ笑われますよ」

思ったよりも美味しかったです。以前、『築城基地隊員食堂カレー』を食したことがありますが、添加物の香りが際立っていたあのカレーよりかは美味しかったです。でも最近はレトルトカレーも苦手になってきています。些細なことですが人工物の味が口のなかで騒ぎ立てるのです。やはり手作り、家の者がこしらえた大鍋カレーの味が一番です。
おぉ!! カレー小僧の若さまに腹一杯食わせねば!! 気分がすぐれぬ、体調がイマイチ候のと言っておれませんね。



 

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