おやじ歳時記

おやじもジイになってしもうて。人生の坂道をゆっくり下っていきますか。

心も体も落ち着きませぬ


rainy day
は本読みでもやってみるかと。

雨の休日に読書だなんてまるで晴耕雨読のような心豊かなことです。そんな真似事を春分の日の昨日やってみました。そんな雨の日に高尚なことをするなんて俗世界から離脱、逃避できる唯一の手段かもしれません。晴耕雨読ならぬ成功解毒になるやもしれませぬ。

日々をまったりと過ごせる……、それは何も心配することなく大らかに生きている確証を得るみたいな。そんな夢のような人生なんて、私にはほぼ無理でしょうが(笑) しかし雨の日に本を開いて読み更けていくなど素敵すぎる暮らしだなぁなんて改めて思ったりしました。

昨日は適度なお湿りが目も潤い、情緒も平らになってよどみなく文字を追える。雨の効果を改めて感じました。いささかどんよりと暗いのが退化しつつある目には厳しくもありましたが。それでもドライアイの天敵、白々しいくらいにまぶしい春の陽光のなかで文字を追っていくよりかは随分と楽でしたが。

 

東京は今日桜が無事に開花。大分でははるか先の31日が開花とか。いつもよりずいぶんと遅い開花のようです。しかし今年も無事に桜の花どきを迎えられ、そして愉しめる有難さに心がじんわりと緩んでいます。無事に「いつものこと」を迎えることができる……、こんな荒れ放題の世の中になり、そしてさまざまな病気を得るようになった現代人の一員としては無事という言葉の深さと貴重さをかみしめています。普通のあれこれがどれだけ大切かってことですね。心してさまざまに向き合わなきゃと思っているところです。

31日が開花であれば、それからおよそ一週間後には満開というあんばい。4月の一桁のお日にちが満目の桜状態かぁ。家の桜、名所の桜、今年はどこの桜に出会えるのかなぁ。愉しみにしています。

若さまも明後日に帰省です。東京の開花したばかりの桜の便り、春便りを届けに帰ってくれるみたいな、どこかしら晴れがましい思いで待ちわびているところです。

12月にエンジョイ東京した大王さまはおよそ3ヵ月ぶりですが、私もオフクロさまもお嬢もやんちゃ坊主も半年ぶり。気楽に帰省できるのもあとわずか。この大分滞在中、それぞれの思い出の層が厚くなってくれればと願っています。

 

何だかよく分からない森友学園騒動。どれが真実で、どの人が正直者なのかさっぱり分かりかねています。教育という大義の陰で欲に目がくらんだ人たちのなれの果てでしょうか。永田町も薄っぺらい民進党が揚げ足をとって騒ぎ立てていますが、こんなことよりも国を揺るがせかねないもっと大ごとなことがあるでしょうに。北朝鮮の脅威のことなど眼中にないのでしょうか。自分たちが太刀打ちできないようなことには恐ろしがって触れもせず、重箱の隅をつつきまくってあら捜しして針小棒大な態度で存在を示すなんてバカみたい。口ばっかりの能無し連中そろいの民進党のやってることなんて小物以下の意馬心猿同様のことです。

北朝鮮、兄の命すらも簡単に奪う人間が統治して何をしでかすかこれから先がいよいよ皆目分からないことになりました。森友で喧々諤々よりもミサイルを飛ばして喜んでいるあの三代目のことを何とかしてもらいたいものです。大局や近々の未来を憂うという思いはないのでしょうか。



珍なカレー
■パッケージも女性好みで!! ジジイにはもったいないくらいに乙女なことです■

最近、五月病前の春先の気持ちのざわめきでどうも体調がイマイチ続きです。心の動揺が体に響くようになりました。受け止められない、支えきれない。私自身の器が小さくなったのか弱くなったのかでしょうか。つまりは年かなぁ。

今夜もやる気なしの晩ご飯で大王さまには勘弁してもらいました。先月、道の駅うきはに行った時に買っていたレトルトの『フルーツ王国うきはんカレー』。果物が入っているカレーなんて保守本流から逸脱してそうで苦手なのですが、こんな乙女チックなのが好きな大王さまに導かれて私もひとつ買いました。大王さまはピオーネカレー、私はももカレーで今宵乙女気分を味合わせてもらいました。

「いけるやないの??」

「でしょう。兄さんは食わず嫌いの偏屈です。一度食べてからいろいろ言わなきゃ笑われますよ」

思ったよりも美味しかったです。以前、『築城基地隊員食堂カレー』を食したことがありますが、添加物の香りが際立っていたあのカレーよりかは美味しかったです。でも最近はレトルトカレーも苦手になってきています。些細なことですが人工物の味が口のなかで騒ぎ立てるのです。やはり手作り、家の者がこしらえた大鍋カレーの味が一番です。
おぉ!! カレー小僧の若さまに腹一杯食わせねば!! 気分がすぐれぬ、体調がイマイチ候のと言っておれませんね。



 

一文字ぐるぐる


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先週熊本で買って帰って冷蔵庫に入れたまんま忘れていた『一文字(ひともじ)』。

品数豊富なふるさと市場の野菜コーナーで見つけた一文字であります。

「これがかの有名な一文字か!!」

熊本の郷土料理にひとつ『一文字ぐるぐる』の主役の、見た目はネギとほとんど同じの野菜であります。以前からとっても気になっていた料理でした。はたしてどのような材料でこしらえるのか。一文字っていったいぜんたい何者やろかと。

偶然見つけた一文字の表示。で、以前から興味があったとは言えこれをぐるぐるっちゃなんやろかと。ふるさと市場を周遊しながら、持っていたタブレットで一文字ぐるぐるを検索。なんとまぁ、使うのはこの一文字のみ。これをぐるぐると巻けばいいだけで立派なひと品になると。肥後もっこすは簡単明瞭ばい!!

大分では決してお目にかかることのできない一文字を一袋買って帰りました。帰ってもっとよくネットで調べたら一文字とは『わけぎ』とのこと。なんだぁわけぎなら大分でもなんぼでもあるし。一気にぐるぐるの興味が消えて、しばらく冷蔵庫で他国に連れて来られた疲れをとってもらっていました。そしていつの間にやら忘れておりました。最近は忘れることが本当に得意になってしまってえらいこっちゃです。

 

興味が沈下したとは言え、そしてとってもお安い値段だったとは言え、野菜にだって命はあります。しっかりと調理して「いただきます」をせねば罰があたります。

やっぱり思うのはなんだぁわけぎか。だったら茹でて普通のぬた和えみたいにチャチャチャのサササで済ませるかと何度も思考ながらも、ぐるぐる初挑戦はやはり名前のとおりの本物の一文字にお役を担ってもらわねば申し訳が立たぬことかと。

根元を切り落とし、よく水洗いし、沸騰したお湯に根の方から沈めていき、さっと茹でてすぐさま冷水に放ち色止めします。水気をしっかりとって、ネットにあるレシピを見ながらお作法通りに一本の一文字で一文字自体を巻いていきます。自縛ですな。ぐるぐると。この形状はどこかで見たことのあるお菓子にも似ている。どこだっけ、しその葉っぱで巻いてる和菓子。それにやはりしそに包まれた漬物にもこんなカタチのがあったような。思ったよりも、覚悟していたよりも簡単至極に巻くことができました。肥後もっこすは煩わしかことは好かんばい!!

 

我が家においては『葷酒山門に入るを許さず』とは洵に縁遠い、性の付くくさい物持て参れの家。心惑わす酒もウェルカムの家です。まるで煩悩と欲望の塊が渦巻いているような魑魅魍魎の棲み処。そこのトップにはよろずくさい物好きな大王さまが君臨しております。私も大かたのくさい物は苦手ではありません。芹やらセロリやら、香辛料だって許せます。しかしこのご仁、東南アジア系の野菜もあのチーズも鮒ずしも、そして凡人であれば誰しもが奥歯をギシギシさせられ、気が遠くなっていく思いのするくさやもへっちゃらであります。ちなみに近々、新島からくさやパックが届く手筈が整ったと喜んでおります。事前に、

「頼むから家で焼くような干物みたいなのだけは買わないで!!」

と、涙ながらに懇願しておりますので、かろうじて臭さ密閉の焼きくさやの瓶詰めと袋に入ったのに落ち着いたようです。よもや干物など購うて家で焼こうものなら、この家の表価格は一気に奈落の底に転落。長い時間をかけて構築したご近所づきあいも一瞬にして瓦解するでしょう。日本人らしからぬ顔をした男がくさやを頬張るの図。百年の恋もたちどころに冷めきってしまいそうなくらい不釣り合い且つくさいことです。

 

そんな香りの強いものが大好きな大王さま。ぬた和えも大好物であります。

「ほほう。これが一文字ぐるぐるですか」

「一目見てよく分かったねぇ。まさか知っていたとは」

「有名ですよ」

「まぁ食うてみやれ。手間いらずで至極簡単だけど見た目など郷土料理ぽくていいでしょ」

「美味しいねえ。歯ごたえもいいし香りもそこそこ。ネギ好きだからこれはイケるかもね」

次回からは『わけぎ』でぐるぐるをつくってみることにします。わけぎぐるぐるですね。



 

つちふで


時間があるというのは時として身を持て余すほどの退屈感や虚無感を生んでしまいます。ここ数日非常におヒマな我々。世の中は公立高校合格者発表で本人はもとより家族みんなが一喜一憂したりの昨日でした。若さまの合格発表日だったのがちょうど6年前の今日でした。そして決して忘れることのできない東日本大震災も6年前の今日の午後でした。

若さまの合格者発表が午前9時。春先の朝日の新鮮さの余韻がまだまだ残っていた時間は、まるで人生の新しいスタートをきる若者を嘉しているかのような透明度の深い朝でした。おそらくあの日の昼2時過ぎまでは、少なくとも大分県では15歳の我が子のあっぱれの喜びに包まれていた家族も多かったはずです。ところがそれから数時間して速報に続き信じがたいニュースが飛び込み、息をのむことばかりは、まさしく体験したこともない事実が目の前で広がっていくといった世にも恐ろしい光景続きでした。その晩、若さまのためにと午前中から計画していたささやかな祝宴も遠慮。あの時ばかりは浮かれてなどいられないと思ったのを覚えています。

あれから6年。絆だと声高に言って国民総ぐるみで東北に心を寄せていたこともいつの間にやら風化し、まもなくして未曽有の天災に匹敵するくらいの人の口による激しい風評である人災が。心ないことを、いわれのない人や土地に向けて悪口雑言の数々でした。人の痛みの分からない頭の悪い連中のすることだと呆れました。ところが今は福島から避難しているというそれだけの理由で学校でイジメが横行しているとか。横浜で150万円もの大金をカツアゲさせられたのも福島から自主避難していた13才の中学生でした。

 

好きで地震に遭ったわけでもない、好きで原発被害に遭ったわけでもない。そして好き好んで故郷から逃れているいるわけではないことをなぜ承知してやれないのか。被害者であるはずの子に向かって何ということをと呆れています。そんなことを平気でする鬼のような子どもを躾けた親。とんでもない親子です。風評をばらまいた人も、こんなことで人の心を傷つける人も、いつかきっと因果応報の罰があたるはずです。地震でも台風でも、痛めあげた人と同じ苦しみ悲しみを体験すべきです。そうでなければ世の中の間尺に合いません。

犠牲になった多くの命、どうか心安らかに眠っていただきたい。そして生きることを授かった被災された人たちにはどうか元気であっていただきたいと心から願っています。

 

因果応報と言えば韓国の朴さん。大統領を罷免されました。告げ口外交やらみっともないことをしていた報いです。ふたを開けてみればあの変な女とグルになって国を私していたのですから。つまり、特に人の上に立つ立場の人は、告げ口やら悪口やら無視やら、大人げないことをすべきではないのです。それを一国のトップがしていたのですから、要はそれだけの技量しかない人間であるということです。人間が貧だったのです。

大小の身の程知らずが世の中にはおりますが、どちらも似たか寄ったかで心が狭い人間ばかりかと。地位や役職にうぬぼれてふんぞり返って歩く馬鹿。クビになった大統領と同じです。

韓国の人って国ぐるみで寄ってたかるのがお好きなのでしょうね。そして気に食わねば大騒ぎして誹謗中傷。しつこいヒステリーと激高パラノイア民族。

いろいろありますし、いささか天狗になりつつある安倍さんですが、中国やこんな韓国にはっきりとした態度を示していることには歴代首相のなかではよくやってるなと思います。弱腰の首相であればどれだけ付け込まれるか。尖閣、竹島、沖縄基地問題。首相の任期が延びるということですので、安倍さんには在任中に是非とも日本の間違いのない正史と矜持の道筋をつけてもらいたいものです。我々の子孫の時代、100年後200年後を見据えて。



桜羅と土筆
■嬉しそうなお嬢。この先には一面土筆だらけのポイントが!! さすがに飽きて遠慮しました■

収穫
■少ないようでこれが結構な量で……。土筆に誘われて摘むのに没頭するとあとが恐ろしい■

はかま取り
■摘み摘み没頭の結果。まだこれではかま取り開始から1時間。うんざりと目チカチカに腹立ってくる■

土筆ごはん
■この一椀のために野に出で目を傷め指先を染め、洵に渾身の土筆ご飯になったのでありました■

2月3月の、特にここ数日のおヒマ。良くないことです。花粉のせいやら我が身シニアやらの言い訳など出来ないくらい時間を持て余しております。

「サクラを散歩させませんか。べにふうきのお陰で花粉症の騒ぎも小さいみたいだし」

「騒ぎだなんて。あんたも人の苦しみが分からん人やね。でも確かによく効いている」

おヒマ=仕事手薄=倹約!! 世の常ですね。寛政やら享保やらの改革同様に、まろ家も倹約にいそしまねばなりません。そんな貧弱にして気高い心根から、せっかく散歩に出かけるのであれば実を取りましょう。自然のものを頂きに行きましょうと。土手にあるはずの土筆を頂きにという安直にして正直なあんばいです。車で10分の所にある乙津川の土手。土筆あるかどうか確認もしないままの出撃でしたかが、あるはあるはの大豊作!! 

「雨後の筍ならぬ雨後の土筆みたい!!」

久々の自由な散歩に喜ぶお嬢同様、土筆総出のような圧巻的景色に大王さまも狂喜乱舞。ちなみに彼は一本も採ってはくれず撮るのは戯れるお嬢の写真ばっかり。

およそ20分で切り上げました。キリがないくらいの数に後ろ髪を引かれつつ帰路に。

さて家に帰って土筆のはかま取り。これがというかこんな作業が実は大嫌いな私。ウンザリとげんなりな思いをしながら2時間半かけて全はかまをむしり取りました。ホント大嫌いな作業なのに。

「あ〜〜〜、ダメダメ!! 僕はこんな作業大嫌いですから」

たった一本。それもはかまひとつ取ってみて完全放棄、二階に逃げた大王さまでありました。

『タダ、タダ。これ全部タダ。これでお菜がひとつ出来ると思えば』と。何やら山に暮らす……、自給自足の山居老人にでもなったような気分で意地でもむしり上げてやれと頑張った私でありました。お陰様にてドライアイも再発し、手の親指と人差し指の先は土筆の灰汁で人さまには見せられない農作業あとみたいな。

きれいに洗ってさっと茹でて、すすに冷水に放ちました。今夜の土筆ご飯用と若さまにも馳走をと冷凍用に分けて、柄にもなく気長に頑張った証しの土筆をせっかくです。末永く堪能してやれと思っている所存です。バクバク食わせてなるものかって(笑)

「土筆ご飯美味しいね〜〜〜。兄さん、上手。2時間半も気長によく頑張ったね!!」

「へい、おおきに。しばらくはこんな作業まっぴらです。蕗の筋取りもいやです!!」

丸裸にすること悪戦苦闘が2時間半。食べるのはたったの10分。疲労困憊ばかりが残って、土筆の美味さは分からないままの晩になりました。

春の空に向かいて何を書くつちふで(土筆)



 

ホワイトデーに奔走する


「ホワイトデーそのものみたいなお返しっていつまで経っても芸がないよね」

「何を言いたいのかね。あんたは」

「つまり焼き菓子とかありきたりのお返しよりももう少し頭を使うというか心を込めるというか」

確かに!!! 美味しいチョコレートを、それも男3人分の3セットを遠路はるばる送ってくださった東の国のお嬢さんにホワイトデーコーナーのあれこれよりも、気の利いたお返しをと考える大王さまの思いも当然と言えば当然のことです。

他愛もないというか突飛もない会話から始まったお返し企画。東の国のお嬢さんと地元大分のお姉さん方へのお返しの機転が難なく決まりました。定番のありきたりのチョコをメインにして、それぞれのレディたちのことを思い浮かべながらチョイスすることに。
だったらいよいよ気の利いたものはどうよと。つまりそのために先日熊本まで行ってきました。
珍しい物を付録にするというあんばいです。何だか最近は熊本に惹かれっぱなしに。

 

前後しますが、帰りに阿蘇ミルクロードという風光明媚、気分爽快な道を走ったのですが3月の雪降りに遭遇しました。まさしく名残り雪でありました。

ついついあの名曲を口ずさんでおりましたら「やめてくれませんか!!」と、思いもかけないクレームが。イルカさんカバーの「なごり雪」。流行っていた昭和51年の春に大分から旅立っていく私にぴったりの曲でした。まさしく音楽と我が身がオーバーラップ。映画かドラマの主役にでもなった気分でした。あと数日で大分を離れるという日に、免許取りたての友人が運転する車で県南までドライブした時にラジオから流れていたのもこの曲でした。人生や日々の暮らしのなかのドラマって奇縁や偶然と結びつくのですね。あのドライブ中に自分の心のうちを見透かされるような流行りの曲が流れたのですから。

 

さて、東の国のお嬢さんには九州の名産を。大分のお姉さんたちにはお孫にとか本人にとか、各々好みそうな小物などを熊本で見繕いました。特に遠方のお嬢さんには九州などさらさら縁がないからこそ喜んでもらいたいという腹づもりです。

「バレンタインデーやホワイトデーとか押しつけがましいイベントって本当に鬱陶しいけど、でもそれを承知でバレンタインデーにチョコレートをくれる人の気持ちって嬉しいよね。気持ちがあるから送ってくれる。気持ちのない人に比べたら天と地ほども人間性が違うよね」

「日本には舶来のイベントが増えて、逆にお中元やお歳暮の慣例が薄れていってることが良いことか悪いことか分からないけど、でも送り先の家族のことなどを考えて心を込めてくれる気持ちってホント嬉しいわ。このつくづくとした感謝の思いってね、嫁がいる人には分からないことなんだわ。お礼の電話のし合いこで生の声も聴けるしね。そんなささやかなやり取りも鬱陶しがる人が増えたと誰かも言っていたよ」

もらったら、存分以上のものを送ってお礼にしたい。過分すぎても華美でもおかしいと大王さまからちょくちょく指摘されますが、これが私流の、せめてもの思いです。嬉しさを含めてさまざまな心を贈り物というカタチに変えて何が悪いというのでしょう。

ストロークを遮断したら、気が付いたら心打ちとける人も場所もなくなっているということを知っている人間ゆえの私の思いかもしれません。



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■右の皿のが馬のたてがみ。奥のが特上馬刺し■

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■懐かし〜〜〜の連発だったベビーホタテの味噌汁。喜んでくれてよかったぁ■

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■お初の熊本空港。空港に行くとどこかに行きたくなるのは私だけではないはず■

そんな思い付き熊本ショッピング。いつもの『ふるさと市場』に寄って山海の食を物色していたら、大王さまが鮮魚売り場から喜色満面の顔して小走りで。

「魚屋にベビーホタテがあったよ。子どもの頃に秋田でお味噌汁にしたのをよく食べていた。懐かしいなぁ。それに筋子も!!」

「よっしゃ。買って帰って味噌汁つくってやろうじゃないの!!」

ひとパック380円なり。大分ではさらさらお目にかかることのできない殻付きベビーホタテ。これと筋子と金山味噌を買いました。このふるさと市場は本当に素敵です。熊本空港が近いからでしょうか東北や北海道の珍品が結構あって気が狂いそうになります。

ふるさと市場を終えて次は『古閑牧場』の馬刺し。こちらも安くて新鮮で品数豊富。地元の人たち御用達の名店だとか。馬刺しひとパックとたてがみ(こうね)を買いました。

お返しの品を買い、自分たちのお腹を満たすものも買い、そして名残り雪も見ることができたドライブになりました。



 

一発!!!


べにふうき

ことさら激しい今年の花粉の飛来。どこからともなくやって来ては人を苦しめる悪いヤツであります。花粉も中国のPM2
.5も毒気のある人間も本当に厄介なことです。掃っても掃っても考えなしに襲ってきやがる(笑)

 

花粉が大量飛散だと言われている今年は、花粉症に苦しむ大勢の人たちと同じように私もひどい花粉症です。鼻も目も、そして喉の奥のイガイガも。たまに頭痛で頭もモヤります。思考回路がどろどろに溶けるみたいな。こんなことは何年ぶりかのことです。大王さまの従順なる料理番も手抜き放題が続いとりました。

役に立っているのが先日つくったあじの南蛮漬け、ひじきの炊いたの、それに冷蔵庫のなかのゴチャゴチャ。鼻が絶不快なのに不要不急以外の外出は、まるで飛んで火に入る夏の虫やら、大王さまの御為とは言いながらも火中のクリ拾いやらのようなもので万死に値するも同じこと。くわばらくわばら……、そんな思いとどまり踏みとどまりの数日でした。

それでも昨日の5日は撮影の仕事があって何がなんでも外気に触れねばならないことに。断わるわけにもいかんし、マスクしたまま衆人の万目に晒すのも甚だ遺憾だし。頑張って素顔のまんま仕事に精を出しました。(ちなみに『万目睚眥(まんもくがいさい, ばんもくがいさい)』という言葉を思い出しました。大勢の人ににらまれて居場所がない、肩身の狭い思いを言います)

 

目に見えない花粉の大罪に腹を立てつつ、引きこもりの鬱々気分に落ち込みかけた時に大王さまが良いもの見つけた!! すぐにネットで注文してあげる!!と。先週は『甜茶』が良いからと買ったばかりなのに。しかし甜茶に勝るそのたぐいまれなる効力を発揮するというシロモノは。

『べにふうき緑茶』、であります。

どうやら飲めば30分ほどしてたちどころに花粉症のさまざまな症状が軽減されるとか。それも大分県中津江村でつくられているとか。日田市の奥にある……、言うなれば杉ヒノキが林立している日田美林の一角のはず。毒をもって毒を制すか!!みたいな。杉まみれヒノキまみれの地元の人だからこそ秘かに使っている秘伝の妙薬かと。

すぐに取り寄せるように懇願し注文した翌日にはもう届きました。さすがに県内配達は申し分のないスピードです。

 

さっそく昨夜、藁をもすがる思いで開封しました。

パウダー状の、まるでお抹茶。それを小さじ半分くらいをお湯100佞罵呂して飲みます。味もほぼお抹茶。いや、お抹茶よりもいくらか苦みが強い。五味のなかでなぜだか苦みに敏感な私は、

「苦いで。これ。もっと飲みやすいんかと思っていたのに飲みにくいで。まず胃に悪そう」

「文句言わないでさっさと飲んで30分後から効いてくるか、おとなしく待ってたら??」

 

「べにふうき」はもともと紅茶・半発酵茶用品種として開発されたお茶だそうで、やや渋みが強いけれども香りがとてもよくうま味があるとネットでも書かれております。確かに苦いし渋い!! 

「妙薬口に苦しと言いますがね、この苦いの渋いのたまらんね。これが苦渋の苦汁ってもんよね。人生も苦渋だらけ。まるでこのお茶の味のような私の生きざまなのね」

「そんなに苦いですか。僕はまったく感じませんが。美味しいじゃないですか」

「そりゃあんたは悪食!! これを平気だとは尋常ならざる舌の持ち主だわ」

そんな不平不満をたらたら言うこと20分。詰まっていた鼻に風穴が開いたようなスースー感が。それにとめどなく流れていた鼻水もピタッと断水状態に。

「お見それしやした。鼻が、鼻が全線開通したごたる!!」

「マジですか!! 本当に効きましたか!! すごいねぇ」

恐るべしべにふうき緑茶。わずか20分で花粉症の苦痛から脱出させてくれました。現金なもので我が肉体にお味方してくれたことが分かった途端に、苦みも渋みもどことなく健気に感じはじめました。

効能をよく見れば花粉症のほかにアンチエイジングにもよろしからずやとのこと。まず花粉男の兄さんがしっかり治ってからと言って譲らない大王さまに、

「ほれここにアントエイジングち書いちょる。健康オタクのあんたにはいつまでも若くいてもらわねば!! 足りなきゃまた買えばいいんだからまずふたりで飲み尽くそうじゃないの」

飲み友だちをつくって、ひとりでは飲みにくい苦渋の味を同行二人の勢いでごまかそうと思っています。山あり谷あり苦渋の人生もふたり旅ってか(笑)

 

ということで瓢箪から駒、怪我の功名、その他偶然のよきことの要因が寄せ集まった結果として見つけた『べにふうき緑茶』。甜茶どころの騒ぎではありませんでした。

朝昼晩の食後にえせ一服加減で頂戴しておりますが、有り難いことにわずか数回にして花粉症のすさまじい症状は嘘のように一発にて消え去って鼻もスースーと全線開通。快晴のお日和のなかに過ごしているような気分であります。

向き不向きは人それぞれですし、効く効かないも人それぞれの体質いかんでありましょうが、私にとってはまさしく救世主のようなお茶々になりました。



 

大王さまの料理番


畏れ多いタイトルに似たドラマもありました。食べ盛りだった息子たちや口の肥えている大王さまの料理番になってもうかれこれ20年近くになろうとしています。東京や大分の厨房に入るようになってもうそんなになるのかと。早いものです。ここ数年はオトコ暮らしの呪縛で大王さま専属の料理番になっております(笑) 
友人知人を招いて食事会をするのも随分と回数を重ねました。いくらか間遠くなっていた餌付けの食事会、最近はまた復活傾向にあります。餌付けて篭絡、味方に取り込まねば(笑)



柴田のひじき
■海辺の集落の風情って感じでしょうか。住む人たちのコミュニティの厚さを感じました■

柴田のひじき
■ひじきが山盛り。磯の香りがムンムン。これから各方面に出荷されるようです■

いつの間にやら食に対するアンテナも高感度になって、犬も歩けば棒に当たる感で美味しものの在処から発信される電波を上手くキャッチできるようにもなりました。それを「卑しい」とも言うらしいのですが。

先日の四浦半島河津桜めぐりの時もそうでした。半島の先端の行きかけに見かけた「ひじき」のノボリ旗。潮風にたなびく姿はまるで「おいでおいで」と食人をいざなってくれているかのよう。絶対に帰りに寄っちゃる!!

ピンクの色が鮮やかだった河津桜のことも気になりつつも、帰りの道は違うルートでと言い出しかねはすまいかと、おちおち桜どころの浮かれ気分ではなかったのも事実でした。

運よく半島の往復路の道は一本のみ。来るときに目に焼き付けておいた白旗に墨蹟も鮮やかに書かれていた「ひじき」の所在地。ピンク色の桜でピンクに慣れてしまった目とは言え、こんな時にだけ動体視力とやらがフル活動するようです。

 

「ひじき、好きだよね。炊いても良し、サラダにしても良しであんたは目がないもんね」

「ひじき大好き!! ここはひじきが有名なの??」

「有名だかどうだか知りませんが、ほれあそこ。あそこにひじきと書いちょる!! 寄ってみるで」

道の端に車を停めてノボリの脇を通って路地へと進んで行きます。軒が重なり合うような狭さが何とも異文化というか異風土を醸していて旅心をくすぐります。海風や砂塵から家や住む人を守る迷路じみた石垣もあまり目にしたことのない風景でした。

「いいねぇこんな風景。あんたのふるさと秋田でもこんな海っぺリはなかろう」

「秋田は荒い日本海側だからこんな穏やかな漁村じゃないね」

 

この路地を入ったところに地元の人がコツコツと商いをしている作業場兼倉庫兼……、敢えて販売所がありました。ご夫婦で海岸にあるひじきを採ってきて作業場の屋上で天日干しをして、本当に手作り感のある出来栄えです。陽に当たらないように薄暗くしている倉庫はひじきが発する磯の香りで充満していました。大袋に入っている姿はまるでトトロのまっくろくろすけの巨大なのが息を潜めているみたい。産地直送どころか産地買い付けの鮮度抜群ひじきはその香りと姿かたちで十分すぎるくらい証明できます。芽ひじきを3袋買って帰りました。

先日立て続けにお約束通りに具だくさんのひじきの炊いたのと生野菜たっぷりのひじきサラダをつくりました。どちらもスーパーなどで売られている生ひじきとはまた違う風味で豊後の海を堪能しつくした思いがしています。



鯵
■このまんま片栗粉をまぶして素揚げ。塩コショウを振って熱々を食べるのも好きなんだけど■

鯵の南蛮漬け
■ひと晩冷蔵庫で休養してもらって味がなじんだところでビールと一緒に丸かじり■

春の海を群れになってまっすぐと泳いでいる鯵。魚偏に参(
三)と書くくらいですから3月が旬であれば面白いのですが、どうやら鯵の旬は9月あたりだそうです。脂ののった秋鯵が極上のようです。
その鯵がスーパーの魚売り場でひと山150円で売られていました。大分県中津産の新鮮さは、身の反り返りかげんですぐに判断できました。人間も若い頃はよく反りますし(笑) 目に留まって買おうか買うまいかと随分悩んだ末に「やっぱり買おう!!」と。

小鯵は南蛮漬けしか知らない料理法です。大王さまの好物に免じてワンパターンの一本鎗です。素揚げした鯵のしっぽを箸でつまんで、口を下に向けてトントントンと3回ほどキッチンペーパーとKISSさせて油を落とします。そして作っておいた野菜たっぷりの甘酸っぱいつけだれに順次投入。ひと晩、冷蔵庫でゆっくり休んでもらって翌日から骨ごと召し上がれで大王さまに供しました。不味いなど言わせるものですか。きっちりと好評をいただくまで、料理番はテーブルのといめんからアイコンタクトを送り続けるのであります。無言の圧力!!

こうやって料理番の腕と要領はますますバージョンアップのパワーアップということに……、否が応でもなりますね。

 

3月になりましたね。昨日は私立高校の卒業式でした。明日3日には市立中学の卒業式も。そして来週には高校入試も。若者にとっては試練と喜びに春の到来です。若者中心のそんな実生活とかけ離れ始めた我が家にとって今月の大きなイベントは若さまの帰省とまろ坊の一周忌。そして庭の桜の開花も今月のうちに始まるはずです。名実ともに花咲かジジイ!! さらにご近所を呼んで花見の宴。浮世離れも目立ち始めたジイジ1年生の春になりそうです。



 

2月の反省会


先週から花粉症で絶不快!!! 

「すんません。もうメシつくるのしんどい!! 今宵はどこかで外食させてぇな」

「そんなにひどいの?? 確かにやかましいくらいくしゃみ鼻水が正常じゃないね」

目汁鼻汁哀れなことです。魂も活力ももぬけの殻寸前です。今年は花粉の量が半端ないと言われておりました。いつもであれば飛来する花粉だらけの世の中の年には私の症状はおとなしいのですが、今年は人さま並みの悶絶ようであります。目鼻口から首の縦のラインが疲弊しまくっております。

「だったらお疲れ様の意味も込めて2月の反省会がてらこってりを食べたいです」

珍しいことを言うものです。いつもであれば味は薄味に、なるべく油物は食べたくないとお座敷に座る小姑みたいにあれやこれや敬遠やら指示ばかりを並べる人が私の重症さをよそにこってりとは。

で、白羽の矢が立ったのが大分市でも指折りのチキン南蛮の老舗『金なべ亭』。我が家から車でおよそ20分の距離にあります。退社時のラッシュに遭遇せねばよいがと案じましたが、まったくもってスムーズなことで危惧に終わりました。



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■勢いのある若者でなければ完食は無理かもしれない「洋食盛合わせ」。1430円なり■

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■若い時分にはこれくらいの量なんてへっちゃらだったと年を悔やむ真正ジジイのは900円なり■

夜のお客さんの混みようの前の静けさでしょうか。まだまだお客さんもまばら。静かな(つもりの)反省会にはぴったりのシチュエーションです。

大王さまは洋食盛り合わせ。本当にこってり同士が肩寄せ合って小さな皿にテンコ盛りでありそうなのが容易に想像できる看板メニューをチョイス。名実ともにジジイになった私はさっぱりと大分名物のとり天定食に。

さていよいよ両雄の登場であります。

まず大王さまの。聞きしに勝る、想像以上の、空前絶後の盛り盛りの洋食盛合わせ。エビフライ、豚の生姜焼き、チキン南蛮、ロングなウィンナー。そしてふかふか布団のように千切りにされたキャベツなど野菜が、それぞれのこってりを背後から支えているみたいな豪華さです。目がらんらんと輝いていく大王さま。その表情にまだまだまんざらでもない若さが見えました。

最近、身のほどを知りつつある私。遠慮がちにとり天定食にしましたが、これはまた洋食盛合わせに負けないくらいのとり天の大きさと量の多さにびっくり。何せ別皿のポン酢と、器のへりにへばり付かせているからしの量だけでもよその店ではお目にかかれないくらいの肝の大きさです。

私のとり天3個とみそ汁、大王さまのチキン南蛮とエビフライをシェア。終わりかけにはもう満腹の私になってキャベツの千切りも大王さまに手伝ってもらいました。

「兄さん、食が細くなったね。花粉症のせい??」

「どうもあの激辛ラーメンを発端に久留米の爆食い以来、腹も身の内を考えんかいを体験している感じでペースがガタ落ちなのよね」

「2月もいろいろあったね。お孫の帰省も兄さんにとっては思い出深くなったでしょ」

「そうよね。お孫も息子たちもそれぞれの人生があるんだなぁなんてね。それに新旧の命もつくづく感じたね。でも今月も無事に過ごせて有難いことだと……、あんたにも感謝してます」

たったこれだけの何が2月の反省会かと思いながらも、お腹が膨れるだけ膨れてそそくさと退店しました。今宵の食事も穏やかに過ぎた2月にも心から「ご馳走様でした」でした。

 

しかし久々の夜の外出もいいものですね。いつもと同じ時間のベルトなのに異なった世界にのめり込んでいく快感。まるでそのままどこか遠い場所に旅でもするようなワクワク感。絶えて久しい刺激でありました。

ついでにせっかくの夜のドライブだし腹ごなしがてらにと、帰路にドラッグストアに寄って花粉症に効くと言われる『甜茶』のティーパックと、ペットボトルに入った『めめはな茶』を買ってくれた大王さまでした。効くのかしら。当分はくしゃみ鼻水と戦いながら大王さまの愛のプレゼントにすがりたいと思っています。3月もどうぞ宜しくお付き合いください。



 

若ぎみ劇場 =ジイサン、溶けてくずれたの巻=


アミュプラザ屋上
■JR大分駅屋上にあるミニ機関車に乗せました。駅と周辺の激変ぶりに若だんなはビックリ■

親子昼寝
■爆睡中の若だんなの膝の上のお嬢が爆睡中の若ぎみを見守っておりました。母性だろうか■

晴初節句
■ちょうど30年前20年前の息子たちの初節句を思い出しました。これで3代の奉仕です■

母と空港デッキ
■天気が好いのも善し悪しでずっと遠くまで飛行機が見え続け手も振り続けでした■

3日間の大分滞在であった若だんな夫婦と若ぎみのご一行。あっという間の、まるで早春の夜の夢まぼろしのような出来事でした。

笑顔を振りまいてくれ、パワーをそこここに置いていった若ぎみ。赤ちゃん相手なんて若さま以来のことだったので、扱いも彼なりの大小やらひらめきやらの意図もほとんど不慣れのまんまでした。

 

お年寄りが苦手だからと事前に教えてもらっていて、オフクロさまにも「これこれしかじかだから決して母さんが苦手ってことじゃないから、泣いても気落ちなどしないように」と言い含めるだけ言い含めておりました。大ばあさんにとって初ひ孫であり、初のお成りに年が明けてからというもの、気持ちは毎日がマックス状態でした。泣かれたらかわいそうだけど泣かれても仕方あるまい。そんな戦々恐々じみた思いで初お目見え当日を迎えました。

飛行機ではきれいなCAにやに下がっていたという、親も驚く洵にもって末が楽しみというか末恐ろしい面食い小坊主であったとか。1時間半のフライト中、特におひとりのCAにだけデレデレしていたらしく大泣きもせず、ご機嫌麗しく親孝行の初体験の反動、CAのような若さや美しさのかけらも無くなった大ばあさんとの対面にどれだけパニックを起こすことかと案じておりました。その前に私にはやはり抱かれようとしない頑なさ。到着すぐの空港で機嫌よく抱っこなどちょっと無理に決まっていましたが。

 

オフクロさまの待つ実家での0歳と84歳の初対面。大勢の人波や飛行機やジイサンだかオッサンだか分からない人に危うく抱っこされかかるやらでお疲れの色がにじみ出はじめるのも当然です。ニコニコ顔の84歳を見て……、さぁ泣くぞ。これから大泣きするぞと、事前から覚悟していた緊張感が大人たちの身の上に立ち込めました。

慣れない家、それも奥から白髪頭のバアサンが出てくる図など、幼子にとってはまるで妖怪屋敷に足を踏み入れるも同然の恐怖に決まっています。

ちょっとだけ涙目に。それでも出かけた泣き声と涙をぐっとこらえて、爆泣き寸前のだんまりみたいにしばらく無言が続きました。いよいよ本格的大泣きスタートかと。大人の場も和み、オフクロさまもだんだんとほどけてきた頃あたりから若ぎみも部屋中をハイハイしまくりスイッチに。

泣かずに済んでまずは良かったと大人の安堵を察してか、次には何かを喋ったり笑ったりが続き、いつの間にやら大ばあさんの近くにまで。そしてあろうことか、薄く口紅を塗っている大ばあさんの口に無垢で小さな指が!! まさかの展開に一同大いにビックリ。されている大ばあさんは嬉しさと喜びのあまり恍惚の表情に。84年生きてきて、これまでさまざまなものを口にしてきたでしょうが、この年になってまさかひ孫の柔らかな指を口にできるとは果報者のバアサンです。さぞかし心満たされる美味であったに違いありません。それからはおとなしく膝の上に座ったりのまさしく奇跡のような数分間でした。
 

「嬉しいわ。こんなになついてくれて。かわいさが増すばかりだわ」

「よかったですね。どちらも八方丸く収まって、これで肩の荷が下りました。明後日には東京に戻るけど、もう一度会っておきますか」

張り合いもない84歳のおひとり様暮らし。何が楽しくてこんなに長く生きなきゃいけないのと最近は特に口にするようになっていました。それがひ孫登場で生きる活力が再生されたようでもありました。前途洋々の前途活婆であります。

「では明後日、今度は我が家に来ればいい。ちょうど兜飾りも出していることだしみんなで記念撮影すればいい」

「私。大分空港まで見送りに行きたい」

出たぁぁ。そう言うと思っていました。

「気力があるようであれば一緒に行きますか」

「うん。そうさせて」

大分空港まで行き、見送りの展望デッキにまでのぼり、青空に吸い込まれていくひ孫の乗っている飛行機の機影が見えなくなるまで桜の柄のハンカチを振り続けていたオフクロさまでした。滞在中のお孫にケガでもさせたら大変とビクビクしていましたが、今度は寒風吹きすさぶデッキの寒さで84歳に風邪でも引かせたらと、孫にも親にもいとまなく気遣った3日間の私でありました。


唯一家もてなし
■久々に食卓も人も賑わいました。普通に戻った今は気の抜けたサイダーみたいに「呆」そのもの■

ちなみにですが、オフクロさまとの初対面を終えた晩。夕食の時には大王さまにも難なく抱かれてきゃっきゃきゃっきゃと喜んでいた若ぎみでした。お嬢が吠えれば呼応し、そしてまたお嬢も吠え返したりと面白い光景をずいぶんと見せてくれました。

そんなこんなのほのぼのしい情景にまみれた私は、心も体も程よく溶けていくような心地よさに酔っていました。さて2月も今日でお終い。いつもの生活に戻らねば!!



 

リフレッシュ土曜日


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まるで八面六臂とはこのことか!!くらいにいろいろな行事が立て込んでいた今週。やっとゆったりの時間が取れたので、我が家のイベント協力隊(来客時の場持ち、お座敷係)である2匹を連れて近所のスポーツ公園まで出かけてきました。

天気が悪かったり、留守しがちだったり、人間の心の気まぐれだったり、そしててんやわんやの行事続きだったりで、取り合われなかったお嬢もろーまも心が満たされることないままさだめしストレスも溜まっておろうと。まずは人と犬もろともそれぞれのメンテを優先にということでした。

 

今日は桜でも咲きそうなくらいの好天。洗濯日和でもありました。部屋中の掃除最適日でもありました。そんな家事全般を早々に済ませ切り上げして、大王さまはろーまを抱き私はお嬢を膝の上にのせて車で5分の広々とした公園までひとっ走り。

行楽日和と見まがうくらい好い天気なのに誰もおりません。いつもであれば老若男女の別なく散歩にジョギングにの人々の姿やスケボーの若者だっているのに。いろいろ勘ぐるに、もう間もなく中学や高校の卒業式。それに高校受験だって直近に迫っています。心あるご家族に至ってはかわいい我が子のターニングポイント間近にいそいそと散歩やらにうつつなどに抜かせんわなぁなど。息子たちのそんな大ごと行事がひと通り済んだ我が身と我が家、あの日あの時のさまざまに懐かしさが湧いてきます。鮮烈だったひとこまひとこまの場面、思い出も遠のいていきますます身軽気軽になりました。

 

公園ではどこからともなく漂ってくる梅の香。何て言うんだろう。空気を分断するような梅の香りの帯みたいな。この香りが目に見えるのであれば、それはかすかな風になびくお線香の紫煙のようかもしれません。ちょうどその馥郁とした香りの帯の高さと鼻の位置とが合致した時こそ香りの強さをことさら感じて春を愛でたくなります。疲れも雑念も一瞬にして忘れさせてくれるような香りの優しさと力強さに感謝ですね。ふりそそぐ春の陽もジワーっと五体を弛緩させてくれます。自然のひとつひとつの役割に感謝です。

ちなみにたいそう昔から亀田製菓の『梅の香巻』というせんべいがありますが、若い頃の私はずっと『梅の、かまき』だと思っていました。あれはCMのイントネーションでずっと思い違いをしていました。梅の香巻であると知ったのは自分がいくらか風情を好むようになった20歳代でした。

 

お嬢もろーまも大喜びしていました。抜きつ抜かれつの駆けっこをしたり、同じ場所にとどまって一生懸命にニオイを嗅いでいたり。猛進して追いかけてくる若造に嫌がりもしないお嬢。最近はお嬢もろーまに心を開きはじめました。あれだけ嫌がり疎んじていたのに、お嬢の春先の生理終了とろーまの去勢で、持ちつ持たれつの境遇というのか身の上というのか、この家の空気と我々人間のキャラの何ごとたるやに目覚めたのかもしれません。

お嬢も人間の年に変えるとぼちぼち中年から壮年の域かも。ハツラツとしていた若い頃と容姿も動きも落ち着いていくのも当然でしょうが、私の方がまだ尖がって生きているのはお嬢に比べて心が成長していないってことでしょうか。まぁ人間の方が日々の暮らしのなかで悲喜こもごもさまざまあるので致し方ないことではありますがね。



 

ちょいと所用のつもりが久大沿線放浪に


道の駅うきは
■一気にいちごが好きになりそうな美味さでした■
道の駅うきは
■道の駅うきはから見た大きな平野。のどかです■

昨日、ちょいと久留米に行ってきました。途中、道の駅うきはに寄って今頃の果物と野菜を思う存分に買いました。うきはといえばフルーツの郷。夏なんてピオーネなどさまざまな種類のブドウやら、それに梨も有名です。

開店とほぼ同時に入った昨日は、朝とれのべっぴっさん揃いのイチゴが整然と並べられて買い求めにやって来る老若男女を今か今かと待っているふうでした。もちろん果物大好き人間である大王さまはすぐにイチゴのコーナーに駆けつけて思う存分に購うておりました。なんでもこの道の駅は九州でも抜群の人気店とかで確かに宅急便専門のがありました。きっと果物の最盛期の頃は地方発送にと長い列ができるんじゃなかろうかと。よっしゃぁ〜〜〜、夏にはお世話になっている友人たちに送って進ぜよう!!

我が家もイチゴを筆頭に地元の野菜と総菜を思いっきり買いました。その後、久留米に向かうのも気にせずに大量買いして喜ぶふたり。異常ですね。

 

久留米には所用のほかに、是非とも行ってみたかった食堂があるのでそちらにも。

所用がメインなのか食事がメインなのか分からないくらいに、実はほぼ憧れっぽい思いで恋い焦がれていた「ひろせ食堂」でした。この店はラーメンと焼き飯が有名。特に一人前の焼き飯の量がそれはそれは半端なく多いということで、近在近郷四方八方に知れ渡っているとうか。そんなことをすぐに調べるのが上手な大王さま。久留米のラーメンに焼き鳥にと、ずいぶんと足しげく通っていますが、ひとつずつ小出しするみたいに探しては実行しているという洵に非合理的な私たちです。

「一発で済まんかなぁ。何回も久留米、飽きたで」

「いいんじゃないですか。食べることが好きな兄さんだから」


久留米ひろせ食堂
■もう食えねえ。聞きしに勝る超ド級てんこ盛り、驚愕の大盛り焼き飯!!■

 

さて、その「ひろせ食堂」。店の前の駐車場には正午前にもかかわらずもうすでに満車。私たちも間に合わず、ご近所の大型スーパーにこそこそと停めさせてもらいました。

ラーメン焼き飯セット。待つこと10分少々。デ〜〜〜ンと御目文字叶ったその焼き飯の堂々とした容姿にビックリ!! お客さんの注文ごとに焼き飯をこしらえているのはこの店の大女将さんでしょうか。2人前だったり、3人前だったり。きっと息子さんでしょう。お隣でつくっているラーメンと歩調を合わせるかのような手順。いやはや一人前の焼き飯がどんぶり一杯弱ですから、一日中中華鍋を振っている大女将さんの精神力と腕の力たるや、長年の慣れとはいいながらすごいことです。

まぁとにかく驚きました。それに皆さんよく食べてるし。若い人中年の人の健啖ぶりにも驚愕しました。大王さまはとうとう残してお持ち帰りに。カウンターに座ってしまった因果で、目の前で黙々と中華鍋を操っている大女将さんを前にして残すのは絶対に失礼だと妙に律儀になった私は……、死ぬ思いで完食させました。もう本当に死ぬ思い。大食い選手権の大食い男や大食い女の強靭な胃袋が信じられません。ラーメンも大変おいしかったのですが、こんなに大量の焼き飯を並行して食っていたら美味しラーメンも陰に潜んでしまいました。しばらくは焼き飯、チャーハン、いらない(笑)

しかしやっぱり素晴らしいお店でした。あんなにたくさんを食べさせ続けてくれているお店の心意気にも大満腹になりました。若い人たちのためにもこれからも繁盛していただきたいです。

ひたすら無言で焼き飯をつくっていた大女将さんに「ご馳走さまでした」とひと言。とっても素敵な笑顔で「ありがとうございました」と言ってもらいました。腹も身の内を痛く感じながらも、そう言ってもらえて嬉しかったです。やっぱり完食してよかった。



豆田町界隈
■豆田町の界隈。ホント、日本人以外の人の多さったら。そのうち国土を乗っ取られるかも■

腹ごなしに日田市の豆田町にも寄って少々散策。前日から日田市ではお雛祭りが行われていて旧家ではご自慢の雛飾りを競ってご披露。雛飾り見学はパスして豆田のそぞろ歩きのみ。ここにも中国や韓国人ばっかり。ケバイのとやかましいのでとっても不愉快。大声でしゃべらずおとなしく街歩きしてくれればいいのに。なんか風情も半減です。それにこの街も観光地化してしまって、それぞれの店先では呼び込みのお姉さんがずらりと。数年前まではこんなこともなく静かだったのに。俗化して魅力半減。日田市の数少ない観光地だから仕方ないことでしょうね。



天水アプローチ
■山荘天水の玄関。嬉しいことに影も形も気配だって外国人ゼロ!! これぞ平和ってもんです■

天水風呂
■運よく誰もおりませんでしたので写真を撮りました。大王さまのヌード撮ったら叱られた(笑)■

気分直しにと大王さまが提案してくれたのが日田市からさらに別府湯布院寄りにある天ヶ瀬温泉。ここの「山荘天水」がとっても素晴らしいので立ち寄り湯しませんかと。

山の奥にある宿は喧騒から離れたとっても静寂な世界に佇んでいました。木々に囲まれて本館までの小道というか露地には、囲炉裏や足湯、古民家風の売店など様々な趣向が施されていて、「兄さん好みだね」と大王さまが脇から何度も。これは「いつか泊まりに来ようよ」という催促のサインでもあります。アプローチに感嘆し、その期待を裏切らない宿のなかのしつらいの数々。家具は李朝か。それとも大正ロマンぽさか。しっとりとした雰囲気がいろいろミックスされていて飽きません。

スタッフの対応も無駄がなくてそして丁寧。これもまた心地よいことで。

そして立ち寄りのお客が使える露天風呂。無色透明のきれいなお湯でした。近くには滝があり、スッポンポンで滝見もまたダイナミックなことで(笑) 小川のせせらぎの音もF分の何とやらで心がほどけていく心地よさでした。

「こりゃ一度は泊まりに来たいね」

「でしょう。夏もいいかもしれないからぜひ!!」

「そうやね。それまでには腹ぺっちゃんこのナイスバディになっちょらんと」
「そこまで突き出てたら無理でしょうけどね」 

食い気も捨てきれないし、色気もまだ温存しておきたいし。欲張りなことですが、これが生きているという確たる証拠、人間の本性のままの証拠ということでしょうね。

それにしても焼き飯爆食いのお陰でその腹持ちたるや。24時間経っても、この私が空腹を覚えなかったのですから爆爆なご神威であったということでしょう。丁寧に半分持ち帰った大王さまは、「わお、冷めても美味しい!!」と爆量の余韻ともども思う存分堪能しておりました。




 

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