おやじ歳時記

60になったしでサブタイトルは「おじじ歳時記」でどうよ。

お盆

檀家さん廻りに遑のないお寺さん同様に初盆のお参り三昧に明け暮れておりますが、一昨日から体調もイマイチだしでもうそろそろ家でのんびりしたくなっております。
明日15日は護國神社で終戦の日の「平和祭」が斎行されます。真夏の正午前後の大きなお祭りは神職さんも、ご奉仕の皆さんも、参列者も、皆さん本当に大変です。最近は新たな涙を流す人が少なくなりましたが異常気象の猛暑のお陰で涙の代わりに汗みずくの皆さんです。そんな明日は撮影です。
ご高齢の参拝の方がめっきり少なくなりました。時代の流れは戦争のすべても風化されていくような心細さです。
米朝が口撃合戦をしています。若造の口車に乗せられているのはどうやら老人のトランプさんの方に見えます。北朝鮮のあの3代目、あの人だけ何とか始末できれば良いのでしょうが。いずれにしてもこの日本に火の粉が降りかからないように、自信家の安倍さんが国と国民を守る大きく強い采配を振るってもらいたいものです。これまでさまざまを言ってきたあの方の真贋が試されると心して覚悟してもらいたいです。


タカサゴユリ
■タカサゴユリと言うそうな■

タカサゴユリ
■我が家の庭に咲いていたのになんとなく豪華に見えるのは百合が持つ品格だからでしょうか■

ブロ友さんであるトリテンさんの記事にタカサゴユリのことが。ハタと気付きました。我が家の北と西の庭のスペースに年年歳歳ユリの花が増えていっています。数年も前の最初は可憐に一本でした。ところが年ごとに花を咲かせてくれるようになって驚きながらもほぼ放置していました。トリテンさんのブログを拝見してすぐに見に行くと、去年よりさらに多くの百合の群れが。それも今が切り頃のような咲きっぷり。タイミングの良さにトリテンさんのいつもながらの超能力を感じました(笑)
我が家に咲くユリがタカサゴユリという名のものとは露ほども知りませんでした。漢字だとおめでたい高砂百合でしょうか。もう一生縁のない「高砂やぁぁこの裏船に帆を上げてぇぇ」です。
「ほほう。これがタカサゴユリというユリなのか」
花とて命あるもの。この炎天下の下でそのまましおらせるのもかわいそうなこと。それにこれだけの数に増えてと。鋏を入れて切ることにしました。まずは今日の収穫は10本ほどでした。まだまだツボミのあるものがいくつかありますが、もう少し経ってからそれらも切り花にしようと思っています。


床飾り
■我が家だってお盆です。気持ちだけでもご先祖の供養をしています■

せっかく切ったのです。ガラスの花瓶に無粋な生け方、無作法不調法の生け方で飾ることにしました。誕生日に立派なアレンジメントフラワーをいただいたので、いつまでも長持ちさせたくて切花延命剤を買っていたのでそれを
希釈してほぼ野生だったユリにも長生きをと。リビングに置くのも気が咎めるくらいに大きな姿になりました。薔薇族ならぬ百合族屋敷ですか!!みたいな。
明日は午後からお世話になった宮司さんがお見えになります。先のアレンジメントフラワーにこのタカサゴユリにと男所帯の花尽くしに「何ごとか起きたのか」と驚くこと間違いないだろうと。それも気が引けるので切って花瓶に生けているユリは床の間に持っていきました。
今年のお盆の床飾りは『空海十三仏図』の掛軸。それといつもは玄関でお客人を迎えてくれている、私の最も好きな骨董『観音像』にしました。その脇に我が家で咲いた花を手向けることができたなんてと思うと、今までやったことのないしつらえの空間に、先日60歳になったことに悶々続きだったのが、俄然輝きに転じたような感じでいるところです。これもお盆ならではの仏縁、そしてブログ縁かもしれませんね。


えべっさん

60歳の報告がてらご先祖様の位牌が居並ぶ本家に帰んなきゃいけないのかと、この年まで知らずに本気で思った『本卦還り』の言葉。若さまから教えられた貴重な日本語の、そんなゆかしい節目が始まったばかりのの人生再スタートのここ数日。いろいろな方々からさまざまなお祝いをいただきました。お品も言葉も本当に嬉しいです。こんなお祝いのいただき方って人生の節目の年祝いゆえの身に余る余禄かもしれませんね。次のお目こぼしは大王さまが今回、還暦と古希とをよく言い間違う10年後の古希の年祝いですね。


人さまからいただいたお気持ちの数々の喜びに心を沈めながら、ふと閃いたのが自分自身で記念の何かを調達してはどうかと。マイプレゼントですな。
第一候補、真っ赤なフレームのシニアグラス。第二候補、大好きなサイドベンツのスーツ。第候補、大王さまとお泊りグルメの旅。
「どれします?? 所詮、自分でお金出すんだけど」
「赤いメガネ?? 年考えてやめときな。スーツ?? また太ったらまた買う羽目になるんだから少しは瘦せようと努力しないですかね。旅行はただ今夏休み真っ最中でどこも高いですよ」
どれもこれも見事なまでの消去法で何も残りませんでした。オール却下!!
「ちぇっつまらんのう。60歳の記念だよ。この際だから何か欲しいというのは人情でしょうもん」
8日の誕生日を過ぎて以来ひとりで購入意欲悶々過ごしておりました。根っから買い物が好きな人間なのでつまってもつまらなくてもそれなりの理由を付けては買いたがる性分。60歳、本卦に還ってもそんな病は治りはしませぬ。いっそのこと8月8日は瓢箪の日とやらなので千成瓢箪の飾りでも買ってケバケバしく暮らしますか。いえいえ、いくら瓢箪が縁起物で賑々しい千成瓢箪でも所詮、のっぺりツルリンとした瓢箪の姿かたちは好きにはなれません。ならば骨董の何かを。
「置く場所がない。部屋が狭くなった。いつ使うの??」
ひとたびご機嫌斜めになりにでもすれば我が骨董とこの蒐集家に八つ当たりされるひどい最近。身も蓋も骨董もござりませぬ。つまらぬことで諍いになりとうもござりませぬ。このたびは骨董はあきらめました。


「おぉそう
や、そうや。オレさまが死んでも未来永劫に遺るものを探そう。遺るもの、遺跡。遺跡ったらモアイ像みたいな石よなぁ。石、石像、石仏!! おぉ!! たどり着いたぞ。庭に据える石仏買おうっと」
ということに閃いてすぐさまネットオークションを。黙って、極秘のうちに遂行でありました。
「ア〜〜〜、サクサクサックサクッと!!」
ありました。ありましたがな縁起の良さそうな恵比寿さまの石像。えべっさん。仏さまの石仏探しをやめて、いとも簡単にすぐさま神さまの石像に宗旨替えした尻軽60歳
このえべっさんを我が家に招じ入れて益々我が家は繁栄し、たちどころにハッピーこの上ないこと間違いないかと。われ死してのちも「これは親父の……、これはトウモロコシ爺さんの……、そのまた爺さんの……」と、しつこい私にぴったり。いついつまでも朽ちることなく私を偲び続け当家は弥栄えてくれましょうぞ。しつこい永久不滅、風雨にさらされても根性のまま居てくださるだろう石づくりのえべっさんを落札して我が還暦メモリアルモニュメントにしました。
一生懸命に落札に励んで我が神さまになってくだすった恵比寿さま当家到着はお盆明けになりますが、しっとりと収まりましたら改めてご披露させていただきます。鎮座の場所は庭ではなく玄関前の萩壺。それも玄関ドアに向けて据えようかと。家に向かって「福は内」ですもん。
却下却下とつれなくされた割には自画自賛ならぬ自燦となった結果に大満足しています。


さてお盆ですね。今年は昨日から数軒の初盆のお参りに行っています。ほとんどがオフクロさまの代参ですが
そんななかでご近所のよしみさんのお父上の初盆のお参りに福岡県のご実家まで行ってきました。
このご夫婦には
9年前に父が亡くなった時にお手伝いしてくださったり、初盆にもお参りに来てくださったりと懇ろな気遣いをいただきましたご近所ながらお互いの冠婚葬祭にはしっかりと大人の流儀のお務めをしているお付き合いが続いています。若さまと先方の息子くんが同級生という長いご縁でもあります。見栄ばっかり張って常識知らずの中身のない目立ちたがりの人間とは大違いです。
お父上の訃報では家族葬でと付け加えてお知らせくださったのでお参りは遠慮しました。しかしいくらなんでも初盆にお香典一包みを預けるだけで済ませるなど私にはできません。これまでの義理が立ちませんもん。遠くからわざわざと遠慮がちに言ってくださいましたが、それはそれですから伺いますと半ば押しかけですが
我が家から高速道路を走ってものの時間。日田行きと遜色ない距離と時間に躊躇やら面倒やら感じる隙などあろうはずがありません。初対面のご親戚や知らない土地でのお参り、しっかりと役目を果たすことができました。土地が変われば風習も異なるということも大いに勉強させてもらいました。
それによしみさんの立派なご実家や素敵なお母上のあり方、生まれ育った街並みや清らに流れる美しい川の風景にも「彼の人となりのルーツ、さもあらん」と確認と納得も出来ました。やはり旧家のお坊ちゃんだったと。素晴らしいお里でした。 


そう言えば秋田で……、こちらでは信じがたいような葬送に遭遇して驚いたことがありました。
骨葬(こつそう)と言って、お通夜や葬儀告別式の時にはもうすでにご遺体を荼毘に伏し、お骨を祭壇に安置して式を執り行うのです。ご祝儀などハレの場に小豆の赤飯があるように、東北人は不祝儀に黒豆の黒飯(こくはん)を食べるというどうやら東日本独特の風習もあってこれにも驚きました。ちなみにまったく初体験だった黒豆仕立ての黒飯は美味しゅうございました。
大王さまの親父さんが亡くなった時、当時東京在住だった私はまろび転びつ秋田新幹線に飛び乗って、秋田駅でローカル線に乗り換えて地吹雪激しい秋田のこぢんまりした駅に降り立ち、吹雪に揺れるタクシーに乗って大王さま宅へ。親父さんと最後のお別れをと数珠を握り締め、いざ祭壇前に進みましたがそれらしい大きな箱も布団に横たわる物体も、影も形もない不思議さではありませんか。
「親父さん。まだ病院?? それともお寺で葬式??」
「いや。親父ならあそこ」
指し示されて見れば祭壇中段中央のそこには白い布に包まれた四角の箱ひとつが。
「えっ!? もう焼いたの?? 最後に一目だけでも会っておきたかったのに」
「そうですよ。これからのお通夜と明日のお葬式はこのまんまのお骨でします」
いやはや驚きました。遠くからの人は最後のお別れもままならないとても忙しいテンポです。


さらにお坊さんの読経の間にまわり来るお焼香の時に、手順通りのお焼香流儀の前にそれぞれの人が目の前にやって来たお焼香のお盆に10円だか50円だかの硬貨を置くのです。どんどんうず高くなっていく小銭の山。そんなことなど露知らない私。大慌てしましたがあとの祭りで、焼香礼拝のあとお次の人へと小銭の山を壊さないようにゆっくりとまわしておりました。そんな風習なのでもちろん用意していたのでしょう。老若男女を問わずに。
そしてさらに!! 葬儀が済んだらすぐに墓地に行って納骨。四十九日まで自宅で24時間線香を絶やさずに供養三昧のこちらとは大違いのやり方にまたまた驚いたものでした。別れ方が潔いというか、逆に現世で生きている人への無駄というか委細を省略させる優しさみたいなものを感じました。
「おめたち、早えとこ家さけえって日常生活さ戻んだぞ」かな。
こんな骨葬に対して普通のやり方の葬儀を生葬(なまそう)と言うそうですが、なんだか生々しいこちらの方が違和感のある呼び名ですね。だったら土葬はナマステ、生捨てでしょうか。
確かに冠婚葬祭って地方や場所、ややもすると家々の宗旨によって大きく様変わりすることもありますね。しかし見たこともないようなお葬式の在り方は強烈でした。よい勉強になりました。

さてお写真数枚を。高速道路は使いませんの鶴、いいや、鷹のような野太いひと声で福岡の帰りは一般道を走りました。途中、亡き父と縁の深かったトラピスト教会に寄って、そこで修道士さんたちが作っているクッキーを買って帰って父のお盆のお供えにと思ったのですがあいにくクローズ。残念!! 息子の思いはキリストさま経由でも父には届かなかったようです。
3枚目のは別府湾が眼下に大きく広がって見える十文字原展望台です。夜景も素敵。心霊スポットでもありますが(恐) 
立派な体つきでとどこに行っても最近大評判の大王さま。しぼんで垂れてと小さくなってゆく私と違って確かに大きいかたまりになりました。顔が小さくて首から下が大きい。妬ましいことです(涙)

トラピスト教会

トラピスト教会

十文字原展望台

ここ数日、朝の空気がいくらか涼しく感じるようになりました。立秋からぼちぼち一週間。優しい秋の気配が、今年の夏の激しさを少しずつ払しょくしてくれはじめたのかもしれませんね。いえいえ、まだまだ油断は大敵。くれぐれも気を緩めずにと思っています。
さてお盆のお務め、もう少し果たすことにします。


ワンダホー!!

お題のように素敵体験をしてきた本卦還り中の私ともう一羽の酉年の大王さま。お使い物にした竹田市菅生(すごう)のトウモロコシがえらく評判が良くて、それでは我々も実食といきましょうかと連れ立ったのが先週末でした。ひとネット5本入りで700円そこら。これは採れたて畑のお隣で直に買わねばひと夏を後悔するに決まっていると。
事前に道の駅に電話して本日の収穫の模様はいかがざんしょと。それに美味しそうなのをピックアップの上、是非とも取り置きをとお願いしておきました。取り置きは造作をおかけしますが、目的地に到着するまでの安心感は例えようがないことは先の『おかわかめ』で実証済みであります。
我が家からものの1時間で着く速さは中九州横断道路が大分市のお隣、犬飼町からずいぶん先の竹田市の手前朝地町まで開通したからかもしれません。昔なんて竹田市に行くのもうんざりなくらいのカーブあり直線あり、川越え坂道越えだってありの遠出気分の運転でした。あの国道57号線は目まぐるしい道でした。それが今ではあっという間に竹田市を過ぎ、またまたあっという間に目的地の道の駅菅生に着くのですから万々歳です。


菅生のとうもろこし畑
■かき曇って雨まで降ったので地味なトウモロコシ畑の写真になりました■

あいにくの小雨ながら気温は灼熱大分市と雲泥の開きの25℃!! まさしく寒冷の地。あちらこちらの広大な畑には見覚えのあるトウモロコシの尖りの群れが整然と!! 
「兄さん!! 信じられないくらいここ涼しいね。何だか北海道のおばさんちを思い出すよ」
「いや、まさしく避暑地の趣だ。地獄に仏ちゃこのことよ。大分に戻りたくなくなりそうよ」
取り置いてもらっていたのはイエロー種の恵味(めぐみ)ゴールドと、お初にお目にかかりやすの粒が白いホワイト種。白い実なんてまだまだ未熟な出来損ないかと思った私が出来損ないの見識でした。


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■皮をむきまずナマで。ホワイトもナマで。絶対にナマが良いと初めて知った美味でした■

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■黄色プチプチ■

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■白もプチプチ■

目と鼻の先にある炭酸温泉の七里田に寄ろか寄るまいかと悩むより先。菅生の親切なお姉さんがぜひお試しをと勧めてくれたナマ食!! 今日は泡ツブツブの温泉どころじゃない一気に家に帰ってナマのツブツブを初体験で食わねばと大急ぎしました。なにせトウモロコシは採ったらすぐに皮をむいて蒸すなりチンするなりして保存は冷凍。旨味を逃がさぬようにせねばなりません。一刻の猶予も許されないのです。
大急ぎで取って返して、行って帰っての所要時間が怒涛の2時間10分でありました。
ではかしこみて頂戴することにいたしましょと。まずは黄色の恵味を。腰を抜かすほどの美味さ。そしてホワイトのに移った時にはもうふたりとも呆けの極致でありました。ひと口食べると果汁がぽたぽた滴り落ちますの。腰を抜かさんばかりの出来事になりましたわ。
「おぉ!! おぉ!! これは!! まさに果物!! それも果物以上のすっごい甘さだ!!」
「これはすごいね。こんなの初めて!! 北海道でも食べたことないよ。びっくりしちゃった」
いやはや目が白黒でした。
まさしくまぎれもない正真正銘のスイートコーン。糖度はメロンより甘いかもしれない18度。これはスイートコーンの王様、キングです。
「ワンダホォォォー!!!!」


そんな菅生のスイートコーンもお盆まで。お盆を過ぎると今年はお終いとか。
ひと月前に東京若だんな夫婦から送られてきたお孫の写真。小さな手には皮の付いたまんまのトウモロコシがありました。何となくいとおしそうに抱いている姿に、もっとたくさんをとなんとかしてやりたいもんぢゃのうとジジイの心がくすぐられておりました。
「トウモロコシが大好きでキッチンから『はい』って言って持ってきて差し出すんですよ」
そんなことを聞いていたのをしっかり思い出した本卦還り途中のジジイ。菅生の超美味のトウモロコシの味を知ってしまったからにはこの味を是非とも我が孫にもと。
昨日は気温摂氏37℃のなか、お近くの郵便局に行ってふるさと小包でジジイが食べたのと同じものを送ってやりました。なんと申し込み受付期限が8月10日の本日まで。寸前で今年の受付が間に合って滑り込みセーフでジジイの快挙を成し得ました。若ぎみの覚えめでたきを得るにはジジイはたとえ灼熱のなかでも頑張れるものでしょうね。60歳になって、ワンダホーの初グッジョブとなりました。
良かった。これでトウモロコシジジイとしての地位を得たのではないかと。ふふふ。


さて北朝鮮がとても不遜な態度へと拍車がかかりはじめています。アメリカのトランプさんと罵り合いの応酬です。やけくそ、自滅も辞さないみたいな不気味さです。あそこまで増長させたのは中国とロシア。それに韓国青瓦台の猫の目のように変わる対北朝鮮政策。そしてバカな日本の政治家。プロレスラーくずれのあの国会議員など北朝鮮に招かれて何をしてきたんだか。旧社会党だってそう。これまで何が平和的解決ですか。もし日本にとばっちりでもあったら北朝鮮詣でをしていた功名欲しさの政治家はどんな責任を取ってくれるのでしょうか。
何十年もかけて脅したりすかしたりしながら人道支援を盾に金品や米を貯えるだけ貯えて、その裏ではしっかりと軍備に余念がなかったということ。手練手管海千山千の3代にわたる指導者は与太たかりに秀でているということでしょう。
しかしどうなることやら。島根、広島、高知の上空を通過させグアムに向けて中距離弾道ミサイル4発発射の用意やら日本ごときは一瞬で焦土化など豪語していますが、日本の政治家はこれから一致団結してこれに対応してもらいたいです。一般人の犠牲が少ないように、戦争にならないように祈るばかりです。あの脂身の塊のような三代目だけ瞬殺の神業を駆使できれば良いのですが。


安倍総理の思うままのやり方は確かに良くないととですが、今この日本でもしかしたら安倍さんが一番のかじ取りの役目ではないかと思います。だってあの民主党がぶち壊した日本を、ここまで立て直すことができたのはひとまず安倍さんですから。さらにあの豊田やら今井やら中川やらを辞職させたらもっと安倍さんと自民党の株が上がるのではないでしょうか。まずは要らぬ者を切り捨てること。
気のおかしい連中から侵される。そんな国難がひたひたと忍び寄っている言いようのない恐ろしさを感じているのは私だけではないと思います。どうする、日本の政治家たち。どうやってもらいたい、日本の国民たち。そしておバカなニュースばかりを取り上げては、報道の責務だ言論の自由だと下劣さとひね曲がりを正当化している日本のマスコミ。ぼちぼち『伝え手』の矜持と本当の責任を発揮してもらいたいものです。


KANREKI

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■豪華なアレンジメントフラワーと大好きなスパークリングワインでしみじみ還暦の宴■

今日60歳になりました。四半世紀生きた半世紀生きたなどもはや完璧にクリアしてしまいました。
若さまからは本卦がえりおめでとう。若だんな夫婦プラス若ぎみからも益々若々しくあってちょうだいとワインを添えて。それぞれメッセージが届きました。東京の大切な友人からは立派なアレンジメントフラワーが、別府のお茶々の先生からはケーキが贈られてきて、さらには電話やらメールやらで我が家はにわかに入船の賑わい、大漁旗なびかせるような終日になりました。


50歳になった年の秋から10年間、このブログを続けて、年ごとの、さまざまな、折々の、ありとあらゆる出来事をほぼ無責任に綴ることができました。まさしく50歳代の丸々10年間の思い出をかたちあるものとして残すことができました。これもひとえにこの場所に来てくださっている皆さんのお陰であるとしみじみと感じています。無為に過ごすよりも数倍も、数十倍も充実させていただいた10年間でした。あらためて感謝申します。


ひと月前から今日の日を迎えること、とても嫌で嫌で仕方ありませんでした。あと5年もすれば立派な高齢者にもなるし、何よりも友人たちがぼちぼち定年を迎えようとしている報せに、自由人を豪語していた我が身の持って行き場の無さに言いようのない寂寥感に浸かっていました。
自分が若いと思えなくなった事実にも何やらの恐怖を感じてもいます。それはいちいちに立ち向かえなくなった知力と体力の衰えへの恐怖でもあります。30歳代、40歳代が昨日のことのようにひとつひとつ鮮やかによみがえるのも今の自分にはただ酷なことだと思っています。
あっという間に時間(とき)は過ぎ、容赦なく遠くの方へと去っていくことを今になってひしひしと気付いています。こんなことならばもっと丁寧に、真剣に、優しく厳しくあの日々を過ごせばよかったと、もう二度とこの手にすることのできないあの日あの時あの一瞬を慕っています。


まだまだ当分は先のことだからと安心していた60歳という人生の節目。そんなお年寄りの入り口である還暦の淵に立った今日、これからのことをゆっくりと考えることにします。
明日になればあっけらかんとできるかもしれませんし、世の中のシニアの皆さんと遜色ないシニア然とした私になっているかもしれません。
ただいくつかやり残したことがあります。それを片付けるまではもうしばらく『私らしく』生きていければと思っています。


「ナーバスなやぁ。センチメンタルやなぁ。あ〜〜あ、今日はつろうございますわ」
朝一番に誕生日おめでとうを言ってくれた大王さまに向かって、贈られてくるいろいろを尻目に今日は一日中、ナーバス&センチの単語を投げかけました。ほぼ無反応ですが。
60歳をひと区切りにするならばまたゼロからの出発です。恐れずひるまず文句を言わず明日から新たな一歩を歩むことにします。このブログには素敵な先輩方が先を歩んでくださっているので心強いこれからであると信じています。



今日は立秋、そして明日は。



大分ではまたも空騒ぎで終わった今回の迷走台風。すかされましたなぁ。実家の雨戸の閉め回し、オフクロさまの我が家への避難。そして我が家の植木鉢など小物類の片付け。そのてんてこ舞い舞いすべてが無駄に終わりました。
しかし先月の北部九州豪雨の被災地にまで類が及ぶことなくまずは良かったと思っています。どんな災難でも小難に越したことはありません。そして願わくば無難が何よりです。追い打ち……、いくらなんでも神様はそこまでひどいことはなさらないというか、そんなひどい自然災害を神様が何度も許すわけがなかったんだと安堵しています。
我が家の備えの行動など被災地の人々の毎日の過酷な作業に比べたら取るに足らないことです。申し訳なさと今ある自分に感謝です。


さて今日は立秋。嬉しい秋の文字がボチボチ世間にちりばめられる季節になりました。まだまだ気温は軒並み30℃超えが続いていますが、暦を見るたびに季節が涼やかな方向へと変化していく楽しみに喜べるかなと思っています。とは言いながらまだまだ暑さは盛りを増すかもしれませんし、お盆という行事も控えているしで当分は汗みずくの暮らしが続きます。
今年は初盆が数軒あります。父の時にご夫婦でお世話になった方のお宅も初盆です。父上の新盆のお参りに福岡まで行くつもりでいます。
『人にしたことよりも人からしてもらったことを忘れずに生きる』
誰かの言葉でした。本当にその通りだと思います。やったこと……、人さまにしてやったと高飛車に思い、それを忘れないでいる人間は、いつまでもお返しをあてにして待っているということ。そんなことはまっぴら大嫌いです。そんな下心見え見えの卑しい人間がいること、情けないですね。そんな人に限って最初は融通を利かせたり何くれとなく親切をしてくれます。ところが慣れという時間が経つにつれて「やってやっている」という気持ちに変わって、いつの間にやらとんでもない本性が現われはじめます。恩着せがましくなるし代価を期待しはじめます。「してやったのに……」、そう思われないうちにこっちから身を引くことですね。そんな人はきっと余所で、こちらの有ること無いことのさまざまを喧伝して憂さを晴らすようです。


今日は立秋、二十四節気も13番目になりました。節気や節句は祈りだと思います。季節への祈り。移りゆくものが安寧であるようにとの祈りではないでしょうか。節目節目の大小のお祭りや行事を大切にし、真摯な気持ちで神様やご先祖様に祈りを捧げる心とかたちの美しさ。日本の気候風土と相まった宗教や伝統の、それは発祥かもしれませんね。


さて大きな節目、人生の節目が明日、我が身の上に覆いかぶさることになります。
台風が何ごともなく去ったようにオフクロさまも今朝、住み心地の良い自分の家へと元気よく帰っていきました。今夜はその否応なく迎える明日の前夜。これからの人生が少しでも無難であるようにと静かに過ごすことにします。


なんとシュールな!!

スイカとから揚げ回遊の数日前のことでしたが、迷走台風がやってくる前にと宇佐市院内町再びの目的をこじつけまわしてお出かけしてきました再びの目的のその理由は、先日食ったどじょう鍋
道の駅いんないの店頭に並ぶ『おかわかめ』ゲットのため。

このおかわかめったら夏の疲労回復に絶対的なパワーを発揮してくれる、我が身にとっては数年前から救いの神さんみたいな野菜です。ツルムラサキ科らしいですがツルムラサキよりもクセがなくて食べやすいのが魅力です。これをさっと茹でて雑に刻んでお味噌汁の具にします。その粘りと言い食感と言い、まさしく新鮮なワカメ、浜辺のワカメと同じです。
先日買って帰ったのがあまりに素晴らしいおかわかめだったので、今回は前もって仕入れてもらって取り置いてもらいました。院内までの道々はゆっくり。おかわかめを買ったらせっかくだから院内から日田まで足を延ばそうと。ついては……。
「今日は高速道路にはのらないからね!! とにかく下道でを走りますよ」
「この暑いのに高速道路を走らずして長距離を行くのかえ?? あんたも激しいねぇ」


自宅を出て国道やらを縫いつつ、大分市街地と別府市街地をスルーするのだけは勘弁してくだせぇと懇願して、やっと自宅近くのICから別府ICまではなんとか高速道路を走らせてもらいました。
「はい。ここで降りて!! あとは下道だからねッ!!」
空は高気圧に覆われ、大王さまは高圧的に!! 身辺は夏の高気圧が真っ盛りでありますね。どうやら多くの人は遠近を問わず高速をあまり使わずに、国道ゆるゆる走行を旨としている(らしい)という事実をつかんだようで、どこ行くにも高速を走りたがるほぼ直情径行型の私への、この日は戒めらしゅうございました
「たまには普通の道を走って心落ち着かせるのもいいんじゃないですか。あまりにまっしぐらだと情緒も穏やかさもあったもんじゃないですからね。それに高速だと兄さんは気が立つもんね


約束通りに
別府ICで高速道路を下りて一般道で院内町の方向へと進みました。別府市の山を越え、安心院町のアフリカンサファリ前を過ぎたあたりから、ここは初めての道と喜び始めた大王さま。
「アフリカンサファリ、行ったことないね。兄さんのお孫が大きくなって帰省したら連れて行ったらどう?? 動物が好きだったらきっと喜ぶと思うよ。やっぱり一般道にはこれまで知らなかった魅力が……、ほらこんなにあるでしょ
「そうよなぁ。お孫の父である若だんなも幼稚園入園前のほんの子どもの頃にジジババ打ち揃って来たもんでした。あれから27年、いや28年か。死んだオヤジ、わたし、若だんな、そしてお孫。4代にわたって縁のある場所になるわけよね」
ここに車に乗ったまま動物が観られる施設をと、サファリ誘致に奔走していた父のことを思い出してしまいました。


東椎屋の滝
■頭のてっぺんに降り注ぐマイナスイオン!! 毛、増えますように!!■

そのサファリを過ぎてしばらく走ると左手に『東椎屋の滝』があります。日光の華厳の滝になぞられて九州華厳といわれるほど美しい滝です。その優美な姿は日本一だという人もいるとか。9時に到着したので誰もいません。オジサンふたりがマイナスイオンを存分に吸い尽くすことができました。観音様を信仰していた修験者の修験の滝。ここは30数年ぶりになりました。
「帰りがきついので杖をどうぞ」
駐車場のボランティアおじさんが親切に勧めてくれた竹の杖。まだまだ不要ぢゃわと思いながらも親切を断るのもなんだからとお借りして正解!! 杖があってもきつい復路でありました。人さまの意見や親切って有難く頂戴するものですね。速足、軽い足取りで先を歩くあの方を恨めしく思うほど年を感じましたし。


「いいですか。間違っても『おかめ』とか『おかおかま』なんて口走らないでくださいよ」
人間というものは不思議な生き物で注意されたり気に留めたりすると、とんでもないことを言ってしまうの事実の通りのことをやってしまいました。口封じが仇になる!!
「あのう、おかま……。いや、おかおかま……、ありますか」
前日の問い合わせの電話でやっちまいました。


マチュピチュの秋葉様
■宇佐のマチュピチュ。確かに!!■

道の駅いんないでおかわかめを買って、親切に電話対応してくださったスタッフの方にも「おかま」の非礼を詫びるご挨拶でき、
そして茹でたおかわかめをわさび醤油に漬けて熱々のご飯に巻いて食べるという新たなレシピまで教えていただくことができました。
さてここから初めての道を走り日田市へと向かいました。途中で見つけた『マチュピチュ』!!
おぉ!! これが最近注目の宇佐のマチュピチュかと。正面の烏帽子のようなカタチの山とその下の集落の風景。確かに南米ペルーのマチュピチュ小型版でした。その烏帽子のような山を秋葉様と言うそうなです。秋葉様……、死んだばあちゃんが飽きっぽい私に向かって「あんたはあきばさまだねぇ」と言っていた言葉を思い出しました。あきばさま、きっと飽きば様でしょうか。思わぬところで大昔の暮らしの一辺を思い出しました。


まったく信号機のない快適道路、耶馬渓の片りんと玖珠町の隙間
の387号線を通りおよそ1時間で日田市に到着。とっても気持ちのよい道との出会いに、「一般道もまんざらではないでしょ」と何度も言われました。
日田市では毎度の醤油を買って社長と社員の皆さんに豪雨のお見舞いを述べて辞去。時刻はお昼前、お日さまは中天に位置しています。もはやお腹のなかから煮えそうなくらいの暑さ、気温36℃に参ってしまいそうになりました。先の豪雨で被災された人、ボランティア活動されている人がこの街にいるのにと思うと、暑さへの不平不満が口をついてしまう前に静かに退却することにしました。

「湯布院に寄ってお風呂でも入って帰りませんか」
珍しいことを言うものです。いつぞやはこちらが勧める入湯を、「夏の温泉は夜中まで熱さが残るのでいやですッ!!」、きっぱりこいたのはだぁぁれ。きっと最近は我が家の一部屋を好きなように改造して高価なトレーニングマシーンを買い込んで毎日えっちらほっちら肉体改造に燃えている、そ
筋骨隆々を露天風呂で晒したいとみました(笑) 
露天でマッパ(爆)
鶴の恩返しのおつうさんは夜ごと部屋にこもって己が身を犠牲にしつつ瘦せこけながら羽根で反物をこしらえていました。我が家の大王さまは毎日夕方になるとお部屋にこもってお肉盛り盛り目指して運動に励んでおいでます。
さてヨボヨボ爺予備軍の私の心中を察してくださった湯布院の神様、湯布院到着後に突然の雨を降らせてくれました。驟雨?? 私雨?? 筋骨隆々がか細い声で「お風呂、あきらめるよ」と。
あきらめてもらわなきゃいけないくらいの大粒の雨が、入湯をもくろみ停めてあったホテルの駐車場と車の天井を容赦なく叩きつけました。
「かわいそうだけどあきらめてもらって帰ろうかね」


七里田温泉下の湯

炭酸泉
■入ってたちどころにまとわりつく泡。バブル!! 癖になりそうになっております■

雨のひどかった湯布院をあとにして国道210号線を大分市の方に向かって走らせました。途中の雨は降ったり止んだり。変な天気です。
湯布院から30分くらい走った場所あたりで不意に。
「あんた、風呂入りたい?? だったら頑張って山越えして長湯温泉に行くかね」
210号線を途中から逸れて直入、長湯方面に向かえば30分もかからず名湯の温泉場に着けるはず。
「ほんといいの!? 兄さん、気を遣ってくれたんじゃないの。長湯だったら炭酸泉がすごいらしい七里田温泉に行ってみたい!!」
感動と感謝のすぐあとからもう催促か(笑)
ということで日本一とも言われる長湯の炭酸泉のなかでも特に泡ブクブクが著しい七里田温泉へと向かいました。
いやはや聞きしに勝る炭酸泉!! 入った途端に泡が体にまとわり着き、そして弾ける。花王のバブも真っ青!! これは温泉県おおいたの至宝中の至宝。名湯中の名湯かもしれません。
現にこの温泉の素晴らしさを聞いてと、狭い浴室なのに我々ふたりに加え、川越から来ていた初老の男性と、博多から来ていると言っていた中年の男性とも同じ風呂の仲間になれたくらいですから。


家から出てまるでリンゴの芯をぐるりとひと回りしたような大分県中心部一巡
、シュールなドライブ218km。まさかこんなことをしてしまうなど夢にも思わずに出かけたドライブとスイカ騒動元気が、今しっかりと反動になって数日間というもの心も体も呆けております。シュール、無計画、ほんと疲れるお年頃になりました。
しかし夏の温泉ならば長湯温泉と巷間ささやかれるように、確かにこの猛暑の日々においては37度のお湯のぬるさは、家に帰っても体に熱がこもることなく尾を引くことなく快適な夏の風呂上りになりました。また出かけてみたいものです。泡ブクブクの長湯温泉に。


最近ちょっとお出かけが派手ぎみの傾向に。誕生日やらお盆やら慎まねばならない行事もあるしで、外遊びは少し控えねばと以後はおとなしく過ごすことにしました。
明日は夏の節分とか。北北西に向かって阿呆なオジサンふたり、夏バージョンの恵方巻でも探してきて厄除け厄除け、疲労回復を唱えながら食べますか。
台風が来そうな雰囲気になってきました。我が家などは備えておけば済むのですが、九州北部豪雨の被害に遭った日田や朝倉のことを思うと、人の力では食い止めることのできない自然の魔の手が伸びなきゃいいがと心配しています。どうか、どうか無事に過ぎますように。



スイカひと玉のつもりが

スイカを明日に控えた父の祥月命日にお供えしたいと言い出したオフクロさま。きっとこの暑さゆえ仏さまにも冷たく口当たりの良いものをと思ったのでしょう。
「美味しければ大きいのをひと玉買ってきてほしいんだけど」
「美味しいかどうかは切ってみなけりゃ分かりませんが」
ここで口をはさんだのがスイカ男の大王さま。
「最近はしっかり糖度を表記しているから甘さは疑わないけど結局は産地なんだよね。九州だったら熊本の植木。植木までひとっ走りしてあげようか。でも兄さん最近年だしねぇ。昨日スーパーで見かけたんだけど長野の松本ハイランドすいかなんてどうよ。ネットで調べたらとても甘いんだってよ」
「変わりもしませずおさおさ怠りのないことで。さすがに小さい頃からスイカ一個抱えて食べても飽き足りなかったと言われるだけある筋金入りのスイカ男やね」


ということでひと玉2900円也遠来のハイランドすいかを買いに行きました。そしてここから引き下がらないのが大王さまのいつものパターン。いつも引くに引かれぬ立場に立たされるのが私のパターン。
「ねぇ、これから菅生の道の駅までとうもろこしを買いに行かない??」
「行かない!! 今日は行きたくない!!」
「あらどうして。いつものノリがないじゃない」

「こないだあっちこっち行ったばかりなのでカラダがきつい」
「ほんと、年取ったね。情けないったらないね」
暑い中、スイカを買い終わってやれやれ家に帰ろうと車に入った途端の提言に暑さが増してしまいました。行かないよときっぱり断った清々しさと裏腹に、とうもろこしを食べたいという吾君の願いも分からぬでもない。でも行きたくない。
「だったら佐賀関にあるとりのから揚げを買いに行かない?? 海、見たいし」
「佐賀関のと言えば丸和だね。仕方あるまい行こうじゃないの」
キッパリも結局引くに引けない墓穴掘り掘りの私。いつものパターンです。


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■旧家の佇まい。昔とひとつも変わっていないのが何よりも安心です■

丸和味揚店のから揚げは友人から教えてもらってかれこれ20数年が経ちます。まだ今ほどから揚げブームではなかった大分で、から揚げ専門店として佐賀関の漁港の近くで商いをしていたあの当時からひとつも変わっていない店の佇まいと味。息子たちが小さい頃からずいぶんと通いつめたものでした。大王さまも何度か連れてきたことがありました。
18年か19年前に上司だった人が肝臓を悪くして東京から転地療養で大分の病院に入院していました。ちょうど私の自宅近くがその病院だったのである時、しめし合わせて病院を抜け出しこの佐賀関の丸和に連れて来て近くの漁港で熱々を食べてもらいました。
あれから機会あるごとに、「あの時のから揚げは本当に美味しかった。佐賀関の海もきれいだった。ありがとうございました」と言ってくれていました。その人も50歳を直前にして鬼籍に入って今年5月で6年になりました。訃報を聞いて奥さんに電話した時に、
「主人があの時のから揚げが美味しかった。いつか連れて行ってあげるよ」
そう言っていたと話をしてくれました。もっと喜ばせてあげられること、この大分にはいっぱいあったのにわずかから揚げでと悔やんだものでした。
そんな思い出もお盆の月でもあるしのような感じで話がまとまった丸和のから揚げ。心にてらいもこじつけの理由もない、大王さまに釣られてしまったからにはひたすら「食べたい!!」という思いだけで行くことにしました。


何年ぶりかなぁ。ひとつも変わらない店先。11時ちょっと過ぎだというのにお弁当を買いに来ていた人数人。ほとんどが作業着服の若者。がっつり食べたい、きっと工事現場で仕事をしている人でしょう。我々は骨なしから揚げ300gと砂ずりから揚げ200gにしました。お代は1050円也。最近は油に当たりやすくなって胃もたれ発症が著しいので、悔しいけれど往年の私に比べてなんと謙虚なことかと。

 

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■骨なしから揚げ300g。これでも持て余すようになった私は老人街道まっしぐらね■

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■お熱いうちこそ益々美味しい砂ずりのから揚げ。これで200gね■

「熱いうちに食おうぜ!! どこかにとっとと車を停めてさ」
「すぐ近くに空き地でもあれば……。あっ!! あそこの埠頭なんてどう??」
暑さで口の中がやけどになりそうなのを覚悟の上でひと口。やっぱり熱い!! 私思うのですが、から揚げって揚げたて熱々で随分と味をごまかせるのではと。もちろん丸和のはそんな小手先でごまかしているような安っぽいから揚げではありません。しっかりといついつまでも美味しい。
中津から揚げ宇佐から揚げ、大分にはさまざまなから揚げスポットや専門店があります。ここ数年はよく食べ歩きもしました。そしてたどり着いたのが、結局昔から馴染んでいる店の味と、奇をてらったような大きな特徴(クセ)などなく、万人受けしているオーソドックスな味のもの。要は郷土料理や大衆料理に今風のつまらぬこだわりなど要らぬこと。ソウルフードの本質ってそんなものではないでしょうか。私たちが見つけたそれが答えのようです。

 

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■山も好きだけど海も好き!! 山行った時は逆を言っていた大王さまがね■

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■まるで絵画の夏風景。はまゆうと青い空と青い海。大分でもこんな風景が!!■

ここで帰宅できるのかと思いきや、ちょっと足を延ばして海岸沿いを走って臼杵まで行きませんかと。黙って引っ込むヤツではありませんが、口の中も外気もとってもアツイのにまたまたこっちが折れねばならぬハメに。風光明媚な海岸線を愉しみながらわずか30分削頃を走れば臼杵市です。仕方あるまいと。
「ほんと!! オレは貴方の望みをすべて叶えます人間だわね。まさにドラえもんてか」
「いいじゃん。今日は暇なんだから。あッ!! ここで停めて!! きれいな海だよ」
可愛いんだか憎々しいんだか分かりませんが、確かに大切な家族であるということを、昔わずかな縁のあった人を連れて来た佐賀関の風景と味を噛みしめ味わいながら改めて思った私でした。最近は反目が多くなったとは言え、従弟は浅い縁でもわずかな縁でもない、篤い家族の人になりました。


お供えのスイカひと玉を買い求めに15劼里弔發蠅世辰燭里うんと走らされて88辧暑中も暑中、猛っている暑さのなかを、まるで熱せられたフライパンの上ではじいているお豆さんのような気ぜわしい今日の半日でした。


八月葉月、八朔の日

8月月次祭
■月次祭のお下がり。誕生の人にだけ……■

今日から8月。私の誕生日であります。父の祥月命日と言い私の誕生日と言い、我が家はどうしてこうも夏の真っ盛りの8月に生き死にの行事があるのやら。無常と言うのですか。まさしくそんな思いのする8月が始まりました。


今日はまず朝7時から実家に行って、9年目になる父の祥月命日とお盆のしつらえをしました。午前中でも暑さは衰えを知らずのこの夏。ならば容赦ない高温を避けてうんともっと早くにと朝一番からの親孝行のつもりでしたが、やっぱり今年の夏は早朝からでももう煮えたぎっているし。連日連夜26℃や27℃の熱帯夜が明ける朝ですもん。そりゃ冷える隙などありませんわね。
夏の朝だから許せるし嬉しかったあの涼しげで趣のあった朝などもはや地上の面影などなし。まるで朝から灼熱地獄。重ねた親不孝の行先に待つと言われる無間地獄に落ちたくないの一心で父の供養の準備をしているのに、今朝の仏さまと親孝行はまるで生きながらに地獄の苦痛を味あわせてもらいました。これも訓えと諭しでしょうか。
陽炎のなかで永遠の別れの旅路に出向いた父が、お盆には陽炎の向こうから帰ってきます。そんな思いを抱きながらひとまず頑張ったです。


その汗だく目まいクラクラの代わりに久々にオフクロさまと朝食を摂ることができ、あれこれの話に花など咲かせて大喜びさせて進ぜました。
「ご飯、しっかりつくって食べてるね。誰かのためにつくるとなると気合も入って頑張れるでしょ」
「そうよね。いつもは自分だけだから久しぶりに食べさせる料理をつくった感じね」
「善き哉、善き哉だ!!」
秋風が立ち始めたら、やっぱり同居の再開かもしれません。別々に暮らしている楽な道こそ、私にとっては今最大の親不孝かなと思ったりした今朝にもなりました。そんなことにふと気付かされた、さっそく訓えと諭しが天上から舞い降りたのかもしれません。

 

それが終わって9時から護國神社に出向いて今日は自分のための参拝を。
8月1日の月次祭。今月は私の節目の……、逃げるに逃げられない大きな節目の誕生日が控えているのであれこれまとめてお参りさせていただきました。これですっきり!! 
大勢の参拝の人たち。しかしまだ9時だというのに暑かった。喧しいセミの鳴き声がなんともはや癇に障っていよいよ暑さが体内から吹きあがるような思いがしました。暑さ、熱さでしょうか。若ければ情熱に化けたでしょうに。もはや夏のいじめとしか言いようのない残酷な朝を体験しました。
ところが今日はそれから仕事。暑い暑いなかでの撮影。それもカメラマンに委託ではなく、記録用撮影なので不詳わたくしが自ら撮りまわるお役に。熱中症のひどさを思い知ったような数時間。農作業しているお百姓さん、道路で交通整理している警備員さん、被災地での被災された人やボランティアの皆さん。本当にご苦労様です。根性なしの私にはできない炎天下での仕事を黙々とこなしていらっしゃる。本当に本当にご苦労様です。


8月生まれの人にと授かった今月は『葉月沢瀉』のストラップ。水辺に立つ清々しい沢瀉の姿を真似て、今月も……、いや、誕生月である今月だけは颯爽と過ごしたいと、猛暑に難儀とは裏腹になんだか妙に心地よい8月朔日であります。旧暦8月1日をさして八朔とも言います。みかんのハッサクはすっぱくて苦手ですが、八朔の言葉の響きに清々しさを感じるのは自分の生まれ月のスタートだからでしょうか。
台風5号の進み先がとても不安ですが、どちら様にとっても健康を害されず穏やかなこの月でありますようにと願っています。



若さま、ぞろ目の年になる

若さま22歳の、今日が誕生日であります。ぞろ目の数字が並ぶ美しさを感じるのも33歳くらいまででしょうか。だから今のうちにうんと輝いてもらいたいと、最近は、数少なくなった電話やメールのやり取りのなかでも必ず伝えています。「今しか、ないんだからね」と。
あっという間のこの22年間でした。いろいろあった22年間でもありました。生まれて2年後から思わぬ運命を背負わせてしまった親でもありました。感謝と詫びが増幅する最近です。その現実的な理由は若さまの成長ぶりと、そしてあの時37歳だった自分がこの夏で還暦になるのですから思いもこもごもです。長く健やかに、そしていよいよ今を輝きながら、あと数年後から始まる真の社会で存分に活躍してもらいたいと願うばかりです。


若さまが生まれた22年前の今日もこんなに暑かったかと思えるくらいのひどい夏の日の一日になりました。もううんざり!! 少なくともあとひと月はこんな調子であるとか。寝ても覚めても暑さが続くなんて、なんとかならんものでしょうか。
7月ではまれの8個の台風が誕生して太平洋はかき回されております。海がかき回されることは大変良いことだと聞いたことがありますが、のべつまくなしに台風誕生と停滞と通り過ぎではその島々に住む人々にとっては厄介な夏であるに違いありません。波風立たぬ程々、何ごとも中庸が一番なのですが。
こんな夏になってしまった日本で開催する2年後の東京オリンピック。大丈夫でしょうか。選手も観客もお手伝いのボランティアの人々も……。

大きなお金をかけた割には親切ではなさそうな新国立競技場の内容。安普請もどきになって熱中症続出で世界中に笑われなきゃよいのですが。先見の明のない日本の政治家と利権がらみのオリンピック委員会と企業が主導して開催するのですから、ふたを開けてびっくりのお粗末なオリンピックになれなばよいがと思っています。競技に熱中して金メダルを……、よりも、暑さにやられて熱中症続出になど、日本の異常な気候と政治がらみの体質結果が生んだ誤算に100年の笑い者になれねばよいのですが。


大分県出身の首相補佐官の政治家が安倍総理に対して「甘い」と、公言したそうです。しかしそれは総理ご本人を目の前にしてではなく佐世保市の講演会で。この政治家はいつも通りやっぱりズルい!! 首相のポン友で首相補佐官になっておきながら、安倍さんに暗雲が立ち込め始めてから余所でそんなことを言う。だったら早くから助言やらすれば男も上げたでしょうに。
旗色を見てさっそくの保身でしょうね。永田町では保身に奔走している人たちで今はごった返しているのかもしれません。中曽根さんが首相の時に歯に衣着せぬ助言をしていたのが後藤田正晴さんでした。あれだけの気骨のある人と、このずる賢い政治家の器の比べようもありませんが、やっぱりこの人って昔からひとつも変わっていない。郷土大分のために何をしたというのか。ましてやこの国のために。ただ国会議員になって暮らしているだけ。地元大分の人たちはそんな本性を見抜いているから落選させたのに。代議士になれたのも比例でかろうじてだったかしら。


みだらな女性問題でだんまりを決めていた中川俊直っていう代議士も頭丸めて「生き恥覚悟で」と、辞任の意思なしの模様です。
代議士に固執してしがみついてるザマが何とも不愉快。それでもカネほしさに「お詫びと再起パーティー」を大々的に開催するはずだったというのですから尋常な神経ではないでしょう。大ブーイングで中止になったようですが。正常と異常の区別もつかない状況判断のまずさってやっぱり頭がおかしい。いくら坊主頭になったところで、こんな人はきっと後ろ振り向いた途端に舌でも出してるんじゃないですかね。走る下半身と言われているそうですが品の無さが見え見えですもん。
さて次の選挙で広島の有権者がどれだけの決断を下すか見ものです。しかし恥さらしですね。これが我々の暮らす一般社会であれば前を向いて歩けない破廉恥なことなのに。政治家って浮世離れして思考回路もズッているのでしょうね。


さまざまありすぎの7月30日。ぞろ目の年になる若さまの誕生日に、もそっと素敵な話題はなかろうかと探すだけ暑苦しくなってしまった今日でした。
今月も明日を残して終わります。今日の日田市は気温38℃超えで全国一の暑さだったと言います。大雨から始まって暑すぎて酷すぎている今年の7月になってしまいました。
さて8月は……。何もかもに少しくらいは望みがあってもいいでしょう。



やっぱりな

元SPEEDのメンバーだった今井絵理子が国会議員になるなんてと、政治家ぐるみのその節操の無さに呆れたものでしたが、彼女やっぱりなのことをしているようですね。
妻子ある神戸市議と不倫、略奪愛に邁進しているらしいですが、障がいを持った子どもを育てながらと言っていたあの立派なセリフも飛んでいきそうなくらいモロに女のニオイが漂ってて不快です。一生懸命頑張っているシングルマザーや障がいを持つ子どもさんの親に失礼なことです。
ただ人気者だったというだけで素性の知れない女、現に身内には超過激で有名なあの新興宗教入信者までいるとか。国や政治に対するビジョンも、もちろん国会議員としての資質も無く、ほとんど我が身と我が子の不幸の憐れさを盾に当選できてまさにタナぼたラッキー人生。
人気と知性や教養の区別も出来ないただの女に国政で何が出来るものかと思っていた通り。男と女のプンプンしたニオイをさらけ出したお粗末さにこの国のバカさ加減の噴出を見た思いがしています。自分の本性を知っているはず、身の丈やら分不相応なあれこれも知っているはず。なのに立法機関である国会にしゃしゃり出るとは笑止千万です。

あんなのを見つけ出して薦めた永田町も当選させた沖縄県人も浅はか。ケチが付きまくりのこのところの自民党。いよいよ安倍さんも末期かもしれませんね。
おそらく身の程知らずがと近しい人物がリークでもしたんじゃないですかね。
今井にしても重婚代議士にしてもパワハラ女代議士にしても、しかしどうして自分の立場をわきまえないかね。あの職業ってなったもん勝ちで何でも許せるのでしょうか。そしてすぐさま天狗になれる特権という魔法でもかけてもらっているのでしょうか。魔法も人気も解けて、脇まで甘くなって本性のメッキがボロボロ現れてとっとと辞めてしまえばいい。
もういい加減、芸能人や有名人を国会議員にだなんて風潮やめないかな。有権者もぼちぼちそんな薄っぺらい小手先なことに飽きないかな。と思うのですが。
しかし卑しい。実に醜悪きわまりないことです。永田町は頭を下げれば何でも許してくれ復帰もすぐにできる、まるで低俗無節操の日本の芸能界と遜色ないみたい。


イカいただく
■イカは好きだがこの生身が苦手!! ましてや剥いた目で睨まれると■

炊いたイカと炒めたイカ
■ライトの具合でお箸もお皿も向こう側。なんか落ち着かない構図ですね■

イカご飯
■どんぶりではありませんので悪しからず。アップしすぎたのでお茶碗巨大化(笑)■

そんなこっちゃイカンイカンと思っていたらご近所からイカ5杯いただきました。
40歳代前半だんなが釣ってきたと。吸い込まれそうな海もイヤ、ヘビの出そうな山もイヤのほぼ無趣味の私に比べて、実益を存分にかねておいででよいご趣味だなぁとつくづく感服しました。
さてイカ。これをどうしようかと悩みながら、お2階に棲んでいる大王さまにお伺いを。
「煮たのとイカご飯が食べたいぞ〜〜〜」と明瞭なお返事。
何でも望みを叶えてあげている魔法使いのような私。イカの煮物はいつも通り、水を使わずに酒とみりんとザラメと醤油で短時間にて煮付けて冷まして味をじんわりと滲み込ませました。よい味に煮えました。イカ本来の上等な甘みと上手な味付けに自画自賛しちゃいましたわ。
おっと、その前にイカをさばく。破いたらシンクが真っ黒になる厄介きわまりない墨袋。何度かやっちまった経験アリ!! 同じ過ちを繰り返さないように丁寧に扱う。これって結構難儀。そして睨まれそうな目も苦手。視線を合わせないように、こっちがなるべく宙を見ながら分解作業。
次はイカご飯。オフクロさまが作っていた昔の味を思い出しながら仕込みました。これも炊きあがった時にご飯がきれいな桜色にもなっていたしでほぼ成功。何ごともやってみることどすな。
残ったゲソはバターとニンニクとオリーブオイルで軽くソテーして出来上がり。色見にとピーマンなども一緒に炒めてオツな一品になってくれました。
頂いたイカは無駄なく使いきることが出来、労せずして美食にありつけた夏の夕餐でありました。


イカをさばきながらふと思い出したニュースがもうひとつ。
血液一滴でガンが発見できると!! たった一滴でコンチクショウの天敵ガンの、それも13種が判定できるとか。早期発見にますますスピード感が出てきました!! 
人間の知恵というか文明や医療の進歩って素晴らしいですね。まさに日進月歩。風邪みたいに身近になりすぎたガンという厄介な病気。我々人間にとっては本当にコンチクショウな病です。これをわずか一滴の血液でもって判明だなんて神業です。
こんな病気に人間は負けてはならないぞよと、きっと神様がこのタイミングで研究者に知恵を授けてくださったのかもしれません。ガンも早晩、流行り病のひとつになって薬1錠で完治する簡単なものになるかもしれませんね。一日も早くそんな日が訪れてくれないかと願うばかりです。


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