おやじ歳時記

おやじもジイになってしもうて。人生の坂道をゆっくり下っていきますか。

ちょいと所用のつもりが久大沿線放浪に


道の駅うきは
■一気にいちごが好きになりそうな美味さでした■
道の駅うきは
■道の駅うきはから見た大きな平野。のどかです■

昨日、ちょいと久留米に行ってきました。途中、道の駅うきはに寄って今頃の果物と野菜を思う存分に買いました。うきはといえばフルーツの郷。夏なんてピオーネなどさまざまな種類のブドウやら、それに梨も有名です。

開店とほぼ同時に入った昨日は、朝とれのべっぴっさん揃いのイチゴが整然と並べられて買い求めにやって来る老若男女を今か今かと待っているふうでした。もちろん果物大好き人間である大王さまはすぐにイチゴのコーナーに駆けつけて思う存分に購うておりました。なんでもこの道の駅は九州でも抜群の人気店とかで確かに宅急便専門のがありました。きっと果物の最盛期の頃は地方発送にと長い列ができるんじゃなかろうかと。よっしゃぁ〜〜〜、夏にはお世話になっている友人たちに送って進ぜよう!!

我が家もイチゴを筆頭に地元の野菜と総菜を思いっきり買いました。その後、久留米に向かうのも気にせずに大量買いして喜ぶふたり。異常ですね。

 

久留米には所用のほかに、是非とも行ってみたかった食堂があるのでそちらにも。

所用がメインなのか食事がメインなのか分からないくらいに、実はほぼ憧れっぽい思いで恋い焦がれていた「ひろせ食堂」でした。この店はラーメンと焼き飯が有名。特に一人前の焼き飯の量がそれはそれは半端なく多いということで、近在近郷四方八方に知れ渡っているとうか。そんなことをすぐに調べるのが上手な大王さま。久留米のラーメンに焼き鳥にと、ずいぶんと足しげく通っていますが、ひとつずつ小出しするみたいに探しては実行しているという洵に非合理的な私たちです。

「一発で済まんかなぁ。何回も久留米、飽きたで」

「いいんじゃないですか。食べることが好きな兄さんだから」


久留米ひろせ食堂
■もう食えねえ。聞きしに勝る超ド級てんこ盛り、驚愕の大盛り焼き飯!!■

 

さて、その「ひろせ食堂」。店の前の駐車場には正午前にもかかわらずもうすでに満車。私たちも間に合わず、ご近所の大型スーパーにこそこそと停めさせてもらいました。

ラーメン焼き飯セット。待つこと10分少々。デ〜〜〜ンと御目文字叶ったその焼き飯の堂々とした容姿にビックリ!! お客さんの注文ごとに焼き飯をこしらえているのはこの店の大女将さんでしょうか。2人前だったり、3人前だったり。きっと息子さんでしょう。お隣でつくっているラーメンと歩調を合わせるかのような手順。いやはや一人前の焼き飯がどんぶり一杯弱ですから、一日中中華鍋を振っている大女将さんの精神力と腕の力たるや、長年の慣れとはいいながらすごいことです。

まぁとにかく驚きました。それに皆さんよく食べてるし。若い人中年の人の健啖ぶりにも驚愕しました。大王さまはとうとう残してお持ち帰りに。カウンターに座ってしまった因果で、目の前で黙々と中華鍋を操っている大女将さんを前にして残すのは絶対に失礼だと妙に律儀になった私は……、死ぬ思いで完食させました。もう本当に死ぬ思い。大食い選手権の大食い男や大食い女の強靭な胃袋が信じられません。ラーメンも大変おいしかったのですが、こんなに大量の焼き飯を並行して食っていたら美味しラーメンも陰に潜んでしまいました。しばらくは焼き飯、チャーハン、いらない(笑)

しかしやっぱり素晴らしいお店でした。あんなにたくさんを食べさせ続けてくれているお店の心意気にも大満腹になりました。若い人たちのためにもこれからも繁盛していただきたいです。

ひたすら無言で焼き飯をつくっていた大女将さんに「ご馳走さまでした」とひと言。とっても素敵な笑顔で「ありがとうございました」と言ってもらいました。腹も身の内を痛く感じながらも、そう言ってもらえて嬉しかったです。やっぱり完食してよかった。



豆田町界隈
■豆田町の界隈。ホント、日本人以外の人の多さったら。そのうち国土を乗っ取られるかも■

腹ごなしに日田市の豆田町にも寄って少々散策。前日から日田市ではお雛祭りが行われていて旧家ではご自慢の雛飾りを競ってご披露。雛飾り見学はパスして豆田のそぞろ歩きのみ。ここにも中国や韓国人ばっかり。ケバイのとやかましいのでとっても不愉快。大声でしゃべらずおとなしく街歩きしてくれればいいのに。なんか風情も半減です。それにこの街も観光地化してしまって、それぞれの店先では呼び込みのお姉さんがずらりと。数年前まではこんなこともなく静かだったのに。俗化して魅力半減。日田市の数少ない観光地だから仕方ないことでしょうね。



天水アプローチ
■山荘天水の玄関。嬉しいことに影も形も気配だって外国人ゼロ!! これぞ平和ってもんです■

天水風呂
■運よく誰もおりませんでしたので写真を撮りました。大王さまのヌード撮ったら叱られた(笑)■

気分直しにと大王さまが提案してくれたのが日田市からさらに別府湯布院寄りにある天ヶ瀬温泉。ここの「山荘天水」がとっても素晴らしいので立ち寄り湯しませんかと。

山の奥にある宿は喧騒から離れたとっても静寂な世界に佇んでいました。木々に囲まれて本館までの小道というか露地には、囲炉裏や足湯、古民家風の売店など様々な趣向が施されていて、「兄さん好みだね」と大王さまが脇から何度も。これは「いつか泊まりに来ようよ」という催促のサインでもあります。アプローチに感嘆し、その期待を裏切らない宿のなかのしつらいの数々。家具は李朝か。それとも大正ロマンぽさか。しっとりとした雰囲気がいろいろミックスされていて飽きません。

スタッフの対応も無駄がなくてそして丁寧。これもまた心地よいことで。

そして立ち寄りのお客が使える露天風呂。無色透明のきれいなお湯でした。近くには滝があり、スッポンポンで滝見もまたダイナミックなことで(笑) 小川のせせらぎの音もF分の何とやらで心がほどけていく心地よさでした。

「こりゃ一度は泊まりに来たいね」

「でしょう。夏もいいかもしれないからぜひ!!」

「そうやね。それまでには腹ぺっちゃんこのナイスバディになっちょらんと」
「そこまで突き出てたら無理でしょうけどね」 

食い気も捨てきれないし、色気もまだ温存しておきたいし。欲張りなことですが、これが生きているという確たる証拠、人間の本性のままの証拠ということでしょうね。

それにしても焼き飯爆食いのお陰でその腹持ちたるや。24時間経っても、この私が空腹を覚えないかったのですから大変なご神威であったということでしょう。半分持ち帰った大王さまは、「冷めても美味しい!!」と余韻ともども思う存分堪能しておりました。




 

河津桜、観に行ってきた!!


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■桜の色と海の色。そして空の色が三位一体みたいな素晴らしい自然美でした■

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■半島の展望台から豊後水道を眼下に。この海を戦時中に大和などの戦艦が通ったと聞きます■

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■半島の先っぽの先にある保戸島。目と鼻の先なのに遠回りしてでないと上陸できない島です■

まだまだ寒い日が続いているのに桜の世界ではもう見ごろのお仲間が。早咲きで有名な河津桜。

本家本元の伊豆の河津町の桜には遠く及ばないにしても、大分でも見事な景観を愉しめると知ったのはもう随分前のことでしたが、なかなか観桜の機会に巡り会えずが続いていました。

そこで今日。午後から何もないのを好機到来と捉えて行ってきました。津久見市四浦半島の河津桜に会いに。
出掛ける前の大分の空も冬にあるまじきみたいな澄み澄みの快晴。こんな青空の下での豊後水道の海の色も青々と手伝ってピンクの桜もさぞかし映えるだろうと、意気揚々と出かけたオジサンとジイサン。なかなかのお達者カップルです(爆)

 

我が家からは今回は敢えて高速道路を使わずに一般道を走って津久見市に。高速走る時間と遜色ないかもぉぉぉと強がり言いつつでしたが、いや本当に遜色なかったかもしれないくらいにあっという間に着いてしまいました。

四浦半島はリアス式海岸の豊後水道に突き出ている大分県のいくつかの半島のひとつです。大分県の北から国東半島、大分市の佐賀関半島、そして津久見市の四浦半島。さらに南に下って佐伯市の鶴御崎が最も海に突き出ている大きな半島です。改めて大分県の海側の地形を見てみると、北はなだらかというか穏やかで南にいくほどギザギザと険しいような。優しい周防灘や別府湾に面している国東半島と、荒々しい豊後水道や日向灘が拮抗しているような場所にある半島の違いでしょうか。

 

我が家から小一時間。臼杵市、津久見市を通り過ぎて半島へと進んで行くと、しばらくしはじめたらあちらこちらでピンクが目に飛び込んできました。決して大仰ではなく点在しては途切れるみたいな河津桜。初めて見る冬の桜です。ソメイヨシノよりも艶やかなピンク。八重桜よりも可憐なピンクといったところでしょうか。桃の花っぽい感じみたいな。

半島に点在する桜を一カ所ずつ眺めて愛でては次のポイントに移動します。平日ながらも大勢の人たちが観にやって来ていました。

「今日は最高だわ。空も海も桜も本当にきれいで」

穏やかな顔をしているおばあちゃんグループが口を揃えて、今日の艶姿を褒めちぎっていました。今日は抜群のお日和であったようです。

空と海の美しさを目の当たりにした私は空海さん、弘法大師を思ったりしてしまいました。荒々しさのない雄大さと優しさ。宗教家というか、真理を極めた昔の偉大なお坊さんの姿もあり方すも、すべてが自然のと表裏一体ではなかったろうかと。

「思い付きで出掛けたけれど今日は本当に良かったですね」

「そうよねぇ。こんなに素晴らしい場所が大分にあったとはね」

しかしどうして四浦半島に河津桜を植えるようになったのでしょうか。公園や街路に限らず民家の庭先にまで植えられている景色を見ながら、観光資源のひとつとして町ぐるみで桜を愛しているんだろうなと思いました。

こんなに早くから桜を愉しむ今年は、もしかしたらいつにも増して桜堪能の年になるかもしれないなぁなんて、何やら期待に胸膨らむ思いと淡い予感がしています。

 

北朝鮮の暴発ぶりが際立ってきましたね。特にあの三代目の異常さ。とうとう異母兄弟と言いながらも兄の命まで奪ってしまって。保身のために肉親にまで手をかける。こんな冷酷な為政者は世界中どこを探してもいないでしょう。

ミサイル発射も気分次第、兄であろうが叔父であろうが腹心であろうが気に入らねばあらゆる手段で殺す。独裁者ならではの猜疑心と不安が膨らんでいっている結果でしょうが、しかしこの三代目は本当にやばい。きっといつかは殺されるのではないでしょうか。多くの人たちの命を奪いながらも地位と権力に固執した者の末路は、今も昔もこれからも変わらないでしょう。きっと誰も助けもせずにひどい死に方をするはずです。生きている人のつらい心や殺された者の怒りの魂がいつかこの三代目の身の上に「恨み」としてのしかかってくるはずです。気の狂った男が核のボタンを押す前に、この世の人々とあの世にいる魂のすべての思いがこの男の異常さを止めるのではないでしょうか。



 

またまたこんなものを見つけてきての巻


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ふらっと買い物に行った大王さま。小一時間後、こんなのを見つけたので買って帰りましたと見せてくれたのが奇妙ケテレツなるドリンクでありました。ビンのカタチもラベルもどことなくヨーロピアンでおしゃれなのですが。

「これはいったいぜんたい何ちゅうシロモノでおますのや」

「これはね。バジルシードっていう今流行りの健康食品っぽいやつです。これ兄さんの!!」

まるでカエルのタマゴ。顕微鏡のなかでうごめく元気百倍、絶賛大活躍中の青年の頃の精子みたいではありませぬか(下ネタをご免なすって!!)

「気持ち悪いの見つけたもんやね。冷やして飲めばいいわけね」

私はライチ。大王さまはホワイトグレープ。一本が400円近くもするとかで、都合800円もあればミスドのドーナツだっていくつも買えるし、KALDIのコーヒー豆だってお安い豆であれば300gは優に買えることができるのに。

さてよく冷やしたのをグラスに注ぎますれば、やはりまぎれもなくカエルのタマゴと見まがうばかりのいやらしさ。黒いツブツブがゼリーみたいなヌルヌルにコーティングされてるし。しかし一本400円をしかと痛飲させねば勿体なきことこの上ありません。意を決するほど臆病者の私ではありませんが、やはり何ごとによらず初体験は不安とぎこちなさと、いささかの期待は同じことでして躊躇しながらひと口。その前にグラスに満たされているのを記念撮影。

「得も言えん飲みもんやなぁ。これが体のどこに効く健康食品なのかえ!?」

「ダイエット食品かなぁ。結構満腹感が得られるらしいです。際限ない兄さんにはピッタリかも」

つまりあの香りの高いバジルの種らしいのですが。そんなたかだかひと瓶飲んだだけでダイエットなど望むべくもないこと。お口に広がるヌルツブ感。明日の朝、目が覚めたら口のなかオタマジャクシであふれ返りそうな妄想に取りつかれてしまいました。決して悪くはありませんでしたが、ひと口ふた口飲んでこのたびのバイヤーで、しかも健康オタクである大王さまにご返杯いたしました。

 

NHKの朝ドラやフジテレビ系列の土曜の朝の情報番組に出ていた清水富美加って子が、いきなり芸能界を引退して新興宗教団体に出家するようで大騒ぎ中。逃亡している成宮寛貴と同じですね。身勝手なことです。

宗教は自由と言いながらも、とっとと現状を切り捨てて信仰に走るなど、どこのカルト教団も同じことなんだと思っています。入信して妄信しておだてられて、すべてを捨てる馬鹿力を出した……、まるで元嫁と同じ。元嫁事件からぼちぼち20年が経とうとしています。あの当時はどんな手を使ってでも思いとどまらせよう、食い止めようと必死でしたが、今ではすっかり情も消えて、気の狂った会長や信者もろともに心中でもすりゃあいいわと思えるほどになりました。恨みや憎しみだけはなかなか拭い去れないものですね。

もしかしたら人間の最後まで残る思いというのは、許すことのできない恨みや憎しみといった醜さかもしれません。時間やさまざまなフィルターを使っても漉しきれない「念」。それを「残念」というのでしょうか。

 

個を大切にするのも結構ですが、さまざまに迷惑をかけたり人を悲しませたりすることが果たして真の宗教かしらと。根本的には自分さえ良ければ、世の中や人のことなどどうでもいいってことと同じではないでしょうか。自分だけ救われ、入信した者だけが救われるなどたわ言です。

違約金など多額に発生するらしいですが、教団に引き入れた側も責任をもってその穴埋めをしてもらいたいものです。つらいからとか、思いと異なるからと逃げた代償はとてつもなく大きくのしかかってくるはずです。ちょっと心が弱っている人間を手玉に取って入信させるだけさせて、そのままにさせられた企業や人々の不幸、尻拭いなど眼中になくて何が崇高な宗教かと思います。救われるわけがない。

それにしても、ドラマのまれはあの高畑裕太でケチを付けられ、にじいろジーンではベッキーでケチを付けられ、今度は両方ともこの清水富美加に引っかき回されて、起用されたり出演する予定だったCMやら映画も含めてとんでもない災難続きの業界になってしまいました。先々が読めないような人間が、自分とは肌が合いそうにない世界に足を踏み入れてはいけないということですね。芸能界にしても一般社会にしても、もちろん家庭にも。宗教と何ら関係のない人たちにとっては、心変わりした人間にこれほど迷惑なことはありませんから。



 

ジイサン、孫に尽くしたがるの巻



護國神社の梅

護國神社の水仙

護國神社の神苑で一斉に、そして静かに咲いている梅と水仙。どちらもこの季節ならではの花ゆえ姿も香りも大好きです。寒風に負けじと凛とした立ち姿や、逆に陽だまりのなかになるとかすかに漂ってくる馥郁とした香り。佳いですなぁ。女御と女官のような梅と水仙、大好きです。邪魔しないながらも密やかながらも、しっかりとした存在感があるのが実にちょっと前までの日本的おくゆかしさです。

特に冬の花は、その器ではないのに自己主張や自己顕示欲が強いばかりの人間よりもよほど出来の良さが際立ちます。秘すれば花にでもなってみればいいのにと思う人が増えました。秘するどころか目立ちすぎて陰で笑われているのも気づかずに、いよいよ言動が辰巳上がっている姿が哀れです。

そんなことを思いながら冬の花を愛でると興も冷めますね。

 

梅の花が終わってしばらく経つといよいよ桜の季節到来です。昨年の夏前に施肥を存分に行ったのできっと今年は花数が多いはずと思っているのですが、さてさてどんな景色になることやらで愉しみです。

若ぎみにとっては生まれて初めての桜の季節になります。5月生まれだったので桜季にはちょっと間に合いませんでしたが、それでもGWには弘前や函館あたりで桜が豪勢に咲くとか。ほんの少しだけ桜と縁のある子かと桜好きな桜ジイサンは喜んでいます。

その若ぎみが来週、大分に初入りの運びとなりました。生まれて9ヶ月ちょっとで飛行機に乗るなんて、きっと大きくなったら飛行機やらロケットやらに縁のある大人になれば面白いのにと思う早速のジジ馬鹿丸出しです。

 

早く会いたいと常々言っていたオフクロさま。84歳になって日ごと夜ごとますますひ孫の顔みたさが募っていました。そんなバアサンの気持ちを汲んでくれた若ダンナ夫婦。「えいやッ!!」とばかりに3日間の帰省を決断してくれました。

さぁジイサンは俄然忙しくなりまして、チャイルドシートの手配やらオムツの購入にいそいそと励んでおります。先日、そのオムツ購入の折には、果たしてどんなオムツが良かろうか。常日頃はどこの何を穿いているんだろうかと、お嫁さんに電話する前に薬局のオムツコーナーで思案していたら店員さんが近寄ってきて、「大人のオムツはこちらですが」と。

「いいえッ!! 孫のですッ!! 私のじゃありまッせん!!」

気が利き過ぎの店員さんと一緒になって大笑いしてしまいました。お孫に免じてほのぼのなことです。しかし少し離れた大人用のコーナーに目をやったら、確かにご同輩くらいの男性が大人用のを手に取っていました。彼自身のものか、それとも親御さん用のものか。どちらにしても年齢的には見事に当てはまる必需品のひとつのようです。介護されるのも親を看る老々介護もご免蒙りたいです。

私に声掛けした店員さんは私の物を探していると思ったんだろうか。そんなことを思いながらジーパンのベルトと社会の窓辺りをこっそり確認した心しぼみかけの私でした。

 

はいはいをし、つかまり立ちもし始めたとか。それは大ごと!! 行動範囲と手を伸ばしたら届く範囲の物は大疎開をしておかねばなりません。危険な石油ストーブなど納戸行きです。動くナマモノのお嬢とろーまはどうしよう。吠えられて一生犬嫌いになどなったら不憫なことです。かわいそうなことですが二匹とも2階の部屋に隔離の身の上になるでしょう。

梅や水仙の開花に負けないくらいの早春の使者の来訪に心躍らせ準備にいそしんでいる私です。



 

惜しいことをしてしまった中津の話


通過したばかりの中津市がテレビに。

6日月曜日にちょうどテレビを点けたらNHKで「鶴瓶の家族に乾杯」をやっていました。お相手はとと姉ちゃんに出ていた坂口健太郎さん。出るは出るは、中津の町のあっちこっちが。あともう少し番組が早かったら……、行橋に行くのを焦って実行せなんだら。この内容をそっくりそのまま頭に刷り込んで私たちの知らない中津を再発見できたのにと悔しがりました。

ハモかつ丼の鬼太郎。銭湯の汐湯。商店街のなかにあったシールドベース・ヤナリという喫茶店。知らないところばっかり!! しかし嬉しいことに坂口さんが是非とも食べたいと言って願いがかなった中津からあげの店がぶんごや本店でした。この店なら知っちょる!! 中津に行った時にはいつも寄って車中で食い漁っちょる!! テレビも認めた美味しから揚げの店だということでしょうね。がぜん我が舌の肥えっぷりを自画自賛しているところです。いつだったかの帰省の時に、から揚げラブの若さまを連れて行きましたが、彼もまた「美味しい。美味しい」と喜んでおりました。

もしもハモかつ丼を知っていたらとか思うとやっぱり惜しいことをしました。時間のズレさえなければとしきりに思っているここ数日です。中津で食道楽、いつか心願成就を果たさねばなりません。

 

めっきり爆買いも影を潜めた中国人。その団体観光客をアテにしていた日本のさまざまな会社。特にサービス業はとんだ目論見違いになったと悲鳴を上げているらしいです。捕らぬ狸の皮算用。気まぐれ横柄な二匹目のどじょうはおらんかった。これで街が静かにもなり荒らされなくなりました。

爆買いのあんなことがずっと続くはずがないと、道行く横柄な態度の中韓の観光客を見ていた一般の人たちはとっくにお見通しであったはず。それを金儲けに血道をあげていたホテルや免税店は、スペースを拡げたり新規開店させたりして中国人をもっと呼び込んで金を落としてもらう腹づもりであったとか。それが一気に誤算であったと気付いて大騒動しているようです。どうしてかなぁ、よく考えてみたら分かろうはずなのに。あんな一発屋みたいな人たちをアテにしてからと、私などずっと前からこうなるんじゃないだろうかと予見できていましたもん。まるでバブルに踊ってバブルと一緒に弾けて水の泡ですっからかんいなった時みたい。海の藻屑になったあの時代の狂乱と失意の人たちと同じに見えるのですが。

役人にまで賄賂や袖の下がなければ商売出来ない中国で、まっとうなビジネスなんて無謀ですと以前上海ボーイが教えてくれました。
一攫千金で儲けたあぶく銭で世界中のほっぺたをひっぱたいてふんぞり返っているような人種相手に、『もてなし』など丁寧にへりくだらずとも日本人は生きていけるはずなんだけど。群れして日本の素敵を凌駕していたのが影を潜めたかわりに、個人旅行で日本にやって来ているとか。豚や猿のような群れはごめんだけど、個人でやって来て穿って洗脳された日本と日本人のイメージを変えてくれるのあれば良いことだと思うのですが。



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■イベントに向けてぼちぼち大掃除せねばと、年末以来お蔵入りだったスーパースター登場!!■

アズマジックというのとアビリティークリーンに凝っちょります。

どちらも昨年末の大掃除用にと近所にあるグッデーで買ったのですが、あの時はあまり使わずに最近になってあっちこっちで活用してます。

劇的大掃除には万能みたいな『プロ仕様洗剤アズマジック』。どうやらグッデーにのみ置いているとかいないとかで、ほかにも風呂用や玄関のタイル用など幾種類かありました。取り敢えず手身近に使えるものから買ってみました。劇的に美しくなるとまではいかないまでもまぁボチボチといった効果でしょうか。

もうひとつのどんな汚れも落ちるというちょっと胡散臭そうだったアビリティークリーン。これってたまにテレビショッピングでやっているような……。墨汁の薄いのに白いシャツを浸けてこの洗剤液を入れると、たちどころに黒い水が透明になり真っ白いシャツも真っ白いまんまという内容だったはず。

ちょうどお嬢がペットショップで引っかき傷をこしらえて帰って、そんなこととも露知らずに服を着せていたら数日後から出血。ペットショップに文句言うほどのことはないしと放っておきました。数日したら治りはしましたが血痕が点々と。さっそくアビリティークリーンを汚れた箇所にスプレーしてもみもみしていたら、あらまぁ血液がすっかり取れてしまいました。改めて見てみれば容器にはキッチン周りの掃除をはじめ『衣類の黒ずみ』にもと書かれておりました。これは良い物との出会い。久々に主夫している身としては得した気分でおります。黒ずみやシミが見事に取れるとは!! 長年塗り重ねられた心の黒ずみも、体に出没し始めた老人性とやらのシミも消せるもんであれば消したくあります。

ということで本命だった年末大掃除に大活躍させなかった代わりに、品物の発揮力を今頃になって知ってからというもの、あちらこちらの汚れを見つけては小細工な掃除に大いに活用させてもらっているところです。



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■雪、見えませぬが確かに雪降ってる時の写真です(笑)■

曇り空に雪が降ったり晴れたりの洵に落ち着かない今日の天気でした。山陰では先月以上の降雪らしくって、見る見る降り積もっていく雪にさぞかし難儀なさっていることだろうなと思います。山陰地方や広島などがこんなに雪の降る場所だったかしらと思いながらニュースを見ています。夏は夏で激しい天候。冬も冬もで激しい天候。極端すぎて此処に生きる人間が何やらに試されているような恐ろしさを感じてしまいます。くわばらくわばら。



 

お口直しのエンヤコラ遠征


先の激辛ラーメンの容赦なかった仕打ちにヘトヘトになってしまっていたこの10日の余り。やっぱりフツーのとんこつラーメン食いたいなぁと思っていた矢先に、大王さまから痒い所に手が届くというのか満たされぬ腹をいたわってくれるというのかのような提案が!!  

「とんこつラーメン、食べたくないっすか!?」

「食いたいっす!! 美味いラーメンで辛いのを体から落としたいっす」

何を言っているんだかのふたりの会話ですが、ここにはデトックスの愛がありますでしょ(笑)
ところが。 

「元気だったらこれから行橋までラーメンを食べに行きませんか」

行橋……、山国川を渡って大分県を抜けた先の福岡県。中津市よりもう少し北九州寄りの街。ケチで損得勘定をした私は、すぐさまラーメン一杯にかかる費用。つまり高速料金を支払ってまでも……、行けるかッ!!   それにあらかじめながらでも「元気だったら」なんて言うなッ(怒)

「一杯のラーメンがなんぼのラーメンになると思いますのや。高速も往復で5000円は優に超えるでしょ。それにこれから行橋なんて出発が遅すぎまする」

「カナダヤさんっていうラーメン屋さんなんだけど地元どころか遠くまで美味しいって評判らしいですよ。それに行橋には宝箱みたいなスーパーもあるし、帰りには吉富町でこれもまた有名なからあげ屋さんもあるんだけど」

愛も時には重くのしかかるものです。しかしせっかくの好意と大王さまの乗り気に屈服させられて、遅かった朝食もまだこなれないまま一路行橋へと向かったのでありました。

自宅の近所にインターチェンジがあるというのも善し悪しであることに気が付きはじめたのはごく最近のことです。要は年を取ったら衝動的な思い付き自体がきついし、遠乗りもきついしが顕著に表れたということですね。無鉄砲や無計画、行動力の素敵さを体全部で享受できていたのは40歳の後半までだったでしょうか。それでもお若い大王さまや若さまの後押しがあって何とか「若ぶって」おれましたが体は正直ですね。徐々に青息吐息の症状に戸惑いはじめて今に至っています。



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■激辛ラーメンの呪縛から解き放たれましたッ!!■

そんなことで大王さまの甘言にまんまと乗せられて行ってまいりました。

行橋市役所の正面にある金田家(かなだや)さん。店先に立つまでカナダ屋かと思っておりました。

古い古い店構えです。こじゃれをアピールしている今風などどこ吹く風の一徹さでしょうか。かといって油が飛び散って薄汚れている不潔さなんて微塵もないくらいです。昔から地元の人に愛されているそのままの姿を保っている感じでしょうか。客に媚びていないし、お客を粗末にもしていない生真面目さが漂っている構えです。

ふたりとも看板メニューに敬意をというか、一見の身で失礼のないようにとまずは普通のとんこつラーメンをいただくことにしました。もちろん私はライスの小を。珍しく大王さまもおにぎり一個を頼みました。こなれていなかった腹具合のこともすっかり忘れて……。

さて程なくして目の前に現れたラーメン。色白のなんて美しいスープでしょう。叉焼も脇役に徹しています。まずひと口。

「美味いッ!! このスープの上品さというかクリーミーさは絶品すぎるやろ」

「そうでしょ。クセもないし嫌味もないし、さっぱりとしながらもトリコになっていく味ですね」

「ほうぢゃて。魅了させられる。後を引く味だわ。それに麺とスープの相性もほれご覧。お互いにあんばいよく絡まり合っちょる。こりゃあんた、いい店を見つけたもんです」

先の激辛ラーメンの悪夢から解き放たれたような快感を口から吸収しました。大王さまは途中から辛子たかなをトッピングして、いよいよ美味しラーメンの深みにはまっておいでました。

 

人さまの評判は時としてアテにならない事態に陥ることにもなります。現に名物に旨い物なしの悪夢と遭遇したこと幾度かです。味覚、口というのは人それぞれ千差万別ゆえ一方的に美味い不味いはご法度ですが、でもやっぱり個人の気持ちとしてその「陰と陽」はお伝えしたいのも人の情。ただし非難や批判的攻撃はもってのほかですが。

もしも心ならずともの時には『その味についていけない自分」と思えば腑にも落ちるはずかと。あきらめ半分で(笑) ですから人さまの評判通りの食と出会えた時の喜びは例えようもありませんし、また自ら偶然にも出会えた人知れない食ともなると一生の宝物を得た思いになるのも当然です。

今回の金田家さんのラーメンとの巡り合いは久々の快挙になりました。こうなったら高速道路の料金云々などおケチを言ってられないくらいやみつきになりそうな呪縛にハマったようです。一見の価値ありに例えて、私たちにとっては一味の価値ありになりました。

 

ラーメンあとの運動がてら宝箱のようなスーパー「ハローデイ」にも寄って店内をぐるぐる。
今回は大分産の魚が多くて魚はパス。大分の魚をわざわざ行橋で買って、それをまた大分まで持って帰るなど、魚にとっては十分すぎる故郷での供養になるでしょうが、そんなことするくらいだったらと肉と小田原の塩辛と、あと面白そうな瓶物をいくつかでおしまいにしました。今回はいつもの爆買いスイッチまで入らなかったのは、どうやら山陰や玄海や長崎の魚をめがけて行ったのが外れたからかもしれませんでした。しかし期待の的外れ、そんなこともたまには結構な出来事だねと珍しく心が穏やかになれたのも、金田家さんの美味しラーメンのお陰かもよと話した我々でした。



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■レストランも一緒になっている大店のから揚げ屋さんなど初めてでした■

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■ひと塊みたいな写真になってしまいましたが、なかなかどうして質感たっぷりのお肉でした■

聖林(ハリウッド)という鳥のから揚げ屋さんもまた有名どころだとかで、行橋の帰りに吉富町にある店にも寄ってきました。おやまぁ驚きの田園の真ん中に大きな古民家風というか立派な構えの建物が。ただのから揚げ屋さんに非ずでどうやらレストランも併設しているようでした。

そしてここのから揚げは2015年と2016年にモンドセレクションの銀賞に輝いたとか。から揚げでモンドセレクションとは。それも失礼ながらこんな田んぼの真ん中にある店にもと驚きました。今では猫も杓子もモンドセレクションの栄誉をもらえるのでしょうか。モンド之介のご威光、世界中津々浦っぽさに感心するやらです。

さっぱりとした味は万人受けする良い味でした。揚げ油にごま油を使っているのでしょうか。コクのあるごま油が鳥肉を引き立っていました。1000円分を買って車の中で「あちちあちち」と悶えながらおよそ半分を食べてしまいました。

「モンドセレクションねぇ。そこまで箔を付ける必要なんてないでしょうに。これだけで味だって有難みだって十分なんだけど」

「地元の人には世界的権威って嬉しいことじゃないの。それに大分と福岡のから揚げ業界にとっても励みになるんじゃないの?」

モンドセレクションに負けぬようますます精進して、今よりさらに美味しいから揚げをと願う酉年生まれの私でありました。
ラーメンもショッピングも鳥のから揚げも佳いお口直しのドライブになりました。



 

またこんなものを見つけてきての巻


パクチーやきそば
■いかにもパクチーパクチーした雰囲気のパッケージにのっけからひるんでしまいました!!■

便乗にて大玉串を奉奠した大王さま。その2月1日以来というもの非常にご機嫌麗しく過ごしてあらしゃいます。願い主をさしおいての思わぬ幸運を手にしたような……、きっと
心の快楽に溺れているのでしょう。その証拠に今日なんぞはどこかのスーパーにて見つけたとペヤングのやきそば「パクチーマックス」を買て帰っておいでなさいました。大王さまの放つ快楽オーラと淫靡な東南アジアの熱気が一気に我が家にやってきたような奇妙な空気感でありまする。

 

パクチー、コリアンダー、シャンツァイ (香菜)。最近はパクチーブームとやらで都会のヤングを中心に、まるで草を食む牛のように強い香りのするこの草をワシワシと召しあがっておいでるようですが私は苦手であります。だいたい香りの強いものは嫌いどころか好きの類いなのですが、ことこやつだけはどうにもこうにも口と鼻が馴染めません。臭覚というのは人それぞれ。受け止め方も好き嫌いも千差万別であります。私がパクチーのニオイはカメムシ!!……、うんにゃドクダミ!!と言っても聞く耳を持たないどころか、まるで蔑むかのような冷たい視線を投げかけてくる大王さま。

この御仁はかのクサヤも大丈夫でして、東京に行くたびにひと瓶ふた瓶と買ってきては至福の時を過ごしています。フタを開けた瓶を持つその佇まいたるや目はイク寸前のような半眼、通った鼻筋も壊れるんじゃないかと案ずるような鼻穴は弛緩。ひと切れを口に含む時の喜びに満ちた顔はなんぞは私になどついぞ向けてはくれない慈愛に満ちたようなもの。租借し喉や食道を経由して胃に収まっていく経緯を五感で確かめ愉しんでおいでるのです。

このクサヤ、昨年暮れの上京にも買って帰ってきまして、ちょうどツヨシさんが遊びに来てくれた時に、神奈川人のツヨシさんならクサヤ大好きでしょうと水を向けた大王さま。ツヨシさん、一も二もなくそのクサヤ話に飛びつきました。

「兄さんは嫌いなのでツヨシさんひとつ持って帰ってください。家で食べてください」

神奈川人のツヨシさん、その後のメールで大感謝大絶賛の旨を伝えてきました。やはりクサヤが好きらしい!! この人たちって新島や八丈島に行ってクサヤまみれになっても呆けっぱなしの笑顔かもしれません。

 

ことほどに香りに対して良し悪しや好き嫌いを感じるというのは人それぞれ。だから決して自分のを押し付けてはならないということでしょうね。それでもやっぱりパクチーもクサヤも私ゃあきませぬ。もちろん、くだんのペヤングの「パクチーやきそば」をさも美味しそうに食した大王さまでありました。

 

そしてもうひとつ。

昔は辛いもの大好き。いつでもどんなもんでもかかって来い!!でした。ところが最近はめっきり辛いものがダメになってきています。香辛料の好みが遠のいていく寂しさを味わっているところです。というのも最近ちょくちょくランチラーメンをご一緒している三代目さんと、先日は激辛ラーメン屋さんにチャレンジしてきたのですが、もろに撃沈してしまいました。

当年30歳の三代目さんは25倍の辛さ、メガ盛り、コンニャク麵。か弱い初老の私は3倍の辛さが精いっぱい。麺は普通の。量だって普通のでした。3倍だってそりゃ辛い!! まるで辛めのキムチ鍋みたい。対する三代目さんのメガどんぶりの色たるや、もうそれはそれは韓国トウガラシまみれのお汁!! それにどろっどろ!! 見渡すとお若いサラリーマンやらが涼しい顔をして食しておいでるし、若いOLさんもひとりで来店してこともなげにカウンター席にて召し上がっておいでる。完璧に負けてしまった私でした。ひたすら辛いだけ、辛いだけの一辺倒!!でラーメン本来の味がまったく見つけられませんでした。私にとってはこの超人気店だと評判の辛いラーメンは、オフクロさまがよく言う「味も香気(あじもこうけ)もない」ものでした

若者には追い付けなくなった自分を思い知らされたような感じでもありました。それから数日間、あのラーメンとキムチを思い出すたびに胸騒ぎを起こし胃がキリキリする苦しみにもがきました。

「兄さん、いろいろ弱くなったね。でも評判の店らしいので一度は連れて行ってほしいなぁ」

「行きたかったらおひとりでどーぞ」

いくら食べても堪えることがなかった若かりし頃が心から懐かしく、そしてうらやましく感じるようになってしまいました。ただしひとつだけ教訓になったことは、若い頃の健啖は老いてから体のあちらこちらに弊害として出るのも逃れられない事実であることでしょうかよろずの無茶は身の破滅の始まりであるということに気付いたのが最近になってというのが悔しいですが(笑)



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■最初は豆まきに愕き床の豆にも躊躇していたろーま■

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■一度味をしめたらもう止まらなくなったようで数百年長生きできそうなくらいの豆食ってました■

昨日は節分。そして今日は立春。暦の上では春になったということですが、春を待ち遠しがっている毎年の冬と異なって今年は常に春めいているような気候続きなので歓びも価値も半減気味です。時折確かに冬らしさもありますが、おしなべて暖かなことです。雪もほとんど降らないことが何より証拠の大分の二月です。

昨日は家でも豆をまき、そして北北西に向かって無言の恵方巻かぶりつきの儀を執り行いました。数分間というもの粛々と食事が進んでいるような風景。久しぶりに静かなことで結構何よりだと言われましたし。ちなみに大王さまと絶句し大笑いした話を。フジテレビのアナウンサーが今日の恵方は北北西、ほくほくせいを「きたきたにし」と読んだそうな。緊張して常軌を逸してしまったのか、それとも無教養非常識なのか。すまし顔で大間違いを言ってのけるところが逆に面白いなと思いました。


まいた豆を一心不乱に食べ歩くろーま。去年の節分にはまろ坊がいたのに。そして数年前まではお嬢も喜んで床に散らばっている豆を吸引していたのに今では高みの見物のお嬢になりました。シニアからヤングへと代が代わっていっているのですね。



 

1200分の3をいただく


二月、如月になりました。暖かいの寒いのが交互にやって来る冬らしい天気が続いています。今日の大分は強い風が吹き寄せてこれを木枯らしというのでしょうね。骨の細い物干しハンガーなど薄手のアンダーシャツとともにバルコニーの床に落ちていました。ちょっと荒れ気味の二月の開幕となりました。



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■ほんのちょっとだけケーキでお祝い。あと我々の口に……■

そんな季節のはざまに誕生日なのがお嬢!! 9歳になりました。

まろ坊存命中はいつも陰に隠れてというか、一歩以上うしろに下がって遠慮がちにたたずんでいたお嬢。まろ坊が天に召されて数カ月間は我が世の春のような有頂天日々であったに違いありませんでした。ところがそんな天下も数か月後にはろーま登場で木っ端みじんに。かわいそうにまたまた身を小さくして過ごしておりました。ところが最近は年下の扱いが慣れたのか、はたまた2番目の「なか子の何とやら」かもで随分と威勢がよくなってきました。開き直ったというか。でもやっぱり何がなんでもかわいいですね。これが長年連れ添っている情と言うものでしょうか。

我が家に来て4月1日で9年とはと改めて驚いているところです。若さまの中高生の姿を見、大学生になって家を離れていって寂しくなったことも共有しました。父が逝った時の夏の大騒動も我が家に来たばかりだったお嬢は見ています。まろ坊との別れも。家族の諍いや波絶たぬ日々も。どうかいつまでも元気であってもらいたい。まろ坊の分を越してうんと長生きしてもらいたいと願っています。


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■八幡様、春日様、天神様。そして龍神様をお祀りしている有難さてんこ盛りのお宮です■

そして今日は朝早くから近所の神社に厄払いに行ってきました。予約していたのでとてもスムーズな神事になりました。これからのお厄の日々もこんな調子で物事がよどみなく進んでくれたらなぁなんて思ったりしながら、頭を下げっぱなしで敬虔かつ神妙にお参りをさせてもらいました。そして玉串奉奠の場面になりまして。

「お連れ様もどうぞ。どうぞ」

神様に通じるようなお声で祝詞を上げてくださった宮司さんが、大王さまも一緒に玉串をと勧めてくださいました。

「はっ。よいのでしょうか」

「ご一緒に二礼二拍手。そして一礼を」

するするとお作法に則ってご神前にて懇ろ以上の気持ちでお参りを。洵に神妙なおじさんカップルでありました。そして元の席に着座と同時にお隣に座している大王さまがひと言。

「兄さんの玉串より僕の方が倍近く大きいんですが」

「宮司さんも人を見るんやろか。あんたが尊大に見えたんと違うの??」

やれやれ、どこに行っても誰がご覧あそばしても従弟の方が随分と気高く見えるようですね。何となくこれからの善きことの半分を大王さまからさらわれたような不可解な思いがよぎりました。これもご神威でしょうか。

 

こちらの神社は私たちが住む住宅街の近くにある御手洗神社と言います。1月末に我が家のトイレが壊れたゆえのお手洗いの神社詣でとは違いますって(笑) 

この神社の由緒は、宇佐八幡宮から勧請された場所がまず我が住宅街の真ん中にある大きな公園の小高い丘の上でした。今では元気なお子たちが、その神聖な跡地を容赦なく飛び回っていますが。無残にも遊び場と化しているその丘から100年後に今ある場所に遷座されたとか。山を背にし、そして眼下には大野川のたゆとう姿を見ることができ、まさしく抜群の風水の場所に鎮座しているかのようです。何よりも瀟洒な神社ながらも穏やかで参拝者を包み込みような優しさがあります。

ご本殿の裏山には龍穴があるとかで、有難い祝詞も上げていただいたことだし朝のおめざの運動がてら行ってみますかと足を踏み入れた途端、『マムシに注意』の毒々しい看板が。あのニョロニョロが冬眠している冬の真っ盛りとは言いながらも、あのような看板を見ると足がすくんでしまって龍穴にはたどり着けませんでした。

しかしこれで清々しく厄払いを済ませ、そして二月のスタートを切ることができて安堵した今日になりました。



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■桃色ラベルが恥じらう春の乙女のような……。妄想しすぎ!!■

東京の友人が山梨銘醸の「七賢」を送ってきてくださいました。

「新春に愛でる淡雪の調べ 春しぼり」。フレーズが素敵ですなぁ。まだまだ遠い甲州の春を待ちわびる思いや新玉の年を寿ぐような華やぎを感じます。1月6日から17日までのわずかな間に、1200本限定のわずかな数しかつくらない頑なさと堅気さにも感動しています。こんな短期間の隙間を縫って友人がわざわざ私のために融通してくれた貴重な1200分の3のその愛にも感動しています。

まず口切りの1本は美味しい肴をこしらえてカップルおじさんふたりで酒盛りをします。次なる2本目は若だんなたちが今月中旬に若ぎみ初入りの帰省をしますのでその折にお祝いのお膳に。3本目は春休みに帰省する若さまと愛でたいと思っています。友人からいただいた春の酒が子を待つ親の親心のアイテムへと大きく変わってくれるきっかけにもなってくれることにも感謝しています。

 

ここのところ心が貧しくなってきている私に向かってデカ玉串大王さまがポツリと言いました。

「いつも……、本当にいつも親戚以上の心配りをしてくれるね」

「つくづくこの人の機を見て敏の真の優しさが心にしみているところなんだわ」

親戚のこと同様に他人との付き合いにも疑問符が大きくなってきている最近。身の程知らずの分際でと思う人も増えました。厚かましさに拍車をかけて今をのぼせ上って、いつか足元をすくわれなきゃいいがと思うようなオレ様流の生き方をしている人を見ながら、西大分の占いおばちゃんが常々言ってくれているさまざまな言葉や、耳に入ってくるその人の風評を思い出しています。

神社で厄払いをした身、せめてこちらにまで災いの火の粉が降りかからないようにと祈る私は利己主義でしょうか。

 

二月は逃げると言います。如月は陽気が更に来る月であるから「気更来(きさらぎ)」とも充てることもあると聞きました。宜しくないことはとっとと足早に過ぎ去ってもらい、春の本陽気を誘うかのようなこの二月になってもらいたいと祈っています。そしてどちら様にとっても佳いひと月になりますように。



 

お便所がこわれたのぉぉぉお!!(女子風ことば?)


2ヶ月に一度やって来る水道メーターの検針。今週半ばにいつもと変わらない感じで検針を済ませながら各家々を歩いている係の人。ちょうど在宅していた私はどんよりとしたにびいろの冬空を何とはなしに眺めつつ、その検針兄さんの仕事っぷりも見ておりました。

「まるで窓からのぞき見しているみたいで感じ悪いですよ」

「別にあのお兄さんをマークしているわけじゃないんだけど、寒空にご苦労様だなぁってね」

そして我が家のメーターの番になりましてチェックを済ませながら何やら余所のお宅の時とは違う表情に。まもなくしてやおら我が家のインターホンを。窓から見ていたのを見られたか!! もしかして深窓のストーカーか、世に言う何とかモンスターのクレイマーかとでも感じ取ったのかしらと。

「あのですね。前回に比べて使用量が多くなっているのですが何か心辺りはありませんか」

「いえ。特段には……」

「もしかしたらどこか漏水しているかもしれませんので、大分市指定の水道業者さんに見てもらってください」

渡されたレシート状の使用量と使用料金の明細を見てびっくり。確かにこんなにザブザブ、それこそ湯水のごとくに水つかってないしッ!! そもそもヒートショックでも起こしそうな今の季節は冬。それに年取って脂っ気もなくなってお風呂だって毎日の日課じゃないし。

すぐにもらった指定業者のリストに目を走らせると運よく知り合いの業者さんの名前が。この業者さんは去年の3月に台所のパイプが大炸裂して大噴水した時にも来てくれた我が家の大恩人の水神様のような方です。

 

そしてその翌日。やってきてくれて水道メーター、温水器をチェック。異常なし!!

「トイレかもしれませんよ」

業者さんの予感的中の案の定、水道メーターを四六時中回していた悪の元凶はトイレでした。そう言えば水を流した後でもいつまでも小さな川の流れのようなチョロチョロ音がしておりました。要はパッキンだかの劣化。北米住宅という名にほだされて建てた家は水回りもメイドインジャパンではありませんで、そのちゃちさに建物の引き渡しの時から腑に落ちないままでしたが、やっぱりの結果が去年の台所に続いて今年はトイレ。2年続いて水難の卦の出まくりであります。

「それでどうすればいいんでしょう」

「部品が日本製ではないのでしばらく良くても付け焼刃かと。新しいのに替えるのが一番ですが」

「替えるってトイレ……、便器をですか!! へてからになんぼかかるんですか」

漏水も漏水の証明さえもらえば水道料金の差額が返還されて、めでたしめでたしと踏んでいた私にとってトイレのやり替えとは。お便所がこわれたぁぁぁあ!! 絶句とため息の出費は25万円とか。

 

またいつか高額な水道料金を請求されるのは間違いなさそうだし、何よりもこんなチンケな水回りとはとっととおさらばしたくなったのも手伝って。

「分かりました。では新しいのにしてください!!」

B型らしく即決するしか道というか能はありませんでした。最悪の酉年幕開けになったようなめまいを伴いながらの大英断を下しましたのです。

ちょうど来月には若だんな一家が帰省します。当家4代目の若ぎみの初入りでもあります。それに私の還暦でもありますのでお便所の神様にも気持ちよく降臨してもらいたし。頭がクラクラしながら何もかもひっくるめる気持ちで取り替えをすることにしました。最近の嫌なことや思い通りにならないこと、嫌いな人たちとの過去の思い出、この狭量な心の迷いなどすべてをTOTOさまの新しいトイレでさっぱりと流すことにすればと思えばなんとなく納得もできるような。

 

一昨年は家の外壁の塗り替え工事。そしてエリちゃんからハリハリちゃんへ車の買い替え。冷蔵庫も洗濯機も壊れて清水の舞台からの大ジャンプをしました。去年の11月にはヘソクリ捨てたし。旅行も東北やら東京やら沖縄にも存分に行き尽くして、それはそれは出費出費の掛け声勇ましくバラエティーに富んだ2年間でした。ふと冷静になってみたらおやじ財閥も息つく暇のない出費多端すぎて呼吸困難に陥りそうなことです。今年はしっかりと堅実な日々をと思っていた矢先なのに年明け早々からこんな災難が降りかかるとは。何だか一難去ってまた一難のようなとっても嫌な感じです。

もうこれ以上身の細る思いはご免蒙りたい!! 還暦の厄払いにと龍神さまがとぐろを巻いていらっしゃりそうな神社に行って、祈り上げつつリセットせねばという思いが増幅しています。

「厄払いのつもりのトイレのやり替えだと思えばいいじゃないですか。兄さんは強運の持ち主だから大丈夫だよ。きっと」

「ウンの尽きっていう言葉もありますがな。しかしそう言えば水回りの業者さんもお宅のトイレはきれいにしていますね。きっと宝くじが当たりますよって言ってくれたわ。慰めにしても心なしか嬉しいわね。何せトイレの業者さんは便所の神様に仕える神主さんみたいなもんだもんね」

とは言いながらもやっぱり高額出費の現実はしんどい!! 大分市の宝くじ売り場で8億円の当選が出たとトイレの神様のお使いが作業中に仰っていました。あやかりたい。是非ともあやかりたい。藁をもすがる思いであやかりたいです。その取り換え工事と大枚の羽ばたきはもう間もなくです。



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■春のような陽気だった今日の午後、近くのスポーツ公園まで繰り出しました■

去勢したろーまさんの抜糸も無事に終えました。同時にエリザベスカラーもはずされて、それはそれは開放的絶好調なことだろうと彼の毎日を見守っています。これで存分に家じゅうを走り飛びまわって、ますます元気に暮らしてもらいたいと思っています。

今日は天気も良いしで身軽になったろーまさんを嘉して近所の公園に行ってきました。あら不思議なことに近づくろーまさんにお嬢が嫌がりもせず淡々としておいでる。去勢したオスに興味が無くなったのか、それとも鬱陶しさを超越して穏やかなお嬢になったのか、他人行儀さがなくなったみたいで洵に結構なことだと……、束の間トイレの惨事を忘れて喜んでいる私です。



 

あれから22年も経ったのですね


阪神淡路大震災から22年が過ぎました。あれからの日本はまがまがしいくらいにいろいろな天災に容赦なく見舞われています。

一部の人間(為政者)の浅はかな力と妄想によって世界中を不幸に貶める戦争は、二度と繰り返してはならない繰り返されてはならないという全能を持った人たちによって防げるはずですが、ことこの自然災害だけはどうにもこうにも防ぎようがありません。しかし知恵ある私たちは過去の反省や不幸な体験を礎に、新たな災難に遭った時にきっと乗り越えられるはずだと信じています。というか信じたくて仕方がありません。そしてもはや日本人すべてにとって自然災害は他人ごとではなくなったしまったという事実をしっかりと心に刻む時なのかもしれません。

 

この22年の間に日本人はいくら涙を流したことか。流した涙の痛みと重みをもっと真摯に受け止めてもらいたいのが政治家だと思います。東京オリンピックも豊洲の市場も、荒らしまわる中韓の観光客へのもてなしも、どこか何かが違うのではないかと思えて仕方がありません。国を富ますためというのが方便でしか聞こえないのがとても空々しくて、そして何やかやと理由をこじつけては群がっている人たちの姿を見るにつけ残念でなりません。

安倍さんも中国に負けじとフィリピンやベトナムなど行く先々で大判振る舞いをしましたが、よそにケタ違いのことをしたところで今の日本にどれだけの見返りがあることやら。現にミャンマーのスーチーおばさんなど、中国ではいくらくれたけど日本はどれだけ出してくれるのかとあけすけにたかっているし。プライドばかりが高くてやることは物乞いとは。そんな人間至る所にいますが。

そんな殺伐とした世の中を見ながら、22年前に思いを残したまま犠牲になった多くの人たちの御霊がひたすらに安かれと改めて祈っています。
 


菜の花
■我が家の春の看板メニュー、菜の花どんぶりの季節到来です。年明けに招いたお客人も大喜びして頬張ってくれました■

日本じゅうが冷えあがっていますね。今日も気温がぐんぐん下がって、これから大分の北部でも降雪の予報が出ています。まさしく雪が降りそうな空模様の雪気(ゆきげ)。さすがに暦通りの大寒の日になりました。冬らしいと言えば冬らしいまっとうな天候ですが、先日も思わぬ場所が大雪になったのには驚いています。広島市、四日市市、それに女子マラソンが行われていた京都も。

確かに今年は北日本の大雪も相当な量。そして北海道ではマイナス26℃など信じられないような寒波。北日本の厳しい冬という刷り込みの脳みそには「雪の多い寒い土地柄なんだね」で落ち着いていますが、まさか温暖なはずの瀬戸内の広島市や太平洋側の四日市にドカ雪とは。

「瑞雪は豊年のしるし」と中国では言いますし、日本でも万葉集に「新しき年の初めに豊の年しるすとならし雪の降れるは」と詠まれています。しかし温暖化が進んでこんなに気象変化が著しい地球になってしまって、雪が幸せをもたらしてくれるという古いことわざも通じるかどうか分からなくなりましたが。

 

小学生の頃まではひと冬に2回か3回はこの大分でも大雪が降っていました。ある朝の大雪の時と、その登校時にちらっと見たNHKの朝ドラの「うず潮」が、何故だかとっても記憶に残っているのが不思議です。雪と大人のドラマのリンクが鮮明過ぎです。調べてみたらあのドラマが昭和39年4月から翌40年の4月までの放送であったようです。小学校の低学年だったのに変なことだけは断片的に記憶の片隅にこびりついているようです。

我が家の息子たちの頭のなかに四季の移ろいや風景と生活の折り合いの記憶がどれだけ残っていることやら。そして生まれたばかりの若ぎみのこれからに、どれだけ記憶に残る素晴らしきことと巡り合うことができるか。息子たちとお孫に善きことはたくさんにと願う私です。



 

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