2018年07月

2018年07月30日

諫早湾干拓は何が問題なのか?


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諫早湾干拓の排水門の開放をめぐる訴訟で、1審の佐賀地裁は、国側の訴えを退けて開門を命じ、開門しなかった国は一日当たり90万円の補償金を支払うこととなった。その判決に対して国が控訴していたのだが、福岡高裁は、7月30日の判決で、「開門請求の根拠となっている漁業者の『漁業権』は、2013年8月に期限を迎え、消滅している」とする国側の訴えを全面的に認めた。漁業者側が全面敗訴となる逆転判決を下したのである。

 このような国におもねった判決を出すことで、この裁判長は栄転が約束される。将来は最高裁の判事になれるかも知れない。もっとも逆らえば左遷されるわけで、日本には司法の独立など存在しないし、裁判官も正義感よりも保身が常に優先だ。モリカケ問題で安倍晋三に忖度した官僚たちがみんな出世したりしたことを思えば、「正義よりも政権擁護」という流れはますます強まるだろう。オレがもしも国家の権力を握ることができればそういう裁判官はみんな「良心に背いたクズ人間罪」で刑務所にぶち込むことを決めている。今の腐った政治家どもも、もれなくみんな刑務所に入れてやるぜ。

 国は公共事業の間違いを認めない。諫早湾の干拓事業そのものが大きな間違いであり、それによって得られたけど実際は余ってる農地と、失われた有明海の水質や未来永劫にわたって得られたはずの水産資源を比較すれば、たかだか数十億のために数兆円をどぶに捨てたような史上最悪の公共事業であるということはあきらかである。オレが独裁者になればそんなアホなことを推進した連中を全員死刑にするだろう。

 そうした国家の大きな過ちを少しでも認めさせようとした佐賀地裁の判決の正義は、大きな力でこうして踏みつぶされたのである。正義というものはこうして踏みにじられ、日本という国家はどんどん劣化していくのである。

 オレが願うことはただ一つ、もうこれ以上国家を破壊するのはやめてくれということだ。くだらないイナカモンドリームのために、山を削って不必要なものを作り、自然の海を埋め立てて貴重な干潟の生き物を虐殺する。その愚をこの国はこれまでずっと繰り返してきたのである。それによって利権に群がる田舎の代議士やその取り巻きどもがゼニを分け合ってきて、そのゼニは国民の支払った税金が原資だったのだ。もうそんな仕組みはぶっつぶせというのがオレの主張である。大企業優遇で国民はどんどん貧しくなった。もうこれ以上民を貧しくして政治家や一部の悪徳企業の連中が富を独占する支配体制を続けないでくれとオレは訴えるのだ。

 徳島県では吉野川河口堰というイナカモンドリームを市民の手で食い止めた。住民投票では圧倒的多数が堰の建設に反対した。しかし、そのように正義が実現できることはどちらかというと稀なのである。たいていは利権に群がるクソどもが、ゼニをばらまいて自分たちが有利になるように選挙を進めるのである。

 神戸市は神戸空港や六甲アイランドという事業で大きな借金を作って、そのツケを市民に押し付けた。神戸市の国保料は周辺都市の倍近いのだが、それもすべて市長や市議が借金を増やし続けたからである。住民投票では神戸空港に反対する人が多かったのに、神戸市議会は賛成する議員が多数だった。議員は通常は市民の方よりも、利権の方を向いて仕事をするからである。
 
 今の日本の政治には理念もないし、正義もない。弱者を守るという仁愛の精神もない。あるのは安倍一族に取り入って保身をはかり、自己の利益につなげたいというずるさだけである。オレはそんな国の一教師として、教え子たちにそれでも最後まで正義を訴えたい。今の腐った連中がみんなくたばった時に、未来の日本にいつか正義が実現することを信じていたいのである。

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2018年07月29日

どうして人は川の近くに住むのか?

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 オレは毎日通勤で大和川にかかる橋をクルマで渡っている。川の土手まではゆるやかな上り坂になっているのだが、その川の土手近くにかなりの家が建っているのである。大和川をこえた大阪市側にもたくさんの家がある。たぶん4メートルくらい土手よりも低いところに家がたくさん建っている。もしも大和側の堤防が切れたらこれらの家は屋根まで水没してしまうだろう。新築の家もある。ここに家を建てる時に、あるいはその家を買うときに「もしも大和川の堤防が切れたらどうしよう?」なんてことを一度も想像しなかったのだろうか。
 今回の水害に関連する朝日新聞の記事を読んでいたのだが、倉敷市真備町に新築した自宅が水没して家電などをすべて失った方が「ハザードマップは、住み始めてから広報で見た記憶があるが、内容はよく覚えていない。」「家の購入を真剣に考えているときに教えてほしかった。知っていれば、補償を手厚くした保険に入り、家具の置き方も違ったと思う」と語っていた。水害に対する人々の認識はこの程度なのである。オレはたまたま地理オタクだから、地図を見て等高線を見てるだけでこの川が氾濫したらこの地域は危険だとかいうことが容易に想像がつくのだが、普通の人たちはそういうことは考えない。まして家を売る側はそんなことを教えたくない。
 もちろん「何十年に一度のことなんていちいち考えていられない」と答えられればそのとおりなのである。東日本大震災の津波だって、次にやってくるのが1000年先という予想ならば人々はまた海岸近くに家を建てるだろうし、まさか明日津波が来るなんて誰も思わないだろう。地震や噴火に対する備えなんて、その多くは空振りだ。
 しかし、水害の危険は目の前に存在するのである。目の前に流れてる川が増水すればいつでも氾濫の危機があるのだ。なんでそのことがわからないのだろうか。
 京都の桂川の上流には日吉ダムがある。ここが洪水防止のために水量調節の役割を果たしてるのだが、ゲートを全開したために渡月橋が危険な状態になった。最近の雨の降り方を思えば今後もこのようなことは頻繁に起きるだろう。必要なのは川を浚渫して水量が増えたときに備えることと、堤防の低いところをしっかりかさ上げすることくらいである。その対策にはおのずと限界がある。そうなると次にできる対策というのは「洪水に耐えられる家を造る」ことではないのか。オレはそんな家を見たことがないのである。
 どうしても川のそばが好きならば、一階部分を堅牢なコンクリート造りにして、窓枠やサッシは水圧に耐えられるような特殊な構造にするか、あるいは外側を鎧のようなシャッターが覆うようにする。3mくらいの水深には耐えられるような構造にして建設すればとオレは思うのである。その「耐水害住宅」を子孫代々伝えていけばいいと思うのである。そんなもの建てるのにどれだけゼニがかかるのか?と言われそうだが、だったらゼニがかからないように水害の危険のないところに住んだらいいのである。ただそれだけのことだとオレは思うのだ。
 「ここまで水が来るなんて思わなかった」と言われればその通りだ。床上浸水するとしても、二階にいれば大丈夫と普通の人は考える。まさか5m近い水深になるなんて誰も思わない。だから今回の水害は逃げ遅れて自宅で亡くなった多くの方々にとっては全く想定外の出来事だったのである。年配の方が腰まで水につかりながらもぶつぶつ文句を言いつつ避難している映像を見てオレはそう感じたのだ。死を目前にするまで人は危険に気が付かないことが多い。
 どうして人は川のそばに住むのか。縄文時代の集落は高台にあったという。それは川が危険なことを本能的に知っていたからだろうか。水田を作るようになって、灌漑の必要性から人は川の近くに居住するようになった。しかしそれは水害との戦いでもあったのだ。山梨県に残る「信玄堤」などは「治水」が為政者にとっていかに大きな仕事であったことを今に語っているのである。


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2018年07月27日

トランプよ、中国の独裁を止めてくれ!

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オレはトランプ大統領についてかなり誤解していたのかも知れない。このオッサンは金儲けだけが目的のただの守銭奴だと思っていた。中国に対して貿易戦争を仕掛けたことも「こいつ、経済のこと本当にわかってるのか」と思った。しかし、この貿易戦争、どう考えても中国に勝ち目はない。アメリカが中国からの輸入品に高額関税をかけるのをやめてもらうためには、中国は大幅に譲歩するしかないのである。

 トランプ政権のペンス副大統領は、7月26日、ワシントンでの講演の中で中国政府がウイグル族数十万人をを不当に収容所に入れている人権侵害を強く非難した。

 今、新疆ウイグル自治区では、イスラム教を若者に教えることやイスラム教徒的な名前を子どもにつけることが禁止になるなど、かつてない抑圧的な政策がを進められているという。このような人権侵害に対してこれまで誰も声を上げてこなかった。国連も何の行動も起こさなかった。事実を知りながら何もしなかったのである。

 トランプの戦略は明確だ。イスラム教徒のテロはこれまでアメリカやヨーロッパで行われてきた。しかし、真のイスラム教の敵はどこにいるのかということを世界に示したのである。もしかしたら今後中国国内でイスラム過激派による無差別テロが起きるかも知れない。そのテロの起きる場所は北京や上海と言った人口密集の大都市かも知れない。そのテロの理由が、習近平によるイスラム教徒弾圧だと中国人民が知ったとき、習近平への個人崇拝は一気に失われ、彼は中国人民を危機に陥れた馬鹿ということになってしまうのである。

 この中国への全面対決姿勢は、習近平というケツの穴の小さい独裁者の暴発を招くかも知れない。中国が戦争を決意して、真っ先に米軍基地のある日本を攻撃するかも知れないのである。中国国内向けには「アメリカからの攻撃を受ける前に先制攻撃」というプロパガンダを行うだろう。

 中国が南シナ海に勝手に軍事基地を建設したりしたことを国連は容認してきた。中国政府の考え方は世界の流れから100年以上遅れている。先進国の中で一度も民主主義的な政治体制を確立したことがないのは中国とロシアだけである。社会主義や共産主義という政治体制がいかに国民を不当に弾圧し、権力者たちを腐敗させてきたか我々は歴史からしっかりと学んだのである。

 中国政府が天安門の前で民主化を訴えた群衆を大量虐殺したのはほんの少し前である。尖閣諸島な南沙諸島という他国の領土を「オレの領土だ」と一方的に宣言し、相手が反撃できないとみるや一方的に占領してしまうと言うのは帝国主義時代の列強の行った不法行為と同じである。

 中国国内ではペンス副大統領の発言が国民に知られないように必死で情報統制してるだろう。しかし絶対権力があればその一方で必ずその失脚を狙う勢力もある。決して中国政府も一枚岩ではないのである。内部分裂して崩壊し、習近平という独裁者が失脚することをオレは願ってる。ついでに日本にいる安倍晋三という勘違いした馬鹿も早く失脚させてくれ。トランプ大統領、何か一言言ってくれよ。「馬鹿な総理大臣とは付き合えない!」とか。


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2018年07月26日

オウム事件と死刑

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 オウム真理教の事件に関わった死刑囚たちの死刑が一斉に執行された。オレがこの事件について思うことは、警察がとにかく無能であったということである。坂本弁護士一家が失踪した時点で、どうして警察はオウムの関与を疑って強制捜査しなかったのか。彼らの欺瞞性に気づかなかったのか。その後の大量殺人に至ったのは警察が無能だったからとオレは思うのである。

 もしも日本にCIAやFBIのようなものがあれば、必ずオウムのような教団に潜入捜査するスパイを送り込んで、その犯罪性をたちどころに解明できただろう。犯罪組織を解明するためにそこにスパイを送り込むということはあらゆる局面で有効だ。そして日本の文化には「忍者」や「隠密」という高度なスパイの歴史が存在する。戦時中も「陸軍中野学校」という諜報員を養成する機関があった。なぜそうした伝統は失われたのか。どうして今の警察は無能な捜査員ばかりなのか。

 多くの保険金殺人や保険金目当ての偽装事故、偽装放火はろくに捜査もされずにそのままお目こぼしとなっている。大阪では経営不振のスーパーはよく火事になっていたが、それはたいてい火災保険金目当ての放火である。廃業寸前でろくな在庫の商品に品物もないのに「全部燃えた」ということにして保険金をちゃっかりいただくのである。経営が悪化していることをつかんでいれば、その火事が不審なことくらいすぐに調べは付くはずだ。だがそういうことをいちいちやるのはめんどくさいのである。ヤクザとずぶずぶの警察に正義感なんかを求めてはいけない。ついこの間、大阪府警の警察官が捜査情報の漏洩と引き換えに風俗店で接待を受けていたという事件があったが、兵庫県警などは福原のソープ街で接待を受けているのが常識で、それを拒んだ店をわざと見せしめのように売春防止法で摘発するらしい。告発本を書いた元警官がそのように証言しているのである。

まあオレがここで警察官の無能ぶりを語ったところで、無能なのは警察官だけではなくて政治家もみんな無能だし、企業経営者もその多くは無能だ。無能だからほとんどの企業は起業してから10年以内につぶれる。この世に有能な人間の数は極めて少ないのである。どんな世界でもそうである。野球だって素質があっても活躍できるのはほんの一握りである。

 せっかく警察がひき逃げ事故の加害者を捜査の末に発見したとしてもその罰は驚くほど軽い。堂々と信号無視を繰り返したトラックが自転車で横断歩道を渡ってる女子高生をはねて死なせた此花区の事故でも、その暴走殺人トラックの運転手には「危険運転」は適用されない。50mも先の信号が赤に変わっているのに、前をさえぎる停まってるクルマがないので堂々と信号無視をするという危険運転を通常の「信号見落とし」として扱うのである。どうしてこのような行為に「殺人」を適用できないのか。警察にいったいどんな圧力がかかっていたのかとオレは想像するのだ。

 相手が政治家であろうと巨大宗教団体であろうと堂々と「正義」を旗印に戦えるような市民のための警察であってほしい。そして、正義感を持つ若者がそこを目指すような社会であって欲しいのである。オウム事件のようなことを繰り返さないために、そして安倍晋三のようなゲス政治家をのさばらせないためにも。オレは警察がまともになるべきだと思う。ヤクザを使って選挙妨害をさせるようなクズを逮捕できない山口県警は無能すぎる。


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2018年07月24日

イージス・アショアという巨大利権について

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 どんどん予定額が膨らむイージス・アショアだが、そもそもそれがどうして山口県と秋田県に設置されるのかを考えたことがあるだろうか。オレが日頃この日記で提唱しているあの「イナカモンドリーム」の理論を考えればたちどころに説明が付くのである。

 「イナカモンドリーム」とは何か。それは新幹線や高速道路が突然作られることで、それまで二束三文だった山林が値上がりして、地権者が大もうけすることである。どうして赤字確実な新幹線や、ろくにクルマが通行しないような高速道路が作られるのかというと、そこに「イナカモンドリーム」があるからだ。

今回のイージス・アショアの設置が山口県と秋田県になったことの意味がわかってるだろうか。山口県といえばやはりあのウソつき野郎の安倍晋三のお膝元である。そして秋田県といえば、あのポンコツ、ガースーこと菅官房長官のお膝元なのである。アベとスガのためにこのイージス・アショアが存在するといっても過言ではないのである。

 建設費の中に含まれる土地の買収費だが、こんなもんはいくらでも膨らませることができる。田舎の二束三文の見捨てられている土地を仕込んでおいて、そこにこの計画を持ってくればたちまち200億や300億という財産を作ることができるのだ。お見事である。

 もちろんオレがこういうことを書いても、両者の答えはもう決まってるのである。ガースーは「何も問題ありません」と言うだろうし、アベはおそらく「このたびのイージスアショアの建設予定地に関しましては、最適の場所を関係各位に問い合わせて吟味した結果、決定した次第であります」といつものように全然関係ないことを答えるだけだろう。そしてあいつらのことだから裏で手を回してその土地をたぶん自分の身内や関係者に買わせているのである。実に腐った連中だ。こいつらは私利私欲しか考えていないし、その元手が国民の支払った税金であるということに実に無神経なのである。

 安倍晋三というのは近年まれに見るひどい総理大臣である。まず、頭が悪い。国会で質問されても頭が悪いものだから自分が何について訊かれているのか全くわかっていない。それで答えになってない答弁をする。たとえば今回の大水害について、大きな被害が予想されている時点でなぜ宴会をしたのかと問われたのに、なぜか「災害対策は万全だった」という意味のことを答えたのである。このような答えは典型的な馬鹿の受け答えである。万全の対策で200人以上の人が亡くなったのである。地震や津波と違って大雨や台風は予測できる。24時間でどれくらいの雨が降るかということをかなり正確に予想できるのだ。どうしてテレビでくだらない番組を流させるのではなくて、即座に避難せよと呼びかけなかったのか。おまえらが酒飲んで騒いでる間に大変なことが起きたということがわかってるのか。

 イージス・アショアはただのアメリカへの利益供与である。こんなものは不要だ。戦争が起きてからミサイルを迎撃しようとしたところでそんなものは無駄な努力である。戦争が起きれば人類は滅ぶ。中国とアメリカが交戦状態になれば日本列島は廃墟となる。アメリカが日本にイージス・アショアを作らせたいのは、米中戦争が起きたときに日本を時間稼ぎの捨て石にしたいからである。太平洋戦争の時に日本人が沖縄県民を見捨て、沖縄県民が多くの犠牲を払ったように、アメリカは日本にその役割をさせようとしている。

 ポンコツ菅と、ウソつき安倍晋三という二頭体制を自民党のゴミクズ議員たちは支持しているようで、岸田政調会長は早くも安倍支援を表明した。今ここで安倍晋三を支持すると言うことは、国会でのあの数々の不誠実な態度を支持するということである。岸田、おまえもクズだ。

 オレは今後の選挙で絶対に自民党には投票しない。国民の富をアメリカにくれてやることしか考えてないこんな不誠実な連中こそ売国奴だということをオレは強く主張したい。


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2018年07月23日

カジノは日本が自前でやれ

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 日本に来た外国人観光客は、「日本的なもの」を楽しみに来るのである。そんな日本に欧米のカジノ運営会社が欧米流のカジノを設置したところで、そこに何にも日本的なものはない。わざわざ日本に来るまでもない。

 日本的なカジノと言えばやはり「賭場」である。壺振りのお姉さんが、鮮やかな手さばきでサイコロを振る。そこにこそ日本的な情緒があるのだ。丁半バクチや花札賭博、オイチョカブ、コイコイといった伝統的な賭博でないと日本にカジノを作る意味はないのである。お小遣いの範囲で遊べる娯楽としての「賭場」を設置し、胴元がゼニを貸し出すことを厳禁して、客が借金をしてまで遊べないようにすることが大事なのである。

 暴力団に対する規制をどんどん厳しくする一方で、彼らが正業に就こうとしても「元ヤクザ」というだけで排除してしまうのは基本的人権の侵害ではないか。せっかくカジノを作るのである。だったら暴力団の方々にカタギになってもらって、日本型カジノを運営させればいいじゃないか。二度と麻薬密売とかに手を出さないことを誓わせた上で、カジノ運営権の入札に参加させてやればいいのである。

 オレのこの提案を「アホか!」と笑い飛ばせる方たちは、それならマフィアの手先のようなうさんくさい海外のカジノ運営会社の方がマシだと言うのだろうか。海外カジノの連中は必ずそれぞれの国の反社会性力と結びついているということがわかってないのか。本当に救いようのないほどお目出度い馬鹿である。

 今の国会はクソだ。常識で考えればおかしいことを自民党の議員は誰も批判せず、「党の方針」に唯々諾々と従う。党の方針が間違ってるならなぜ命を賭けて造反しないのか。正義よりも当選して議員の身分を守ることが大切なのか。国民の命なんかどうなってもよくて、自分の身分確保の方が大事なのか。

アメリカのカジノ運営会社のためにカジノ関連法案を可決し、一基800億のはずだったイージスアショアがいつのまにか二基で6000億円となり、ついには2兆円くらいになってもキャンセルは想定されておらず、軍産複合体へ国民の税金を貢ごうとしている自民党政権のどこが「野党よりもマシ」なのか。今行われていることが戦後最悪の政治だと言うことにいつになったら国民は気づくのか。どうして選挙の時にこの外道集団の自民党に投票するのか。

 カジノは客を誰も幸せにしない。幸せになるのは利権に群がる連中だけである。そして多くのギャンブル依存症と、その家族の不幸を生み出す。そんなことがわかってるのに「党の方針」に従うクズ議員たちよ。おまえらのトップに立ってる情けないウソつきのクズっぷりを見ているくせに、そんなクソ政党に絶縁状をたたき付けられないおまえらは、このまま国民が不幸になるのを黙って見てるだけの木偶の坊だ。

 自民党でも立憲民主党でもないまっとうな第三勢力がネット市民の支持を得て登場すれば、たちまち政治の流れは変わるだろう。オレがその党首になれたらさっそく森友・加計学園疑惑の関係議員を全員刑務所にぶち込んで臭い飯を食わせてやるよ。「正義」という新しい基準で司法、警察を再編するだけのことだ

 

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2018年07月22日

おまえらが国賊だ馬鹿自民党議員!

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 国会で「カジノより被災者を」とアピールした糸数けいこ、山本太郎、森ゆうこ参院議員に懲罰がかけられるという。どうして正しいことをアピールして懲罰を受けるのか。むしろ懲罰に値するのは、大災害の最中に赤坂自民亭で飲んだくれていたクソみたいな連中こそが、懲罰を受けるべきじゃないのか。

 カジノ法案は結局強行採決されてしまった。そんなもので国が豊かに出来るわけがないことは常識でわかる。カジノによって幸せになるのは胴元だけである。客はみんな最終的に負けて不幸になる。その胴元になるのは日本企業ではなくて外資のハイエナみたいな連中なのだ。自民党の幹部にその外資からどんな賄賂が渡ってるのかはわからないが、どうせこれから建設利権に群がる連中から多くの利益がもたらされるのだろう。この法案に賛成した議員は全員売国奴であるとオレは断言する。日本はおまえらのようなカスのせいで滅びるのだ。

 民主主義イコール多数決ではない。多数派がなんでもやりたい放題やる悪政は民主主義ではない。少数意見の中にすぐれたものがあればそれに耳を傾け、一緒によりよき道を探すのが民主主義の本来のあり方である。そんな理想は今の日本の国会の茶番を見ていればすべて吹っ飛んでしまっている。

 自分にかけられたさまざまな疑惑に対して最後までまともに答えずウソをつき通し、そのウソを守るために官僚を生け贄にし(おそらくその官僚どもには官房機密費から莫大なゼニが渡ってるだろうが)、国会答弁をただの茶番にしてしまったクソ総理大臣にいつまでも議員の資格を与えてる山口四区の住民は、はっきり言って日本国民の恥である。おまえらが投票するからこんな外道がいつまでものさばってるということがわからないのか。山口四区の有権者は、対立陣営の候補者をヤクザを使って妨害するような外道に平気で投票できる恥知らずなのだ。

 質問されたこととは全然違う内容を得々として答え、そして薄ら笑いを浮かべている安倍晋三の姿にオレは絶望している。こんなオッサンを総裁として仰いでる自民党議員は全員クズだ。

 こんなクズが総理大臣であるということがどれだけ不幸なことか、日本の真の国益を考えずに目先の個人的な私利私欲で動いてるオッサンに国会が支配されていることが悔しくないのか。真に国を憂う人間は、真の国士とはいったいどこにいるのか。

 安倍晋三のお友達と言うことで強姦事件の逮捕状をなかったことにすれば、その功績が認められて栄転する。安倍晋三を守る為に文書を改竄した高級官僚は不起訴処分となる。。不起訴処分を決めた検察官は栄転する。こんなミエミエの不正義がまかり通っているのに誰も自民党内では安倍晋三に辞めろと言わない。逆に支持しているのである。

 昭和15年2月2日、帝国議会衆議院本会議において立憲民政党の斎藤隆夫が行ったいわゆる「反軍演説」の中で斎藤は日中戦争(支那事変)に対する根本的な疑問と批判を提起した。この演説により、3月7日、斎藤は衆議院議員を除名された。彼を議員から除名するという投票に多くの今の自民党議員のご先祖さまたちが賛成している。こいつらはみんなクズの子孫である。賛成296票、空票144票、反対7票で斎藤の除名が可決され、日本の民主主義はその日に死んだ。帝国議会の中でまともな人間はその除名に反対した7人しかいなかったのだ。今の自民党の中に、この7人のような覚悟のある国士が一人でもいるのか。誰もいなかったじゃないか。当時帝国議会の議員だった河野一郎も、世耕弘一も、鳩山一郎も、みんな棄権して逃げたじゃないか。

 オレは本当にあきれている。日本はこれからどんどんダメになっていくだろう。国会議員の劣化、自民党の劣化をもう誰も止められないのである。自浄能力も全くないのである。いつのまにかテレビでは原発推進のCMが流れるようになっている。広告業界は電力会社の出す巨額の広告費によって支えられている。だから原発の真実など誰もテレビで語れないのである。


 これから日本の民主主義はどんどん腐っていく。そのターニングポイントがここにあったと後に言われるだろう。枝野演説はおそらく斎藤隆夫の「反軍演説」のように語り継がれるだろう。



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2018年07月21日

熊本市長の失敗

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熊本市長がすべての学校にエアコン設置したということをツイートしていた。それはとてもよいことに思えた。しかし、彼は各校に「ガス発電機」も設置して停電に備えるということを書いていた。いや、そもそも停電になったら都市ガス使えないのじゃないのか? そんなことをオレは思ったのである。

 停電に備えたガス発電機を設置するならば、そのガスはボンベから直接引いたプロパンガスを使用すべきである。そのあたりをアドバイスする賢明な方は熊本県には一人もいなかったのだろうか。

 たとえば「旅籠屋」というホテルチェーンは、非常用発電機を備えて停電時や災害時対策としているが、ここはきちっとプロパンガスを使用している。だから地震で電気もガスも供給が止まったとしても大丈夫なのである。

 熊本市長はツイッターでいろいろと情報発信されている。それは市民にとってよいことである。本当に市長がツイートしてるのか、それとも秘書が代わりに書いてるのかはわからないが、そういう形の情報発信をオレは否定しない。ただ、今回のエアコンの件、どうもオレには「自分は陳情してこういうことも可能にできるんだぜ!」「中央省庁ともつながりあるんだぜ」というくだらない自己アピールにしか思えないのである。

 大阪府北部地震の被害の中で、都市ガスの復旧にはかなり時間がかかった。自宅でふろに入れないので、大きな駐車場のある郊外型の温泉浴場が繁盛した。ガスの復旧はとても時間がかかるし、ガス漏れの危険などを考えると拙速に復旧させられないし、そういうわけで地震の時は電気や水道と違ってあてにはならないものなのである。熊本市長はどうかそのことをご理解していただきたい。

 オレは日本中の小中学校が早くエアコンを入れるべきだと思っている。日本は昔と違ってくそ暑い国になった。オレが生まれ育った昭和の時代にはこんな暑さはなかったのである。30度を超えると「暑いなあ」と思ったものである。もしも今の時代にオレが大学サイクリング部にいたらきっと暑さで死んでいたかもしれない。

 日本は犠牲者が出ないと変われない。熱中症で学校現場の死者がどれだけ出ればエアコンがいきわたるのだろうか。設置費がかかるとか電気代がかかるとか、そんなものはしょせんゼニの問題である。ゼニよりも命が大事であることは言うまでもない。わかってるのか。


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2018年07月18日

エアコンがないと死者が出るぞ

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 小中学校の教室のエアコン導入率は都道府県によって大きな差があるという。秋田県ではなんと1.8%しかない。まあ秋田県はそんなにあつくないのかも知れないが、ババヘラアイスがよく売れてるという地域であることを考えたらやっぱり暑いはずだ。特に今年の暑さは異常である。

 このままエアコンなしで教室で授業を行えばどうなるか。オレは絶対にいずれ死者が出ると思っている。もう20年以上も前のことだが、公立高校から私学に移籍してオレが一番うれしかったことは、教室にエアコンが入っていて快適に授業できることだった。その後大阪府立高校では一斉にエアコンが設置されたが、その入札価格が異常に高額であったのに実際に設置されたエアコンがショボかったことと、その頃に太田房江知事の執務室にシャープから大型テレビが贈られたことの因果関係はいまだに明らかにされていない。シャープを誘致するにあたって府は200億円くらい出したが、その金額に比べれば大型テレビなんてなんでもないことである。

 2015年には埼玉県所沢市で小中学校のエアコン導入について住民投票が行われている。賛成56921票、反対30047票で一応賛成多数だったが、投票率が31.545しかなかったために賛成票は有権者の3割に到達しなかったので、結局必要な得票数に足りず導入が見送られたということがあったらしい。オレが笑うのはその投票で3万以上の「設置反対」という投票があったということである。学齢期の子供のいる親はそんな地域に絶対に住んではならない。きっと町ぐるみで子供を虐待しそうである。きっと老人や子供のいない連中が、「税金をそんなことに使ってほしくない」と思ってるのだろうか。子は国の宝だということがわからないのか。

このエアコン設置の都道府県格差だが、愛知県の公立小中学校は、いまだ35.7%しか設置が進んでいないし、日本一暑い町でときどき40度を超える岐阜県多治見市はなんとエアコン設置率が0%である。

 エアコンのない暑い教室で子供を学ばせるということは学習効果が上がらないだけではなくて、そこで教える先生方の健康被害にもつながる。屋外で授業を教えることが多い体育の先生は紫外線による健康被害もあるだろうし、サングラス着用でさえ文句を言われるくらいである。昔もなかったから今も不要と思ってるのだろうか。昔よりも今の暑さがひどいという事実をどう考えてるのだろうか。

 オレは大学の時にサイクリング部に所属していて日本中を走り回ったが、7月8月は北海道や信州にいた。暑い京都には居たくなかった。オレは大学在学中の4年間、祇園祭も知らないし、大文字の送り火も見たことがなかった。そんな時期には京都には居なかったからである。それからさらに暑さはパワーアップした。そんな酷暑の中でどうやって子どもちが学べるだろうか。耐えることが教育ではない。快適な環境で過ごしてこそ学びの可能性は広がるし、何もわざわざ苦行に耐える必要はないのである。

 死者が出たら取り返しがつかない。熱中症は死に至るほど危険なものである。どうか全国の教育現場で子どもたちの健康を守ってもらいたいのである。



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2018年07月16日

治水のために何が必要だったのか?

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 西日本の大水害から日が経って、さまざまな検証が行われている。愛媛県の肱川が氾濫したことで国土交通大臣が「ダムの放流は適切だった」と責任逃れの発言をしたが、もしも放流が間違いだったということなら莫大な賠償責任が発生するわけで、それを逃れたいというその意図はよくわかる。しかし、真夜中に避難の指示を出してもみんな寝てるのである。なんでもっと早く、できれば前日の明るいうちに指示できなかったのか。

 その川がどれだけの水を流すことができるのか。そうした「限界流量」を超える量の雨が降ったから堤防を水が越流したという単純なことでもなかった。岡山県倉敷市真備町の小田川の場合、バックウォーターという現象が起きていたという。合流地点で本流の高梁川の水量が多くて流れ込めないために逆流したということだが、それは1983年8月の大水害で松原市が広範囲に冠水した状況とよく似ている。あの時、氾濫したのは西除川という幅10mほどの中小河川だったわけだが、そこに大和側の水が逆流してきたのである。個別の河川の堤防をどうするといった問題ではなくて、広域的に対処すべきことなのだが岡山県も国もこの倉敷市真備町という地域の浸水の危険性に気づきながら20年も何もせずに放置していたということならば、それはもはや人災である。

 なんでも「想定外」ということばで片づけてはいけない。こんな大雨は想定外だったというのではなくて、それを想定して行動することが常に必要なのである。想定できなかった責任者をきちっと処罰すべきである。

 太平洋戦争の時、日本軍はガダルカナルに空港を建設しようとしてわずかな兵を派遣したが、米軍に攻撃されて島を奪われる。米軍がガダルカナルに派遣した兵力の規模は全く日本軍の想定外だった。

 ミッドウェイ海戦で主力空母4隻を失ったこと、牟田口廉也中将の行った無理なインパール攻撃で多くの日本兵が餓死したこと、こうした失敗はすべて「想定外」で片づけられることだろうか。東日本大震災の津波で福島第一原発がメルトダウンしたことも「想定外の大きさの津波だった」で済まされるのか。誰かが想定や予測したことが、誰かによって握りつぶされた結果ではないのか。ミッドウェイ海戦の前の図上演習では日本の空母はすべて沈没していたという。どうして最悪の事態を想定して対策を立てないのか。

 福島原発が津波に弱く、冷却用の電源が簡単に失われることはオレの指導するディベート部の高校生でさえ予測していたことである。そんなことを東京電力の役員たちは無視していたのである。「堤防を強化するにはゼニがかかる」というただそれだけの理由で対策は見送られたのである。海辺にあるのにまともな津波対策ができていない欠陥原発であったのに「想定外の津波だった」で片づけていいのか。福島第一原発だけが欠陥原発だったのではない。日本にあるすべての原発は、メルトダウン時に作動するコア・キャッチャーが装備されてない欠陥原発であり、ヨーロッパの基準には不適合なのである。そんな大切なことを報道するテレビ局は一つもない。そんなことを番組にしたら莫大な広告料収入を失うからである。テレビ局はどこも正義よりもゼニが大事なのだ。

 今回の西日本の大水害は予測不可能だったのか。今はかなり正確に降水量が予測できる。そんなに降ればどうなるかということはかなり早い段階でわかっていたはずである。宴会なんかしてる場合ではなかったのである。早めに自衛隊を出動させて避難誘導を行うべきだったのだ。そうすれば家の中で逃げ遅れて水死するような悲劇は防げていたのである。大地震が起きれば津波が来る前に逃げる。大雨や台風で洪水になりそうなときはまだ安全なうちに家を捨てて逃げる。それが真っ先に徹底されていれば多くの人命が救えたはずである。

 今も多くの被災者が学校の体育館などに避難している。安倍晋三が訪問することが伝わるとたちまちそこにはクーラーが設置されたという。この国のあり方は常に方向が間違っている。一番優先すべきことはいったいなんだったのか。



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2018年07月15日

N−VANは若者向けの最高の実用車である

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 お世話になってるホンダのディーラーに立ち寄って、発売されたばかりのN−VANを見せてもらった。商用車というと白とかシルバーとかのボディカラーが普通だが、なんとその陳列されているN−VANは自衛隊の車両のような深緑だったのである。

 軽の商用車というと、スズキのエブリー、ダイハツのハイゼットが2強でありホンダのアクティはあまり売れてなかった。オレが家のクルマとして中古車で買ったアクティを保有してるのも「人気があまりなくて安い」というが大きな理由であった。その2強に対してホンダがぶつけてきたこのN−VANは、2強に対して圧倒的に上のレベルで登場したのである。

 商用車の特徴はなんといってもナンバーが4ナンバーであることだ。これは税金が安くしかも任意保険の保険料が安いのである。若者が任意保険に加入する場合、年齢条件が変わるのでオレのようなオッサンが加入する場合に比べて保険料が高くなる。ところが4ナンバーの場合はあまりその差がないのだ。すべての保険を調べたわけではないのでもしかしたら別の基準を設けてるところがあるかも知れないが、少なくとも我が家では20代前半の息子たちが運転するということを想定して、わざわざ保険料が安くなるように4ナンバーのクルマを選んでいる。

 以前5ナンバーの小型車を保有していたとき、息子が免許取得したので年齢条件を変更したらそれまで5万くらいだった任意保険の掛け金が9万くらいになってびっくりしたことがあった。ところが4ナンバーならそういうことはないのである。我が家のアクティの場合、車両保険もついているのに年間の保険掛け金が37500円くらいだったと思う。この金額で20代前半の若者も運転していいのだから安い。

 若者がクルマを所有したいと思った時に障害となるのが任意保険料の高さである。かといって無保険で乗ってるのは事故のことを考えるとお勧めできない。少しでも任意保険料負担を安くしたいと考えて、ネットで加入する安い保険を選ぶことも一案だが、その場合もきっと4ナンバーならより安くなるはずである。

 N−VANのすぐれているところは、なんといっても商用車でありながらN−BOXの走行性能を実現しているところにある。燃費がよく、そして6速MTなどの仕様もあり、ホンダセンシングという衝突防止装置も標準装備されているということである。

 また、助手席側のピラーを取り去ったことでダイハツ・タントのように大きな開口部を手に入れたということである。荷物の出し入れということを考えた時、開口部が大きいと大きなものを載せやすいのである。

 もう一つの特徴は後部座席が分割可倒式なので、長尺のもの、たとえばバイクなどを積んだときに、運転席の後ろの後部座席が使えるということだ。バイクを積んで、旅先で降ろしてツーリングできるのである。そういう使い方をする若者がいるかどうかわからないが、とにかく長さ2.6mの空間が存在するということは、そこで寝袋を置いてオッサンが寝ることも可能なのである。

 このN−VANの積載性能だが、実はライバルの2強よりもかなりすぐれている。みかん箱71個が入る空間は、軽商用バンとしては一番だという。ハイゼットカーゴはみかん箱65個、エブリイは69箱ということである。それを実現するために先代のアクティよりも14センチ床は低くなったし、天井も高くなっているので広い荷室空間が実現したのだ。

 これからクルマを買おうと思ってる若者にオレは言いたい。荷物のあまり積めない普通のクルマには実用性が足りない。しかし、N−VANを買えば遊びにも実用的な目的にも両方役立つのである。一人暮らしの引っ越しだって大丈夫だ。後部座席を倒して荷室にしたら冷蔵庫や洗濯機が載せられる。いちいち引っ越しのためにレンタカーを借りたり引っ越し業者を手配する必要はない。友人と自分の二人だけで十分に引っ越しができるのである。

 オレがまだ大学生で最初のクルマを買う時、このN−VANが存在していたら迷わず購入しただろう。サイクリング部に所属した自分にとって、自転車を安全に運べるということと、燃費がよくて旅行の時に財布にやさしいということの両方が実現したからである。しかも税金や保険も安いのである。これはもう買うしかないのである。オレは強く勧めたいのである。


N−VANの詳細動画

 
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2018年07月12日

アベはいらないカネをくれ

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 安倍晋三ご一行がぞろぞろとマスコミを引き連れて大雨の被災地に乗り込み、被災者をお見舞いしたというニュースを見てオレはあきれた。大きな被害が予想されたのに何の対応もしないで飲んだくれていて、しかも翌日は二日酔いで使い物にならず初動対応を遅らせた張本人のおまえがいまさら被災地に何の用だ。そうして「働いてます」というパフォーマンスを見せたいだけなら来ないでくれ。被災者たちはみんな思ってるはずだ。

アベなんかいらないからカネをくれ!

 もしもお見舞いに来てくれたのが天皇陛下なら全然違う。どこが違うかと聞かれたらそれはそれは心の中身だとオレは答えたい。心から被災者たちを心配し、失われた命を悲しんでくれる天皇皇后両陛下と、森友学園問題で自分のついたウソで人が死んでも平気のくそ野郎との間には雲泥の差があることくらいオレが言わなくてもわかるだろう。

 多くの道路がまだ不通のままで、岡山や広島、愛媛の被災地ではクルマが大渋滞している。必要な物資でさえ届けるのが大変な状態である。そこにクソの役にも立たない安倍晋三ご一行さまの大名行列がやってくるわけだ。どれだけ迷惑なことだろうか。どうせくだらない裏工作や宴会のために使われている官房機密費から5億円くらい被災地の復興のために出してやれよ。どうせ残ってもおまえらがフトコロに入れるゼニなんだろう。

 田舎議員どもはこういう災害を「利権がらみ」でしかとらえることができない。どの土建屋に復旧工事をやらせて、そこからいくらキャッシュバックがあって・・・というふうにしか物事をとらえられないのが旧来の田舎の土建議員どもである。これが自民党の中心勢力である。

 一方都会の議員たちは、基本的に自分の選挙区以外の出来事には全く無関心である。だから災害のニュースを聞いても全く無関心で、きっとスマホでもいじりながら「早く終われ」と思ってるんだろう。

 昔、「同情するならカネをくれ!」というセリフで子役だった安達祐実はたちまち売れっ子になった。今の安倍晋三にはこのように言ってやりたい。「視察に来るならゼニよこせ」と。おまえの視察のために、どれだけ税金が無駄遣いされたのか。単なるパフォーマンスのためになんかもう来なくていいんだよ。見てるだけで気分悪いよ。もう顔見せないでくれ。オレはおまえが大嫌いなんだ。



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2018年07月11日

ラノベを読むと馬鹿になる



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 受験生の敵とは何か。オレは「ゲーム」「スマホ」への過度な依存が受験勉強の時間を奪うと思ってきたし、事実ゲーム依存症とかスマホ依存症の生徒でまともな成績を取れるものはいなかった。しかし、最近それだけではないことがわかってきたのである。それはラノベだ。

 ラノベを読むことは読書ではないとオレは断言する。それは純文学などの文学書をよく読んでるやつは現代文の成績がよかったりするのだが、ラノベをよく読んでるやつは基本的に現代文の点数が低いのである。なぜこんなことになるのか。それは「ラノベを読む」という行為が、読解力や鑑賞力をどんどん奪っていく「悪魔の読書」に他ならないからである。

 ラノベには「異世界転生」とかのありえないストーリーが出てくるし、登場人物は魔術が使えたり超能力者であったりする。現実にはあり得ないそういう世界を読むことで登場人物に感情移入するということは、もはや現実世界の想像力といったものを越えてしまっている。それは現実世界からの逃避に他ならないのである。

 まあ正しく理由付けするには心理学の研究とか、さまざまな事例の収集とかいうことが必要であり、そのあたりはちゃんとした精神医学や心理学分野の研究者に語ってもらえればいいと思うのだが、現場で教えてる教員の印象としては「ラノベは読めば読むほどアホになる!」の一択なのである。

 「ラノベ依存症」は病気である。これはゲーム依存症と同じく治療を必要とするものなのかもしれない。依存症から復帰できずにそのまま廃人になってしまう生徒もいる。家でラノベを読みふけるあまり不登校になり、そのまま引きこもってラノベ廃人への道を歩むのである。

 なんでそんな危険なものを放置しているのか。憲法では「表現の自由」が保証されていて、ラノベの出版を規制する法律はないからだ。体に悪いジャンクフードのほうがよく食べられていることと同じく、頭に悪いラノベが青少年によく読まれてるという状況はまぎれもない現実である。

 それでもラノベを読んでいる生徒は多い。彼らがラノベのくだらなさに気づいて真の読書に目覚めてくれればいいのだが、残念ながら教養や読書力がないとそこには到達できない。オレは生徒たちの学習習慣と学力を守るためにこれからしっかりと「ラノベ弾圧」を続けていこうと思っている。ラノベを読んでるやつはその読書によってどんどん馬鹿になるということを理解したうえで、さらに馬鹿になることを目指すのか。それともラノベを摂取する量を減らして馬鹿になる程度を抑制するのか。そのあたりは体に害があるタバコをどう規制するのかと似ている。

 脳に害があるラノベは書店でも置き場に規制を設けるべきだ。レンタル店のアダルトビデオの陳列コーナーのように、そこだけ入りづらい構造にして、上に「ラノベコーナー」と大きく表示し、「ラノベの読みすぎは脳にダメージを与えます」という表示を必ず帯に入れるべきである。オレのこの主張に異議を申し立てるなら、ラノベ中毒でありながら勉強もよくできる反証材料の人間を連れてきてもらいたい。


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2018年07月08日

父の面影


父が亡くなってもう4年以上になる。最近、生前の父を知っている年配の方からいつも言われることがある。それは「お父さんそっくりやねえ」ということばである。

 父は髪が薄かった。オレも30代後半にはどんどんハゲが進行していった。父と同じ速さで自分の髪も失われた。遺伝というものは実に恐ろしいとオレはつくづく思ったのである。残された髪の毛の部位が同じなので、今のオレは亡くなった父とほとんど同じ髪型になってしまった。

 リビングの小さな仏壇の横に飾ってある父の遺影は、亡くなる数年前のもので、姪が成人式の時のものなので80歳くらいのころの写真ということになる。

 生前の父を覚えてる方は、父の笑った時の表情やしゃべり方、そうしたさまざまな記憶の中にある父を覚えてるわけで、その方々から「お父さんそっくり」と言われるということは、自分の中にはきっと自分でも気づいていないさまざまな「父の成分」が存在するのだろう。

 小学生の時、父は成績優秀でいつも級長だったらしい。和泉市の山奥、南松尾小学校という超田舎のことだからきっとそんなに賢い生徒はいなかったと思うのだが、大学に進んだのは兄弟の中で一番年長の伯父だけで、父は小学校を出るとすぐに丁稚奉公に出された。そして働きながら中学に通っていた。工場動員などを経験するのはそのころである。昭和3年生まれの父は召集されることはなかったが、「自分は戦争に行って死ぬ」と思っていたのは当時の若者にとっては普通のことだっただろう。

 自分が父から受け継いだものは、記憶力と本が好きなことだった。貧しい暮らしの中で母が買ってくれた絵本をいつも自分は読んでいて、母に背負われてる時も自分は本を離さなかったので、首のところに本が当たって痛かったと母から聞かされた。

 生まれたときにひ弱でいかにも虚弱体質だったオレを見た父はあろうことか「これはオレの子じゃない」と言ったという。ところが本好きに育ったオレを見て「これはオレの子だ」と語ったらしい。それは後に母から聞かされたことである。幼稚園の入学申し込みの時に先生方はあまりにも小さいのでオレだけは入園を断ろうと思っていたそうである。小学校に入学したときオレの身長はわずか103センチしかなかった。今ももちろん小さいのだが、小さいことはオレの個性の一つだとオレは思っている。

 人の能力はすべて遺伝で左右されるわけではないが、かといって遺伝的なものが全く影響しないわけでもない。小学生、中学生のころ、オレが塾にも行かず宿題もまともにしなかったのにずっと優等生であり続けたのはきっと父から受け継いだものが大きかったのだろう。貧乏な暮らしの中で、なぜ家には本があった。集英社の日本文学全集も全巻あったし、オレが中学生の時に父は徳間書店の「中国の歴史」「中国の思想」というシリーズの本を買ってくれた。漢文・書き下し分・現代語訳が併記されている本だった。ハードカバーの箱入りの立派な本は決して安くはない。露天商の父にとって、そうした本を買うことも、またそういう本を読むような教養があったこともそれぞれ分不相応なことだったような気がするのである。

 父はオレに医学部に進んでほしかったようである。そしてオレも高校入学時には医学部に行くつもりだった。信州が好きだったので、行くなら信州大学と決めていた。なぜか理科が物理・化学必修だったので、高校1年の時に生物は全く勉強しなかった。信州大医学部が生物必修に突如変更したのは、オレが高校2年になった春である。

 物理・化学はどちらも得意で、どちらの科目も模擬試験で校内順位で1位をとったことがある。そして父の前でオレは「医学部を受ける」と公言していた。最後に裏切ったのはオレの方である。高校3年生の秋になって、オレは医学部受験というハードルに挑戦することから逃げて、文学部という人生をすでに諦めたような選択をした。18歳にしてオレは人生の落伍者となったのである。医師になって世のため人のために生きるという立派な道に進まずに、文学部で遊び暮らす4年間をオレは手に入れた。父は周囲の人によくオレのことを「あいつは医学部に行かせたかった」と悔やんでいたらしい。逃げたのはオレである。

 大学を出て田舎教師となったオレは父によく学校の話をした。父はその話をいつも楽しそうに聞いていた。そしてよくこういうことを言った。「商売は品物を売ってしまったらそれでおしまいや。でも教師の仕事は、ずっと生徒から感謝され続けるんや。ええ仕事や。」そう語る父はとても満足そうであった。家が貧しくて思い通りの進学ができなかった父が、大学を出たことで今の仕事に就いているオレをみているとき、きっと自分の実現できなかった「学問をしてそれを仕事にする」という夢をオレの中に見ていたのだろう。

「お父さんそっくりやね」

と、生前の父を知る人はいつまでもオレに向かって言うだろう。

 残念なのか、幸運なのか、オレの二人の息子は全くオレには似ていないのである。二人とも母親に似てるのである。容姿も性格も何もかも。 

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2018年07月06日

八大竜王雨やめたまへ




 記録的な豪雨がやまない。オレの勤務する学園は今日は臨時休校となった。先日大阪府北部を襲った地震で休校になってからほんの一ヶ月ほどでまたしても臨時休校という事態となったのである。多くの鉄道が運休や間引き運転しており、高速道路も閉鎖されたために一般道路に物流のクルマが溢れて道路は大渋滞している。
 
 自分の保身のことしか考えてない安倍晋三というクソ野郎が、今回の大雨のことをどのように考えてるのかわからないのだが、鎌倉幕府の三代将軍源実朝は20歳の時にみごとな和歌を詠んだ。

 時により過ぐれば民の嘆きなり八大竜王雨やめたまへ
(恵みの雨も、時によって降りすぎると民の嘆きになります。八大竜王よどうか雨をやめてください。)

 長雨に困窮する民衆のために、彼が名ばかりの将軍とは言え、為政者としての責任を果たすためにただ一心に念じた和歌である。実朝は万葉調を意識したのでもなければ、この歌がすぐれた作品であるという自負があったわけでもない。ただ心の底からあふれ出る心情を素直に歌っただけのことである。そして、天賦の才というのはそういう時に発揮されるのだ。推敲して苦心することもなくただ思いのままに和歌を吐き出せばそれが珠玉の作となる。天才とはそういうものだ。きっとすぐれたブログライターも指が勝手にキーボードの上を動くのだろう。

 鎌倉幕府の2代将軍であり、実朝の兄であった頼家は、将軍になってすぐに無理に出家させられ、将軍職を弟の実朝に譲らされた後、修善寺に幽閉され祖父の北条時政に謀殺された。あるいは頼家の母親の政子がなんらかの形でこの頼家殺しにはかかわっていたのかも知れない。当時13歳だった実朝の心に、この事件が大きな陰を落としていたことは容易に想像できる。そういう背景から次の和歌を鑑賞すればどうだろうか。

 物言はぬ四方の獣(よものけだもの)すらだにも哀れなるかなや親の子を思ふ
(ものを言わない、いたるところにいる獣であってさえもなんと感動的なことか。親が子を愛するということは。)

 権力闘争に明け暮れ、自分の血縁の者の命でさえ平気で奪ってしまう連中に対して、実朝がこの和歌で訴えたかったことは明白である。おまえたちなどケダモノ以下の存在なのだと、彼は嘆いているのである。和田義盛、畠山重忠、梶原景時といった頼朝と共に戦い鎌倉幕府の基礎を築いたはずの御家人たちは次々とあえない最後を遂げた。

 大海の磯もとどろに寄する波割れて砕けてさけて散るかも
(大海の磯もとどろくばかりに激しく打ち寄せてくる波は、割れて、砕けて裂けて、飛び散っているよ。)

 雄大な自然の光景を的確にとらえ、まるでビデオをコマ送りして瞬間の静止画像を切り取ったように精細に描いた歌である。この和歌から「力強さ」「豪快さ」を単純に感じとる人もいるようだが、私にはそうは思えないのである。小林秀雄は「大海に向かって心開けた人に、この様な発想の到底不可能なことを思うなら、青年の生理的とも言いたいような憂悶を感じないであろうか」と書いている。私もその意見に賛成だ。自分の不幸を見つめながらじっと波に見入ってしまう青年の憂いがこの和歌からは感じられる。しかし、自分の意志で生きられなかった実朝には、「自殺」などは思いもよらなかったはずである。
「割れて、砕けて、さけて、散る」というフレ−ズは、鶴岡八幡宮での無惨な死をどこか暗示していたような気がしてならない。

 実朝の私家集である金槐和歌集の最後には次の和歌が配されている。

 山は裂け海はあせなむ世なりとも君に二心わがあらめやも
(たとえ山は裂けて海は干上がってしまうような世が来ても、わが君に謀反の心を抱くようなことが私にありましょうか、決してそのようなことはございません。)

 単なるお飾りの将軍であり、政治の実権から遠い所にあった実朝にとってこんな和歌で後鳥羽院への忠誠を誓うことは無意味なことである。風雅を愛し、和歌を愛した彼に二心がなかったことは明らかだ。ただ、北条義時や鎌倉の御家人たちには二心があったかも知れないが。自分の心情と最もかけはなれた和歌を最後に提示したのは、その対極に実朝の心情が存在したからに他ならない。こうして単なる形式的作歌者に堕した彼は歌を捨てた。

 実朝はこの和歌を最後に、秘められた自分の心情を語ることなく封じ込め、22歳以降、歌作をふっつりとやめてしまったようである。その後の実朝作になる和歌は散佚したのか存在しないのか、伝わっていない。彼はそれから悲劇に至るまでの6年間の日々、何を感じ、何を見つめていたのだろうか。

 実朝が、鶴岡八幡宮で甥の公暁に暗殺され28歳で生涯を閉じたのは、承久元年(1219年)正月27日のことであった。拝賀の儀式を終えた実朝一行が石段を下りかけたとき、石段の脇の大銀杏の陰から飛び出した暗殺者は、「親の仇はかく討つぞ」と叫んで実朝の首を斬り落とし、つづいて後ろにいた源仲章をも斬り殺して、実朝の首を持って闇の中に姿を消した。御剣の役を北条義時に替わって勤めた源仲章は巻き添えを食って間違って殺された。あるいは事前に暗殺の謀議を知った義時によって身代わりにされてしまったのかも知れない。

「吾妻鏡」には、実朝の辞世の和歌として、次の作品が紹介される。

 出でていなば主なき宿となりぬとも軒端の梅よ春を忘るな
(私が出ていってしまったら、主人のいない家となってしまうとしても、軒端の梅の花よ。春になったら美しく咲くのを忘れるなよ。)

 天賦の才を持つ歌人であった実朝がまるで菅原道真の二番煎じのような凡庸な和歌を作るわけがないし、そもそも実朝は22歳以降和歌を作るのをふっつりとやめてしまっていたはずである。北条義時がこの暗殺を事前に察知していたことは間違いない。そこで殺される予定になっていたことを知らなかったのはおそらく当の実朝一人であったかも知れない。そんな不慮の死に対してわざわざ死を予感した辞世の和歌まででっちあげた吾妻鏡の編者の意図はわからない。事件の翌日に百余人の御家人が揃って出家したという。彼等の出家の理由は同じ罪悪感の共有だ。あの日の鶴岡八幡宮で実朝が殺されることを多くの御家人がすでに知っていた。みんな実朝暗殺の共犯者だったのである。

 オレが知りたかったのは、一人の天才歌人がどのような想いで22歳の時にその天賦の才能を封印し、暗殺されるまでの日々を過ごしたかである。表現者としての実朝が唯一の表現方法である「歌作」という手段を放棄した以上、その心情の手がかりとなるものは何も残されていない。残された日記などもない。「吾妻鏡」のような「意図を持って書かれた歴史書」の内容にはかなりの創作が存在するだろう。想像することは可能だが、天才の心は天才にしかわからない。実朝に比べてはるかに凡庸なオレは、残された彼の和歌を読みながらただ想像することしかできない。

(2006年の長雨の時に書いた文章をもう一度使いました。)


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2018年07月05日

東京医科大学と裏口入学


 文部官僚が補助金を認定することと引き換えに自分の息子を医学部に入学させてもらうという大スキャンダルが発覚した。合格ラインに到達していないのに、理事長が加点するように指示したということらしい。

 スキャンダルの質と規模から考えれば、数十億の税金をだまし取った加計学園の問題のほうがはるかに大きく、今回の裏口入学は個人的な犯罪だとオレは思うのだが、この件をリークしたのはいったい誰なのかということがオレは気になるのである。普通ならバレないことがなんでバレたのか。その情報源はいったい誰なんだということである。大学関係者がそれをバラしたとして、いったい誰が得をするのか。あるいは大学内に権力闘争があって、理事長を引きずりおろせば得をする勢力があるのか。

 オレは今回のスキャンダル発覚はきっと政局がらみだと思っている。悪質で規模の大きい加計学園の問題よりもはるかに卑小なこのクソ事件を報道することで、国民の目をそらそうとしている気がするのだ。オレは最近陰謀論が好きで仕方がないのだが、きっと今回の件も安倍一族の陰謀のような気がしてならないのである。

 裏口入学そのものに関して思うのは、私立大学が一定の範囲内で点数をお金で買える仕組みにしていることを公開していればOKだとオレは思うのだ。たとえば20点以内なら追加のゼニを払って逆転可能という仕組みをオープンにしていればと思うのである。近畿大学は追加料金を払えば入試の時の配点を変えてくれるという制度を採用している。この複雑な入試制度は本当に理解するのが難しいのだが、要するにゼニで合格しやすさが買えるということなのである。全然合格ラインに届かない受験生は別として、ボーダーラインの生徒ははっきり言ってどちらを取っても大学にとっては同じなのである。

 東京医科大学に今回の件でどんなペナルティが課されるのだろうか。もらった補助金の返還くらいのペナルティで済むのなら、それほどダメージはないし、もともと人気校だからそれで偏差値が下がるということもない。さほどブランドイメージが傷つくわけでもなく、大学にとってのダメージはほとんどないようなものである。今回たたかれるのは文部科学省である。

 もと文部官僚で、ゆとり教育で日本の教育行政を破壊した張本人である寺脇研氏が今回の件に関して批判的な発言をしているわけだが、日本の教育行政に対して与えた悪影響という点では寺脇のほうが1億倍くらい大きいわけで、彼には今回の事件を批判する資格はないとオレは個人的に思うのである。

 卑怯な方法で医学部に入ったとしても、努力しないと国家試験に合格しないし、その前に成績が悪いと留年などの結果が待っている。逆に言えば、卑怯な方法で入ったとしてもそのあとにきちっと努力して実力を身に着けることができたならばそれはそれでOKということもオレは思うのである。

 逮捕された佐野太容疑者が今回の件でどのように供述しているのか、その認否は明らかになっていない。ただ、「オレは何も知らない、大学が勝手に合格してくれたことだ」と主張したらどうなるのか。今後の経過が気になるのである。合格の理由がただ単に大学側の「忖度」だった場合、罪に問うことや受託収賄ととらえることはむずかしいとオレは思うのだ。だって加計学園や森友学園もお咎めなしだったじゃないか。



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2018年07月01日

小学校で英語を教える愚について


 小学校での英語の必修化によって日本人の英語のレベルが向上すると考えてるのはお目出度い馬鹿だけである。現場で英語を教えてる人間ほどその馬鹿馬鹿しさがわかってるわけで、そんなことでよい効果が現れると思ってるのは基本的に英語のできない人たちだけである。

 文部科学省の官僚や、大企業のトップは早期の英語教育に効果がないことなどとっくにわかってる。しかも教えるのは英語教育のプロではない小学校教員である。ますます効果が上がらなくなるのである。彼らの意図は実は日本人を愚民化することに他ならない。読み書きはできないけど日常会話はできるという「植民地英語」のレベルを日本人に押し付けることを狙っているのである。

 オレは中学生の時英語が嫌いだった。どうして嫌いだったのか、今にして思うとあまりにも英語の教員がダメだったからだということに思い至る。「単語は手で覚えさせる!」などと馬鹿なことを言ってたくさん単語を書かされた。オレは「そんなもの頭のいいオレは一回で覚えられる!」と思っていて理不尽な宿題はやらなかった。しかし、ちゃんと単語は全部覚えていた。一方、お馬鹿な生徒は書いてもやっぱり覚えられなかった。書いたけど覚えていない馬鹿と、書かずに全部覚えているオレとどっちが望ましい姿か?そんなこと言わなくてもわかるだろう。しかしオレは「宿題をやらない子」ということで立たされたりしたのだ。

 レベルの低い人間が教師になると、その教えによってさらにレベルの低い生徒が生産されてしまう。文部科学省が今の英語教育に問題があると思うならば、まずやるべきことは英語教師の養成である。教員採用試験合格者には半年の海外研修を国費で行うとかして、そのレベルが上がるようにすればいいのである。英語の時間数を増やしても何も改善されないのである。今、中学高校で6年間やって成果が出ないからと、さらに小学校で2年やって合計8年やったらさらによくなるかというと、もっと悪くなるだけである。いっそ必修は中学だけにして、高校からは英語は選択制にすればいいのである。やりたくない者はならなくてもいいと思うからだ。ただ、たいていの大学は英語を必修の入試科目にしてるから、大学受験を考えてる高校生は英語を選択するだろう。

 日本中の高校や中学の教室で行われている英単語の小テストというのは基本的に無駄である。ほとんどの生徒は直前の休み時間の10分間しか勉強しないし、小テストが終われば見事に忘れる。単語集で語彙力を増やそうとしてること自体が間違いである。基本的に英語教師の多くは、その程度の勉強しか自分がしてこなかったからそれでいいと思ってるのである。

 オレの出身高校でオレよりも英語ができた人間は基本的に誰も英語教員にはならなかった。東大文科一類に行った男は銀行員になったし、医学部に行った者もいる。じゃあどういう人が英語教員になってるのかというと、こういう言い方をすると失礼だが、ぎりぎり英検2級(つまり高校終了程度)には到達するけど、英語以外の科目ができなくて難関大学には入れなかったかという方が多いのである。留学を経験していたり、英米文学オタクであったりという方々は実は英語教員の中では少数派なのだ。

真に英語の成績が優秀な人は、たいてい英語以外の科目も優秀なわけでさまざまな進路に進んでいく。たいして英語のできなかった人が英語教員になる。そうなるとどういう結果になるかというと今の多くの公立高校や中学で行われている無残な英語教育に行き着くのである。もっともっと待遇をよくして、能力のある人が商社マンや医師ではなくて英語教員を目指すようにしないと駄目である。

 小学校で余分な時間があるならぜひとも国語をやってくれ。「未曾有」を「みぞうゆう」と読むような馬鹿な政治家が財務大臣をしているような状況にオレは我慢できないのである。ちゃんと国語力をつけたうえで、母国語でものを考える力を身につけたうえでの英語教育だとオレは思っている。

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