2019年01月

2019年01月31日

10歳の少女の絶望



2017年の11月、栗原心愛ちゃんはアンケートに正直に事実を書いた。訴えれば先生が自分を救ってくれると思っていたし、少なくとも周囲の大人たちは彼女を救うことができた。学校で行われたアンケートに彼女はこのように書いたのである。

「お父さんにぼう力を受けています。夜中に起こされたり起きているときにけられたりたたかれたりします。先生、どうにかできませんか」。

 そのアンケートの訴えが通じて彼女は児童相談所に保護され、虐待から一時的に解放される。しかし、彼女の両親は虐待を否定した。10歳の少女が必死の思いで書いた訴えと、親が「虐待なんかしていない」とついた嘘と、いったいどちらが信じられるのか。彼女は親のもとに戻される。「いったい娘は何を書いたのか?」父親は千葉県野田市の教育委員会に強くそのアンケートの開示を要求し、要求に屈した市教委はアンケートの中身を父親に見せてしまった。

 以後、少女は父親からの激しい虐待の中で絶望的な日々を送ることになる。亡くなるまでの一年余りの時間の中で彼女が感じた深い絶望感を想像することができるだろうか。その後のアンケートに彼女は虐待の事実を書くことはなかった。その理由は容易に想像できる。「こんどこんなことを書いたら殺す」と父親に恫喝されていたに違いないのである。10歳の少女は家出することもできず、誰かに助けを求めることもできず、ただ父親からの激しい暴力にその後一年以上耐えて力尽きて死んだ。

 どうして誰も救えなかったのか。彼女の通う学校に一人でもこの悲劇に気づく教員がいて行動を起こせば助けられただろう。怒鳴り声や悲鳴を聞いた近隣住民が警察に通報すれば助かったかも知れないのである。しかし、誰も行動を起こさなかった。彼女の母親さえも娘を救ってはくれなかった。誰一人自分の味方はいないという孤立無援の絶望の中で少女は殺された。

 少女の遺体には直接の死因につながるような外傷はなかったという。彼女を死に至らせたのは「絶望」という病であったとオレは思っている。未来に絶望することは生きる気力を失わせるのだ。生きていてもずっとこの苦しみが続くのならば、いっそのこと早く楽になりたいと彼女は願ったのではないか。そして学校を休ませてずっと虐待を続けた父親にとってはその虐待はむしろ娯楽であり、快楽であったのだ。これはいじめ行為を「遊び」ととらえているクソガキと同じである。

 母親がどうして虐待を止めなかったのか。おそらく母親も虐待を受けていたのだろう。自分の受ける暴力が娘に向かうことで自分は助かる・・・そんなことを考えていたのかもしれない。

 オレは中学1年の時にクラスメイトからいじめを受けていた。どうやったらそのいじめから逃れられるのか。絶対に誰にもバレない方法でその相手を殺すことができれば解放される。オレは物陰からナイフを発射する装置とか、それを帰り道のルートのどこに設置すればいいのかとか考えたことがあった。どうしたら自分の犯行だとバレないように完全犯罪を実行できるのか。それをずっと考えていたのである。

 学校でそいつに殴られて唇の端を切って血が出ていたことに担任の若い女の先生が気づいてくれた。そいつは「こいつの唇が切れやすいだけや」と開き直った。先生は激しくそいつを叱りつけてくれて、それ以降暴力は止んだので、オレは殺人計画を実行に移すことはなかった。

 どうか虐待を受けている子供がいつでも避難できる場所を作ってほしい。駆け込み寺みたいなシェルターを用意しで、そこに逃げ込んだらいつでも食事が与えられ、身の安全が保障されるようにしてほしい。「帰りたくない」と訴えたら家に帰らなくてもいいようにしてあげてほしい。いじめや虐待、そして性暴力から子どもを守る仕組みを作ってほしいとオレは願うのである。行政が何もしてくれないのなら、オレが自分で作るしかないのだろうか。

 今も日本中で親に虐待されて絶望の中で暮らしている大勢の子供たちがいる。ニュースになってるのはほんのわずかだろう。どうか周囲の大人は気づいてあげてほしい。担任の先生は子供の小さな変化や異常を発見してほしい。その小さなサインを見過ごさないことが大切なのである。



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2019年01月29日

日本は韓国と絶交すべきである



 国と国との関係なら「国交断絶」と呼ぶところだが、人と人なら「絶交」という。オレはあえてここで「絶交」という言葉を使いたい。レーダー照射問題から始まって、ついにはソウル市内の小学校で抗日ソングを児童に教えるという状況になったこの困った隣国とそもそも付き合う必要があるのだろうかとオレは思うのである。

 日本国内ではヘイトスピーチに対する罰則が強化された。ところが韓国では国を挙げてヘイトスピーチの大合唱なのである。どうしてそういう国と仲良くする必要があるのだろうか。自分の悪口を言い続けてる子とお友達になる必要があるのか。

 子供の世界で自分の悪口を言いふらしていている子がいたらそいつと仲良くしようと思うだろうか。否である。しかもそいつがいろんなクラスを回っては悪口を拡散しようとしていて、さらにそこら中に自分の悪口を落書きしまくっていたらどうだろうか。非常に気分が悪いのである。そんなクズはくたばれと思うだろうし、その場でぶん殴らないまでも、自分の前から消えてくれと思うだろう。

 それが個人の問題なら、「どうしようもないアホがおるなあ」で済む。しかしそれを国家ぐるみでやってくる幼稚な国があればどう対処すべきなのか。日本政府はその幼稚さに対して激しく怒りを表明すべきである。いますぐに日本人の韓国への渡航を禁止し、韓国からの入国も全面禁止にする。そして日本国内に居住するすべての韓国人の強制送還を表明すべきである。なぜか。それはそのような国は日本と相容れないからである。

 最初の子どものたとえに戻ろう。もしも小学校で自分の悪口を言いふらしてるクソガキがいて、先生にそのことを告げ口したら先生はそのクソガキを注意するだろう。ところがそのクソガキは注意されてもやめないとする。先生はさらにきつく注意し、そのクソガキの親を呼び出し、さらに厳重に注意して謝罪させるだろう。

 ところが今の韓国には厳重に注意する先生にあたる国もないし、監督する親もいないのである。その結果、いつまでも悪口を言いふらしてるクソガキの状態が継続してるのである。これが頭の悪いクソガキなら仕方ないのだが、一つの近代国家の姿なのである。

 日本政府は一言このように表明すればいい。

「こんな幼稚な国とは付き合えない」

 それがすべてである。国と国との関係は大人と大人の関係である。国際的に取り決めた条約を守ること、そしてお互いの立場を尊重すること、相手国の文化をリスペクトすること。そうしたすべてのことが大人の関係では当たり前である。

 韓国にある日本大使館はすぐに閉鎖し、日本にある韓国の大使館、領事館も即刻退去してもらうべきである。もう国と国とのおつきあいをやめるということだ。日韓を結ぶ航空路線も全廃して、一切のつながりをなくすべきである。

 韓国は日本海の呼称を「東海」にしようとして世界に働きかけている。「韓国東海」ならまだわかるが、ただの「東海」なのである。自分たちが世界の中心だと思ってるのだろうか。あるいはそこまで「日本」ということばを使いたくないのだろうか。日本の悪口をいうのが国是のような国家ならば、おそらく後者の理由であろう。

>「どうして東海という呼称にこだわるのですか?」
>「日本が大嫌いだからです。」


そんな国と仲良くなんかしなくていい。自分のことを嫌ってる相手とつきあいたくないのが普通の人間だろうし、むこうも大嫌いな日本とはつきあいたいくないだろう。それでいいのである。いますぐ絶交すればいいじゃないか。

 インド映画「パジュランギおじさんと小さな迷子」は、インドと仲の悪い隣国パキスタンに対して「お互いを理解して仲良くしようよ」というメッセージをこめたすばらしい作品である。今もしも韓国で「日本を理解して仲良くしようよ」という映画を作ったらおそらくその監督は逮捕されるだろう。世界でそんな情けない国が他に存在するだろうか。韓国の国民はそれを恥ずかしいと誰も思わないのだろうか。オレはそれが不思議なのである。



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2019年01月28日

大型ペット値上げ キリン



 オレはその記事の見出しを読んで最初は意味が分からなかった。

大型ペット値上げ キリン

 という見出しである。確かにキリンは大きい。ペットとして飼うという意味ではかなりの大型である。普通の家ではとうてい飼えないだろう。動物園のような飼育環境がないとキリンをペットとして飼うことはできない。そんなことをあれこれと想像しつつ、いったいそのキリンの販売価格はいくらくらいなのだろうかとオレは想像した。

 しかし、その記事をクリックして内容を確認すると、ペットというのは愛玩動物の意味ではなくて、ペットボトルという意味だったのである。キリンというのは動物のキリンではなくて、キリンビールのキリンだったのである。大型ペットボトルというのは午後の紅茶とか生茶の1.5L入りの大型ボトルのことだったのだ。

 きっと見出しを作成した人間は、読んでもらうためのオレのような勘違いする人間を狙ったのだと思うのである。ネット上の記事なんて見てもらってナンボであって、だからこそオレはよく「タイトルだまし」という手法を使うのである。煽情的なエロい題名をつけておいて、それをわざわざ見に来るスケベ野郎を誘うのである。オレはそんな卑怯な人間である。

 キリンのペットボトルの飲料が値上げされても、オレはあまりそういうものを買わないのでさほど影響はない。しかし飲料大手のキリンが値上げすれば、きっとコカ・コーラとか伊藤園とかの他の飲料メーカーも値上げしやすくなるだろうし、最終的にサンガリアとかの弱小メーカーもあげてくるだろう。サンガリアの安いジュースはよく買うのでそこまで波及してほしくないのである。ただ、こうした値上げによってインフレは進むだろうか。

 安倍晋三は物価上昇率に目標の数字を出した。しかし、そのために必要な賃上げに関しては何の努力もしなかった。その結果デフレはさらに進み、給料がさほど上がらないので庶民は窮乏することとなった。そうした不景気をごまかすために官僚どもは戦時中の「大本営発表」のように数字をねつ造し、そのねつ造された数字を基準に安倍晋三は「アベノミクスを推進する」などとほざいた。株価上昇は日銀がただ買い支えた結果だった。いったいどこまで買い支えるのだろうか。もしもその資金が尽きて、株価が大暴落した時に日本経済は破綻する。

 オレはその日本株大暴落の時に全力空売りで資産を残して、オレの子孫が悠々自適な生活を送れるようにしようと企んでいる。大金持ちになって、家に動物園を作れるくらいになればいいと思っている。そうすればペットとしてキリンを買うこともできるだろう。その時に「大型ペット」の値段はどうなってるのだろうか。



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2019年01月27日

生活保護議論の先にあるもの



 生活保護費が少しだけ減額になるということで、実際に生活保護を受けて暮らしている人たちが窮状を訴える記事を読んだ。一つは一人暮らしのおばあさんが年金だけでは足りないので生活保護をもらっていて月11万円ほどで生活しないといけなくて、食費を一日1000円以内にするために苦労しているという記事。もう一つは子供二人を抱えたシングルマザーで持ち家ありの方が、月21万円の保護費では苦しいというものだった。

 ヤフトピにあったその記事のコメント欄には、記事で取り上げられた人に対して抗議する内容がたくさん並んでいた。その論調はほとんどが「働かないでもらえてるのに何を贅沢な!」というものだった。

 つつましい生活とはどんな生活だろうか。実際に食費はどれだけあれば十分なのだろうか。たとえばオレが「自分の食費を一日1000円以内でまかなえ!」と言われたら、オール自炊にしたらなんとかなるだろうと思う。米は20キロで4000円くらいで買えるが、1キロ=約7合だから一日に3合食べるとして約47日分ということになる。主食のコメをそれだけでまかなえるのだから、あとはどんなおかずを買えばいいか考えればいいのである。

 スーパーで豆腐を買うと3パックで88円、毎食ごとに豆腐をつけることもできる。トップバリューのカレールーは一箱で120円ぐらいだった。これで一人分のカレーは4回作れるので一回当たり30円くらいである。将来オレが一人暮らしの老人になったとしても、仕事する必要がなくなって一日中家にいるのなら食事の支度の時間も十分に取れるし、自分でご飯を炊いておかずを工夫することで十分にやっていけるのである。週に一回牛肉を食うことだって可能である。それで全然問題ないのである。

 子どもを二人抱えたシングルマザーの方が、子供のおけいこごとに月3万円と書いていたのだが、そんなことをする時間があるなら学校の勉強をしっかりさせればいい。貧困から脱出するために一番役立つのは学力である。公立高校から国公立の大学に進むという進路ならお金もそれほどかからずに済むし、生活保護受給世帯ならば授業料免除なども申請すれば受けられる。私立の高校や大学に行くなんて贅沢を考えるのはそもそも間違ってるのである。

 使えるお金の中でやりくりできない人の多くは、使わなくてもいいところに無駄なお金を使っている。たとえばタバコ代とかパチンコ代である。収入の少ない世帯ほど喫煙率が高く、パチンコ屋に来たり宝くじを買う人たちはたいてい貧しい人たちである。宝くじなんて期待値を考えれば買った瞬間に半分以上損しているわけだし、パチンコは貧民からの搾取の道具である。

 きちっと小学校や中学校で勉強しなかった結果偏差値の低い公立高校に入れば、そこではやる気のない進路指導教員が生徒をどんどんFランク大学に行かせる。貧困の再生産の仕組みの中に組み込まれてしまうのである。その貧困から抜け出す方法というのは、きちっと学力をつけて成績上位になることしかないのだ。教室での授業をきちっと理解し、宿題を完璧にこなし、先生の話を聞き洩らさずに集中することがそんなに困難なことだろうか。

 何もトップレベルの進学校で成績上位になれと言ってるのではない。たかが小中学校で成績上位になることなんて、まじめに努力すれば誰にでも可能なことであるとオレは思うのである。それだけで公立高校の上位校、少なくとも学区内の2番手くらいまでの学校には入れる。後は確実に現役で国公立大学に入れるように進学した高校の中でがんばればいいのである。努力によって誰もがそのチャンスを得られると思うのだ。生活保護を受けることができて、学ぶチャンスをもらった以上それを活かすのは自分である。

 生活保護を受給できた家庭に育った人は、社会が自分に与えてくれたチャンスをしっかりと活かして、次は自分が納税者となって誰かを助ける側になってほしい。あなたたちが主張すべきは受給できる保護費の少なさではなくて、社会への感謝ではないかとオレは思うのである。受給者が増えたから一人当たりの金額が削減されているわけで、相互扶助の考え方からすればそれは仕方ないことである。



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2019年01月25日

コンビニのエロ本は悪か?


 大手コンビニが店頭からエロ本を追放するという。確かにコンビニの雑誌コーナーにはではアダルトコーナーがあって、煽情的なタイトルの本が並んでいる。最近は高齢者を意識してるのか熟女モノも多い。そういうものに全く興味のないオレは手に取ることももちろん買うこともないわけだが、そもそも売れている場面を見てことがないのである。購入者はふつうにパンやお菓子と一緒にエロ本を買うのだろうか。

 スマホで検索すれば誰でも無修正のエロ動画を視聴できるのに、どうして紙の本の需要があるのだろうか。ただ、ネットで閲覧すると危険がある。「無料AV動画」というボタンをクリックした結果ウイルスに感染したり、詐欺サイトに誘導されたりする可能性があるからだ。そういう意味ではコンビニで売られているエロ本やエロDVDは安全にエロを楽しめるものであるということもできる。

 オレが京都でボロアパートに住んでいた頃、そのアパートの前に設置されていたエロ本の自販機は繁盛していた。深夜の2時くらいに自転車が停まる音がして、それからコインを入れる音、そして本が落ちる音がして購入者は夜の闇の中へ消えていった。自販機の表面には銀色のフィルムが張られていて昼間は中身が見えないのだが、夜になると商品である雑誌が見えるのである。確か「エロジュニカ」とか「エロトピア」という題名の紙質の粗悪な雑誌が売られていたはずである。似たような絵で似たようなストーリーのそうしたエロ漫画が、当時の若者の貴重な「自慰のオカズ」だったのである。

 買う前に中身を閲覧できない「ビニ本」というものもあった。表紙のモデルを見て決めるのである。あと、明らかに中身が非合法であると思われる「裏本」というものも古本屋で買えたりした。そうした紙のエロ本文化は、インターネットが普及しても回線が重かった頃はまだまだ勢いがあったのである。

 しかし、少子高齢化によってそれらの本を購入する若者も減り、その一方でネット回線の高速化によって画質のいい無修正のエロ動画を簡単に視聴できるようになった。通常の本のデジタル化が進むように、エロ本もデジタルの世界にどんどん移行していったのである。そういうわけで現在の「エロ本出版」というのはかなりの斜陽産業であるとオレは思っている。それが今回のように大手コンビニから排除されることで完全にとどめをさされるわけである。

 そもそもエロ本の存在は悪なのだろうか。性風俗産業が暴力団の資金源になったりしているという現状は確かに問題だ。エロ本もモデルが搾取されてるとか、若者に著しい悪影響を与えているということなら規制されるべきである。そうした実態についてはなかなか知る機会がない。

 ただ、若くてゼニのなかった大学生の自分にとって、わずか200円ほどで購入できた「エロジュニカ」や「エロトピア」が大変ありがたかったのは事実である。それが自分にとってとても大事な「オカズ」であったことをオレは肯定する。そして、規制という名のもとにそうした「安全なオカズ」が世の中から消え去ってしまうことを憂うのである。

 今やホームセンターコーナンでも堂々とTENGAが売られている時代である。誰でも見ることのできる店頭にそうした商品が販売されていて、小学生でも買うことができるのである。もしもオレが今の時代に小学生だったとしたら、好奇心からそうしたものを買う可能性は十分にある。

 ソフトなものから過激なものへ、そうして実際の行動へというエロスの発達段階があるとオレは思っている。その発達段階の中で「安価なエロ本」というのはとても重要な位置づけにあったとオレは思っている。

 もちろん女性の中にはそうした商品の存在そのものが許せないという批判的な意見をお持ちの方もいるだろう。性を商品化すること自体が悪という立場である。ただ秋元康のAKB商法なども広義の「性の商品化」に含まれるだろう。資本主義経済の中で「性」という商品はなくならないとオレは思っている。禁止してもアンダーグラウンドの世界に移行するだけである。コンビニで買えなくても、それが買える店はきっと新たに出現するだろう。存在が見えにくくなるだけである。

 あるジャンルの商品が失われるということは、その業界で生活している人たちの収入を奪うことになる。オレが心配するのはこのような「自主規制」の美名のもとに仕事を奪われるあわれな人たちのことである。





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2019年01月24日

安倍首相の参勤交代



 会談とは対等の関係でする話し合いである。しかし、トランプやプーチンが日本と自国を対等だとそもそも思ってるだろうか。新聞などのマスコミが「首脳会談」と書いてることが本当に真実を伝えてるのだろうか。

 オレは両者の関係は常に上下関係だと思っている。そんなものは対談でもなんでもない。格下のものが格上のものに挨拶して忠誠を誓ってるだけである。そんな会談にはなんの意味もない。それは江戸時代の参勤交代のようなものである。だから何度しても結果は同じであるし、そもそも相手は格下の国の要求など聞き入れるはずもないのだ。

 江戸時代の参勤交代は江戸だけだったが、安倍首相の参勤交代は上様が二人いるのでなかなか大変なのである。 

 そうして出かけても成果が上げられるような見込みはない。それでもしつこくご機嫌伺いに行くのはなぜか。それは「会談をした」ということを「努力してるポーズ」としてる利用したいからである。勉強しない馬鹿が「自習室に5時間いました」などと自慢してるようなもので、大切なのはその中身なのに、回数だけが強調されているのである。あまりにあほらしくてもうあきれるしかないのである。

 その無意味な参勤交代のために莫大なゼニを使い、政府専用機を飛ばしているのである。本当に税金の無駄遣いである。まともに交渉するほどの才覚もなく、強く自国の主張を伝えるだけの勇気もない。ポツダム宣言の内容を理解することもできない国語力のない無能なオッサンが何度行ったところでなんの進展もないのである。

 彼らと交渉するには「実利」を示すしかないのである。どうして国後島を日本に返還すれば観光客が年間100万人やってくるというふうに相手を騙さなかったのか。旅行者と組んでキャンペーンをやれば、北海道旅行ではなくて国後島旅行を今度は観光のメインに据えて多数の日本人・中国人・韓国人旅行者を送り込むことができたのである。

 もしも大量の観光客が来るようになれば、その観光客が落とすゼニで島は潤うことになる。ホテルが建設されれば雇用も生まれる。交通インフラも整備されて、日本への直行便が多数飛ぶことになればすごく便利になるだろう。

 モスクワは遠いが、東京は近いのである。別に東京まで行かなくても札幌や釧路でも、国後島からみれば大都会である。日本の資本が入って水産資源の加工場が建設されればそれもまた雇用の拡大や、住民の収入UPにつながるのである。どうしてロシア人の島民たちはそうした実利面を考えないのか。ロシア人でいるよりも日本人になったほうがずっとお得であるということがわからないのだろうか。

 もちろん、島が日本に返還されるなら旧島民はその土地の所有を主張するだろう。どれだけ記録が残ってるのかわからないが、国後・択捉は根室支庁に属していたのだろうか。だったらそこには固定資産税などの記録が残ってる可能性がある。

 早くこんな不毛の領土交渉はやめてしまえ。日本は本気で取り戻したいならば相手の「不法行為」を強調することである。シベリア抑留や引き上げ戦の撃沈、満州での居留民の虐殺行為をすべて「ロシア兵によって大勢の日本人が虐殺された」と世界に宣伝し、「北方領土を返還さえしてくれればその問題は追及しない」と答えればいいのである。




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2019年01月23日

東洋大学はクソである



 オレは竹中平蔵という大学教授が大嫌いである。この男こそ「売国奴」と呼ぶにふさわしいどうしようもないオッサンだからだ。そしてこの下劣な品性の人間が今の日本の政治に深く関わってるから貧富の差が拡大して、ますます庶民の暮らしは窮乏しているのである。その事実を思うとオレはこいつだけは許せないのである。

 その竹中平蔵が自分の大学で講義をすることを堂々と批判した憂国の士がいた。船橋秀人さんである。彼は東洋大学に次のようなビラを貼ったことで退学処分を受けようとしている。正義を語ることがそんなにいけないことか。東洋大学は彼を追い出すことでいったい何を封じようとしてるのか。オレは東洋大学という大学をそれなりに評価していたのだが、この一件で「行く価値のないクソ大学」と認定することに決めたのである。
 以下に船橋さんのビラの全文を引用する。

この大学はこのままでいいのだろうか?
我々の生活が危ない!
竹中氏の過悪、その一つは大規模な規制緩和である。特に2003年の労働者派遣法の改悪がこの国にもたらしたものは大きい。それまで限定されていた業種が大幅に拡大されることで、この国には非正規雇用者が増大したのである。「正社員をなくせばいい」や「若者には貧しくなる自由がある」といった発言は、当時の世論を騒がせた。
しかしながら、この男まるで反省の素振りを見せない。
「朝まで生テレビ!」という番組では、自らの政策の肝であったトリクルダウン(お金持ちが富むことでその富が貧しい者にも浸透するという理論)について、「あり得ない」というある種開き直ったかのような発言をしており、まるで自分がやった責任について無自覚なようだ。
また、昨年可決された高度プロフェッショナル制度については、「個人的には、結果的に(対象が)拡大していくことを期待している」などという驚くべき思惑を公言している。つまり、初めは限定的なものだからという理由で可決された労働者派遣法が、今これほどまでに対象を拡大したように、高度プロフェッショナル制度は、今後とも更なる拡大が予想されるのである。
無論、我々も例外ではない。労働者はこれから一層使い捨てにされることになるのだ!!
様々な利権への関与!?
竹中氏が人材派遣会社のパソナグループの会長を務めているということも忘れてはならない。というのも労働者派遣法の改悪は、自らが会長を務める会社の利権獲得に通じていたからだ。まさに国家の私物化である。
また、最近では昨年法案の正当性について全く審議されずに可決された水道法改正案と入管法改正案についても関与していたことが明るみになっている。更に加計学園との関連も取りざたされており、今後ともこの男の暴走を追及する必要がありそうだ。
今こそ変えよう、この大学を、この国を
皆さんは恥ずかしくないですか、こんな男がいる大学に在籍していることが。僕は恥ずかしい。そして、将来自分や友達や自分の子どもが使い捨てにされていくのを見ながら、何も行動を起こさなかったことを悔いる自分が、僕は恥ずかしい。意志ある者たちよ、立ち上がれ!大学の主役は、我々学生なのだ。右も左も前も後も何にも分からない人も、みんな集まれ。民主主義は決して難しいものではない。共に考え、議論し、周りに訴えながら、もう一度みんなでこの社会を立て直そう!!


 このビラの内容は誹謗中傷でも何でもない。彼は誰もが知りうる事実を連ねただけに過ぎない。このビラに書かれている内容はオレも知っている。だからこそオレは竹中平蔵が大嫌いなのである。この男が「1月1日に住民票をハワイに移しておけば住民税を払わなくていいんですよ」とかつて公言したことを覚えている。富める者がその責任に応じてきちっと税を負担することで国家は成り立っているのである。堂々と悪質な「節税」を自慢するこの男の品性の愚劣さは、もっとも政治家や大学教授になどしてはならない類いの人間であることを表している。しかし、この男は安倍政権の中枢にいるのだ。

 大学が政権政党の言いなりになり、学生の自由な発言を封じ込めて処分するということは、もはや学問の場として機能しないことを意味する。そんな大学は学びの場ではない。それはただの「奴隷養成所」である。そんな大学には行かなくてもいい。オレは絶対に自分の教え子を「奴隷養成所」には入学させない。大学に自治が存在し、そこが真理を追究する学問の場であるからこそオレは教え子を受験させるのである。

 補助金の奴隷に成り下がったクソ大学には何の価値もない。東洋大の総長はゼニのために正義を捨ててしまって恥ずかしくないのか。東洋大学の創設者である井上円了先生の目指したのはそんな腐った大学なのか。絶対にそんなものではなかったはずだ。今の大学幹部は井上円了先生のご遺志を踏みにじっていることに気づかないのか。

 オレは船橋秀人さんを全力で応援したい。彼こそは真の国士である。正義を訴える彼の姿を見て行動を起こさないわけにはいかない。江草乗もまた船橋さんの戦いを全面的に支援するものである。

 竹中平蔵よ。おまえのやってることが正しいか、それともオレや船橋さんの唱える正義が勝つか、正々堂々とディベートで決着付けようじゃないか。いつでも公開の場で受けて立ってやるぜ。おまえのような売国野郎に負けてたまるか。



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2019年01月22日

小さな車が欲しいです




 トヨタがBMWと共同開発でスープラを復活させたというニュースが出た。庶民のオレがとても買えないような高額なスポーツカーはこうして次々と開発されるのだが、若者がローンを組んで買いたくなるような200万円以下のクルマがないのである。

 軽自動車しか売れない理由は、小型車や普通車が高くなりすぎたということが大きいわけである。クルマが高くなりすぎたから少しでも安いものを買おうということになり、結果的にそれが軽自動車だったということである。昔小型車の4ドアセダンを買っていた層が、今はホンダN−BOXなどを買っているわけである。

 トヨタがスバルと組んで86/BRZを出したときオレは少し期待していた。しかし登場したヤツはオレの想像よりも少しデカくて重かったのである。スバルの販売店に立ち寄って、オレの当時乗っていたFTOと並べて駐車した時、どう考えてもFTOの方がカッコいいと思った。だからオレはBRZを購入しなかったのだ。買い替えてダサくなるのはいやだったのである。

 オレは小さくて軽快なクルマが欲しい。初めて新車で購入したパルサーEXAは、1500CCの燃料噴射式、95HPという非力なエンジンだったが高回転まで軽快に吹き上がり、しかもたった830キロという車両重量のおかげで実に楽しく運転できたのである。実用燃費もよくて、旅行や通勤のオレを助けてくれたのだ。オレが欲しいのはそういうクルマである。今、残念ながらそういう感じで手軽に購入できる小型車のクーペは存在しないのである。その当時は多くの選択肢があったのに、今は全くないのだ。どうして自動車メーカーは作らないのか。売れないから作らないということなのか。若者が貧乏になったから買ってくれないということなのか。若者が買わなくてもオレのようなオッサンが買うのである。だから出してほしいのである。

 オッサンが必ずでかい車を買うかというとそうではない。オレが街で見かけたことのあるホンダS660のドライバーはオレを含めてみんなオッサンだ。若者が運転しているところなど一度も見たことがない。しかし、このような遊びのクルマこそもっと若者に乗ってもらいたいとオレは思っている。非実用性こそが「遊びの本質」ではないのか。若者がN−BOXのような実用車を選んでどうするのか。

 かつて日産がフェアレディZをアメリカで販売したように。韓国や中国のメーカーがおしゃれな2ドアクーペを作ってくれると面白いのだが、中国の自動車メーカーはアメリカ市場のコピーみたいなものであり。クルマは大きければ大きいほど価値があると考えてるアホばかりなのでそんな国には期待できない。

 そうなるとインドやベトナムということになる。オレが欲しいようなクルマを出してくれる国があるだろうか。もっとももうすぐ電気自動車の時代がきて、自在に運転する楽しみなんてどこかで忘れられてしまうのだろう。



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2019年01月21日

センター試験改革試案

 大学入試センター試験が終わった。オレが受験生だった1979年に共通一次試験が導入されてから、今のセンター試験に至るわけでもう40年近く継続しているわけだが、2021年には新テストが導入されて現行のセンター試験が廃止されるという。そもそも今のセンター試験に何の問題があるのだろうか。オレはそれが知りたいのである。

 現行のセンター試験の問題は驚くほど易しい。もっとも受験生全体のレベルが低下したのでこのやさしい問題でも平均点は約6割である。受験生が50万人を超えるということは、かなりレベルの低い全く勉強していない高校生も大勢受けるわけで、それで平均点が6割もあるということはもうどうしようもなく易しい問題なのである。

 オレは現行のセンター試験をそのまま維持して、「大学入学資格試験」とでも名称変更するのが望ましいと思っている。そして、得点率6割というのを一つの目安にして、その点数に届かない者には大学入学資格を与えないことにすればいい。そうすれば日本の大学のレベルを劇的に上げることができて、大学教育に値しない多くのFランク大学を廃校に追い込めるのである。

 もっとも加計学園のグループ校のようなFランクの私立大学の側は一種の貧困ビジネスなので、奨学金という借金を背負った貧民が大勢入ってきてくれないと困るし、そもそもそうした受験生は基本的にセンター試験6割には届かないレベルなのでオレの提案を受け入れれば入学者がいなくなってしまうのである。

 教育機関としては意味のない大学を設置して、そこに国からの補助金を流し込み、遊びに来る学生からも授業料を巻き上げ、利益の一部を政治家に還流させるというビジネスモデルが存在する。Fランク大学では多くの教員が非正規雇用でワーキングプアの状況で働かされている。研究成果もあげられないし、学力の低い学生の多くは学び以前の問題を抱えている。そうした不毛の状況を劇的に改革するのが「大学入学資格試験の導入」である。センター試験の受験資格から「高校卒業見込み」というのをとっぱらうことで、不登校や中卒であっても大学を受験するチャンスが生まれるのだ。

 高得点者には奨学金支給制度を設ければ社会人で仕事をやめて大学入学を目指す人にもチャンスを与えることができる。何よりも日本の大学教育の底上げを果たせるのだ。多くのFランク大学を廃校にすることでそこに無駄につぎ込まれてきた補助金を、優秀な学生の集まる偏差値の高い大学や、個性的な学びの場である地方の国立大学に回すことができるようになる。オレが文部科学大臣ならばこうした改革案を発表して国民の支持を求めるだろう。

 どうしてセンター試験の成績優秀者を実名で発表しないのか。その年度の試験でもっとも得点率が高かったということは名誉なことではないのか。スポーツの世界で金メダルが与えられるように、受験生にも金メダルがあってもいいと思うのである。田舎の貧しい家に生まれた若者が、塾にも通わずコツコツと自学自習してセンター試験得点日本一で金メダルを目指すということこそがジャパニーズドリームではないのか。あるいは灘や開成といった進学校が「今年の金メダルはわが校から!」と競争することは、野球で甲子園での優勝を目指すこととどこが違うのか。

 日本の学校を出ていない外国人にもセンター試験の受験資格を与えればいい。もちろん問題は日本語のままでいい。そこで基準を満たした者は無条件に日本の大学に進学する資格が与えられ、高得点者には日本で生活するのに十分な奨学金が与えられるということになれば、ベトナムやインドネシアの若者の中には日本の大学を受けるために頑張る者が大勢出てくるだろう。アメリカやヨーロッパの「日本好き」な若者もチャレンジしてくるかも知れない。

 現行の大学入試センター試験は非常によくできた制度である。この制度を活かしたままでよりよく日本の国益につなげることこそが、日本の将来のために必要なのである。オレの提案に耳を傾けてほしい。



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2019年01月20日

ロシア・中国・北朝鮮は悪の枢軸



 ロシアが「日本は第二次大戦の結果を受け入れてない唯一の国だ」と発言したそうである。第二次大戦の結果、世界の共通認識となったことは何か。それは「領土拡張主義の終焉」である。ドイツや日本が戦争によって拡大した領土をすべて元通りにするというのがあの戦争の結果である。世界の各国は「現在の国境線のルール」を確定することとなったのである。

 しかし、第二次大戦の結果を受け入れてない国が世界で3つだけ残っていた。それは中国とロシアと北朝鮮である。中国はチベットへの侵略を進め、寺院を破壊し僧侶や尼僧を大量に虐殺した。また一方的にブータンの領土を奪った。北朝鮮は韓国にいきなり攻め込んで朝鮮戦争を引き起こした。ロシアはウクライナ領であるクリミヤ半島を一方的に占領した。それだけでも十分に悪逆非道な行いであるのに、ロシアはさらにウクライナ全域を支配しようとしているし、中国は台湾に武力進攻しようとしている。北朝鮮は在韓米軍の撤退を狙って統一戦争を虎視眈々と狙っているのである。この3国こそが世界平和の秩序を乱す悪の枢軸なのだ。

 オレが日本の代表として国連で演説する立場なら、必ずこの3国を強く非難するだろう。その発言をすれば日本の国益を損なうだろうか。否である。逆に世界の称賛を受けるとオレは思っている。日本はアメリカとの同盟関係を打ち切って、真の世界平和を実現するために理想を語るべきである。その理想はいずれ世界中の人々の支持を得るだろう。中国・ロシア・北朝鮮の枢軸国とアメリカの同盟国の間で起きる世界最終戦争を逃れるためには、日本が真の世界平和を叫ぶ国家にならないと駄目である。

日本はポツダム宣言を受諾して、朝鮮半島や台湾といった海外の領土を放棄したが、それらの土地はもともと日本の領土ではなかった。日本が千島列島(北千島)や南樺太を放棄したのも同様の理由である。多くの日本人が家を捨てて日本に引き揚げたのは「そこがもう日本ではない」ということを認識していたからである。しかし、ソ連軍はその引き上げ船に魚雷を発射して撃沈し、引き上げの群衆に向かって爆撃を行って大量虐殺を行った。国後島とか択捉島の島民はなぜ島から脱出しなかったのか。そこが「昔から日本の土地」であると認識していたからである。それが樺太や満州との大きな違いである。平和に暮らしていた土地や家を一方的に奪ったのは、そこにやってきたロシア人である。それこそがポツダム宣言に反する行為である。オレが外務大臣ならそのことを強く主張するだろう。もっともあのボンクラ河野太郎にそんなことが言えるとは思わない。あの時、スターリンは北海道まで占領しようとしていたことを忘れてはならない。

 8月18日に千島列島北端の占守島を突如攻撃してきたソ連軍に対して、島に駐屯していた日本軍はすぐに反撃した。そこには無傷で温存されていた39両の97式中戦車、25両の95式軽戦車があったのである。上陸してきたソ連軍は3000名の死者を出して壊滅し、撤退した。そのままソ連軍に攻撃を加えれば全滅させることもできたのだが、停戦命令が出たため日本軍は武装解除に応じた。満州の関東軍は戦わずに逃亡したので、ソ連軍が日本との戦闘で出した犠牲者はほぼこの戦いで発生している。あの時停戦命令など無視してソ連軍を完全に殲滅していたら、千島列島を占拠されることなどなかったし、北方領土問題も存在しなかったのである。

 日本軍が交戦している間に濃霧に紛れて占守島の缶詰工場で働いていた女子工員たちはほとんど脱出に成功した。霧の中を根室まで逃れることができたのだ。占領後にソ連兵はその女性たちをレイプする目的が果たせずに悔しがったという。日本軍には従軍慰安婦という制度が存在したが、ソ連軍は女性を現地調達させた、つまり占領地でのレイプや略奪は黙認していたのである。ドイツでベルリンが占領されたときに数万人のドイツ女性がレイプされたというのは誇張でもなんでもない。

 日本は交渉の中で、北方領土占領のいきさつのことからきちんと主張すべきである。ポツダム宣言は受諾したが、そもそもヤルタ協定の中味なんて日本とは無関係である。シベリア抑留の賠償請求も行うべきだ。明白な国際法違反をしているのはロシア側なのである。



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2019年01月19日

朝日新聞という貸しビル屋



 オレは以前にこのブログで「朝日新聞はもう新聞屋をやめるべきだ」ということを書いた。紙面の半分以上がくだらない広告に埋め尽くされ、しかも電通の意向におもねって真実を報道することもできず、慰安婦問題などのねつ造記事に関しても誠実に謝罪できなかったクソ新聞はもう公器としての役割を失って、ゴシップ報道に終始する三流週刊誌のレベルにまで堕ちたということをオレは書いたのである。

 新聞宅配の購読料は毎月4000円以上になった。広告だらけのどうでもいい資源ごみを押し付けられて、その上ゼニを払わされるというのは本当にばかばかしいわけで、購読者がどんどん減少してるのもわかる。我が家も父が亡くなったのを機に購読をやめたわけだが、今新聞を購読してるのは高齢者中心である。だから購読してる人が亡くなったらもうそれでおしまいなのである。新規に新聞購読を開始する若者はほとんどいない。そうした状況は朝日新聞だけではない。毎日も読売も産経もみんな購読者はじりじり減ってるのである。

 もう新聞屋としては完全に終わっている朝日新聞だが、新聞以外の事業はどうやら好調のようである。大阪本社の横に建設したフェスティバルタワーには高級ホテルが入っていて、飲食店もたくさん入居している。テレビで紹介されていたそのホテルに泊まるにはどれくらいかかるのだろうとオレはヤフートラベルで検索してみたのだが、一泊6万円を超えていて唖然とした。どう考えてもオレのような庶民が泊まるようなホテルではないのである。ゼニの余ってる外国人旅行者なんかを対象にしているのである。そこからわかることは、朝日新聞がもうはっきりと「これからは不動産業でやっていく」という方向性を打ち出しているのである。

今年からセンバツ高校野球の入場料金が値上げになる。主催の毎日新聞社はそれでかなり儲けているわけだが、おそらく夏の甲子園も値上げされるだろう。朝日新聞社には莫大なゼニが転がり込むのである。

 報道機関としてはもう意味をなさなくなった朝日新聞は、クソみたいな広告で紙面を埋めて電通の支配下に置かれ、その一方で新聞以外の収益事業で食いつなごうとしているのである。高給取りの社員をいつまで食わせられるかどうかわからないのだが、そもそも販売店を守ろうというという気持ちが本社の方に全くないのである。このあたりはFC店から搾取して元締めだけが儲かってるコンビニと似たようなビジネスモデルである。末端の販売店は売れもしない部数を押し付けられ、その分のゼニを払わされている。いわゆる「押し紙」というやつである。せめてまともな紙面を作ってくれれば売れるのだが、社説を読んだらすぐにわかるように中身はクソである。そのクソ新聞を売らないといけない販売店の苦労など、高給取りの朝日新聞本社のエリートたちは全く分かってないのである。本当に腐った組織である。

 朝日のような左寄りの新聞の役目は徹底した政府批判でそれこそ安倍晋三を辞職に追い込むくらいに激烈な紙面を作ることではなかったのか。そうして「正義」を示すことが、これまでねつ造記事などで失った信頼を取り戻すために必要だったのだ。しかし、そんな気概は今の朝日の幹部にはない。

 今の朝日新聞はただの不動産賃貸業者である。ただの有料広告ペーパーになり下がった資源ゴミに「新聞」と名付けて宅配しているだけの、およそマスコミとは呼べない組織である。

 オレは昔朝日新聞の「声」欄によく投書していた。どうしてオレが投書をやめたのか。それは一方的に一部を削除されて趣旨がゆがめられ。オレが意図しない内容にされてしまったのである。それに抗議する気持ちからオレは投書をやめたのである。このままオレが生きてるうちに、この新聞社の滅びゆく姿を眺めることになるのだろうか。



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2019年01月18日

あおり運転殺人は死刑にしろ!



 堺市であおり運転の末にバイクにわざと追突して男子大学生を殺したクソ野郎の裁判で検察は懲役18年を求刑した。オレはこの18年をものすごく軽く感じるのである。どうして死刑を求刑しなかったのかと思うのだ。このクソ野郎のような人間は市民社会の脅威であり、こんなやつは必ず死刑にするというのが社会の秩序を守ることだとオレは思うのである。

 このクソ野郎は100キロ以上に加速してバイクに追いつき、そのうえでわざと追突した。これが「運転ミス」だと主張するのは絶対に無理である。「追いついてぶつけてやろう」という意図があったからそのような運転をしたのであり、高速でバイクにわざと追突するという行為は「殺人」以外のなにものでもないのである。

 自分が「クルマをぶつけて人を殺そうとしたくそ野郎です」ということを正直に認め。そのうえで真摯に反省するのなら死刑ではなく無期懲役でもいいだろう。しかし、全く反省せずに「過失だった」「運転ミスだった」「飲酒の影響だった」とウソの言い訳に終始するこのクソ野郎の態度から考えて、死刑以外の選択をオレは思いつかないのである。検察の求刑が18年であっても、オレが裁判官なら迷わず死刑を選択するような事例である。こんな外道にふさわしい罰を与えるために死刑という刑は存在するのである。

クソ野郎はこのように法廷で語ったということである。

【中村精寛被告】
「えー、先ほど、えー、ご家族の方からの想いを聞いてまさにその通りだと思います。遺族のご意思に基づいて罰を受けたいと思います。尊い命を奪ったことを深く反省しています。まことに申し訳ありませんでした」


 もしもオレが遺族の一人なら、このふざけた発言を聞いたその場で後ろから椅子を頭上にたたきつけてぶちのめしてやりたいと思っただろう。

 「遺族の意思に基づいて」ということが認められるなら、この遺族の方々が殺人運転の罰として望むことは極刑以外ないと思うのである。だから堂々と「死刑をお願いします」と発言すればいい。このような外道は死刑になるのだということを社会が共有する必要があるのだ。あおり運転をするようなクズ野郎を市民社会から追放しないといけないのである。

 オレは毎日通勤でクルマを運転している。運転中にタバコの吸い殻を投げ捨てるDQNや、堂々と信号無視をして突っ込んでくるDQNに日々遭遇している。そうしたDQNすべてを警察が取り締まることは無理だ。だからドラレコを活用して、市民による動画投稿でそういうクソ野郎を検挙する仕組みを早く作ってほしいのである。信号無視の多い交差点で、市民の監視員が一日中動画を撮影してそれで収入を得られるような仕組みを作れば、新たな職業を生み出すことができるのだ。そうすれば警察はくだらない交通取り締まりではなくて麻薬や覚せい剤の検挙というもっと重大な事件のために動くことができるのである。日本一治安の悪い地域である大阪では、警察は交通取り締まりをすべてアウトソーシングするべきなのである。それがオレの提案である。



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2019年01月17日

あれから24年〜災害列島で暮らす意味




阪神大震災が起きてから24年になる。あの朝のことは今でも鮮明に思い出せる。あの時1分近く続いた激しい揺れを感じながらオレは布団の中で「このまま家が崩壊して押しつぶされて死ぬ」ということを覚悟したのだから。

 幸いなことに我が家は倒壊することもなく、本棚の本が室内に散乱するとか、上に置いてあったものが落ちるとかの被害はあったがそれほど深刻な被害はなかった。しかし揺れの大きかった阪神間は大変なことになっていた。阪神高速道路の神戸線の橋脚が倒壊し、新幹線の高架橋も一部崩落した。もしもあと2時間遅く地震が起きて朝の通勤ラッシュと重なっていたらどれほど大きな被害になっていただろう。始発前のほぼ無人の時間だったからこそまだ被害はあの規模だったのである。時速200キロ以上で走行中の新幹線が脱線して高架橋から転落していたらどんな大惨事になっていただろうか。どんなに安全対策をしてもそこには限界がある。我々は大きな災害を経験することでしか学べないのである。

 6000人を超える地震の犠牲者の多くは「圧死」であった。耐震性のない建築物がその一瞬で倒壊して、そこに暮らす人々の命を奪ったのである。建築物の耐震基準は阪神大震災を契機に見直された。あの震災がなかったら危険な建築物の多くはそのまま放置され、さらに建てられていたことは間違いない。
 大阪は昨年大阪府北部地震を経験した。阪神大震災以来の強い揺れに衝撃を受けた人も多かったはずである。震災の後に生まれた若者たちにとってもまた「地震の恐ろしさ」を意識する出来事となった。

 災害が起きない年などない。日本では毎年なんらかの自然災害によって人命が失われている。我々の暮らしている日本列島というのは災害から逃れられない宿命なのだ。人間の暮らしている数十年の一生など地殻変動の歴史から見ればほんの一瞬である。7000年前には火砕流と火山灰で九州全域が被害を受け、九州の縄文文化は消滅しているのである。それほどの大災害が明日起きないと誰が保証できるだろうか。火山の噴火というのは突然起きるのである。

 東日本大震災の時、防災教育を徹底して適切に避難することで多くの人命を救った釜石中学校の奇跡があった一方で、教員が避難方法で意見を対立させているうちに全校生徒が津波に飲み込まれるという大川小学校の悲劇が起きた。避けられない災害を前に何が一番大切なのかということを我々は教えられたのである。それは「どうしたら一人でも多くの命を守れるか」という意識だ。

 阪神大震災の追悼行事がどんどん縮小されたり、廃止されたりしているという。震災の記憶を受け継ぐ人たちの高齢化も進んでいる。太平洋戦争の記憶を持つ人がいなくなって日本が「戦争できる国」になってしまうように、阪神大震災の記憶を持つ人がいなくなって震災のことが忘れられれば、防災教育も後退してしまうのかも知れない。

 淡路島には「野島断層保存館」という施設があって、断層の起きた地層部分が保存されていて見学できるようになっているのだが、その来館者はどんどん減っているという。この施設では阪神大震災の揺れが実際にどんな規模であったかを部屋で体感することもできるようになっている。関西の小学校は遠足で必ずここに行くことを義務付けるべきだとオレは思うのである。今は遠足での来館も減っているらしい。

 東日本大震災の時は、最後まで緊急放送で避難を呼びかけながら津波で犠牲になった人がいた。阪神大震災では火事の炎が迫る中で家族に「オレのことは見捨てて逃げろ」と伝えて亡くなった人がいた。誰かの尊い犠牲の上に守られた多くの命があったことを我々は決して忘れてはならない。それが今を生きる我々の使命である。あの記憶を語り伝えることでしかできないことがある。


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2019年01月15日

初めて恋をした日に読む話



 火曜日夜のドラマ「初めて恋をした日に読む話」の第一話を視聴した。36歳の深田恭子がなんてかわいいのだろうかとオッサンのオレはそれだけで内容などはどうでもいい気分になったのは事実で、ドラマの中で高校生たちが深田恭子に向かって「おばさん」と話しかけてるのが許せなかったのである。

 ドラマは優等生だったのに東大受験に失敗したあと、人生何をやってもうまくいかないいわゆる「しくじり女子」である深田恭子が主演で、そこに文部省局長の親に反発して髪の毛をピンクにした高校生や、深田恭子に思いを寄せる東大卒のエリート商社マンなどなどがからむ内容で、初回からとても面白かったのでオレは見逃さないように「連ドラ録画予約」してしまったのである。これで毎週火曜日の夜の楽しみができたのである。

 さて、それまであまり勉強しなかった者が一念発起して努力した結果、夢がかなうというのはこのようなドラマの王道である。もちろんオレはそうしたことを否定しないし。それがいわゆる「ジャパニーズドリーム」であると思っている。受験には家柄も身分も関係ない。誰でもきちんと受験勉強したら結果が出るというのは事実である。そうでなかったらオレのような貧しい庶民の子弟は絶対にチャンスをつかめなかったのだから。

 ただ、受験勉強というのはほんの片手間にできるようなものでもない。そのためには大変な時間と労力が必要なのだ。その重みをこのドラマがどれだけきちんと伝えてくれるのかというのがオレは気になるのである。

 まあ受験戦争の最前線に立ってるオレから見れば突っ込みどころ満載のドラマになることは確実なんだが、細かいことは気にせずに毎回深田恭子を観て癒されようと思うのである。美女はただ出てるだけでいいのである。観てるだけで幸せな気分にしてくれるからもはやドラマの内容などどうでもいいのである。オレの本質はそういうミーハーな人間なのである。

 ただ、ドラマの中で横浜流星演じる高校生のピンク色の髪が気になったのだが、考えるとああいいう色に染めてるだけで「オレは変な奴だ!」というオーラを周りに飛ばしまくってる感じである。自己主張という意味では何にもとりえのないヤツがあんな形でデビューするのも面白いわけだが、それは顔面偏差値が高いからカッコいいわけで、ブサメンがそんな髪型をしても痛いだけである。変な髪の色をしているヤツを街で見かけて思うのは、それが似合ってるやつと全く似合ってないイタい奴が存在するということである。容姿に自信のないヤツは変なことしないほうがいいというのが真理かも知れない。

 若いころのオレには「髪を染める=不良」という価値観があったのだが、今はわが子が金髪に染めてるのである。もう自分の中の価値観を修正するしかないのである。もう絶望的な気分なのである。


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2019年01月14日

漢文の教養について

デートしていて、一緒にいる相手から「ねえねえ、楽しいでしょ?」と訊かれたときに、真顔で落ち着いて

「また、楽しからずや」

と答えたら、その真意はきちっと相手に伝わるだろうか。このフレーズの意味がわかるかどうかは、漢文の教養があるかどうかで左右されるのである。

 論語の中にこのような一節がある。

「学びて時に之を習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや。
朋の遠方より来たる有り、亦(また)楽しからずや。」


 この「また楽しからずや」というのは、「詠嘆形」という句法で、「なんと楽しいことではないか」という意味になるのである。「楽しからず」を「楽しくない」という意味に勘違いしてはいけないのである。

相手がきちっと高校で古典を学んでいて教科書に必ず載ってるような論語の一節を理解していれば、その場面で自分の答えたフレーズは正しく理解してもらえるはずである。しかし、相手がそこで「えーっ、楽しくないの?」と答えたとしたら、意味が通じなかったということであり、相手に教養がないという意味である。そういう相手とは付き合う必要がないという結論を出せばいいのだ。これは昨日の記事に書いた「瀬をはやみ」の和歌と同じである。教養のない相手は恋人として交際する相手としては不足である。

 中学や高校で学ぶ教養というのは文化の基盤となるものである。理系でも歴史や古典は知っていて欲しいし、文系でも基本的な数学や理科の知識は持っていてほしい。それがオレの考えている「高校で学ぶ」ということの意味である。生活に必要最小限の知識しか持たない薄っぺらな人間になって欲しくはないのである。

 価値観を共有できない相手とは会話が成立しない。教養のない馬鹿な相手とは政治や文化についての話ができない。オレはそういうことを思うのだ。おたがいが教養のない者同士のカップルの間にいったいどんな会話が成立するのだろうか。動物のようにただうなり声を交わすだけのコミュニケーションしかできてないのか、あるいは本能的にただ交尾するだけなのか、そういうカップルは情けないと思うのである。

 今は漢文の学習を全くしない高校も多い。偏差値50以下の高校では授業で漢文を扱わないのが普通である。誰もセンター試験を受けないような高校ではそもそも漢文のニーズが存在しないし、まともに教えられる国語の教員もいないのである。

 オレはふだんの授業で生徒に漢文を教えているが、それが日本人の大切な教養であるということをわかってないヤツらが増えたことを嘆かわしく思っている。学習指導要領がどう変わっても、漢文教育を軽視するということは起きてほしくないのである。



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2019年01月13日

合コンにおける百人一首活用法

 最近の大学生はどうやって彼女を作ってるのだろうか。昔の大学生がよく参加した「合コン」というものは今でも有効なのだろうか。そんなことをオレはあれこれと考えるのである。もちろん最近の教え子から聞くこともあるが、オレの教え子にはまじめなヤツが多くて、「夜の帝王」とか「ナンパ大王」とかいう類いの者はいないのである。

 合コンで仲良くなった相手と、「今度は二人きりで逢おう」という気持ちを伝えるのにどんなやり方があるのか。オレはここで日本古来の百人一首を使った方法を提案したい。百人一首にはさまざまな恋の歌が入っている。それを活用するのだ。

 自分の気持ちを伝えたい相手に、さりげなく小さなメモを渡す。そこにはこのように記すのである。

瀬をはやみ岩にせかるる滝川の

 このメモを受け取った相手は、伝えたいメッセージの意味がこの崇徳院の和歌の下の句にあることをすぐに理解できるだろう。下の句というのは

割れても末に逢はむとぞ思ふ
(今は少し離ればなれになっても、後で会いたいと思う)

 という意味なのだ。つまり「後で会いたい」という気持ちを上品に伝えたメッセージとなるのである。

 さて、このメッセージを渡しても相手が無反応な場合もある。それは相手が自分に好意を持っていないということなのであきらめるしかない。恋愛というのは努力によってどうにかなるものではない。そこは勉強やスポーツとは違うのであり、相手の好みに合わないとどうしようもないのである。たとえばオレが高畑充希から「付き合ってください」といわれたら無条件にOKだが、水原希子なら断る。もちろん両方OKの人もいれば、両方断る人もいるだろう。

 もう一つ相手が無反応な場合が想定できる。それは相手が無教養で百人一首を知らないということである。その場合は受け取ったメッセージの意味がわからない。

 さて、日本で通常の学校教育を受けていて大学まで進んで、そこで百人一首を知らないなんてことがあるだろうか。普通はないのである。つまり、大学まで進学しながら百人一首も知らないというのはもう無教養を代表するようなものである。そんな頭の悪い女と付き合う価値があるだろうか。絶対ないのである。教養のない女と一緒にいても会話が弾まない。そういう女とただ単に本能的な欲望を満たすために逢うというのはDQNのすることである。

 広瀬すず主演の映画「ちはやふる」のおかげで百人一首はブームになった。オレは日本の古典文化がそうして正当に評価されたことがとても嬉しかったし、もちろん映画も観に行った。もしもまだ「ちはやふる」を観たことがない受験生がいたら、すぐにDVDを借りて観るべきである。

 かつての明治時代の若者にとって、男女混じって行われた「歌留多会」というものが今でいう合コンの一種であった。そうした日本文化の伝統の上で我々は暮らしているのである。



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2019年01月11日

東京五輪開催中止のお知らせ


 竹田恒泰氏が、自分のパパがフランスで訴追されそうなことに関してフランスのことを「民度の低い国」とツイートしている。そもそも怪しいコンサルタントに2億2000万円払うというセコい方法で競争相手から五輪招致を勝ち取ったわけで、なんのためにそんなことをするかというと五輪招致そのものが巨大な利権だからだ。日本みたいな「アベ友なら強姦もお咎めなし」の放置国家に暮らしてるとそのあたりの感覚がマヒしてるのだろうか。あんたのお父さんは真っ黒なんだよとオレは言いたいのである。怪しい犯罪組織の人間に賄賂としか思えないゼニを払った人は罰を受けるというのは世界の常識である。それが問題にされないのは日本のしかもアベ友という特別な人たちだけなのである。

 オレは五輪開催が巨大な利権のかたまりであることから、以前から東京五輪には反対の立場をとってきた。同じように大阪万博にも反対である。だからこのスキャンダルと、政治家の選挙対策というくだらない理由で行われたIWC脱退との二つで世界の諸国が「東京五輪ボイコット」に突き進んだらおそらくその動きを歓迎するつもりでいるとんでもない非国民がこのオレである。みんな江草乗を「非国民」と呼んでくれ。

 さて、諸外国の中で東京五輪ボイコットに動きそうな国があるだろうか。フランスやドイツあたりはそういう動きをしてもおかしくない。オーストラリアも可能性はあるだろう。また韓国もこういう機会に乗じて政治的な意図でボイコットを主張するだろう。ただ、アメリカや中国は動かないとオレは思っている。そもそも大規模なオリンピックのボイコットが起きたのは東西冷戦という構造が存在したからであり、今の時代にそうした形で政治的なパフォーマンスを示す必要はなくなっている。

 ただこの「ボイコット」というのは、外交カードとしてなら十分ありなのである。外交というのは騙し合いである。本当はそんなことやる気はなくても「やるぞやるぞ」と脅すことで相手の譲歩を引き出すのが政治である。そういう駆け引きができる賢い外交官や政治家がいなかったから、日本は太平洋戦争に突入したのである。あの時、「東京五輪もあることだし」とオリンピックを政治利用して逆に戦争を阻止することだって可能だったはずである。

 投票率が極端に低く、若者が虐待されて低賃金で働かされ、国会議員が高給でふんぞり返って利権にありつき、警察が故意に不利な証拠を隠して冤罪事件を生み出す。強姦事件を起こしても政治家のお友達なら不起訴になるが、何のコネもない一般人は「強姦された」という女性の証言だけで何年も刑務所に収監される。こんなひどい国のどこが「民度が高い」と言えるのか。オレは竹田恒泰というただ皇族の血を引くから特権階級だと勘違いしてるオッサンに問いただしたいのである。おまえなんかよりもオレの方がはるかに教養もある立派な人間だとオレは自負している。

ついでに言うなら、この竹田恒泰氏のパパは若いころに自動車事故を起こして、若い女性を死なせている。ところがその2年後には馬術競技でオリンピック代表選手に復帰してるのである。皇族というだけで周囲がおぜん立てして穏便に済ませるようにしたのだろうか。もちろん示談などはきちっとされてると思うが、それでもオレのような職業の場合は交通死亡事故など起こせば辞めるしかないのである。交通事故で人を死なせても皇族ならOKでそのまま五輪選手というのはいかがなものかと思うのである。

 怪しいコンサルタント会社に支払われたゼニのうち、1億円は東京での五輪開催が決まった後に振り込まれている。これが成功報酬の意味であることは間違いない。ゼニで買った五輪招致であることはもうだれの目にも明らかである。こうなったら五輪開催を返上するのが正しい日本政府の判断であるとオレは思うのである。タイトルには「中止」と書いたが、正しくは「返上すべき」であると書くべきであった。これも見てもらうための苦肉の策である。



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2019年01月10日

NGT48山口真帆さんの事件の真相


 アイドルグループNGT48のメンバーである山口真帆さんが12月8日に自宅で男2人に襲われるという被害を告白したことが話題になっている。運営側はこのことに対してきちっと対処せず、また加害者の男性も不起訴処分になって何の罰も受けていないということである。山口真帆さんはこのひどい仕打ちに対して怒りを訴えた。オレは今回の事件の真相をこのように憶測している。彼女が涙ながらに語る動画を見たときにオレはすぐに事情が想像できたのである。

 昔、宝塚音楽学校でひどいいじめ事件が起きて、被害者が退学したことがあった。その被害者はとても美しく、いじめの原因は彼女への周囲の嫉妬ではないかとオレは憶測したのである。とびぬけて美しい女性がいると、その周囲の女性の中には妙に敵対心を持って攻撃したり、根も葉もない悪い噂を流したりするクソ女が出ることが多い。そういう女はたいていブスである。容姿で絶対に勝てないので、卑怯な手を使うのである。

 NGT48の内部に、山口真帆さんを陥れたいというDQNメンバーがいて、そいつらが自分の交際してる男性をそそのかして山口真帆さんを襲わせた。運営側はそうした事件の背景をつかみ、もしも2人の加害者が法廷に立てば「本当はレイプしてくれと頼まれたんです」という真相をバラしかねないので、それで運営側は警察に働きかけて「事件にしないでくれ」と泣きつき、なんとか「不起訴処分」ということにして穏便に済ませようとしたということではないのか。

 もちろんこのような大スキャダルが明るみに出れば、何人かの関与したメンバーが辞めさせられることになるし、それこそイメージダウンも計り知れない。運営側はその事態を避けたいためにこの一か月画策していたのだろう。山口真帆さんがどんな心情でいたかなどということには全く配慮せず、とにかくこの事件を「なかったことにしたかった」のである。

 彼女が繰り返して強調していた「まじめに活動していた」ということの具体的意味は、ルールを守って男性と交際しなかったということである。そして彼女がそれを強調する背景にあるのは、ルールを守らずに男性と交際しているメンバーも実はいるということなのだ。そして今回の事件の黒幕は実はそういうメンバーなのである。

 スキャンダルをでっちあげる方法はいくらでもある。例えば部屋に男性を出入りしている写真や、男性と食事している写真を盗撮すればそれだけでイメージダウンをはかることができる。まじめに活動してるメンバーに対してそういういやがらせを行う目的ははっきりしている。自分よりも美人がいると目障りなのである。これはもう源氏物語で桐壺更衣がウンコテロなどのひどいいじめを受けたことにもあるように、平安時代からの女性の普遍的な行動様式なのである。相手の方が美しいという客観的な事実を認めることができず、自分よりも美しいライバルを認められないのである。女とはかくも面倒な生き物なのである。おっと、こんなことを書くと全世界の容姿に難のある女性を敵に回してしまいそうである。オレが書いたのはあくまで「憶測」であること、そしていつものただの暴言であることを断っておきたいのである。



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2019年01月09日

福井県警の不都合な真実   



 福井県警が。僧衣姿で運転していた僧侶に対して「運転に不適切な服装である」と判断して反則切符(青)を切った行為が話題になっている。ネット上では「僧衣でできるもん」というハッシュタグをつけた動画が大量に投稿されているという。ここは福井県警本部長が出てきて「不適切な取り締まりでした」と陳謝すれば済むところだが、なかなかそういうこともできない大人の事情もありそうである。その理由は交通取り締まりのおそらく9割くらいは「不適切な取り締まり」「不要な検挙」であり、本当に必要な取り締まりや検挙は全体の1割以下だからである。

 テレビではその「僧衣でなんでもできる」動画のことが話題にされていたが、今回の事件の本質についてとらえているニュースは一つもなかった。おそらくマスコミもそうしたことには触れたくないのだろう。警察を敵に回すことになってしまうからである。オレもここでそうしたことについて書くことには少しためらいがある。大阪府警という人権を理解しない組織がいつオレに対して適当な罪状をでっちあげて検挙するかわからないからである。オレが普段書いている大阪府警の悪口に対して苦々しく思っている府警幹部も多そうである。

 まあでもオレはマスコミの触れないことを結局ここで暴露してしまうのだが、福井県警の今回の不適切な取り締まりの理由はただ単に「ノルマ達成」が目的だったからである。警察が意味のない取り締まりをする理由は、一か月で何件とか、金額がいくらというふうにノルマがあるからだ。そのノルマ達成のためにたとえば松原警察署は立部西交差点のところで物陰に隠れて信号無視のクルマを取り締まっている。天王寺警察署は玉造筋で休日にレーダーでネズミ捕りをしている。堺東警察署は新金岡駅の北側のあびこ筋で日曜日の朝によく取り締まりをしている。きっと僧衣だからと反則切符をきった福井県警の熱心なおまわりさんは、ノルマ達成のために苦し紛れに検挙したのだろう。まさかそれがこんな大問題に発展するとも思わず、全仏教界を敵に回す大変なミステイクであったということを思いもしなかっただろう。まあそういう馬鹿を責めても仕方ないのだが。

 運転に不適切な服装とはなんだろう。オレは普通の服装しかしないので何が不適切なのかよくわからないのだが、たとえば女性が全裸で運転しているのはまわりの人が気を取られて事故につながるので不適切だと思う。下半身に何も身に着けてないのは公然わいせつの可能性があるが。それは普通に運転しているだけではわからない。下駄やスリッパの運転はペダルを操作できないので不適切だが、それもクルマを停車させて窓からのぞき込まないとわからないのである。

 オレは20代の頃に静岡県警の不当な取り締まりを受けサンダル履きでの運転で検挙されたことがあった。当時はシートベルトが義務化されてなかったのだが、警察官は高速道路の料金所から出てきたオレのクルマを理由もなく制止し、「シートベルトしたほうがいいじゃん」と気分悪くなるようななれなれしい標準語のアクセントで話しかけてきて、窓からオレの足元を覗き込んでサンダル履きであることを発見して青切符を切ったのである。ゴールド免許の優良ドライバーである今なら絶対にそうした取り調べには応じないだろう。まずそいつがクルマを停止させる法的根拠をオレは要求するからである。

このような不当な取り締まりの背景にある警察の「検挙ノルマの実態」という不都合な真実を取り上げるような気合の入った報道機関はない。どうせ今のマスコミは政府の御用機関であり、国民に知られると困るようなことは絶対に流さないのである。



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2019年01月08日

大阪地裁終了のお知らせ




 大阪地裁はもう裁判所を辞めればいいと思う。このクソ裁判所の下す判決は変なものが目立つのだが、世間は「また大阪地裁が・・・」という感じで受け止めていた。しかし今回の判決だけはひどすぎる。もう裁判所として終わってると思うのである。

 MBSニュースの記事を引用しよう。

嘘の被害証言で服役の男性、再審で無罪になるも国家賠償請求は退けられる
1/8(火) 19:10配信 MBSニュース
 強姦などの罪で服役中に被害者の証言が嘘だったことが判明し再審で無罪となった男性が、国と大阪府に約1億4000万円の国家賠償を求めた裁判で、大阪地裁は男性の訴えを退けました。
 大阪市の75歳の男性は、同居していた親族の少女(当時10代)に性的暴行を加えたとして強姦などの罪で起訴されました。
 「(警察や検察は)『やっている』というのが前提。『なんで白状せんねん』と言うけど、やってないものはやっていない。なんぼ言われても」(男性)
 男性は一貫して無実を主張してきましたが、大阪地裁は2009年「少女が被害をでっちあげるとは考えがたい」として、男性に対し懲役12年の判決を言い渡し、2年後に刑が確定しました。しかし男性が服役していた2014年、少女が突如証言が「嘘」であったと親族に告白。さらに大阪地検が再捜査したところ、少女が受診した医療機関には「性的暴行被害の痕跡はない」などと記されたカルテが残されていました。
 その後、男性は釈放され、2015年の再審で無罪となりました。再審から男性を弁護してきた弁護士は、十分な捜査が尽くされず、事件が「処理」されていったことが冤罪を生んだと指摘します。
 「そもそも強姦被害があったのだろうかという観点から検証していくことは、一番初めの段階から可能だった」(山本了宣弁護士)
 2016年、男性はカルテの収集を怠るなど違法な捜査が行われたとして、国と大阪府に賠償を求める裁判を起こしました。しかし、8日の判決で大阪地裁は「通常要求される捜査を怠ったとまでいうことは困難」として男性の訴えを退けました。
 「多くの友人も失ったし、大きな金銭的な損害も被ったし。ちょっと許せないですね」
 男性は判決を不服として控訴する方針です。


 痴漢冤罪事件でもそうなのだが、女性の一方的な主張に基づいて検察や裁判官が判断を下す傾向が強すぎる気がするのである。その一方で、安倍晋三のお友達ならいくら証拠があっても淳強姦でも不起訴にしてしまうのである。それが日本の司法の現実なのだ。

 今回の事件、有罪を立証するものは被害者の一方的な証言であり、一方無罪を立証するものは医師の診断書という立派な物的証拠だった。この二つの証拠の価値を比較したら絶対に無罪になってしまう。検察側がきちっと証拠集めをしていればこの冤罪事件は防げていたのだが、そのような誠実さを今の検察側に求めることは無理というものである。推定無罪の原則など理解していないようなクソ検察官が思い込みで有罪と決めつけているのが現状なのである。

 無実の人間を刑務所に収監したという人権侵害について誰が責任を負うべきなのか。オレはこのような場合は裁判官や検察官の中から一番責任の重かったクソを代わりに刑務所にぶち込むべきだと思う。裁判所はいくら間違っても責任を問われないということが問題なのだ。

 裁判所の役割は正義を実行することである。罪を犯した人間に正当に罰を与え、不当に奪われた被害者の人権を回復することだ。ところが今回の事件、明らかに間違ったことを検察も裁判所もしているのに、その責任が全く問われないというのはどういうことか。少なくとも容疑者であるという一方的な思い込みで有罪にした検察官は自分の間違いを認めて職を辞すなり賠償するなりすべきだろう。顔と名前を晒されて世間から糾弾されるべきだろう。

 今回の事件の恐ろしさは、男性なら誰もがこのような冤罪に巻き込まれる可能性があるということである。もしも全然知らない女性から「江草乗にレイプされました」という訴えが起こされれば、警察はその裏付けも取らずにオレを逮捕するだろうし、オレが必死で無罪を主張しても聞き入れてもらえないだろう。そうして訴えられた瞬間にオレの人生は終わってしまうのである。悲しいことに日本人男性の中でそうした危機を逃れられるのは安倍晋三のお友達だけである。オレはあんなクソ野郎のお友達にだけは死んでもなりたくないのであるが。



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2019年01月07日

韓国軍艦の謎  

 日本のEEZ内で北朝鮮漁船と怪しい邂逅をしていた韓国軍艦のレーダー照射問題なんだが、ここで触れられてない大きな問題がある。そもそも彼らはあの海上でいったい何をしていたのだろうかということである。
 いわゆる「瀬取り」という密貿易行為なのか、あるいは燃料の切れた漁船を救援していたのか、それはわからない。しかし少なくともそれが公海上ではなくて日本のEEZ内である以上、いずれにしても彼らのしていることは国際法違反になるような気がするのである。

 その明確な国際法違反を問題にされたくなかったので、彼らは論点をずらすために「レーダー照射」という行動に出た・・・というオレの憶測はあまりにもうがちすぎだろうか。少なくともここまで必死でうそをつき続ける韓国国防省の意図は、もっと大きな何かを隠したいということがあるような気がするのだ。

 韓国はいずれ北朝鮮に統合される。そしてアメリカとの同盟を解消して中国の属国の一つになるというのはオレが以前からここで書いていることである。その北朝鮮と韓国の間の関係というのは実はかなり緊密なのではないか。そして世界のどの国も知らないような二国間の密約が存在するのではないかというのがオレの想像なのである。

 北朝鮮と韓国は同一民族である。その同一民族の中で朝鮮戦争という悲劇が起きた。多くの同胞が北と南に引き裂かれ、また戦争の中で命を落とした。そうした歴史の悲劇を思えば、両国が一つの国家になって統一されることはよいことだとオレは思っている。しかし、金正恩が韓国に併合されることを望むはずがない。彼は最後まで国家主席の地位にこだわり続けるだろうし、そうなるとまるで北朝鮮の回し者みたいな韓国の文在寅大統領が譲歩して北に主権を明け渡すことは十分考えられる。

 韓国軍艦はあそこで軍艦旗も出さず(これも国際法違反である。日本側は国籍不明船が侵犯してきたとして攻撃してもおかしくない局面であった。ただ韓国軍艦が日本側のデータベースに登録されているので、艦名がわかっただけのことである。)北朝鮮漁船と謎の意接触を行っていた。それが基本的事実である。そのことを韓国国防省はきちっと日本政府に対して説明すべきじゃないのか。これまで語ってきたくるくる変わるうその説明ではなくて、本当の説明をだ。

 韓国が加工した動画を8か国語で世界に発信しているという。日本政府はこの非礼に対してきちっと「怒り」を表明しないといけない。安倍晋三は野党議員の質問に対して怒るのは得意だが、このような国家間の重要な局面で怒ったところは見たことがない。きっと臆病だからだろう。

 今回の軍事行動を見ても明らかなようにもはや韓国は日本の同盟国ではない。すみやかに同盟関係を破棄し、また不法占拠状態にある竹島に海上自衛隊を派遣して上陸、制圧すべきである。事前にミサイル攻撃を通告し、退去しない場合は撃つということを予告すればいい。これは戦争ではなくて自衛のための行動である。李承晩政権の時代に殺された多くの日本人漁船員の弔い合戦である。



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2019年01月05日

橋下徹とヒトラーの類似について



 橋下徹さんが、乙武洋匡さんとの対談の中で語ったことが今話題となっている。ネット上にある文章を引用しよう。

橋下氏は橋下氏は乙武氏の提案を受け「大いにありだ。今の教員免許が必要な技量を測っているものなのかを問い直すことが必要だ。加えて、そのための教育や試験の中身はどうなんだということを見なければいけない。たとえば英語の先生の免許だっておかしいと思う。“This is a pen“なんて、日常生活で絶対使わない。最低限、学ばなきゃいけないことは見えてきていると思うので、それ意外のことは選択制でいいと思う。だって元素記号やサイン・コサイン・タンジェント、どこで使うの?使ったためしがない。勉強のできる人たちは“そういうのも教養だ“というが、今はインターネットで色々なことは調べられる」と指摘。

 橋下徹さんの主張はいつも極端である。彼は乙武さんの「教員免許廃止論」を受けて今の教育の問題を、教師の資質の問題として語っているわけである。そしてついでに学校教育の中身を批判しているわけだ。このような主張は大衆に受け入れられやすい。それはなぜかというと、学校の勉強で数学や理科が苦手だった人のほうが多数派だからである。そうした勉強から逃げてしまったり、努力を放棄した人たちはこの主張を聞いて「そうだそうだ、そんなものいらないし使わない。そんなもののために苦労させられたぜ」と条件反射的にこの橋下氏の主張に同意する。多数派の対極にいるのは、そうした勉強をきちんとこなして偏差値の高い大学に入ったオレのような受験秀才たちである。

 受験秀才を攻撃することで、そういう人たちが教師になってるのだから今の教育はダメなんだと主張は飛躍していくのだろう。その主張は今の学校教育に批判的な人たちすべてに受け入れられやすいのである。

 今の学校教育が様々な問題を抱えているのは現場の教師の責任だろうか。もちろんオレは全く責任がないとは言わないし、中には教師の努力によって解決できるものもあるだろう。オレは今の問題の多くは社会の在り方の変化によって生じたものであると思っている。伝統的なスタイルの学校教育が社会の変化に対応しきれていない部分もあるだろう。しかしオレは、その社会の変化に学校が100%合わせるべきだとは思わない。学校というのは人類がこれまで築いた学問や教養を次世代に伝え、伝統文化を守り続けるための場であるとオレは認識しているからである。

 橋下さんが「数学や理科が苦手だった大衆」に迎合してこのような発言をし、そうした教養が必要だと主張するオレのような人たちを攻撃することで何を狙ってるのか。オレはそこに彼とヒトラーとの類似性を感じるのである。

 ヒトラーはドイツの社会での成功者たちであるユダヤ人を排斥することでドイツ国民の支持を手に入れた。ユダヤ人排斥によって奪われた彼らの富の多くはドイツ人のものになった。ナチス党が政権を奪取する過程で一般のドイツ国民の持つユダヤ人への嫉妬の感情は巧妙に利用されていたのである。

 社会の少数派を叩くことで多数派の支持を集めるというこの劇場型の手法で彼は大阪府民の支持を手に入れてきた。公務員は給料をもらいすぎだとその給与をカットし、そこで自分の給与もカットするからと自己の主張に正当性を与えた。副収入がいっぱいある人が知事報酬を削ってもたいした痛みはないが、給与所得だけに依存する大阪府の職員たちはダメージを受けた。「自分も減らしてるんだからおまえたちも我慢しろ」という巧妙なレトリックで府の職員たちは反論を封じられたのである。

 大阪市バスの運転手の給料が民間に比べて高すぎるという理由で給与が下げられた。どうして「バス運転手」という人の命を預かる職業の専門性を評価しなかったのか。バス運転手が過労運転の末に事故を起こし、多くの人命が失われてきたのはなぜか。それは社会がこの職業の価値に対して正当な評価を与えてこなかったからではないのか。安い報酬で使い捨てられるような扱いの中でどうして乗客の安全が守れるだろうか。

 「あいつらの給料が高いのは許せない」という大衆の怒りは、国会議員や政治家、そして労働者を労働資源としか考えていない大企業の経営者に対してこそ向けられるべきである。本来は連帯し合わないといけない大衆の中で嫉妬したり仲間割れしたりしてどうするのか。

 教育の問題は教員だけの責任ではない。今もっとも道徳を問われているのは政治家ではないのか。総理大臣が国会で堂々とウソをつき、知ってるはずのことを「記憶にありません」と答えている。国会議員は常に保身しか考えず選挙で当選することだけを目的としている。こういう連中が国政を動かしてるという状況でどうして教師は生徒たちに道徳を説くことができるだろうか。大人たちの社会でいじめやパワハラが横行しているのに、どうして学校で教師が「いじめをしてはいけません」と言えるのだろうか。

 橋下氏の扇動に乗せられ、「だから今の教育はおかしい」と安易に同意してしまう人たちに対してオレは言いたい。おかしいのは正義や正論が通用しなくなった今の政治状況である。現場で疲弊している教員たちをスケープゴートにしても何も変わらない。大阪府の公務員の給与が減らされ、教員の給与も減らされた結果教員採用試験の倍率は低下し、病気や過労で休職した教員の補充は非正規雇用で穴埋めされるようになった。ボーナスも支給されず、将来の保証もない非正規雇用の教員に多くの責任が負わされてるのである。

 橋下氏の「教員叩き」と、ヒトラーの「ユダヤ人排斥」はどちらも社会にスケープゴートを作って多数派の支持を得るという点で同種のものである。労働者たちが「おまえらの給料は高すぎる」と足を引っ張りあい、仲間割れすることで誰が得をするのか。それは企業経営者である。みんなの給料を上げるために連帯すべきなのに、そこで足を引っ張りあってどうするのか。

 学園紛争で東京大学の入試が中止になった昭和44年、東京大学の安田講堂にはこのような落書きが残されていたという。

「連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして倒れることを辞さないが、力尽くさずして挫けることを拒否する」

 オレは連帯したい。生徒のために必死で働いて教育現場で苦しんでいる人たち、非正規雇用でワーキングプアに苦しむ人たち、そして今の理不尽な社会を変えようとして頑張っている人たちと。



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2019年01月04日

法人税を上げろ!



 どうしたら景気が良くなるのか。政府は法人税を減らして消費税を上げるといううちゃくちゃなことを今年しようとしてるのだが、オレは財務官僚や政府与党の人間がこんなことをしてどうなるのかということがわかっていない馬鹿ばかりであることに驚くのである。オレの方が遙かに経済分析ができてるぜ。

 法人税を上げると企業はどうするのか。法人税というのは企業が最終的に上げた利益に関して課税されるわけだから、たとえば人件費を増やしたり、設備投資をしてたくさんゼニを使えばその分支払う法人税は減るのである。もしも日本の法人税率が上げられたとしたら、その分を払いたくない企業はせっせとゼニを使うことで利益を減らそうとするはずである。その結果、従業員の給与・賞与は上昇し、設備投資などにゼニが回ることで景気がよくなるのである。そうしたよい循環が起きるのだ。

 ところが法人税を減税するとどうなるか。企業にとって税金で持って行かれるゼニが減るのだからその分内部留保に回すゼニが増えるだけで、企業がもうけたゼニをしっかりと使ってくれないということはむしろ経済にとってはマイナスなのだ。そんなカラクリもわからずに政権幹部は「法人税下げ」を考えてるのである。

 もっとも今の日本の大企業の経営者はカスばかりである。「下町ロケット」のような番組がもてはやされるのは、あんなに志の高い企業経営者が今は絶滅種になってしまったからであり、番組の中で出てくる悪役のクソみたいな連中が、実は今の企業経営者のデフォルトの姿である。視聴者のみなさまは「あんなひどいやつがいるのか!」と怒っていたかも知れないが、現実社会では「あんなやつしかいない」のである。大企業ほどそうである。その代表があの元経団連会長の便所みたいな名前の奴である。

 アメリカの多国籍企業は愛国心のない連中ばかりである。しかし彼らはアメリカという国がただの軍産複合国家であり、もはや国家として体をなしていないことを理解してるから国を捨てたのである。アマゾンもグーグルも国に納める税金をいかに少なくするかばかり考えている。

 せめて日本を代表するような企業はそんな売国企業になって欲しくない。国家に多大な税金を納めて貢献していることを誇りに思って欲しい。従業員にたくさん給料を払ってその給料から国家に所得税が納められることで貢献してもらいたいのである。

 日本には優れたものづくりの伝統があった。「あった」と過去形で書くのは、それを大切にしない連中が増えたからである。100円ショップの隆盛は、安かろう悪かろうの品物の大量流通を生み出した。今、10年も20年も使えるような日用雑貨がどれだけあるだろうか。電化製品でさえも4、5年経てばあっさりつぶれるようなものが普通に家電量販店の売り場を占めているのである。

 何から手を付ければいいのかわからない。しかし、まず手始めに法人税を上げることだ。その効果はじわじわと出てくるだろう。これに反対するクソ経営者のいる企業はいずれつぶれるだろう。時代の先を見通すことができないボンクラだからである。




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2019年01月03日

スマホが日本人をダメにする


  どうして今の若者はのべつまくなしスマホをいじるのだろうかとオレは思っていたが、どうやら若者だけではないのである。電車の中とか、街で観察してるとおっさんおばはんたちもスマホを触り続けている。そしてその中味が生産的な行動かというとそうではない。せっせとパズルゲームみたいなのをしていたり、くだらない一言の連続のLINEの書き込みだったりするのである。そんなくだらないことをするよりもオレのブログを読むべきなのである。その方が遙かに有益だ。

 もしかしたらこのようなだらだらとした時間つぶし行為によって、もっと有効に活用できた多くの時間を日本人は失ってるのではないだろうか。昔なら読書や勉強や恋人との語らいという有効に使えた時間を、今の日本人はただのひまつぶしのようなパズルゲームに費やしてるのではないかとオレは感じているのだ。

 もちろん、そのようなゲームという娯楽は必要かも知れない。それが軽い息抜き程度ならば問題はない。しかし、それが一日に4〜5時間ということになるとさすがにヤバイとオレは思うのである。

 受験生に向かってオレは言う。「スマホを捨てれば偏差値が10上がる」と。多くの中途半端なレベルの受験生はスマホ時間が長い。偏差値70レベルの優秀な受験生はそもそもスマホ中毒じゃないし、偏差値35程度の受験生はスマホをやめたところで効果は期待できない。偏差値50くらいの受験生の多くがスマホ中毒であることが問題なのである。

 もっともそのあたりの受験生は今の自分の状況を客観的に判断できないわけで、自分の置かれた危機そのモノがわかっていない。そういうわけでなかなか浮上できないのである。もっともオレはそういう「スマホ劣等生」を救う気は全くない。自業自得だと思うからである。

 ついつい遊びに流されてスマホ画面を見てしまう依存症の受験生と、なかなか覚醒剤をやめられないシャブ中とは、全く違うようで実は同じである。スマホ依存症は本人が困るだけだが、シャブ中はまわりに大きな迷惑がかかるというのが違いと言えるだろうか。

 電車の中で座ってる乗客がみんなスマホを出していて、そのスマホ画面がほとんどゲームという状況は異常だ。なんだか怪しい新興宗教にみんながとりつかれてるような状況にオレには思えるのである。パズドラ教とか作れば信者はたくさん集まるのだろうか。

 そして、こんな状況を利用してもしかしたらゲームアプリのように見せかけた新興宗教の怪しい信者獲得アプリなんかが出現するかも知れないとオレは恐れている。

 みんなのスマホに入ってるその怪しいアプリの指示に従って多くの人が集団で行動を起こすなんてことになれば一つ間違うと大変である。そこにヘイトスピーチ的な内容が含まれていて、特定の民族や宗教を攻撃するなんてことが起きかねないとオレは危惧するのである。

 電車の中でみんなが同じようにスマホを観ていると言うことは、もしもみんなが必ず見るようなコンテンツやサイトを作り出せば、それで大衆をコントロールできるということである。もしもそうした政党が出現したらどうなるだろうか。悪意を持って日本を支配しようとする組織が洗脳しようと企んだとき、スマホ中毒者たちは抵抗できるだろうか。そんな危険をオレは思うのである。


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2019年01月01日

平成の終焉と世界の終焉について


 12月31日、大晦日の夜にオレはテレビの前で紅白歌合戦を視聴していた。平成最後の紅白ということでこの30年間を振り返るような趣向で番組は作られていたが、オレが最後まで感じたのは「ついに平成という時代は昭和を超えられずに終わった」ということであった。サザンもユーミンも、すべて昭和の文化の残滓みたいなものである。平成の時代には彼らを上回るミュージシャンは出なかったということなのだ。

 平成という時代は時代の転換点であった。オレが1988年にヨーロッパ放浪の旅をした時、まだベルリンの壁があって世界の冷戦構造が続いていた。オレは物価の安い東ドイツやポーランドでその恩恵を受けたのである。ワルシャワの街角で乗った路面電車の運賃は日本円で1円50銭ほどだった。帰国してからオレは日産EXAというカルトなクーペを新車で購入した。リトラクタブルライトにT−BARルーフというマニアックな装備だったそのクルマは平成63年式だった。2000年8月に三菱FTOに買い換えるまで、オレは昭和のクルマに乗り続け、この「江草乗」というペンネームの由来になったのである。

 平成の開幕と同時に日本はバブル経済の中で土地価格が上昇し、空前の好景気を迎えた。今の中国のように世界経済を牛耳っていたのである。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ということばが誇張でもなく人々に受け入れられていて。日本が世界最強の経済大国であったことを今の時代の若者の誰が信じるだろうか。

 どうしてバブルが崩壊したか。オレはその黒幕はアメリカだったと最近思うようになった。アメリカが日本経済を失速させるために圧力を掛け、自民党のアホどもがその意味に気づかずに無思慮だったことと、当時の蔵相だった橋本龍太郎が銀行に対して不動産融資の総量規制なんてアホなことを命令したものだからたちまちバブルは崩壊した。

 経済政策なんてものは自分の選挙での当落しか考えていない馬鹿議員にできるものではない。オレのような天才が国家百年の計を考えて初めて実行できるのである。ところが馬鹿な政策をすればあとでこんな悲惨なことになる・・・という見通しを立てられない経済音痴の馬鹿しかいなかった自民党政権はバブル崩壊後の日本を建て直すことも出来ずにそのまま日本経済をどん底に突き落とした。

 バブル崩壊後の平成時代というのは、失われた日本経済がそのままなんの回復もできずに沈滞した時代と言えるだろう。非正規雇用の増加で若者は貧しくなる一方、新車価格は上昇した。かつては就職した若者がすぐにクルマを持つことは当たり前のことだったが、今の若者はクルマも買えないくらいに貧しくなった。若者の貧しさとは逆にクルマは値上がりして100万円台前半で買えるような2ドアクーペのデートカーなんてもう存在しないのである。トヨタ86はもはやかつてのレビン・トレノのような若者がお手軽に購入できる価格帯のクルマではない。それは現在の購入層が基本的に50代以上ということからよくわかる。オレはホンダS660という実用的ではないクルマに乗っているが、これも若者はほとんど購入しないそうである。乗ってるのはオッサンばかりである。

 若者を一直線に貧しくした平成という時代は、その貧乏な人々が世の中の大多数となっていく次の時代の閉塞感を生み出した。そして閉塞感の中で若者はその世の中を変えようともせずに選挙にも行かず、スマホゲームやオンラインゲームに熱中してその退廃の中で滅びを受け入れようとしている。次にやってくるのは日本崩壊の時代である。いや、崩壊するのは日本だけではない。世界が今泥舟に乗っている。

 ここからはオレの想像する未来である。絶頂の時代から転落した日本は、そこから抜け出せずに貧しくなった。そして平成の終焉についに軍事国家へと舵を切って、平和憲法を捨てて普通の国となることを選んだ。その直後に世界最終戦争が起きて、日本はアメリカの同盟国としてロシア・中国からの核攻撃を受けて地球上から消滅した。もっとも核戦争後に国家として存続できた先進国はなかった。大量の放射性物質に汚染された世界は無秩序の混乱の中で「北斗の拳」で描かれたような世界となってしまった。これがオレの予想する新時代である。

 プーチンやトランプ、習近平といった「自国の権益拡張のためには戦争も辞さない」という指導者に対して正面切って堂々とその行動を批判し、世界中の市民を味方に付けて真の平和国家を実現するというのが日本の目指すべき立ち位置であったとオレは思っている。憲法9条はその根幹的理念をなすものである。そして日本がそうした国を目指すことでしか世界大戦は回避できない。今、世界の先進国の中で来たるべき世界大戦を阻止できる可能性を持つ国は日本しかないとオレは思っている。日本こそが真の反戦平和を訴える資格のある国である。

 オレが頭の中で考えたそうした理想は理想のままで終わる。だって軍事国家に舵を切ろうとしている自民党の政策を選んで投票している馬鹿国民の方が多数派なのである。国民の2割の馬鹿のために自民党が政権政党でいられて、そして5割の無知と無関心のためにその馬鹿が政治を主導しているという現実にオレは深く絶望する。そうして平成という時代が終わるのである。




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