2020年02月12日

推薦入試もAOもやめろ!



 東京理科大が入学試験の種類ごとに学生の基礎学力調査をしたところ、推薦組の学力が極端に低いことが明らかになったという。大学教育を理解するための基礎学力が欠けている学生が多いそうである。しかし、こんなことは昔から常識だったのである。

 推薦入試やAO入試の本来の意義は、能力のある優秀な生徒を早目の時期に囲い込んでしまうことだった。限られた人数しかいない優秀な学生は東大や京大といった難関校に入ってしまう。そうした優秀な学生を他の私大が獲得するために「早く合格が決まる」「試験科目が少なかったりなかったりして準備が楽である」というエサをぶら下げて出願させたのである。

 高校側としては学力のある優秀な学生にはきちんと入試を受けさせたい。東大や京大に入れる能力のある生徒は推薦で早慶に行かせたくないのである。東大や京大を受験してもらいたいのだ。その結果、早慶に推薦で入学する生徒というのは東大や京大にはがんばっても届かない層の生徒ということになる。早稲田や慶応が「東大や京大に入れるような生徒を採りたい」と思っても、そういう生徒はそもそも推薦に出願してこないのだ。

 おそらく日本中のすべての大学で、推薦入試やAO入試で入学してくる学生の学力は一般入試で入学する学生よりも低いのである。この現実を高校生の側から考えれば、推薦入試というのは「一般入試よりも楽に志望校に入る方法」でしかないのだ。実際に一般入試よりも学力の低い生徒が入れるわけだから、高校生の側は「一般入試では無理だから推薦で狙いたい」ということになるのである。

 AO入試の出願条件に、ボランティア活動や社会貢献、学校外での活動歴などを要求する大学があるとする。そうした活動をするには家族の協力や学校の支援が必要である。たとえばオレはディベート部などというマイナーな文化部の活動に関わっているが、「ディベート甲子園」と呼ばれる全国大会で活躍するためには、まずそうした部活動のある学校に入学しないといけない。公立学校でそうした活動のできる学校はほとんどないので、私立に行くことが可能な裕福な家に生まれないとそうしたチャンスすら手に入らない。

 極端な意見だが、オレは進学目的の塾も廃止すべきだと思っている。補習塾は意味があるが、受験勉強なんかはみんな勝手に自分でやればいい。そこでゼニのある生徒だけが有利な仕組みを存在させると、貧富の差が教育の結果に反映してしまうのだ、塾なんて教育のノミ行為みたいなものである。どうしても塾が必要ならば学校内に設置して、教員が残業手当という形で補習分の報酬を得られる仕組みとして存在させればいいのである。

 関西には立命館大学や近畿大学という金儲けの得意な大学がある。近畿大学は長らく関関同立の4校の後塵を拝してきた。ただ、理系学部が入学試験の時に理科を1科目しか課さないということで受験生の人気を集めた。逆に関関同立の側は「理科を二科目課す」ということで国公立大学第一志望組の受け皿として優秀な学生を拾うことができた。しかし、すべての理系の生徒が理科2科目ともできるわけではない。オレは共通一次試験受験の時に物理と化学という2科目を選択して、どちらも得意だったのでしっかりと点数を稼がせてもらったが、普通の学生はそうもいかないのである。理系であっても理科が1科目しか得意じゃなかったり、理科も数学も苦手だったりするのである。だったら理系に来るなと言いたいところだが、数学や理科が得点源なのに文学部に入るオレのようなひねくれ者も世の中にはいるので、理科や数学のできない理系志望者がいてもいいと思うのである。

 関関同立の4校の中で、理科は1科目でOKということに最初にシフトしたのは立命館大学である。京都の広小路にあったころには質実剛健でバンカラな学風だった立命館は、衣笠に移転してからは金儲けに邁進する学校に生まれ変わった。理科の科目減によって志願者を大きく増やし、いつのまにか関西大学、同志社大学、関西学院大学も追随して理科一科目でOKになっていった。

 入試に出題する科目を減らせば受験しやすくなる。もっと減らせばもっと受験しやすくなる。試験を実施しないで面接や書類選考、あるいは高等学校の推薦書だけでOKということになればもっと受験しやすくなる。しかし、受験生はそれだけ勉強しなくなるのである。そんな仕組みを導入すれば学力低下が起きるのは自明の理である。

 日本型の知識重視の入学試験は何も間違っていなかった。どんなに家が貧乏でも、本人の性格が悪くても、書店で容易に買える参考書や問題集をきちんとやるだけでどんな大学にでも入れたのだ。今でももちろんその原則は間違っていない。塾や予備校は受験に特化したテクニックを与えてはくれるが、どんな馬鹿でも賢くする魔法の場所ではない。駿台予備校に行けばどんな馬鹿でも成績が上がって志望校に入れるかといえばそうではなく、やる気のない馬鹿はいつまでたっても馬鹿のままである。すべて本人次第なのである。
 文部科学省は推薦入試やAO入試の割合を増やそうとしている。そんなことをしても多くのFランク大学ではそれは「全く勉強しなかった高校生」が大学に入るための役立つツールにしかならないのである。もしも文部科学省の官僚がこんな事実に気が付いていないとしたら究極のアホだし、気が付いてるならば彼らは国益よりも天下り先のFランク私立大学の存続しか考えてない国賊である。どっちも最悪なのである。



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