2020年02月13日

DQN罪を作ってくれ!



 子供の遊ぶ砂場に大量のつまようじが撒かれていたという事件があった。そこで遊ぶ子供が不用意に砂をつかんだら指につまようじが刺さるのである。なんとくだらない、そして卑劣な犯罪だろうか。

 沖縄では駐輪場の自転車が大量に川に投げ込まれていたという。いったい何の意味があってそんな迷惑行為をするのだろうか。人が困ったりいやな気分になることをわざと行うことをなぜするのか。

 駐車中のクルマに傷をつけてまわったり、千枚通しでパンクさせまくるというDQN野郎もいる。そういう人間は社会にとって迷惑である。しかし、仮に逮捕されてもとても軽い罰しか与えられないのである。それもまたオレには納得できないのだ。

 こうしたDQN行為は市民社会に対する無差別テロである。オレは以前にも書いたことがあるが、こうした迷惑行為を行うクソ野郎は即座に死刑にすべきだと思うのだ。そんな人間は日本社会にいらないという意志を我々は明確に示すべきである。

 名称としてオレはとりあえず「DQN罪」というのを考えている。どんな行為がこのDQN罪に該当するかはこれから判例を重ねていけばいいと思うのである。ただここで紹介したような「特定の相手を狙うのではなくて、市民に対する無差別テロ」というものがこの罪名に該当するとオレは思っている。

 我々が「DQNは社会の迷惑」という共通理解を持ち、小学校の教育は知育よりも徳育を重視して、いかにDQNを発生させないかということを重視すべきだというふうに方向転換するべきである。

 その人間がDQNになるかどうかという違いはなぜ生まれるのか。オレはどんなしつけを受け、どんな幼児教育を受けたかで決まると思っている。親がDQNなら子もDQNという現象も多々発生する。DQNの世襲である。このようなDQN連鎖を断ち切ることが幼稚園や小学校の役割であり、たとえDQN親であってもその子はDQN化するのを阻止できることを目指すべきなのだ。場合によっては迷惑な親に対して、「この子をあなたのようなDQNにしないためにも教育は必要なのです!」と告げる必要があるのだ。

 果たしてDQN化が教育によって防げるのかどうかはオレにもわからない。しかし、何もしないよりは何かしたほうがいい。積極的に取り組まないと日本はDQN化の波に飲み込まれてしまうのだ。1億総DQNなんてことになればもうおしまいである。

 収入や学歴よりも大切なことは、良識があってマナーを守った行動ができ、周囲に迷惑をかけないことである。きちんと空気が読めることである。傍若無人にそこら中に唾を吐き、ゴミを投げ捨て、タバコの煙を浴びせるような人間はまぎれもなくDQNだ。このような人間は高収入で高学歴の者の中にもいる。そういうDQNもきちんと社会から排除しないといけない。 

 オレはDQNが嫌いだ。DQNとは実生活で関わりたくないと思っている。「死ね」とだけ書かれたDQNからのいやがらせ一言メールもよく届くが、おまえが死んでくれ。




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