1915(大正4)年8月15日日豊本線(豊州線)幸崎~臼杵間が開通した
100年を迎えた2015年の夏と秋 それを記念した臼杵市主催の行事が催された
実行委員長として参加 秋のメイン企画として歴史資料館で「臼杵と鉄道の100年展」を開催した
貴重な1次資料からG鉄所有のガラクタまで多彩な資料や鉄道模型やジオラマ写真などを展示した
それなりの数のご来場をいただき 責任者として肩の荷が下りたことを思い出す

G鉄が懇意にしていただいている国鉄OBのYさん 2020年にはなんと92歳を迎えるが実にお元気
大分電車区長で退職 鉄道OB会の重鎮として信望も厚い すこぶる頭脳明晰で記憶力抜群 
多弁多才で教養豊かな趣味人でもある 機会あるごとに鉄道に関する昔語りを拝聴させていただく
どの話も興味津々 その都度ワクワクして至福の時間を過ごすことになる
「臼杵と鉄道の100年展」では G鉄が少年の頃に撮影した蒸気機関車の写真を展示する
その画像を事前にYさんに見ていただき 70年前経験したあれこれを回想してもらおうと考えた
それを筆記して写真と一緒に会場に掲示するというG鉄の提案をご快諾いただき実行した 
5年前公開した写真と文章を 会場での展示順にそのままアップする
                        ※アップするにあたりお名前は仮名とした

臼杵を走った蒸気機関車の思い出  
     
 1915(大正4)年から1974(昭和49)年まで59年間にわたり臼杵の鉄路を走り続けた蒸気機関車。分市でご健在のY T氏(88歳)。氏は1942(昭和17)16歳で鉄道省門司鉄道局大分鉄道事務所大分機関区に庫内手として奉職。翌1943(昭和18)年17歳で機関助士を、そして1944(昭和19)年18で機関士を拝命。戦時下から終戦そして戦後にかけて、激動期の鉄道輸送の最前線に従事されました。日豊本線の列車に乗務中、臼杵市内で経験した蒸気機関車の運転に関するさまざまな思い出を語っていただいた。乗務員ならではの貴重な体験の数々。その一部をここにご紹介する。
                                ※写真展紹介文 2015年現在


戦時中から戦後数年間は、列車種別により使用する石炭を変えていました。
1に大嶺、2に伊田、3に宝珠山 産炭地をランク付けていました。
軍臨(軍用臨時列車)や
戦後の進駐軍専用列車それに優等列車には
高カロリーで燃焼もいい大嶺炭を使うんです。
これが同じ石炭かと思うくらい産炭地によって大きな差がありましたよ。
また火室が縦に細長い機関車8620形は伊田炭との相性が良いですね。
石炭の形状がスコップとよく絡み投炭しやすいんです。(Y氏談)

196911D511035堂籠
1969年10月 日豊本線 熊崎 570レD511035 撮影 藤田高士 


撮影した1969年当時は毎朝7時半すぎに臼杵駅で上下の貨物列車が
離合していた 
朝早いので比較的気温が低く湿度も高い 
(撮り鉄にとっては)ケムリモクモクの好条件 
冬季はもちろん夏季も含めてもっとも撮影した貨物列車だった 
画像は熊崎駅を通過 比較的長い直線区間に差し掛かり軽快に走る570レ