787.TSUBAMEのきまぐれブログ

08年10月から目下連続更新中、787.TSUBAMEの超きまぐれなWebLogです。経済関係を中心とした時事問題が多くを占めますが、愛車三菱i(アイ)の燃費レポートや本来メインコンテンツにしたい鉄道関係の記事、グルメ関係の記事も忘れずに書いていこうと思っています。

#カーズクロスロード

この夏の話題作(の一つ)、ディズニー/ピクサーの「カーズ クロスロード」を見てきた。
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>全米アニメーション史上歴代No.1興行収入を記録するなど、世界中で大ヒットした「ファインディング・ドリー」に続き、ディズニー/ピクサーが贈る待望の最新作。それは、“クルマの世界”を舞台にした圧倒的なスケールのアクションと、人間よりも人間らしいキャラクターによる“人生の岐路(クロスロード)”と仲間との絆のドラマを描いた、感動のアドベンチャー「カーズ/クロスロード」だ。 
主人公は、ディズニー/ピクサーのキャラクターの中でウッディやニモに劣らぬ人気を誇る、天才レーサー“マックィーン”。ベテラン・レーサーになりつつある彼に待ち受けていたのは、最新テクノロジーを限界まで追求した新たな世代の台頭と、レース人生を揺るがす衝撃的な大クラッシュだった…。「いったい自分はいつまで走り続けるのか?」──誰もが直面する人生の大きな壁や、思いがけない挫折、そしてその先に見えてくる新たな道。
この夏、あなたはマックィーンとともに自らの運命を左右する“人生の決断”が迫られる。
(カーズ クロスロード公式サイトから引用)


まず最初に、私は3回くらい、涙した。でも、泣いた直後に笑ったりも。喜怒哀楽、感情の起伏が激しい作品だ。

残念なことに私は、ディズニー作品はあまり好きではない。それらの多くは、陳腐なロマンス、そしてお姫さまが夢見るアメリカンドリームに彩られて、さらにいずれも似たり寄ったりなストーリーとなっているからだ。それがピクサーが制作部門になることで、陳腐な物語から大きく脱皮することになった。まあ、作品自体、セルアニメからフル3DCGになったけどね。
ともかく、ピクサー作品はもっと広い愛、「友情」を大きなテーマに据えることになったのだが、このカーズシリーズはピクサー作品群の一つの集大成とも言える作品だろう。

シリーズ第1作では、「オレがここまでビッグになれたのは、オレ自身の実力によるものだ!」と、独善的だったマックイーン。本来は信頼するべきチームクルーすらも気まぐれに首を切る、そんなマックイーンだったが、ふとした事で迷い込んだ、時代から取り残された「御伽の街」、ラジエタースプリングスで真の友情の意味を知る。
仲間の、そして友情の大切さに気づき、ラストではライバルからクラッシュさせられた先輩レーサーに手を貸すまで、人間(クルマ?)的に成長を見せた。
第2作では、互いに親友と認め合うレッカー車のメーターと、レース中のアクシデントをきっかけに仲違いし、別の道を進むことになるのだが、お互いを案じた2人は、再び同じ場所に立つようになる。

「夢の続きか、新たな人生か?」
これがシリーズ第3作のテーマだ。第1作はルーキー、第2作はピストンカップ3連覇、ルーキーの年は、カップをライバルのチック・ヒクッスに譲っているから4年目の若手だったが、本作ではピストンカップに7回の総合優勝を数えている円熟のベテランレーサーとしてレース界に君臨している。しかし、計算と理論に秀でた若手が台頭してきて、旧来のやり方で勝とうとするマックイーン達、ベテランレーサーの牙城を脅かし、最終戦でマックイーン自身もクラッシュしてしまう...。

艶やかでマッチョなボディラインのマックイーンが宙を舞うシーンは、第1作でかつての天才レーサー、そしてマックイーンが師と仰ぐドックがクラッシュしたシーンともオーバラップして、まずそこで涙が流れた。もちろん、マックイーンの脳裏にもフィルムで見たそのシーンが走馬灯のように流れていたことだろう。

新世代の台頭で心が折れかかっていたところに、選手生命を脅かす大クラッシュ、ここからが「夢の続きか、新たな人生か?」となるのだが、あまり記すとネタバレになるので詳しくは伏せておくとして、一つだけ述べると、マックイーンは「夢の続きも、新たな人生も」二兎を得るのだ!それがどういう意味なのかは、スクリーンで確かめて頂きたい。

先ほど、クラシックなディズニー作品の多くは「似たり寄ったりな陳腐なロマンスとアメリカンドリーム」と述べたが、もちろんカーズにも、それらの要素はある。主役のマックイーンは男性キャラだし、第1作からヒロインを務めるポルシェのサリー・カレラにしても本作でマックイーンのトレーナーとなったクルーズ・ラミレスにしても、女性キャラだ。第1作でマックイーンはサリーをナンパしてるしね(笑)
でも、基本的にクルマを擬人化しているカーズだから、ロマンスに進展はなく、むしろ仲間との友情が前面に描かれているのだ。そして本作では、それをさらに「先輩諸氏に対するリスペクトの精神と、後輩たちへの伝承」というところに発展させているのだ。

先ほど、冒頭のマックイーンのクラッシュシーンについて述べたが、本作で終始一貫してリスペクトされているのがドックことハドソン・ホーネット。
>診療所の医者(修理工場の整備士)兼、町の判事。町一番の信用を得ている。彼の正体はピストンカップで51,52,53年の3連続の優勝を誇る「レースの帝王」ハドソン・ホーネット。しかし、54年に大クラッシュを起こし、その際新人に目が行く中、世間に見捨てられてしまった為、レース界から姿を消し、伝説のレーシングカーとなっていた。(Wikipediaから)

第2作では、声優を務めたポール・ニューマンが亡くなったことにより鬼籍に入れられていたが、本作では全盛期の記録映画や回想シーンに頻繁に登場する。
そして、ドックのレース仲間たちとの交流。マックイーンは一部反発しながらも、彼らの言を聞き入れ、そしてそれがマックイーンの更なる成長に繋がるのだ。彼らと真摯に語り合うマックイーンは、最初の独善的で勝手なマックイーンと全く別人のようだ。

それに対して、マックイーンより歳下のクルーズ・ラミレスに対しては、本当につれない。
>最新知識と情熱を兼ねそなえた若きトレーナー。マックィーンとの冒険を通して、テクノロジーが導き出す「スピード」だけがレースのすべてではないことに気づいていく。マックィーンに憧れてレーサーになる夢を抱くもそれを諦めた過去を持つ彼女は、マックィーンの相棒となることで、次第に自身の殻をも破っていく。(公式サイトから)
歳下の上に、まるで新人レーサーみたいなトレーニングを課そうというのだから、プライドの塊のようなマックイーンには酷だろう。しかし、ラミレスの真実を知って、マックイーンの態度は変わる。仲間としての意識に変わったのだ。仲間だから、伝えたい...。
そして、仲間のラミレスに対するマックイーンのリスペクトも、涙を誘った。

片や台頭する新世代、その代表が本作でマックイーンに立ちはだかるジャクソン・ストームだ。
>最新テクノロジーが生んだ比類なきスピードと完璧なテクニックを誇る新たな世代のレーサー。ボディは、ステルス戦闘機を思わせる、クールなフォルム。若手最注目のレーサーだが、実力を鼻にかけ、生意気。マックィーンら、旧世代のレーサーたちをバカにしている。(公式サイトから)
最新の空力特性シミュレーションから作り出されたボディの、まるでハイブリッドカーみたいなストームの物言いは、慇懃無礼。日本語版声優をオリエンタルラジオの藤森慎吾が務めているが、話し方がホントに鼻につく。なんか、高速道路を非常識なスピードで疾走するトヨタ・プリウスを彷彿とさせる(笑)
しかし、そんな新世代にマックイーンは追い詰められていくのだ。若手とベテランのせめぎ合いも、本作の見どころだろう。

フル3DCGによるアニメーション映画、しかもディズニー/ピクサー作品だから子供向けと思われがちだが、本作は大人、それも中間管理職またはその直前の世代にお勧めしたい。我が身に置き換えて、身につまされることばかりだ。多分、私と同じく3回は泣ける。


祈りの日

11時2分には黙祷出来ませんでしたが、今日は静かに祈らせてください。

梅雨明け...

九州地方、梅雨明けしたと思われる宣言が出た。
今年の梅雨は、久大本線沿線地域に甚大な被害をもたらした。一昨年の広島、そして5年前にも中九州。
災害が起こらないように...と言うが、現実、我々人類如きが自然の猛威に抗うことなど敵わない。「自然を征服する」という欧米的な発想ではなく、「自然と共存する」という我が国古来からの視点に立ち、災害による被害をいかに最小限度に留めるか、そして自助、互助、共助、最後に公助。そのような観点が行政にも我々市民にも必要だろう。

にしても昨今の梅雨はかつての梅雨と様相が異なるようだ。かつてはしとしと、ジメジメと降り続く雨、というのが梅雨時だったが、ここ十年くらいはほとんど晴れ、降る時は集中豪雨という感じで、まるで熱帯地区の「雨季」と「乾季」みたいだし、よく言う「ゲリラ豪雨」なんてそれこそ「スコール」だ。
日本が亜熱帯化してきていると言われているが、これも温暖化の影響なのだろうか。

人事異動

かねて内示されていたとおり、この度の人事異動が発令され、小倉支店勤務となる。
小倉支店自体は6年ぶりの勤務で、なにより地元。しかも私の分掌は広域エリアを持っており、北九州市内はもとより、筑豊、京築地区まで所掌している。とはいえ、勝手知ったる地だから、さほど大きな不安はない。
さて問題は通勤方法。基本、バス通勤なんだよねぇ。ジムニー、出番はあるのかなぁ...?

宗像大社、世界遺産に登録

ポーランドのクラクフで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会は9日、日本が推薦した「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県)の世界文化遺産登録を決定した。(記事参照:時事通信)

事前審査となるイコモスの答申では、沖ノ島と周辺の3つの岩礁のみを世界遺産として登録することが相当とし、大島中津宮や宗像大社辺津宮、福津市の新原・奴山古墳群については除外するという厳しいものであったが、一転、全ての構成資産が登録されることとなった。

神話によると、宗像大社の神様は田心姫神(たごりひめのかみ)、湍津姫神(たぎつひめのかみ)そして市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)の三姉妹とされており、それぞれ沖ノ島、大島、宗像大社辺津宮に祀られている。古代の祭祀から一体で、信仰も三女神へのものだから、今回の一括登録決定は妥当と言えるだろう。

さて、世界遺産登録となると、宗像大社にたくさんの人たちが訪れることとなる。辺津宮はもちろん、大島はもともと一般参拝客にも開かれていたので静粛性が損なわれなければ良いという程度だが、問題は沖ノ島。ここは古代からお不言様(お言わず様)と呼ばれ、島で見聞きしたことを一切他人に漏らしてはならないと云う風習が今も守られているのだ。
古くから「女人禁制」「上陸前の海中での禊」「一木、一草、一石たりともその持ち出しを禁ず」などの掟が厳格に守られ、現在も10日に一度の交代勤務で1人の神職のみが上陸を許されている玄界灘の孤島、沖ノ島。今回、世界遺産に登録されることになったのは、その神秘性と希少性によるもの。観光客が増えるのは良いが、守るべきは守る、それが担保されることを切に願う。

なお、沖ノ島の宝物は、宗像大社に隣接する神宝館で公開されているので、不敬なことを考えるより、こちらを訪れるほうが良かろう。

改めて、今年の初詣で宗像大社を訪れた際のレポートへのリンクを貼っておきたい。
宗像大社へ初詣 787.TSUBAMEのきまぐれブログ

ともあれ、めでたい結果になった!

人事異動速報

今日(って、カレンダーは昨日だが!)、人事異動の内示があった。
香椎ブランチから田川ブランチに異動したのが一年前、異動なんて蚊帳の外と思いつつ、昨夜は「関係ないけど、内示の前の夜はドキドキするなぁ...」なんて考えながら床に就いた。
すると今日、内示対象者として声が掛かって...

再びの小倉ブランチだそうです!

仕事内容は、長崎ブランチと前の小倉ブランチ一年目と同じ。
知らない仕事じゃないし、知らない場所でもない。まして希望していた職種だから、先輩諸氏からは「ご栄転だね」と言われた。
でもねえ、青天の霹靂とはこのこと。田川ブランチであと2年は今の仕事を続けるつもりでいたからなぁ!

バタバタ残務整理をして、引き継ぎの準備もしないと。しばらく大変だぁ!

ジムニー、洗車

夕方からジムニーの洗車をした。実に、前回の洗車から半年ぶり!
さすがに水洗いだけじゃ、水垢は取れないなあ。そのへんは、またの機会に、ということで(笑)
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でも、とりあえず、スッキリしたぁ!

ジムニー燃費レポート その29

最近は比較的、好リザルトが続いている燃費レポート。さて今回は...

前回走行キロ:91217キロ
今回走行キロ:91861キロ
走行距離:644キロ
給油量:44.98リットル
∴区間燃費:14.32キロ/リットル

ちょっとだけ燃費が落ちたけど、悪くないリザルト。この調子、この調子(*^^*)

そーそ、最近はいつも、ウィークデーに10リッターの継ぎ足し給油を行って、満タン給油は週末というパターンが定着している。いつものスタンドの給油ポイント、スタッフがいる8時から19時までにカードにスタンプを押して貰う方式だからね。

海賊とよばれた男 原作本感想(後編)

(前編から続き)

店員達だけではない、多くの人達に支えられた、それも国岡の人柄のお陰だろう。
自分のことは二の次にして店員のため、そしてなにより消費者や日本国のためという大所高所に立った経営姿勢から、国岡商店は度々、経営上の危機に立たされる。国岡が目先のことや自己の利益しか考えていないような人物なら、多分そこで潰されるか、長いものに巻かれてしまっているだろう。しかし、自身の信念を貫く「自利利他」の姿勢、その姿勢が相手の好感を呼び、シンパとなってしまうのだ。

これは映画でのワンシーンだが、戦後、メジャーが日本国内の石油会社を次々に買収していく中で孤軍奮闘する国岡に、敵対する石統、石油配給統制会社の鳥川社長が「あんた、海賊と呼ばれていたんやろ?」と喝を入れる場面があった。タンク底の重油をさらって石油の禁輸を解いたのに扱いたい石油が割り当てられない、そんな中での鳥川の言葉に国岡は一念発起したのだが、敵とも言える人物にこんな台詞を言わしめるのも国岡の人柄によるものだろう。


経営者として国岡を見ると、現状分析に立った先見の明があり、それを実行するために即断即決してきた優れた経営者であったと思われる。
これも詳しく述べるとネタバレになるので差し控えるが、かつて石炭全盛期に石油の可能性に着目した、それこそその一端であろう。もちろん、当時は「燃料として」の石油に着目したに過ぎないが、現在の近代文明は石油化学に依存しており、その隆盛の礎を築いた一人として記憶しておかねばなるまい。


国岡にとってなにより強かったのが、国を思う気持ちだ。そのような事を言うと、昨今では右傾化思想と取られてしまうかもしれないが、国を思い、守りたいと願う気持ちは、愛する人を、そして家族や仲間を思う気持ちの延長線上にあるのではなかろうか。
そしてその一つの現れが、先にイコモスから世界遺産への登録が勧告された宗像大社への崇敬の念だろう。西洋的な神とは違う日本古来の神を敬う気持ち、それは家族を、仲間を、そして我が国を護ってほしいという純粋な思いから発していたに違いない。

なお、史実で出光佐三翁は、幼少期から参拝していた宗像大社が戦争を挟んで荒廃著しかったことに心を痛め、私財を投じてその再興に尽力し、さらに世界遺産の中核資産となる沖ノ島での発掘調査もバックアップしている。これらにより「海の正倉院」とも称される沖ノ島、そして宗像大社の希少性や価値が評価され、時を隔てて今回の世界遺産登録勧告に繋がったと言える。

余談だが、今回の「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」世界遺産登録勧告は、本来目指されていた「関連遺産群」としての登録勧告がなされなかった。神話によると、宗像大社は「田心(たごり)姫君」、「湍津(たぎつ)姫君」、「市杵島(いちきしま)姫君」の三女神を祀っており、それぞれ沖ノ島、大島、そして宗像大社に鎮座している。その内の沖ノ島だけが世界遺産登録というのだから、地元の落胆はいかばかりか。もちろん、勧告したイコモスの評議員はほとんどキリスト教文化圏、すなわち一神教の人たちばかりだろうから、八百万の神とも言われる我が国の多神教を解さないのだろう。
個人的には、「お不言さま(おいわずさま)」と呼ばれ禁忌の地とされた沖ノ島を「保全する」という観点で世界遺産登録されたことを良しとし、今回選外となった遺産群も含めてアピールすれば十分だと思うのだが。そうしないと、一気に俗化されて、本来祈りの場所である宗像大社の荘厳な雰囲気が損なわれてしまうような気がする。

それはさておき。
とにかく国岡はパワフル。この人の下に付いたら、何はともあれ全力を出さずにいられないだろう。そして、それをきちんと評価してくれる偉大な店主なのだ。
特に最近、自分自身の仕事の意味合い(本来、とても重要な、国家の礎となるもののはずだが!)や立ち位置に疑問を感じているのだが、進むべき道をきちんと示し、最善を尽くすこのような上司がいてくれたら、そのような迷いは生じないだろう。

経済歴史小説と括られているが、それだけではない、もっとスケールの大きなものを感じる小説だった。もちろん、再読するつもりだ。


海賊とよばれた男 原作本感想(前編)

年末に映画「海賊とよばれた男」を観に行ってすっかりその物語に引き込まれ、先日ようやく百田尚樹の原作本を読んだ。
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私は往々にして、映画やアニメを観て、その世界観に惹かれて原作を読んだり周辺世界を探ったりすることがよくある。本作も、まさにそのケースだった。

百田尚樹による原作本が書店に並んだ時はちょうど、ワンピースやパイレーツオブカリビアンなどの「海賊モノ」ブームで、ご多分に漏れず私も、これらの「海賊モノ」だろうと思って見向きもしなかった。
しばらくて本作が、石油元売りの出光興産に関する物語と知ったが、それでも食指は動かなかった。
ところが、本作の映画化が報じられ、同じ頃、出光興産を興した出光佐三翁が福岡県宗像市出身であること、本作がその出光佐三翁の一代記であることを知り、俄然興味が湧いた。
そんな期待の中で映画を見てきたのだが、2時間半近くに及ぶ大作にも関わらず、すっかり作品の世界に引き込まれた。

>映画版の感想はこちら→海賊とよばれた男


映画は主に、出光佐三翁、作中では国岡鐡造の青年期から壮年期が描かれており、特に後半の山場である「日章丸事件(映画作中では「日承丸」)」のシーンは、新田船長(映画作中では盛田船長)と国岡商店の大型タンカー「日承丸」の航海を軸に描かれている。

対する原作は、昭和20年8月15日、大東亜戦争の終結を告げる昭和天皇の玉音放送から始まる。第1章はそこからGHQによる石油輸入解禁までを描き、第2章は鐵造の生い立ちから戦中までの歩みを振り返ることとなる。
第3章からは下巻となり、日章丸事件を中心としたメジャー、国際石油資本との戦いを、そして第4章で自社精製工場を建設し、自身の引退を見据えて盤石の体制を整え、後進に道を譲り幕を閉じる。

このように映画では、原作の第1章と第3章を、さらに尺の関係で無理がない程度に原作を再構成していた。例えば、鐵造が「国岡商店の親」と慕う日田重太郎(映画作中では木田章太郎)との出会いと、親交を重ねる過程が映画では省略されているため、いきなり日田から鐵造に6000円、今の貨幣価値で言うと1億円にも上る多額の資金提供が行われるということになっており、唐突感は否めない。
反面、日章丸がイラクから原油を積んで日本に戻る航海では、原作においては英国海軍と遭遇することなく帰国しているが、映画では最大の見せ場として、英国駆逐艦と一触即発のシーンが描かれている。
さらに、日章丸が帰国した後の訴訟などは完全に割愛されており、故に私は「先に映画を観て、それから原作を読む」ということは正解だったと思った。原作にはもちろん、日田との出会いから親交を重ねる経緯がきちんと記されており、「だから6000円」と言うのにも納得が行くし、その後、国岡がきちんと恩を返すところも記されている。


さて、原作。
国岡商店、すなわち出光興産の社是は「タイムカードなし、出勤簿なし、定年なし、馘首なし」
一見すると素晴らしい企業のように思えるが、一歩間違えると現在ではブラック企業と揶揄されるような経営姿勢である。
タイムカードがないということは、会社、管理者による残業時間の管理を行っていないということ。出勤簿がないということは、勤怠管理ができないということ。定年なし、馘首なしということは、退社する理由は全て自己理由ということ。つまりは全て、従業員自身の自己責任なのだ。
もちろん、全ては国岡の「人間尊重、家族主義経営」を具現化したものである。仕事がキツければ、自分で折り合いを付けて休め、タイムカードなどで社員を縛るのはもってのほか、一生懸命育て上げた貴重な人材を定年などで手放すのは惜しいし、まして食えないからと言って家族を放逐することなんて有り得ない...。

戦後の仕事がない頃は、農業や漁業、ラジオの修理など、食っていくためにあらゆる仕事を行い、果ては旧海軍まで断念した、ガスが充満したタンク底の重油回収まで請け負った国岡商店。それほどまでにキツい仕事も、店員達は笑顔でこなしていった。それは国岡の人材を育てるという社員教育の賜物であり、国岡の人柄の賜物であろう。

これらはある意味、極めて前時代的で非合理的な経営方針だが、では果たして、現代の合理的な会社経営や雇用体制が優れていると言えるのか。
本作でも触れられているが、旧日本海軍は「率先垂範」を旨としていた。連合艦隊司令長官だった山本五十六の言葉に「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」とあるがほぼ同意で、「仕事をする上で部下やまわりの人の協力を得るためには、人の嫌がるような仕事も真っ先に取り組んでいく姿勢が必要」ということだ。詳細は記さないが、国岡はこれを実践した。だから店員達は店主に付いてきたのだ。

(以下、後編に続く)



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