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 昨年の塩の道トレイルが忘れがたい、すばらしい思い出として残っているので、 今回のパートⅡも楽しみにしていた。
 12人が2台の車に分乗して小谷村を目指す。幸い快晴に恵まれた。
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 今回は、「地蔵峠越えコース」を予定していたのだが、林道に入ると、雪で車がスリップし、入り口まで辿りつけない。あきらめて「石坂越えコース」に変更となった。マップを見ると、なんとこのコースに幸田文さんの文学碑があるというではないか。敬愛してやまない作家のひとりである。著書のほとんどを書棚に飾っているほどである。
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 彼女が最晩年に「崩れ」という作品を残している。老体に鞭打って、北は有珠山から南は桜島まで、各地の崩落の跡を訪れたドキュメントである。「無残であり、近づきがたい畏怖があり、いうにいわれぬ悲愁感が沈殿している」と三大崩落地として、ここ稗田山、安倍川の大谷崩れ、立山の鳶山を挙げている。稗田山の崩落は明治44年、長さ8km、高さ300mの規模で姫川の流れをせき止め、23人の命を奪ったとある。今では治山が進み、その面影は無いが、彼女の石碑を中心に立派な公園として整備されている。幸田文さんの面影にめぐり会えるとは、全く予期していなかっただけに、色々な思いがこみあげて胸がいっぱいになった。
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 昔人の労苦を偲びつつ、残されている史跡を賞でながら、約12kmの行程であった。昨年と同じ栂池の宿に泊まる。ここは料理がすばらしいのだ。豪華では無いが、心がこもったレシピの数々に魅了される。
 今夜は、この地に住む、我が会のメンバーの何人かが海外でお世話になった若い女性のツァーガイドが地酒を土産に来訪、興味深いおはなしを披露してくれた。これも予期していなかった楽しいハプニングであった。
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 翌朝、散歩に出ると、白馬三山がモルゲンロートに染まり、神々しいまでに美しく輝いていた。この景観に接すると、ガイドの方がこの地に居を定めている理由のひとつがわかる気がする。
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 今日はここ栂池から「千国越えコース」を歩くのである。このコースも見どころいっぱい。しばらく行くと「牛方宿」。江戸時代から残る建物は歴史の重みを背負い、見事な風格を漂わす。
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 囲炉裏のけむりにいぶされながら、ここを守るご主人の話をうかがう。まことに面白く、ためになる。古い建物を守るこの方が、実は栂池でオーベルジュ何とかというハイカラなホテルのオーナーである、というギャップが何となくおかしい。
 終点の小谷村役場まで約7km。なんと、これで、企んだわけではないが、前回の「大網峠越え」「天神道越え」と一本につながり、計38km歩いたこととなった。それでも、まだいくつかのコースが我々を待っている。次の旅が待ち遠しい。
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