2012年04月29日

お供えフード

4月22日に行われた慰霊祭では、福島県南相馬市「岩屋寺」、東京・上野公園「野外ステージ」とも、お供えとして沢山のフードを頂戴しました。

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また、事前に都内のとある獣医さんが試供品の小分けフードを寄付してくださり、おかげで上野公園では、ご参列なさった皆様に献フード台へのお供えをして頂くことが出来ました。

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立ち入り制限のある地域で給餌されているボランティアさんにこれらのフードを寄付するため、本日、スタッフ数名で仕分けと集計作業を行いました。

◆ドッグフード
ドライ:7.7kg
缶詰:8缶 
おやつ たくさん 
◆キャットフード
ドライ:33.5kg
缶詰:82缶 
パウチ:45個 
おやつ たくさん

現地で迅速に給餌できるよう小分けのものは詰め直し、ウェットフードは警戒区域内から保護された動物の暮らすシェルターへ寄付することにしました。また、お手紙と人間用のおやつを同封されているものがありましたので、現地で活動されているボランティアさんに合わせてお渡しします。

一年前、警戒区域に残された、たくさんの命。
力尽きてしまった子たちへの供物を、今も圏内で生きている子たちと、 飼い主さんや里親さんを待っている子たちの元に、お届けさせていただきます。みなさまご寄付をありがとうございました。

 


f20km0422 at 23:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年04月25日

ご報告

4月22日に行われた「警戒区域内どうぶつ慰霊祭」

福島県南相馬市「岩屋寺」には30余名、東京上野公園には135名のご参列がありました。
そして14:46には、FaceBookを通じて24カ国1地域、分かっているだけで121市町村、982名の方がともに黙祷を捧げてくださいました。

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埋葬されることもなく朽ちていった無数のいのち。
たくさんの花に囲まれ、読経をあげることで、わずかばかりの供養になったでしょうか。
弔うことも叶わなかった飼い主の方々の、せめてもの慰めになったでしょうか。

生死も分からない、行方の知れない動物たちも多い中
「慰霊なんて気持ちになれない」と仰る飼い主さんも少なくありません。
「うちの子は、まだきっと生きているから、これは亡くなった別の子のために祈っているんだ、
と自分に言い聞かせながら手を合わせた」そんなふうに仰る方もいらっしゃいました。 

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南相馬の会場を手伝ってくれたボランティアさんは
「ようやく、きちんと謝ることが出来た。
 謝っても謝りきれることではないし、これからも謝り続けていくけど」と言っていました。
確かにそんな場でもあったかも知れません。

慰霊祭に参加なさるお気持ちは、人それぞれだと思います。
人それぞれであることを、とても大切にしたいと思います。

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1年経っても、問題は何も解決していません。
今なお沢山の命が奪われ続けています。

福島・東京とも、複数のメディアが取材に来てくれました。
この慰霊祭を通じ、悲劇が起きたこと、今も起き続けていることを少しでも知らせる手助けになったなら幸いです。

天候に恵まれない中、たくさんのご参列を頂き、ありがとうございました。
ともに黙祷くださった方々、告知にご協力くださった皆様にも合わせてお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。

※写真はすべて上野会場。撮影:上村雄高さん



f20km0422 at 20:45|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

双葉町の農家、鵜沼さんのお話。

私は原発から2.5kmのところに家があります。
私は3月11日からの避難です。双葉町の牛飼いの人たちは、牛が逃げられないようにしっかり繋いできた人もいます。その人たちは12日か13日から避難した人たちです。私は地震が終わるのと同時に避難命令が出まして、そこから避難してますから、牛を繋いでくることも出来ないし、自由にしてくることも出来ないんです。
50頭ほどの牛を飼っていましたが、子牛を中心に20頭ほど、一箇所に山になって死んでいました。

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私は避難したくなかったんですね。牛が水も餌もやらないと死んでしまうから、逃げてきたくなかった。でも私は人間ですから、皆さんに迷惑をかけたくなくて、みんなと一緒に避難してきました。
牛を自由にして欲しいと思って、原発の近くにいっていそうな自衛隊や警察など、いろんなところに頼みました。けれど、個人のものに手は出せないと言われ、私の家は原発に近すぎて自衛隊や警察も入っていませんでした。
それで、かなり死んでしまいました。とっても、とっても悲しかった。悲しいです、今でも。
餓死させることはしたくなかった。私は牛に死んで欲しくなかったので、何とか牛を助けたかったのですが、どうしても助けることができなかった。
牛をしっかり繋いできた人たちは、覚悟してます。牛が死んでも仕方ないと覚悟して、牛を繋いできたと思います。私は今もまだ、牛に別れることが出来ないでいます。

今年になって、2月11日にうちの牛が子牛を生みまして、原発から500Mくらいの場所で交通事故に合いました。私は知らなかったんですが、娘からうちの牛に間違いないと連絡がありました。
子牛はまったく動けなくて、あのまま置かれたら、おそらく寒さで2~3日の命しかなかったと思います。その牛を隣町の牧場主さんが保護してくれました。35日間お世話をして頂いて、命がなくなりました。
それは、とてもありがたかったです。牛を連れてきたくてもこれない私たちにとって、そうやって命を助けて頂いたことが、とっても嬉しかったです。
今、私の牛はどこに行っているのか、何匹生きているのかもわかりません。
一時帰宅すると、牛が何匹か帰ってきているとわかります。私たちが帰宅した時は、牛は会いたいけどいてくれないんですね。会いたい思って行くんですけど姿は見えなくて、どこに行っているかわからない。でも家には帰ってきています。それはとても嬉しいことだと思います。

放射能って、みなさん何だと思いますか?
私はわからないんですね。どうして人間は逃げなくちゃいけなくて、動物たちは逃げることさえ出来なくて、ずっと居なくちゃいけなくて、居ますよね。
一生懸命、犬や猫は保護してくれるボランティアさんが居ますけど、牛はそれが出来ない。動物を飼っている人は、犬でも猫でもみんな同じだと思うんです。かわいい、自分の家族だっていうのは動物みんな同じだと思っています。
どうして逃げなくちゃいけないの? 人間て勝手だね、と私は思います。

私たちのところで作られた電気は、東京方面に送られてこちらで使われています。原発っていうものを人間が作ったんですから、それを、どうしてこんなに、人間だけじゃなくて地球みんなを原発で汚してしまわなくちゃいけないのか。作る前に、それが危険だと皆さん分かって作ったと思うんです。
農業をやってる人は今みんな困っています。農産物が売れないんですね。セシウムがあるから、いろんな放射能の検査をされます。福島県で作られたものはみんな検査されて、よくても悪くても、あまり買ってくれる人はいないように思います。いま牛を飼っている人もずいぶん苦労しています。牛が売れないんです。
私もセシウムがあるかもしれない牛や野菜を食べたくはありませんが、作っても売れなくて、売れなければ生活が成り立たない。そのことをみなさんにもよく分かって欲しいと思うんです。
セシウムがあるようなものを使って、日本はここまで成長できたのかなって、そんなふうに思うこともあります。

原発から逃げてきた私たちは、今もまだ定住する所がありません。あちこちに逃げて歩かないで定住したい。1年たって、家に帰りたいと思いもあるけど、帰っても住めない、生活できない。せめてどこかに定住したいです。でも、それもあまり上手くいきません。
私たちが言われるのは、お前たち原発で潤ってきたんだろう。それなのに今更ここまで逃げてきて俺たちの世話になるのか。そんなふうに仰る方もいらっしゃいます。
私たち農家は、原発があることで生活は潤いません。返って野菜が安くなったり米が安くなったり、子牛を売るときも、原発で何か事故があると途端に子牛が安くなります。
近くに原発があるから、元々都内では買って頂けません。北海道とか九州とか、遠くに送って買ってもらいます。都内で物産展がある時に少し買って頂けるくらいで、1年中買ってもらえるような野菜は、福島からあまり来ていません。原発のそばに居る農家はかなり苦労しているんです。

いろいろ報道されたりして、今は双葉町の様子を分かってもらえるようになったのかなと思います。でも地震の直後は、双葉町のことを報道してくれなかったんです。
私は自宅に残してきた牛がどうなっているかを知りたくて、一生懸命テレビや新聞を見ていたけど報道して頂けなかった。3キロ圏内は報道の人たちも近寄りたくなかった、近寄れなかったんです。
もう少し、原発の事実をもっと早く皆さんに知って欲しかった。私たちの今置かれている現状、どうなって双葉町に帰れないのかを知りたかった。
知る手立てがないまま、初めて一時帰宅できたのが8月26日です。牛は少しは生きているだろうと思っていたのが、帰ったときには骨の山でした。それがやっぱり、かなり辛いです。
今帰ってもそのまま置いてあるんです。何もすることが出来ないんです。
せめて埋めてあげたい、葬ってあげたいと思うんですが、それも出来ないんですね。そうすることが許されないんです。
(※放射性物質の拡散防止を理由に、政府が埋葬を制限しているため)

政府は生きている牛も殺処分しようと言います。うちの牛みたいに車にぶつかったりすることがあるからという理由です。
でも、なんでこんなに殺さなくちゃいけない結果になったのか。それを思います。
あんまり原発に近くて、これからうちの牛たちは正常な子供を生むんでしょうか。自然繁殖はしますけど、牛は奇形の子牛にはミルクをあげないんです。生まれることは生まれても、この世に命を続けることは出来ないんです。
それを私の牛は一番最初に証明してくれると思います。正常に育てられるのか、来年になれば結果は出てきます。

あまり言いたくはなかったんですが、我が家の死んだ牛の上にカラスがいっぱい死んでいます。猫も10数匹いたんですがほとんど死にました。小さい動物は、虫たちもぜんぜん居ませんでした。それが我が家の前にある現実です。
昨日帰ったときには、花はちゃんと咲いているけど、やっぱり動物は居ません。それが我が家にあった事実です。

ご清聴ありがとうございました。

(2012年4月22日「警戒区域内どうぶつ慰霊祭」東京会場にて)

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