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遺構

2009年11月07日

高気圧の影響か、10月上旬並みの暖かさになった今日の函館。
家でゴロゴロするのも勿体無いので、家から10キロを自転車で走って函館山登山に行ってきました。

登山道山麓の登山道入り口に自転車を置いて、山頂目指して歩き出したんですが10分ほどで息があがってきて先が思いやられましたが、40分ほどで山頂に到着。


千畳敷から山頂展望台を望む千畳敷から函館市内を見下ろして食べるおにぎりは格別!


函館山要塞跡食後の腹ごなしに軽く明治時代の要塞跡を探訪して下山。


しかし下山途中でヒザがカクカクいいだして、このままじゃ家に帰りつけない!?と思い、函館ベイエリアにある無料開放の足湯に。

La VISTA の足湯旧北海安田倉庫跡地に建てられたラビスタ函館ベイ函館ベイ美食倶楽部


天然温泉足湯はラビスタ函館ベイと同じ源泉を使う天然温泉。市営谷地頭温泉と同じ泉質みたいです。
すぐ隣には、はこだて明治館、そして赤レンガ倉庫群(金森倉庫)や函館海鮮市場等の観光商業施設が集中する「函館ベイエリア」に位置するため、おおぜいの観光客が疲れた脚を癒しに来ています。


気持ちいいなお、足湯に浸かりながらの飲食・喫煙はご遠慮ください。ってのは以前と一緒です(足湯に来ました:2008年10月13日)


そういえば、登山道を歩いていると、すれ違うたびに「こんにちは」と声を掛け合いますが、あれは一体なんでしょう?
平地では見知らぬ人とすれ違っても「こんにちは」なんて言わないし、いちいち言っていられないですよね。
モーターバイクでツーリングしてて、見知らぬライダーとすれ違うときにピースを出し合うようなものかな?

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2009年08月21日

突然ですが、袋澗ってご存知ですか?袋澗と書いてフクロマと読みます。
先日の戸井線のアーチ橋と本州への最短地点(2009年08月19日)で船揚場と紹介した施設ですが、どうしても気になって、ダメ元と思い戸井支所に問い合わせをしてみました。

そしたら、なんと!町史付きで回答を頂きました。
その回答によると、この船揚場のようなものは、鰯(イワシ)一時保管すための施設で「袋澗」というものだそうです。

町史によると戸井町の鰯漁は、文政年間から始まり明治33年から昭和14年まで40年間も大漁が続いたそうです。

しかし現代のように設備が整っていなかった時代の事、海がシケて鰯を沖揚げ出来なくて海に棄てる事があったそうです。

そのような事態を避けるために網元によって造られたのが、この「袋澗(鰯をつめた袋網を入れた澗)」なんだそうです。

町史によると、戸井町で最初に「袋澗」を造ったのは、小柳吉太郎氏で明治42年(1909)で、氏が若い頃に鰯漁の出稼ぎに出た後志地方で見たものを、地元に帰ってから見よう見まねで造ったそうです。

以後、汐首岬周辺には石田玉蔵氏が明治44年、吉崎吉松氏が大正5年、境氏(名不詳)が大正6年、西崎吉太郎氏が対象7年、吉崎岩吉氏が大正12年に「袋澗」を造ったそうです。
ちなみに、オレが汐首岬で写真に撮った「袋澗」は、戸井支所の担当者さんが町史や土地の所有者、周辺住民への聞き取りなど調べてくださって、大正12年に吉崎岩吉が造ったものではないだろうかという回答を頂きました(支所としての正式な回答ではありません)。

余談ですが、「袋澗」は2006年(平成18年)2月17日に水産庁が発表した「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれています。

その他にも、戸井管内には鰯の置き場所と防波堤の役目を果たす高い石垣など多くの産業・土木遺構が残されています。

もし戸井のアーチ橋を見に行く機会があったら、是非とも海岸部分を見て周ってください。異国情緒に溢れた函館山周辺の西部地区とは違った歴史を感じることが出来ると思います。

袋澗
戸井支所のパンフレットより「袋澗」を抜粋
(戸井支所産業建設課様の使用許諾を頂いています)




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2009年08月19日

戸井線は、津軽要塞の一部をなす汐首岬第一・第二要塞へ兵員物資の輸送目的で昭和11年(1936)着工しました。
しかし戦局の悪化とそれに伴う資材不足から、で昭和18年(1943)に全線29.2キロ中、2.8キロを残して工事は中断。したがって廃線ではなく幻の鉄路と言われています。
終戦直前の7月には、青函連絡船を沈めに来たアメリカ海軍機(空母ランドルフとバターンから出撃)が、ついでに津軽要塞も攻撃して戸井町でも住民が犠牲になりました。

敗戦によって戸井線の必要性も失せたことから、戦後は工事が再開されることも施設が維持管理されることも無く放置されたままになり、昭和46年になって戸井線全線は土地を含めて国鉄から自治体に無償譲渡されました。

しかし、鉄が不足していた戦時中に建設されたために、橋脚や陸橋のコンクリートは鉄筋の換わりに木材や竹が使われていたり、コンクリート自体も粗悪なうえ長年風雨と潮風に晒されてきたため非常に脆くなっていて、専門家からは崩壊の危険性が指摘されています。

近年、戸井線のアーチ橋を産業遺構にという話が有ったのですが、当時の戸井町は「補修にお金が掛かるので、むしろ廃物を押し付けた国に撤去をお願いしたい」という回答だったそうです。財政難に喘ぐ自治体としては常識的な判断ですが、マニアとしては残念な気持ちも有ります。
旧戸井線のアーチ橋


そんなワケで、いつ何時撤去されるかもしれない戸井線とその遺構を今のうちに写真に収めて、自分の目にも焼き付けておこうと片道20数キロを走ってきたのが先週の土曜日。
翌日曜日は北斗市の沖にある津軽要塞の遺構を見に行こうとしたんですが、子供がアーチ橋に興味を示したので2日連続でアーチ橋見学になりました(苦笑)

函館市内から戸井町にあるアーチ橋までは全線歩道がありますし、車道も広く路肩もご覧のとおりの広さ。交通量も少ないので自転車で走るには楽なコースです。私も土日は大勢のローディーとすれ違ったり追い抜かれたりしたので地元の自転車乗りにはお馴染みのコースなのかな。
下海岸の道路事情


とにかく、一人で走るのも良いですし、子供と一緒でもコースはアップダウンの無い平坦な海岸線なので無理なく走れると思います。ただ、道中コンビニの無い区間が長いのでトイレには注意が必要です。
水分補給は、道中の数箇所に自動販売機あるので心配は要らないと思います。

あと、海岸線を走るので天気の良い日には日焼けや日射病に気をつけたいですね。また、海岸沿いは風が強く吹く場合があるので帰りの時間にも気を配ったほうがいいかも。実際、私が戸井町まで往復したときは、往路が弱い追い風、復路は強い向かい風で往路の1.5倍くらい時間が掛かりました。

さて、アーチ橋までたどり着いたら、数分余計に進むと北海道と本州の最短地点(17.5キロ)である「汐首岬」です。晴れた日には対岸の青森県大間町がクッキリ見えます。
尚、周囲には車を停める場所がありません。というか、カーブの頂点に看板があるため路肩に車を停めてると非常に危険です。が、自転車であれば歩道に停める事ができます。
汐首岬


この看板の下には、ご覧のような船揚場のようなものがあります。車道からは階段があるので明らかに人が使う施設だとは思うのですが、船揚場にしては周囲に大きな岩があるし水深も浅いようです。コンクリートの一部が朽ちているし、斜路は石畳なので最近作られたものではないようです。古い遺構であれば是非とも用途や作られた年代なんか知りたいです。
謎の船揚場


当日は周辺集落のお祭りがあって、地元の方々が踊ってたり、出店なんかもありました。写真は「トトロとネコバス」だと思うんですが、このネコバス・・・目の部分に電球がハメてあってちょっと怖いです(笑)
トトロとネコバス


この汐首岬から更に先に進むと、1929年に出来た素堀りのトンネル「日浦洞門」を経て市内唯一の活火山「恵山」へとつながります。

今年中には「日浦洞門」へ行きたいと思っているのですが・・・。

【追記】
船揚場の正体が判明しました。
袋澗とは?(2009年08月21日)


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2009年06月21日

恐らく函館市内では唯一と思われる自転車専用道を持つ緑園通りを走ってきました。緑園通りは、函館市深堀町〜函館市湯川町8丁目に至る全長1.8キロの自転車専用道と歩行者専用道が並行する通りです。
函館市緑園通り緑園通りは、津軽海峡防御のために築かれた戸井の要塞に人と物資を運ぶために着工された国鉄の戸井線跡の一部です。道幅は、場所によって違いますが概ね自転車専用部分と歩行者専用部分をあわせて2mほど。それぞれは80cmくらいしか無いんじゃないかな。


休憩所コースの途中には、ご覧のような駐輪場を備えた休憩所が4箇所あります。コースの起伏は少なく、途中押しボタン式の信号機がある横断歩道(函館大学付属有斗高等学校前)が1箇所、生活道路の横断が4箇所あります。


旧戸井線湯の川陸橋グレーの部分が自転車専用道、レンガ色の部分が歩行者専用道です。自転車専用道の路面状態はお世辞にも良いとは言えません。マンホール部分には角のある段差が出来てるし、コンクリートも部分的に剥がれてて角があります。木の実も落ちてるので下手に踏むとバリッっと音がします。28cのようなタイヤだとかなり乗り心地が悪いと思うんですが、オレが走ってる間にロードバイク2台とすれ違ったので意外と大丈夫なのかな。


補修この陸橋も戦前に作られた旧戸井線の一部です。コンクリートが脆くなってきてるので、ご覧のように補修を行っています。本来であれば架け替えるべきなのですが終戦後の混乱で、この橋の所有者が国鉄(JR)なのか北海道なのか函館市なのかハッキリしないため、お金の出所が無く去年まで放置されていました。


陸橋これが陸橋。道路幅が狭いので乗用車がすれ違う場合は、譲り合って橋を渡ります。


陸橋から見たサイクリングロード陸橋から下のサイクリングロードを見下ろしてみました。併走しているママチャリから分かるように、自転車専用道の幅はかなり狭いです。


国鉄施設標識陸橋の端に、旧国鉄の施設であることを示す標識がひっそりと残っていました。


全長1800メートル全長1.8キロなので、アッという間にゴールしちゃいますが、夏でも木陰に囲まれてるため涼しく、なにより歩行者や自動車に邪魔されずに走れるので端から端まで何往復もするのがツウです(笑)


最後に標識のお勉強です。
以下は、道路標識と道路標示の画像一覧素材集!さんから頂いた物です。
自転車専用自転車専用の標識
ー転車道や自転車専用道路を示します。
普通自転車以外の車と歩行者は通行できません。


自転車及び歩行者専用自転車及び歩行者専用
ー転車歩行者専用道路を示し、普通自転車と歩行者以外は通行できません。
普通自転車が通行できる歩行者用道路であることを示します。
I當娘転車が通行できる歩道であることを示します。


歩行者専用歩行者専用
(盥埃埓賤册始(歩行者だけの通行の為に設けられた道路)を示します。
∧盥埃塒册始を示します。



その他、北海道のサイクリングロードについては北海道のサイクリングロードなんかが参考になると思います。

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